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vol.4
1999.01.08





異文化の風に吹かれて

初めて異文化を体験したのは、14歳の夏でした。
アメリカ中西部に広がる大草原地帯。映画「ダンス・ウィズ・ウ ルブス」の舞台にもなったネブラスカ州。角が取れた正月の餅のような その州の中央左にあるブリュースターという街で、中学2年の僕は一ヶ月の ホームステイを体験しました。
人口500名。牛の数数万頭。見渡す限りのサンドヒルのあちこちで風車がのんびりと羽根を廻しています。その風力で地下水を引き上げ、そこが牛の水場なのです。僕と同年代のホストはすっかり家の働き手の一員となり、夏の間中トラクターを運転し朝夕は牛に餌を与えアルファロファという草を刈り、汗にまみれていました。僕もまた朝一番で牛舎に出かける彼に遅れてなるものかと、目覚しのない中でも必死にベッドから飛び起きる日々。それはとても新鮮な生活でした。
もちろん当時のこと(今も余り変りませんが)、ボキャブラリーの貧弱さは如何ともし難いものがありました。僅かな単語を繋ぎ合せ、身振り手振りを駆使して、両親とお兄さん夫婦、そしてホストとのコミュニケーションを成立させていったのです。後年、30歳を過ぎてから僕がその家族を再訪すると、お母さんは朝の食卓にあらんかぎりの飲み物を出してくれました。何でそんなにたくさん飲み物を出すのと聞くと「だってノリオはあの頃コーラ飲む?と聞くとイエスイエス、ジュース飲む?と聞くとイエスイエス、ウォーターは?と聞いてもイエスイエス。イエスしか言わなかったんだもの」
少年だった頃の僕の必死な姿とお母さんの優しさに、涙が出て止まりませんでした。
そんな生活の中で、一つ、忘れられない記憶があります。週末や地区のお祭りの時にホストと街に出かけた時のこと。僕がなけなしのお小遣いを使って買い物をしたり映画を見たりしている脇で、ホストはいつも鞄から分厚い手帳のようなものを取り出してピピッとサインしてレジに差し出すのです。するとお金を払わずに飲み物が出てきたり映画館に入れたり品物が手に入ったりするではありませんか。それがどうも小切手であるらしいということは当時の僕でもわかりましたが、はたしてその代金がどういうシステムで支払われているのか。それを質問し、その答えを理解するためには時間が必要でした。やっとそのシステムに納得できたのは、ステイも終盤だったように記憶しています。
「僕は毎年一頭牛を父から貰って、それを育ててカウンティ・フェアの時に売るんだ。その代金が銀行にストックされていて、それを自分のお小遣いにしている。だから牛が高く売れれば翌年はたくさん小遣いがあるし、飼育に失敗したら小遣いがないんだ」
何度かに渡るホストの説明を総合すると、そういうことだったように思います。
同じ地球に生まれて同じ年なのに、何故こんなに生き方が違うのだろう。日本に生きる僕らは何をしているんだろう。受験受験といわれて勉強していればいいと言われているけれど、なんて幼いんだろう。
僕にとって、それは強烈な体験でした。
帰国後、中学2年の冬休み、僕は新聞配達のアルバイトを始めます。生徒会長に立候補する時も、先生からの自立、生徒主体の生徒会運営を声高に主張して、先生たちから睨まれます。高校に入っても途中で自活すると言い出したり、両親にしてみたら何のためにアメリカに行かせたのかと嘆きの日々であったようです。
今フリーランスという立場にいるのも、あの時の体験が下地になっているといっても過言ではないかもしれません。
この地球のどこかに、自分で立っている同世代がいる。自分の力で明日を掴み取ろうとする友がいる。目の前の失敗を自分の責任と受け止め、そこから立ち上がろうとする仲間がいる。
僕にとって初めて出会った異文化とは、そういうものだったのです。
さて去年の夏、もう一つ強烈な異文化体験をしてきました。
北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国。噂に聞く専制国家。情報の欠落した街。主体思想に貫かれた社会。
でも僕の興味はそういう異環境ではなく、あくまでそこに生きる人への興味、つまり異文化にありました。わずかな期間の旅ではありましたが、いくつかの出会いがありました。確かに人と出会ったという確信が、僕にはあります。世間からどんなに言われようと、そこには人が生きています。同じように好奇心を持ち、同じように悩みや希望を抱え、目の前の明日を何とか豊かなものにしようと自分で頑張る若者がいます。
共和国はそういう意味で、確かな胎動を感じることのできる国でした。
その旅の顛末を綴った新刊「北朝鮮にスマッシュ」(メディア・ファクトリー)ができました。今月18日頃から書店で並びはじめます。
19日には、今回の旅の隊長であったアートディレクター、浅葉克己さんが発起人となり、ささやかなパーティーもしていただけることになりました。この前のエイズ撲滅チャリティーではバレリーナに扮した隊長のこと、今回はどんな会になるのか予想もつきませんが、お時間とご興味がある方は、どうぞお顔を見せて下さい。
二次会はつかさんの舞台で美声を聴かせてくれる噂の若林ケンさんの「ペイトン」でやろうと思います。こちらからの参加も歓迎です。
いづれもご参加いただける方は、メールかファックスでご一報下さい。
またまた長くなってしまいました。済みません。
新春如何お過ごしですか。
いい年にしましょう。自分の力で。

 

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