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vol.12
2000.04.12





切なくやるせない深夜の電話

深夜、思わずダイヤルしていたのは、作家・梁石日の家だった。
「石原のこと、どうするんですか」
唐突にそう切り出すと、作家は一瞬その名を某出版社の名物編集者と勘違いしたようだった。
かまわずに「今テレビでみたんですが、明日記者会見するようですよ。会場に行きませんか」とたたみかけると、作家は納得したのだろう、唾をゴクリと飲み込んでこう言った。
「ああ、そのことならわしらもう明日記者会見することにしたよ。宮崎学から電話がかかってきたんや」
その言葉だけで僕には十分だった。怒るべき人が怒り、闘うべき人が闘いの狼煙をあげる。激しいものになるだろうけれど、やるべきときにはやらなければならない。ついこの前も、「彼が出て来るのを待って僕が殺します」と語った男がいたが、人間として、それもまた在り得べき選択肢だと僕は思っている。
はたしてこの夜、在日朝鮮人二世として生を受け、齢60になる作家の胸に宿っていたのはどんな深さの怒りだったのか。僕にはそれを感じることはできても、その奥底に宿るマグマを思う時、正直言って恐怖だ。
テレビに映る石原慎太郎のノンシャランな表情を見ながら僕が感じていたのは、一世紀前に着の身着のままで海を渡った数多の移民たちのことだった。
「日本人は食生活が違う。パンやバターや肉を買わない。だから、この地に住み着いても経済的になんの貢献もしない。職を奪うばかりだ」
そういう理由で、何十万何百万の日本人たちが西海岸から、オーストラリアから、ハワイから、ブラジルから、排斥されていった。たぶんその時、かの地では「第三国人」といわれていたのだろう。その誇りを取り戻すために、何十年という時間がかかり、何百人もの若者の汗が流されたのだ。拙書「ライオンの夢」を書きながら、僕は当時のことを思って胸が詰まったものだ。
再びその歴史を繰り替えそうというのだろうか。しかも今度は締め出す側として。こんな切ないことがあるか。こんなやるせないことがあるか。
同じ人間の口から、世界的な債権市場を東京に作ろうというアイディアも漏れたと記憶している。つまり、金は入れるが人間は入れないということか。再びこの国をエコノミック・アニマルとしたいのか。少なくとも文化の旗掲げる作家の言うことじゃないですよね、と電話口で言ったら、作家は笑った。
「アホ、人間以下じゃ。大阪のエロザルの方が数百倍ましやったな」
そうなのだ。唇に微笑みを浮かべながら、けれど心にしっかりと怒りを抱いて、それぞれの生活の中で僕らは闘わないといけないなと思っている。

 

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