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vol.14
2000.08.30





3つの家族の物語

残暑お見舞い申し上げます。如何お過ごしですか。
遠い夏の日、屹立していた入道雲が薄くなり始める今頃になってから、泣きべそをかいて机に齧りついていたことを思い出します。20数年たった今も、締め切りが近づかないと仕事に手がつかないのはかわりませんね。
残暑の中、日めくりを睨みながら一カ月分の絵日記をまとめて描く少年のように、パソコンと格闘して3つの物語を書きました。それらが奇しくも「家族」をテーマにしたものになったのは、キャンプ、海、家族旅行という思い出に繋がるこの季節のせいだったのかなと思ったりしています。
浅草に「ママ」と呼ばれる女帝が住んでいます。かつて若山富三郎を「わかやまっ!」と叱りつけ、「全員集合」に出演させて小学生役をやらせたという女性です。齢七四歳。ストリップの殿堂ロック座会長といえば、興行の世界では知らない者はいません。
三六歳で初めて舞台に立ち、妹や弟を巻き込み「家族」の力を借りながら、彼女は次第次第に踊り子を集め一座の長になりあがっていきます。稼いだ出演料の一〇〇〇円札を畳の下に敷きつめ、六畳間で約八万円。一杯になるとさらに新聞紙を敷いてその下に札を重ねて彼女は次々と全国の小屋や興行権を獲得して行きます。ある日浅草寺の住職がやってきて、「ロック座がなくなりそうだからあなた買ってくれませんか。」
今回初めて知ったのですが、浅草一体の土地は全て浅草寺の所有なのですね。そこは大衆にとって聖と俗の地でないといけないと浅草寺は考え、背後に吉原を置き、ストリップもまた不可欠なものとしているそうです。彼女はその誘いに答えてロック座を手にし、約十年掛けて新しいビルに建て替えて全国一の興行主という名をほしいままにしていきます。
ところがその陰で、実の息子と娘にまで「ママ」と呼ばれてしまう現実があります。「母親というよりは社長です」と、一歩引いて娘に語られてしまう悲哀。彼女の周囲にはつねに踊り子や従業員が疑似家族として取り巻いているのですが、その過剰な生へのエネルギーは実の家族を遠ざけてしまいます。それでも約三〇〇人からの従業員の家長たらんとする姿には、ある種の気高さすら感じられます。古き懐かしい日本人の姿です。
もう一つは時節がら、オリンピック柔道の井上康生物語。昨年の世界選手権で、半年前に急逝された母親の名前を黒帯に縫い込んで金メダルを取ったというエピソードはすっかり有名ですね。男ばかりの三人兄弟、その中から柔道日本一を二人排出したその家族のエピソードは、聞きしに勝るものがありました。その全盛時、米の消費は毎月六十キロ。食事をしながら二度目のご飯を炊くということもザラだったといいます。しかも、やはり柔道五段の父親の分も含め、毎日三人分の柔道衣を洗濯していた母親の苦労が偲ばれます。物語が書けるなと思ったのは、こんな周囲の言葉を聞いた時でした。
「康生は母親を亡くしてから明るくなった」
東海大柔道部部長の佐藤宣践氏は言います。
「ヒーローにはある種の悲劇性が必要です。それまでまん丸だった康生は、母親を亡くして一部が欠けた。でもそのことで家族は逆に前よりも一丸となった。悲しみを乗り越えた男の強さが感じられるようになりました」
それを親の側から見るとこうなります。
「家内は命をかけて康生に金メダルを取らせようとしたと言ってもいいと思います。そうでなければあんなに元気だったのに、私たちの前から急にいなくなるわけがない」
だから金メダルとか、だから勝てるとか、勝負とはそういうモノではありません。けれど家族全員で一つにフォーカスできる幸せは、普遍のものだと思えます。決勝は九月二十一日。家族と一緒にテレビと酒を用意して、応援しながら飲み明かそうと思っています。
そして3つめは、念願の「三里塚」。闘争の歴史も三十四年目に入った現地の中で、学生時代に団結小屋に住込み、結ばれ、四半世紀を闘争にかけてきたある家族を取り上げて物語を書かせて頂きました。歴史に汚点を残す強制代執行が行われた直後に生まれたその夫婦の長女が、今はお茶の水女子大学でダンスを学ぶ歳になっています。まさに「闘争二世」と呼ぶに相応しい彼女がこんな思い出を話してくれました。
「子ども心にうちの家族は特殊な環境にいるんだということはわかっていました。だからいじめられないように勉強も頑張ったし両親に苦労をかけたらいけないと感じていました。でもある時、家に結婚式の写真がないので、お父さんとお母さんはどうして結婚したの?と聞いた事があります。そしたら、討論をとおして結婚したのよって。なんだ、恋愛じゃないんだと思って、哀しかった記憶があります」
今、三里塚の課題は、自ら起こした闘争を自ら終えるということにあります。齢50を越えた闘争世代が新しい一歩を踏み出せるか否か、そこにはやはり「家族」の力が必要なのかもしれません。
さて皆さんの「家族」は如何ですか?
我が家では、鎹として生まれた愚娘はやっと両手を頭上に掲げて「おおきなくりのきのしたでぇ」とそれらしき喃語を発することができるようになりました。これからどんな物語を紡ぐことができるのか、楽しみでもあり一抹の不安もあります。
そういえば、取材の途中、ダンサーの彼女にこんなことを言った記憶があります。
「三里塚の物語は僕が紡ぎますが、君の家族の物語は君たちの世代が語り伝えていかないといけないね」
すると彼女はにっこりと「そうですね」と答えてくれました。
一つ一つの家族の物語。夏の終わりのこの季節は、そんなことに思いを巡らせるのも悪くないのかなと思っています。
さて浅草のママと井上君は今週発売の「アエラ」と「週刊現代」に、三里塚は来週発売の「サンデー毎日」に掲載されます。こちらは四回の連載です。機会があったら立ち読みでもしてやってください。
お互い宿題をしっかりやり切って、実りの秋を迎えたいものですね。

 

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