ロゴ

「吉田拓郎の孤独」

 その文章には「吉田拓郎という名の孤独」がしたたかに刻まれている。昨年秋に発売されたアルバム「ハワイアン・ラプソディー」の初版にのみ添えられた、彼自身の手による自伝小説だ。
「若い頃は、それなりに無理をしてきた事を、彼(注・主人公)は酔った時に「俺にしかわからない苦痛」とよく親しい友人に話すようになっていた。40代の後半あたり、バハマへレコーディングに行った時、遥か南の島で初めてこのセリフを口にしている。(中略)深夜バハマのバーで涙を流したらしい」
 吉田拓郎は変わった、とよく耳にする。あれほどテレビは嫌いだといっていたのに、毎週キンキ・キッズとブラウン管を賑わし、時にはバラエティー番組にも顔を出すようになった。明石家さんま、所ジョージらともそつなくトークをこなしたりもする。タレントになったのか、若者にコビるようになったのか、そんな揶揄も聞こえてくる。
けれど一番大きく変わったのは、この「吉田拓郎という名の孤独」を自ら口にできるようになったことなのではないだろうか。
 インタビューの時、そんな質問をすると、サングラスの中の目を細めた。
「よく読んだな」と言った後で、真面目な顔になってこう言った。
「やっぱり若者の力でしょう。特にキンキ・キッズの二人の存在が大きいな。あの二人に、僕らの尊敬できる存在でいて欲しい、カッコよく居続けてほしいと言われ続けることで、自分の中の何かが変わったよね。確かに30代後半から40代の後半までは苦しかったですよ。今思うと、はっきりそう言うことができるな。このまま埋もれて行っても仕方ないかと思っていたから。でも音楽をやっていると、ああいう若者と一緒に生きて行くことができる。口うるさいおじさんにならずに済む」
 24歳でのデビュー以来、吉田拓郎は約15年間若者ムーブメントの中心にいた。シングルレコード「旅の宿」「結婚しようよ」の大ヒット、アーティスト主導のレコード会社「フォーライフ」設立、3度にわたるオールナイト野外コンサート等、常に時代の先頭を走ってきた。その間、ジーパンに下駄に腰手ぬぐいのバンカラ姿、バーボンを煽っての喧嘩、我が侭、女好き等、様々なイメージが彼の存在と不可分になった。
「一度も腰にてぬぐいなんてしたことないのにさ」
 と愉快そうに笑う。本当は初めて買った車はジャガーだし、ハワイが好きで、定宿は「ハレクラニ」だから、とも言う。
 何か発言するたびに一人称を「俺」と書かれ、コンサートでは必ず「雄たけび」と書かれ、勝手に時代を背負わされたことを本人はけっして納得していたわけではなかった。だからこそ、最近になって10代の吉川ひなのがトークで「自分のことが一番可愛い。だって誰も私のことなんか心から大切にしてくれないもの」と言ったりすると、それに素直に感動してしまうのだ。
「そういう気持ちになれたのも、キンキと出会ったからかな」
 とも言う。
 一つだけ変わらないものがあるとすれば、それは日本の音楽界の先頭を走るミュージシャンとしての自負だ。フジテレビの「LOVE LOVEあいしてる」のプロデューサー、きくち伸も言う。
「番組は2年間続いてきましたけれど、その歴史は拓郎さんとの闘いの歴史です」
 スタジオ収録される同番組には、スピーカーさえ代えればそのまま東京ドーム公演も可能なほどの音響器材が使われている。けれどスタッフたちの働きや、納得できない音作りに拓郎は怒る。激しく怒る。
「ゲストで来てくれるミュージシャンたちに、やっぱりテレビだったと思ってほしくないだろう。俺の番組なんだから、最高の音で迎えて最高の気分で送り出したいんだよ」
 この時ばかりは口調が「僕」から「俺」になっている。かつてあんなに相性の悪かったテレビに出演するようになった。それはテレビに妥協したのではなく、ミュージシャンが納得できるテレビ番組を創りたいからだと言いたいのだ。
 昨年秋に行われた2年ぶりの全国コンサートで、面白いことに気付いた。24歳の時のデビュー曲からウルフルズのトータス松本の手による「僕の人生の今は何章目くらいなんだろう」まで(ちなみに松本は実兄に「そんな偉い人にお前が曲を書いていいはずがない」と言われたという)、新旧織り交ぜて15曲+メドレーが歌われた中で「間に合うさ」「遅すぎることはない」という言葉が3回歌われた。新アルバムでも自作の詩で「ノット・ツー・レイト」とも歌っている。
 齢52歳。春には53歳になるけれど、拓郎は今でも「遅すぎることはない」と思っている。「春だったね」「落陽」「外は白い雪の夜」といった20代、30代の頃の名曲がちっともナツメロでなく響いてくるのは、その気持ちがあるからだ。
コンサートの最後はデビュー曲「イメージの詩」だった。
「長い長い坂を登ってうしろを見てごらん/誰もいないだろう/長い長い坂をおりてうしろを見てごらん/皆が上で手を振るさ」
 大学卒業前後に書かれた詩を50代になって新しく歌える幸せ。先頭を走り続けてきたことのご褒美を、今、拓郎は感じている。
 春には、4年ぶりのシングルの発売が予定されている。


 

Salon
CinemaSportsEnglish Articles
The Bazaar Express

diary | profile | works | bbs | top
Copyright (c)2004@the bazaar ALL RIGHTS RESERVED