ロゴ







vol.3
1998.12.12





アイドルを泣かせた男、それは私

それは、思いがけない光景でした。
何の言葉がきっかけだったのか、小宇宙を思わせる彼女 の二つの大きな瞳にピンク色のオーロラが掛かったかと思
う間もなく、両頬にツーっと二筋の水滴が流れたのです。
「うれしいです、わたし。ここまで色々な方にお世話になって、 自分でも頑張ってきたと思います」
そう言いながら、彼女、奥菜恵は頬に光るものを拭おうとも せずに、真っ直ぐに僕を見つめてくれました。
「えっ、オキナメグミ? ごめん、それって誰?」
思えば今回の取材は、そんな言葉がスタートでした。
突然事務所の留守電に学研の編集者から伝言があり、 会ってみると「アイドルを書いていただけませんか」という
オファーでした。
「そりゃ、書かせてもらいたいけれど、僕その人知りませんよ」
正直に言うしかありません。編集者もそれを見越していたらしく、 初対面にもかかわらず高価な写真集や過去の紙媒体資料を 山のようにもってきてくれていました。それだけでなく、泣かせる 台詞も吐いてくれます。
「「アウトロー」を読ませていただきました。あんなふうな作品
を書いていただきたいのです。40枚分のページを用意しました」
坊主頭の編集者、南條達也が言います。役者にした方がいいよ うなリリシイ若者に言われ、僕のアドレナリンの濃度が一気にあが ったのは言うまでもありません。
その時から取材はスタートしました。
それにしても、アイドルとは何と過酷な存在なのでしょうか。
例えば同行取材したCF撮影では、5時間もの間ただじっと椅子 に座ってメイクと着付けが終わるのを待ち、やっとスタジオに 入ってもそこからさらに頭上に富士山型の櫛、鷹と茄子の髪飾りを つけられ、不況風吹きすさぶ日本の縁起を一身に背負わされる勢い です。いくら正月用のポスターだからといって、細身の彼女には 重過ぎます。それなのに、ポラを見たスタッフたちは 「うん、これはいい、商品が奇麗に映り込んでいる」って。
何をか言わん。主人公は彼女ではないのです。そういうことは たとえ心では思っても口にしないのが人の道。スポンサーが脇に いることを意識した下品なスタッフの存在に大人の嫌らしさを 見てしまいました。
でも周辺取材と資料調べから浮き上がってきた奥菜恵の姿は、ただ のニッコリ水着のアイドル像ではなかったことが僕には救いでした。
例えばその写真集。4年前に出された最初の水着のものが今でも 少しづつ版を重ねているという事実。16歳からは毎年一本舞台に出 演し、文学座の鵜山仁の演出も受けているという実績。映像では岩井 俊二の作品にも出演し、CDも聴いてみると悪くないできなのです。
一つ気になったのは、関係者が語ってくれた「ダイエット」のことでした。
10代の半ば、相当ダイエットには苦しんで、事務所に厳しく言われて いたようだと、誰かが教えてくれました。
約半月に及んだ取材の最後に彼女に聞いたのは その一点でした。どうやって、何を考えながらダイエットしたのですか。 それは人に言われてイヤイヤだったのですか?
「苦しかったんです。あの頃、高校の勉強も大変でしたし、お仕事も 突然忙しくなりました。3分あったら寝ていたい、5分あったらシャワー を浴びたい。そういう生活だったんです。それで、つい間食をしてしまい ました。あの頃はお野菜も食べられなくて、お肉ばっかり食べていたん です。それで太ってしまいました。事務所の社長にも随分言われました」
社長はこの頃、彼女に体重計とサラダを作る器具を買い与え、これで 痩せるように言ったといいます。その言葉が彼女の体型を変えたのなら それはそれで社長の教育の成果ともいえます。
「いいえ、違います。わたし体重計は一度しか乗りませんでした。サラダも 苦くて吐き出してしまったこともありました。それよりも、もっと大きな ことがあったんです」
この頃彼女は、水着の写真集の仕事に挑戦しています。それは、すでに ドラマでもCFでも実績の在る女優には珍しい仕事だったといいます。 今や写真集はアイドルの登竜門なのです。皆ここから出発して、ドラマ やCFに行こうとする。その逆コースをあえて選らんだのは、一つには 社長の思惑でもあったといいます。
「自分で気づいて欲しい」
社長はそう念じていたのでしょう。
「その時、最後の水着ということでしたから、わたし、痩せたいと 思ったんです。奇麗に映りたかったから。それで、間食を辞めました。 野菜も食べられるようになりました。体重計にも乗れるようになった んです。わたし、ひとから言われると逆にできないんです。その代わり、 自分でこうだと思えば絶対に達成できます。相当に頑固なんです」
そう言って、奥菜恵は押し黙った後、真珠の光を頬に湛えたのでした。
思えば我が家にも、ちょうど期を同じくして風呂場の前に体重計が 置かれるようになりました。何気なく乗ってみると「86キロ」。愕然として 少し酒を控えたら85になり84になり82まで行くではありませんか。
それが我が家の彼女の策略とも知らずに、いつのまにか少し走っては 乗り、昼食を控えては乗り、前の晩酒を飲まずに乗るという、ノリオさん 状態になりました。
もっとも今はまた忘年会シーズンで84あたりをうろちょろしていますが、 自分で深く思い込めば必ず達成できるということを、僕は恵ちゃんに 教えてもらった気分です。
少し長くなってしまいました。拙文もそうですが、南條君渾身の コピーも絶品です。写真はローランド桐島さん。学研「ボム」。
コンビニには絶対にありますから、立ち読みしてみてください。ただし、 怪しいおじさんに間違えられないように。口元を引き締めることを お勧めします。

 

Salon
CinemaSportsEnglish Articles
Works for Magazine

diary | profile | works | bbs | top
Copyright (c)2004@the bazaark ALL RIGHTS RESERVED