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vol.10
2000.01.15





ネットバブル狂躁曲〜愛おしき男たちの夜

或る夜、新宿紀伊国屋裏の何でもない居酒屋に、約30人の男たちが集まった。会費6000円、料理は鳥のカラアゲとキムチ鍋、ビールとチューハイ飲み放題、制限時間2時間という、どこにでもある酒の風景だ。誘ってくれたのは、この夜の幹事役の友人だった。
「面白い人たちが集まりますよ、是非来て下さいよ」
この手の誘いに乗って面白かった試しがないというのがぼくの処世術でもあったのだけれど、今思えば足が向いたのは何かの知らせだったのかもしれない。驚いたのは、ほぼ全員が初対面だというのに、すぐに長いテーブルのあちこちで熱い会話が始まったことだ。
「もうすぐゲームのS社が一部上場するらしいよ」「僕も少し持ってるよ。株価が3倍になったら売ろうと思っているけれど」「あいつの会社マザーズで最初に公開して14億儲かったらしいよ」「えっ、前の会社は首同然だったのに?」「うちの編集部にも始終インターネットで自社株の動きを観察しているウォッチャーがいますよ。株価って一日ですごく変動するんですね。今日は7000円になったかな」、、、
ゲームメーカー、コンピュータメーカー、ゲーム流通会社、IT系出版社、パソコン・ソフトメーカー、CDメーカー等々、もらった名刺を並べるといづれもカタカナの社名が並んでいる。小さな企業の社長はいるけれど、聞いたことのある企業の名刺にはせいぜい部長の肩書きがある程度だ。年齢も20から30後半といったところ。中には17歳の「社長」もいる。見事なまでに全員男。隣りのテーブルには頃合いのOLの集まりがあったのに、誰も声ひとつかけようともしない。
つらつら話していると、隣りに座った若者はネット上で新しいビジネスを立ち上げて、大手衛星放送会社と仕事の契約を結んだばかりだという。
「そうなんですか。大学院生で。すごいですね」
話のスケールに圧倒されてそんな受け答えをしていると、
「あれ、僕、神山さんに前に一度会ったことありますよね」
相手から言われてはじめて気付いた。微かに記憶の底に残っている光景は、もう一年以上前、三丁目の狭いバーで長髪の学生を相手に訳知り顔に「人生」とやらを語っている自分の姿だった。
「あの時はありがとうございました」
今は髪もオールバックにし黒いスーツに身を固めた「代表取締役社長」に微笑まれると、ドッと恥ずかしさが込み上げて来る。
酒が進んだ頃、誰かが叫ぶように言った。
「ネット業界はバブルなんですよ。今日は飲み会ですが、今度はホワイトボードのある部屋で皆さんでミーティングしましょう。新しいビジネスを立ち上げるんです」
似ているなと思ったのは、もう10年前の風景になる。赤坂のキーセンバー。着飾った女性たちをはべらせて、埼玉のド田舎の駅前に土地を持っているという中年の税理士が、ダブルのスーツを着込んだ若い取巻きに言っていた。
「今日は黙って1億儲かった。あそこの土地を2億で買って転がせば、3億は残るな」
いやそれは、決して他人事ではないのだ。僕にも身に覚えがある。かつて会社を立ち上げた時に、マンションを買った。事務所用と若い社員用。たかだか年収900万円程度のフリーランスに銀行はすぐにローンを組んでくれたし、不動産会社もほいほいと物件を紹介してくれた。貯金は一銭もないくせに、2件の不動産を持って僕は僕なりにバブルの道を歩いていたのだ。もちろん時の流れは僕にも冷酷で、今は売ろうにも売れない買い値の半額に成り下がったワンルームマンションのために、僕は毎月10万円のローンを払い続けているのだけれど。
あの時と今と、目の前の風景は同じなのだろうか、違うのだろうか。一つ言えるのは、当時は流行語だった「バブル」という言葉が、今は苦みや痛みや冷笑を伴って僕らの一般語になっているということか。だからといって、一度走り出してしまえば同じ興奮系のフェロモンが全身を駆け巡ってしまうことに違いはないのだろうけれど。
誰もが「今」を掴もうとし、誰もが「今」の主人公になりたいと思っている。誰もが「できる」と思い、アイディアは頭の中で一杯だ。
愛すべき男たち。視界のはてには魔物がいると言われながら西に漕ぎ出したコロンブスのように、僕らは舟をこがずにはいられない。
翌朝、重い頭を抱えながら思わず妻に語っている自分が居た。
「君の貯金って今どのくらいあるの?」
僕にとってのせめてもの救いは、手元に自由になる金が全くないことか。
熱気と狂気と滑稽さを紙一重に挟んで、僕らの時代が今日も確かに動いて行く。

 

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