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熱血 e-Library
 

 

 

 

 

 

■2013,11,17

あら〜、暑かった夏が終わって楽しみにしていた槍ヶ岳と蝶ヶ岳-常念岳のトライも終わって、チャレンジングだったツールド東北160帰路も終わったら、いつのまにか季節は冬に。そしてそして、なんとブログのこのページは二カ月もほったらかしでした。

すみませぬ〜。

ひとえにひとえに、フェイスブックの登場がいけないんです。かくとこが多すぎて、手がまわらない〜。っていっても、フェイスに書いてるのはぼくですから、ぼくが悪いわけですね。

この際、思い切って抜本的な対策をとります。

この「熱血」ホームページの中で、この「ほわっつ・にゅ」は、今日で閉鎖します。他のページは書きますが。

今後は、ぼくのフェイスブックで「ほわっつ・にゅ」を書いていきたいと思います。

今後は、https://www.facebook.com/norio.koyama.7

にアクセスお願いいたします〜。

振り返れば、このページを書き始めたのは2004年10月22日ですよ。約10年前だ。まだサリーワイルを出してないころだもんね。すごい昔だ〜。一つの時代の終焉ですね。

ご愛読いただいた皆さん、ありがとうございました。

今後はフェイス・コウヤマをよろしくお願いいたします〜。

「熱血ほわっつにゅ」くん、ありがと〜。

まだまだ書いていくけんね〜。みなさん、よろしくどーぞ。

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■2013,09,20

今朝、メールを開けたらこんな朗報が入っていました。

「お疲れ様です!

給食甲子園事務局から連絡がありまして、 今年度も東京都代表に選ばれました!

昨年よりも連絡が早くきて驚きました。。

神山さんにたくさんの刺激をもらい、 成長できたからと思います!! 感謝感謝です!  ありがとうございます!

表彰式は10月14日(月・祝日) 埼玉県のラフレさいたま5階 楠の間 13時20分〜16時 ちなみに西日本は 10月12日(土)プリムローズ大阪

決勝大会は12月7日〜8日 女子栄養大学駒込キャンパス 前日レセプションと当日調理 松丸 奨」

素晴らしい〜。松丸先生は、ここんとこずーっと江戸野菜の生産者を廻って食材の研究を行っていました。見事な江戸給食をつくってくれることでしょう。

決勝戦は調理師の方との二人三脚。しっかり練習して、がんばってほしいものです。

もう一人、北の街からもこんな手紙が。

「毎日新聞の萩尾さんからたくさんの本を送っていただきました。テストが終わったら本の山で眠ります!」

風美ちゃんからです。

この前女川町御前浜で行ったシンポジウムでの風美ちゃんの作文は素晴らしかった。それに感動した萩尾さんが、プレゼントをくれたようです。

ぼくには何もくれないけれど。とほほ。

もう一人、あのピアニストからもメールが。

「ありがとうございます。出会いを大切にしてがんばります」

誕生日だったんです。25歳かな。立派な青年になりました。

文面にもあるように、未知の出会いの中で、しっかりと成長してほしいものです。

昨日は東京塾Rに幼稚園小学校時代からの旧友野口夫妻の長男ダイゴ君がきてくれました。いや〜息子の世代と一緒に学べるなんて、感慨無量です。

年若い友人たちの活躍、、、、嬉しいですね。

みんながんばれ〜。

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■2013,08,25

今朝は外をみてみたら、重い雲が垂れこめてしとしと雨が降っていました。

あぁ、もう夏も終わっちゃうのかな。

あんなに暑くてじとじとしていた日々ですが、こうなると早くも懐かしいんですよね。

どうでしょうか。そろそろ8月も終わりだから、ゆく夏を惜しむことになりますかね。

先週は京都で素晴らしい食体験をさせていただきました。

銀閣寺の近くにひっそりとたたずむ『なかひがし』さん。

ところがご主人の言葉は豊穣で、大嘘に満ちています。

「うちは土鍋で焚いたご飯と目刺しに味噌汁がメインディッシュで、その前にイランものをなすこーしお出ししているだけです」なんて、食事前に仰っていたのに、

出るわ出るわ、鮎、すずき、鯉、鮑、鰻、どこが草食料理なんだ〜と嬉しい悲鳴を上げていました。

和食文化は素晴らしい。計り知れない可能性に満ちている。

あとは誰が勇気をもってそれを掘るかと、どこに鉱脈を見つけるかということだけ。

そう感じさせてくれる料理でした。

昨日は川越高校時代の同級生たちとゴルフ。

9月末に『初雁カップ』というコンペがあるのですが、その前哨戦。初めて廻るコースでしたが、「87」で勝っちゃった。ふふふ、うれぴー。

ま、束の間、夏のご褒美です。

というわけで、残りわずかな夏を楽しみましょう。来週は「アエラ、李相日監督」を書くぞ〜。

いい文章が出てくるはずです。お楽しみに〜。

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■2013,08,04

あっと言う間に8月になってしまいました。

みなさんはどんな夏をお過ごしですか。

7月中はかーっと、ヒリヒリするような夏だったのに、8月とともにすこーしおだやかになりましたね。

今日は絶好のカヌー日和。午前中荒川で友人たちと川風にあたってきました。

8月になったら志摩のエレマンプレザンにもいきたいなとか、ゴルフ三昧の夏合宿もやりたいなとか、いろいろ思っていたのですが、やはり「原稿原稿」の日々のようです。

でもぼくの場合、夜は必ず飲んでるし、原稿も徹夜なんてしないし、最近では好きなことしか書かないし、あんまりストレスはないかな。

ンなこと書くと、編集のみなさんから怒られちゃうかな。たはは。

この前は久しぶりに二丁目『喝』へ。

最近は二丁目とか銀座とか、あんまりでかけないので、あの急な階段を登るのは本と久しぶり。扉を開けたら旧知の友人が二組飲んでいて、一気に大盛り上がり。

久しぶりにお姉トークに終始しました。

気がついたら朝で、なぜか自宅の布団にいるのも以前と変わらず。とほほ。

しつけのいい子だわ〜。隣の部屋で裸で寝ていたそうですが。あーあ。

という53歳の夏です。

しばらくはこの暑さを楽しみましょう。浴衣もあるしね。

明日は『許されざる者』の李相日監督のインタビュー。

アイヌ話にどう引き込むか。そこが勝負です。

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■2013,07,01

なんかおかしかないかいシリーズ(勝手につくりました)その1

「郵便会社って、切手を大切にしてるのかな?」

郵便局でこんな経験ありませんか。

年賀はがきが余ったり(未使用)、使わない高額切手(未使用)がでてきたとき、 窓口に持っていって、「50円切手に変えて」と申し込みます。

ぼくは、初めてであった人には必ず絵はがきに綺麗な切手を貼って、汚い文字で(なはは)礼状を書くのが習慣なのですが、窓口の担当者は非情にもこういいます。

「手数料が一枚5円かかります。記念切手には交換できません。通常切手だけです」と。

なななななななにぃぃぃぃぃぃ!

怒るのはぼくだけでしょうか?

このやり方、二重三重にへんだと思いませんか?

その1、手数料をとっているのに、同じ50円額面の記念切手に換えられないのはなぜ?(しかも手数料をとっているんだから「交換」じゃないよね。「販売」だよね)

その2、「通常」とか「記念」とかのネーミングは郵便会社社内の事情であって、ユーザーには関係ない。両方共に50円出せば買えるものなのだから、ユーザーには同じもの。なのに、なぜこの時だけ差をつけるのか?これでは、一物二価ではないか?

「切手」って、日本の郵便の美しいビジネスモデルですよね。郵便会社にとっては、生命線といってもいいのでは?メール便にはないんだから。

ぼくは誰かに葉書を出すとき、より気持ちを込めたいし伝えたいから、季節の切手やご当地切手、自然の切手、国立公園の美しい切手等を使いたい。それができるのが、メール便との大きな、決定的な違いだと思います。

それを郵便会社自身が否定するようなルールをつくっている。

窓口の担当者にその理由を聞いても「それは記念切手だからです」みたいなことしかいえない。ぜんぜん説明になっていない。あぁ−−−−

年末になると郵便会社の人が駅なんかで年賀はがきを売っている。社員にはノルマすらあるという話です。 その年賀はがきも、余ったら同じような「仕打ち」を受けるんです。これじゃ買いたくなくなりますよね。

しかも、郵便会社の「お客様相談窓口」に電話してこのことを伝えても、「担当者に伝えます」というだけで、返答はいただけない。担当がどの部署なのかも言わない。言えないとしか言えないと言う。あぁ−−−−

たかが切手なんですけどね。でも、ぼくには大切なものなんだけどなぁ。 いかがですか?みなさん?おかしかないですかぁ?

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■2013,06,20

台風ですね〜。明日はどんな天気になるでしょうか。

実は明日の夕方、大洗港からフェリーで北海道に向かいます。

23日に行われる『アース・ライド・イン富良野』に出るんです。120q。くーっ、晴れるといいな〜。

大洗から苫小牧までいって、そこから列車で新得まで。そこから富良野までは、約50qの峠道を走ろうと思います。

楽しみだな〜。初めての北海道ランですよ。

無事ゴールしたら、その日の夜は札幌で、昔「ノンフィクション講座」をやっていたころの生徒たち(といっても、あいつらもう30代も半ばだよな〜。40代かな)の何人かが集まってくれるとか。道新の地田先輩と、多田さんもきてくれます。

よれよれで飲めなかったらどうしよう。なはは。楽しみ楽しみ。

8月刊行の講談社+α文庫のゲラも出てきました。

以前竹書房から『人生の大切なことは全て雀鬼に学んだ』というタイトルで出したものに

雀鬼桜井会長がながーいまえがきを書いてくれて、新しい生命をいきだきました。

雀鬼会の25年間、桜井章一の教えない教育論、若者たちの葛藤、パラオへの旅、ヒクソン・グレイシーと雀鬼の深い縁(えにし)等々、

自分としてもご縁としかいいようのない出会いの中から生まれてきた文章です。

お楽しみに〜。

そしてそのころは、あつーい夏ですね〜。今年はどんなことになりますか。

予定では、富士山、槍ヶ岳が待っています。いけるかな〜。

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■2013,06,11

しばらくこの欄への書き込みを失礼していました。ごめんなさい。

この間いろいろあって、

東北にバレーボールチーム『アザレア』の萩原監督と選手二名を連れていって、女川中との練習指導をしてもらったり、東京塾Rのメンバー11名と一緒に石巻・女川ツアーをやったり、

仕事では週刊新潮がやっとでました。6月6日号でした。編集の種井君にはお世話になりました〜。ありがと〜。

ミャンマー企画といえば、このあと「月刊潮」にも一本書きます。

もう一本、『新聞が書かないミャンマー事情』という仮タイトルの本のプロデュースもしています。こちらは7月末発売かな。講談社プラスアルファ新書です。面白いですよ。乞ご期待。

そしてそして、拙書『目指せ! 給食甲子園』の出版が7月上旬に決まりました。何度も何度も延びちゃって、ごめんなさい〜。

いま編集者が一生懸命最後の調整をしてくれています。

楽しみだ〜。お待ちくださいね〜。

と、いいながらぼくは明日から竹富島へ。この島のコミュニティのあり方を書きたくて、ロケハンしてきます。

さーて、どうなりますか。

もどったら報告しますね。よろしくどーぞ〜。

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■2013,05,09

束の間、ふるさとである埼玉県の愛市にいってきました。

なんて、いにしゃる(漢字にしましたが)で書かなければならないのは、非常に残念なことがあったからです。

「ダイアプラン職員研修報告会」というのに呼ばれて参加してきたのですが、愛市、T市、S市、H市の4市の若手職員(研修生)がたてた「ダイアプラン政策」があまりに酷くて、激怒、激怒、激怒。健康に悪いね〜。

この研修は1年間かけて行われていて、ぼくは去年8月の第一回に呼ばれたので、愛市と志木市でものすごく自治活動に活躍している市民を連れていって、「街づくりにおける行政と市民の協働を市民の側から語ると---」というテーマで話してきました。

それは同時にに、ぼくが10数年間ずーっと取材を続けている「地域」から学んだことでもあります。

行政は、まず市民の中にふかーくひろーく入っていって、そこから市民のニーズや地域の鉱脈を探し出すこと。このひと言に尽きます。どんな偉そうな政策も、机上のものでは役に立たないし、その地域内に鉱脈がなかったら絵に描いた持ちなんだから。

そのことを、二人の市民と共に語ってきたつもりでした。

二度目に参加したのは今年の3月。この時は6回にわたる研修会を経て、2つのチームが政策を発表するという会でした。

その時ぼくは質問と共に、こうアドバイスしました。

「市民の中に入って言ったのか?机上の空論をいくら構築しても、全く意味がない。市民の中にその政策の芽があるのか。そこを探せ」

「その政策にコスト意識はあるのか?財源はあるのか?民間と競合するような愚は犯さないこと」

インターネットを使うというアイディアに対しては、

「インターネットはグローバルメディア、対していま4市で必要とされているのは極めてローカルな政策、元々馴染まない」と。

それから二カ月。今日レッドアローに乗りながら、「さーて、若者たちがどんなふうに政策(アイディア)を練り上げてきているのか」と楽しみにしていたら、なんとなんと、まーったく3月とおんなじ。何の変化もシンポもなし。前のままのパワポを使って何の変化もない台本を読み上げたのです。

いったいぼくはなんのために愛市まで足を運んだのか?

いや、ぼくのことなんかどーでもいい。彼らは税金を使ってこの二カ月何の仕事をしていたのか?もちろん、本業の役割はあるんでしょうが、それ以外の時間を使って(たぶん残業代ももらいながら)何をしていたのか。

しかも、この日は4市の市長から部長から大勢の職員が愛市に集まったわけですから、少なくない時間とコストがかかっています。

なのに出てきた政策の中には、こんな言葉もありました。

「学生からビジネスプランを募集して、空き店舗を利用して実際に運営してもらう」という政策では、「(目標値に対して)もっとも遠かったチームが脱落し、新たなチームが参加」

−−−「脱落」って何?

「(この模様を)リアリティーショーとしてインターネットで公開し、エンタテインメントとする」

−−−「エンタメ」って何?

いったい市民の起業という大きなチャレンジを、この行政マンたちはどう考えているのか?市民の脱落をインターネットでエンタテインメント?市民の失敗の様子がエンタテインメント?

さらに、市がソーシャルネットをつくるという案もあったから、そのコストはどうするのかと聞いたら、

「いまはサーバー代は安いですからせいぜい300万円で」だって。

そうじゃなくて、集客のコストをどう考えているのか。自治体が行うソーシャルネットとしてどれだけのユーザーを集めることが目標で、それを達成するまでにどれだけのコストと時間がかかると考えているのか?

3月にも同じ質問をしていたのですが、今回もしどろもどろの返答でした。

こんなことを考えてもらうために、市民は税金を納めているのか?これが行政マンの仕事なのか?

百歩譲って彼らは若いからというのであれば、先輩たちはまず行政の本質的な役割を語ってやらないといけないですよね。あるいは外部のアドバイザーは、もっとしっかりと研修の芯を定めてやらないと、これじゃ「ごっこ遊び」でしかない。

くり返しますが、ここで書いている「怒り」は、みな3月の時点で質問したことなんです。それなのに、全く新たな答えを用意せずに堂々と同じ発表をくり返す若手行政マンたち。それを黙って聞いている担当者たち。部長たち。

いやはや、呆れました。

愛市のことが大好きなだけに、今日は情けなかった。

またまた怒ってしまいました。

ぼくがおかしいのか、行政マンたちがおかしいのか?

みなさんはどう考えますか?

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■2013,05,06

連休も最終日になりました。

あっと言う間でしたね。どんな日々だったでしょうか。

ぼくはこの間、ほぼ毎日BAZにでていて執筆でした。

途中ゴルフを一回と、自宅と友人宅でホームパーティーを一回ずつ。

最近は飲むだけじゃなくて、料理をつくるという楽しみも手にしたので、それなりにあれこれチャレンジしています。

一回は「そら豆チーズ入りにょっき」を自宅でつくって、うまくできたので上機嫌で地下鉄に乗って友人宅へもっていったら、溶けてどろどろ。とほほ。知らなかった。にょっきって溶けちゃうんだね。

もいち度丸め直して、なんとかいただきました。

昨日はおちびさんたちが3人も家に来たので、一緒にパスタを延ばす延ばす。

カルボナーラが好評でした。

そうそう、この連休は、東京塾Rで出会ったえりかちゃんの出社最後の日でもありました。

ユニクロから三重にいった洋平同様、彼女も「等身大の幸せ」求めて京都のゲストハウスに転職です。

いい人生になりますように。束の間でも袖すり合わせた二人の将来を、じっと見守りたいと思います。

それから、風の便りで数年前に京都に行った料理人Tさんの「離婚」というニュースが伝わってきました。

天才肌の人だからね〜。ま、仕方ないと納得してしまうようなところがある人でしたが、やっぱり力を落としているかな。

近いうち京都に行って、あってこようかな。

その前に、式年遷宮の伊勢神宮に行きたいな。

旅にはいいシーズンでもありますね。

ずっとPCの前にいたので、心が騒ぎます〜。

旅といえば、亡くなった親父が教え子の関谷さんが撮った旅の写真に川柳をつけた遺作が出てきました。写真も素敵だし、川柳もその手紙の文面も、「市井の人」に徹した親父らしい素朴さが出ていい味わいです。

私家版の作品集に編もうかと思っています。

1年くらいかかるかな。楽しみだな〜。

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■2013,04,16

先月末、ミャンマー2泊4日の弾丸ツアー帰りあたりから鼻風邪が始まって、昨日くらいまでずーっとずぐずぐずいっていました。

やっと今日、楽になったかな。

そんな中、13日は53回目の誕生日でした。ぱちぱちぱち。

メッセージいただいたみなさん、ありがとうございました〜。

去年52回目の誕生日は箱根ヒルクライムチャレンジだったのですが、それもなんとか達成したので、今年は湯河原カンツリーで『第9回バザールマスターズ』

いつもより多めの4組の参加を頂いて、盛大に開催してきました。(なーにがせいだいなのか)なはは。

川崎高津区の総合型スポーツクラブSELFさんからはジャンボ菊地さんと、南菅中学校長の成生先生。フライデー編集長の木所さん、スポーツライター藤江君、元バザール経理のしみちゃンの旦那さん吉崎さん、等々、初参加の方も含めて16名、好天に恵まれて、和気あいあいのラウンドでした。

みなさん、ありがとうございました〜。

この日グロス優勝者の桜井さんが、むかーしのバザールカップ優勝賞品の浴衣生地をまだ仕立てていないということがわかって、さっそく取り戻しました。

今月中旬から三重のstudio−Lに就職する洋平君に時間があったら、原宿にある十日町の吉澤さんのお店で仕立ててもらって贈りたいと思います。

洋平君、ご都合いかがですか〜?

さてさて、この先のぼくの春は、今月末までに二冊書き上げて、6月に上梓する『給食甲子園』のムーブメント作りをちょこっとやって、6月には竹富島にシナハンに入りたいと思っています。

アウンサンスーチーさんも京都に滞在中ですね。2度の訪問取材で書いたミャンマーの記事が、来週の週刊新潮に載る予定です。お楽しみに〜。

5月25日には、東京塾R誕生記念ゴッフカップとワイン会もやりますよ〜。

みなさん、奮ってご参加ください。よろしくどーぞ。

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■2013,04,02

ちょっとちょっと、昨夜観ました?NHKプロフェッショナル。

サービス世界一の宮崎君の登場でしたね。

なんか、テレビプロポーズみたいな演出だったけれど、

なかなかかっこよかったじゃないですか。

これまでレストランの世界って、どうしてもシェフにスポットがあたっていたけれど、

これからはサービスですね。

ちょうど昨日TBSの旧友に会って、秋に企画している秋山隆哉さんの米寿記念のガラパーティーの相談をしてきたところです。

このムードに乗って、実現できたらいいな〜。

その前の晩には、これまた友人でもある作曲家佐村河内守さんもNスペに登場していましたね。

二晩連続して友人の姿をNHKで観られるなんて、希有な体験だな。不思議な感覚です。

昨夜はその佐村河内さんの「ソナチネ」をみっくんの先生である石川寛子先生が東京文化会館で演奏しました。もちろん、佐村河内さんもみっくんも登場して、ご挨拶していました。

演奏はラヴェルとかドビュッシーとかブラームスとか、大家の曲がいろいろあったんだけど、やっぱり目の前の席にいる作曲家の曲を演奏されると迫力が違いますね。同時代の感性ということもあるのかな。とにかく迫力満点、大感動の一瞬でした。

会場では、拙書も飛ぶように売れて、ありがとうございます〜。

佐村河内さんとみっくんは、近々「金スマ」にも登場するらしいですよ。これまた楽しみ〜。

春ですからね、どんどん新しいパワーが登場してほしいものです。

今日は花冷えだけど、いい季節にしましょうね〜。

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■2013,03,14

---なぜ学校教育は崩壊しつつあるのでしょうか。

「そんなの簡単だよ。学校は「一つの正解」を教え求めるマシーンだろ。でも、人生に正解なんてあるか?人生の諸問題に、これが正解だなんて模範解答があるか?

正解がないからみんな悩んでいるのに、一つだけ正解があるなんてことを言い続けている学校にこどものごろから16年間もいっていたら、おかしくならないほうがおかしいよ」

ひさしぶりに目の前に座った雀鬼は、美味そうにタバコをくゆらせながら、桜井節を語り始めました。

「子どもや孫ができたら、3才くらいまでは全てを受け止める。絶対にノーとか駄目は言わない。遊び疲れるまでつきあってやる。殴られても蹴られても、痛いなんていっちゃいけない。途中で大人の論理を持ち出して「もう寝よう」なんていっちゃいけない。そうやって子どもや孫につきあってやる。それが酋長としての俺の役割なんだ」

「雀鬼会にきたある若者と話していたら、自分の父親は100点だと言い出した。きっと固い親に育てられたんだろう。で、俺は何点だと聞いたら60点だという。えーっ、60点かい。んで、合格点は何点なんだ?と聞いたら「70点です」だって。ははは、それを聞いてうれしくなっちゃったよ。

でもそいつは、親のところになっかぜんぜん行かなくて、ずーっと俺の道場にきている。そりゃそうだよな。誰だって100点のやつなんか面白くないもんな。息苦しいだろ。60点くらいがちょうどいい。60点の雀鬼。きにいっちゃったよ」

延々と約2時間。なんとも温かい言葉にくるまれて、幸せな時を過ごしました。

もう4年ほど前に上梓させていただいた『人生の大切なことは全て雀鬼に学んだ』(竹書房)が講談社プラスα文庫にいれてもらえることになり、そこに桜井会長がながーいまえがきを書いてくださることになりました。

そのお願いに伺ったのですが「あーいーよ。書くよ」とのお言葉。

ありがとうございます。これまたどんな文章と出会えるか、楽しみです。

道場では、4卓たっていました。これまたなにより。

比類なき部族の存在を再確認できた春の宵となりました。

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■2013,03,05

2013年3月4日。この日のことは、終生忘れられない日になるかもしれません。

昨日の一通のメール。

「わが社にとって、初めて書籍の売り上げ部数よりも電子書籍の売り上げ部数のほうが上回った日になりました」

だって。うーん、すごい。

ベストセラーを何冊もだしているSM社の担当編集者からです。

現在バザールでプロデュースした本が、キンドルのビジネス書ベストセラーの2〜4位あたりをうろうしています。

その本のタイトルは『たった一日でチームを大変革する会議』(永井祐介著)

ビジネス本、自己啓発本、自分をエンカレッヂするための本です。

著者も若いし、内容的にも「もっとビジネスでがんばりたい」「自分をもっとなんとかしたい」という若い読者向きだったのかな。

なーんて思ってK社の担当者と話したら「最近オヤジたちが電車内でキンドルみてますからね」だって。「何よりも文字が大きくなるので、目が楽なんです」

って、おい、そこかい。

で、つい買っちゃいましたよ。キンドル。金$、¥$。とほほ。

うーん、ベルリンの壁が壊れたのかな。閾値に達したのかな。

ぼくらにできることは、相変わらず日々素敵なコンテンツをつくるための汗を流すだけなんですが、

その環境が大きく変わるのかな。

ま、希有な時代を生きる者の一人として、しばし激流の中を漂っていきたいと思います。

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■2013,03,03

お、今日は雛祭りですね。ちと花冷えかな?あ、花はまだか。

昨日は、締め切りと締め切りの間のぽっかり空いた日で(いやいや、書かないといけないことはたんまりあったのですが、編集者さんごめんなさい〜)、

午後からふだんいけなかったとこ、やれなかったことをいくつか連続で。

一つ目は目白。フェイスで偶然発見した旧友中野光太郎君がもう6年も前からカフェを開いていたと知って、でかけてみました。

こーたろーといえば、早稲田時代に演劇をやっていて、怪優でしたね〜。なんたって理不尽な動きをするんだもの。あのころ、ザズウとかカムカムミニキーナとか、あの世代だったのかな?ザズウはもちっと上か。ま、そのへんは演劇博士の佐々木克己にまかせますが。

んで、卒業して桐生の実家の着物問屋にもどったはずだったのですが、都内にこんな素敵なカフェをやっていようとは。

いってみたら、下落合2丁目って、すげーお屋敷街。むかし、西武の堤康次郎が「目白文化村」という名で宅地造成したあたりですね。とにかく一区画がひろーい。屋敷もでかーい。気持ちいいほどのお屋敷街でした。

カフェの名は「花想容」。月の半分くらいカフェとして営業しているそうです。

昨日は着物の展示会でカフェはおやすみ。庭の花もきれいでしたよ。

んでもって、池袋に取って返して『劇団鹿殺し』の「ボーン・ソングス」。

いやはや、前々から関西に行くたびに『太陽族』の岩崎さんとかから名前は聞いていたんですが、達者達者。主演女優で演出家でもある菜月チョビ君にはしびれました。

音楽劇なんだけど、歌もいいね〜。演劇ファンにはいまさらですが。

ストーリーはこてこてなんだけど、途中にプロレスや卓球のシーンがあって、これが意外に視覚的に面白い。

『マームとジプシー』の藤田君がバレーボールを舞台に乗せたときにはびっくりしましたが、ま、いろいろありなんだな。卓球は映画でも面白いからね。

劇団鹿殺し。このあと大阪と福岡公演もあるそうです。ぜしに。

そして最後はアイスホッケー。

試合自体は日光アイスバックスがまーったくやる気なくて(試合終盤は盛り上げたけど)いまいちでしたが、前に日光での五輪予選をみにいったときに出会ったホッケーフリークたちと試合後に大盛り上がり。

ミャンマー料理がいいというので、『ルビー』って店にいったみたら、これがすっかり日本味になっていて、普通に美味しい。こんなのミャンマー料理じゃないわいと言いつつ、ま、美味しいならいいか。

つーことで、あれこれアイスホッケーねたも増えるかもしれません。今後。

それとおしらせ。

東京塾Rふぁーすとせっしょんは、多くの方から申し込みをいただいています。ありがとーございます。いくつもの出会いがふぇいすを通して始まっています。大切にしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

第二部だけ、あとすこーし空席があります。ご希望の方、お早めにどーぞ。

んじゃ、「山笑う季節」、お互い、おーいに楽しみましょう。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

■2013,02,10

『懐かしい未来探し』『10年後20年後100年後のこの国の幸せ探し』をテーマとする 異業種交流会&研究会『東京塾R』がいよいよ活動を開始します。

今日から一般野みなさんにも参加募集を募ります。

最初のセッションの講師は、コミュニティデザイナー山崎亮さん(studio-L代表)http://www.studio-l.org/

物をつくらないデザイナー、人と人の関係をデザインする仕事をテーマに、 全国各地からのラブコールを受けて、東奔西走の毎日です。 最近では『情熱大陸』『カンブリア宮殿』『クローズアップ現代』『ほぼ日刊糸井新聞』http://www.1101.com/community_design/2013-01-10.html

『アエラ現代の肖像』(実はコウヤマが書きました、添付参照)等 すっかりメディアの寵児になっていますね。

全国各地(ことにシャッター商店街、過疎地、中山間地)をフィールドに活動する山崎さん。

今回は彼の目に映っている

『地域の実態、そしてそこから見えるこの国の将来』

をテーマに 熱く語っていただこうと思っています。

「地域」は、この国の将来の大きなテーマの一つです。

最近コウヤマが注目しているのは、 中央に豪華なキッチンスタジアムをつくって全世界から贅の限りを尽くした食材を集めた『アイアンシェフ』(CX)が視聴率低迷で打ち切り、 その裏で(実は前からやっていたんですが)、 ちんけなキッチンカーで地域に出ていって、そこの食材をつかってそこの生産者に シェフ自慢の料理を食べてもらうという『キッチンカーが走る』(NHK)が好調という事実。

時代の気分も、中央から地域になりつつあるんじゃないのか。 ぼくらの『懐かしい未来』は、そのへんにヒントがあんじゃないのか。

山崎さん、どうでしょう?

というわけで、参加希望者は以下のもんもんをよく読んでいただいて、メールで返信ください。 mhd03414@nifty.comまで。

開催日は3月9日土曜日、3部構成です。

第一部、14時40分、日ノ出桟橋集合http://www.suijobus.co.jp/cruise/station/hinode.html

14時55分発の船に乗って、海運都市江戸を追体験しながら浅草へ15時35分着、 ここから『東京塾R』顧問、森川茂治氏の案内で浅草界隈散策 途中ロック座見学も考えています。 (山崎さんの参加は未定、乗船代は実費)(定員10名)

第二部、山崎亮氏講演会、17時〜19時、場所浅草(詳細は応募者に通知します)

参加費5000円、(講師謝礼、会場費、機材費、アーカイブ制作費等) (定員50名)

第三部、19時30分〜懇親食事会(場所は浅草界隈で検討中、参加費別途) (定員40名)

参加希望者は、「第一〜第三のいずれに参加希望か」を明記してください。

課題図書、『コミュニティデザインの時代』(中公新書)『コミュニティデザイン』(学芸出版社)『懐かしい未来、ラダックから学ぶ』(懐かしい未来の本)

※予告、東京塾R、2ndセッションの講師は、 言語学者、哲学者、慶応大学名誉教授鈴木孝夫先生に決定!! 『言葉と文化』(岩波新書)『人にはどれだけのものが必要か』(中公文庫)等、著書多数

4月6日14時〜、神保町です。

ご質問ご意見は全て上記メールまで。

よろしくおねがいいたします。 お目にかかれるのを楽しみにしています。

東京塾R 事務局・株式会社バザール

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ちょっとちょっと、観ましたか?昨日のBSプレミアム

『吉田拓郎千夜一夜with沢田研二』

ぼくは当然娘の『嵐』にチャンネルを取られて、今朝録画で観たんですが、

いやはや、老成して厭世の哲学者の風情になったジュリーと、

ついこの前まで『ツアー中止』なんて騒がせていたくせにすっかり元気になって

無邪気な拓郎さん。ついつい1時間観てしまいました。

まずはお二人共にお元気そうでなにより。

拓郎さんて、たぶん40代の後半が一番厳しかったんですよね。

40歳で芸能界に飽きちゃって一切の音楽活動を辞めちゃって、

あの時、のちにパーソナルマネージャーとなるUさんが

「拓郎さん、歌いましょうよ」としつこく言わなかったら、

あのままフェードアウトだったんだろうな。

ぼくは彼が46歳の時に一本書いたことがあるんですが、

『アローン』なんて弾き語りのコンサートをやりながら、どこか居場所がつかめずにもがいていたもんね。

ところがそこから50歳を前にして『ラブラブ愛してる』と出会って、キンキとの活動が始まって、

CXの敏腕ディレクターKさんとかが一生懸命に引き上げて、

それが今の存在感につながっている−−−−とぼくは理解しています。

Uさんは、いまや恵比寿のうどん屋の主人だしね。なはは。

にしても、『唇をかみしめて』はいいなぁ。

老成しちゃったジュリーと、無邪気な拓郎さんの違いは、

もっているファン層の違いじゃないかと思います。

ジュリーは圧倒的に女性ファンだもの、

あいつらは、自分の年齢をさておいて、いまのジュリーと嵐とを同じ距離で観られる種族なんですよ。「相葉くんのほうが可愛いじゃない」なんてね。

でも拓郎は男性ファンだから、拓郎と嵐なんて勝負にならないと思っているし、

仮にAKBが可愛いと思うやつだって、「それと年齢の渋さとはちがうじゃん」と納得しているし。

ま、分別臭いと言われたらそれまでなんですが。

声が出る限り、歌ってほしいと思います。

「また5年後にでもあいましょうか。それまではあんまり近づかないようにして」ってわかれ方もよかったな。

会いたいと思うエネルギーと、「会うまい」とふんばる熱量は等価だからね。

孤独な時を過ごさないと、思いは深まらないんですよね。

ま、日曜日の朝にいいものを観させてもらいました。

さっそくVネックの薄手のセーターをとりだして、中に白いTシャツを着て、

今度レンズに薄く色が入ったサングラスを買おうと思います。

全て今日の拓郎さんのファッションなんす。なはは。

んなことを52歳に思わせてしまうのがスターなんだな。あとはどーでもいいけれど。

ぼくにとって彼は「10から返る元のその1」だし、「王様」だからね。

大切にしていきますよ。これからも。

−−−−−−−−−

 

■2013,02,08

今日は何の日かご存じですか?

なーんて、誰もが知っている日なわけじゃないのですが、

『全国読書感想文コンクール』の表彰式の日なんです。

んで、拙書『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社)を読んで感想文を書いてくれた宮城県名取市の「風美ちゃん」の作品が、「内閣総理大臣賞」に選ばれたました。ぱちぱちぱちぱち素晴らしい〜

ということで、ぼくも出席するんですよ。表彰式に。

挨拶もするんですって。なはは。大変だ。

今朝の毎日新聞に全文が掲載されています。見てください。素晴らしい作品だ。

当然ぼくよりうまい。あたりまえ。総理大臣賞なんだから。とほほ。

挨拶では、こんなことを語ってこようと思っています。

「この作品を通してぼくが一番伝えたかったのは、誰でも一つ、10代の中頃に心のおくふかーくに大切な大切な「なにか」が宿ります。

伸行君にとっては、それはピアノであり音楽でした。

君たちにとっては、それは「文章」かもしれない。

だとしたら、日々書き続けてください。

その時に、大切なのは視覚に頼らないこと。心の眼をっしかりと見開いて、

普段は見えないものを凝視すること。耳できこえるもの、舌で感じる味わい、

肌で感じる違和感、鼻で感じる匂い、香り、そんなものを大切にして、

文章を紡いでみてください。

そうすれば、いつの日か「大切ななにか」が花開くことがある。

それを目指して歩む、素晴らしい人生が待っているはずです」、と。

「風美ちゃん」なんて、いい名前ですね。この作品に出会うために生まれてきた名前みたいだ。伸行君は幼いころ「今日の風何色?」と言っていましたから。

そんな感受性を大切にして、これからも表現を続けてほしいです。

ぼくもまた----。

そうそう、今日『東京塾R』の初回セッションの案内状を発送します。

こちらもどんな展開になるか楽しみ楽しみ。

みなさん、よろしくおねがいしまーす。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

■2013,01,21

旅立ち前になんですが、締め切りまだこなしてないのになんですが、

一つお知らせを。

すでにここにも書いた『東京塾R』を3月から始めます。

その準備会を、1月31日、新宿南口にある、最後の「昭和」を感じる居酒屋「某」にて開きたいと思います。

今回、約30名の方にメールして、約20名の方からお返事をいただきました。 ありがとうございます。

東京在住のビジネスマン/ウーマンが多くなるのは必然ですが、今回はなるべく中央からずれた視点、別の中央の視点等がポイントと思い、 石垣島の漁師、ジュネーヴのILO職員、地域医療を手がける医師、ソーシャルビジネスマン/ウーマン、アメリカで活躍する実業家等を意識的に誘っています。

もちろん返信の内容は様々で、「賛同」から「疑問」、「一度あって確かめたい」まで、いろいろなメールをいただきました。

そこで、準備会も二段構えにします。

・「コウヤマと飲まずにこの件でじっくり話し合いたい」という方、ご都合よろしかったら31日17時〜18時45の間で、新宿南口あたりで いかがでしょうか?ご希望をいただけたら場所をセッティングします。(話し合いのあと、下記の準備会参加も可です) 返信をよろしくお願いします。

・「賛同(に近い)他のメンバーとの顔合わせも含めて、準備のための話し合いに参加したい」という方、 31日19時〜、新宿南口『某』でいかがでしょう。

実はこの店は70年の歴史があり、新劇俳優たちのたまり場でした。 円の中村伸郎さんや岸田今日子さんたちもきていました。

その店がこの日で建て替えで閉店になるというのです。 『懐かしい未来』のなかの『懐かしい』だけの店なのですが、惜別の意も込めてこの日に設定しました。

ご希望の方、 ご都合つく方、返信をお願いします。

もちろん、31日が駄目で別の日がご希望の方、その旨返信ください。都合をすり合わせましょう。

よろしくどーぞ。

−−−−−−−−−−

 

■2013,01,20

来週22日から29日早朝まで、ミャンマーに行ってきます。

東南アジア最後のフロンティアと言われ、麻生財務相が5000億円の円借款を提案とか、ANAとJALが全席ビジネスクラスの直行便を就航とか、最近は色々なニュースが飛び交っています。

昨年から、古い友人が香港の商社の駐在員として新首都ネピドーに住んでいるので、彼の激励の旅でもあるんですが。

ぼくとしては、今年始める東京塾Rのテーマでもある『懐かしい未来探し』の中の、『懐かしい生活』を見られるんじゃないかという興味もあります。

統計上は世界の最貧国でもあるし、軍政が敷かれて四半世紀、西側との交流がなかった国ですからね。

この経済狂騒曲のなかで、その生活の何が失われようとしているのか、何が変わろうとしているのか、それも見てこようと思っています。

ネット環境とかわからないのですが、PCをもっていかないから、ネットカフェかホテルのビジネスセンターでPCを使えなかったら、メールを見るのも難しいでしょうね。とほほだけど、ま、そういうことですよ。海外に出るってことは。孤独になるってことだから。

いつからでしょうね。海外でも普通に携帯電話が鳴っちゃったり、メールがリアルタイムで見られるようになったのは。

せっかく海を渡ったのに、ちっとも孤独になれないんだもん。それじゃ意味ないよね。

昨年末、束の間九州北部を4日間旅したのですが、阿蘇の山中を通って熊本から大分にいく列車の中でぼーっと阿蘇を眺めていたら、突然閃きました。

「そうか、東京塾を復活すればいいんだ」、と。

そういう時間とか空間って大切ですよね。

どこにいっても都市生活を引きずっていたら、なーんも閃かないもの。

今回は、ミャンマーで何が閃くのか。どんな出会いがあるのか。何を感じるのか。

楽しみにしたいと思っています。

その前に原稿原稿。

『給食甲子園』の執筆も始まりました。冒頭部、いい感じ〜!!

早くみなさんに読んでほしい作品になりそうです。

がんばるぞ〜。

んじゃ、いってきます〜。

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■2013,01,14

今年、ひとつの試みを始めようと思っています。

今後10年間を視野にいれながら。

ご賛同いただける方、一緒にいかがですか?

『東京塾R〜ポスト経済成長時代を生きるための[懐かしい未来] づくり』

R=returns(戻る、復帰する)、rendez-vous(出会う)、revival(蘇る)

・東京塾とは 1987年に誕生し、「60年代生まれの者たちが90年代の日本を展望する」というコンセプトで約10年間活動した異業種交流会、勉強会。月に一度のセッションと、月刊誌『60/90』を発行。最盛期の会員数約300名。事務局は旧上海倶楽部(現、株式会社バザール)内。代表、神山典士http://www.the-bazaar.net/index.htm

・東京塾R活動趣旨 以下のような趣旨で、私(神山典士)は今後10年間をイメージした知的活動舞台『東京塾R』を創設することを考えています。

私たちが生きる20〜21世紀の日本の姿は、後世の人間たちにとって「人類史における異常事態」として記憶されるに違いない。 江戸時代から維新期まで、長く3000万人〜3500万人前後で推移していた人口が、大正末期以降の約100年間で約4倍の1億2800万人にまで膨れ上がり、今後100年間で約5000万人にまで縮小しようとしている。

人口だけではない。記憶に新しい80年代末期のバブル経済期には、アメリカ合衆国の25分の1の広さに過ぎない日本列島の地価総額がアメリカ合衆国の5倍もの値をつけ、その後急速に下落した。 人口、経済、国勢、様々な分野において日本及び日本人がこの100年で描いた成長の軌跡は、世界史的にみてあまりに異常であり、その収縮縮小もまた、いかなる先進国においても未経験の事態だ。数世紀のスパンでみれば、この世紀の日本だけが奇妙かつ異様なカーブを描いていることは間違いない。

右肩上がりの時代には、人々はヴィジョンを持ちやすかった。 「所得倍増」「日本列島改造計画」「Japan as number -One」等々、 政治家や財界人は、様々な角度から大衆心理を煽った。大衆は、経済指数の数的膨張(成長?)に身を委ねていれば、自身の経済もまた自然と成長していった。

その成長には、大きなからくりがあった。戦後復興期から続く経済成長期には、人、モノ、金、情報等、日本国内で生み出される全ての「価値」は一度東京(霞が関永田町)に集められ、そこからシャワー効果で全国にばらまかれた。きわめて恣意的に、一見合理的に。霞が関を頂点とするこの巨大な三角形が、日本の成長を形成していたといえる。

だが、そのモデルは20世紀末に現れたネットワーク型社会によって脆くも崩れた。 経済はグローバル化し、あらゆる商品、貨幣価値が世界中で「一物一価」に向かって進んでいる。賃金も物価も資産価値も、世界的にみて異常に高かった日本は、世界標準に向かって長期下落(デフレ)潮流に巻き込まれている。日本が豊かである限りデフレが止まらないという絶対矛盾。日本人は、(経済指数的には)ますます貧しくなっていかざるを得ない。

総人口、労働人口の急減が、この状況に拍車をかけている。巨大な三角形は、すでに形骸化し、過去のものとなった。

全ての面で「右肩下がり」といえる時代、ポスト経済成長時代に、人はどんなヴィジョンをもてばいいのだろう。何を幸せと感じて生きていけばいいのだろう。いかなる哲学が、私たちの人生を彩ってくれるのだろう。 いまこの国で生きている私たちの課題は、その一点に尽きると私は考える。 それは、今後10年後20年後100年後、後輩や子どもたちにどんな「この国の未来」を受け継いでもらえるのかという、とても辛辣な問題と直結していることはいうまでもない。

昨年秋、私は一人の若者への取材の中で、「懐かしい未来」という言葉に出会った。 コミュニティデザイナー山崎亮氏がインタビュー中に語った言葉だ。氏はこんな意味のことを言った。 「経済合理性のもと、全ての社会活動を金銭で解決しようとしていた日本社会が、もはやたちゆかなくなってきています。小さな政府、小さな自治体でなければ生きていけないとしたら、社会活動は私たち自身で手がけなければならなくなる。かつてあった道普請、寄り合い、祭、講等、懐かしい社会活動が復活しなければコミュニティが成立しません」 氏は、「物をつくらないデザイナー」を標榜して活動している。夥しいまでの箱モノを先輩たちが日本中につくりまくった。人口減少下のいま、それらは全国に有り余っている。いま必要なのは、その箱モノを使いこなして活躍する人々の繋がりをデザインすること。コミュニティデザインだ。氏はそれを使命として、日本中を駆けめぐっている。

おりしも73年生まれの氏たちは、小中学校時代に後輩たちの学年のクラス数が減り始め、高校時代にバブル崩壊に直面、大学卒業時には就職氷河期で、地価が値上がりすることなど想像もできないという、ポスト成長世代の申し子だ。 そんな世代だからこそ、成長時代には重きを置かれなかった「コミュニティ形成」という「ニューフロンティア」を発見できたという見方もできる。

ポスト経済成長時代にも、ニューフロンティアは必ずある。あるはずだ。 私たちもまた、いまこの時代のニューフロンティアを探そう。コンクリート漬けの日本列島に深く分け入り、世界から学び、人々と叡知を交換する中から。

『東京塾R』は、そのための知的舞台として、活動を展開していきたいと考えます。 もはや世代にはこだわりません。いま、この時をこの国で共有する全ての人々の叡知を結集し、今後10年間のスパンでの活動をイメージしています。 一緒に、この国の未来をテーマに、多彩な知的格闘を展開していきませんか?

一緒に『懐かしい未来』をイメージ&実現していきましょう。

 

−−−−−−−−−−

 

■2013,01,03

2013年の走り初めから戻りました。

ホームコースの荒川沿いを17・23q。

この三が日はおだやかな日が続いて、

チャリで走るには向かい風が少し強かったけれど、凧あげをしている少年たちには

絶好の風だったようです。

さて、2013年です。

みなさんはどんなふうにお迎えですか?

この一年をどんなふうに生きていこうとお考えですか?

ぼくは今年、『懐かしい未来探し』をテーマに人と会い、物を考え、文章を紡いでいこうと思っています。

何故『懐かしい未来』なのか?

たとえば近未来の人たちは、ぼくらが生きる20世紀から21世紀の日本と日本人を振り返って、人類史上とても奇妙な国と人々だったと振り返るに違いありません。

なぜなら江戸時代が始まった17世紀から約2世紀半の間、ずっと3000万人から3500万人だった日本の人口は、明治、大正期から増加傾向に変わり、第二次大戦後にはどっと増えてあっと言う間に1億人を突破。最盛期には江戸期の約4倍の1億2800万人を記録します。

ところが2006年を境に今度はこれが急減し、労働人口も激減。史上類を見ない高齢化社会に突入し、今後100年間には5000万人が減少すると言われています。

地価もまた然り。ある時日本列島は、面積25倍もあるアメリカ合衆国の5倍の地価総額をつけたかと思いきや、いまは10数年連続して地価は下落し、地方にいけば値がつかないところばかりです。

人口、経済、国勢、さまざまな面で、かつてない成長を記録し、いままた類を見ない衰退への道を歩もうとしている日本。その縦方向のヘアピンカーブは、人類がかつて経験してこなかった盛衰です。

だから、この先にどんな未来が待っているのか、誰もわからないのです。

データから見れば、人口も経済も国勢も、昭和初期のころに戻るといって間違いないでしょう。けれど単なるノスタルジーではありえない。なぜならぼくらは、世界的に見ても例がないほどの繁栄も経験してきているのだから。

つまれぼくらがこれから生きていくのは、『懐かしい未来』としての日本なのです。

その上昇局面と下落局面の両方を体験する希有な世代として、ぼくらはしっかりとその行方を自分の問題として生きていかなければなりません。

あと20年間生きられるとしたら、子孫にどんな社会、環境、思想、経済を残せるのか、それを考え実践していかないといけない世代なのです。

その行為を総称して、ぼくは『懐かしい未来探し』と呼ぼうと思っています。

言い換えれば、『ポスト経済成長時代の生き方探し』ということかな。

まずは手始めに、かつて90年代に活動していた『東京塾』を復活させます。

これはぼくが主宰していた異業種交流会、勉強会。

かつては「60年代生まれの者たちが90年代の生き方を模索する」というコンセプトでしたが、今度は「現代に生きる者たちがポスト経済成長時代に『懐かしい未来』を模索する」会となります。

いつかあなたにも招待状が届くかもしれません。

参加ご希望の方、じゃんじゃんメールでもFAXでも電話でもくださいまし。

春から活動開始予定です。

そして執筆においても、このテーマでいくつか仕込んでいるものがあります。

正月22日からでかけるミャンマーもその一つ。社会主義政権と軍事政権によって約40年間鎖国状態にあったこの国は、どんな状態にあるのか。

人々は何を幸せと感じ、何を求めて生きているのか。

それを確かめてこようと思います。

これからの日本は、ひと言で言えばとても大変な時代ではあるけれど、だからこそやり甲斐もある。

ぼくらジャーナリストはこんな時にこそ、狂乱の振り幅を広げて、イメージから先に変わらなければなりません。

どんなことになりますか。乞ご期待。

今年もこんなコウヤマですが、よろしくお願いいたします。

ま、まずは一献。近いうち、いかがですか?

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■2012,12,31

2012年の走り納めから戻りました。

ホームコース荒川沿いを17・88q。

今年の総走行距離は717・19qになりました。

ちなみにカヌーは4回、山行は11回(穂高3山、涸沢岳、雲取山、大山含む)

料理教室は19回、

ゴルフはあんまりいけずに10・5ラウンド、アベレージ47・66、95・33。

46歳から山を始めるまで、こんなにアウトドアオヤジになれるとは思っていませんでした。

山は荒井先生と米子山荘のみなさんに感謝、チャリは清志郎に感謝、ゴルフは井上ボスと湯河原カンツリーに感謝、料理はうーん、ワイルに感謝かな。カヌーは----、あとで考えます。

いずれにしても、一緒に楽しんでくれるみなさんに感謝感謝です。

個人的には今年の前半は、超暗黒な日々をさまよっていました。

フリーランスになって四半世紀たつけれど、こんなスランプは珍しかったな。

理由は東北の震災を物語にしようとしたんだけれど、僕の力及ばず、作品が頓挫したこと。そのために、取材でお世話になってきた多くの人にご迷惑をかけたし、主人公になってもらうはずだった何人かの子どもたちに、とても残念な思いをさせてしまいました。

本当にごめんなさい。申し訳なく思っています。

あの夢遊病者のような日々、いろいろな人に助けられました。家族、友人、知人、飲み屋であった人たち、東北の人たち等々。

これまた感謝感謝しかありません。

でも、酒を飲んでも遊んでも友だちと話しても、結局はもとの暗闇に戻ってしまう日々だったのですが、救ってくれたのは文章でした。

すっかり自信もなくしていたのですが、締め切りがあるので這うようにして取材に行き、押し出すように質問をして、カラカラに干からびてしまった身体から絞り出すようにして紡いだ文章が、意外に軽快だったり、思いの他遠いところまでぼくを連れていってくれたり、考えもしなかったことを思いつかせてくれたり。

少しずつそういうことが重なって、なんとかリハビリすることができました。

けっして美文が書けたとか名文が生まれたとか、そういうことではないんです。ただただ僕自身の文章を紡ぐことができたということだけなんですが。

でも、文章には感謝感謝感謝。

夏と秋には、志木市で子どもたちと大人たちを対象に文章講座を2回開いてもらいました。

これまた意外に面白かったな。宿題をだしたらみなさん一生懸命書いてきてくれて、それをみながらあれこれ文章について考えるのも刺激的なひとときでした。

また来年、チャンスがあったらやりましょうね。

ということで、2012年のコウヤマは弱気になって、仕事を変えるなら何になろうかなんて一瞬考えたのですが、どうやらこうやって粛々と文章を紡いでいくことしかできることはなさそうです。

できることというか、続けられること、かな。

こんなコウヤマですが、来年2013年もよろしくお願いいたします。

んなことを書いていたら、今年前半新潮新書で一緒に一冊つくったホテルオークラ総料理長の根岸さんから電話が。

「出版のお蔭であちこちから声がかかって、来年はNHKの文化講座でも講演します」だって。これまたなにより。

こんなふうに好循環が広がっていってくれたら、望外の喜びです。

その循環の中に、みなさんと共に、また来年も。

よろしくどーぞ。

よいお年を〜。

−−−−−−−−−−

 

■2012,12,30

 

今年も残すところあと2日となりました。

年末の週末、いかがお過ごしですか。

ぼくはいつもと変わらずBAZAARで原稿を書いていたのですが、

思いがけない嬉しいメールが飛び込んできました。

「お久しぶりです。お元気ですか?

お知らせなんですが明日の20時30′から21時の間ごろ特別企画で紅白に出るのでもしよかったらごらんなってください。

よいお年をお迎えください」

そうそう、彼からですよ。驚いたな。

嬉しいメールありがと〜。

今年の彼は、ポーランドでショパンを弾いたり

(これは外国人演奏家にとっては大変なことです。なにせポーランド人は、ショパンを語らせたら止まらない人たちですから。全国民が批評家なんだな)、

アシュケナージとツアーをしたり、佐渡さんとBBCとツアーしたり、

国内では約3カ月に渡るロングリサイタルツアーも敢行中です。

例年にましての活躍でしたね。なによりなにより。

その締めくくりが紅白なんだから、こりゃ必見ですね。

ぼくも実家でみんなでゆっくりみたいと思います。

ちと訳あって、今は彼とゆっくりあうことはできないのですが、今年は『ピアノはともだち』が全国青少年感想文コンクールの課題図書に選ばれたことで、いろいろな人とのご縁をいただきました。

全ては彼のお蔭です。感謝感謝です。

いつかまたタイミングがあってゆっくり会えるときがきたら、いろいろなことを報告しないといけませんね。

その日まで、遠くの空の下でずーっと見守っていますね。

ひたひたと、いい日常を送ってほしいと思います。

昨日はもう30年間くらい続いている故郷入間市での同窓会&忘年会。

今年も30名程度集まりました。

みーんないいおじさんおばさんになっているけれど、あえば一瞬にして少年少女時代にタイムスリップ。

わんちゃんの娘の風花が拙書をもってきてくれて、みーんなで寄せ書きをしました。

10歳の風花ちゃんたちが大人になるころに、どんな社会になっているか。

改めて、それはぼくらの責任だと痛感。

あと20年間(生きられるとしたら)、頑張って少しでもいい社会、いい人間、いい環境を生み出していかないといけませんね。

『なつかしい未来探し』をキーワードに、来年からまた書いていこうと思います。

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■2012,12,18

先週の金曜日から今週の月曜日まで、九州ツアーにいってきました。

まずは博多に入って、『メゾン・ド・ヨシダ』のオーナーシェフ、吉田安政さんのインタビュー。

この人、60年代はじめに単身スイス・ジュネーブにあるホテル学校に入学した人で、そこから7,8年間ヨーロッパに滞在して、当時の三つ星レストランを食べ歩いたとか。

時には映画撮影に来た三船敏郎さんの通訳兼アシスタントみたいなこともやって、イギリスではロールスロイスのリムジンを買うのをアテンドしたとか。

「ありゃすげー車だったぞ」だって。たはは、すごすぎ。

現在の店もすごくって、一階にはパン屋さんとビストロ。二階が赤々と暖炉の火が灯るグランメゾン。4階にチャペル、3階に100名は入るパーティー会場。そして離れの和風庭園を見下ろす個室は、一晩一組だけの鉄板焼きカウンターになっています。

「うちでは年間4000羽の鴨を料理するんだ」とも仰っていました。

これまたすごいね〜。いい文章が出てきそうです。

その夜は中洲川端の『いろは』の水炊き。

ここは2年くらい前に伸行君のコンサートの打ち上げで盛り上がった店。やっぱ博多の水炊きは美味しいですね〜。鶏肉がジューシー。東京では食べられませんね。

翌日は昼に長崎のフレンチ『ロアジス坂本』へ。

ここのオーナーシェフご夫妻には、拙書『初代総料理長サリーワイル』を書くときからいろいろお世話になっています。

シェフは武骨な人だけど、誠実な料理を出してくれます。朝から仕込んで夜の営業のみ。長崎はお魚が美味しいから、ぜひここで魚料理を食べてみてください。

以前スック・ド・ポワソンというソースをいただいて、美味しかったな〜。

この日は仕込みの真っ最中で忙しいということで、『吉宗』の茶碗蒸しと三食弁当をとっていただきました。

来年はここでワイン会を企画したいなと思っています。楽しみだな〜。

その日の夜は熊本へ。東京から某社熊本センター長として赴任している旧友O君とともに、上通り奥の『清正』へ。

ここの馬刺し、ホルモン、たてがみ等々は絶品。有明海の魚介も素晴らしくて、この日はかわはぎをいただきました。後ろの席のサラリーマンは、ブルゴーニュだボルドーだのグランクリュを開けていて、数万円払っていたな。たはは。これまたすげ。

熊本に行けば必ず寄る店です。ママさん、ありがと〜。

3日めは列車で阿蘇へ。『アソボーイ』とかいう観光列車で、車内は遊園地みたい。保母さんみたいなガイドさんが何人も乗っていて、ちと辟易だったけど。

阿蘇はいつきても雄大で、日本離れした風景ですね。

ここには江藤さんご夫妻という旧友がいるんですが、今回は寄れずに残念。また今度ということで、まっすぐ最終目的地の大分へ。

この街には、今年秋ごろ突然「大分に終の住処をえました」というメールを残して東京を去ったMさんが住んでいます。なんと70歳を前に、3回目のご結婚!!

お相手は、ぼくらも前から知っていたHさん。

お二人は極秘恋愛を続けていたつもりだったそうですが、実はぼくは去年の5月から「怪しい」と勘づいていたんですよ。だって、旧友相場の墓参りに毎年5月、大宮の霊園に行くんですが、そこでお二人が花をもって墓に向かう姿を目撃していたから。

ただならぬ雰囲気でしたからね。あの頃からお付き合いがはじまったそうです。

ま、なによりなにより。

この日はHさんの昔の教え子(ラボパーティー)の子どもたちや保護者が集まって、イヴェントをしていました。そこで少しご挨拶させていただいて、そのまま温泉〜ビール〜焼酎〜地元食材のご馳走大会の始まり始まり。保護者の代表のご夫妻達と一緒に大宴会になりました。 

Mさんは、東京では毎晩のようにいろいろな仲間と飲んでいましたが、家庭では一人だったから、やっぱり寂しかったんでしょうね。

これからは東京を離れて大分から大いに「発信」するよと仰っていました。

これまたなによりなにより。楽しみです。最初の発信は某新書から『語られざる知の巨人・谷川雁』(仮)になりそうな予感が。

楽しみにしています。

いや〜九州はいいな〜。食べ物も酒も美味しいし人も温かいし。美人が多い!!

年末、いいリフレッシュになったとともに、来年へのヒントをたくさんいただきました。

お世話になったみなさん、ありがとうございました〜。

さぁ、年内にもうひと仕事。

みなさんもご自愛くださいましね〜。

−−−−−−−−−−−

 

■2012,12,11

 

◆先生の 話し方がとにかく 面白くて楽しくて、笑いっぱなしでした〓

やはりそれは、作家さんというイメージとは違う、堅苦しさのない、本当にしなやかな柔軟な考え方で、謙虚な お人柄だからでしょう〓

増々 ファンになりました〓

本当に楽しい時間でした。 これから書くのは ちと緊張するが、がんばりやす〓

◆眠くならないかなぁなんて心配はぶっ飛び〓〓堅苦しくなく内容の濃い講座でした。神山先生のワッハッハ〜〜と豪快に笑う人なつこいお人柄にすごい親密感

宿題〓出ちゃったね気持ち揺さぶって久しぶりに原稿用紙に向かってみよっかな〓

◆普段から文章を書かないから、まとめとか、考えているうちに自分が何を書きたかったのか忘れたりするんだけど、今回聞いたポストイット法だと、なんとかまとめられそうな気がしてきた

今日の講座はとても楽しかったよ!また先生に教えてもらいたいわ

なーんてメールをいただきました。

志木市のみなさん、ありがと〜。

昨日は志木市りんくす主催の『おとな文章講座』で、約10名の「アダルト」なみなさんと文章についてあれこれ語ってきたんです。

もちろん、趣旨は文章を書いていただくことだから、原稿用紙も用意しましたけれど。

書くって楽しいですよねってことが伝わったらよかったな。

人さまにお話しするということで、改めて自分の生活を振り返ったら、まーよく書いてますよね。このブログも「ほわっつにゅ」と「だいありー」と二つの日記があるし、ね。

ま、参加者のみなさんに楽しんでいただけたらなにより。

僕自身も「振り返り」「気づき」の貴重な機会になりました。わっはっは〜ふふふ。

また機会がありましたら、よろしくどーぞ〜。

−−−−−−−−−−

 

■2012,11,18

たったいま、大学時代の盟友村松から突然電話が。

「フジテレビつけてよ。コウヤマが書いた子がドキュメンタリーに出てるから」だって。

あいにく事務所にはテレビがないので観られないのですが、新潟の坂井涼子ちゃんのことかな?ちょっと前に制作会社から「以前書かれた文章を使っていいでしょうか」と問い合わせがありました。

もう8,9歩年前になるのかな。高校を出たばかりの彼女がオーディションを受けて、新潟の市民芸術文化会館が主宰するミュージカルに出演するときに、毎日新聞に書いたことがあったんです。

でもいまは、農家のお嫁さんといっていたかな?実家に戻って農業をやっているのかな?いろいろ紆余曲折はあったんだろうけれど、自分自身の本当の舞台と出会ったんでしょう。

どんな作品になったのか、観てないのでわかりませんが、村松が興奮して電話してきてくれたということは、今の道で頑張っているということだと思います。

涼子ちゃん、いいぞ〜。がんばれ〜。村松、教えてくれてありがとう。

テレビといえば、数日前の朝にも突然何本かのメールが。

「いまコウヤマが偉そうにテレビに出てるぞ」

だって。んなことないよ。ぼくはここにいるもん、偽物か?と思ったのですが、思い出しました。この前料理教室の帰路、新宿高島屋の紳士服コーナーでコートをみていたら、突然テレビカメラがやってきて、いくつか質問を受けたんです。

平日のお昼前にデパートをうろうろうしているオヤジが珍しかったんでしょうね。とほほ。

あの時の映像かぁ。観たくね〜。朝から観てしまった人、ごめんなさいね。お許しを〜。

んなことよりも、ここ半月くらい、まったくバザールの席が温まる暇がないくらいあちこち飛び回っていたんで、書かなければいけない原稿が山積み山積み。なんとかしなきゃ。

と、いいつつ、今日はこれから入間市のアミーゴへ芝居を観に行くんです。こちらは市民ディレクター原口さんの力作(プロデュース作品)。楽しみですね〜。

芸術の秋ですからね。身体一杯、いい刺激を受けてきたいと思います。

そしてそして、明日は早朝からシェ・イノの厨房にこもって、レストランという名の戦場を体感してきます。もはや取材を越えている。うーむ。

こりゃ血圧下がらないよ〜。とほほのほ

がんばります〜

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■2012,11,10

やりました〜。

サービス世界選手権で宮崎辰君、見事優勝です〜。

おめでと〜。長年の夢が叶いましたね。レッスンに励んだものね〜。

素晴らしい。今後の活躍に期待したいと思います。

詳細は『だいあり』でみてくださいまし。

その宮崎君を育てた日本のメートル界の第一人者、下野隆祥さん(元マキシム、レカン、ロブション等支配人、ソムリエ)の処女作

『世界一のサービス 十年前のお客様を忘れない』(PHP新書760円+税)

の出版を祈念したワイン会を14日に開きます。

当日はもちろん、下野さんによる、幻の技術デクパージュをご披露いただきます。

ボジョレーの解禁日なんてなーんも気にしていないとこがいいでしょ。なはは。

メディアのみなさん、一般のみなさんも、あと3、4席空いています。

18時30から丸の内バルザックにて。

着席の食事とワイン、著書プレゼントがついて会費5000円です。

ご希望の方、早めに神山まで。mhd03414@nifty.com、tel03-5248-0811fax5248-0810

よろしくどーぞ。

本は17日あたりから全国の書店に並びますよ〜。

「そうそう」「うんうん、そうなんだよ」と、日頃思っていたことが「目から鱗」になること必至です。

みなさん、楽しんでくださいね。こちらもよろしくどーぞ〜。

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■2012,11,07

石垣島から戻って、なかなかBAZの席が温まりません。

先週は茨城県那珂市那珂2中のみなさんとお母さんたちにあってきました。

『黄金の10代の記憶を職業にする喜び』

伸行君の話や僕自身の中学時代の話を少々。

思わず1時間半に伸びちゃったんだけど、みんな真剣に聞いてくれてました。

ありがと〜。感想文が楽しみです。

終了後、先生方やお母さんたちと楽しい交歓会。こちらも盛り上がりましたら〜。(写真あります。内緒ですが、うふふ)

教育って、やっぱり親や先生方の手数ですよね。いろいろなことを考えて企んで子どもたちに与えていくこと。どれが正解かはわからないけれど、そういう熱意が子どもたちには感じられるはずなんです。

お母さん方、先生方、ありがとうございました。

将来成長した子どもたちに再会するのが楽しみです〜。

昨日はサービスの世界選手権「クープ・ジョルジュ・バティスト」の記者会見とレセプションへ。

日本代表の宮崎辰君と河村君が凛々しく選手宣誓していました。

宮崎君の高校時代、料理学校時代、フランス校時代の恩師を取材しているんですが、ここでも先生方の「情熱」が彼の成長の最大のエネルギーだったことを感じます。

「宮崎君たちの担任をしているころは、私自身が独立を考えていたので、子どもたちと同じ緊張感を持って『厳しい料理界に船出するんだ』と頑張っていました。思い出に残る世代でした」と語ってくれる先生もいました。

そういう恩師や仲間たちの応援を背中に受けて、明日のコンテスト、辰君が頑張ってくれるはずです。がんばれ〜。

そして今日は、母校豊中へ。ここでも中2、3年生(かな?)を相手に少ししゃべってきます。講演の前には子どもたちと一緒に給食も食べられるんだって。なによりなにより。

また報告しますね〜。

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■2012,10,24

今日は午後の新幹線で大阪へ。

シンフォニーホールで行われる大阪交響楽団の定期演奏会で、作曲家佐村河内守さんの「交響曲HIROSHIMA」を聴いてきます。

ヴァイオリニスト大久保美来ちゃんの師匠でもある守さん。

今に生きる日本のベートーベンとでもいうのかな、障害を克服して素晴らしい作品を次々と生み出されています。楽しみ楽しみ。

来春の上梓を目指して、日本を代表するフランス料理店『シェ・イノ』のボス、井上旭さんへの取材も始まりました。

いまや、フランス本国でも希少な存在になったクラシカルなフランス料理。

それを、ファーイーストの島国日本でいつでも味わえるぼくらの幸せを描きたいと思っています。

夏に出した『ホテルオークラ総料理長の美食帖』(新潮新書)と、

まもなく上梓となる、『世界一のサービス〜10年前のお客様を忘れない』(PHP新書)に続く、フレンチ第三弾。

BAZAARが企画するフレンチ3部作が、この作品で完成します。

11月には厨房内の取材もさせてもらって、ジビエを獲っている猟師さんにもお会いできそうです。

井上さんとは「史上最強の本にしよう」と誓い合っています。

乞ご期待。

そして26日からは石垣島へ。「アースライド」で120キロ走ってきます。

これまた楽しみだな〜。お土産の写真、まっていてくださいね〜。

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■2012,10,11

今日で、アエラ現代の肖像「コミュニティデザイナー山崎亮」さんの執筆が終わりました。

なぜものをつくらないデザイナーが生まれたのか。

コミュニティ形成に何が求められているのか。

『ポスト成長時代』の若者たちの異議申し立てとは。

会心の作品になったと思います。

この前の週刊新潮の「列島改造と新幹線」、地域創造に書いた「石巻に集う若者たち」

そして今回のアエラ、

期せずしてこの3作品は連作といってもいい内容となりました。

「ポスト成長時代の生き方」「『懐かしい未来』づくり」「右肩下がりの時代の幸せ感とは」

ずっと考えていた事が、目の前でしっかりと像を結んだ感じです。

ぜひ立ち読みでもしてみてください。

ぼくも主体的にこのテーマにかかわるために、一つの「企み」を考えています。

近い打ちに発表できるかな。

乞ご期待。

明日は石巻へ。

震災で何もかも流されてしまったけれど、しっかりと町の「記憶」を残そうと活動する人たちとあってきます。

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■2012,10,07

3連休如何お過ごしですか?

昨夜、恵比寿ロブションでの宮崎君のカクテルのレッスンを取材しての帰路、タクシーで深夜の恵比寿渋谷新宿を走ったのですが、街はがらがらですね。だーれもいない。空車タクシーだらけ。若者たちは飲まなくなったんだな〜。日本経済は大丈夫でしょうか?いまさらながらですが。

来週は、週刊現代「加山雄三さん」がやっと掲載になります。

夏前にというか、初夏に取材したいのですが、五輪その他でこんな時期になってしまいました。でも、いい意味で加山さんのイメージを裏切っているはずです。

ぜし立ち読みでもしてみてください。お楽しみに〜。

この3連休は、アエラの「山崎亮」君を書いています。

『ポスト成長時代のニューフロンティア』

ここにあったんですね〜。

アメリカ人がフェイスブックだソーシャルメディアだと、デジタルの世界にニューフロンティアを求めるなら、日本人はやっぱしアナログな「絆」ですよ。

ここにこそ、ポスト成長時代の新しい価値が潜んでいます。山崎君たちの活躍は、そのことを見事に証明してくれています。

さーて、明日どんな文章が出てくるか。楽しみ楽しみ。

今月は、アエラ「石巻観慶丸、気仙沼風待ち地区取材」、陸前高田米崎文化祭応援出演(チーム明星の会)、八海山登山、大阪で佐村河内さんの「交響曲広島」コンサート、そして石垣島アースライドと、イヴェント盛りだくさんです。ひぇー楽しみ〜。

みなさんの秋はいかがですか?

食欲の秋、読書の秋、アウトドアの秋、存分に楽しんでくださいね〜。

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■2012,09,24

すっかり秋の風と雲になりました。

今日はジャケットを着てきてしまった。あんなに暑かった夏が、もう恋しい感じですね。

さてさて、先週の週刊新潮の記事をみてくださった読者からメールが。

「初めまして。 「空気読め」と仰るでしょうが、メール送信フォームが見つからなくて……。 『週刊新潮』の、「田中角栄列島改造から40年、新幹線にとりつく亡霊」。

興味深く拝見しました。

「日本列島改造論」の執筆に辺り、数多くの官僚が「協力する」と惜しみなく資料を提供するところに、彼の「人望」を見る様な気がします。

ところで、新幹線。 私は、並行在来線も、「JRでの、営業継続」で行くべきと思います。 やはり、本来は国鉄から引き継がれた路線で有るし、他の新幹線と比べても、説明付かない気がするからです。

ただ、朝野を問わず、欠落していると感じる点があります。 それは、 「如何に、鉄道を使ってもらうか」 ――と言う視点です(以下略)」

マサヤさん、ありがとうございました。

あんな社会派記事を書いておいて、ぼくのHPは「料理教室」とか「カヌー」の軟派記事ばっかりだから、驚かれたみたいですね。お許しを。

この問題は、ぼくももちっと取材を重ねて深めていきたいと思っています。

今回の「列島改造と新幹線」の記事は、ぼくのなかでは「脱成長時代をいかに生きるか」という大テーマの中のひとつでもありました。

高度成長時代に生まれた「新幹線」が、経済の永久成長幻想がなくなったいまもまだ生き続けているという現実。人口減、資産デフレ、所得減、高齢化社会の中で、地域コミュニティの核でもある並行在来線を奪っていくという悲しい現実。

そういう現実を詳らかにして、成長時代とは違う「幸福感」の必要性を語りたいと思っています。

このテーマの第二弾は、アエラに書く「コミュニティ・デザイナー、山崎亮君」

こちらは、バブルを知らない若者たちが脱成長時代にみつけた経済のニューフロンティアが舞台です。

たぶん10月末か11月に掲載になるはずです。またお知らせしますね。

それともう一本、「石巻2・0、震災に生き甲斐をみつけた若者たち」というルポも、地域創造誌に書きました。

こちらも、「脱成長時代」の震災バージョンかな。10月末に発行になります。ぜひ見てやってください。

一昨日の土曜日は、秋の冷たい雨の中、川越高校同窓生達との「第六回初雁カップ」

幹事が応援団のO君だったから、打ち上げの席でいきなり校歌と応援歌の歌詞カードが配られて、宴会の最後にエール付きで大声で歌ったら「やめてくださいく〜」なんて女子店員が悲鳴をあげていました。僕らはその声が聞こえなかったから、関係なく歌いきりましたが。なはは。失礼しました〜。

でも楽しかったな〜。

わざわざロスからこのために帰国して、惨敗してすごすごと帰っていったI君、おつかれ。

次回、つまり来年か、また元気にあいましょう。

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■2012,09,14

 

 

 

 

陽が落ちると、ようやく秋の風ですね。

空には、小さくなりつつある積乱雲と秋のうろこ雲が並んでいるし。

季節の変わり目を感じますね。

初夏のころに仕込んだいくつかの仕事が、ようやく実を結ぼうとしています。

一つは週刊新潮「特別読み物」

『田中角栄列島改造から40年、新幹線にとりつく亡霊』(仮題)

消費税増税が決まった直後に着工が認可になった北海道新幹線等3路線。

その裏側にある、40年前の法律がいまだに生き続けるこの国の奇妙なシステムを取材して書きました。

週刊新潮には初登場かな。楽しみだな〜。

「プレジデントファミリー」には、巻頭レポートで『世界基準の天才書家、高橋卓也』君を。

「未来の泰斗」というシリーズです。

真夏の盛岡取材を思い出します。それ以上に熱い卓也君の作品を見てください。すごいですよ〜。

もう一点、加山雄三さんのレポートも、週刊現代に。こちらは10月の頭かな。

これまた忘れがたい出会いでした。もう少しご縁を深めたいのですが。加山さん、よろしくお願いいたしまーす。

先日は、冒険家三浦雄一郎さんとも一献。思わぬご縁があることを知ってびっくり。

80才で来年5月エベレストに挑戦されます。

もちっとお近づきになりたいな〜。いま、いろいろお願い中です。

そうそう、去年上梓した『ヒット商品研究所へようこそ!』も、3刷りができてきました。

嬉し〜。今年の夏は『ピアノはともだち』ががんばってくれたから、秋には『ヒット商品〜』にがんばってほしいと思います。

そして来年に向けては、来月からまた一つ、新しいテーマの取材が始まります。

これまた楽しみ楽しみ。

実りの秋になりますように。

みなさんも、豊穣な季節をお楽しみくださいませ〜。

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■2012,09,11

9月9日の読売見ましたか?

『地球を読む』にJR東海会長の葛西敬之がこんなこと書いてます。

「放射能がゼロでなければ安全ではないかのごとく言い続けた政府要人は、東京電力福島第一原発の事故により故郷を追われ、職を失い、いまだに不安を募らせる人々のことを思うべきである」だって。笑っちゃいました。

この人馬鹿じゃないか。つーか、こんなことを書いてよく恥ずかしくないねぇ。呆れます。福島の人たちに聞いてみたらいいよ。「思ってほしいのは誰ですか?」って。

この書き出しで、論旨は「日本人の生活水準を維持する為に原子力発電は必須電源だ」だって。故郷を追われ、職をなくし、不安を募らせる元凶が原発なのに。どんな思考回路を働かせると、こういう捩じれた文章になるんだろう。

僕が作文指導に行ってやろうかな。志木の子どもたちでも連れて。まずはプールでボールぶつけからだな。集中攻撃だ。なはは。

さらにさらに、その論調がまたアホ丸出し。

「自動車は国内だけで毎年5000人の事故死を出している」「航空機が墜落すれば乗客は死亡する」「新幹線でもテロ攻撃などの外的リスクはゼロとはいえない」

よって「原発も本質は同じだ。事故災害の規模の大きさを考えれば、四重五重の安全対策を施して事故を防ぎ〜」だって。

自動車は自動車で対策を考えなければならない問題、航空機も鉄道もしかり。そして原発も、それ独自で対応が考えられるべき問題でしょう。

そもそも原発は「四重五重の安全対策」なんてほど遠い現状だったんだから。

今回の震災で鍛えられて、もはや国民は、「他が危ないから原発も危なくて当然」なんて陳腐なレトリックにゃ騙されませんよ。だったらあんたが福島に住め!!いまからでも遅くないよ。放射能が安全だというならば。

そのくせ最後には「損害賠償を含めたトータルコストは、利用者か納税者が負担するしかないという事実を国民に周知すべきだ」だって。

冒頭では「化石燃料のため日本は2011年度、3兆円以上の国費を流出させ、電力コストは約25%上昇した」なんて書いときながら。

原発の廃棄物処理コストや今回の損害賠償に、どれくらいかかるか知ってるのかな?石巻市の瓦礫処理コストだけで、従来のごみ処理費用の106年分かかると聞いたけど。

それらは、いま生きているぼくらだけじゃなく、ほとんと未来永劫と言っていいくらいの時間軸で、僕らの子孫にもかかってくるというのに。

ほんとうに、日本の企業宗教にどっぷり浸かってしまった企業家畜たちは、これからの日本では使い物にならないな〜。こんな人が会長にいる企業に務めている人は可哀相だな〜。早く辞めちゃった方がいいな。新幹線も乗るのやめようかな。ま、葛西のものじゃないから乗るけれど。

こういう記事を「まさに正鵠を得ている」なんていいながらメーリングリストで送ってくるアホもいるんですよ。おかげでこんな馬鹿がいることを知ることができてよかったけれど。

ほんと、「何がなんでも経済成長幻想」から抜け出せない男たちがいるんですね。まさに団塊の世代に多いけれど。過去の成長体験から抜けられない男たち。日本の現状を直視せずに、ひたすら経済成長経済成長と呟くしかない男たち。そこから外れると、自分自身のレゾンデートルが危うくなって居場所がなくなるから必死なんだろうな。

この人たちには早く退場してもらわないとこの国は危ないです。経済の論理でしか社会や幸福を語れなかった可哀相な男たち。

国家とは、「国民の生命と財産を守ること」が最大の使命でしょう。いつから「企業や産業を守ること」にすり変わっちゃったんだろう。

いい加減にしてほしいな。葛西出てこい。明星へ。いつでも受け入れてやるから。その代わり、帰るときには骨抜きだじぇ。なはは。

珍しく、時事ネタを書いちゃいました。お許しを〜。

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■2012,09,08

本当はいまごろ、北アルプス槍ヶ岳の斜面をひーひーいいながら登っているはずだったんです。

あーそれなのにそれなのに。

無情の雨ですよ。しかも、長野県の雨マークは今日だけ。とほほ。

やっぱり僕が悪いのかな〜。最初に謝っちゃいますよ。ぐしゅんすんませーん。

ま、今年の夏は、秩父七峰も雲取山も大山も、ずーっと晴れだったから、

確率的にもしょうがないですよね。

また来年、がんばりましょう。9月末には米子山荘のみなさんとの奥穂高もあるしね。

そうそう、BAZでプロデュースした新潮新書『ホテルオークラ総料理長の美食帖』が、

おかげさまで昨日で3刷りになりました。発売3週間かな。

ありがたいことです。オークラにフレンチトーストでも食べに行きたい気分ですよ。ほんと。

今週末は、またまたアリュートBB君に挑戦して、14日には長瀞での教室に参加。

慣れてくればみなさんを誘えると思います。

来月6日にどこぞの湖で漕ぐ予定ですが、希望の方、いらっしゃいませんか?

ご一報くださいませ〜。

 

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■2012,08,26

BAZAARに新しい仲間がやってきました〜。

ずいぶんゴツくて重いやつです。

背負ってチャリで運べるかなと思っていたんだけれど、

とてもそんなことはできそうもありません。

それに、聞き分けがなくて、着せたり脱がせたりするのが大変なんだ。

とほほ、こんなわがままな奴だったとは知りませんでした。

でも、こいつと遊ぶと、視線が低くなるから謙虚になるし、思うように進まないから上半身は鍛えられるし、これまで進めなかったルートを進めるから、意外な発見ができるかもしれません。

ちと今年の夏には間に合いませんでしたが、秋の間に練習して、

来年の夏にはぐいぐいいきたいと思っています。

名前は『アリュートBB』かな。

気になる方は、だいありでみてやってください。

まだ、「丘に上がったカッパ」状態なんですが。なはは。

さーて、明日は相場ユーキ君と味園シオン君、さらに志木市の作文教室の参加者二人と共に、秩父の山に行きますよ〜。

暑いだろうなー。大人の方がやられるだろーなー。なはは。

ま、がんばりましょう〜。

みなさんも、残りの夏を楽しんでくださいませ〜。

そうそう、青田さん、箱根旧道走破、おめれと〜。すげー。

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■2012,08,19

いや〜、お盆を過ぎたというのにあぢーですね。風はすこーし秋寄りになったけれど。

今日はベルジュを走らせました。

でも、いつもと違う視点で荒川沿いうろうろ。

なぜなら、ついにやってくるのですよ。カヌーが。

この前モンベルに注文していたアリュートが届いたのだそうです。

来週あたりは手始めに荒川を漕いでみましょう。

戸田橋を一本下った橋のたもとから、漕ぎだせそうな場所をみつけました。

楽しみだな〜。

今年の夏は山に、旅行に、ゴルフに浴衣が大活躍。

黒い破れ格子と縦縞の小千谷、それに淡萌葱色の小千谷も好評でした。

でもこの前十日町でみた黒い大島は圧巻。

やっぱり品格が違いますね。

そうそう、「品格」といえば、BAZAARでプロデュースした新潮新書『ホテルオークラ、総料理長の美食帳』が発売になっています。

おかげさまで好評で「国家の品格」よりも売れているとか。

読み進めるだけで、涎が出てくる作品です。ぜひ手にとってみてください。

もう一冊、かつてお世話になった「大空のサムライ、坂井三郎」さんのお嬢様、道子さんが書かれた『父、坂井三郎』も出版されました。

こちらは、娘でなければ得られなかった視点で書かれた「もうひとつの坂井三郎伝」ですね。さすがの内容です。

坂井さんが逝かれてもう13回忌。いまごろ、日本の体たらくを怒っていらっしゃるだろうなぁ。

ぼくは文章を通して、この国の将来に対する提言を書いてみたいと思っています。その仕込みは今月末から。

さてさて、どうなりますか。お楽しみに〜。

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■2012,08,08

残暑お見舞い申し上げます。

今日はすこーし凌ぎやすくなりましたね。

でも、今年の夏はほんとーに夏らしい強烈な日差しで、

クラクラしながらも全身で夏を楽しんでいます。

先週末から仙台、石巻、新潟越後妻有、盛岡、花巻と廻ってきました。

それぞれに刺激的な出会いの連続。

夏っていいな〜、この季節と大自然を謳歌しています。

ダイアリの方に写真をアップしておきますね。

雀鬼・桜井会長も昨日あたりから海に繰り出された様子。

何よりです。ぼくもいきたいな〜。

今日は束の間BAZでたまった仕事を片づけて、明日からは米子です。

全国司書大会での講演会を終えたら、恩師荒井先生と大山へ。

雨にならなければいいけれど。ま、大丈夫でしょう。

五輪も、多くの選手ががんばっていますね。

昨日の女子バレーもすごかった。サッカーも、Jリーグ20年の蓄積を感じます。

ぼくらももうひとふんばり、この夏に燃えましょう。

14日は湯河原カンツリーで『真夏のバザールカップ』です。

みなさん、いい夏を〜。

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■2012,07,25

あぢーですね。この前の涼しさが懐かしいな〜。

先週週末、東京都の最高峰雲取山に登ってきました。

標高2017メートル。山頂には堂々とした山小屋があって、

都会の夜景を楽しみにしていたのですが、それは冬場でないと難しいようです。

その代わり、早朝のトレッキングの爽やかだったこと。

針葉樹の中、朝日の木漏れ陽とマイナスイオンたっぷりの朝霧を浴びながら歩いてきました。

頂上近くでは雲海の上に浮かぶ富士山や八ヶ岳、甲斐駒ヶ岳なんかも見られたし。

そうそう野生のカモシカ(ただの鹿だという説もありますが)にもあいました。たくさんいるんですね。近づいても逃げないからびっくり。

今年はこのあと槍ヶ岳と奥穂高に行く予定があります。

どーなりますか。楽しみな夏です。

その代わり、今週はばっちり原稿を書かないとな。

来週からは仙台-新潟-盛岡-米子と旅が続きます。

これまた楽しみだな〜。

みなさんもいい夏を〜。

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■2012,07,09

久しぶりに爽やかな日差しが戻りましたね。

今日は、着てきちゃいましたよ。黒の破れ格子。

去年、京都の「誉田屋源兵衛」さんにつくってもらった浴衣です。

そろそろいいシーズンですよね。楽しんで着たいと思います。

夕方からは銀座で、長野容子ちゃんの初個展へ。

「小笠原」がテーマだって。どんな写真展になりますか。

これまた楽しみ楽しみ。

といっているうちに、いろいろな仕事が入ってきて、12、13日は札幌、小樽、余市に取材に伺います。

テーマは「新幹線」。ふふふ、どんなことになりますか。

単行本に書きたいなと思うようなテーマもいくつか生まれてきていて、またまた以前のような猛烈なスケジュールになりそうだ。いやはや。

10月には石垣島の100qアースライドにも出ようかな。島根県益田市でも初のセンチュリーライドがあるみたいだし。

夏に向かって、「いろいろ現る!」って感じです。

今日は加山雄三さんの原稿執筆。なかなかいい感じの文章が出てきました。

元祖夏男・若大将加山さんですからね。

あやかっていきましょう〜!

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■2012,07,01

2012年も今日から後半戦ですね。

ぼくにはきつい前半戦だったので、後半こそは縦横に暴れ回りたいものです。

全国読書感想文コンクールの課題図書に選ばれた拙書『ピアノはともだち』(講談社)が、アマゾンで頑張ってくれています。

「児童書」→「ノンフィクション伝記部門」で、ここんとこずーっと1位から3位あたりをうろうろ。

全体でいえば3000位くらいだから、別に騒ぐほどのことじゃないんですが、

それでも自分の子どもが運動会で頑張ってるみたいで、親としてはそわそわです。

しかも競っているのは日野原先生とか村上龍さん、池田晶子さん、宮台真司さんといった人たちの作品ですからね。

ま、がんばって、一人でも多くの人に読んでほしいと思っています。よろしくおねがいしまーす。

昨日は奥多摩からバスで川苔山へ。

1381メートル(だったかな?)と、たいした標高ではないんですが、けっこうしんどくて楽しい山でした。途中渓谷や大きな滝があったりして、涼しかった〜。

今年はあと雲取山と、槍ヶ岳挑戦プランも浮上してきました。

米子山荘チームとの穂高挑戦もありそうだし。

どうなりますか。

佼成出版から上梓する『みっくん、光のヴァイオリン』(仮題)も、初稿脱稿しました。

最初に書いた原稿を半分くらいまで絞り込んだら、けっこうシンプルないい感じになりました。発刊は秋ですが、楽しみ楽しみ。

ぜしみっくんの活躍をみてやってください。

7月はアエラに「アニメ映画監督、杉井ギサブロー」

週刊現代に加山雄三

週刊新潮に「田中角栄の幻影40年」なーんてのも書く予定です。

週刊誌月刊だな。よろしくどーぞ。

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■2012,06,28

梅雨のど真ん中というのに、比較的さわやかな日が続きますね。

今年は枯れ梅雨なのかしらん。田んぼが心配ですね。

今朝、タンスをいろいろ探して、浴衣を出してみました。

いよいよですね〜。もうじき浴衣の季節です。

去年新調したものもあるので、今年は8種類そろいました。いやはや、日替わりで着られますよ。なはは。

来週からはよほどのことがないかぎり浴衣だな。打ち合わせをするみなさん、お許しを。

今日はパナマ帽も出してみました。こちらもいいシーズンです。

21日土曜日、昼は赤羽ゴルフクラブで第六回バザールカップ、

夜は恵比寿のビストロ森で「納涼ワイン会」を開くことになりました。

ご希望の方、メールください。お待ちしています。

夏を精一杯楽しみましょう。

よろしくどーぞ。

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■2012,06,25

先週、いくつかの仕事が思いの他うまく手離れして、少し精神的に余裕ができました。

アエラの杉井ギサブローさんが初稿脱稿、コウセイ出版の「みっくん」企画も初稿脱稿、新潮新書の企画も入稿済みで、校閲ゲラ待ち、んでもって、週刊新潮の企画は締め切りを押してもらったので、今週から取りかかれそうです。

いや〜、正月からしんどい半年間でしたが、少し落ち着いたかな。

あんまり焦らず、ひたひたと目の前の課題をやっていくことですよね。

でも、書き手には長期的なテーマも必要だから、それは貪欲に求めていかないとね。

いい夏にしたいものです。

この夏は、米子での講演会があって大山にも登れそうだし、いくつか拙書が上梓されるし、ずーっと考えている秘策もあるんですよ。これはまだどうなるかわかりませんが。

山といえば雲取山にも行きたいしね。

まだまだ梅雨空が広がっていますが、みなさんも、いい夏をどーぞ。

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■2012,06,14

昨日、女川町御前浜の相原長男さんからメールをいただきました。

「銀ジャケ漁はいかがですか?」なんてて能天気なメールを打ってしまって、

いまはただ、ひどく後悔しています。

『ブログ見ました。 7月に来ていただくようですね、

ギンサケですが、大暴落で餌代にもならないのが現状です。

再開して本当に良かったのか 明るい材料が見当たりません』

うーん、なんと返信していいものやら。

お詫びの電話を入れたら、

今日の市場ではキロ当たり180円、餌代はキロ当たり220円なんだそうです。

「餌代を下回るのは初めてだ」と嘆いていました。

どんなアクションが可能なのか、いまは考え中ですが、

一ついえるのは、相原さんちの銀ジャケは全魚連を通して全国のイオンに出荷されていてるそうです。

ブランド名は『伊達の銀』

レッツ・ゴー・イオン! 

レッツ・バイ・伊達の銀!!

もちろん線量検査は行われていて、基準値以下の数字だそうです。

もとより、ぼくらオジンは食べてもなーんも影響ないはずです。

ぜひ周囲にも『レッツ・バイ・伊達の銀』と呼びかけてみてください。

うーん、でも他にも方法はないものだろうか?

みなさん、いいアイディアありませんか?

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■2012,06,12

成田空港に到着した八木さんから電話をいただきました。

「のりちゃん、行ってくるよ、元気でね」だって。

今朝は6時ころには板橋を出て、早めに空港に向かったようです。

「足元の広いいい席がとれたよ」とのこと。何よりです。

10時20分フライトと言っていたから、いまごろは日本海を抜けてシベリアに入ったころでしょうか。

お元気で。いい旅にしてください。

2年前は20日間の旅で旅行記を400枚書いてました。今度は2カ月の旅ですから「八木全集」になっちゃいますね。なはは。

いろいろな方から応援メッセージをいただいて、八木さんも喜んでいました。

ありがとうございます。

いい報告を待ってますよ〜。

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■2012,06,04

6月とはいえ、気持ちのいい風の日になりました。

コウヤマには珍しく、今日から新しいことを始めましたん。

密室(でもないか、ま、一定の空間)に20代後半とおぼしき女性と二人きり。

「もっとしっかりと握ってください」「××にもっと近づいてください」

「両手でしっかりと揉んで〜」なーんていわれながら、けっこう至近距離で共同作業(でもないか、なはは)

が続きます。

今回は「体験コース」ということで、まるでおままごとみたいなもんでしたが、

奥は深そうですね〜。

月曜日午前中の神宮外苑の緑もきれいだし。

さてさて、いつもの飽き癖がでないといいんですが。

成果が出たら、みなさんにもご披露しますね〜。

お楽しみに〜。

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■2012,06,03

8月に米子に伺うことになりました。

「全国学校図書館協議会」主催の大会があって、そこで講演を頼まれました。

8月9日午前9時から、米子コンベンションセンターだそうです。

米子には、中学校時代にお世話になった恩師、荒井先生ご夫妻がいるし、

毎年北アルプスでお世話になっている「米子山荘」のみなさんもいます。

中国地方の名峰、大山もあるから、登ってこようと思います。

楽しみ楽しみ。

お近くにお住まいのみなさん、一般参加もOKとのことですので、お時間あったらぜひお顔を見せてください。よろしくお願いいたします。

一方で、東北支援活動を続けてきた「明星の会」の運営には、ちと暗雲が。

ボランティアの活動って、改めて難しいですね〜。

自分自身の言動を振り返っても、反省しきりです。

一度活動を始めたメンバーと話し合ってみたいと思います。

 

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■2012,05,20

昨日は土曜日でしたが、大きなインタビューが2本。

いや〜なかなかしびれます。

一本目は7月公開のアニメーション映画『グスコーブドリの伝記』の監督

杉井ギサブロー氏。

63年から放映されたテレビアニメ『鉄腕アトム』の時には手塚先生に並んで原画を描いていた人ですから、歴史的に奥が深い深い。

なんかインタビューしていても、かるーく手玉にとられちゃってるみたいで、とほほです。

彼のことを どういう切り口で描こうか、ずーっと考えています。

まだ考え中〜。

16時からは東京ミッドタウンでスタジオLの才女、西上さんのインタビュー。

学生時代から日本の地域に入っていって、ばしばし思うところを発言してきた人です。

「おじさんたちに怒られながらも、がんばってやっていると認められるようになるんです」だって。いや〜痛快だったな〜。

とってかえしてバザールでは大量のゲラの最終確認が。これまた2年越しの作品ですから、気が抜けません。

なんやかやあって、爽やかな五月晴れなのに、山にもいけやしない。

せめて今日はベルジュで走ってきます〜。

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■2012,05,03

ここんとこ、大阪、京都、名古屋取材が多くて、新幹線で東へ西へ行ったり来たりしています。

んでもって、今日はこの風雨をついて明星の会のメンバーが、女川の熊野神社祭に参加。昨夜12時ころに板橋明星を出発して、今朝から神輿を担いでくれています。

雨風がおさまるといいんだけど。頑張れ〜。

ぼくは事務所から陸前高田と名取市に電話をかけて、現地の様子を教えてもらいました。当たり前ですが1年以上たって、現地にもいろいろ変化があります。

・陸前高田米崎中仮設の状況

今年は自治会で6回のイヴェントを開催予定。 そこに居酒屋できていただけたら嬉しい。 8月15日前後(18、19か?)盆踊り〜ここには周辺の脇野沢地区の人も呼ぶ、高台移転後を考えて

10月13日、文化祭

イモ煮会、10月下旬

忘年会、新年会(花見会はすでに終了)

金野さんの講演会企画

基本的に週末ならいつでも可、 早めに決まっていたらそれ以外でも可能

・名取市の様子〜飯澤さん自身は仮設住宅の支援から、みなし仮設に入った人の支援に切り換えているそうです。

みなし仮設は地域の人が ばらばらに住んでいるために、ストレスがより高く、なんの支援も受けられなかった人が多い。

月に10回程度お茶会を実施〜会場が公民館等なので、居酒屋はできないだろう。

炊き出し支援が必要なのは5月12、13日丸井主催の衣料品バザー〜 増田西小学校体育館、ここでは12日は長野のそばが入るだけ、小学校なのでアルコールは難しい。 エンタメ系のアーティストも歓迎

仮設や集会所で支援が必要なのは、

植松入生仮設住宅〜ここは福島県からの住民等がいて、コミュニティが未熟

小塚原集会所〜畑でガレキの撤去を手作業で続けている。撤去ボラも募集中、居酒屋もここなら可能か

・美田園の女性陣、自らチームをつくって小物手作りをしている

この現状をふまえて、ぼくらの今年の活動計画は11日に立てる予定です。

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■2012,04,25

昨夜、わが板橋明星に小学校時代以来の竹馬の友、Oが来てくれました。

一人で来るのかと思ったら、後ろから大きな陰が。

「お久しぶりです」と言われて「あれ?たけちゃん?」

なんと、28歳になる長男君も一緒でした。

久しぶりっていったって、もう20年ぶりくらいでしょうか。

いつだったか、小学校時代に後楽園ホールの記者席で藤原嘉明さんのプロレスを一緒に見て、

感想文を書いてくれたことがありました。

「イノキ、イノキ、イノキ」って、原稿用紙一杯にイノキの名前が書かれていて、

ひどく斬新で興奮したことを覚えています。

その後音楽グループを組んだり裏原で古着ショップ屋に勤めたり、話は聞いていましたが、あうのは本当に久しぶり。

その上に彼女連れ。いいぞ〜たけちゃん。

今は大手アパレルメーカーに勤めているのですが、やめて親父のあとを継ごうかと思っているのだとか。いろいろ考えている様子でした。

こういう若者たちが、この国のこの現状の中でしっかりと生きていってくれないといけないわけですよね。

話していたら、いろいろぼくの中にもアイディアが浮かんできて、とても楽しい夜になりました。

ありがと〜。たけちゃんとO、そして彼女君。

いい人生を送ってくださいね〜。

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■2012,04,22

昨日は久しぶりに、秋葉原で行われた「フードメディアフォーラム」に参加してきました。

テーマが「グルマン世界料理本大賞2012の受賞記念講演会」だったから。

いや〜『神饌』というタイトルの本を著して、歴史部門の第三位に輝いた

南里空海さんの講演。素晴らしかったな。

「一神教の国の習慣である神饌という儀式を、多神教の国フランスが理解してくれたことに感謝します」という語りだして、とても魅力的な話をしてくださいました。

来年「式年遷宮」が行われる伊勢の神宮では、1500年間一日も休まず、朝と夕方に

「神饌」という儀式が行われていたんですね。そんなことすら知らなかった。とほほだな〜。

「書き手はテーマさえあれば酒も女もいらない」なーんて日頃から吹聴していますが、ほんと南里さんはこの10年間いいテーマをもって過ごされてきたんだなとしみじみ。

同時に日本民族の食に対する奥の深さの原点をみせてもらいました。

グルメ、グルマン、美食なんていうと、どうしてもフランス、イタリアを代表するヨーロッパや中国にお株を奪われていますが、八百万の神様にたいして日々神饌を献上している日本人こそ、ふかーいところで食材そのものや加工方法、調理方法と謙虚に向かい合っているわけですよね。

そのことに、もっと自信を持つべきだな。

南里さん、ありがと〜。

テーマ、テーマ、テーマですよね。

 

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■2012,04,13

今日は誕生日なんです。とほほの52歳。

FBにはたくさんのメッセージをいただきました。

ありがとうございまーす。

んでもって、たったいま箱根から戻りました。

3年越しの誕生日記念、国道1号線ヒルクライムチャレンジ、

今年はなんとか成功してきました!

いや〜しんどいしんどい。

今年は一人でのチャレンジだったので、何度も何度も途中休憩して

とても人さまにはお見せできる状態ではありませんでしたが、

なんとか874mの最高地点まで到達できました。

応援してくださったみなさん、いろいろありがとうございました〜。

これで安心して次のチャレンジに移れます。もうヒルクライムはいーや。なはは。

 

そしてもう一つご報告。

今年行われる子どもたち対象のとある読書感想文コンクールに

拙書『ピアノはともだち』が選ばれました。

図書館等に拙書が置かれるそうです。

のぶりんのCDを聞きながら、一人でも多くの子どもたちが感想文を書いてくれるといいな〜。

お子さんをお持ちのみなさん、拙書をどうぞよろしくおねがいいたしまーす。

 

そしてそして、52歳になったコウヤマのことも、可愛がってやってください。

ちと褌を締め直して、文章とノンフィクションの世界にチャレンジしないといけません。

新しいテーマも獲得しないと。

さっそくこれから取材にいってきまーす。

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■2012,04,03

おはようございます。

昨日までやっと春めいてきたかなと思ったんだけど、

今日は台風並の強風とか。いったい何考えてるんでしょね。今年の天気は。

明星では、つかちゃんの席に飾ったマーガレットがやけに元気で、

真っ白い花が満開です。

中島さんなんか連日隣の席に座って飲んでいてくれるから

つかちゃんも喜んでくれているのかな。

本当はここで拙書の嬉しいニュースを紹介したいんだけど、

なんかまだ公にはなっていないみたいなんですよね。とほほ。

ま、もうじき発表になるでしょう。ちとお待ちください。

桜は今週末あたりかな。花見の酔客は大嫌いだから、ああいう喧騒のがないのはいいんだけど。事務所近くの石神井川沿いの桜も、まだ二分咲きですね。

今日から新しい作品に本格的にとりかかります。

あんまりいろんなことがありすぎて、ちと全身がぱさぱさになっちゃった感じなので、

どこかで潤わないといけませんね。

来週は3回目の箱根チャレンジの予定。今年こそ。背水の陣かな。

がんばっぺし!

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■2012,03,22

なんだか相変わらずバタバタしていて、当日のお知らせになってしまいましたが、

本日18時から、五反田の事業再生コンサルタントオフィス「SKIビジネスパートナーズ」さん主宰のセミナーにおいて、講師をつとめさせていただきます。

『敗者復活ありの社会を求めて〜この10年間のターンアラウンダーの活躍』

というテーマです。

僕がここ10年間書き続けてきたテーマの一つである「事業再生、ターンアラウンダー」のことを俯瞰の視点から喋ろうという試みです。

バブルの崩壊と言われたあたりから約20年、日本経済や社会が大きくいってどう動いてきたのか、そのしわ寄せがどこに負荷をかけてきたのか。

その中でターンアラウンダーがどんな活躍をしてきたか。

取材してきた中からあれこれ語ろうと思っています。

もし「聞いてみたいな」という方がいらしたら、(通常は5000円だそうですが)、コウヤマの紹介でと言っていただけたらご招待扱いにしていただけるそうです。ご一報ください。

SKIさんは03-6420-3780

五反田駅から歩5分です。

さーて、どんな一夜になりますか。

楽しみです〜。よろしくおねがいいたしまーす。

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■2012,03,06

昨日は夕方になって、そろそろPCの火を消そうかと思っていたら、

興奮気味の講談社の編集者から立て続けに2本の電話が。

なにがなんだかという感じなんですが(まだここでは詳細は書けないんですが)

拙書が嬉しいことになっているそうです。

いや〜、捨てる神あれば拾う神ありってやつかな。確かに嬉しい。

時期が来たら、ここで紹介させていただきますね。

『ピアノはともだち』も『ヒット商品研究所へようこそ』も

それなりに増刷を重ねてくれていて、こちらもまた嬉し。

2日前には、昨年5月に明星隊で訪ねて拙書をプレゼントしてきた石巻市住吉中学校の図書市委員さんから礼状をいただきました。

「今回の震災で『人との繋がり』『人の支え』『人の励まし』が私たちが生きていく上でどんなに大切なことなのかを改めて実感しました」

「まずは大好きなこの石巻を、これまで以上のすばらしい町になるように、そして私たちの住吉中学校がもっと素晴らしい中学校になるように、頑張っていきたいと思います」

と、しっかりと書かれていました。頼もしい!いいぞ住吉中学校!

お便りどうもありがとう。お礼にもう一冊新刊と、6月に刊行予定の『子どもたちの3・11』(仮題)の一部分を送らせていただきました。

昨日はもう一件、こんがらがって複雑になっていたある企画の糸を、可能な限り丁寧にほぐしてきました。

新潮社の担当編集者がとーっても心強い対応をしてくれたので、これまたあな嬉し。

個人的には目指しているところは同じだとわかっているのに、組織内の論理の綾がマイナスのほうにでてしまって、とーってもじゃんねんな結果になりました。

でも、人間万事塞翁が馬で、こういう荒野からこそ、逞しい芽が育ってくれるはず。

一つ一つ、一歩一歩、目の前の課題をクリアしていこうと思います。

さぁ、今日は陸前高田市の菅野翔吾君の拙稿ができあがるはずです。どんなラストになるか、これまた楽しみだな〜。

翔吾君。よろしくね〜。

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■2012,02,28

昨夜、板橋の『明星』に嬉しいお客様が来てくださいました。

陸前高田の米崎中学校仮設住宅の自治会長、金野廣悦さんと奥様。

広島で講演会に招かれ、その帰りに東京に一泊するという連絡をいただいて、

急遽板橋まできていただいたのです。

お疲れのところありがとうございました。

いつものとおり明星は啓子ちゃんの笑顔と常連の笑い声しかない店ですが、

「いい店ですね〜」と喜んでくださっていました。

米崎仮設には、赤提灯をプレゼントする計画もあります。

『米崎明星』と書き込んでくれたら、それはまたそれで嬉しいのですが。

いまごろは帰路の新幹線でしょうか。金野さん、ありがとうございました。

お気をつけて〜。

といいつつ、コウヤマは、仕事の面ではいろいろありすぎで、ヒーフーいいながら少しずつ進んでいます。まるで3000メートル峰の最後の急斜面みたいだな。

「不調こそ我が実力」という桜井さんの言葉を噛みしめます。

でも、歩みを止めなければ必ず頂上は現れるから、それだけを信じて一歩一歩ですね。

やっぺしやっぺし。がんばっぺし。

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■2012,02,18

あっと言う間に二月も半ばになってしまいました。

ちとこのページにはご無沙汰してしまいました。

すんません。コウヤマはなんとか生きております。

今日は早朝から北坂戸へ。総合型地域スポーツ倶楽部の事務局長をやっていらっしゃる、「和製ハリソン・フォード氏」にあってきました。

もちろん、ご本人が仰っているわけではなく、周囲のお母さんたちからの愛称です。

齢70歳になろうかという方なのに、お若いお若い。

地域のお母さんや若者たち、子どもたち、そしてご老人たちをまとめて、さまざまな教室や行事を行っています。

総合型地域スポーツ倶楽部って、文科省からのトップダウンで構想されて、行政主導で生まれ、「あとは住民たちでやってね」って、かなり乱暴に放り投げられちゃ,ったりするケースがあるようなのですが、ここはフォード氏の人間力で、着々と基盤を固めつつあるという印象でした。

倶楽部内に、小学校の女子ソフトボールチームがあるんです。ここの指導者は、かつてママさん大会の全国大会に10年連続で出場していたベテランお母さんたち。そういう地域内の「財産」が、次代の子どもたちに指導しているんです。

今日は、子どもたちは中学校のソフトボール部と一緒に練習していました。

子どもたちは、お姉さんが投げるボールを打って気持ち良さそう。中学校の方でも、運動部に入る子が少なくて困っていますから、格好のリクルート活動でもあります。

途中からは、指導に来ていたママさんンチームの選手が打席に立って、中学生が守ります。これまた中学生にはいい練習です。

そういうふうに、子どもから大人まで、好循環ができているんですね。

地域って、そういうところなんですよね。いいシーンをみさせてもらいました。ありがとうございます。

と、いいつつ、3月上旬まで、いろいろ書かないといけないもののオンパレードです。がんばっぺし。ほんと、コウヤマもしっかりしないといけません。

やっぺしやっぺし!!

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■2012,01,29

金曜土曜と、福島県いわき市へ。

いわき総合高校演劇コース2年生のアトリエ公演の取材に行ってきました。

演出は「マームとジプシー」主宰の藤田貴大クン。

なんじゃその劇団は? と、全く前知識なしだったんですが、

その作風が素晴らしい。「リフレイン」と呼んでいますが、同じシーン、同じ台詞、同じ感情を何度も何度も繰り返しながら、すこーしずつ「物語」が前進していくんです。

ぼくらの日常って、けっして物語のエッセンスだけが展開していくんじゃなくて、実はありきたりなシーンが圧倒的にあって、その中に時折「おっ!」という要素があるわけですよね。そして、日常にエンディングはなくて、物語ははてしなく続いていく。

ノンフィクションを書いていると、どうしても日常の中のエッセンスに光を当てて、それを取り出して展開させて、ありうべくエンディングにつなげちゃうんだけど、全く違う文脈を見せてもらいました。

舞台設定もバレーボールの試合だし。まさかバレーボールが演劇のモチーフになるなんて、考えてもみませんでした。この、やられた感がいいな。

女子高校生たちも素晴らしい。

1時間半の物凄い運動量の作品をゲネと本番と二回こなした直後であるにもかかわらず、桐花ちゃん、洋子ちゃんがインタビューに答えてくれました。

その内容はまたあとで。

「元気をもらった」とか「癒された」とか、大嫌いなフレーズなんだけど、したたかに可憐に生きている若者たちを見て、行きとは確実に違った感覚に包まれた帰路の「スーパーひたち」でした。

どうもありがとう。

27日には、バザール明星の会のメンバーたちが、日帰りで名取市箱塚桜仮設住宅で出張居酒屋炊き出しをやってきてくれました。第十一次隊ですね。

お疲れさまでした〜。

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■2012,01,13

新春、いくつか仕事の上ではとらぶるまがいのものを抱えながらも、

明日から第十次バザール明星隊発進です。

すでに今日、スタッフが一人先乗りで現地に向かってくれています。

今回は、明日14日に雀鬼会の方たちが、麻雀卓を持って御前浜に来てくれること。

現地の皆さんも楽しみにしてくれています。

それはさておき、当会の課題は、今年の活動をどう展開していくかということ。

助成金の申請のために、以下のように書いてみました。

『2012年は、さらに大きく変化する被災地の状況を考えて、以下のような活動を予定しています。

「仮設住宅自治会活動の後方支援」〜 居住者の自主活動が盛んな仮設住宅(例えば岩手県陸前高田市米崎中学仮設住宅、宮城県名取市美田園仮設住宅等)では、各種行事がたくさん行われています。自治会主催の文化祭、お茶ッ子飲み会、将棋大会、麻雀大会、運動会、芋煮会等々。それらの行事において、様々な後方支援をしていきます。具体的には、ボランティアスタッフ派遣、共同企画開催、居住者と協働で居酒屋開店(飲食は無料ではなく安価で提供)、賞品提供、等々。

「ふるさとを守り育てる支援活動」〜 被災地によっては、集落の多くの人たちが遠方の仮設住宅に移住してしまい、ふるさと消滅の危機が叫ばれています。そういう被災地(たとえば宮城県女川町御前浜)においては、現地の復興委員会と共同で、ふるさとの伝統行事、寄り合い活動、居酒屋開店等を通して、ふるさとを守り育てる活動を継続していきます。

そしてもう一つ、テーマを書きたいのですが、これがなかなか出てきません。

先日、南相馬の方に会ってインタビューした経験が強烈で。

福島の現実を考えると、僕らがボランティアとかで何かできる状態じゃないですね。ほんとうに。

どうしたらいいのだろう。

ずーっと考え中です。

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■2012,01,05

新春いかがお過ごしですか?

今年は喪中ということもあり、コウヤマのお正月はひじょーにジミでした。

おせちもお雑煮も食べていないし、初詣も昨日新年会の仲間たちと根津神社にいったていどだし。

代わりにせっせと原稿書いて、3日の日にやっと一本終わりました。いやはや。

賀状もたくさんいただいたのですが、少しずつ「寒中お見舞い」を出させていただいています。お許しください。

さて、今月からは「オークラ半世紀」と「サービス論」を書かないと。

また慌ただしい日々が始まるんでしょうね。

どんな出会いがありますか。楽しみです。

今年もよろしくどーぞ。

 

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■2011,12,29

今日もバザールで、締め切りに間に合わなかった原稿の執筆をしています。

世の中的には、公務員の方たちは昨日が仕事納めだったようですね。

お疲れさまでした。

東日本では、仕事は形だけは終わっても、来年に向けて暗澹たる思いで過ごしている方も多いと思います。
今年ばかりは仕方ないですよね。
年賀状の数も激減でしょうね。
来年こそはいい年にしましょうね。

今日はあとちっと頑張って、夕方からは故郷の入間市へ。

二十歳のころから続いている、小中学校の同級生たちとの忘年会が開かれます。
もう30年以上ということになるんだな〜。

以前は年末の楽しみの一つでしたが、最近は「生きている確認」みたいになっちゃって、
それはそれで意義深いものではあります。

今年も会場はノンノン。ママさんにお世話になります。

手帳のカスタマイズも終わったので、僕のなかではもう新年が動き始めています。

『from「0」begin to charge』

いま一つ新鮮になりたいコウヤマです。

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■2011,12,22

午前中、原稿一本仕上げました。

27日に出る週刊朝日用の「伝説の雀鬼・桜井章一、下北道場卒業式」

最後のこの一行が書きたくて、企画を通してこの前桜井さんにあってきたのです。

『「卒業式をしよう」 そう言い出したのは桜井だった。

かつて雀鬼会には「卒業」の概念がなく、去ろうとする者は、人知れずある日を境にこっそり桜井の元を離れなければならなかった。

今回、下北道場生のために用意された「卒業証書」は「鬼の目の涙」だったのか』

桜井さんとは、確か2007年にアエラのデスクだった小境君(信大の同級生なんすよ)に紹介されて初めて出会い、そこから半年かけて「現代の肖像」を書き、その後2年かけて『人生の大切なことは全て雀鬼に学んだ〜桜井章一の超教育実践』を上梓させていただきました。

でも去年の夏だったか、伊豆で合宿している桜井さんのところにお邪魔して「これからはもう会長のことはあんまり書けないと思います。HPは毎日拝見しますが、申し訳ありません」とお伝えしてきたのです。

僕のようなタイプのフリーランスは、一つの世界に入り込んである時間を過ごしてそれを文章に結実させたら、必ず出てこないといけないんです。

何故なら常に「異端者」でないといけないから。そこに留まり続けると「同族」になってしまって、文章のスタイルが変わってきてしまうからなんです。

「うむ」

桜井さんはそう言って、微笑んでくれました。

でも今回、既報の通り「東北に麻雀卓をお願いできませんか」とお手紙を出したら「二つ返事でOK」と言ってくださり、今回の取材に伺ったら、HPにこんな文章も書いてくれました。

『2011年12月20日(火) Vol.1910

久方振りに神山がやって来て 下北道場の卒業式に迎えての、 週刊朝日の取材を受ける。
雀荘が閉じるだけなのに卒業式。
雀荘なんか学校じゃねぇんだからと言われれば まさにその通りなんだが、 別に解散するわけじゃねぇし、 今までの道場生の存在ぶりを見たら、 俺ん中には卒業式以外浮かばなかった。
下北っていう本校は消えるけど、 今久らく町田分校は残される。
今んところ表面的には変化はないんだが、 俺の身体の内部の中で 色々な変化が起き続けている。
それもそれとして、 今までのことは大きな感謝心として これからの変化も受け止めなければならない。
小っこい牌が俺の人生の大半を 生み出してくれたことは事実です。

雀鬼』

駄目駄目なライターでも、たまには顔みせろよと言ってくださっているようで、とても嬉しいです。

同時にこんなことも思っています。

僕は取材者だから、一度出て行ってもまた桜井さんの門を叩けるけれど、そうできない者たちがたくさんいます。

取材中にお世話になった雀鬼会のメンバーたちの、少なくない人たちがある日を境に道場から消えるシーンを、僕は何度何度も目撃してきたのです。

彼らがどんな思いで桜井さんのもとから「出ていった」のか。「離れていったのか」。その複雑な胸中を思うと、適当な言葉が思いつかないくらい胸が痛みます。

いま、どこかの空の下で歯を食いしばって頑張っている彼らにこそ、この文章を届けたい。鬼の目の涙を感じてほしい。

桜井さんの涙目には、かつて道場に集った全ての若者たちの像が見えているはずです

「××、おつかれ!」

タバコを燻らせながら、渋い声でそう言っているはずです。

25日には下北沢に出かけて、一つの歴史の終焉を、しかと見届けてこようと思っています。

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■2011,12,20

昨夜は久しぶりに銀座「のぞみ」から二丁目「シルクハット」、そして入れなかったけれど「喝」のけんねぇちゃんにも顔を出して、ゴールデン・コースを歩んできました。

(と、書いたら、一緒にいた仲間から「喝でもサラダたべたよ」だって。とほほ、最近酒忘れが多くてね〜。ま、許せ友よ。忘年会なんだから。実はそれからまたさらに一軒いったらしいんだけど、じぇーんじぇん記憶なし。ひでーなー)

そしたら途中でわけあって帰った事務局長小田からこんなメールが。

昨夜のテーマは死んだ野口の弔いで『青い瞳のステラ』を歌おうということだったので、こんなメールになったのでしょう。

懐かしい。

そのつかさんすらも鬼籍に入っているなんて、信じられません。

「今回熱海署より、不肖私木村伝兵衛めをば特に名指しの依頼でありましたこの殺人事件は、工員、女工、熱海、腰紐とたわいも無い類型をもって葬り去るものであるとするならば、何らやぶさかなしとするものでございます。が、しかし、今日的に三面記事にもなり得ない情況をになっているからこそ翻って私はこの事件を日本犯罪史上特筆すべくものとして明察し、その行間に垣間見せている切実な市民構造を、我々は毅然たる志をもって見据えるべきではないかとかように考える次第でございます。 計らずも戦後66年間の社会状況の歪を縫って現出した憂うべく必然とはいえ、民族の衷心からの声なき叫びに、私はしのびようもない哀嘆をもって耳を傾けざるをえません。 ムルソーの放った一発の銃声がその硝煙によってでしか、あまりにも眩しすぎる太陽と決別出来得ない現代人の苦悩を指し示しているものであるとするならば、それを嘲笑するかの如く、今回の熱海殺人事件は死ぬべくしてその役割を全うする山口アイコは何処にもおらず、大山金太郎を犯人と仕組むいかなる構造をも日常に還元することを許さないのであります。 ちまたに喧伝されております犯人が被害者を殺めるといった必然はこの場合全くうかがい知ることはないのであります。 あまりにも太陽が眩しすぎるという言葉の潔さゆえ我々はムルソーを寛容するのであり、周知のごとく誰もがその必然を信じていず、むしろそう思い巡らすことでしか自らを律し得ないという情況を見事に顕在化させたためではございましょうが、熱海殺人事件はそのギマン性を小市民的性格を逆手に取り熾烈に告発しているのであります。 私は今回の出来事を殺人と名付けることさえ躊躇し、事件として囲い込む自らの傲慢さに赤面せざるを得ません。 姑息な市民の生き延びように社会に不必要な要素を取り去るため法律を作動させ犯人を仕立て上げる私は自らの職務を憂いております。 警視総監殿、今日本は大きく病んでおります。 この町々の喧騒は一体何なのでありましょう。 この不幸のいかんともしがたい健康過ぎる生き延びようは一体なんなのでありましょう。 時代は薄く夕暮れをひいて、闇の絶えた街頭に偲ぶ術なく佇んでおります。 明日を味わうように祈っております。 はっ、私ですか、ご安心あれ警視総監殿。 私は今、タバコに火を点けようとしたところであります。

小田 雅彦 」

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■2011,12,15

今朝、桜井会長の雀鬼会のHPを見たら、こんな記述が。

びっくり驚いて、椅子から落ちそうでした。

『2011年12月14日(水) その4 Vol.1905

熱血ライターの神山典士から、 宮城の避難所の方々が、 人とのふれあいを取り戻すために 雀卓が欲しいという一報を受ける。

「2つ返事でOKです」

来年早々の彼等のキャラバンが 1月14日あたりに現地入りするらしい。

下北道場卒業後の雀卓は、 この雀鬼が23年間しっかりと強く 雀鬼流を打ち合った卓ばかり。

どんな新型の便利な雀卓より、 牌が馴染み易い卓である。

卓一つに俺と道場の血と汗、 悲しみや歓びがつまっている。

そんじゃそこらの卓とは違う。

俺の半生の人生を作り出してくれた雀卓と言っても 過言でない卓である。

古くなったからって、 それは決してゴミではない。

俺と一緒に古くなっただけ。

一台は我が家に置き、 俺が死するまでそばに置く。

一台は麻雀博物館へ、 一台は金村師範の元へ、 一台は町田6人衆の今川の家へ置かれ、 俺の分身として保てられる。

一台は大阪の山田英樹の元へと 全て行き先は決まっている。

そして2台が東北の避難者の元へ、 旨いまぐろをおまけにつけて送るようになる。

シャボさん、いいかなー』

いや〜、桜井会長の心意気にしびれます。

「心温かきは万能なり」という会長の言葉があるのですが、雀鬼会の23年の歴史と共に麻雀卓が女川に贈られたら、被災地のみなさんの心もぽかぽかになるはずです。

桜井会長、ありがとうございます。大切にさせていただきます。

 

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■2011,12,14

女川町御前浜支援活動かんぱを大募集です。

既報通り、11日の御前浜住民総会で、復興委員長に東海進さん就任決定!

若手住民7名で御前の復興を考えていくとか。僕らも可能な限り協力していきたいと思います。

新年から御前寄り合い所が1家族になってしまうこともあり、 あのスペースを住民が集まるエンタテインメントの場所にしたいという考えがあるとか。

すでに鈴木キヨタカさんから「麻雀卓がほしい」との要望があり、さっそく雀鬼桜井会長に頼んで、サイン入りで二台 いただけることになりました。

さらに「カラオケシステムがほしい」とのこと。

「 出張明星」の時にあれだけカラオケを楽しんでいるわけですから、これはあったほうがいいかな、と。 それで住民のみなさんがあそこに集まってきてくれるなら、こんな素敵なことはありませんよね。

つーことで、調べてみたら、マイクだけのやつ(画像付き)で約3万円 CD、DVD形式のやつで4万円。

ともに曲数を追加するときには別途代金が発生しますが、ま、それは住民のみなさんでやってもらうとして、 基本となるセットを僕らで贈りたいと思います。

一口3000円で振込方式でいかがでしょう。

現在12口計36000円集まりました。あと一息でCD、DVD形式のやつを贈ることができます。

この知らせは周囲にじゃんじゃんまわしていただいて結構です

参加してくださる方、 小田事務局長のところにメールください。

potaro@i.softbank.jp

振込 口座は、

三菱東京UFJ銀行 板橋支店 普通 0050690 ザ バザール トウホクシエン アケボシノカイ ジムキョクチョウ オダマサヒコ

ちなみに神山一口参加しました。

よろしくお願いいたします。

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■2011,12,12

今日、御前浜の東海さんと電話で話しました。

11日に開かれた御前浜の協働作業&話し合いには約20名が参加。

熊野神社の掃除もやったそうです。

この日、東海さんは集落のメンバーで作られた「復興委員会の委員長」になったそうです。これからはイインチョウと呼びましょう。

町の復興委員会と連携して、取り残されないようにしていきたいとのこと。

委員は若手で6名程度。相原のぶあきさんも入っています。

今後寄り合い所は1家族だけになるので、エンタテインメント器具なんかもいれて、 人々が集まってくるような仕組みもつくりたいとか。

別便で、 鈴木キヨタカさんから「麻雀卓がほしい」と要望がきていて、今、桜井会長に聞いています。 もし卓が複数あったら、寄り合い所にも一卓寄贈しましょうか。東海さんたちは好きみたいです。 どうやってもっていくかが問題だけど。

それと、寄り合い所にカラオケのマシンもほしいとのこと。 復興委員会誕生記念で僕らで寄贈できないかな?

小田君、マイク式の安いやつ(金野さんみたいの)がいくらで買えるか調べてくれますか? カンパで購入できたら。

他にいいアイディアあったら教えてください。

次回東北キャラバン第十次隊は1月14日だから、その時に、復興委員会開いてくれないかお願いしました。

僕らも復興外部委員になって、いろいろ協力できたらいいなと思っています。

いかがでしょうか。 んじゃ、報告まで。よろしくどーぞ。

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■2011,12,10

12時を廻りました。

いまごろ東松島からやってきた中井さんは、浦和あたりで志木市の市民団体リンクスのスタッフに拾われて、講演会場に向かっているはずです。

昨夜リンクスと明星の会のHPに東松島ご出身の方からメールが入り、「ぜひ故郷の現状を聞きたい」という要望をいただきました。その方も一緒に会場に向かっているはずです。

17時からは中井さんは板橋にやってきて、シスナブでミニ講演会。

ご希望の方、まだ間に合いますので、奮ってご参加ください。

豊島区池袋本町4-47-12シスナブ池袋本町集会室です。

今日からは豊島区民センターにて、まちづくりバンク主催の被災地写真展も行われています。こちらには当会の専属カメラマン長野さんの写真が展示されています。

明日10時30からは、中井さんも会場でトークショー。よろしくどーぞ。

なお、今回上京してくださった中井さんには、豊島区の「NPO法人やすらぎ」さんからお見舞金として3万円をいただきました。理事長の和賀井哲代さんからメールがきて「支援したいのでぜひ受け取ってほしい」とのこと。ありがとうございます。

東北支援バザール明星の会にも2万円活動資金としていただきました。大切に使わせていただきます。ありがとうございます。

和賀井さんは、以前PTA会長をやっていた時代の会長仲間。その後区議になったりして、各方面で活躍されています。僕らの活動をHPで知って、支援いただきました。嬉しいな〜。今後ともよろしくお願いいたします。

4、5、6日と行ってきた第九次隊の様子は、明星の会のHPでご覧ください。

http://ameblo.jp/potaroone/

18時からは、同じ会場で忘年会です。

目白の名店「いけ勘」さんのミカちゃんが、美味しい太巻きをもって駆けつけてくれます。こちらも奮ってどーぞ。

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■2011,12,02

12月10日、東松島の被災者、中井政義さんの講演会が迫ってきました。

@13:30〜15:30 志木市総合福祉センター(志木駅からバスで10分)  

「親子被災地講演会、親子で考える3・11〜被災地の話を聞こう〜」(親子で参加企画)

 主催:志木市放課後子ども教室りんくす

参加申し込みは「りんくす事務局」 info@linksweb.jp  まで。

A17:00〜18:00 シスナブ集会場(JR板橋駅、または東武東上線下板橋駅から徒歩5分マンションの集会場)

『いま、そこにある大震災の危機、その時あなたは』

 主催:CCC、明星の会

参加費:500円(収益金は全額中井さんへ)

希望者はmhd03414@nifty.comへお願いします。

その後、中井さんも参加で懇親忘年会あり(参加費:3000円、目白の名店、いけ勘の太巻きがでます)

こちらも奮ってご参加ください。

さあ、師走だ。いくつか出版企画も決まりましたから、頑張って書きましょう。

皆さんも、風邪に注意して、ご自愛、ご活躍ください〜。

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■2011,11,28

いや〜、こんなにも東北と縁が深くなるとは、3月前まではまったく思いませんでした。

先週も取材で石巻、女川へ。今回はホテルが満室だったこともあって、

桐が崎仮設住宅に住む東海さん宅に一泊、

御前浜の.避難所(生活寄り合い所)に一泊、泊めていただきました。

早朝は定置網漁へ。今年最高の大漁でした。

さて、東北支援バザール明星の会の例会が昨日あって、以下のような提案をしてきました。

前回の例会で「来年1月から3月までの活動イメージ」と「3年後、5年後の東北との繋がりのイメージ」を書き出してもらったのですが、それをまとめた結果です。

2012年以降のテーマ

「東北を第二の故郷に、親戚付き合い」

「バザール明星の会は我なり」

「後方支援」

提案

今年5月からキャラバン活動を展開してきましたが、団体としての支援活動は3月で一応の区切りをつけたらどうかと考えます。
「第二の故郷、親戚づきあい」を考えた時、大切なのは個と個、心と心が触れ合う関係性です。
今後は、「バザール明星の会は我なり」をテーマに、個人個人がこれまでの活動を踏まえた上で、各自で支援活動を展開していってはどうでしょうか。
もちろん被災地ではこれからも長いスパンで生活格闘が続きます。
「後方支援」の姿勢を忘れてはならないと思います。
これからも、目の前に大きなテーマが現れた時、僕らはいつでも連帯することができます。次の震災が起きたとき、再びチームを結束することもあるでしょう。
どんなときでも、僕らにはこの仲間がいる。
その存在を信じて、勇気をもって日常に戻ろうと思います。
あと三カ月、心を一つにして、日々変わりつつある被災地の復興、自立、成熟のための支援活動を展開していきましょう。
よろしくお願いいたします。

・3月の温泉ツアー『一年間お疲れさま温泉大会』

テーマ・明星の会と被災地の皆さんと合同で、一年間の骨休め
御前浜、名取日田園、陸前高田、石巻の皆さんと一緒に
候補日、2012年3月17、18日または24、25日
場所候補、福島県土湯、または飯坂温泉、等々

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■2011,11,13

『大成功しましたよ。応援ありがとうございました』

遠く、海の向こうから短いメールをもらいました。

今年、いろいろなことがあって、いろいろな人と出会ってきたのだけれど、
どうしてもお互いの考えが受け入れられずに、やむなく関係を絶つことが避けられなかった人もいました。

でも、僕は怯まない。

会っていること、繋がっていることで確かめあう共感もあるけれど、
敢えて違う道を歩むことで己の輪郭を守るという関係性もある。

自立とは、孤独を引き受けることでもあるから。

孤独の中でしか、人間の成長はないと思っているから。

一通のメールで十分です。

年若い「仲間」が、今この瞬間にも世界のどこかでギリギリ後戻りできない闘いを展開している。

そのことをしっかりと受け止めながら、僕も歩んでいこうと思っています。

会う必要なんかない。馴れ合うことなんか少しも求めない。

むしろすがすがしい思いです。

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■2011,11,09

 

あらららら、ちと油断していたら、ブログの更新が疎かになっていました。

すんませーん。

この間、御前浜から東海さんが上京してくれて大宴会があったり、
バレーボールのNPO法人アザレアの天皇杯関東予選があったり、
入間市の「ノンノン」の定例コンペがあったり(第三位!!)
父の一周忌&納骨の法事があったり、
南三陸町&気仙沼リアスアート美術館への取材があったり、
ジュンク堂でのトークショーがあったり(これはダイアリで)
サービスの神雑と言われる下野さんのインタビューがあったり、
東北取材ツアーと陸前高田の米崎での出張居酒屋があったり、
昨夜は伝説の総支配人秋山さんと来年度サービス世界大会出場の宮崎君の対談企画があったり、

とにかくてんこもりの日々でした。

いや〜楽しい楽しい。

んでもって、お知らせです。

12月10日、バザール明星の会、今年度の大打ち上げ&忘年会を開催します。

第一部、東松島の被災者、中井政義さんのワンコイン講演会

『今、そこにある大震災の危機、そのときあなたは〜』

17時〜、豊島区池袋本町シスナブ集会室にて。会費500円

第二部、忘年会

18時〜、シスナブ集会室地下和室

会費たぶん3000円程度(お酒の持ち込みお願いしマース)

どちらもどなたでも参加できます。
中井さんには「避難所生活の実態」「二重ローン問題」「行政の対応」「家族の絆」「仮設住宅の実態」等々、明日は我が身という話を語っていただきます。

奮ってご参加ください。

今日は午後から名古屋。いやはや、こんなふうにあっと言う間に年の瀬になるのでしょうね。もちっと、しっかりがんばりましょう。

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■2011,10,17

11月3日(木・祝)19:30〜21:00 ジュンク堂書店池袋本店でトークセッションを行うことになりました。拙書『 ヒット商品研究所へようこそ!』(講談社)の出版記念です。

以下概要です。お時間ある方、お子さんをお持ちの方、どうぞ奮ってご応募ください。
ジュンク堂にお電話お願いしますね〜。

 『「ガリガリ君」と「瞬足」ヒットの秘密
〜 萩原史雄(赤城乳業株式会社)×津端裕(アキレス株式会社)×こうやまのりお(ノ ンフィクション作家/司会)』

ロングセラーアイス「ガリガリ君」(赤城乳業)の営業担当・萩原さんと、子どもが 運動会で主役になれる靴「瞬足」(アキレス)の商品企画開発を担当している津端さ んに、ヒットの舞台裏についてお話をうかがいます。

「仕事って、サラリーマンっ て、ほんとはかっこいい!」。

そう納得できる、パワフルな働きマンたちのトーク を、この機会にぜひお聞きください!

■会場はジュンク堂書店池袋本店4Fカフェ  ■定員40名  ■入場料1000円(ドリンク付) 

■申し込みはお電話またはご来店(1Fサービスカウンター)にて先着順

■お問い合わせ 電話03−5956−6111

<講師紹介>
萩原史雄(はぎわら・ふみお) 1970年埼玉県秩父市生まれ。
大学卒業後、1995年に赤城乳業株式会社入社。
2004年 に、営業本部営業統括部へ異動、ガリガリ君のマーケティング戦略を担当する。現在 は、営業本部営業統括部次長マーケティング担当。
(有)ガリガリ君プロダクション のプロデューサーも務める。

津端裕(つばた・ゆたか) 1960年新潟県長岡市生まれ。
中央大学法学部法律学科卒業。
1986年、アキレス株式会社本社入社し、現在の第一販売部チェーン量販グルーブに営 業として配属される。
1999年より、営業と兼務で商品企画マーチャンダイザーに。
2001年から担当したジュニアスポーツの再構築を担当するなかで、2002年よりランド マスター防水、瞬足を立ち上げる。
2010年4月より、シューズ事業部シューズ商品企画 開発本部副本部長。

こうやまのりお(神山典士) ノンフィクション作家。1960年埼玉県生まれ。
信州大学人文学部心理学科卒業。
1996年『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』(小学館)で第三回ノンフィク ション大賞優秀賞受賞。

音楽、スポーツ、料理などさまざまなテーマのノンフィクシ ョン作品を精力的に世に送り出している。

児童書は『ピアノはともだち 奇跡のピア ニスト辻井伸行の秘密』に続いて本作が2作目となる。

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■2011,10,16

14、15日と、バザール明星の会第六次隊で東北に行っていました。

今回は大がかりな居酒屋は一度休んで、これからの支援活動をどう展開したらいいのか、被災地のみなさんとの話し合いと、今まで行ったことのない被災地の視察がメイン。

とはいえ、御前浜では初めて定置網漁の船に乗せてもらったり、そこで捕れた魚を都内のレストラン目白の「ラ・ムジカ」と「御苑前せお」に届けたり。

何よりの出会いは、陸前高田の米崎中学仮設住宅の自治会長・金野さんとの出会いでした。

以下、今日いただいたメールの一部です。

「神山隊長さん、小田事務局長さん、伊東さん、小沢さん、人見さん、お早うございます。昨日ははるばる東京から岩手まで貴重な時間を割いて下さっておいでいただき本当に有難うございました。また、
大変美味しい餃子までいただき、夕べオープンしたカラオケバーで皆にご馳走しました。皆に大変喜ばれました。有難うございました。感謝申し上げます。
カラオケバーには30人くらい集まりました。もっともっと参加者を増やして行きたいと思います。
その方法として、仮設住宅に班が13班ありますので、毎週各班からホステスさんを二人くらい出してもらったりしたら参加者が増えるのではと思っております。
いただいた餃子があと半分残っております。そして餃子と一緒にいただきました、素晴らしいホットプレートがありますので、餃子やホルモンをシバテにして、交流を深めて行きたいと思います。
復興の鍵は元気、やる気、夢・希望・目標を持つことですので、それをカラオケバーが一翼を担えればいいなあと思います。再会を楽しみにしております」

また、今回参加してくれたフランス語通訳の人見さんのところにはこんなメールも。

「人見さんメール有難うございました。うれしいです。
今度おいでになった時にお願いがございます。簡単なフランス語教室をお願いしたいのですが。
朝夕のあいさつ。道で会った時のあいさつ。好きなど。20分くらいでどうでしょうか。
楽しみにお待ちしています」

やるな〜米崎、凄いな〜金野さん。

詳細はだいありで。

次回は11月18日〜20日を予定しています。

バスツアーも19、20日で実施予定です。これで最後のバスツアーになるかもしれないので、ご希望の方は、奮ってご応募ください〜。

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■2011,10,10

 

8、9日と、東松島の被災者、中井政義さんが上京してくれて、

入間市と豊島区池袋本町で講演会を行ってくれました。

その報告は「だいあり」で。

以下、中井さんのブログに書かれていた文章です。

中井さん、ありがとうございました〜。また12月もよろしくどーぞ。

「そんな中、神山代表は今回の震災の経験して、あれが首都圏が震源地 (いわゆる、予想される東京直下型地震)だったらと思うと 東北以上に被害も甚大だし、

まずもって首都機能が麻痺し 行政もパンクし、要は自力で一週間も10日も 生き延びなければならないことは必至であると、

被災地の独自の取材で把握されております。

私達の田舎ですら、救助が3日も4日も来なくて その間、飲まず食わずの方もおります。 私も思います。

もし今回の規模の地震が東京が震源地で発生したら 被害規模はもちろん、桁違いでしょうが、 それよりも生き残ったとしても、東北の何倍も救出が遅れるでしょう。

それまで生き延びる、非常食や水の備蓄も必要となります。

なぜなら、高層マンションが多い首都は、エレベーターが止まり マンション自体が、今回の震災でいえば、津波で孤立した施設と 同様になってしまうからです。

その数が尋常ではありません。

順番に救助されるでしょうが、基本的に子供・女性が最初ですから 男性の方、覚悟していてくださいね。

今回の震災でも子供・女性が優先でしたので、 救助に来ながらも、男性を残して ヘリコプターは去っていきますから・・ もうちょっと頑張って下さい・・明日来ます・・と言い残し。

そういった意味合いもあり、 神山代表は、地元の方に危機感を持って欲しい・・ そこで地元のお祭りで、被災経験者、私の経験を 来場者に聞かせたかった・・と思います。

そして、今回の講演で一番得たもの。

それは私が伝えたいことと、視聴者とのギャップです。

神山代表から指摘されたのですが、私は津波で全てを失ったからなのか? 津波の悲劇や教訓を多く語っていました。

しかし、津波が来ない内陸で、その話をしても他人事に感じる・・というもの。 むしろ、被災したら自分はどうなる?? 避難所ってどんなとこ? どんな生活をするの? 避難所生活実態とは?・・ その類の話のほうが、自分を含め興味がある・・と。

確かに、言われてみればそうです。 私も被災して初めて避難所生活をして 「これがTVで見ていた避難所生活か・・」と思ったものでした。

そういった意味では、焦点がずれていたかもしれません。 と同時に、私も避難所生活については多くはこのブログでも語っていません。

だから、みなさんも実態がイマイチわからないことでしょう。 でも避難所生活こそ、他人事でなく、 災害が多い日本では、台風を含め明日は我が身なのですよね。

今後の講演ではお話する内容を変えて行きたいと思います」

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■2011,10,04

 

東北支援活動について、周囲の友人知人たちからも熱い思いが次々に届けられています。

昨日は30年ぶりに大学時代の旧友とあって、以下の企画で痛飲してしまいました。

ほんと、こんな話を持ってきてくれて、うれしい〜。

「私が勤めるハーモニィセンターも加盟している中央青少年団体連絡協議会(以下「中青連」)で助成金申請したところ、
内定が出、その準備を進めているところです。
 何をやるかというと、2月末日までに20か所の被災地にポニーを連れて出かけ、子どもたちにポニーに乗ることで喜んでもらおうということなのです。
馬は茨城の取手から出かけますが、この輸送費については助成金で対応しますので、金銭的に何の心配もなく出かけることができます。
 そこで、第6次派遣の際、「今度は馬も来るよ」ということで同行させていただくことができるのかどうか、
また、そのことが神山君や御前浜(もちろん他の地域でもかまいません)の人たちに歓迎してもらえることなのかどうか、その辺を教えてください」

僕らが紹介できるのは、石巻の万石浦幼稚園、女川の小学校になります。

うまく事が運んだら、子どもたちが喜んでくれますね。

村松シンキチ君、べりべりさんきゅです。

もう一つ、御前浜の養殖生け簀を作る際に必要だった海底撮影についても、
ダイバーのあてがみつかりました。

こちらは証言取材チームの石原さんが仲立ちしてくれました。

「 御前浜・相原さんご依頼の、ダイバーの件、 今朝、仙台のダイバーショップと連絡がとれ、相原さんとお話してもらいました。
先ほど相原さんから 「日程が決まり次第、撮影に来てもらえることになりました。ありがとうございました。 神山さんにもよろしくお伝えください」と連絡ありました。
ボランティアで、というのは今後のことを考えるとお互いやりにくいので、 “震災価格”で引き受けていただいた、ということでした」

こちらも懸案だったんですよ。いや〜よかった。

みなさん、本当にありがとうございます〜。

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■2011,10,02

昨日午後9時30ころ、第五次バザール明星隊、全27名、無事板橋に帰着しました。

みなさん、お疲れさまでした〜。

今回本隊は出張居酒屋を二回(芋煮鍋、塩釜餃子付き)、

御前浜避難所でトイレ修理実施。

証言取材チームは全10名取材、

バスツアーチームは、被災者の大学生金津君のガイド付きで石巻、女川視察ができました。

いろいろ課題も見えてきましたが、ひとまずこの成果を喜びたいと思います。

取材報告は後日、だいありのページに書きますね。

被災地のみなさん、ありがとうございました〜。

またよろしくどーぞ。

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■2011,09,27

今年上梓した3冊の拙書が、それぞれに一人歩きを始めてくれました。

『ヒット商品研究所へようこそ!』が

ベネッセ・コーポレーションが主催する『ベネッセ・グリム・スクール』という読書教室の教材に選ばれたそうです。

なんと1600冊もの注文がありました。

子どもたちに読んでもらえるなら大喜びです。

もう一つ、光村図書からも話があって、愛知県の中学生の副教材にも選ばれたとか。

こちらはいま細部を詰めてもらっているのですが、いいお話しをいただきました。

もう一冊『ピアノはともだち』の方は

昨日メールが来て「埼玉県冬休み推薦図書」に選ばれました。

ある友人の息子さんはこの本で夏休みの感想文を書いて、学校代表に選ばれたとか。これまた嬉しい報告でした。

それぞれに版も重ねてくれていて、逞しい限り。何よりです。

もう一冊『地球を走った男、間寛平アースマラソン』も、この前渋谷公会堂(CCレモンホール)の楽屋に寛平さんを訪ねたら、「ええ本やね、トークショーでばんばん売れとるで」と喜んでくださっていました。

寛平さんは物凄いスケジュールでトークショーやディナーショーをやっていて、そこでサイン本を売ってくれているのです。そりゃ売れますわね。

3冊共に一生懸命書いた作品です。もう僕の手は離れているのですが、それぞれに逞しい歩みを続けてくれていて、嬉しい限り。

どこまで遠く、どこまで高くいけるのか。

作者としても楽しみです。

今週末29日からは第五次東北キャラバンに行ってきます。

今回は御前浜の避難所のトイレを改修して、みなさんと芋煮鍋をやってこようと思います。多くの人が愛してきた「ふるさと」を守って、なんとか再生できるように。

現地の様子は、またここで報告しますね。

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■2011,09,13

昨日出ているアエラに拙文載っています。

現代の肖像『神戸市音楽教師・臼井真』さん。

『しあわせ運べるように』という復興のテーマ曲となる素敵な作品をつくった人です。

その授業も音楽実践も素晴らしく、教師仲間も素敵な人たちでした。

取材でお世話になった方々、ありがとうございました。

11月には臼井先生が指導している神戸市西灘小学校の音楽会があります。子どもたちは夏休みも学校の長い休み時間も頑張って練習しています。その成果を見に、ぜひ行きたいなと思っています。

東松島で被災して「震災を風化させない活動」を展開している中井政義さんの講演会ツアーがどんどん決まってきています。

10月8日は入間市産業文化会館18時30〜

9日は豊島区池袋本町ふれあい祭で11時30〜ステージ、13時〜と14時〜は『バザール明星の会』のブースにてミニ講演会

11月には富士見市の市議・金子勝氏たち主催の会(日程未定)

来年1月27日には志木市生涯学習課主催の会

その他にも豊島区のみなさんの主催や、僕が主催する会も計画中です。

ご希望の方、メールくださいましね。新たに企画してくださってもOKです。

9月30、1日の東北支援バスツアーはそろそろ締め切りです。

ご希望の方がいらしたら、早めにご一報ください。

よろしくどーぞ。

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■2011,09,12

ちーす。 10、11日と神山、勝田で石巻女川を廻ってきました。

専修大学の 丸岡先生の力強い信用で、いい方たちに会えました。

以下シノプシスです。

この分だと意外に早く企画書がかけるかもしれません。

証言企画

・創業97年の滝川若女将〜5月末から被災した魚屋のスペースを借りて中華、寿司屋等4店舗で営業開始。お客さんが喜んでくれて「待ってたよ」の声に励まされる。クラブ活動みたいで楽しかった。今は市内ホテルで営業開始。被災したもとの建物にも入らせてもらいました。うなぎと釜飯のたれが一升瓶で何本か二階に残っていたので営業再開できた。料理の蓋を空けて涙ぐむお客様が。そういう姿に励まされて、新卒も一人採用した。小2のとおこちゃんが書いた地震日記もゲット。きゃわい〜リアル〜

・離れ小島航路会社の総務部長〜会社の船を沖に出して営業車も高台に避難させてから、自分のヨット(オーストラリアで購入、築60年の知る人ぞ知る木造船)を救いにいこうと思ったら波が迫っていて「死ぬぞ」と漁師の船に引っ張り上げられる。しばらく泣いてせがんだが船長の判断でそのまま沖に。二昼夜海で漂流して助かる。奥さんは二階の部屋で流されるも、主人のボートが部屋にあってそれに乗っていたら水に濡れなかった。家は町内をぐるりと一周して海に引き戻される途中でパチンコ屋の屋上に激突。すっぽり嵌まってそのまま屋根に登って一昼夜。助かる。猫二匹は残念ながら死亡。

・水産加工会社社長(3代目)〜会社を引き継いだ時から、工場機能を縮小して、新商品開発、OEM方式のビジネスモデルを考えていた。年商7億、負債額6・5億円。震災の日、奥さんが二日間帰らず。自宅から200m離れた工場の二階に泳ぎ着き、身動きできなかった。3日目の朝、戻ってきたことで「再起」を決意。従業員は一度解雇するも、「一年待ってくれ」。もともと「カレーおでん、きむちおでん、トンコツおでん」等のアイディア商品が得意。楽天で月商500万円。ベガルタバーガーもヒット商品。被災したことで、前から考えていた工場をもたないファブレスなビジネスモデルつくりに邁進。「水産業界のアップルを目指す」と豪語できるようになった。八戸の工場に新商品製作を委託。もうじき試作品が出きてくる。そしたら市内のバーを借り切ってパーティーをやる。

・女川町議〜議会中に被災。急いで自宅に戻って妻に逃げることを指示。車を高台に置いて町役場3階へ。議会傍聴席で水が上がってきて椅子の上に避難。そのまま屋上へ。水道ホースで車椅子の人も引き上げる。大きな船が突っ込んできて危なかった。 議員が集まったのは3月末。役場職員は集まるところも。町としでき機能が本格的に再開したのは仮庁舎ができた7月19日だった。 県担当者は「ガソリンがないから女川までいけない」、国も瓦礫撤去の費用を95%負担するといいながら、女川町は交付税交付金を受けていない優良財政自治体だから、それを払ってくれるかわからない。町が仮払いしている状態とのこと。 新しい街づくり(高台避難等)は、国が財源と法律をつくってくれなかったら前に進めない。女川は2000世帯で1000億円かかる試算。その4分の1を地元負担になったらとてもやっていけない。約1万人の人口が、現在8686人。これ以上減らないように、早めに復興計画を立てたけれど、できるかわからない。

次回は29日から3日間行ってくる予定です。

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■2011,09,04

今日はこれから田無にいって、ラボの西東京地区の帰国報告会と講演会。

『黄金の10代の夢に生きる』というテーマで話してきます。

子どもたちの報告会も楽しみだな〜。異文化で、どんな夏を過ごしたのでしょうか。

僕がホームステイをしたのを、もう37年前のことになるんですが、いまでも夏草の匂いを嗅ぐとネブラスカの夏を瞬時に思い出します。

あの夏が原点だったんですよ。ノンフィクションも、文章を書くということも、東北支援も、登山も、自転車も。

全てが10代の記憶に繋がっています。

9月は、震災証言チームで10、11日と石巻、女川に取材に入ることにしました。

電話でアポ取りをしていたら、「週末は葬式が多くて身動きとれません」という方がたくさんいらっしゃいました。行方不明の肉親の葬儀を思い切って出すというケースや、これまで復興の仕事にかかりきりで葬儀をできなかった人がやっと区切りがついたケースとか、そういう方が多いのだそうです。

「まだまだ東北では被災が続いています」とのメールもいただきました。

犠牲になったみなさんのご冥福をお祈りいたします。

そして例え小さな歩みでも、確実に前に進まないとね。

9月のキャラバンは29、30、1日の予定。

バスツアーは30、1日の一泊二日です。

参加ご希望のかたは、メールかFAXを下さい。tel03-5248-0811fax5248-0810

よろしくどーぞ。

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■2011,08,27

ようやくアエラ現代の肖像「しあわせ運べるように、音楽教師・臼井真」が脱稿になりました。まだゲラ作業があるけれど、ひとまず手離れです。

今年の夏は、本当に充実していましたね〜。

7月14日から16日の東北キャラバン第三隊に始まり、18日にはベルジュで梅の木峠攻め。ちと途中で足着いちゃったけれど、ま、疑似完走でいいでしょうか。

24、25日には地域創造で初めて遠野を訪れることができました。

拙書『ヒット商品研究所へようこそ』で書いた、作家の石崎先生の10代の頃の思い出の地です。そう思うと感慨深いものがありました。

30日には地元シスナブで『しあわせ運べるように、チャリティ・イヴェント』

いまも客席にいた人たちの語り草になっているほど、この日の礒絵里子ちゃんと栗原陽子ちゃんの演奏は素晴らしかった。それに、三遊亭亜郎さんと天野達志君の熱演も凄かった。

地域の皆さんや旧友たちの力があったからこそできたイヴェントでした。
本当に思い出深いものになりました。ありがとうございます。

その売上で女川町御前浜に耕運機もプレゼントできたし。

あ、その報告をシスナブに貼りださないといけませんね。

そうこうしながら8月26日にヨシモトブックスから発売になった

『地球を走った男、アースマラソン・間寛平』を書き上げて入稿。

アエラの臼井さんの原稿もこの辺で書いていて、

地域創造のレポートも書いて 、8月12日には、11歳と9歳の友人と一緒に高尾山へ。

ジュニア編集者史音君と、盟友・相場の一粒種、優毅君の二人。

暑かった〜。でも、二人が張り合うように登ってくれて、楽しい登山でした。

来年も行こうね〜。

15日には武蔵松山カンツリーCで母校川高OB会の順位入れ替え線。
僕は宿敵磯田に94対95の圧倒的な勝利を治めて、見事9・23の第四回初雁カップではAグループで出場することになりました。

なはは、磯田君、修行が足りないようだね〜。

16、17日は裏磐梯でSKI川原さんと合宿して、そのまま18日から東北第四次隊へ。

報告は「だいりあ」に書いてますが、今回は30人を越える大人数だったので、疲れた疲れた。いろいろ反省点を改良しながら次に繋げたいと思います。

23日はあずさで松本へ。サイトウキネン小沢征爾と金森穣の二大巨匠を観る予定でしたが、小沢さんがキャンセル。ま、そういうこともありますよ。

夜の裏町で「鳥よし」に入り、美味しい蕎麦がきをいただきました。

昨日26日は拙書件で共同通信のインタビュー。どんな記事になりますか。楽しみだな。

そして夜はSKIの勉強会ですこーし被災地の様子をレポートしました。

明日からは、今夏最後のイヴェント、南アルプス北岳に挑んできます。
今回も米子山荘の皆さんとご一緒させていただきます。
これまた楽しみ楽しみ。お天気がすこし心配だけど、
標高3000メートル超の絶景を期待したいところです。

30日に夜に都内に戻りますが、二日間はメールも届きにくいと思います。お許しを〜。

ということで、みなさんの夏はいかがでしたか。

9月になっても残暑かな。それともあっさりと秋になってしまうのでしょうか。

またまた充実の秋にしたいものですね。

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■2011,08,26

昨日、嬉しいメールをいただきました。

3月に亡くなった親父が、18歳の頃に「代用教員」として着任した西多摩郡瑞穂町の瑞穂第三小学校の吉田校長先生からです。

「『世の中への扉 ヒット商品研究所へ様こそ!』の寄贈を頂きありがとうございました。
小学校キャリア教育の一環として朝礼で紹介させて頂くとともに,本校図書室に三冊購入することと致しました。

ご参考までに朝礼での紹介原稿をお送りします。
具体的な進路指導図書として大変貴重です。

いままでこういう視点の児童向け図書はなかったかと思います。
会社名・商品名は企業宣伝になるのではという声もあるかと思いますが,子供たちに働くことの楽しさを伝えるためにあえて朝礼で「ガリガリ君」「赤城乳業」の名前を出して話をしようかと思います。

中学校・高校でも子供たちに紹介できる図書です。ありがとうございました」

吉田先生、ありがとうございました。

お蔭様でこの『ヒット商品研究所』は、発売一カ月たたないうちに重版がかかりました。11月3日には池袋のジュンク堂でガリガリ君の萩原さんと瞬足の津端さんをお迎えして、僕が司会するトークもやる予定です。

いろいろな広がりができてくるといいなと思います。

ちなみに9月4日には、田無市民会館でラボの集まりがあり、そこでも講演をする予定です。

『黄金の10代の夢を職業にする喜び』

13時からだったと思います。お近くの方、よろしかったら聴きに来て下さい。

『地球を走った男』もできてきました。結構分厚くて、質感のある本になりました。寛平さんはもちろんのこと、吉本のスタッフや編集スタッフの皆さんに感謝感謝ですね。

ぜし書店で手にしてみてください。

今日の午後は共同通信のインタビューがあるそうです。普段は聞く側だけど、聞かれる側にたってみるととても勉強になります。どんなこと聞かれるのかな?

楽しみだな〜。また報告しますね。

ここ数日はアエラ・現代の肖像『しあわせ運べるように・臼井真先生』にかかりっきりです。たぶん9月の上旬には見ていただけるのではないかと思います。

こちらもお楽しみにね〜。

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■2011,08,14

バザール明星の会フレンドシップ・ツアー参加者の皆さん

こんにちは。今回は当会のフレンドシップ・ツアーにご参加いただきありがとうございます。隊長の神山です。

出発を前に、連絡事項と諸注意を送らせていただきます。

今回のツアーの最大の目的は、東日本震災を風化させないために、自分の五感で被災地の様子を把握し、被災者の皆さんと交流を深めていただくことです。
初日は宮城県名取市付近の被災地の様子を見ていただきます。
その後美田園仮設住宅で本隊と合流して「出張居酒屋明星」を開店します。
店のお手伝いもしていただきますが、現地の皆さんとビールを飲みながらいろいろ話してください。

メディアの報道では伝わってこない真実が見えてくるはずです。
ぜひ住所交換などもしていただいて、これからも交流活動を続けていただけたらと思います。
お金や物資だけでなく、「心の支援」を続けていきましょう。

二日目は石巻、女川町付近の被災地を廻ったあと、当会が何度も支援に入っている御前浜準仮設住宅に入ります。
一緒に昼食(石巻で被災した老舗料亭の弁当)をいただきながら交流してください。
ここへは当会から耕運機をプレゼントさせていただきました。
また現地の漁師さん達の銀ジャケの養殖も始まろうとしています。
ネット上では一口オーナー制度も始まっていますので、ご自分の目でそれらを確かめていただいて、今後の支援活動の指針としてください。

事前にご質問がある場合は、事務局長小田090−8801−7722、potaro@i.softbank.jpか神山03−5248−0811、mhd03414@nifty.com、まで。
よろしくお願いいたします。

☆集合、8月19日午前8時(10分前行動をお願いします)、JR埼京線板橋駅西口、八千代銀行前、ツアーバスが停まっています。
キャプテン、米山さんyoneyama-sx5pw@t.vodafone.ne.jp、 副キャプテン、シンノヤス、090−5341−4617
※遅れそうな場合はヤスに電話ください。ただしこの二人は現地のことには不案内です。現地のことの質問等は上記二人へお願いします。

☆持ち物、温泉旅館泊ですから宿泊用具等は不要です。屋外では虫が大量発生している可能性があります。長袖長ズボン、スニーカー、虫よけスプレー、帽子等をお願いします。

☆参加費13000円(松島の温泉旅館一泊二食、弁当二食、交通費1割負担、残りは助成金から支給されます。初日夜旅館で集めます)
※初日の昼食は適当なSA(サービスエリア)にて食べます。ゴミは各自で家までお持ち帰り下さい。

☆解散、20日20時板橋駅前予定、この後近くのマンション「シスナブ」集会室で打ち上げを予定しています。ご希望の方はお残り下さい。(会費2000円程度)

☆出張居酒屋では、ツアー参加者の中に流しのギター奏者が二人いますので、現地の皆さんと歌合戦など如何でしょうか。楽しく交流してください。

☆これまでの当会の活動に関しては、『熱血ライター』http://www.the-bazaar.net/index.htm 『明星の会事務局ブログ』http://ameblo.jp/potaroone/をご参照ください。

☆ボランティア保険への加入ご希望の方は氏名、住所、年齢を書いて上記小田までメール下さい。よろしくお願いいたします。

では、心を一つにして、有意義な二日間を送りましょう。僕らの力で東日本復興を!
よろしくお願いいたします。

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■2011,08,04

やったー、拙書『ヒット商品研究所へようこそ』の重版が決まりました。

7月19日に初版が出たばっかりなのにね。夏休みに、子どもたちがたくさん読んでくれているということでしょうか。

さすが児童書。

これで『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』と共に、両作品共に重版になりました。ありがたいことです。

今年はもう一冊『ぼくの好きな先生』というのを書きたいと思っています。

もう一つ、東北支援のお知らせです。

8月19、20日に宮城県名取市と女川町を中心に被災者との親交を温める企画、『東北フレントシップ・明星バスツアー』の締め切りが迫ってきました。

被災者のみなさんは、震災の風化を一番怖がっています。

そうならないように、現地で出張居酒屋を開店して酒を酌み交わしながら、彼らの言葉を聞いてあげてください。胸襟を開いて、言葉を交わしてください。

それもまた大切な支援です。

参加をお待ちしています。よろしくお願いいたします。

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■2011,07,31

この前束の間、神戸に取材に行ってきました。

そしたら気付いちゃったんですよ。あることに。

新幹線を待つ新神戸のホームでは、セミの鳴き声が煩いほどに聞こえていました。
それに比べると、今年の関東の夏って、セミの鳴き声が聞こえないと思いませんか?

誰かが放射能の影響だと言っていましたが、これほど顕著に差があるということは、そういうことなのだと思わざるを得ないですよね。

我が家に成長期の娘がいて、身体検査をするたびに何pか背が伸びているんですが、大丈夫なのかなぁ。

ゆーちゅーぶで児玉龍彦教授の怒りの発言が流れていますね。

ああいうことなんだろうなぁ。僕らはどうすればいいんだろ。

そういえば、今日住んでいるマンションの住民総会があって、誰かが理事長に対して「震災対策はどうなっているのか?」と質問したら、今日で任期満了の理事長は「多少壊れたって大丈夫でしょう」だって。危機感のかけらもない。唖然としてしまいました。

僕もそうだけど、何が起こっても、実は自分自身が危機の中で生かされているとしても、人間は具体的な痛みがやってこないと対応しないものなのでしょうか。

東京に直下型地震が来たら、日本の政府機能はマヒするし、自治体の機能もマヒするんだから、自分自身で生きていかないといけないのに。これだけ情報も人も金も東京に集中しているんだから、東北とか関西の地震の比ではないくらい都市機能はマヒしますよね。

それを覚悟して震災対策を立てないといけませんね。

セミがいない夏。

それは、なにかとてつもなく大きなものの「不在」を示しているんだろうな。

覚悟の夏でもありますね。

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■2011,07,30

今日はこれから、池袋本町で東日本被災地復興支援チャリティ・イヴェントを行ってきます。こんなご挨拶文を書いてみました。

ご挨拶

本日はお忙しい中、『東日本震災復興支援イヴェント、しあわせ運べるようにイン池袋本町』にご参加いただきありがとうございました。

3月11日以降、私たちの生活は大きく変わりました。日々流れてくる被災地のニュースに心を痛めながら、自分でも何かできないか、何か役立つことはないかという思いを、どなたも持ったことと思います。

そんな中で、池袋本町の地域住民交流を目的に活動してきたCCCでは、東北支援活動を開始した「バザール明星の会」と連動して、「心の栄養を被災地へ」をテーマに、毎月一便キャラバン隊を被災地に派遣する活動を始めました。

5月の第一便では宮城県石巻、女川、南三陸町を訪ね、児童書やおもちゃ、衣類等、子どもを対象にした支援物資を運ぶと同時に、避難所では「出張居酒屋明星」を開店して被災者の方々にサロンを提供してきました。

6月の第二便(名取市、東松島、石巻、女川)と7月の第三便(名取市、石巻門脇、女川)では「心の栄養」をテーマとして、落語家、ジャグラー、ソプラノ歌手を現地にお連れしてパフォーマンスを楽しんでいただきました。

現地では、避難所生活のころは物資は不足していても地域の住民が集まって生活していましたからまだコミュニティがありました。ところが仮設住宅に入るようになると、バラバラの地域から抽選等で住民が集まってくるので、近隣の人とのコミュニケーションがなかなかとれない、ますます孤独になったという声を聞くようになりました。

そういう中で居酒屋の赤提灯が灯ると誰もが吸いよせられるように集まってきて、よもやま話が始まります。地元の民謡を歌いだす人も現れます。お互いの悩みや思いを打ち明けることで、被災地にも新しい住民の輪が広がります。

そういう中から「よし、頑張って仕事をはじめんべ」という声が聞こえてきたのは、7月のキャラバンでのことでした。

私たちの支援活動も現地の変化に呼応して、「心の栄養」の次のテーマは「仕事の種まき」。現地の方々が経済的にも自立していけるように、今後私たちは何とか仕事の芽をお持ちして、応援したいと思っています。

同時に被災地のみなさんが最も恐れているのは「震災の風化」です。メディアの報道は、どうしても原発事故のほうに行きがちです。被災地の方々は、自分たちの存在が忘れられてしまうのではないかと心配しています。

そういうことにならないように、8月からは「東北フレンドシップ・明星バスツアー」を企画しました。「バザール明星の会」本隊の行動に合わせて一泊二日で現地に入り、現地の方と交流して「心の支援」を続けていくためのツアーです。

お金や物だけでなく、心や気持ちを伝え合う支援活動に、一人でも多くの方のご参加をお待ちしています。(問い合わせ先tel03-5248-0811fax5248-0810、mhd03414@nifty.com神山まで)

本日の集いは、ご出演アーティストの皆さんのボランティアによって成立しています。どうぞ楽しんで行ってください。そして少しでも多くのしあわせを東日本被災地のみなさんに運べるように―――、祈ってやみません。

CCC代表、神山典士

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■2011,07,28

寛平さんのアースマラソンの舞台裏を綴った拙書

『地球を走った男・間寛平、アースマラソン〜何故彼だけが地球一周走れたのか?』

が、だんだんと校了間近になってきました。

表紙もできあがってきていて、本当はここでご紹介したいんですが、

pdfを貼り付ける方法がわかりましぇん。とほほ。かっちょいいんすがね〜。

発刊は8月20日頃とか。『24時間テレビ』には間に合いそうです。

面白いですよ〜。いかに優秀なプロのスタッフが集まったかがわかります。

ぜし読んでみてくださいね〜。

 

もう一つご提案。

「東北支援バザール明星の会」では、これまで出張居酒屋を通して交流してきた被災地のみなさんと、さらに交流を深めるために、「東北フレンドシップ・明星バスツアー」を企画します。

日程は8月19日朝板橋発、2時ころ名取市美田園仮設住宅着、被災者のみなさんと交流して、夕方から出張居酒屋(一緒に居酒屋を開店して、杯を酌み交わして、親交を深めてください)、夜は松島の温泉泊、20日午前は女川町御前浜準仮設住宅訪問、交流、午後は被災地を巡って夕方板橋帰着。

費用は宿泊費食費(一泊二食9000円程度)+交通費の1割負担で、計1万円(予定)です。

この企画の主旨は、震災を風化させないために、被災地のみなさんと交流を重ねて友情をあたためてほしいというものです。

被災地支援とは、ものやお金を送るばかりではないと思います。日々、気持ちを送ることもとても大切だし、被災地のみなさんにも喜ばれます。

出会ったご縁を大切にしていただいて、季節ごとにお便りを出してもらったり、時には遊びに行ったり、東北の方が東京に出てきた時には案内をしてもらったり、そんな「親戚づきあい」ができたら素晴らしいな、と。

それ以外の費用(往復のバス代高速代ガス代、居酒屋飲食代等)はバザール明星の会で負担しますので、奮ってご応募ください。

定員は借りるバスによりますが、15名から20名。今回は居酒屋明星の常連さんが優先ですが、毎月一便出す予定です。

9月以降の日程はまた追って。

ご都合いい時にご応募ください。tel03-5248-0811fax5248-0810、mhd03414@nifty.com

よろしくお願いいたします。

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■2011,07,21

この前東北で4公演やってくれたジャグラーの謳歌君のお母さんからのお知らせです。

彼のライブがあります。ご興味ある方はぜしに。

すごいジャグリングですよ〜。

「公演のお知らせです
こんにちは〜! 息子がライブをやります!
8月13日一時半〜と夜6時〜の2ステージです。
メンバーがめちゃめちゃ豪華で、もしよかったら見てください。
チケット代は三千五百円です。
場所は都営新宿線の瑞江駅から2分の東部フレンドポールです。
よろしくです♪」

あれ、これだけじゃちとわからないから、ご希望の方はメール下さい。

詳細を聞いておきますね。

実は「東北支援、バザール明星の会」にものすごーい朗報が。

ここではすぐに言えないくらい自分たちでも驚いています。

もう少し皆で詳細を詰めた上で、ご報告しますね。

ますますがんばらなくちゃ、という感じです。

よろしくどーぞ。

あ、そうそう、昨夜は恵比寿のモリで拙書『ヒット商品研究所へようこそ』の打ち上げが行われました。ガリガリ君の赤城乳業からは営業統括の萩原さんと女性部隊3人、そして
「青い鳥文庫」からは『黒魔女さんがとおる』の石崎洋司先生と編集の日下部さんが集まってくれました。

今年の猛暑と節電モードでガリガリ君は売上前年度同月比300%!!!

凄すぎ。年間3億本を上回る勢いとか。

でもそのおかげで、来週からコン×ニとかスー×ーとかから××××が××××になる状況とか。大変だ〜。言えないんですが、とにかく大変な勢いです。

赤城乳業の社長は拙書を読んで「梨畑で昼寝」ってメッセージをくれたそうです。

さーて、どんな意味でしょう。

僕にもわかりませんでした。とほほ。

正解者には拙書プレゼント! 奮ってご応募くださいませ。

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■2011,07,08

なんかここ最近の『熱血』を改めて読み返してみると、東北支援のことしかやってないみたいな感じですね。我ながらとほほだな〜。

いやいや、本当はちゃんと仕事もばりばりやってるんですよ。

ここ一週間は寛平さんの『何故地球一周走れたか』というドキュメンタリーの執筆でふーふーいってます。一週間で350枚書くのは、ほんとうにしんどい。そんなスケジュールにしてしまった自分がいけないのですが。とほほ。

その間、セオリーで梅沢登美男×池田明子ご夫妻の対談を仕切って、それもまとめています。梅沢さんて、不覚にもまだ舞台を観ていなかったんですが、素敵な雰囲気を持った方ですね。奥さんも聡明な方でした。いい文章になるはずです。

アエラでも『しあわせ運べるように』の臼井先生を書かなくちゃいけないし、新しい企画も2、3本動いているし。

ま、しっかり働いてしっかり東北へ行く。そういうことですよね。

そうそう東北では「子どもたちのために絵本をつくりたい」という方からも相談をいただきました。さっそく志摩のエレマン・プレザンの佐藤先生にご相談して、ここでもいい動きがもぞもぞと始まりそうです。

さらにさらに、今朝BAZにきてみたら、ファックスが一通。
横浜の大学生から「自分が少しでも力になれるなら(証言集つくりに)ぜひ参加させてください」だって。これまた嬉しいですね〜

やるべきことをできるかぎり。

一人一人がそういう気持ちになっているんだと思います。

動くなら今、ですね。

お蔭様で、毎日が新鮮です。

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■2011,06,30

昨日の毎日の朝刊「希望新聞」に、ここに書いた東北震災出版企画の件が載ったようですね。今朝BAZのファックスに、若手のライター君から「参加希望」の便りが届いていました。嬉しいな〜。

中野区に住んでいる藤井君かな。
まだ会っていませんが、いい出会いになればいなと思います。

今日は明星で「第三次キャラバン隊」の結団式。という名の飲み会。なはは。
歌手の栗原陽子さんもレッスンのあとでかけつけてくれる予定です。

にぎやかな会になるな〜。

と、いいつつ、なかなかこの活動への助成金がおりずに、ちと四苦八苦しています。
ちとコストがかかりすぎでしょうか。

今回は事務局長小田君の尽力で、被災地用車両の認定が取れて、高速代がタダになりました。レンタカーじゃなく、第一次隊員の小沢君の尽力で一台ワゴン車が借りられたので、乗用車と二台で行ってきます。つまりレンタカー代がなくなったということです。

でもその分ガス代が二台分なので、あんまりコスト減にはならないみたい。

と、思っていたら、この前も支援金を出してくれた岡本一彦さんからまたまた支援金が届きました。ありがとうございます。

岡本さんこそ、栗原さんをご紹介いただいた恩人です。
ご自身はお仕事があってなかなか東北にはいけませんが、貴重な志を必ずや現地に届けてきますね。ありがとうございます。

8月以降も「東北支援バザール明星の会」ではキャラバン隊を現地に派遣します。

7月30日には、そのためのチャリティイヴェントを池袋本町シスナブで行います。

みなさん、ご参加ご協力のほど、よろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,07,02

おー、石巻の専修大学の丸岡先生から過分な推薦文をいただきました。

稲森財団への助成金申請なんですが、
お金の問題じゃなくて、こんなふうに活動を理解していただける方と出会えて、
この活動をやっている甲斐があったというものです。

丸岡先生、ありがとうございました〜。
がんばっていい記録集を作りましょうね〜。

『推薦書

 神山典士氏

公益財団法人稲盛財団 理事長 稲盛 和夫 様

 神山典士さんのグループ「バザール」が行う『東日本大震災101人の証言』(仮題)のボランティア著作活動は、被災地を勇気付け、貴財団にふさわしい事業です。
今年3月11日の東日本大震災では、多くの方が家族や友人、家や職場を失い、失意のどん底にあります。
このような方の中には、被災体験を口にすることが難しい方もあり、調査の難度が高いと思われます。
しかし、世界的にも希な大災害の記録を出版物として残すことは被災地の歴史記録として不可欠で意義があり、被災者を勇気付ける事業です。
神山さんと私がはじめてお会いしたのは、今年の6月22日、石巻市内の、語学・コミュニケーションのサークル、ラボ・パーティの会場でした。
神山さんは、自らラボっ子であり、被災地のラボっ子たちを元気付けようと小さな講演会を開催してくださったのでした。
そこで神山さんが話してくださったのは、14歳でアメリカのネブラスカ州でホームステイを行い、アメリカの家族の生活ぶりを作文にしたことと、大勢のホームステイ体験をラボ出版からの著作にしたノンフィクション・ライターとしての原点のお話しでした。
調査に基づく事実を活字に残すことの大切さを子どもたちに伝えてくださいました。
また、私は彼の近著『ピアノはともだち』を拝読させていただきました。
この本は盲目のピアニスト辻井伸行氏の半生を彼の家族とともに描いた著作ですが、長期の調査に基づく事実を忠実に記した作品です。
辻井家の皆さんと神山さんの信頼関係がうかがえます。
神山さんのように相手との関係を大切にするノンフィクション・ライターであれば、丁寧に記録をしていただけるものと考えます。
彼の被災地の子どもを思いやる温かい気持ち、事実を活字にする仕事姿勢、相手との人間関係を大切にする調査方法により、被災地石巻の市民の経験を記録に残すという重要な事業が必ずや成就するものと思われます。
また、神山さんのグループが行っているボランティア居酒屋事業によっても、被災地が元気づけられていることは言うまでもありません。
私が勤務する石巻専修大学経営学部には「地域活性化研究会」という組織があり、同学部の教員約10数名が名前を連ねております。
これらの教員を中心とする大学関係者とその家族・友人のネットワークにより、被災体験を有し出版への協力をしてくださる方々の紹介をさせていただき、著作の完成に向けた力添えをする所存です。
以上の理由により、神山さんグループのボランティア著作活動は貴財団の『東日本大震災復興ボランティア助成制度』に適格と考え、ご推薦申し上げます。

平成23年7月1日 石巻専修大学経営学部准教授・博士(国際関係論)  丸岡泰』

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■2011,06,30

先週、バザール明星の会、第二陣が無事東北の被災地から戻ってきました。

収支報告をしますね。

ビール42000円
つくね、タレ、炭、ウーロン茶、宅急便 31678円
食器、氷 19337円
ガソリン 24595円
高速 17910円
新幹線(京楽師匠帰路) 10390円
旅館(謳歌君) 8000円
食事(謳歌君) 1300円
カップ 1500円
タクシー(京楽師匠名取-仙台)5000円
レンタカー36540円(バザール負担)

合計 198250円

支援金が227395円

次回繰り越し 65685円です。

今回は演者さんをお二人お連れしたのでちと経費がかかりました。

次回からは、支援車両ということで高速代がかからないようにできないか検討中です。

引き続きご支援のほど、よろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,06,21

さぁ〜いよいよ明日から、バザール東北支援明星の会第二次キャラバン隊が発進です。

朝7時に板橋駅集合。一路仙台を目指します。

樽生ビールをしこたま積み込んで、味噌田楽とコンニャク、児童書、衣類、おもちゃ、拙書『ピアノはともだち』も30冊、等々いろいろなものを積み込んで行ってきますね。

今回は板橋駅前「河内屋」さんから日本酒3本、板橋本町のピザ屋「ポポロ」さんからワイン8本をいただきました。

しかと現地のみなさんに届けてきます。

寛平さん企画も、ようやくインタビューデータの読み込みが終了しつつあって、設計図もだんだん熟してきています。

帰ったら書き出さないとね。頑張ります。

んじゃみなさん、戻ったら報告しますね〜。よろしくどーぞ。

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■2011,06,18

昨日はバザール東北支援キャラバン第一次隊の打ち上げ。

小田、小沢、中浦隊員と、大量の日本酒をカンパしてくださった『御苑前せお』(3353-2558)へ。

ここの和食は超美味です。基本がしっかりした料理。オーナー料理長の妹尾さんの性格通り、かな?なはは。

生憎女将の陽子さんはいなかったけれど、しっかたり食べてしっかりしかっり飲んできました。妹尾ちゃん、ありがと〜。

二次会は同じく新宿一丁目の『さかだま』(3358-9004)へ。

この店は奇縁なんですよ。なんでも板橋の『明星』に突然女子二人が現れて「同じ名前です」と言ったとか。『さかだま』のママは明星久美枝ちゃんと書いて「あけぼし」と読むのだそうです。

北海道から出てきて新宿で店をやって、同じ名前の店を探していたら偶然みつけたんだって。よく明星の暖簾がくぐれたよね、ほんと。なはは。

んで「板橋明星の啓子ママから行くように言われてきました」と言ったら超盛り上がって楽しい酒は続いたのでした。

あー、飲み過ぎ。

んで、お昼から久しぶりにベルジュ。汗で酒を抜かないとね。

ベルジュ君は安曇野ツーリング以来パンク続きで困っていたんです。でも、今日ちゃんと直して荒川20キロコースを走ってきました。きもちいい〜〜

明日は午前中だけ小川町から白石峠を攻めてこようかと思っています。

さぁ、『寛平ちゃーん』の作品を書かないとね。今年すでに3作目だ。編集者に尻たたかれています。とほほ。

夏がくる前に仕上げて、ばっちり遊ぶぞ〜。

あ、その前に。大切なご報告を。

東北支援バザール隊へのカンパをいただきました。

大阪の実業家、尾崎さん

SKI川原さん

慶応大学名誉教授、言語学者鈴木孝夫先生

冨山房インターナショナル代表、坂本喜杏社長

御苑前せおさんより

計16万円もの貴重な志をいただきました。

みなさん、ありがとうございます。

しかと現地に届けてきますね。

今後ともよろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,06,15

7月30日に池袋本町で企画しているイヴェントの企画書を書きました。

みてやってください。

『池袋本町・東北支援チャリティ企画 『しあわせ運べるように・イン・池袋本町〜笑って、聴きほれて、涙して、東北の被災地に熱い思いを届けよう』(仮)

企画主旨

震災から早3カ月。原発事故もあり、現地ではいまも混沌とした状況が続いています。
僕らが思いを届けたいと思って赤十字等に拠出した義援金も、いまだ数割しか届いていないとか。
もはや国や自治体、公共団体に頼ってばかりもいられない状況です。
今こそ、私たち市民が立ち上がって、被災地の皆さんに支援応援の熱い気持ちを届けるアクションが必要です。
池袋本町で活動する地域交流住民団体CCCでは、代表の神山典士が主宰する東北支援明星の会、株式会社バザールとタイアップして、被災地に「心の栄養」を届けるキャラバン隊を、月に一便現地に発進しています。
落語家、ジャグラー、ソプラノ歌手、バレーボール選手等を連れて行き、被災地の皆さんに笑って、聴きほれて、驚いて、一緒にからだを動かしていただき、ストレスを発散していただこうという試みです。
合わせて現地に不足している樽生ビールを持ち込んで、「出張居酒屋明星」も開店。
被災地の皆さんに楽しんでいただいています。
この活動をバックアップするチャリティ・イヴェントを以下の要領で池袋本町で実施したいと考えます。
多くの皆さんの出演、ご来場、ご賛同をお願いいたします。

企画骨子

時、7月30日土曜日、午後(終了6時のイメージで、内容的には約3時間)

所、シスナブ池袋本町集会室(キャパ約150名、屋外も合わせれば200名)

企画内容、

1、 ヴァイオリニスト礒絵里子コンサート〜ベルギー留学を経験し、国際コンクール3位の実力者。世界レベルのソリストの圧倒的なボリュームにしびれてください。(約1時間)

2、 ゲスト出演、ソプラノ歌手栗原陽子〜礒さんのステージに飛び入り出演。『ふるさと』等、日本人の琴線に響く歌声を披露してくれます。
ちなみに栗原さんは7月14日〜16日には「明星の会キャラバン隊」に同行し、現地でも被災者の皆さんと共にワークショップ型コンサートを展開。素敵な歌声を響かせてくれる予定です。

3、 落語会〜池袋本町ですっかりお馴染みになった落語会。今回は「池袋本町落語を楽しむ会」の皆さんと共に開催します。
6月のキャラバン隊に同行してくれる三遊亭京楽師匠等が出演候補です。(交渉中、約1時間、前座も含む)

4、 井上ひさし追悼企画、一人芝居『父と暮せば』、演出・出演、天野達志(松風の会) 〜こちらも真夏の池袋本町ですっかり恒例となりました一人芝居。原爆反対、原発はいらねー、亡くなった方の意志を継いでしっかりと生きていこうというメッセージ溢れた舞台をお楽しみください。
ちなみに天野君はタクシー・アクター。運転しながら台詞を覚えているという異色役者です。明星の会キャラバン隊の隊員でもあります。

5、 カメラマン長野容子、ノンフィクション作家神山典士による、現地報道写真展〜7月30日までに、キャラバン隊は3隊発進しています。
その中で見つめてきた現地の様子を、画像と文章で報告します。
写真は集会室のロビーに展示。この日だけでなく、池袋本町のコミュニティ・スペース等での巡回展示も考えたいと思います。

6、 『しあわせ運べるように』文成小学校児童による合唱(現在交渉中)、神戸の被災地から東北の被災地へ、心のリレーを歌声と映像で紹介。
〜今回のイヴェントのタイトルとなる『しあわせ運べるように』は、16年前に起こった阪神淡路大震災の時に神戸で生まれ、以降神戸だけでなく日本中世界中の被災地で歌い継がれてきた復興への希望の歌です。
作詞作曲したのは自らも被災して自宅が全壊した経験を持つ小学校音楽教師、臼井真さん。
当日は彼からのビデオメッセージを紹介し、東北の皆さんへの熱い思いを歌声と共に響かせたいと思います。(現在文成小学校と交渉中、約15分)

入場料、一人500円、高校生以下は無料、+カンパボックスを設置して募金の呼びかけ ※演者のみなさんにも基本的にお車代程度でチャリティ出演をお願いしています。

企画、制作 池袋本町CCC(カルチャ・コミュニティ・コラボレーション)

共催、NPO法人街づくり協議会、池袋本町落語を楽しむ会、(予定)

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■2011,06,14

最近、こころみにフェイスブックなんてものを始めてみたら、なんとこしゃくじゃないですか。「お友だちに承認されました」なんてしゃあしゃあと書いてくる。

お前にいちいち承認なんてされたくないよとフェイスブックに八つ当たりしていたんです。使い方もよくわからないし「いいね!」なんて言われても、なにがなんだか。

ウォールって何?コメントってどーすればいいの?って、八方塞がり状態。

でも、中には嬉しいこともあるもんです。この前ベルリンでお目にかかっていろいろお話しさせていただいた尾崎さんという方からメッセージが。

「ホームページで出張居酒屋見ました。頑張れ!」って。そしてカンパの申し出まで。

そういえば帰国してからのメールで、「打ち上げのあと妻とホテルに戻るタクシーに乗って、料金を払おうとしたら「日本の被災地のためにカンパする」と言われました」とあったのでした。

今回もメールで「ゲルマン魂も忘れずに、被災地にお伝えください」とのこと。
了解了解です。尾崎さんとタクシーうんちゃんのあつーい思いを被災地の皆さんに伝えてきます。

こういうことがあると、フェイスボックも悪くないか、なーんてね。

いずれにしても、尾崎さん、べりべりさんきゅです。(あ、こう書くと僕の英語の先生の逆鱗に触れてしまうのですが、ま、ここは日本語サイトだから許してね〜。)

従姉妹の和子からは、こんなメールをもらいました。

「私の職場の同僚が伯父さんの教え子だということが分かり、 伯父さんが知ったら、きっと喜ぶね〜 典士ちゃんにメールしておこうか と、ついこの間に入曽に帰った時に話題になっていたばかりでした。
その職場の同僚ですが、今一緒に仕事をしているメンバです。
4月下旬に出張の帰り途中に、 「小学校3&4年生のときに神山先生が担任でしたが、  もしかしたら神山さんの親戚ですか?」 と言われて、よくよくその先生の話を聞いてみたところ、 その先生は入間市に住んでいて、 家でハチという犬を飼っている、 サボテンをたくさん栽培している という話しから、伯父さんであることが分かりました。
授業中に時々脱線して、ハチやサボテンや家の面白い話を してくれて、とても印象に残る先生だったそうです。
さらに、4年生終了時にクラス全員にサボテンの鉢植えがプレゼントされて、 「サボテンはそれほど世話しなくても、絶対長生きするから」 と先生からいわれたそうです。
それから、約30年間サボテンは引越しの度に彼と一緒に移り住み、 今でも彼のマイホームで元気に育っているそうです。
伯父さんには、お知らせできなくて残念ですが、 伯母さんによろしくお伝えください」

教員冥利に尽きるメールですね。オヤジも喜んでいると思います。

和子、べりさんきゅね〜。

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■2011,06,06

土曜日は仙台、八軒中学校へ。

全国大会の常連の合唱部(吹奏楽部でもあるそうですが)が『しあわせ運べるように』を歌うということで、神戸から作詞作曲家の臼井真先生が指導にやってきました。

CDになるそうです。ぜひ聴いてみて下さい。でも小学生バージョンとはずいぶん違うようです。やっぱり小学生バージョンで聴いたほうがいいかな?

その夜、塩釜高校の平山先生と佐々木先生にお目にかかりました。

この前塩釜に寄ったんですよと言ったら喜んでくれて、「心の栄養」をテーマにしたバザール支援と共演してくださる勢いでした。

いまんとこ、バザール支援号は

6月は落語家&ジャグラーで三遊亭京楽さんと謳歌君。

その後準備を進めたり相談が始まっているのは

ヴァイオリニストの礒絵里子ちゃん、ソプラノ歌手栗原陽子さん

演劇のこぐれ修さん率いる「楽屋」チーム、

バレーボールのアザレアチーム、

仮設住宅の絵画を飾っていただくムーブメントとしては

アトリエ・エレマン・プレザン、

報道カメラマンとして、長野さんという方にもあって

現地を撮っていただいて、豊島区内で報告展覧会をしたいと思います。

現地では「風化」なんて言葉も囁かれはじめたとか。んなことさせません。

復旧復興もこれからが本番なんだから。

今回ご支援いただいたいるのは

塩谷陽子さん、1万円

岡本一彦さん、1万円

神山秋子さん、2万円

となっています。

バザール号は一回出すのにレンタ代、高速代、ガス代、樽生ビール代、それと演者の皆さんの交通費宿泊費等でやはり7、8万円はかかります。

ご支援のほど、よろしくお願いいたしマース。

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■2011,05,31

先週の日曜日「としま未来文化財団」が主宰する「まちづくりバンク」の活動助成金を決める公開審査会がありやした。

僕ら池袋本町の仲間たちでやっている「CCC=カルチャ・コミュニティ・コラボレーション」という団体も過去に2年間助成金を得ていて、今回も申請したんですよ。

去年ここでも報告した夏の「辻井いつこ×中野雄パネルディスカッション」と、冬の「新春寄席」がその助成の対象でした。

ところがところが。

審査会の前から、僕は「なんでここ数年感ずーっと活動しているのに、審査員が現場に来てくれないんだろう」という疑問を感じていて、審査会でも審査委員長に言ったんです。

「現場でお顔をみかけませんが、なぜ来ていただけないんでしょうか。僕らの本番は現場であって、公開審査会でいくらいいプレゼンしたって、それは活動主旨ではありません」って。

だってそうですよね。審査員も市民、僕らも市民、同じ立場の人間なんだから、複数年審査員をやっている人であるならば、最低でも現場に足を運ぶべきでしょう。
それがなくてたった3分の審査会であれこれ言われても困りますよね。

バンクのスポンサーである区民の一人としても、こんな審査会だけで助成を決められたら困りますよ。本当に活動している団体=審査会のプレゼンがうまいとことは限らないわけだから。

僕ら人生をかけて地域活動やってるんだからね。

そしたらその結果がもっと酷い。

今年のCCCは、「まちづくり部門」で「マラソン落語会」、「東北支援部門」で「出張居酒屋キャラバン隊」という企画をリンクして出したんですが、支援部門では助成金がついて、まちづくりでは助成0という結果。

とほほだな〜。助成金はレンタカー代や交通費に使ってはいけないというから、まちづくりのイヴェントでの収益をあてようと思っていたのに、これじゃ両方できないじゃないね〜。

過去の実績も他の地域活動グループとのコラボレーションも過不足ない成果があがっているのにね。

「0査定」ということは、池袋本町には地域活動はなくてもいいということなんでしょうかね〜。他にこの地域から活動申請があるならともかく、僕らしかだしていないのよね〜。

ったく、とんちんかんな審査員たちだよね〜。
公開審査会至上主義の財団の運営もおかしいしね〜。
ある団体なんて「審査員は神様より上です」なんて寸劇をやってました。
そういう発想が出てくること自体に、このやり方の問題点が露呈していることに気付かないとね。

「市民」という名の権威が一番たちが悪いですよね。とほほだな〜。

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■2011,05,28

ベルリン-パリ、夢のツアーから戻りました〜〜〜。

いやー、束の間のヨーロッパでしたが、一年中でもっともいい季節だったし

凄いシーンの連続で、さすがに僕もふるえちゃいました。

まずは佐渡裕さんのベルリン・デビューの様子を「だいりあ」で見てやってください。

おめでと〜。佐渡さん。あの拍手ならば、絶対に二度目のベルリンもありますね。
何度でも振って、そのうち常任指揮者になってください。

そうなって初めて、「世界の佐渡」になるわけだから。

そしてパリでは、取材中のマキシムへ。

僕が書こうとしているのは「幻のレストラン」なんだけど、
パリのマキシムは、確実に「落日のレストラン」でした。

いろいろ書きたいけれど、いまは時間がないや。すんません。

いつかここでもご紹介しますね。

そしてそして、帰国したその日に新潟へ。

ノイズムの公演「OTHER LAND」を観てきました。

偶然となりに金森君のお父さんの勢さんが座られていたんで、公演の中休みにいろいろお話しを伺ったりして、これまた貴重な体験でした。

金森君が照明にこだわって素晴らしい才能を見せるのは、ご実家に蛍光灯がいっさいなくて、谷崎の「陰影礼賛」の世界そのものだったことも影響あるとか。

いや〜そりゃ素晴らしいエピソードです。そういう家が僕も理想です。現実はほど遠い小さなマンションですが、とほほ。

というわけで、一週間で2s痩せたんですが、またまた昨夜新潟で一人でがばがば飲んじゃって、元の木阿弥。しゃーねーなー。

そうそう、旅の途中で村上春樹の『走ることについて語るときに僕が語ること』を読みました。たまたま成田空港で見つけて暇つぶしに買ったんだけど、これまた意味のある出会いになりました。

そのこともいつか書けるかな。

いやはや、こんなにいつかいつかばっかりだと、ブログがいくつあっても足りませんね。

さぁ、原稿頑張らなくちゃね〜。

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■2011,05,19

石巻でであって支援物資を引き受けていただいたマロ舎さんからこんなメールをいただきました。

「こんばんは。先日は大変ありがとうございました。
神山さまからのご支援は、毎日たくさんのかたの ところへ届いております。
昨日は、折り紙を石巻の栄光幼稚園へお渡ししました。
園長先生や先生方にとても喜ばれました。 本当にありがとうございました。
岩手県の地域も大きな被害を受けられたのですよね・・ みなさんのチームのお力に頭が下がるばかりです・・ 遠い石巻より、いつもいつも感謝しております。
くれぐれも無理をなさらず、御身体を大切になさってくださいね。
神山様の本も大変好評ですよ。
今度、NHKさんの取材をうけることになりました。
またご報告させていただきます。 感謝 」

バザールに送っていただいた児童用の支援物資が、少しずつ役に立っているようです。

送っていただいたみなさん、本当にありがとうございます。

そして今朝は、三遊亭京楽師匠から電話が。

「6月22日だったら東北で高座が可能です」とのこと。

さっそく現地の人と連絡をとって、準備を始めることにしました。

昨日はヴァイオリニストの礒絵里子ちゃんからも嬉しいメールが。

「スケジュールさえあえばいつでも協力しますよ」とのこと。

彼女の「ツィゴイネルワイゼン」は凄いんだ。あの響きを届けられたら
現地の方にもものすごく喜んでいただけると思います。

避難所に心の栄養を!!

この活動にはレンタカー代や演者さんの宿泊費等が必要なので

引き続き「バザール東北号」へのご支援をよろしくおねがいいたしまーす。

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■2011,05,15

第一回東北支援バザール号、昨日早朝3時に板橋に無事戻ってきました。

ご支援いただいたみなさん、本当にありがとうございました。

お蔭様で「出張居酒屋明星イン東北」も、「子どもたち支援物資配達」も、大好評のうちに完了しました。

今回同行してくれた震災大王小田君、タクシーアクター天野君、どこでもドアの小沢君、出張ママのなかーらさん、本当にお疲れさまでした。
団結も強まりましたね。

それもこれも、支援していただいたみなさんのお蔭です。

本当にありがとうございました。

 

そうそう、それと今回も頑張ってくれたタクシーアクター天野君の7日の信大山脈公演を伝える記事が、「松本市民タイムス、5月9日号」に載りました。松本地方のみなさん、ぜひぜひ見てくださいね。

よろしくどーぞ。

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■2011,05,11

明朝出発の「バザール・スペシャル号」の準備が整いつつあります。

たった今自宅に、酒屋さんが生ビールの樽(10リットル×5)と、ガスボンベやサーバー等を持ってきてくれました。これで約200杯の生ビールを楽しんでいただける計算です。

今日までに集まったカンパは以下の通り。

板橋大衆居酒屋明星のみなさんより、20062円

板橋スナック朝子ママより、28365円

PHP中村康教さんより、10000円

春花&高田チームより、10000円

抒情文芸川瀬さんより、10000円

この他、伊那子どもネットさんより、30000円、これは児童書(青い鳥文庫)購入に廻します。

以上、現金は7万8427円となりました。

支出は、樽生ビールが10リットル×5で3万7250円

この他、焼酎やおつまみ、子供用ソフトドリンク等を買い込んで、明日9時に板橋を発ちたいと思っています。

お酒やおつまみは、「御苑前せお」さん、九州の「クライア」さん、その他各社何人かからいただいています。

明日の毎日朝刊『希望新聞』でも記事にしてくれるみたいです。

さーて、どうなりますか。現地の方に受け入れていただけるように、心を引き締めていきたいと思います。よろしくおねがいしまーす。

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■2011,05,08

GW中締め切りの仕事をなんとか3日までに終わらせて、
4日は湯河原、5日は父の四十九日、
そして6日から二泊で安曇野松本に行ってきました。
詳細はダイリアでみてやってください。

自転車とお芝居。すげー濃密な二日間でした。

んで今日は早朝の便で戻って、締め切り一つやってます。

「初々しき40歳、藤本隆宏」

いまインタビューをまとめていますが、どんな文章が出てきますか。

楽しみだな〜。

そして明日は関西神戸へ。

『幸せはこべるように』の音楽の先生、臼井先生の授業を取材してきます。

これまた楽しみだな〜。

そして12日東北行きの準備も進んでいます。

昨日の天野公演でもカンパが2万円くらい集まったみたいだし
今日は九州の友人から黒霧島とお摘みセットが届きました。

べりべりさんきゅです。

バザールは酒保状態だな。なはは。

みなさん、本当にありがとうございまーす。

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■2011,05,03

GW中ですが、12日出発のバザール・スペシャル号のスタッフの間では、
もっていく酒類やお摘み類等の相談メールが飛び交っています。

みんな、すご!

べりべりさんきゅーです。

「提案です。 ビールを生ビールにしたらどうでしょうか?

川越の酒屋で樽を買うと氷冷式サーバーを1000円で貸してくれるとこがあります。(板橋にも同じサービスをやってる酒屋がありそうです。)

19リッ樽で10880円×2本で中ジョッキ100杯分らしいので、小さなカップで提供すれば200杯はいけるかと。350ミリ缶ビール108本に相当。

ボンベとかは車の足元に転がして行けば搭載スペースもあるかと思います」

「ちちぶやという酒屋で、 練馬区桜台 火曜日定休 という事なので、明日予約しときます。

昨日は空いてると言ってたので多分大丈夫だと思います。

料金は届いた時に払って下さい。 ビール代とサーバーな保証金1万円です。

返却時に返してもらえます。

10リッ樽が@7000円です。 これを4本頼もうかと考えてます。

焼酎は以前撮影したサントリーさんより、鏡月3ケースとアセロラ3ケースを頂けることになりました。 この分ビールにまわしてもう1樽いっときますか?」

「小田君、中浦さんに、おつまみの予算をお知らせください。適当でいいよ。

なかーらさん、よろしくね〜」

「今回は生ビール、ホッピー中心の居酒屋ちゃうことでいいですかねぇ?

あと、日本酒も多少は用意したいし、氷も要りますから

おつまみ、紙皿、コップ(少し高くなりますがプラスチックの少し大きめの物がいいですね。洗って再生も可能ですし、あと酒屋さんからジョッキも借りられるかもなんで確認しときますが、載せられないかな…)は1万5千円くらいでしょうか?

前のメールで他からもおつまみの提供あるとのことだったのですが、どんなもんでしょうか?

ちなみに、つくねは300本お願いしてます。こちらは無料で大丈夫です」

「おはようございます。

合わせて300人以上ですよね〜。 48000円の内、紙食器&つまみ代はどれくらいでしょう?それによりますよね。

買い出しは7日を当てるつもりでいます。御徒町辺りで大袋系を買って、そのまま板橋へ配送しようと思ってます」

いやはや、どーなりますか。

南三陸町の皆さん、まっててくださいね〜。

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■2011,04,30

昨日は『父・幸士を偲ぶ会、at入間市ノンノン』

お集まりいただいた方、ありがとうございました。

いい供養になりました。今後ともよろしくお願いいたします。

 

12日から出かける、バザール・スペシャル号「出張明星」の詳細がだんだん決まってきました。

小田からのメールです。

「先ほど、南三陸の担当者と話しました。 居酒屋炊き出し大歓迎との事でした。
日程は13日金曜日となりまして、 人数は150人を想定して欲しいとのことです。
今日も花見やってるそうです。
夕食が17時からなので、それに合わせて提供します。
あと、子供も高校生以下が30人くらい居るとのことです。

今までもこの避難所(南三陸町 平成の森)では夕食時に缶ビールを一本づつ渡したという事でした。
今日からは全日空の協力でお風呂も入れるようになったそうなので、風呂上がりに一杯とかもいいかもですね。
配り易いビール多めにした方がいいかもとも思ってますがいかがでしょうか。
でも居酒屋、赤ちょうちんを掲げる以上は配るだけじゃなんだすよね、プラス何がしかしないとだす。
お酒飲まない人、子供達用の喜ばれる何かないかなぁ?」

一緒に行く天野からもこんなメールが。

「そうですねぇ、居酒屋、赤ちょうちん ですもんね。
現地で夕食時に配られたビールは 小さい缶でしょうかね?冷えてたのかな?
もし可能なら、当日のビールに関しては 現地のかたに協賛して頂き、
此方は、他の酒類(日本酒、焼酎、ワイン、ウィスキー、炭酸)とオツマミ系を提供することに重点を置く、というのはどうでしょう?
お子様には「ラムネ」とかどうでしょうかね? あと「駄菓子」なんかも。
さて、オツマミ系ですが…
1.生野菜を使うもの→野菜スティック、もろきゅう、キャベツと辛味噌、冷やしトマト他、 2.冷凍品を自然解凍するもの→枝豆、他、
3.瓶詰類→塩辛、らっきょ、オリーブ、ザーサイ、キムチ他
4.燻製品、缶詰、
その他、クラッカーの上にチーズとかのせてオードブルみたいなのつくってもいいかも。
あと、カセットコンロで 温めたり、あぶったりも出来ます。
メニューかんがえよう!」

すご!

なん,かすごいですね。九州の友人からは、高菜キムチの差し入れメールもきました。べりべりさんきゅです。

というわけで、これからは、居酒屋で出せるお摘み(もちろん保存がきくもの)を大量に大募集です。あんまりかさばるのは困りますが、南三陸町の前12日には塩釜でも開店する予定ですので、約250人分が必要となります。

また、義援金も、月曜日に銀行があいたら「明星」と板橋檄地下の「朝子」ママが集めてくれたものを銀行に入れて計算してきますが、たぶん4万円程度だと思います。

250人から300人を対象に考えると、これじゃ酒も足りそうもありません。

ご支援いただける方は、ぜひバザールにお振り込みをお願いします。大切に使わせていただきます。ご一報ください。よろしくどーぞ。

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■2011,04,27

 

「神山様

ヒット商品、原稿読みました。 笑って泣いて、笑って泣いて、笑って泣きました。 最高の最高です! 話したいです! 電話ください!!」

昨日、居酒屋にいたらこんなメールが飛び込んできました。

講談社の編集者・小沢さんからです。

一昨日仕上げて送っておいた『大ヒット商品研究所、ガリガリ君、瞬足、青い鳥文庫』の原稿を読んでくれて、とても喜んでもらえたようです。

さっそく電話したら「泣けました」って。なはは。

うれし〜。

担当の中川さんといろいろと取材したし、3つともそれぞれに作り手の「熱い思い」が籠もった商品でしたから、原稿はすらすら出てきたんですよ。

こちらは7月刊かな。

ガリガリ君は30周年、瞬足は2000万足突破、青い鳥文庫も30周年を去年祝ったばかりです。それぞれに節目の年でもありますから、子どもたちに、ぜひ読んでほしい一冊になりました。

お楽しみに〜。

あ、それと、大学時代の友人須賀からはこんなメールが。
野菜の検査現場を知らないので、僕には判断しかねるのですが、
医師からの警告なので、お知らせしますね。

「お世話になります。

昨日、うちの患者さんの国立T大生に
「まだ食品検査が、かなりあやしい。
若いひとは、千葉の母の母乳から放射性ヨウ素も検出されたし、食品に注意しなさい。 よく何回も洗ったほうれん草を検査し、ほとんど洗っていないほれん草を出荷しているので、 まだ北関東や福島産の食材は食べないほうがよい。
チェルノブイリの時、癌を予防するために、ポーランドでは一年間出荷制限したのだから。」
という話をしたところ、
「先生のいうことは、もっともだが、都内の大学生協が率先して、福島産を被災地支援で 食材として使用している。生協の食堂を使わないわけにいかないので、どんどん食べてしまう。 反対するとへんなひとと見られるので、しょうがない。」
と言われてしまった。
都内のほとんどすべての巨大大学の大学生協の食堂で、大学生の内部被曝が始まりました。
この国はなにか、ずっとおかしい。
初期教育を誤ったことと、被曝した(今も被爆が続いている)食材を風評といっていること。 被曝食材は、少なくとも半年は国が買い上げ、原発が止まって、土壌改良確認するまでは出荷停止にするべきだ。
検査を厳しくすることは可能なのか!
パフォーマンスで40歳過ぎの蓮舫は食べていいけど、蓮舫の子供は食べてはいけないでしょう。 なにもわざわざ大学生を、どんどん被曝させることないのに。
適当に、役立つかたに転送してください。
平成23年4月26日 下高井戸メンタルクリニック 須賀 一郎」

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■2011,04,25

今日あたりから、書店でも『ピアノはともだち』が並ぶはずです。地方だともう少しかかるかな。どうぞよろしくお願いいたします。

僕はその次に出す『大ヒット研究所〜「瞬足」「ガリガリ君」「青い鳥文庫」』の改定稿づくりに入っています。こちらは7月の夏休み前の発刊になりそう。面白い物語が3つ揃いました。こちらもお楽しみにね〜。

知人からメールで『原発がどんなものか知ってほしい』という、元原子力発電所で働いていた技術者の平井範夫さんの手記が廻ってきました。

物凄く冷静に原発の恐ろしさと、原子力発電所の驚くような現実が書いてあって、ちとふるえてしまったのですが、調べてみるともう90年代にネットで一度騒がれた手記のようですね。平井さんジシン97年に亡くなっているし。

真偽のほどを調べてみたいとも思ったのですが、どーでしょうね。

いずれにしても、僕らはあまりに原発に関して無知だったし、ある意味で洗脳もされていたろうし、意識が低すぎたとも思います。今度の地方選挙でも、原発がある町でもぜんぜん論争にならなかったという記事も見ました。

かえって世田谷のほうが関心が高い。
僕ら東京都民の電力は、地方の原発に支えられているという意識がそうさせているのでしょう。保坂さん、これからどう展開していくのか。
見ていきたいと思います。

豊島区では、応援していた区長候補の日野さんが負けてしまいました。でもまだ若いんだから、次を目指して頑張ってほしいと思います。

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■2011,04,19

昨日出発した小田車バザール2号から現地速報が入りました。

詳しくは「ダイリア」を見てください。

現地の子どもたちには文房具や辞書等がとても喜ばれているそうです。

そういう支援物資が可能な方は、5月中旬になったらまたバザールに送っていただけますか。よろしくお願いいたします。

その小田車バザール・スペシャル号を、5月12日〜14日にかけて出そうと思っています。

通常小田車には医師が乗り込んでいるので、あんまり荷物スペースがないのですが、大量に支援物資をいただきましたので、この時は医師なし、ワゴン車を借りて、荷物専用車とします。
もちろん、 僕も現地に行こうと思っています。

この時、「明星」の啓子さんが、店の生命である「赤提灯」を貸してくれることになりました!!
支援金でお酒とお摘みを大量に買い込んで、現地で「出張明星イン東北」をやりたいと思います。

ということで、現地に行ってくれるママさん大募集です。

やっぱこういう役割は奇麗どころでなくちゃね、なはは。

どなたかお願いできませんか。ただし、現地では寝袋、足元 には丈夫な長靴、防寒対策や食料も自前で持っていく必要があります。

もちろんなによりも、明るく楽しくお酒の相手ができる人でなくちゃいけません。

立候補お待ちしております。

ひとつ、よろしく、お願いいたしまーす。

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■2011,04,13

いろいろな方から支援物資を送っていただいています。

ありがとうございます。

小田車バザール第二号は来週月曜日に出発できそうです。

ただし荷物が多すぎて、何を乗せられるかは未定です。とほほ。すんません。

 

今日は誕生日。51歳になりました。

半世紀+1のこうやまをよろしくお願いいたします。

月末に出る新刊の著者名を「こうやまのりお」に変えてみました。

真っ黒い過去とは訣別です。なはは。どーだろ。

 

先日だいありに書いた被災した女子大生とは、えっちゃんですら連絡がとれなくなりました。どういうことかまだわかりません。新手の詐欺でないことを祈るばかり。こんなときにそんなことはないと信じたい。頼むよ、日本人!

昨日はひさしぶりに銀座の「のぞみ」へ。来月45周年をやるそうです。

山崎さんはあの日、夕方家を出て、大量の帰宅難民が出た甲州街道を逆歩して銀座まで歩いてきて営業したそうです。すご。

でもその後はさっぱり人出がなくて、寂しそうでした。

こんなときだからこそ、皆でお祝いしたいですね。

期日が決まったら声かけますので、よろしくどーぞ。

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■2011,04,08

東日本の被災地への支援物資件、今日昼過ぎに小田車バザール第一号が出ることになりました。

すでに小学館のマンガやガリガリ君グッズ、おもちゃなど、いくつかの段ボールが届いています。現金のカンパを持ってきてくださった方もいました。ありがとうございます。

メールもたくさんいただいています。

「お早うございます。「子どもたち用」物資は今、調達中です。もうしばらく時間を下さい」

「服は新品じゃないとだめですか 」

「こんばんは。ご無沙汰しています。お元気ですか。 今回の地震の被害は大変ですね。私の母方の親戚も被災して避難所暮らしをしています。 是非力になりたいです!子供達の為にと言うことですがキレイな物であれば中古で大丈夫ですか?洋服とか靴は割と小さい子用しかないのですが役に立ちますか?私も何か出来ないかと思っていたので何かお役に立ちたいです。 まとめたら神山さんに送ります。 では宜しくお願いします! 」

「昨日ちゅーくらいのダンボールを1箱池袋のご自宅宛てに送りました。中身はカードに書きましたが、子供用下着(未使用、仕訳済み)、おもちゃ、本、衣類などです。小田様にどうぞよろしくお伝えください。子供たちが明るい笑顔で過ごす時間が増えますように」

「神山さん こんにちは日賀です。昨日教えていただいた支援物資の 件ですが、「新品」でなくても大丈夫でしょうか? 中古の絵本や おもちゃなどでも大丈夫ですか? 」

その他の方からもいろいろいただきました。ありがとうございます。
日本人ならば誰もが、何かやりたいけれど何をやっていいのかわからん。
被災地にボランティアで行きたいけれど、行って足手まといになってもいけないし、と、そういう状態なんだと思います。

僕自身もそうですし。

どんなものが必要なのか、どんなものなら喜んでいただけるのか、どのくらいの数が必要なのか、その辺は今日出発する小田君にレポートしてもらいます。

また同じNPOからカメラマンの北村君もボランティアで合流することになったみたいです。彼はカメラも持っていくんでしょうから(現地で撮れるかはわかりませんが)、また報告してもらいましょう。

僕自身は5月の連休あけに、可能なら現地入りをしたいと思っています。

その時は「出張明星イン東北」または「出張音楽・演劇隊」も組みたいと思います。

またいろいろ相談させてください。よろしくお願いいたします。

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■2011,04,06

「うーん、全体的に少しずつ絞ればいい作品になるんじゃないですかぁ」

僕を目の前にしてそう語ったのは、10歳になったばかりの少年でした。

「そうですか、安心しました。ありがとうございます」
なーんて、僕も神妙に答えちゃったりして。

昨日BAZにやってきたのは、講談社青い鳥文庫のジュニア編集者で「おもしろい物語が読みたい」大賞のジュニア編集者でもあった史音君でした。

彼は本当に本好きで、年間250冊以上は読んでいるそうです。

んで、大賞の審査の時も、他の審査員が推す候補作に対して自分が気に入った作品を強烈にプッシュして、約1時間の議論の末、見事その作品を「編集者特別賞」に入れて、今年の作品デビューに繋げたのだそうです。

そのディベード能力に編集長が驚いて、僕に紹介してくれたというわけです。

いやはや、すご。

んで、BAZで僕の作品の設計図を見せたらすげーよろこんでくれて、
「えっ、この作品の中に僕も登場するんですか、すご!」なんて言っていました。

『ピアノはともだち』に続いて、やはりジュニア向けの作品

『あそび、だいすき、夢中を仕事にする人たち』(仮)の執筆が続いています。

ちと葬儀関係で執筆が遅れたので、今日からまた頑張らなくちゃ。

これを持って5月には東北に向かいたいと思います。

あ、その前に、9日には「半世紀+1記念、ツール・ド・箱根」にもチャレンジしてきますね。お天気がちと心配ですが、ま、何とかなるでしょ。

今年こそはリベンヂだ〜。

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■2011,04,03

神戸から戻りました。

三宮駅前では、中央小学校の「天使の歌声合唱団」と布引中学校の吹奏楽部によるチャリティー・コンサートが行われていました。

「神戸から東北へ、しあわせ運べるよるように」との横断幕。

実はこの日の取材は、この歌を作ったU先生へのインタビューでした。

詳しいことはまだ書けないんですが、神戸の震災後二週間目にできたこの歌は、あれから16年たった今では神戸市民にはすっかり馴染んだものになっているし、世界的にも広まっているそうです。

もちろん今回の東北関東の被災者の人たちへも届けられることになると思います。

でも自身もあの時自宅全壊の被害に遭った先生は「まだ歌を届けるには早いです、支援物資が一通り行き渡ってからでないと、歌を送っても意味がありません」ときっぱり。

ほんと、あんな大災害は被災した人でないと、その後の復興のタイミングやリズムはなかなかわかりにくいものなのだと改めて思いました。そして被災した方々の心情を理解するのも、なかなか大変なことです。

僕は書くことしかできないから、この取材からも豊かな心情あふれる物語を生み出すことが精一杯の支援だと思っています。

帰京したらすぐにバザールに籠もって明日の締め切りの準備。

おーい、時間がなさすぎだよ、T君。とほほ。なんとかなりますかな。

頑張りましょう。

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■2011,03,25

「突然で恐縮なんですが----、」

昨日インタビューからもどってから、すぐさまこんなメールを書きました。

なんかあまりに新鮮な出会いで、「とるものもとりあえず」って感じで書いたものです。
主に、これまでであった演劇関係者に出させていただきました。

皆さん、突然のメールに驚いたかな。
でもそれくらい、僕の心がふるえたと理解してください。

メールはこう続きます。

「役者で大切なのは「透明感」とはよくいいますが
人間で大切なのは「初々しさ」なんだと改めて気付かせてくれる役者に会いました。
NHK「坂の上の雲」軍神広瀬役に大抜擢された藤本隆宏さんです。

今日初めてあってインタビューしたんですが、
いや〜 社会人として見てもあんなに初々しい40歳は見たことありません。

水泳でオリンピック二回出ているから、
人生の大半を「浮力」と共に過ごしてきたことで
「立っていることが苦手」だって。

楽屋でも移動の車でも、常に寝ているんだそうです。

しかも、早稲田の水泳部時代、古橋広之進さんに可愛がられ
敗戦直後の状況とアマチュアリズムが染みついていて
男は大根かじって生きてればいいと信じ、
およそ経済感覚もないようです(これは取材だからかもしれませんが)

今度TBSの「JIN」で西郷隆盛をやるそうなんですが、
そのプロデューサー(石丸氏)が元水泳ジュニア日本チャンプで
藤本さんにあうなり「あなたと対等に話ができることが目標でした」と言ったとか。

軸が完全にねじれています。

そのねじれ感覚がいい。
素顔が素敵。185センチの巨体を小さくしながら、蚊の鳴くような声でインタビューに答えてくれます。

今でも湿度大好き、雨に当たるの大好きなのに、
役者を志してからしばらくは水泳を絶ったとか。

一本気なんですね〜。

んで、彼の舞台を見てみたい。
いままではミュージカルがほとんどだったそうなのですが、
蜷川さんの「リチャード」と「バンドラ」は出ているそうです。
アンサンブルですが。
本人も、ぜひお芝居をやりたい、とのこと。
ぜひ一度、彼と会ってやってみてください。

なんて、僕は関係者でもなんでもないんだけど。
でもみたい。舞台でいじられる彼をぜひ見たい。
というみーはーなメールですんません。

本人も「役者には友人が少ないので、ぜひ関係者に会いたい」とのことだったのでメールさせていただきました。

忙しい中すんません。ほかしてください。
機会があったらまた。よろしくどーぞ」

いい出会いがあることを祈ります。

そうそう演劇といえば、大学時代からの盟友青山勝が主催する道学先生が、池袋アウルスポットで27日まで公演しています。この前見て着ましたが、再演なのでベテランたちが安定した演技を見せてくれます。安心して楽しめます。

ぜしに。お誘い合わせの上、お出掛けください。

よろしくどーぞ。

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■2011,03,20

 

 

 

 

昨日、地震のあと一週間ぶりに電車に乗りました。

休日ということもあって車内は空いていたけれど、もちろんかつてのような頻度では走っていなくて、池袋駅で20分も待ちました。

でも震災後も通勤通学で電車を使っていた人は、もっと大変な思いをしているはずです。入間市まで、父親の見舞いも、やっと平常なみに電車が復旧したので行くことができました。

でもこの日はそれだけじゃなくて、小学校時代からの幼なじみみちゃこのお母さんへの最後のご挨拶もしてきました。

独り暮らしをされていたのですが、15日に風呂場で倒れ、16日に近所の方が「雨戸がいつまでも開かない」ということで心配してくれて、それで発見されたのだそうです。

安らかな寝顔でした。

心からお悔やみ申し上げます。

昔遊びに行くと、いろいろよくしてくださったことを思い出します。
二階の部屋で「アリス」なんか聞いたんだよな。

心からご冥福をお祈りいたします。

実家から徒歩でみちゃの家に向かったのですが、記憶の中であるべきはずのところに家がなくて、10数分探しちゃいました。新しい家がどんどん建って、新しい道もできて、すっかりわからなくなっちゃったんですね。とほほだ。でも30年ぶりくらいなんだから仕方ないか。

これからはどんどんこういう訃報が増えますね。仕方のないことだけれど。

今日は昼からバザール。

あまり出かけることもないから、『あそび、夢中、大好きを仕事にする人々』(仮)の執筆も思いの外どんどん進みます。

僕ができる本筋はやっぱり書くことだから、せめて今の時代の主人公をしっかり記録して、時の流れを経ても残り続ける本を書いて、そして次代の若者たちにこの思いをしっかりと託していくことだと思っています。

やるべきことだけをやっていきたいですね。どうでもいいことは、もういらないや。

 

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■2011,03,19

地震から一週間たちましたね。皆さんの状況は如何ですか?

思い立って、茨城県那珂市に住む中学時代の恩師に電話してみました。
去年の秋に学校に講演で呼んでくれて、その時使った水郡線が止まっているという情報を見たからです。

「先生、大丈夫でしたか?」

「うーん、ま、生きてる」

そんな反応でした。なんか思った以上に茨城も凄いみたいです。

学校はずーっと臨時休校。体育館の壁はぼろぼろになってしまって、入学式も外でやるようだろう。家も家具や荷物が散乱していま整理しているところ。何よりもガソリンがなくて、動こうにも動けない。

とのことでした。

幸いなのは近くの東海村原子炉が正常なことと、福島原発からも直線で100キロ以上離れているということで、すぐに被害が及ぶということもなさそうです。
常磐線も水戸まで行っていないから、手助けしようにも行けないし「頑張ってください」というしかありませんでした。

ほんと、無力を感じます。

復旧といえば、『池袋本町文成小学校地域思い出ブログ』の復旧も急ピッチで進んでいます。とはいえ、仕事の執筆もあるからあんまり時間を割くわけにもいかないんだけど、データが残っていたので、文章と写真を順次アップしています。

ブログは一気に3本体制になっていて、本ブログ(現在の活動を更新していくもの)

http://blog.goo.ne.jp/honchobunsei

と、『2006年〜07年バージョン』『2008年〜10年バージョン』があります。

昔の記事を見ていると、ずいぶん頑張っていたなぁとしみじみ。
子どもたちの写真も、今度の6年生が新入生当時のものが出てきてかわい〜。

文字通り、貴重な地域の「思い出」です。大切にしたいと思います。

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■2011,03,15

今朝、マロンの散歩の途中になんとなーくイヤーな予感がする空模様だった。
また地震かなと思っていたら、なんと5年間書き続けてきたPTAブログ(今年の1月から地域ブログに転換していたもの)が消されていた。

唖然!

11日にPTA総会が開かれる予定で、その場で「地域ブログ化」を発表するつもりだったのに。
地震で総会が開けず、次はいつかと思っていたら、14日に今年度副会長と新年度会長の二人が校長室を訪ね、
総会が開けないので常任委員会の決定を総会決定にすると言ったとか。

その報告が一般会員にこないうちに、真っ先にブログを消去したらしい。

さっそく、ブログをたちあげて管理してきた僕らの時代の役員仲間に連絡。
皆怒っていた。

学校に電話して正副校長と話し、教育委員会教育総務部へも電話。
削除の理由の一つに「文成小学校は統廃合になるからいつまでも文成の名前を使うんじゃない」という論理があったが、教育委員会としてそんな指導をしているのかを確認。

当然そんな指導していないとの返答。

文成小は地域の皆さんが約2000万円も寄付して生まれたもの。卒業生にとっても保護者にとっても地域の人にとっても母校は文成だ。

その後警察や法律相談へも。

同時に旧知の通信会社の大幹部に電話して、かつて取材でお世話になった人たちの携帯も教えてもらう。

「大丈夫だと思いますよ〜」だって。
心強い。

警察では、著作権侵害を訊ねたら「引用とか盗用されたら侵害にあたりますが、丸ごと削除は前例がない」とか。とほほだ。
むろん 刑事事件にしたいわけじゃないから、ま、相談だけ。

あとは区役所の法律相談、民事調停の手続きを調べてみよう。

二人に対して抗議書をファックスしたら、しばらくしてから今年の会長さんから「近々役員会を開いて協議します」とのこと。

何か面倒な問題が起きるとあの二人は必ず会長マターにする。またまたこうなっちゃった。卑怯者だな〜小心者だな〜愚か者だな〜。

何で二人が出てこないんだろう。会長も被害者だな〜。

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■2011,03,14

地震から4日目。

大型テレビが見事に壊れてしまって、慌てて取り出した小さなテレビをつけると東北地方の壊滅的な状況が連日飛び込んでくる。
町全体が津波に浚われたり、いまだに避難所に電気がきていなかったり、学校の屋上で数日過ごしたり。
死者は万人を越える状況らしいけれど、まだ救助の手が届いていない被災地がいくつもある。
水難の死体も放置状態のようだ。

しかも原発。第一に続いて第三原子炉も爆発とか。
放射線がどの程度飛散しているのかわからない。

ところが豊島区の現状は、いたって普通。
強いて言えば埼京線は今朝止まっていたけれど、地震の翌朝から東上線は動いている。昨日は娘のバレーボールの卒業生大会で、板橋の体育館で10数チームが集まってちゃんと大会が行われた。
二連勝で優勝。

不思議な現象だ。

家は地震発生時にはマロン一人。
妻がバレエをやっていた池袋から歩いて帰って、文成で娘の無事を確認。
その後家に戻って玄関を開けると、くつ箱は倒れかかりタンスからは物が飛散してテレビは倒れている。
マロンは呼びかけても部屋のすみでぶるぶるふるえて声も上げられない状況だったという。

僕はバザールの大部屋のスチール本棚を両手でおさえながら地震が治まるのを祈っていた。
長い長い3分間程度の地震だった。
ところが玄関を開けて外を見てみると、車も普通に走っているし人も普通に歩いている。この部屋だけ地震にあったのかと錯覚するほど当たり前の日常が展開されていた。
運転している人は気付かないほどの震度だったのだろうか。
そんなことはあり得ないけれど。
そのままPTA総会が予定されていた文成へ。
そしたら全員が校庭に集まって防災頭巾を被ってしゃがみ込んでいる。
保護者が迎えに来ないと児童も帰れないという。
もちろん総会は中止。
娘を連れて帰ってひとまず3人で集会室に避難。
家の全財産を持って出るように妻に言った。
そこで佐々木さんや大勢の住民たちとひとしきり恐怖体験をだべる。
コンビニでパンやおにぎりお寿司を買ってきて食べる。
無性にお腹が空いていた。
佐々木さんの奥さんはガラスを踏んで4針縫った。
犬たちもやっと安心したようだ。

そこでマロンを連れて駅前の見回りに。
明星に行くと赤提灯に電気がついている。
まさかと思って入り口を開けたら、塚ちゃんが目白から歩いてきて飲んでいる。
こさくちゃんもまっちゃんも飲んでいる。

さすがに筋金入りの酒飲みだ。

あとからあおちゃんのメールでは、河内屋でも常連たちが大盛り上がりだったという。
これまた不思議な現象だ。

バザールも、大部屋はかろうじて本棚も曲がった状態で現状維持。
散らかった本屋資料も整理して原稿執筆には何の支障もなくなったのだけれど、6畳の部屋のスチール本棚がぐにゃりと曲がって入り口を塞いでいて入れない。
中は本の海。
その下でネットの配線が切れているようで、PCがネットに繋がらない。
電気のコードも分断されていて、本棚を少し動かしたら火花がちった。
危ない危ない。
あわててコンセントを抜いた。

自転車通勤で執筆する分には全く何の支障もないのだけれど、埼京線は止まり、東海道線も止まったまま。
国土交通省が通勤通学の自粛を呼びかけている。
そんなこと聞いたことがない。

今朝6時30に電話のベルが鳴る。妻が飛び起きて受話器をとると、仙台在住の義母から。
避難所でやっと電気が来て携帯に充電できたという。
無事だ。
義姉さんからもメールがきて、避難所で全員無事とか。
老人施設にいる義父も大丈夫だろう。
何よりだけれど、皆の家が心配。
義母は、もし家が倒壊していたら、入間に来てもらおうか。

父のお見舞いもなかなかいけない。
都内も定期的に停電にするという発表があり、西武線も何時から何時まで動いているか確認しないといけない。本数も少ないし。
今(9時40分)入間に電話したら「かかりにくくなっています」とのこと。
出社できない人たちが一斉に電話をかけているのだろう。
被災地も大変だけれど、都市生活者も一斉に耐久生活を強いられる。

鈴木先生じゃないけれど、永久成長幻想や便利至上主義も崩れていくだろう。
こうして価値観の大転換が始まるのか。
自分に何ができるのか。
被災地に対して何ができるのか。
とりあえず今日はバザールの復旧作業があるけれど。

世界のメディアでは、こんな未曾有の被害のなかでも冷静に対応している日本人を讃える記事が出ているとか。

本当に僕らの底力が試されている。

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■2011,03,08

 

サイパン3泊、中2日のとんぼ返り。
帰路、早朝の空港で寛平さんご夫妻に会ったら「なんや、走りにきただけかいな」と言われてしまいました。
ご本人たちも往復僕と同じ便。

金曜日早朝に到着してその日オリエンテーションやら前夜祭やらに出席。
翌朝4時30からスターターをつとめて6時から10キロ走って
夕方からは「よしもとライブイヴェント」に出演。
その後打ち上げをやって翌朝4時にはホテルを出て空港へ、という
超過密スケジュールだったはずなのですが。

でも充分にサイパンを楽しめました。

聞けば約5年前にJALが撤退してホテルもショッピングセンターも閉鎖。
年間約30万人いた日本人観光客が約10万人にまで激減してしまっているそうです。

近いし時差1時間だし安いし素朴だしいいのにね〜。

来年も行こうかなと思っています。10キロくらいなら走れるという方、一緒にいかがですか?もちろんゴルフもできまっせ。

明日は「佐渡裕×辻井伸行×イギリスBBCオケ」という超豪華コンサートを松本で聴いてきます。久しぶりの松本だ。うれし〜。
テレビ信州の三浦さんがアテンドしてくれるって。
学生時代にお世話になった人にまたまたお世話になれるんだから幸せです。
松本市民タイムスも来るって話です。

さーて、夜はどこで呑もうかな〜。裏町なんてまだ健在なのかな?

誰か付き合ってくださいよ〜。ドクター谷川はどうだろ。メアドがわからなくなってしまいました。助けて〜。

今日はこれからセオリーの「雲崗」を書かなきゃ。その前にベルジュで一走りかな。
いってきまーす。

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■2011,03,02

日曜日夜に中国からもどったばかりなのに、
もう明日からサイパン行きになってしまいました。

ま、マグロ回遊魚体質の僕には悪くないスケジュールですが。

今回は10キロ走ってきます。
5日土曜日、 早朝6時スタートというから、7時ころにはもう走り終わってしまって
そこからはゴルフかな。なはは。

5月には、ベルリンで行われる佐渡裕さんの「ベルリンフィル定期演奏会」にも行けそうです。佐渡さんは小学校の卒業文集に「将来はベルリンフィルを振りたい」と書いたのだそうです。

素晴らしい。10代の夢の実現だ。

でもこの前インタビューしたら、「そりゃ嬉しいけど、実際は二度目に呼ばれるかどうかやな」とやけに冷静でした。「最初」があることは珍しいことではないけれど、「二度目」があるかどうかでプロの真価が問われると。そういうことなのだそうです。

さすがだ。

拙書『ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行』の編集作業は順調なのですが、
その次に控えている『大好き、夢中、遊びを仕事にした人たち』(仮題)の執筆作業がおしちゃっています。いろいろありすぎるんだもんな。とほほ。

ま、明日から行ってきます。メールは見られると思います。

6日の昼にはもどっています。よろしくどーぞ。

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■2011,02,24

今日は19時から、丸の内オアゾ内の丸善書店で山口智子さんのトークショー。

僕も仕切り役で登場です。どんなことになりますか。生憎チケはもうないそうなんですが、お近くの方は顔出してみてください。

明日からは中国。雲崗石窟という世界遺産を見に行きます。

大同市というところなんだけど、気温はマイナスだって。とほほ。せっかく日本が温かくなってきたと思ったら。ま、短い滞在ですが、楽しんでいい取材をしてきたいと思います。

戻ったら10キロをもう一本くらい走って、サイパンマラソンに備えないとね。

そうそう26日の東京マラソンに当たっちゃった幻冬舎の前田君、しっかりね〜。

ということで25から27はメールも連絡がとれません。向こうにPCがあれば見てみますが、中国も田舎だとネット環境はどうなんでしょうね。連絡は一応メールでしてみてください。遅くも27の夜には対応します。

9日は久しぶりに松本に行って、佐渡裕×辻井伸行×イギリスBBCのチャイコフスキーを聴くことになりました。これまた楽しみ〜。この季節だから浅間温泉にでも泊まりましょうか。昔よく通ったバー「赤いピアノ」はまだあるのかな。

真冬の松本は美しいですからね〜。

ということで、明日の出発前に一本書かなきゃ。大変だ〜。

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■2011,02,19

ちょうど今、『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト,辻井伸行の秘密』(講談社)のゲラを
校正していたら、ピンポーンとチャイムが鳴って

「エイベックスさんからです」とCDが届きました。

伸君と佐渡さん×BBCオケの『チャイコフスキー』ですよ。

なんという偶然。書き手冥利につきますね。

3月のコンサートツアーのパンフレットの対談記事を書いたのですが、
伸君にとってこの曲はお母さんのお腹の中にいた時から聴いていた思い出の曲とか。
ま、記憶にはないわけですが、なはは。

僕にとっては、亡くなってしまったつかこうへいさんの『熱海殺人事件』のオープニング曲でもあります。あー、塩見さんのバージョンをもう一度みたいな〜。

ということで、まもなくまもなく、4月13日、僕の誕生日に合わせて出版です。
編集の中川さんが頑張って間に合わせてくれました。

いや〜めでたい。

そしてその頃、去年のリベンジを目指して、箱根を走ることも決まっています。
打倒柏原君、じゃなくて、打倒箱根新道、だな。

今年はやりまっせ〜。

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■2011,02,18

3月5日のサイパンマラソン出場が決まりました。
10キロです。
この前一回走って、1キロ5分ペースでいけそうです。
でも、翌々日には多少の筋肉痛がありました。
これまたとほほだ。翌日じゃないんだもんな。

3日の夜に出て6日の午前戻り。サイパンて近いんだな。

『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』がゲラになってきました。
凄いかっちょいいデザインです。
昨日は編集者とガリガリ君リッチミルクミルクを食べながらほんわかしたミーティング。
いい本になります。楽しみにしていてください。

今回は著者名を「こうやまのりお」とひらいてみました。
どす黒い過去を捨て去って新しいスタートを、なーんて魂胆なんですよ。なはは。
笑止千万なんて思った人、いるでしょ。

自分でもそう思うんだから、ま、仕方ないけれど。

実は年末から父親が入院していて、「老衰ですね」なんて診断されてしまいました。
今年で82歳だから、まだまだとも思うんですが、人の寿命はわかりません。
でもこの前お見舞いして「お父さん、もうじきピアノの本が出ますよ。出たらお父さんが務めた全ての小学校に寄贈してきますからね」と言ったら、もう言葉も出ない状態なのですが、ぽろぽろぽろぽろ涙を流して喜んでくれました。

父は戦後代用教員として小学校に赴任した最後の世代です。
管理職にはならないで、ずーっと小学校の音楽の教師一本でした。
紙の鍵盤で練習してピアノが弾けるようになった人です。その分、本当にピアノが好きなんですよ。

去年の夏ころまでは高齢者施設でもピアノを弾いて人気者でした。
この本ができあがることを楽しみにしていてくれます。
今回は、父に捧げる作品にしたいと思っています。

そんな作品を書くことができて、その意味でも伸行君に感謝だな。

年若い友人が、パリからメールをくれました。「遅すぎることはないという神山さんの言葉を信じて、チャレンジしています」とのこと。

何よりだ。何を求めているのかわからないけれど、日々1ミリずつ前に進めば必ず道は開けるから。立ち止まらないように。挫けないように。遠くアジアの空から祈っています。

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■2011、02、05

正月明けから書いていた『奇跡のピアニスト・辻井伸行』(仮)が
やっと手離れしました。

今回は講談社の児童局が出している「世の中への扉」という少年少女向けシリーズなので、 やっぱり言葉の使い方や表現をやさしくしないといけなかったり、
構成でも考えなきゃいけないことが一杯あって、
刺激的な執筆作業ではありました。

むかーし、「ヴューズ」という雑誌の時代からお世話になっている
編集者の小沢さんと中川さんにいろいろアドバイスをいただいて
すごーくいい作品になっているはずです。

ラストが盛り上がってるんですよね。自分でも意外なほどに。
これは伸行君の力だな。

さわりだけね。

 「審査員もまた、最初のショパンの『エチュード作品10』の演奏から、涙をこぼしながら聴いてくれました。審査員を驚かして感動させようという選曲が、大成功だったのです。
  辻井君が20年間レッスンにレッスンを重ねて磨き込んできた技術。
  いつ子さんとともに養ってきた美しい心の眼。
  真珠の粒々のような美しい音色を奏でる純粋な心。
  それらが辻井君の身体全体からメロディとなって現れて、審査員と聴衆の心を射抜きました。それは「審査する」というコンクールの枠を超えて、まさに音楽の神様がそこに舞い降りた至福の瞬間でした。
  表彰式の最後に誰の名前が呼ばれるのかは、この神様が決めることです。
  すでに聴衆は、その結果を確信していました。
  神様の微笑みは、人々の期待通り、辻井君の頭上に輝いたのです。
  この瞬間、本当の奇跡が起きました。見事に辻井君が奇跡を起こしたのです。
  会場を埋めた聴衆にも、神様の微笑みが見えたはずです。
  人々の心と心、辻井君と聴衆の心が本当に一つになった。
  音楽って素晴らしい。人間て素敵じゃないか。
  誰もがそう思えた、幸せな瞬間でした。」

てな感じです。

上梓できるのは4月かな。まっててくださいね〜。

そうそう、5月には、ラボパーティーの神奈川支部の先生方にお世話になって、
溝ノ口で講演会をすることにもなりました。

テーマは『黄金の10代の記憶』かな。

またまた楽しい出会いになりそうです。

神奈川支部の皆さん、よろしくおねがいしまーす。

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■2011,01,26

最近居酒屋等で飲んでいると、寛平さんのことが話題になっていることが多いですね。
当初は「頼まれもしないで人騒がせな」という論調が多かったようですが、
この前のゴールシーンや奥さんとのエピソード、ガンの闘病エピソード等が浸透してきたのか、「よくやったな」「大変なことやで」といった声が多くなったような気がします。

大阪に着く直前に一度本人にインタビューする機会があったのですが、1時間中ずっと話し続けてギャグは一回もなし。哲学者みたいな風情で、世界と比べた日本のこと、日本人のこと、子どもたちのこと等々を話し続けてくれました。

こりゃいい本になりそうです。いろいろ企画が頭の中で駆けめぐっています。

といいつつ、月末締め切りの辻井伸行君の原稿も佳境です。
昨日で4章が終わり、今日明日でひとまず脱稿になりそうです。

こちらも熱いいい本になりますよ〜。

ご期待ください。

今日は夕方から入間市に出かけて、市役所職員の皆さんにあってきます。
「地域の鉱脈を掘り続ける」というテーマでのミニ講演会。

高校時代の恩師で、バレーボールでの地域活性活動を行っている萩原先生をお連れします。どんな話になりますか。こちらも楽しみです。

『掛けたくなる軸』、ご覧いただけましたか?

デザインも含め、素敵な本に仕上がっています。
ぜひ手にとってみてくださいね〜。

こちらは2月24日、丸の内にある丸善オアゾで山口智子さんと職人さんを招いてトークショーを行います。
入場方法とか、わかったらお知らせしますね。ぜひご来場ください。
着物でいこうかな。なはは。よろしくどーぞ。

 

■2011、01、19

正月初めから、あんまりこのページの更新ができませんでした。

ごめんなさい〜。

今週はアキレスの「瞬足」の取材で足利に行ったり、その日のうちに姫路に向かって寛平さんの取材をしたり、けっこう飛び歩いています。

寛平さんのアースマラソン、見てますか?

いや〜現地は想像以上の大騒ぎです。

昨日は50キロ走り終えたあとで寛平さんのインタビュー。
とてもいい言葉をたくさんいただきました。
でもじゃんねんながら、僕の前ではギャグ一個もなし。とほほ。観客じゃないからかな。

明後日にはまた大阪に向かって取材が続きます。

すんません、もうでなくちゃ。

また書きますね〜。

 

■2011,01,01

新年あけましておめでとうございます。

皆さん、どんな新春をお迎えですか。
今年もよろしくお願いいたします。

僕は実家から車でBAZに戻って、いただいた賀状の整理等をしています。

年末、考えていたのは「死にざま」という言葉でした。
いやいや、別に僕が自決を考えているとか死が迫っているとか、そんな恐ろしいことではないんですが。

むかーし、元気だったころのマルセ太郎さんがしきりと言っていたんです。
「最近は生きざまなんて言葉を使う奴がいるけれど、そんな言葉はないんだ。死にざまという言葉だけだったんだ」と。

その時は、ま、そんなものかな、でも生きざまって言葉があっても不思議じゃないじゃんなんて思っていたのですが、ここのところ身近に死と対峙する人を見るようになって、人間にとって「死」はやはり大きくて、なまじの精神力ではとても太刀打ちできないものなんだなと実感しています。

つまり、元気なうちにどんなに立派に振る舞っていても、いざ、いまわの際になったときの 「有り様」で本当の「生」が見切られてしまうというか。

だから昔から人は「死にざま」で決まると言われていたんでしょうね。

新しい年にちと相応しくないことかもしれませんが、でも「死」から「生」を考えるというのも大切な視点ですよね。新しき年だからこそ。

今年もよろしくお願いいたします。

頑張って、踏ん張って、いい年にしましょう。

 

■2010,12,26

今年も大詰めですね〜。如何お過ごしですか。

17日に板橋本町のことを書きましたが、今日書きたいのは

「凄いぞ板橋本町!」ってこと。

今朝自転車でこの街にやってきたら、歩道がものすごーく綺麗なんです。
本当にチリ一つ落ちていない感じ。

やった〜掃除の影響かと思ったら、いやいや、やっぱりこの歩道を掃除してくれている人がいたんです。大和町の交差点の方に、塵取りと箒をもってもくもくと掃除してくれている人がいました。声をかけたら「ええ、このへんに住んでいる者です」だって。
すごいな〜。

いつもありがとうございます。
街って、やっぱり一人一人の働きかけで変わっていくものなんですよね。
しみじみと実感しました。

さて、今年もあと少し
僕はこれから新しい作品に取りかかって、1月一杯までに一本、
2月末までにもう一本、その後3月にもう一本と
連続で締め切りが続きます。

その分、緊張感を切らさないで年末と正月が迎えられそうです。

クリマスイブには、数年ぶりでとある友人と会いました。
僕の方から野暮用を思い出して約束して少し呑んだんですが、
何年ぶりにあっても持ち味が変わらないしぶーい人で、
とても温かいものを感じました。

お互い昔のように若くはないけれど、あちこちくたびれてはいるけれど、
譲れないものは譲れない。ここだけは諦めるわけにはいかない。
そんなものをどこかに隠し持っている感じなのかな。
いい酒になりました。どうもありがとう。

ということで。もしかするとこのページはこれで今年最後かも。

皆さん、よいお年をね〜。

新年がいい年になるように、がんばりましょうね〜。

 

■2010,12,17

どうした板橋本町!!

ってここで書いてもしょうがないかもしんないんだけど、今朝地下鉄の階段をあがったらなんかひっかかるものがあったんです。

汚ね〜!!

何故か知らないけれど、いつもより歩道に落ちているタバコの吸殻やコンビニのレシートやら紙袋やらが多いみたい。

そう思って事務所のビルまでのわずかな道すがら、それとなく歩道ををみていたらほんと、汚過ぎ。

ここは前には病院があって、そんときはそんなことなかったんだけど、今建て替え中で工事用の壁になっています。だから人はそこの前なら何でも捨てていいと思ってるのかな。わからないけれど。

あんまり頭に来たので、思わずマンションの箒と隣のコンビニの塵取りを借りて、歩道を掃除しちゃいましたよ。何往復もして。

そしたら面白いですね。最初は吸殻なんて汚いから箒ですくってたんだけど、いざ完了となってもう一度見直したら、拾い残しがあったんですね。その一点曇りが許せなくて、思わず手で拾っちゃいました。

なんか鍵山相談役みたいだな。なはは。

歩道が汚い街なんて嫌ですよね。住む人の知性が疑われるね。なんていいながら、普段は掃除してくれている方のお世話になっているんですが。

ま、綺麗にしておけば、捨てる人もいなくなるかな。

どうでしょ。明日も楽しみに見てみたいと思います。

師走ですね〜。

渋谷に出る方、南口の隠れ小料理屋「旬作」にぜひ行ってください。

ここは板橋の愛する明星の二号店。

美味しいですよ〜。よろしくね〜。 3780−1681

 

■2010,12,07

嬉しいメールが2つ。(と、嬉しいシリーズが続きますな)

「お疲れさまです。 深夜に神山さんのブログ拝見したら160000番でした! 思わず写メ撮ってしまいました。 16万ってすごい数字ですよね〜。 12月は更新されていませんが、またどこかに滞在中でしょうか? インフルエンザ等流行っています。 (私は先日ノロウィルスにかかり、エライ目に合いました) お体ご自愛ください!」

ママさんライター富田君からです。

だいありに写真を載せておきました。べりべりさんきゅでした。

ま、だからなに?って感じだと思いますが、本人としてはは相当に嬉しい。

本当に皆さん、いつも読んでいただいてありがとうございます。

そしても一つ。

「お元気ですか?ぼくは今ロンドンにいます。スイスでのコンサートは大成功しました。
×××がなかなかよくかけてるとお褒めのことばをいただきました。さすが。
ほんとうにべりべりさんきゅでした」

と、これは今ロンドンにいる伸君からです。(内容はちと謎ですが、なはは)

いよいよマンチェスターで 佐渡さんと「チャイコフスキー1番」の録音ですね。

がんばれ〜。

そしてそして、ぼくも執筆頑張らなくちゃ。

クリスマスまであと2週間ちょっとだもんな〜。

皆さんもいい師走をお過ごしくださいね〜。

 

■2010,11,26

嬉しいニュースが二つ。

一つは原宿にあるレストランIが今年のミシュランで一つ星を獲得したそうです。

おめでと〜。サービスの井上翔輝君からお知らせをいただきました。

ここはご存じ、ニースの情熱のシェフ・松嶋啓介君がやっている店です。

都心とは思えない静かな佇まい、江戸野菜を中心としたテロワールを意識した料理。中にはカラオケもできる個室なんてーのもあって、楽しい店でもあります。

啓ちゃんはニースと東京を往復しながら頑張っています。

まだまだ目指す理想は高いと思いますが、ひとまずスタッフの皆さん、おめでとう。

これからもいい料理、いいワイン、いいサービスをお願いします。

もう一つ、今は恵比寿のロブションにいる宮崎辰君が

サービスの大会で日本一に輝いたそうです。これまた凄い。おめでと〜。

彼とは恵比寿のビストロ森で知り合いました。いけめんですよ。森君とは対照的に。なはは。

ますますの精進をね〜

 

そしてそして、金森穣君を書いたアエラは29日発売です。こちらもよろしくどーぞ。

僕は今日、茨城県那珂市の那珂2中の皆に会ってきます。

ミニ講演会、テーマは『黄金の10代の夢を職業にする幸せ』

さてさてどんな出会いとなりますか。楽しみだな〜。

 

■2010,11,21

緊急業務連絡です。

 

「こんにちは。 アスコム「辻井いつ子の子育て広場」 事務局の斎藤です。

本日、辻井伸行さん、いつ子さん出演の テレビ番組が放送されますので、 再度、ご案内させていただきます。

■日米ツアーに密着取材。初公開の映像です!

2010年11月21日(日)夜9時54分〜放送 「ソロモン流」(テレビ東京系) http://www.tv-tokyo.co.jp/solomon/  

*地域により放送日時が異なります。

また、放送されない地域があります」

 

だそーです。僕と伸くんの自転車姿がすこーし映るとか。
テキサス州コーパス・クリスティでのシーンです。

お時間ある方、よろしくどーぞ。

 

■2010,11,18

とても嬉しいことがありました。

つい先日、懐かしい友人の名前で大きな封筒が送られてきたんです。
何かと思って封を切ってみると、この欄で書いた拙書『ライオンの夢』が紹介されている読売新聞の日曜版が入っていました。
「もう入手できただろうけれど、一応送ります」と短いメッセージが添えられていました。

つまり彼はこのホームページを見て、わざわざ家にあったものを送ってくれたのです。
僕は一瞬にして、あいつと一緒にギターを弾きながら夜通し歌った大学時代にタイムスリップしてしまいました。

もう30年も前のことなのだけれど、その風景は少しも色あせていません。

ギターが好きで、バレーボールもやって、陽気なんだけど時折寂しげな影を見せるやつでした。
僕らはもう一人の仲間と3人でギター・バンド「のようなもの」をつくったり、オリジナル曲を歌ったりもしました。
以前軽井沢のステーキレストランで働いていた時にはそこにも遊びに行ったし、茅野に住んでいた時は温泉にも入ったな。

教育学部出身なのに日本の教育界が嫌で、自然が大好き、動物が大好き、そして何よりも子どもが大好きで、今は子どもたちを集めて乗馬やキャンプをやる団体で働いているはずです。

僕にとっては13年前に書いた本がいまでも生きていて、そのことを一緒に喜んでくれる30年来の友人がいる。
もう何年も会っていないけれど、かわらない心で僕らはどこかで繋がっている。

そのことがわかって、一瞬にして温かい気持ちになれました。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

書いていくことは生きていくことだから、これからも精進しようと思います。

感謝を込めて------

 

■2010,11,13

一昨日11日は博多へ。
伸君から「博多のコンサートは絶対に来てくださいね〜。
ニューヨークからキャプテンも帰国してこの日きてくれますよ〜」
とメールが入ったのでした。

キャプテンとは、ニューヨーク在住、メディアコーディネーターをしている福山さんのこと。
何故キャプテンかというと、通訳から車の運転からお店の選択まで、彼女がいないと僕らはなーんにもできないからなのでした。なはは。

んで、キャプテンが、高校友人で中国語の通訳をやっている吉田さんを連れてきて、
エイベックスの中島さんやテレビ・クルーの堀内さんたちも含めて大盛り上がり大会。

美味しい水炊きをたくさん食べたのに、それでもまだ二軒目でサバの刺身やレバーの刺身を食べちゃうんだから、すご。博多は美味しいね〜。

皆さん、ありがとうございました。

何よりも伸君、素敵な演奏をありがとう。

アンコールの3曲目、会場から「ありがと〜」の声がかかっていましたね。
あれが本当の聴衆の気持ちです。見事に一体になれましたね。

さてさて、明日は念願の道志攻めができるかな?
雨はなさそうなので、ちと50キロの登りにチャレンジしてきます。

完走できたらまたここで報告しますね〜。

 

■2010,11,09

なんだか、昨日の読売新聞日曜版(首都圏版かな)に、

拙書『ライオンの夢』が紹介されているようなのですが、

みられた方いますか?

もしまだお手許にあったらファックスいただけたら嬉しいです。

tel03-5248-0811fax5248-0810

よろしくどーぞ。

業務連絡でした、なは。

 

■2010,11,07

11月に入っても、相変わらず東奔西走の毎日が続いています。

一昨日5日は夕方から新潟へ。
アエラで書いている金森穣さん率いるNoismの公演『Nameless Hands』を観てきました。

この作品は08年に初演され、僕は世田谷パブリックでみているんだけど、再演になったら前にも増してヒリヒリするくらいの鋭い作品となっていました。

パンフレットの中で穣さんは「僕の処女作は18歳の時の人形をテーマにしたもの。この作品は原点回帰の作品」と書かれていました。

それをみてハッ!と気付いたんですよ。アエラの拙文に欠けていた表現が。
つまり「舞台で生贄になること」「表現に殉じること」。
18歳の穣さんは自らを人形に置き換えることで、その覚悟を示したんですね。

いや、あの時は否応なくその境遇にされてしまった自分のことを表現したのかもしれないけれど。

いづれにしても、特にラストシーンなどは身を切られるような思いで観ていました。すご!

そして昨日は六本木サントリーホール。辻井伸行君のリサイタル。

ショパン、リスト、シューマン、そして後半はムソルグスキーの『展覧会の絵』
ショパンはノクターンからのスタート。この曲はアメリカツアー中はアンコールで演奏されて、舞台上のコンサートマスターでさえも涙にむせんだという凛々しい曲です。
それを一曲目にもってくるんだから、伸君、自信にあふれてますね〜。

4日のキタラ公演のあとでは、道新の地田さんにお寿司をご馳走になったとか。
「北の応援団長」多田さんも喜んだことでしょう。

そうそう、きのうはデンカもおみえでしたね。なんでも今度アンサンブルをしたいとか。
どんな演奏になるのでしょうか。

そして今日はこれから大磯へ。
お茶の佐々木先生の喜寿のお祝いです。

久しぶりの茶会です。粗相がないようにしないとね。
ま、僕はおちゃけとおちゃらかし担当だから、気楽なもんなんですが なはは。

 

■2010,10,30

今日は寒い一日ですね〜。

天気さえよかったら、青田先輩と自転車で道志峠を攻めようかと計画していたんですが、じゃんねんながら延期となりました。
京王線の橋本駅から約50キロ、河口湖に向けて延々登りが続くしんどい山道です。

春先にも計画したのですが、その時も仕事が入って頓挫。
なかなかシビアな峠道ですね。

11月になったら、再チャレンジしようと思います。

そうそう、まだアメリカツアーで頑張っている伸君からメールが届きました。

「今初めて神山さんのブログみましたよ。ポキポキに行ったときのようすやコーパスクリスティーに行ったときのようすが書いてありましたね。
ポキポキといえば今日クライバーンのオフィスで打ち合わせがあってポキポキで競演したマエストロが来年の秋に呼んでくれるみたいです。
あと来年の秋には神山さんがホームステイをしたネブラスカでコンサートあるらしいです」

だって。こりゃじぇひネブラスカにもいかなきゃね。

来年、どんなことになるかわかりませんが、伸君の世界ツアーに帯同できるチャンスがあった場合に備えて、 昨日から極秘英会話レッスンもはじまりました。

なんて、ここで書いたら極秘じゃないな。とほほ。ま、シコシコとやっていこうと思います。

アエラ「金森穣君」があと少しで脱稿です。磨きをかけないとね。

早く秋晴れが戻らないかな〜。

 

■2010,10,24,

昨日は茨城県.ひたちなか市へ。

バレーボール男子天皇杯関東予選を見てきました。

ここには川越市で活動を始めたNPO法人アザレアのチームが出場しています。
じゃんねんながら筑波ユナイテッドに惜敗してしまいましたが、このNPO法人はバレーボールで地域活性をしていこうという組織。チームとしてもチャレンジリーグ(Vリーグの下)出場を目指しています。

新しい取り組みですから、どこまで遠くにいけるかわかりませんが、高校時代の恩師萩原先生(日本バレーボール協会理事)が先頭に立っていらっしゃるので、僕も微力ながらお手伝いしたいと思っています。

午後は那珂市に住む、これまた中学時代の恩師秦先生に会って、11月の講演会の打ち合わせ。

「黄金の10代の夢を職業にする幸せ」というテーマで、最近取材している辻井伸行君のこととか話してきたいと思っています。

中学2年生が約70名程度集まってくれるそう。楽しみですね。

さーて、明日はすかっと晴れないかな〜。

 

■2010,10,18

帰国後ちょうど一週間が過ぎました。

この間、たまっていた仕事がいろいろあって、新潟とんぼ返りとか伊東とんぼ返りとか、歯が痛くなって歯医者通いとか、酔っぱらってあやうく手に入れたばかりのiPhone4を 失くしてしまいそうになったとか-----あ、この話題がまだだったっすね。

ついについに、長年愛用してきたザウルスが修理不能になってしまって、もうとっくに製造も終わっているということで、新機種に買い換えのために電器店に行ったんです。

そしたらシャープの後継機は、まず無線ラン対応なんだけど、どうも室外では受送信できないらしい、あまりに反応が遅い、そもそもお店の人が賞品知識0で、「この機種は全く人気ありませんから、やっぱりスマートフォンのほうがいいですよ」と言う始末。

とほほほほほほほほほほほなんですが、んじゃということで、これまでかたくなに否定してきた携帯機種、iPhone4に乗り換えることにしました。
実はテキサスに取材にやってきたテレ東のクルーの一人がこれを持っていて、少し触らせてもらったりしていたんです。
手にした当初2、3日間こそマジ切れしそうになるほど操作に困りましたが、なれるとすごいですね〜。なにこれ? って感じ。

というわけで、今週からは「神山+スマートフォン、iPhone4」野郎とお呼びください。なはは。

つまり先週は「iPhone記念日」だったわけですね。

とはいえ、電話番号は僕も覚えたくないので(頑固一徹!)、ご用件はメールでお願いします。
ま、肌身離さず持っていますから、ご不便をかけることもないと思います。
よろしくお願いいたします。

さぁアエラの金森君の構成を始めないと。
頑張りますね〜。

 

■2010,10,13,

一昨日テキサスから戻りましたぁ。
いや〜、久しぶりのアメリカ本土二週間の旅。
しかも、ニューヨーク州のポキプシーだとかテキサス州のコーパス・クリスティだとか、
これまで聞いたことのないような田舎町を訪ねてきました。
辻井伸君とでなかったらありえない旅ですね。

そしたらね。
ニューヨークの空港でトランジットしている間にアメリカ人夫婦が伸りんに気付いて「写真撮ってもいいですか?」なんて言ってきたり、
飛び込んだお寿司屋さんの日本人のおばちゃんが「あれ? この人護国寺に住んでるんじゃない?」なんていきなり言い出して、「有名なピアニストでしょ、なんでこの町にいるの?」なんて聞いてくるんですよ。
つまりこのおばちゃんは、伸りんがこの町でコンサートするという情報を知らなくて、それでも彼の存在を知っていて声をかけてきたということ。
すげーなーと改めて思いました。

でね。
初めてのオケを相手にショパンとチャイコフスキーの40分からの大曲を弾くわけですが、堂々とオーケストラを引っ張って、そりゃ立派なもんです。
オケのみの演奏にはかからない「ぶらぼー」がかかって、アンコールも演奏して、物凄い反響でした。

僕はそんなシーンを見ながら、ふと思ったんですよ。

こうなると、伸りんの旅は、日本人の文化と誇りと魂の伝承なんだなーって。
だってアメリカ人もそうなんだけど、それ以上に移民した日系人や結婚してこちらに住んでいる人たちの嬉しそうなこと。
アメリカの田舎町では日本人なんてほんとマイノリティなんだけど、皆嬉々として通訳をしたりお寿司を握ったり、 彼の演奏環境のために動いてくれました。
ほんと、ありがとうございます。

それとね。コーパス・クリスティでは当初日本から来ていたTXのテレビクルーの取材をオケの一人が拒んでいて、撮影できないか、というくらーい感じだったんです。
いくら交渉しても埒があかなくて。
でも本番前日リハをやって初めて伸りんと合わせたら、その夜になって「やっぱり心変わりした、撮影を許す」と言ってきたんですよ。その人が。

いや〜、凄いぞ伸りん。

そんな小さな奇跡も次々と起こしながら、旅は続いていきます。
あと約3週間かな。
食べすぎないように、太らないように、なはは、でも一杯食べてスタミナつけて、乗り切ってほしいと思います。

皆さん、日本からも応援してくださいね〜。

僕にメールいただけたら転送しますからね〜。

 

■2010,09,27

昨日は新潟。

コンテンポラリーダンスの金森穣君とノイズムの皆さんの取材をしてきました。

彼らの舞台観たことありますか?
肉体の可能性をこんなにもあからさまに見せてくれるグループもありません。
同時に金森君は、若くしてりゅうとぴあという劇場の芸術監督になったんです。
その孤独と苦悩がテーマになりました。

あ、それから、癒しとしての女性の存在かな?なはは。

11月頃に発売になるアエラに載るはずです。
ファンの皆さん、ちとお待ちくださいね〜。

そしてそして、明日からは辻井伸行君に帯同して、
アメリカツアーです。

今回はニューヨーク州ポキプシーという街でコンチェルト
テキサス州コーパス・クリスティとう街でもコンチェルト、
二つのコンサートを見てきます。

帰国は11日の予定。ちと長期間BAZを不在にしますが、
何かありましたらメールで下さい。たぶんホテルでみられるはずです。

あるいは5950−4847にファックスいただいてもいいです。

帰国したらもう秋本番ですね。年末に向けて、何本か書ききらないといけません。

豊穣なる秋になりますように。
よろしくお願いしまーす。

 

■2010,09,22

20日に札幌ネタを書いたら、友人知人から札幌関連のメールが舞い込んできました。

一つは、抒情文芸発行人の川瀬さんから。
彼女は札幌出身なので、この町を愛してやまない感じがよーく伝わってきす。

「神山様

ブログ拝見。札幌はいいですね。 主に鳥の唐揚げをザンギといいますが、 なかには「蛸ザンギ」「イカザンギ」などもあります。

             札幌出身の川瀬より」

いや〜、川瀬さん、ありがとうございました。+忘れちゃってすんません。美味しくいただいたのに。とほほ。

もう一人は今年の春にツール・ド・箱根、夏には甲斐駒ヶ岳登山につきあってくれた信州大学の先輩・青田さん。彼は今、連休を利用して北海道を走り回っているんです。

連続してご紹介しますね。

21日12時11分
「19日は地田君とニセコに車で行き、羊蹄山の麓の道を自転車でぐるりと回ってきました。信号が少なくてストレスなし。夜、美味しいラム肉のジンギスカンを食べさせてもらい精を付け、翌日は滝川まで電車で行き、そこから自転車で富良野、美瑛、旭川と135キロを走りました。美瑛から旭川の道は10キロ近く直線で、追い風の中、39キロで突っ走って最高でした」

21日13時33分
「旭岳ロープウェイで登ったんですが濃霧で何も見えず、雨で気温も8度。最悪。ロープウェイ往復2800円、勿体なかった」

22日9時22分
「今日は晴天、よかった。最高気温21度とのこと。東京はまだ暑いらしいね。 今日のコースは、旭川から遠軽まで電車の予定が、叔父さんが車でおくってくれることになり、遠軽からオホーツク海まで走り、サロマ湖を少し走り、宿泊地の紋別へ約100キロのコース」

いや〜最高でしょうね。
僕も思わず大学1年の夏、一カ月を過ごした別海の町を思い出しちゃいましたよ。 牛飼いのアルバイトだったんですが、10数キロ真っ直ぐなんて道はざらなんですよね。夕焼けも大きく沈むしね〜。

でもそういう道で、道警の警察官は道端でムシロをかぶってスピード違反をつかまえてるんですよね。なはは。ほんと。大変だ。

走りたいな〜。青田さん、気をつけてね〜。

 

■2010,09,20

先週末札幌から戻りました。

東京もぐっと涼しくなりましたが、札幌は湿度も低くてからっとしていて、やっぱいいですね〜。たまたま北海道食の祭典みたいな催しを大通り公園でやっていて、美味しいウニ飯、牛肉、イカのから揚げ(なんか別の言い方があるんすよね北海道には、忘れた、とほほ)等々をいただきました。

そしてそして、夜はススキノの外れにある「居酒屋拓郎」へ。(南4西1、011-221-6277)

ここはすげーっす。BGMはずーっと拓郎さん。店のマスターも「王様たちのハイキング」時代の拓郎さんみたいな髪形でギター抱えて拓郎しか歌わないし、飾られているのも拓郎グッズのみ。もちろん客も拓郎ファンか、その人が連れてきた友人知人ばかりで、あちこちから「あの時の拓郎は」なんて会話が聞こえてきます。

それもどーよと思ったりもしますが、ま、全国でここしかない店だし、行けばいくで何かしら感じるものもあるので、札幌に行くとふらりと寄ってしまうわけです。

今回は、ウルフルズがつくった「僕の人生は今は何章目だろう」とか、2006年の嬬恋コンサートでの中島みゆきとの2ショット「永遠の嘘をついてくれ」とか、結構レアものを見せて聞かせてもらいました。

マスター、ありがとうございました。

拓郎さん、久しくお会いしていませんが、お元気でしょうか。
コンサート・ツアーはもうやらないと言われていましたが、日々折々の感情を言葉とメロディに紡いで、歌づくりは続けていてほしいものです。
何よりも、 生きることが歌うことの人なのですから。

僕もまた、拓郎さんに教えていただいたように、生きることは書くことですとちと背伸びして呟きながら生きていきたいと思っています。

 

■2010,09,13

日曜日から、千葉の館山に行ってきました。

来年くらいに書き出せるはずの「美食」取材の一環です。
この町には、前に西麻布で「G」という高級フレンチを経営していた
Y夫妻が住んでいます。
そのお二人を、かつての常連客で、ものすごーいグルメにしてグルマンのT夫妻が訪ねるというので、僕も同行させてもらったという次第。

この稀代のセレブ・グルメ二組が向かったのが、Y夫妻の御用達、

館山のイタリアン『ベッカフィーコ』です。
(0470-24-2820)

僕は二度目なのですが、ここは素晴らしい。
オリーブオイルと塩の当たりが抜群。
勇気凛々、つー感じですね。
もちろん、魚類は館山近くの船形という漁港からの直送で、小アジ、タコ、サンマ、なんたら等々、絶品です。
さらに、房総ポークもよかったな。
それらに自家栽培であろうバジル等の香草類が美しくハーモニーを奏でています。

にしても、ボリュームもすげー。一皿1400円から2000円というかなり強気な値段がついているので、最初は館山にしちゃ高いジャンと思っていたのですが、
全て二人前なのです。
それをこの二組のご夫妻は一人3皿づつ食べちゃうんだから。これまたすげー。

でもそれは、食べるに値する料理だからということなのですよ。

若いシェフ夫妻がやっているシンプルな店だけど、素晴らしい。
前に書いた「カプリチョーザ」の本多シェフの「洗面器パスタ」を思い出しました。

イタリアンはこの勢いでなくちゃね。

往復共にベルジュで南暴走(じゃない)房総の海岸線をひとっ走り。約90キロ。
館山は急に身近な町になってきました。

冬にでも一緒にでかけませんか。素晴らしいイタリアンと出会いに。
(あ、Y夫妻によると、イタリアンだけじゃなくて、最近つぶれたパチンコ屋にできた四川も凄いらしいです。夜になるとまだ「パーラー」のネオンサインを煌々とつけているとか。景気づけだそうです、なはは)

館山はあなどれませんね〜。

 

■2010,09,09

今朝は雨模様。やっと猛暑が治まって、秋近しと思わせてくれましたね。

今はまた日差しが戻って31度とかいっているけれど、ま、35度超から比べればなんてことないっすよね。ずいぶん日本人も鍛えられましたね。なはは。

それにしても、今年の夏はこの猛暑の中、いろいろアクティブに動いてきました。

まずは7月25日、ベルジュを駆って逗子の海へ。83キロ走ってきました。
文字通りこの日が夏のスタートだったな。

ついで29日からはイタリア・トスカナへ。ここは涼しかったな〜。郊外のビラのプールで、のぶりんと思いっきし泳いぎました。
コルトナの町中の帽子屋さんでは、念願のボルサリーノも買えたし。いい旅でした。

この時の模様は、20日過ぎに出る婦人公論にルポとして載っています。

帰国して8日からは仲間たちと甲斐駒へ。
無念の雨にたたられましたが、3000メートル級の世界をそれなりに楽しんできました。

そして14、15日は主催したシスナブ2デイズ。
辻井いつ子さん×中野雄先生の対談、武蔵野音楽大オーボエチームの演奏、自閉症アーティスト小柳拓人君の演奏、
15日は井上ひさし先生追悼公演・二人芝居『父と暮せば』
天野君、鳴嶋さんの大活躍でした。
引き算の美学、リーディング作品の神髄をみせてくれました。

二日間で述べ120人余りの皆さんと、真夏の楽しいひとときを過ごしました。皆さんべりべりさんきゅでした。

「辻井×中野」対談の模様は、10月発売の婦人公論に掲載予定です。お楽しみに〜。

20日からは読書会OYOの会の皆さんと台湾へ。
これは連れて行っていただいたという感じの旅行合宿だったのですが、
司馬遼太郎さんの『台湾紀行』にも登場する老台北こと祭コンサンさんにもお会いすることができて、有意義な旅でした。
台湾の愛日精神に初めて直に触れてびっくり。
ゆがんだ、というか、日本からはなかなか見えにくいアジア史はまだまだいろいろな所に強烈に残っているのですね〜。

帰国後は28、29日と富士山へ。
すっかり恒例となった米子山荘の皆さんとの年に一度の山行きでした。
中学時代の恩師・荒井先生とも再会できたし。
富士山はあんまり登りたいとは思っていませんでしたが、標高4000メートルの絶景はやっぱ素晴らしい。
この前高松に行く飛行機の窓から見下ろしても、見える光景にあんまり差はなかったですからね。
楽しい山行でした。

んでもって、9月になって3日から4日間、瀬戸内へ。
ダイアリにも書いたので、写真も含めてそちらを見てください。

今週末は美食取材で館山へ。またまたベルジュで行ってきます。

そして来週16日からは札幌へ。この辺からは秋真っ盛りという感じになりますかね。

だらだら汗をかいて、ペットボトル何十本分もの水分を取って(何百本かな? ホッピーもあるしね、なはは)
お蔭で体重はちと減り気味。いいぞいいぞ。この調子でスリム・コウヤマでいきたいものです。

おっと遊んでいるだけじゃなくて、しっかりと原稿も書いてますからね〜。
編集者の皆さん、そこんとこ、よろしくお願いしますね〜。

 

■2010,08,31

ひょえ〜

まだ富士山登山の筋肉痛も癒えていないのに、
すげ〜取材日程が届きました。

楽しみにしていた瀬戸内国際芸術祭の取材です。

にしても、こりゃ船酔い必死ですね。
呑んじゃったらなおいかんな。とほほ。

●取材日程

羽田発8:00〜高松着9:20〜【高松市内見学】〜
高松港11:10発〜女 木島11:30着【女木島見学】〜
女木島12:20発〜男木島12:40着 【男木島見学】〜
男木島13:55発〜直島14:13着【直島見学】〜
直島 19:25発〜高松19:50着 ※高松泊
◎4日 9:40〜約1時間 工代事務局長インタビュー
11:10高松発〜11:50男木島着【男木島関係者取材】
(水上タクシー)〜16:30大島着【小室等・田島征三イベント取材】
18:15大島発〜18:35高松着(乗り換え)
18:45高松発〜19:45小豆島着【小豆島関係者取材】※小豆島泊
◎5日 12:45小豆島発〜13:30直島着【直島シンポジウム取材】
17:00直島発〜18:00高松着【こえびパーティほか関係者取材】※高松泊
◎6日 9:07高松発〜9:57豊島着【豊島関係者取材】
17:20豊島発〜17:55高松着
19:10高松空港発〜20:25羽田着

これまたプロデュースは北川フラムさんですよ。
また会えるかな。楽しみ楽しみ。

9月とはいえ今年の夏はすさまじいですから、またまた日焼けしそうですね。

瀬戸内の皆さん、お目にかかれるのを楽しみにしています。

よろしくね〜。

 

■2010,08,27

アエラ現代の肖像「WHOインフルエンザ・パンデミック・オフィサー進藤奈邦子さん」の拙稿が脱稿しました。

30日発売のアエラに載ります。ぜしみてやってください。母娘二代の夢の開花。逆風の中にも喜びを見いだす力。自分の可能性を信じてひたひたと歩み続けること。

そんなことがテーマになりました。

ジュネーブ取材の頃はアイスランドの火山噴火で大騒動だったことが懐かしく思い出されます。フランスでは、タクシー運ちゃんとも大喧嘩をしたんでしたよね。なはは。

さて、明日は富士山登山。高山病に備えて、初めて酸素ボンベも買いました。

寒いだろうから、ジャージも新調。さてさてどんな光景が見えますか。米子から山荘のメンバーもやってきます。恩師・荒井先生も参加してくださるそうです。再会が楽しみです。

昨日は千駄ヶ谷の日本バレーボール協会に行って、これまた高校時代の恩師・萩原監督にあってきました。監督は今、バレーボール協会理事の重責にあって、国内強化を担当しています。

「川越で、バレーボールで地域起こしをするような運動を展開したい」とのこと。

恩師が、母校の地で、愛するバレーボール活動を展開するというのですから、これは一肌脱がせていただかなければ。どんなことができるかわかりませんが、いろいろ考えたいと思います。

今日一本辻井君の文章を書いたら、明日は標高3000メートル超の世界へ。今夏最後のチャレンジに行ってきますね。写真を楽しみにね〜。

 

■2010,08,25

盟友からメールをもらいました。

「皆様へ

昨晩は、遅くまでノリノリの飲み会お疲れ様でした。 また、小職への暖かいお言葉の数々、誠にありがとうございます。 結果を出せるよう一所懸命頑張りますので、またいずれ浅草ナイトでお付き合い下 さい。 もちろん、ご希望があれば、裏空港ツアー込みの成田ナイトをご用意させていただ きます。 ではでは、これに懲りずに、今後ともお付き合い下さいますよう・・・とりいそ ぎ、御礼まで」

昨日は台湾からの帰国直後というのに浅草へ。

成田空港会社で用地部部長に昇進した友人のお祝いの会を開きました。

用地部とは、農民から農地を買い上げて空港を造る課のこと。開港30年を経て、いまさら用地買い上げもないだろうと思われる方がほとんどだと思いますが、まだ成田空港は建設途上なのですよ。4000メートル滑走路は一本しかないし、本来なら横風滑走路も造らないといけないし。今の状態を続けていたら、永遠に片肺飛行なのです。

彼は新卒時から用地部にいたのですが、この仕事に思い入れ深く、今回の異動・栄転をことの他喜んでいます。

「これが総務部の部長なんかだったらなーんも嬉しくないけれど、用地部だから泣けるんだ」と言いながら。

その心意気が素敵じゃないですか。

今も滑走路のど真ん中で農業を続ける人、ラッキョウ工場を経営する人、要所要所で一坪地主となっている人、滑走路脇にペンションだった建物を残している人等々、いろいろな人の思いと思想、人生が詰まっている地です。一筋縄ではいかない仕事です。

だからこそ。頑張って、でも無理しないで。功を焦らずに、一歩一歩ひたひたと。

そんなことしか言えないけれど、頑張ってほしいと思います。

にしても、今朝はへろへろ。飲みすぎましたん。とほほ。

 

■2010,08,19

久しぶりにベルジュを駆って荒川沿いを走ってきました。

でも、だーれもいないの。とほほ。ゴルフ場も練習場もグラウンドも、ぽつぽつと人影があるだけで、いつもはあんなにユニフォームや自転車、ゴルフ姿の人々で溢れ返っている荒川沿いが、真夏の静寂に包まれていました。

ま〜こんなに暑いんだからしょうがないか。
僕とベルジュの影だけがくっきりと夏草に焼きついて。照り返しはさすがにきつかったけれど、快適に風を独り占めしながら22キロ走ってきました。

明日からは台湾合宿。台北、台南を回ってきます。

それにしても8月も後半戦ですね。
やるべき仕事がたんまりと残っているな〜。
帰国したら頑張らないと。

最後の週には富士登山も待っています。
気分はもう来年夏の北岳に向かっているんだけど、懐かしの米子山荘の皆さんにも会えるし、富士山も、ま、一生に一回くらいはね。

僕の人生はいまは何合目くらいだろ〜と歌いながら登ってきましょう。

ということで、明日から23日夜までメールは不通となりそうです。
何かあったら事務所の留守電tel03-5248-0811fax5248-0810にお願いします。

よろしくどーぞ。

 

■2010,08,16

昨日はシスナブイヴェント2日目。

井上ひさし追悼公演『父と暮せば』

いや〜よかったな〜。去年も同じ公演をやったのですが、
今年は父親役の天野君に娘役の鳴嶋さんが加わって
一層父娘の葛藤が深く味わえる作品になっていました。

お客さんはみーんな涙ぐんでいたな〜。

最愛の娘に対して「俺を捨てて早く逃げろ」なんて父親に言わせてしまうような戦争を
二度と繰り返してはいけません。今日も世界中のどこかでそんな悲劇は繰り返されているわけで、僕らはそのことに対する想像力を麻痺させてはいけませんね。

といいつつ、昨日の午前中はアエラ「進藤奈邦子」も一応完成稿ができました。
まだ編集の手を経ないといけませんが、これも8月の終わりにはみていただけるかなと。

今年の夏はいろいろイヴェント山盛りてんこ盛りで遊びの間に仕事しているみたいな感じですが、ま、思い切りやりきって、いい仕事につなげたいと思います。

『辻井いつ子×中野雄対談』は、10月発行の婦人公論に掲載予定です。

これも決まりましたらご報告しますね。

8月も折返点にきているのにまだまだ暑いですね〜。

皆さん、ご自愛くださいませ〜。

 

■2010,08,14

さあ〜今からシスナブに戻って真夏の2デイズ・イヴェント初日ですよ〜。

今日はクラシック・ディ。

辻井いつ子さん×中野雄先生の対談。

武蔵野音大オーボエトリオの演奏。

そしてサプライズでもう一人、素敵なアーティストも来てくれることになりました。

この日の対談内容は9月発売の中央公論に掲載されることも決定!

会の途中ではワインやソフトドリンクなんかもだしちゃいます。

予約だけで70名程度いただいていますので、どれだけの方にきていただけますか。シスナブ始まって以来の大盛況になるかもしれませんね。

今からでも間に合います。都営三田線新板橋、JR埼京線板橋下車、歩5〜8分
シスナブ池袋本町集会室(豊島区池袋本町4-47-12)にて3時からです。

ご興味ある方、お集まり下さいませ〜。

明日は4時から『父と暮せば』の上演です。

こちらもどしどしどーぞー

 

■2010,08,06

トスカナから戻りました。

いや〜いいとこだった。涼しくて、気持ちいい風が吹いていて、
たとえていえば信州の安曇野に石造りの街があるみたいなところでした。

ダイアリでみてやってください。写真も一杯紹介しますよ〜。

戻ってすぐに昨日は伊豆高原へ。
ここでは今年も雀鬼会の夏合宿が行われているんです。

2日に出た週刊現代の記事について、桜井会長にちと怒られちゃったことがあり
そのお詫びとご挨拶を兼ねてベルジュを輪行して行ってきました。

海沿いを走るのは初めてでしたが、これまた気持ちい〜。

皆が集まっていた大川海岸では、僕もシュノーケリング。
競泳パンツにゴーグルというかっこうで「変態!」と呼ばれてしまいましたが、
ま、いつものこととしてお許しいただいて
束の間伊豆の海を楽しみました。魚は突けなかったけれど。

桜井会長にはアエラ取材以来足かけ4年ほどお世話になりました。

その間『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』という本も上梓させていただいて
とても感謝しています。

ここからはあまり書かせていただく機会もなくなっちゃうと思うのですが、
また新しいフィールドの取材を展開していい作品ができたら、ぜひ見ていただこうと思っています。

桜井さん、いつまでもお元気で。雀鬼会の若者と一緒に、王国の生きざまを僕らにみせ続けてください。

さぁ8日からは甲斐駒だぁ。暑いだろうなぁ。暑さ対策が問題ですね。

なんとか山頂にたどり着いたら、また写真で紹介しますね〜。

そうそう、ここでもお知らせした14日15日の2デイズイヴェント

お蔭様で予約をとっている14日の辻井さんの対談件は
シスナブだけで25名以上の予約をいただいています。
その他ポスターを貼ってもらっている明星で約10名、河内屋でも数名、
そして僕のメールにも10数名いただいています。

こりゃ賑やかなイヴェントになりそうです。楽しみですね。

皆さんもいい夏を〜。

 

■2010,07,28

いや〜この前走ってきましたよ。
板橋-逗子約80キロ。もちろんベルジュで。

朝7時30に明星仲間のコイケちゃんと走り始めて
皇居−品川−蒲田−川崎−横浜、山下公園で一休みして

根岸−金沢八景−田浦
ここから内陸部に進んで逗子、そして森戸海岸へ。

もちろん暑かったけれど、ベルジュ君は快調快調

森戸海岸では愛するデニーズのテラスでビール、枝豆

そして海に飛び込んで目指せ裕次郎灯台。
海の家で再び焼きイカにビール。

いや〜真夏の海も堪能してきました。
帰路はもちろん輪行であっというまに池袋ですよ。

なんだよ、ちかいじゃん、森戸海岸!

お蔭で上半身真っ黒っす。

なーんていいながら、明日からはトスカナに行ってきます。

のぶりんの同行取材です。どんな旅になりますか。

9月中旬発売の中央公論で見ていただけることになっています。

不在の間、8月2日には週刊現代に「雀鬼」登場です。
ちょうど4日が会長の誕生日なので、帰国したら伊豆にお持ちしようと思っています。

こちらもお楽しみに〜。

 

■2010,07,24

新宿の思い出横町ってよく行かれますか?

よく居酒屋をテーマにした雑誌や本では紹介されていますが、僕はあんまり好きじゃなくて、暖簾を潜ったことは数度しかなかったんです。
第一あんなにごちゃごちゃしていたら、どの店に入ったらいいか、それこそ清水の舞台から〜って心境になっちゃうじゃないですか。
ま、ご縁がないならないでいいよねという存在だったのです。

ところが過日、ちと夕方早くから時間ができちゃって、ちょっとビールでもという気分の時に新宿の街に着いちゃったわけです。その時間じゃ二丁目も三丁目もやってないし、消極的選択でこの横町へ。

案の定最初のそぞろ歩きではどの店も決定的なインパクトに欠けていて、じゃ帰るかなと思った時に、横町の角っ子にこの店の看板が見えました。

「小料理、まゆきち」

あの界隈で「小料理」は珍しい。しかもしっかりとガラス戸がしまっていて、中はこぎれいなカウンターになっています。
「今日はママの娘さんが店にでているのかな」なんて思いながら、カウンター内の若い女性に「生ビールお願いします」なんて注文をしました。あとは「沖縄のもずく酢」と「ネギたっぷりの厚揚げ」かな。

いやいや、そこから始まった新しい居酒屋物語。

ちとこの調子で書き出すと長くなるので、以下は「きままな・つーびー・こんてぃにゅ」ということで。

なはは、思わせぶりですが、夏に小粋なプレゼントをいただいた気持ちです。

 

■2010,07,16

いよいよ梅雨明けでしょうか。
気持ちのいい青空が広がってますね。
じめじめよりはいいけれど、猛暑もちょっとね〜。
海に行きたい〜真鶴行きたい〜待ってろよ富士食堂。なはは。

昨日は「幻のレストラン」の取材だったんですが、すげー美食夫妻に出会いました。

女子校時代から銀座マキシム、レカン、クレッセント、帝国ホテル、ホテル・オークラ等で食べ歩き、パリ留学時代はマキシム、トゥール・ダルジャン、タイユバン等でも顔を知られたという奥様です。

そのお父様が凄い。味噌、醤油、蕎麦、畑の野菜、椎茸等全て手作りで、鰻まで自分でとってきて裁いて焼いたというんです。そういう父親によって幼少期から舌を鍛えられたから、どんなレストランに行っても味の批評は微動だにしないとか。

ご主人も相当な健啖家ですが、奥様と出会ってからまた一層美食に目覚めたと仰っていました。

銀座マキシムを舞台に、オーナー、シェフ、サービス、ソムリエ等々の取材を進めてきましたが、このご夫妻に出会ったことで、これまでの取材が一つに繋がった気がします。朧げにですが作品の輪郭が見えてきたと言ってもいいかな。

あとはテーマを絞ってぎゅっと作品を追い込んでいくこと。
ここからが勝負ですね。

今月は月末にイタリア・トスカーナに行ってのぶりんの取材をしてくることになりました。

HPで見るとすげー田舎。ヨーロッパの田舎はいいっすよね〜。楽しみだな。

おっと、そのまえに締め切り締め切り。がんばります〜。

 

■2010,07,03

今年も夏山のシーズンがやってきました。

なーんて偉そうに言ってますが、まだ本格的に登り始めて(連れてってもらいはじめて)4年目なんすが。

1年目は北アルプスの燕岳(帰路、膝がぬけて立てなくなってしまいました、とほほ)
2年目は高山から入って笠が岳〜水晶岳、縦走2泊3日
去年は東北の雄、鳥海山

そして今年は、初めて自分でパーティーを組んで甲斐駒に挑戦しようと思います。

日程がやっと決まりました。8月1日2日、日月ですが、ご希望の方、まだ間に合いますので、ご一緒にいかがですか。ご一報ください。

甲府からバスで北沢峠へ。ここが標高2000メートル。そこから約3000メートルの山頂を目指します。

去年、同じ峠から反対側の仙丈ヶ岳に登ったんですが、雄大に聳える甲斐駒に終始見下ろされているみたいに感じて、次の機会には絶対に! と思っていたんです。

8月末には、山の大先輩米子山荘のみなさんに連れられて富士山にもと思っています。

ま、縁起物ですから、いちどはね。

というわけで、今年も登ります。ベルジュ効果があるといいのですが。

まってろよ! 甲斐駒ちゃん。なはは。

 

■2010,06,27

昨日は、初めて目黒区のサレジオ教会へ。

ここ数年BAZAARのスタッフとしていろいろ手伝ってくれていたHちゃんの結婚式。
荘厳なカトリック教会に初めて入りました。

ま、最近の結婚式だからあれこれあれこれ演出や余興はあるんだけど、最後の花嫁挨拶が素晴らしかったな。
父親が事業に失敗して一家で苦労したこと。自分たち子供と父親は血が繋がっているけれど、そうではない母親が一番苦労していたこと。それでも「私が選んだ人だから」といって、愚痴一つ零さない母親を見ながら生きてきたこと。

「結婚は運命でも御縁でもなく、まごうことなき自分の意志と選択の結果と銘じながら生きていきたいと思います」という趣旨の言葉で締めくくられました。

素晴らしいノンフィクション作品でした。これまで彼女が書いた中では最高傑作。
一生に一度のものだからこその輝きがありました。

サーファーの旦那の軽さがちと心配だけれど。なはは。

どうか、幸せな家庭を築いてください。

今日は小雨模様をついてベルジュで約15キロ。

早くカラリと晴れないかな〜。

 

■2010,06,25

今朝は、5時半に起きる犬の散歩を前倒しして、4時30に目が覚めました。
そんなに意識していたわけじゃないんだけど、どこかでサッカーを観たがっていたのかな。後半から生中継で見ることができました。

印象的だったのは、やはり本田の言動ですね。
「しっかり準備して臨みたいと思います」

この言葉を何度聞いたことか。
雀鬼会の桜井会長がいつも言う「間に合う」「準備、実行、後始末」という言葉に通じるものがあります。

しっかりと準備すれば、おのずとしかるべきパフォーマンスにつながる。

普遍の真理ですね。

日本代表チームには、次の決勝トーナメントもしっかりと準備して戦ってほしいものです。

今日は午後からその会長のインタビュー。もう足かけ4年にわたって何度も何度もインタビューさせてもらっていますが、その都度新しい感動があります。

今日はどんな言葉が生まれてくるか。楽しみですね〜。

 

■2010,06,19

今日も梅雨の晴れ間を利用して、荒川沿いを約22キロ走ってきました。
あ、ベルジュでです。
赤羽カントリーでプレーしている人が羨ましかったな〜。なはは。

今週は、地域創造で取材した大道芸のプロデューサー橋本さんの原稿のまとめ。
いや〜奥が深いっす。大道芸。
ちと突っ込んで取材してみたくなりました。

明日は辻井君の演奏を聴きに金沢へ。
アシュケナージですよ。どんなことになりますか。

帰って月曜日は埼玉地裁で某裁判の傍聴です。

これまたついこの前までは盟友だった二人の男の法廷対決。

せつないですが、どんなことになりますか。見逃せませんね〜。

 

■2010,06,14

いよいよ今日から梅雨入りですね〜。
言葉は矛盾するようだけど、こんなにクッキリと梅雨入りを実感したのは珍しいんじゃないかな。いつも、気づいたら梅雨入りみたいな感じだったからね。

約一カ月、好きなベルジュもゴルフも登山もお預け状態かもしれないけれど、
ま、仕方ない。この国に生まれた季節感の一つですからね。
せいぜい室内で仕事に励みましょう。

昨日は新宿紀伊国屋書店で伝説の雀鬼・桜井章一会長の講演会。
いや〜すごかった。開場前から長蛇の列で、門が開いた瞬間から公演開始まで約30分、5人の売り子さんの手が休まる間もなく大量の本が売れていきました。

一緒に見ていた編集者も「漫画家でもこんなに飛ぶように売れるのは珍しい」とのこと。
6社13冊の本の山がみるみる小さくなっていくのでした。

とはいえ、講演の方は、会長は最初から気乗りしなかったみたいで、ステージに二人のお孫さんを連れて登場。約1時間、桜井家のリビングにいるような雰囲気で、和気あいあいの会となりました。

そして終わってからまたまた約1時間30、述べ200人のサインを済ませてやっと解放されたのですから、会長もさぞお疲れだったでしょう。

ありがとうございました。

 

■2010,06,10

先週末に新しいパソコンが来て、中身を引っ越し作業してもらったのですが、
やっぱりあれこれ不具合が出て、四苦八苦しています。

今日はペンダコの中谷君がbazにやってきて、設定をし直してくれました。
思えばこのHPを立ち上げたのは04年ですから、もう6年になります。
ずいぶん書いてきましたね〜。

使っているソフトも、もう会社自体がなくなったりしているから、なかなか大変です。

恐竜化に立ち向かえるか「熱血」!

かなりシビアな戦いです。 トホホ

6月に入ってからも刺激的な取材が続いています。

1、2日は館山へ。インタビューのついでにベルジュをもっていって、さくっと60キロ走ってきました。すばらしかったな館山の海。「だいあり」で見てやってください。

そして4、5日は母方の親族会で西吾野へ。これまたあまりに快晴だったので、ベルジュで約70キロ走ってきました。

なんだか走りっぱなしだな〜なはは。お許しを〜

 

■2010,05,31

先週はまたまた超ごーじゃすな日々を送ってきました。なはは。

まずは京都・天橋立へ。これはエイベックスの松浦社長が写真を撮りたいということで、ついていったわけですが、ちょうどこの地にこの前ロアンヌのトロワグロで出会った山崎さんが素敵な宿をもっているというので、そこにお世話になることに。まったくの偶然だったんです。

そしたらそしたら、山崎さんが「天橋立に来る前に京都でお食事でも」って言うじゃないっすか。なんでも祇園にフレンチをもっているとか。
そこが素晴らしい。
「ル・サルモン・ドール」075−531−3606

前に京都オークラにいた上島シェフが、京野菜をふんだんに使った絶品料理を出してくれました。そこに山崎さんの秘蔵のワインが重なるんだから、お〜とれとれぼん!
しかも何故か隣には祇園のお姉さんまでいらしていて、なにやら昼間っから宴会の雰囲気。
同行してくれた誉田屋の源兵衛さんも目を白黒させてましたぜ。なはは。

んでもって午後に天橋立へ。

ここで山崎さんは「千歳」という7部屋しかない宿を経営されています(0772−22−1313)。運河の袂の回転橋の前。絶好のロケーションです。
ここの3部屋続きの部屋に案内されて、ひとりぼっちで寂しい夜を過ごしてしまいました。なーんて嘘で、寝る前にスタッフと美味しいブルゴーニュをいただいて、翌朝までワインの香りが消えませんでしたよ。たはは。

翌日は昼頃松浦さんたちが到着して、日本で唯一残った藤布の里・上世屋へ。
十二戸24人の小さな集落で、保存会の井ノ本さんがいろいろと解説をしてくれました。

いい写真も撮れたはずです。楽しみだな〜。

そして帰京してすぐに鈴木孝夫研究会第二回。神保町に五、六〇人集まって、活気あふれる集会になりました。

ちょうど今日、拙文が載ったアエラも出ます。
研究会でも代表作『ことばと文化』についてあれこれ発表があったのですが、拙文では、「親族名詞としての鈴木孝夫」という視点も面白く読み取っていただけると思います。

先生いろいろありがとうございました〜。

 

■2010,05,25

元文藝春秋のジャーナリスト、勝谷誠彦さんが毎日配信しているメルマガで
拙書を紹介してくれたそうです。有料メルマガなので、一般には見られないそうですが。

拙書部分だけ載せますね。許してね勝谷さん。

「 もう一冊。『忌野清志郎が聴こえる 愛し合ってるかい』。  http://www.amazon.co.jp/dp/4776206102

清志郎さんを巡ってはその謦咳に接した人々によるさまざまな文章が発表され てきた。生前も亡くなったあとも。しかし、それらは多くは同じ業界の人々によ るものであって、外から客観的に取材を重ねたものはなかなかなかった。
 神山典士さんは私がもっとも注目するノンフィクションの書き手の一人だが (さきほどの門田さんもである)実に丁寧で見事な取材で忌野清志郎という存在 をあらためて掘り起こした。その手つきはたとえば政治家や作家といった偉人の 伝記にも通じるものであって、敢えて言うならば「カリスマの熱」に酔うことを 自ら律しての筆致である。そしてそれは見事に成功している。『この命、義に捧 ぐ』同様、本書も圧倒的なラストシーンだ。やはり随所で泣ける。私は泣いてば かりいる」

いやはや、べりさんきゅです。

もう一冊は門田隆将さんの『この命、義に捧ぐ』でした。

こちらも力作のようですね。読んでみようっと。

 

■2010,05,23

昨日は、信州大学障害者問題研究会OB登山部の仲間と、武蔵五日市から都民の森に入って、そこから三頭山へ。

10時前に登山道に張りついて、約1時間半で標高約1500メートルの頂上まで。

いや〜気持ちよかったな。今年初登山でした。つっても、かるーい山ですが。
富士山もうっすらと雄姿を見せてくれました。
今年は夏に八ヶ岳か甲斐駒あたりに行きたいと思っています。
希望者がいたらぜしご一緒に。
もちろん、帰路の温泉酒蕎麦付きですぜ。むふふ。

たった今、中学時代の恩師である秦先生から電話がありました。
「子どもたちに話をしてやってくれないかな」だって。
いや〜、嬉しいな。14歳中学2年生が待っていてくれるそうです。
11月の話しですが。

「黄金の10代の記憶を職業にする幸せ」というテーマで話して来ようと思います。

茨城県那珂市那珂第二中学の皆さん、楽しみにしています。よろしくね〜。

そうそう、今日の午前中は豊島区まちづくり活動バンク後悔じゃない公開審査会に出席してきました。住んでいる豊島区池袋本町のマンション「シスナブ」で、ここ数年落語やジャズコンサート、あるいは演劇なんて企画をやっています。そういう市民活動に区が助成をしてくれるというので、コンペに出てきたのです。

そしたらそしたら、やりましたよ。満額の10万円ゲット。なはは。

もちろんこのお金は夏に企画している一人芝居『父と暮らせば』や、
クリスマス・クラシック・コンサート、それから武蔵野音大の子たちと企画中の街中マンスリー・コンサート等に使っていきます。

楽しいことになりそうだな。その際にはまた告知しますので、
ぜひ遊びに来てくださいね〜。

 

■2010,05,13

今日、流れたみたいですよ。ボクの声が。FMラジオで。

長野県の後輩からこんなメールをいただきました。

「わあ 神山さんのトーク始まってもDJの人の声だと思うくらいだったよ 落ち着いていてすごく格好良かったよ ありがとう」

嬉しいっすね。声だけならいけてるんです。なはは。

さてさて、疾風怒濤の春を過ごしてきましたが、

気がつくとこのHP15万ビューに達しそうですね。

ここ数日ヒット数がうなぎ登りなので、数日中に達成かもしれません。

運良く(悪く?)15万のキリ番を踏まれた方、メール下さい。
何かプレゼントを考えますね。

よろしくどーぞー。

 

■2010,05,11

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』が

アマゾン・ランキングを駆け上がっているようです。

今日の段階で97位!!100位以内ってけっこう大変なことなんだそうです。

頑張れ〜って、なんか運動会の応援席ノリですね。なはは。

こうなってくると、もうひと声、めざせ50位、

次はベストテンだ〜って気になりますね。

まだお求めになっていない皆さん、ぜしに、ぜしに、よろしくお願いいたします。って、これも選挙ノリで嫌だな〜とほほ。

今朝は銀座マキシム・ド・パリの創立者夫人、マダムMさんに電話するんで、超緊張しちゃいましたん。いやはや、こちらの取材も結構佳境になってきています。

これは来年皆さんに見てもらえたらいいな〜と思っている美食シリーズ完結編なんす。

どこまで取材が伸びますか。楽しみですね〜。

そうそう楽しみはもう一つ。

地方在住のみなさ〜ん、13日にボクの声がJFM系列のFMラジオ局から流れるそうです。

例えば長野はFM長野、13時55分〜14時、たった5分か〜たはは。

青森、岩手、秋田、山形、群馬、栃木、福井、宮崎、鹿児島って感じ。見事に首都圏を外してますね〜。なはは。

まんまんがいち耳にされた方がいたら、ぜし「聴こえたよ〜」なんて教えてください。

何かプレゼントを用意しますね〜。

 

■2010,05,10

 

今朝の朝日新聞文化面、みていただけましたか。

いや〜自分でもびっくり。
あんなふうに紹介いただけて、拙書も幸せな本となりました。
一人でも多くの方に、忌野清志郎という才能の生まれた秘密を繙いていただきたいと思います。

8日の清志郎ナイツ、あんまり盛り上がりすぎて、
終電でも帰らない人が続出。とほほ。もう若くないんだから、そんなに飲んじゃったら
翌日使い物になりゃーせんぜ。
ボクは他の友人が6時に明星に行きたいと言い出したので、そこからつきあって延々8時間ほど飲んでました。

もうへとへとになった2時前に「早退」したんですが、翌朝起きてみたら体重が2キロ減ってました。んなに一生懸命呑まなくてもいいのにね〜。

つーことで、次回15日の清志郎ナイツは、イン明星じゃなくて、イン・シスナブ。
我が家があるマンションの集会室にします。
参加希望の方、まだ余裕はありますから、メールくださいね〜。
20時からです。いまんとこ女の子中心みたい。

よろしくどーぞ。

 

■2010,05,05

行ってきました、自転車で。高尾まで。

板橋から約53キロかな。甲州街道はもう秋〜じゃなく初夏ですね。今日は。

清志郎さんは新緑の中の素敵な霊園に眠っていました。

詳細はだいありで見てやってください。

そしてそして、この連休にスタッフに頼んで事務所を掃除していたら、
なんとなんと27年前の 幽霊みたいなものが出てきてしまったんです。
27年前の、ボクらの「春」を描いた作品です。

『春を呼ぶ風景’83』

大学3年の冬から早春にかけて取材して書いた、ボクの最初のルポルタージュ171枚です。
いや〜懐かしいというよりも、こっぱずかしいという方が先ですね。

にしても、少し読んだら懐かしい名前が一杯出てきます。
青山、谷川、投元、粕川、小田、曽根原、山科、河合、樋口、野口、等々。
信州大学劇団山脈の後輩たちです。

う〜ん、どうしようかな。この作品。手書きだから、データ入力しないといけないけど、
誰に頼むにしても恥ずかしいな〜。なはは。こんな気持ちになったのは初めてだな〜。

ま、そのうち気持ちの整理ができたら、eライブでもいいし、この「熱血」に連載してもいいっすね。

ご興味のある方、楽しみにしていてくださいね〜。なんて、そんな奇特な人はそうそういないっすね。山脈の皆はどうしてるかな〜。夏の天野の公演の時にでもみてもらいましょうかね〜。

 

■2010,05,01

 

清志郎さんのお墓がわかりました。
東京の3つ☆山の麓の霊園だそうです。
ご挨拶に行ってこようと思います。
5日6時、板橋を自転車で出発します。
どなたかご一緒いただける方、いませぬか〜。むふふ。
一緒に歌いながら走りましょうよ。
行ってきますね〜

いよいよ。風薫る5月ですね。

本当に気持ちのいい連休になりました。
黄昏時のビールが美味いんだな〜。そら豆とかでね。なはは。

今日は6時開場で「渋谷・屋根裏同窓会イン新橋ZZ」
取材でお世話になった由美さんや幸子さんたちが集まります。
70年代末期のブレイク前のRCのファンたちが集まるイヴェントです。

いや〜濃そうだな〜。

ボクなんて、素人みたいなもんだから、苛められないようにしないとね。たはは。
でも途中トークショーみたいなもので登場するそうです。取材の裏話とか喋るかな。

いろいろな音源も聴けそうです〜。

清志郎ナイトは8日と15日にも板橋のどこかの大衆居酒屋であるみたい。愛してやまない店ですね〜。22時からとか。こちらはどんなことになるのでしょうか。

さぁ5月。他の原稿も頑張って書かないとね〜。
月末には、エイベックスの松浦社長たちと、天橋立付近での撮影大会もありそう。
彼に会うのもすげー久しぶりだな。小室さんの全盛時以来かな。

これまた楽しみです〜。

 

■2010,04,30

27日は代官山のお洒落なイタリアンへ。カリビアーノっていったかな?
普段は板橋の串カツと明星で満足しているコウヤマですが、
この日はアエラ編集部と山口智子さんの打ち合わせだったので、
美味しいパスタと野菜中心のイタリアンをいただいてきました。

アエラで1年間連載していた山口智子さんの『掛けたくなる軸』
全51回+京都職人特集と金沢職人特集が無事終わりました。

ぱちぱちぱち。

んでもって、この日の打ち合わせはこの企画の単行本化の相談でした。

「表紙装丁や本文デザインは外国人デザイナーに頼みませんか」
「いっそのこと世界的に公募制にして、デザイン料は印税で支払うという画期的なものにしましょうよ」
「出版時期に写真展もやって、そこに職人さんもお呼びしてトークショーやりましょうか」
「写真を和紙にプリントして本物の掛け軸としても使えるようにしましょう」

等々、いろいろでてきましたよ。画期的なアイディアが。
素晴らしい本になりそうです。

出版は秋の終わり頃かな。楽しみにしていてくださいね〜。

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』の方は
今日あたりから書店に並び始めたようです。
しぶーい表紙が目印です。ぜし手にとっていただけたら。

地方の方はいましばらくお待ちください。

http://100-elibrary.comで1章と終章が読めますので、
ひとまずこちらでお楽しみ下さい。
よろしくどーぞ〜

 

■2010,04,27

昨日、友人知人の皆さんに「熱血eライブラリー宣言〜船出の日に」ヴァージョンを送らせていただきました。
その文章はだいありに張り付けておきますね。
見てやってください。

その返信メールを何通もいただきました。べりべりさんきゅです。
いくつかご紹介させてくださいまし。

色んな事やってますね、、、 ジャーナリズムも新しい時代を迎えたようですね、、、紙は紙、デジタルはデジタルなんて言っていたら時代から乗り遅れるでしょうね、、、 アナログをどうデジタルに伝えるか?そんな時代になるでしょうね、、、 また個人情報発信力が重宝されると思います。 広告のついている雑誌、広告のついているテレビラジオ、、、広告主の喜ぶ為の記事、視聴率の上がる為の内容、、、そんなでたらめな事をやっていたマスメディアは衰退して行くでしょうね!! ま、真実が残るんでしょうが、、、

ご無沙汰しています。 ご案内ありがとうございました。 日経電子版も話題になりましたが、神山さんのeライブラリーも話題とならんことをお祈りしてます。 早く、クラシック、美食・グルメほか記事が掲載され、ライブラリーが満載となるのを待っています。 久しぶりに「熱血ライター」も拝見しました。 益々ご活躍の神山に刺激を受けて、わたしも楽しい春となるよう過ごしたいと思う次第でした。

こんにちは〜☆彡 無事にお帰りで何よりです。でもあまり噴火の影響なかったなんて、ほんとラッキ ーですね〜。 私の友人はロンドンからフェリーで島流しになり南仏まで行ったとか。 日ごろの行いと心がけってコトなのかしら。 熱血eライブラリーの開設、おめでとうございます。さっそく会員登録しました♪ 何とも太っ腹な企画でびっくりですが、神山さんと知り合う以前に雑誌に掲載され た文章が読めるのは嬉しいです。 これから楽しみに少しずつ拝読いたします。

かっこいいぞー!神山さん。 今年の北海道は、なかなか春にならなくて大変です。 去年11月から手がけ始めた「あけぼのアート&コミュニティセンター」で「まちなか畑計画」というのをぼちぼち、無計画にやり始めようとしてるのですが、農家さんたちが「今年は、まだ、種まくな」と。もう、耕しちゃったから、あんまりおくとまた土が固まるという。 また、お会いできるの楽しみにしております

皆さんべりべりさんきゅです。

なんといってもこのライブラリーは、皆さんに育てていただかなければなりませぬ。
一人よがってもなーにもなりませんからね。

どーぞ、よろしくおねがいいたしまーす。

 

■2010,04,23

いや〜、昨日の朝、やっとの思いでぼるけーのと国鉄のストライキ騒動真っ只中のフランスから戻りました。
とはいっても、ボクはラッキーなほうで、噴火の前日にヨーロッパに入り、
ちょうど空港が再開した日に戻ってきたということになります。鉄道も一路線が走らなかったのと一路線が行き先変更になっただけで、なんとか取材スケジュールをこなすことができましたから。

帰路、ニース空港でチェックインする時に、エアフラのお兄さんにマジ顔で「君は幸運だ」と言われて握手をせがまれたほどです。
街には途方にくれたドイツ人ご婦人や、一週間チケはありませんと言われた日本人旅行客等もたーくさんいました。ほんと、自然は驚異だ。

でもね、フランスのロアンヌでもジュネーヴでもニースでも、空はあくまで一点の曇りもなく真っ青で、どこに火山灰があるのよ? って感じでした。

まだ立ち往生されている方には本当にお気の毒様です。こういうときに限って、ぼろうとするタクシーとかいるんですよね。

ボクは戦いましたよ。本来130ユーロ程度のところを明らかに遠回りして330ユーロとか言ってきたから、お前はいつもこんな商売してるんか、神に恥ずかしくないか、なーんてフランス語と日本語でたどたどしくいったりして。こういうときは気合ですから、途中に日本語の単語をまぜても通じるンすよね。なはは。見事150ユーロで交渉成立でした。

そして一夜あけたら、今度は清志郎さんのことでまたまた嵐に巻き込まれています。こちらは嬉しい嵐なんすが。

今朝の朝日新聞1面と社会面、見ていただけましたか?
清志郎さんの写真と、このブログでも書いてきた初恋の人に贈った秘蔵テープの写真がばーんと出てたでしょう。すごすぎ。驚きました。

友人でもある近藤記者が書いてくれました。彼は生前の清志郎さんのことを何度も取材しているし、音楽のプロだから、深い記事になっていましたね。

何よりも、一周忌を迎える清志郎さんへの最大の供養になったと思っています。
できるなら音源もこのブログに載せたいんだけど、コウヤマはそんな技術をもってましぇん。なはは。 許せ友よ。

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』は30日には書店に並ぶそうです。
それまであと少しお待ちくださいね〜。

ロアンヌ〜ジュネーヴ〜ニースの旅は、「だいあり」にアップしますね。

お楽しみください〜。

あ、それからeライブラリーも仮オープン中です。こちらもぜし無料会員登録してください。
メルマガや楽しいイヴェントもりだくさんにしますからね〜。よろしくどーぞ。

 

■2010,04,14

井上ひさしさんがとうとう亡くなってしまいましたね〜。悲しい。あまりに巨大な星が墜ちてしまったという感じですね。

前に取材で訪れた山形県川西町は、町全体が喪に服しているんでしょうね。
ここには、『遅筆堂文庫』という、井上さんの蔵書だけでできたすげー図書館があるんですよね。
まるで井上さんの脳を具現化したような。
作家としては、本当にすごすぎる存在でした。

心よりご冥福をお祈りいたします。

もう一つ、昨日の東スポ見ていただけましたか?
ロック座の斎藤智恵子ママが出ていたでしょう。
一緒に太一の楽屋に乗り込んだんですよ。なはは。
この先どーなりますか。ま、それも帰国後ですね。  

今日は夜9時55分発のエアフラで出発します。

でもその前にアエラの鈴木孝夫先生のレポートや、清志郎のあれこれや、進藤奈邦子さんの資料調べや、トロワグロの資料調べもしておかないと。
じぇーんじぇん終わりません。とほほだな〜。

今回の食事の楽しみは、トロワグロのグランメゾン3つ☆と、帰路ニースに立ち寄って、初めて行くけいちゃんの和食の店ですね。どんな旅になりますか。

ボクは携帯もパソコンももたないので、旅先では日本から捕まえていただくことはちと不可能なのですが、普通にメールいただけたらどこかでパソコンを借りて見ますね。
あるいはBAZの留守電も聞くようにします。

帰国は22日朝8時です。

よろしくどーぞ〜

■2010,04,09−2

 

思いがけず、いろいろな友人から激励メールをいただきました。

べりべりさんきゅっす。この50年間の最大の収穫は、
家族を得たこと、この仕事を続けられていること、そしてそして、このように多くの素晴らしい友人知人に恵まれたこと。

ほんとうに感謝しています。

「明日の予定ですが、起きられたら、f^_^; [箱根湯本]朝8時豆腐→9時温泉→11時そば で考え中です。 一緒にお蕎麦どうですか?? あ、食べたら走れないですね(>_<) 」

「どうぞ素敵な、よい旅を!! また、お会い出来ます日を楽しみにさせていただいています」

「宿でほろ酔いで待ってますよ〜。 完走をいのります!気をつけて。」

「それから… 完走しろよお〜(*^▽^*)/」

「件のイベント、いよいよ明日ですね! 天気は快晴とはいかないようですが、かえって 涼しくて良いかもしれないですね。 頑張ってください〜♪ 」

「明日は天気が良いといいですねえ、気をつけて行ってらしてくださいね〜」

「いよいよ、「ツール・ド・箱根」ですね!  お天気も神山さまの味方(^^)v  旅の安全とご成功をお祈りしています。 」

いってきますね〜。

 

■2010,04,09

「さあ、いよいよ箱根決戦も明日に迫りました」

というメールを、明日同走する先輩からいただきました。

「動会の前の日みたいでドキドキします。 ワクワクしないのは、のぼりのせいでしょうか。
さて、その直前となった今更なんですが、 果たして箱根湯本の先の上りは国道1号(駅伝コース)でいいのだろうかと 不安になってきました。
昨日からエンゾ早川という人の書いた「ジロ・ディ箱根」というホンを読みはじめたんだが、 その中で国道1号は道が狭く交通量が多い上に、観光バスなど大型車両が行く手を 塞いでしまうし、排気ガスも半端じゃないとある。
確かに、急勾配で止まってしまうと、 次の走り始めがとてもしんどい。
われわれが車の発車を待つのならまだしも、 ノロノロと進むわれらの自転車の後に、道が狭くて追い越せない車が延々続き、 クラクションであおられたら、精神衛生上とてもよろしくない。
しかし、かと言って旧箱根街道(県道732号、箱根湯本駅手前300mで左折する)が楽なわけではない。 交通量は少なく空気もきれいだが、こちらの方が短い分、勾配がきつい。 18%勾配の地点もあるらしく、聞いただけで力が抜けていく。
さあ、どうするどうする。 ホントに今頃で悪いけど、当日までに考えておいてください」

なはは、こんな大変なことだとは露知らずに、コウヤマは走ろうとしているわけです。

でもね、あんまり考えすぎない方がいい時もありますよね。
知ってしまうことであれこれ考えすぎて、深みにはまってしまう。

青春の志に沸き立つ若者の
胸は曇るべからず

ですよ。 自分でできることをやるだけやって、あとは天命を待つ。

シンプルに考えればいいんすよ。何事も。それがチャレンジというものなんだから。

ま、明日行ってきますね〜。

 

■2010,04,08

左上のアイコンみてください。

もう間もなく『熱血eライブラリー』の誕生です。
いま、スタッフがいろいろとシステム設計をしてくれています。

まず最初は『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』と
これまで書いてきた「J−POP」の作品が並びます。

仮オープンはちょっとずれこんで来週になりそうですが、お楽しみに〜。

そしてそして、明後日10日はついに日本橋−箱根間100キロに挑戦する「ツール・ド・箱根」ですよ。なはは。大丈夫かいな。

箱根では、親しい友人たち約12名が待っていてくれます。無事にたどり着いたら一緒に宴会。
万が一たどり着けなかったら皆だけで宴会。たはは。こちらもどうなりますか。

今週は、史上最強のS社M邸での超豪華お花見に始まって、
今日はロック座ママのインタビュー、
拙書のてんやわんやの出版騒動、
アエラ鈴木孝夫先生の執筆、
そしてフランス・スイス取材の準備と、またまたてんこもりです。

よくまぁこんな状態が続くもんだ。
一瞬たりとも気を抜けない、常にはらはらものの日々にはジャーナリストとしての幸せを感じないといけませんね。

明後日晴れますよーに。
皆さんも完走を祈ってやってくださいまし〜。

 

■2010,04,04

今年の春は花には無情な天気になってしまいましたね。

お花見ファンにも過酷な春だ。なはは。

昨日、ひと仕事終えて事務所から石神井川沿いを自転車で花を愛でながら帰ったのですが、
これから夜桜宴会! という時になってぽつぽつと雨ですもんね。とほほな人が多かったはでず。

ボクは基本的に花見は好きじゃないので、別に構わないのですが。
だって花見って他力でしょう。自力で楽しむならいいけれど。
花の力で浮かれるなんて、情けない。ははは

あ、とはいえ、明日は青葉台のすげー花見に行くんでした。
ソニーの会長の、盛田邸で開かれる花見会です。
毎年3〜4日間連続で開かれるそうなんです。
そこで盛田夫人に挨拶をしてきます。

いや〜、これは緊張するな〜。新作の取材のためなんですが。
すげーマダムなんだそうです。いやはや。

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』は、見本が13日にあがってきそうです。
ボクの50回目の誕生日なんすよ、この日。
その日に新刊ができてくるんだから、こんな幸せなことはありません。

皆さんの手元に届くのは、20日配本予定だから都内だとその日、近郊だと23日頃、地方だと26日頃とのことです。じゃんじゃん本屋やアマゾンで注文してくださいね。
手応え充分な内容になっています。清志郎さんも喜んでくれるはずだ。

平行して10日には『熱血eライブラリー』も試験オープンします。
まずは清志郎さんの1章と終章が無料で見ていただけます。

同時にJ−POPを書いた文章が何本か並びます。
ミスチル、オザケン、ミサト、アムロ、コムロなんて懐かしいでしょう。

ぜひ見てやってください。

今夜は再びロック座へ。ママから緊急集合がかかっちゃいました。またあの問題かな。とほほだけど、また4月後半には楽しいことがありそうです。お楽しみに〜。

 

■2010,03,31

今朝は一番でベルジュ号に跨がって、荒川べりをひとっ走り。
約22・5キロ走ってきました。
いつものコース。風はまだ少し冷たいけれど、向かい風というほどでもなく快調な走りでした。

なにしろ来月10日には日本橋−箱根間100キロ・ライドに挑戦ですから、
走り込んでおかないとね。

先週火曜日夕方にTBSスタジオで40数年前の清志郎さんの音が蘇ってから、
ずーっと興奮状態で、メディア対応とかばたばたとやっていました。

それも昨日やっと全体戦略がまとまって、
キックオフ・メディアともしっかりと繋がったので、もう一安心。

あとは今日事務所に挨拶に行くのと、情報管理をしっかりとしていればいいはずです

5月2日の清志郎さんの命日に向けて、サプライズも用意していますよん。なはは。

さぁ今日からは元に戻って、アエラの鈴木孝夫先生のルポルタージュを脱稿しなければ。
その先にはジュネーブの進藤奈邦子さんのルポの準備、
『幻のレストラン』の取材続行、
トロワグロ取材準備、
そしてそしてBS−TBSのラオスルポも控えています。

充実の春にしたいですね。

皆さんの春は如何ですか?

 

■2010,03,29

BAZに嬉しいファックスが一本届きました。

「本日CD受け取りました。ありがとうございます」

清志郎さんたちの貴重なテープを41年間も保存していてくれた方からです。
この前TBSで音起しをした音源をCDに焼いて、彼女に送った礼状をいただきました。

「ドキドキしながらCDを聞きました。初々しさを感じました。
歌・演奏は何年もやっているのでもちろん素晴らしいと思いますが、
トークの方は慣れていないのがほほえましいというか、アルコール入ってる?みたいな
感じですね。
ハローパーティーでもうまく話ができていない彼らのShyな一面が出ましたね」

そうそう、まったくその通りなんです。

41年前、清志郎とRCサクセションの高校時代の演奏が入った秘蔵テープ。
押し入れの中にずーっとしまってあったということですが、素晴らしい宝物が
蘇ったものです。ボクのほうこそ彼女にお礼を言わなければなりませんね。
このご縁にも感謝感謝です。

愛の力は素晴らしい。そして音楽の力もまた力強い。恐ろしいほどですね。

この音源を広くファンの皆さんにも聴いていただきたいと思っています。
でもそのためには事務所や持ち主の彼女との調整が必要なようです。

たぶんこの音源を蘇らせたのは清志郎さんの強く大きな「遺志」だから、
必ずファンの皆さんのもとに届くはずです。

もう少しお待ちくださいね〜。

 

■2010,03,24

拙書『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』の出版準備が進んでいます。

ゲラを読んでくれたPRの小林君から、こんなメールが届きました。

「キヨシロー一気に拝読しました。 いいねいいね ずいぶん多くの関係者へ取材を重ねたのですね。 マグマが爆発するがごとくの6章、7章は読み応え十分ですな〜 思わずRCカセットを引っ張り出して聴いておりますよ。
いやぁもう1回、雨上がりの夜空に、聴こうっと」

取材でお世話になったYちゃんからもこんなメールが。

「いま読み終えました。ありがとう。 終章にお父さんの話というのがゾクゾクします。
これ書くのって楽しかったでしょ。もちろん他の作品もそうなんだろうけど、楽しんで書いてるかんじがする。 ともかく素晴らしいもの読ませてもらいました」

フライデーの連載打ち上げに来てくれた読者のサウンド君からはこんなメッセージが。

「さすが、切り口スゴイですね! それは自伝でも触れていない?話かと思います。 きっと清志郎が神山さんに書かせたように思います。 しばらくしたら自伝を書くつもりだと、生前言ってましたからね!! 泉谷しげるとかが書いた清志郎本とかちょっと物足りなくて、取材ありきの書物はすごい楽しみです!! 」

彼は音楽関係者ですから、いろいろ知ってるんですよね。

にしても、嬉しいですね。こんなふうに熱気が周囲に伝わっていくのは。

昨日はまたまた大ニュース。こちらはだいありでご覧ください。

あんまり詳しくは書けないんですが、愛の力はすげーぜ。なはは。

 

■2010,03,21

BAZAARの乱雑な空間に、静謐なメロディが響いています。
エイベックスから伸君の新しいCDが送られてきました。

『CHOPIN』

生誕200年にちなんで、伸君がこれまで最も力を入れてレッスンしてきた作曲家でもあるショパンに挑んだアルバムです。

その一曲目は、『アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調』

ポロネーズといえば、伸君は生後8カ月の時に、この曲とは違いますが『英雄ポロネーズ』のCDを聴いていると大喜びで機嫌がよかったとか。
ところがある日CDが痛んでご両親が違うCDを買い与えたとたんに、手足をばたばたさせて「違う違う」と主張したとの逸話が残っています。  

前者の奏者はブーニンで、後者の奏者はフランソワだったというのですから、そりゃまーしゃーねーだろってことでもあるんですが。

それにしても素晴らしい。
以前からあった演奏の静謐さだけではなくて、今回は力強さも感じますね。
なんか伸君独特の色が着き始めた感じ。

いいぞいいぞ。

ちょうどCDラックの最前面に、私家版の『辻井伸行ミニコンサート』が出ていました。
こちらのジャケット写真は、熊が3匹手をつないでいるイラストがついた赤いセーターを着た伸君が、石神井公園の池と桜をバックに佇んでいるシーン。 まだ10歳、小学校5年生かな。きゃわい〜。

ここではバッハの『フーガ』とグリークの『風の精』『小川』、そしてショパンは『ワルツ6番、7番』等が演奏されています。

このCDをある日佐渡裕さんが聴いて「素晴らしい」と涙を流したことが伸行伝説の一つのスタートでもあるわけです。

あの日から10年。 ずいぶん素敵な演奏家に成長してくれました。
水面下の努力があってこそです。

そうそう、「モーストリークラシック」の最新号に、音楽プロデューサーの中野雄先生がボクと辻井君とのことを書いて下さっています。
ボクもまだ見ていないのですが、書店で気付いたら立ち読みでもしてみてください。

書くことはあっても書かれることなんてめったにないから、楽しみだな〜。

週明け23日には、清志郎の高校時代のオープンリールテープの音起こしをやってきます。

こちらもうまく聴けたら凄いですね。またご報告しますね〜。

 

 

■2010,03,20

昨日の東スポほか、いくつかのスポーツ紙の芸能面を見られましたか?

「R座S会長、所属役者離脱で怒りのメッセージ」という記事があったと思います。
ここであんまり詳しくは書けないんですが、ママからの相談を受けて、
ボクとPRの小林君、そして元テレビマンのM氏とで駆け回って
やっとあの記事に繋がりました。なはは。

ママはここ半月間、本当に怒りの余り食事も喉を通らない状態でしたから、
これで少しは気を落ち着けてくれることと思います。

芸能界で生きていく人が、ママの存在を無視しちゃいけません。
古き良き芸能の世界の生き証人でもあるんだから。

ま、これで一件落着(たぶん)。ずいぶん走り回りましたが、ここからは自分の仕事に戻れると思います。

ということで、決まりました。清志郎本タイトル。

『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』

アスキーから4月20日前後に出版予定です。

そしてそして、この前清志郎の初恋の人チイコちゃんから預かってきた高校時代のRCサクセションの生音テープ。火曜日にTBSのスタジオで聴いてみることになりました。
カセットじゃなくて6ミリのオープンリールだから、はたして音がちゃんと出るのか。劣化していないか。切れちゃったりしないか。
心配は尽きませんが、なんかタイムマシンにのるような気持ちです。

もし無事に音が出たら、拙書の読者の皆さんになんらかの形で聴いていただけるような仕組みをつくりたいと思っています。

それは、今作っている「熱血eライブラリー」で発表しますね。

ちとお待ちを。よろしくどーぞ〜。

 

■2010,03,15

今日出るアエラに一本書きました。

『山口智子と訪ねる金沢 伝統を守る職人の手技と美意識』

編集者がそういうタイトルを付けてくれました。

左官職人の切れ味鋭い鏝の光、金沢仏壇の奥深い極楽浄土の世界、江戸時代から残る町家の機能美、茶屋に伝わる芸能の世界、人々が憧れた朱壁、群青壁の魅力、手縫いの床の技が伝わる畳み職人等々、
金沢の人々の生活を彩っている職人技満載です。

金沢のレポートはもう一本、ラオスの旅の中で手書きで仕上げました。
(ファックスを探すのが大変だった〜、とほほ)

こちらはアンサンブル金沢と県立音楽堂を巡る、クラシック・ムーブメントの物語。
来月発行の地域創造誌に掲載予定です。

山口さんとは今年3本の企画を立ち上げて、アエラ、新潮45、新潮旅の3つの連載を手がけてきました。
最後に残ったアエラが5月のGW号まで続きます。
その後単行本として上梓する予定ですから、こちらもお楽しみに。
「京都」「金沢」に続いてもう一本、「鹿児島・屋久島特集」が予定されています。

金沢でお世話になった職人の皆さん、ありがとうございました〜。

 

■2010,03,11

昨日はいくつか打ち合わせをこなした後、急いで高円寺へ。

自転車キンクリートstore『富士見町アパートメント』

いや〜、思わずここで書きたくなっちゃうほど素敵な芝居でした。

4人の脚本家が1時間程度の小品を競作しているんですが、鈴木裕美さんの演出が素晴らしい。美術もいい。本もいい。そして何よりも、役者がいいんだな。

ラオスに行く前にAプロで2本、そして昨日はBプロで2本。マキノノゾミさんの『ポン助先生』とテイウィンシンの『リバウンド』を観てきました。

ポン助先生役の山路和弘が絶品!!
演技の質によって、シビアなシーンか喜劇になるんですよね。
『リバウンド』には、以前演劇ブックで講座をもっていた時に一緒だった池谷のぶえちゃんも出ていました。きゃわい〜。
まさに演劇。これぞ舞台。

ラオスでは、空間移動して異次元の社会を楽しんできましたが、演劇は、その場にいながらにしてポンと異空間に跳べるふかーい魅力がありますね。

やめられません。小劇場。
ジテキンの作品は久しぶりでしたが、凄いぞジテキン&鈴木裕美。

圧倒的でした。

それともう一つ、昨日少し書いたeライブラリー。試行錯誤しながらすこしづつ実現に向けて進んでいます。
4月にはなんとか開設したいな。

これまで書いてきた自分の子どもにも当たる作品達が並びます。
手軽に読んでいただけるようにしますので、ぜひよろしくお願いいたしますね〜

ついでにもう一つ。

『ダイアリ』のほうに、中学時代の恩師・荒井文夫先生ご夫妻の「お遍路日記」をアップしました。
所々から写真が送られてきますので、順次アップしますね。

先生、楽しんでくださいね〜。前の人追い抜く必要はないんですよ〜。なはは、のびりね〜。

 

■2010,03,10

いや〜、常夏のラオスから戻りました〜。
つーか、出かける前にあまりにバタバタで、このブログで出発の報告もしないままに出かけてしまいましたね。
すんませんすんません。

4日から、タイ・ラオスに小学校の校舎をプレゼントしている日本のNGOの人たちと共に、両国を訪問してきました。
初ラオス。すげーとこ。なんせ貨幣経済がまだ浸透していないんですから。

逆にボクらから見ると、とーっても新鮮でした。
子どもたちもとーっても可愛いし。
そこんとこ、詳しくはダイアリでみてやってくださいね。沢山の写真を撮ってのきたので、順次アップしていきます。

出発前は、ロック座のママに呼ばれて大騒動。
詳しいことをここで書くわけにはいかないんですが、この世界でママを怒らせるようなことしちゃいけませんよね。
なんとかうまく収まってほしいものです。

そしてそして、5月2日の清志郎さんの一周忌に合わせて出版される拙書
『永遠の少年〜忌野清志郎とRCサクセションの生まれたところ』
も、留守の間にゲラが出る準備が整ったようです。

タイトルはまだ仮なんですが。

この作品、リアル出版と合わせて、webでも読んでいただけるようなシステムを構築中です。

名付けて『神山典士・熱血ワンコイン・eライブラリー』
ま、要するにPCや携帯の画面でも読めるし、ダウンロードして出力してもらっても読めるという、電子出版へのチャレンジです。

何人かの友人が今動いてくれています。
詳細が煮詰まったら、またご報告しますね。お楽しみに〜。

 

■2010,03,01

だいぶ「水ぬるむ」感じになってきましたね。
「海あふれる」は困ったもんですが。
被害にあわれた皆さんには、お見舞い申し上げます。

先週末、不思議な体験をしました。
ある人に会いに東京の西の外れの街に出かけたのですが、そこであってしまんたんですよ。
なんと、90歳の清志郎さんに。

ツンツンと天をつく白髪。
笑うと溶けてしまいそうな細い目。
それでいて、鋭い言葉を連発するし、
何より、ペンネームが「夢介」というんです。

ご本人は「ムカイ」と呼んでいましたが、これこそ、清志郎さんの最晩年のアルバム「夢助」のルーツ。この老人もご先祖からこの「夢」という文字と「介」という文字をいただいたということでしたが、清志郎さんもそのルーツを意識してアルバム名をつけたのだとか。

その感性もまた、二人はそっくりなんだな。

この夢介さんを主人公として、拙書の「終章」が書けそうです。
ちょっと変わった清志郎伝になりますね。でも、思いの丈は書き尽くせるはず。

どんな文章が出てくるか、自分でも楽しみです。

4月下旬にアスコムから上梓します。
同時に、あっと驚く(かな?)web展開も計画中。
もちっとはっきりしたら、またここで発表しますね。お楽しみに〜。

といいつつ、昨日は朝8時40分の飛行機で金沢へ。
そこからずーっとアンサンブル金沢の取材を夜10時までして
今朝は8時の飛行機で東京へ。とほほ。

別に今はじまったことじゃないし、もっと過酷な移動を繰り返している人もいるんだろうけれど、なんか自分の身体の生理やリズムを超越した移動は疲れますよね。
でもいい取材になりました。

今日はアエラの金沢特集の原稿を整理しなくちゃ。

すっかり金沢ファンの神山です〜。

 

■2010,02,19

春のお誘いシリーズ第二弾!!

懲りないやつと笑ってやってください。たはは。
よろしくどーぞ。

『春の箱根温泉&宴会のお誘い〜神山典士から極々近しい皆さんへ』

昨日は一面銀世界になりましたね。あっと言う間に溶けちゃったけど。 お元気ですか? 表題のように、唐突なツアーを企画しました。ご都合ついたらご一緒に如何ですか?

実はこの春、神山は50歳の誕生日を迎えます。それを記念して(なーにが記念なんだか、なはは)、愛車ベルジュを駆って日本橋から箱根まで約100キロ、「一人ツール・ド・箱根」を企画しました。んでその日の夜、箱根の温泉で盛り上がろうという一大イヴェント。ご都合ついてつきあってやろうじゃんという奇特な御方、大募集です。

時は4月10日土曜日、箱根の山頂にあるふるーい温泉宿が舞台。昼間はそれぞれに楽しんでいただいて、神山(信大の先輩青田さんも走ります)が無事天下の険を越えられたら一緒に宴会。越えられなかったら皆さんだけで宴会。ということになりますね。なはは。 宿は5部屋15人くらいまでご用意しました。神山家からは両親のみ参加の予定です。

一泊二食9000円+消費税入湯税+酒代1000円。足りない分は神山が負担します。じゃーんじゃん飲みまひょ。宿は古いですが料理は定評在ります。

この時期箱根は桜も楽しめるはず。ハイキングやゴルフ等、それぞれに楽しんでいただけたらと思います。帰路は輪行です当然。その元気すら残っているかどうか。でもゴルフはしたいな。

ご都合いい方、行ってもいいかな〜、いけそうかな〜という方のみご一報いただけたら。(もちろん間近でキャンセルもありです) 一人じゃなんだから友人や家族、恋人を誘いたいというのもありです。部屋は3,4人になりますから、独立した部屋がほしいという方も前もって仰ってください。対応できると思います。

それ以外の方はこのメール、無視してください。もともと無理な企画ですから。すんませ〜んこういう性格で。自覚はしてるんですが。とほほ。 ということで、よろしくお願いいたしまーす。

 

■2010,02,08-2

『熱血ライター』ホームページ・リニューアルのご挨拶

まだまだ冷たい風が吹き抜けますが、街路樹の枝先にほんの少し、春の気配が感じられる候となりました。皆様には益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、表題の通り、足掛け6年間書き続けて参りました『熱血ライター神山典士がゆく』のHPのリニューアル作業が完成し、本日新装開店の運びとなりました。 書く内容にとりたてて変化があるわけではありませんが、この春に50歳の誕生日を迎えることもあり、心機一転を計りました。

―――みなぎる情熱の「赤」から、冷静なる狂気を湛えた「青」へ。

肉体的、体力的、酒量的な衰えはまさに歳相応を自覚しないわけにはいきません。 けれど、いくばくかの経験を積んだ分、なにがしかの人たちとの出会いを重ねた分、そしてそれ相応の失敗を重ねた分だけ、20代のころよりも40代のころよりも「狂乱の振り幅」は広がっているはず。あとはヒタヒタと、この狂気を作品に昇華させる作業を繰り返していきたいと思っています。

この春以降の展開としましては―――、
・ アエラで企画構成を担当している山口智子連載「掛けたくなる軸」は連載40回を突破。5月連休号まで続きます。その間3月には「金沢特集」を、4月末か5月には「鹿児島・屋久島特集」を執筆する予定です。
・ この企画は、ブラッシュアップした上で、秋には単行本として上梓できそうです。
・ 同じくアエラ「現代の肖像」では、異色の言語学者鈴木孝夫氏の取材を展開中。齢84歳になる鬼才の生態を丸ごと描ききりたいと思っています。
・ 昨年フライデーに連載した「忌野清志郎伝、あのシャウトが聴こえる」は、5月2日清志郎さんの一周忌に上梓するべく作業を進めています。版元等、詳細をお伝えできる時が来たら、またお知らせさせてください。
・ 縁あって、WHO(世界保険機構)メディカルオフィサー進藤奈邦子さんの取材が始まりました。先日のご帰国中2日間インタビュー。4月にはお住まいのジュネーブに出かけて追加インタビューを行います。漲る使命感とどんな場面でも人生を謳歌しようとする貪欲さ。そして日常的には家族やバレーボールを愛するほがらさかを持った方です。素敵な作品が生まれて来るはずです。
・ そしてそして、日本のフランス料理史3部作の完結編。『幻のレストラン』(仮題)の取材が始まっています。国内取材を重ねた上で、4月には初代料理長ピエール・トロワグロが住むロアンヌへ。どんなふうに取材が伸びていくか、自分でも楽しみです。『熱血』HPでの途中経過報告をお楽しみに〜。
・ 3月には、ラオスに小学校を寄贈する運動を展開中のNPOに導かれて、ラオスに行って来ようと思っています。ここには絹織物や、手で漆を塗りたくる職人もいると聞きます。そんな方にも会えたらいいなと思っています。

いずれにしても、神山の活動は、全てこのHPで報告させていただきます。 ぜひとも「お気に入り」にご登録いただいて、お暇な折りにクリックいただけたら。 今後ともよろしくお願いいたします。

 

■2010,02,08

先週末、休日にもかかわらず郵便ポストに一通の小包が投函されていました。
また友人の誰かが新刊をだしたのかなと、気軽な気持ちで開けてみてびっくり。
今回の献本ほど、中に挟まれている「著者 謹呈」の文字が重く響いたものはありません。

『草矢射る 石毛博道 絵と俳句』(平原社、3219−5861)

何故ボクに送ってくださったのだろう。何故ボクはこの作品をいただけたのだろう。
深く重く、感謝と喜びと少しだけ痛みを伴った感情が沸き起こってきました。

この人の名前は、ボクにとっては、あの広大な成田空港の敷地をグルリと一晩かけて周回して歩いて帰って来たあの夜につながります。
あるいは、初めて訪ねた三里塚の大地の、なんともとりとめのないあまりの広大さにボー然としたあの瞬間にもつながります。

「君に話してもいいけれど、三里塚はあんまり複雑すぎてわけわからんぞ。それでもやってみるか」
何度目かにインタビューをお願いした日、確か石毛さんはそんな意味のことを仰って、静かに苦笑していたと記憶しています。ボクにしても、何をどう聞いたらいいのかもわからず、グラウンドを転がりながらひたすら白球を追う少年のように、「徒労」に近い作業を繰り返していたような気もするのです。

そうそう、皆さんに見ていただけるボクなりの三里塚の「残滓」がありました。

「 群青色の夜空の下で……

12月1日、午前5時25分。成田に来ている。 見上げる夜空は深い群青色に染まり、中空には細い下弦の月が浮かんでいる。JR駅前に止まっているタクシーに乗り込むと、運転手はあわてて仮眠していたリクライニングのソファーを直し「どちらまで」と訊ねてきた。「東峰十字路わきのラッキョウ工場まで」。 不躾に言うと、「えっ、ラッキョウ工場に行くんですか」、怪訝そうな声が返ってきた。その声を無視して「何キロくらいありますか」と訊ねると、困ったように「さぁ、何キロあるかな。行ったことないからな」と不安そうなそぶりだ。 無理もない。東峰十字路とは、運輸省と空港公団が2002年までに完成させたいとする成田空港暫定滑走路のど真ん中の地点を指し、ラッキョウ工場とは、成田闘争を闘った(いや、現在も決して闘争から降りてはいない)闘士たちが経営する、自然農法の作業場を指しているのだから。 そんなところに未明に訊ねていく男がいる。一昔前だったらまぎれもなく運転手は警察に通報することになったのだろう。 ひょっとすると〜」

このHPの「@the Bazaar」から入って「Bazaar Express」を開けてください。
その「vol9」に、石毛さんと出会うきっかけとなった三里塚・成田空港の取材の顛末が書かれています。

今回献本いただけたのは、石毛さんからのファイナル・アンサーなんだろうな。
そう思う以外なさそうです。

もう一つ。

今日8日のお昼ころ、この『熱血HP』のリニューアルが実行されるはずです。
−−−赤から青へ。
−−−迸る情熱から冷静なる狂気へ。
疾走は続きます。

 

■2010,01,28

いや〜昨日はまいった。完敗です。
ほんとうにひさーしぶりにゴールデン街行ったっす。
そしたら午前1時になっても、隊長はすげー元気。
齢69というのに、たまたま隣に座った女の子に「パンツ見せてよ」なんて言ってるし。
あげく「お先に失礼します」と言って席をたったのはボクのほうでした。 とほほ。

何度も書いていますが、
ボクにとって「会長」と言えば雀鬼・桜井章一、
「ママ」と言えばロック座の斎藤智恵子
「監督」といえば鶴橋康夫、

そして「隊長」といえば、アートディレクター浅葉克己。

昨日は、そのご縁の始まりとなった12年前の平壌ツアーの同窓会がありました。
12年前の夏の終わり、行ったんですよね、北朝鮮。
本来の趣旨は隊長が主宰する卓球チームの親善試合だったのですが、
まぁなんやかやあって、珍道中でした。
詳細は拙書『北朝鮮にスマッシュ』(メディアファクトリー)で見てやってください。
アマゾンなら買えるかな。

あの日から12年たってみると、
38度線上を豹柄スタイルで闊歩した20代のOLのりこちゃんは二児の母となり、
中学生だった朋ちゃんは翻訳家の卵となり、
博報堂OBの三沢さんと秋尾さんはそれなりの風格を身に纏い、
若者だった田代君は6人もの事務所の社長さんになり、
ボクはボクでまぁこんな感じなのですが、
隊長は不変でしたね。否、普遍だな。なはは。

またいきたいな。北朝鮮。パスポートを取り上げられるのはちと怖いけど。
隊長は本気です。38度線上卓球大会。韓国チームももちろん招待して。

皆さんもやりませんか?ご一緒に。

 

■2010,01,27

24日から3日間、Y口智子さんとアエラ取材で北陸金沢を訪ねてきました。
いや〜、取材もすごく順調に進んだのですが、 それに負けず劣らず食事も凄かった。
初日は、旧友のげんちゃんが待っていてくれて、
片町の「はるじん」さん(076−222−3261)へ。

休日だったのに大将が店を開けて待っていてくれて、香箱蟹に始まって、鴨のじぶ煮、寒ぶりの焼き物、白子等々、ボクらが期待する金沢の美味をもれなく揃えてくれました。
たぶんあれは「金沢素人さんコース」だな。なはは。美味しかった〜。

翌日は主計町の「みふく」(231−4577)で能登の牡蠣鍋。
こちらはお姉さんがつきっきりで牡蠣だけではなく深谷葱とか白滝とか椎茸とかの食べごろを言ってくれます。
「一人3個ですよ」なんて言われると、ボクら5人、長女役のY口さんを先頭に箸を伸ばすわけです。まるで年末年始の「大家族特集」みたいな夕食となりました。
その後何人かで東茶屋町に流れて、ワインバー「照葉」で一献。
照葉姉さんが綺麗なんすよね〜。

そして翌日の昼は、噂の寿司屋「弥助」でランチ。
齢80歳という大将が笑顔を交えてふくよかな握りをだしてくれます。
人気の秘密はあの笑顔だな。
ネギトロ巻き、かぶらの握り、白子のポタージュ、槍烏賊の握り、赤身のズケ等々、記憶に残る寿司でした。そしてそして、お土産にはY口さん命名の「爆弾」。
大きなおにぎりの中に、海苔に包まれた豊富な魚介類が入ってるんす。
これまたすげー。素朴な美味しさでした。

いいっすね〜。金沢。美味しいものをいただいて、いい文章が出てくるはずです。
これで出て来なかったら二度と連れてってもらえないな。たはは。

掲載は2月下旬頃の予定です。
お世話になった皆さん、ありがとうございました〜。

 

 

■2010,01,23

新春から、いろいろあります。ほんと。

中学時代からの友人ギイチの葬儀では、年老いたおふくろさんの姿が痛々しかった。
昔お世話になった頃のことも思い出しました。
この歳になって親不孝をしちゃいけませんね。

かと思うと、ここ5年以上に渡ってお世話になってきた知人二人の逮捕というニュースも飛び込んできました。
ま、去年秋ごろからずーっと国税の調査は入っていたのですが。
正月3日、明治神宮参拝のときに、毎年紋付き袴姿で見えるのに、
今年に限ってスーツ姿だったんですよね。
ちと不安なものが胸をよぎったのですが、
最悪な結末になってしまいました。
この時期の留置所は極寒なのだそうですね。
身体のことも案じられます。
とはいえ、どうすることもできず−−−。

今週は音楽プロデューサー、評論家でもある中野先生に二度もお世話になりました。
今年80歳になられるのかな?
じぇんじぇんそんなことを感じさせないお若い 肉体と精神をお持ちです。
すげー。
小金井カントリークラブに連れて行っていただいたのですが、フェアウエーのど真ん中を悠々と歩く、颯爽としたプレーぶりでした。
いや〜、憧れちゃいますね。

今週末からアエラ取材で金沢。
旧友のゲンちゃんにも会えそう。
寒ぶりかな。 なはは。

とにかく、精一杯生きないとね。

 

■2010,01,13

いきなり悲報、訃報が飛び込んできました。
ギイチが死んだ−−−。

思い出されるのは、ちょうどこんな冬の日のことです。
当時中学生だったボクらは、クラスは確か隣同士だったんだけど、何故か話が合って、
ある日給食の時間に食事もとらずにずーっと玄関で何かを話していました。
あの時何を話していたんだろう。
オレたちもオヤジになる日が来るのか、なんて話していたんだろうか。
いやいや、30歳はおろか、二十歳を迎えることすらも予想もできない日のことでした。

あの日は雪が降っていたような。
いやいや、それもまた、勝手な思い出のすり替えなのかな。
「換骨奪胎ぃ〜」なんて叫びながら、ギイチは上履きのまま玄関を飛び出して、
雪の中をかけて行ったように記憶しているんですが、
なんでも美しい光景としてしまうのは、ボクの悪い癖なのかもしれない。

視界の先にはなーんにも見えていなかったけれど、
未来という言葉にもなんの不安も感じていなかった。
卒業後は別々の進路を歩むことはわかっていたけれど、
いつまでも友達でいられると思っていた。
日常はそんなに明るいことばっかりじゃなかったけれど、
合えば何か楽しいことがやってくる予感がしていた。
目の前では様々な点数競争が行われていたけれど、
それでも頑張れば、何でも手に入れられると思っていた。

そんな、今思えば「黄金の時代」を共に過ごした友人が、
一人早く逝ってしまいました。

ギイチ、辛いな。でも安らかに。

ご冥福をお祈りいたします。

 

■2010,01,12

10日は湯河原カンツリーで第三回バザールカップ。
全国全世界から精鋭13人が参加して、熱戦が展開されました。
テレビの実況中継を観られましたか?
あれ?見逃した?そりゃじゃんねん。
見事優勝は熱海からご参加の兵藤さんでした。
優勝者にはグリーンジャケットならぬ、拓郎Tシャツ。
兵藤さんはこれを着て打ち上げに参加してくださいました。

ご参加のみなさん、べりべりさんきゅでした〜。
次回第四回は真夏のコンペとなります。焼けますよ〜。お楽しみに〜。

その帰路、小田原によって、記念すべき取材が始まりました。
69年から約10年間、銀座のマキシム・ド・パリの厨房で働いていたシェフが経営するレストランに寄って、これからお世話になる取材の挨拶をしてきたのです。
古矢清さん。お城の近くで「ビストロ・ローヤル」というお店を開かれています。

昨日は、ビーフシチューとカワハギのムニエル、ソース・ムター。
いや〜、ドゥミグラスソースも絶品でした。ポテトのポタージュや食後のムースも美味しかったな。
古矢さんのインタビューを皮切りに、『幻のレストラン』の取材が始まります。
さてさて、どんなことになりますか。
自分でも楽しみです。乞ご期待。
皆さんに読んでいただけるのは、やっぱり来年かな。
あるいは今年のクリスマス頃に上梓できたら嬉しいですね。

そしてそして、この「熱血」HPのリニューアル作業も始まりました。
今ペンダコの中谷ママがいろいろ考えてくれています。

こちらも乞うご期待です〜。

 

■2010,01,07

さあ〜今夕は、BAZAARの新年会です。
史上初めて、銀座で行う「長篠の戦い」方式。 なはは。
火縄銃を持った参加者たちが、飲んじゃ下がって下っちゃまた繰り上がってという、
順繰りの宴会を展開します。
6時、7時、8時、毎時スタートで各6席+α。
毎時定員一杯のご予約をいただきました。ありがとうございます。

さらにさらに。最後の9時の回だけは「特殊学級」ということで、何が起こることやら。
これまた史上初めて、銀座で路上宴会が行われるかもしれません。
フライデーの伊藤君、生太郎ちゃん、カメラの準備はいーっすか。なはは。

ま、いずれにしても、何とかして元気にならなきゃいけない2010年の日本ですから、
せめて新年会だけでも景気よくいきたいと思います。

初夢富くじも用意しました。大吉から小吉までと、金久保社長率いるエコノマイズからは1等〜3等まで。さらに「凶」と「大凶」もありんす。ふふふ、ご用心ご用心。
中味はもちろんすげー商品てんこもりですぜ。

どんな顛末になりますか。
明日か明後日、「だいあり」で報告しますね。

 

■2010,01,04

年始早々、嬉しいメールが飛び込んできました。
ボクの本はあまり大勢の方に買っていただいているとは思いがたいのですが(とほほ)、こんなメールをいただくと、数は少なくても確実に良質の読者に届いているなと確信が持てます。
書き手としては冥利な瞬間です。本当にありがとうございます。

「 神山 典士 様

御著書「人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ」には、時に涙が流れる感動をいただきました。 私は、桜井さんを尊敬いたし、多くのことを学ばせていただいております。 また、武術の稽古研究をいたしており、御著書にありましたコンデ・コマ=前田光世氏にも 非常に関心をもっております。御ホームページで、「ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝」が、 お手元におありであるということをしりました。  ぜひ1冊販売していただきたくお願いのメールでございます。 どうぞ、よろしくお願いもうしあげます。 記 〒980−0065 仙台市青葉区×××」

この方には、残り少なくなった拙書を送らせていただこうと思います。
ご愛読いただけたら幸いです。

今日から始業の方が多いのでしょうね。
ボクは元旦からBAZに出て賀状の整理をして、2日にはベルジュ君の初乗りで、入間川サイクリングロードを約50キロ走ってきました。
快晴で富士山がものすごーく綺麗。大雪に見舞われている北国の皆さんには、ごめんなさいですね。
今年は目指せ2000キロ。
夏には志摩のアトリエ・エレマンプレザンの皆に会いに、
ベルジュで挑戦したいと思っています。

んで、今日の仕事始めは、池袋西武で開かれている吉田拓郎展。
どんなんかな〜とこそっと覗いたんですが、
約20分の映像を見ながらやっぱり込み上げるものが在りました。
この人の活動を追っていくと、その時の自分が何をしていたかが明確に思い出せるんですよ。
この曲をいつどこで誰と聴いたか。どんな思いで誰と歌ったのか。あの時誰のことを思っていたのか。そんな自分が瞬時に蘇ってきます。

ボクにとって、隊長といえばデザイナーの浅葉克己。
監督といえば映像作家の鶴橋康夫。
ママと言えばロック座の斎藤智恵子。
会長と言えば雀鬼・桜井章一。
そして王様と言えば、やっぱり吉田拓郎なんですね。

いろいろな噂は聞えてきますが、最後の最後まで、王でしか歌えない歌を作り続けてほしいと思います。
んでもって、思わず、買っちゃいましたよ。CBSソニー時代の4枚組。いちまんいぇんも払って。
『今はまだ人生を語らず』を聴きたいばっかりに。
「飲み干してしまおう、テレ臭さなんて
夜はまだまだ続くんだぜ
今夜、今夜、ぐいと店ごと、ひと息にのんじまえ」
なはは、最近はなかなかそうも行かなくなってきてるんですが、
気分は今も、王様・吉田拓郎!

   

■2010,01,01

皆さん、新年あけましておめでとうございまーす。
関東地方は快晴の元旦になりました。
北国の皆さんは、どんなお正月でしょうか。
本年も株式会社バザール、神山典士、そしてこの『熱血』HPをよろしくお願いいたします。

去年から今年にかけて、例年になく穏やかな年末年始を過ごさせていただきました。
新年に向けて英気を養って、新しい企画のスタートダッシュに情熱を傾けたいと思います。

さあ〜、どんな年になりますか。
楽しみですね。
ワクワク、ドキドキする、活気あふれる年にしたいですね。

明日はさっそくベルジュで走ってきますね。
入間〜金子〜飯能〜名栗という感じのコースでしょうか。
これまた楽しみです。

本年もよろしくおねがいいたしますね〜

 

■2009,12,25

皆さん、昨日はどんなクリスマスイブでしたか?
ボクは何だか知らないけど「人生ゲーム」をやっていて、
またしてもダントツ最下位。
とほほ、借金まみれでゴールです。
なんかこのゲーム、子ども時代からけっこう好きなんだけど、
浮いたことないんですよねぇ。うーん。
まさにボクの人生そのものだ。
子ども時代から強かった吉沢誠十君は、いまじゃ立派な社長をやってます。
やっぱ違うんだな。何かが。そんなことを確認したクリスマスでした。とほほのほ。

さーて、そろそろ大掃除かな。年賀状も書かないとね。
それと平行して、今日一本、来年の仕事の打ち合わせがあります。
2年越しの企画が実現しそうです。楽しみ楽しみ。

新年7日のBAZAAR新年会、早くもご応募いただいてます。べりべりさんきゅです。
いまんとこ7時の回がまだ空いてます。その他の回も2、3席余裕が在りますから、
振るってご応募くださいませ。
「特殊学級」も開催が決まりました。こちらもよろしくどーぞ。

年末もうひと仕事の方がおおいでしょうね。
しっかりやりきって、いい年を迎えましょうね〜

 

■2009,12,20

昨日は午後から新幹線。
この師走の忙しい中、新潟のダンスグループ「ノイズム」の舞台を観に静岡まで行くという贅沢な一時を過ごしました。

いや〜、毎回毎回金森穣君には新鮮な感動をいただきます。
今回の作品『ネームレス・ポイズン〜黒衣の僧』も素晴らしかったな。
もちろん、毎回肉体もダンスも演出もおよそ創造を超えたものを見せてくれるんだけど、
終演後のアフタートークでも、はっとする言葉が出てくるんですよ。

「無意識でも生きられる人生だけど、それを意識的に生きて行くことが専門家としてのボクらの使命」だって。うーん、納得。
文学を超えたダンスを見せていただきました。
哲学者でもあるんだな。彼は。文章も読んでみたいものです。

んで、今日は北風は冷たかったけれど快晴だったので、
ベルジュで荒川へ。少年野球のグラウンド脇を疾走して、総武線の高架下を亀戸あたりから都心へ。湯島、本郷、十条を通って一周してきました。
計40キロかな。

来年は年間75本、平均30キロとして2250キロを目標として走りたいと思います。
それと、時にはロングライドもしたいね。
まずは入間市往復。真鶴で90キロ。箱根も最後の20キロの坂道が心配だけど、約100キロ。いけるかな。
ま、新年の楽しみですね〜。興味のある方、ぜしご一緒に〜。

来週は実質的に今年最後の週ですね。
いくつかある課題をクリアして、有終の美を飾りたいと思います。

いい酒飲めるかな〜。なはは。

 

■2009,12,11

昨日は初台のオペラシティで辻井伸行君のコンサートでした。
いや〜凄かった。
前半からベートーベンの最晩年の大作「ハンマークラビア」ですから。
現在の日本の音楽界で、この曲をコンサートで弾きこなすことができるのは数人だけと言われる難曲です。
それをトップスピードで駆け抜けてしまうんだからね〜。
技術+若さ、そして日々成長している勢いがありますね。

伸りん、お疲れさまでした〜。
来年もがんばってね〜。

さあ、あとはアエラの京都特集を書き上げて、単行本のゲラ作業を一つ終えれば、
あとは来年取りかかる作品の準備に専念できます。
来年春からの連載企画も一つきまりつつあるし。

いい年末にしたいですね。

皆さんの師走は如何ですか?
どこぞの酒場でであったら、今年を振り返りつついい酒を飲みたいですね〜

 

■2009,12,04,

いよいよ師走ですね〜。
2日に韓国・釜山から戻りました。
韓国でも幻の布になりつつある大麻布を求めて、
安東(アンドン)という古都を訊ねてきました。

韓国では繊維用の大麻栽培は認められているのですね。
80代の古老二人を中心に、50代の「若手」も含めれば何人かの糸積み職人がいるとのこと。
とはいえ、みんな老婆というかんじですね。

それでも安東の大麻は品質がよさそうで、
これで桃山時代の大麻布の復元も一歩前進ということになりそうです。

帰路は釜山で一泊。
京都の源兵衛さんの導きで、美味しい赤牛の焼肉を食べてきました。

今日は昼前後にベルジュで荒川べりをひとっぱしり。
風は冷たかったけれど、秩父の山々も綺麗に見えて、快適な一時でした。

さぁ明後日はお芝居だ。
おっとその前に、学生時代にアルバイトでお世話になった金久保社長の結婚式もあるんですよね。もうアラ還のはずなんだけど。なはは。ま、何よりの話題ですね。

束の間、幸せを祈ってきますね〜。

 

■2009,11,26

今朝は犬の散歩のあとで、住んでいるマンション・シスナブでポスティング。
「だいあり」でも紹介した12月6日に行う一人芝居『父と暮らせば』のチラシを蒔いたのでした。
にしても、全500何十戸もあるから大変大変。
ポストルームに2時間ちかく籠もって、せっせとポスティングしました。
居住者のみなさん、ぜひ来てくださいね〜。
一般の方も自由参加ですから、ぜしにどーぞ。
JR埼京線板橋本町西口下車歩5分。西の空に聳える19階建てのマンションだからすぐにわかると思います。そこの集会室で行います。

よろしくどーぞ。

んでもって、いよいよこの季節ですね、の第三弾。
銀座伊東屋にいって、来年のダイアリを買ってきました。
何故か10数年前からアメリカのグラフィック・イメージ社のB5版の大型ダイアリを使っているのですが、前はバーニーズでも売っていたのにここ数年は伊東屋だけになっちゃって、しかも在庫が少ないからいつも11月中旬になって慌てて買いに行くはめに。
今年もなんとかゲットできました。

ところがところが。
このダイアリはアメリカ製なので、日本の暦をカスタマイズしないといけません。
付いている赤いシールを祝日に貼っていきます。
来年も3連休が多いなとか、50回目の誕生日は火曜日かとか、一つ一つ確認していく作業がなかなか面白い。
その上で、今度は毎年引き継いでいる、友人知人の「誕生日」と「命日」を書き写します。

この歳になると、誕生日だけでなく命日も結構多くなりました。
あいつももう亡くなって10年か、なんてしみじみしちゃったり。
その日がきたら、誕生日の人にはせめてメールを。 命日の場合はできたら墓参をと思っているのですが、なかなか難しいですよね。せめて一時、その人に思いを馳せることで許していただくことが多いのですが。

そしてさらに、年末の個人合宿でここに2010年の目標やヴィジョンが書き加えられて、晴れてボクは新年が迎えられるということになります。
つまり、やってくる新年ではなくて、獲得する新年ということですな。なはは。んなかっこつけるほどのもんじゃありゃせんが。

とにかくそういう作業をする候となりました。
もうすぐ先生も走り出します。
皆さんも、ご自愛くださいませね〜。

 

■2009,11、21

あれれ〜、気がついたら「140000」のキリ番まであと少しですね。
この番号を踏んだ方は、ぜひご一報ください。
mhd03414@nifty.com、電話03-5248-0811ファックス5248-0810

う〜ん、プレゼントは何にしようかな。
14万円プレゼント〜、というわけにはいかないしな。なはは。

ご本人の希望にもよりますが、よろしかったら板橋明星ご招待とか
真鶴富士食堂ご招待とかでもいいっすかね。
なはは、そんなん嫌じゃという声も聴こえてきそうですね。

ま、考えます。よろしくどーぞ。

明日は雀鬼会の全国大会。
「熱血賞」も用意しました。
会長にも使っていただいている、お気に入りのあるものです。
いけてまっせ。選手の皆さん、頑張ってくださいね〜

ボクも朝8時には会場に伺いたいと思います。
何人か観戦希望者も集まりました。全体では40名くらい感染、じゃない観戦希望なのだそうです。例年以上に盛り上がりそうですね。
楽しみ楽しみ。

よろしくどーぞ〜

 

■2009,11,19

昨日まで3日間京都でした。
Y口智子さんと一緒に、4人の職人さんを訪ねて、
最終日は譽田屋源兵衛さんの事務所で大麻布プロジェクトの鼎談。

この季節の京都は、東山のあたりはすっかり紅葉していて、そりゃそりゃ綺麗でした。
美味しいものもいただいたし。

17日夜は、信州大学人文学部時代の旧友たちが4人、河原町四条に集まって大盛り上がり。
一人は松本からかけつけてくれました。みゆち、べりさんきゅね。
それぞれ50代に入っていたり間もなく50歳だったり子どもが大学生だったり未婚だったり
いろいろですが、 こうして健康で元気で楽しく会えるのは本当に嬉しいですね。
まだまだ会いたい奴はいるんだけど、近いうち松本で会いたいなぁ。
そんな機会が作れたらいいですね。

今夜は女性ライターチームとの会合があります。
怪しいアラフィフチームとアダムスファミリーチーム。なはは。こわ。
久しぶりに谷中の「鳥よし」さんへ。これは楽しみですね〜。

年末に向けて、いくつかの仕事が見えてきました。
来春やりたいものもはっきりしたし。
冬の間にしっかりと仕込んでおきたいと思います。

だいありのページに新しく一つリンク先ができました。
小中時代の同級生Yチャンのブログです。
クラシック好きには嬉しいはず。

こちらもよろしくどーぞ。

 

■2009,11、10

今年もこの季節がやってきましたね〜〜〜の、第二弾。
「11、11」のぴんぞゾロの明日は、さーて何の日でしょう。

そうそう、浅草ロック座の斎藤智恵子大ママの誕生日です。
この前も彼女の「お食事処」でお世話になったのですが、なんと拙書を10冊も買ってくださっているんです。
いや〜泣けますねぇ。

去年はガダルカナルさんが来ていましたが、今年はたけし監督にも会えるかな。
もちろん懐かしい踊り子さんたちにも会えるはず。
一緒にブラジルツアーにいった皆もくるかな〜。
参加ご希望の皆さん、メールくださいね。
一緒に行きましょう。

先週末は奈良で正倉院展。
初めてなのでとにかくどんなものかと思って行ったのですが、
ありましたよ。今新潮45で書いている大麻布が。
やっぱり古代の貴族たちも着ていたんですねぇ。
柔らかそうな下着でした。

それとこの前アエラで書いたバチル。
象牙を草木染めしてから細かな模様を掘るという、精密な技です。

それにしても凄い手技ですねぇ。
一千年も前にあんな技があったんだから、ボクらの代で亡くしてはいけませんね。
その思いを一層強くした正倉院展でした。

 

■2009,10,31

今年もこの季節がやってきましたね〜。
何の季節かって? 雀鬼会の全国大会です。
もう3年前になるのかな。
桜井会長の取材を始めて間もないころ、確か東京駅の近くのおーきな雀荘で開かれたこの大会を見て、本当にびっくりしたんです。
ボクは麻雀はじぇーんじぇんできないんですが、全30卓から一斉に牌の音が響き始めると、そこで展開されたのは格闘技の決闘のような、物凄いオーラと熱量が籠もった闘いでした。
とにかく速いっす。迷ったり「あ、ごめん」なんて一切なくて、潔い。
というよりも、この流れについていけなかったら即座に脱落なんです。いやはや。
半荘平均15分でしたからね。

それに、選手たちは北は北海道から南は沖縄まで、本当に全国各地からただこの雀鬼流で打ちたいためだけに集まってきているんです。
その壮観さといったら。

この大会を見たことで、ボクは全国各地を歩いて取材することを決めました。
それが、今年夏に『人生で大切なことはすべて雀鬼に学んだ』という作品に結実したというわけです。
だからボクにとっても、雀鬼会の原点となる大会なんですよね。しみじみ。

んで、今年は史上初めて、一般観戦が許されることになりました。
竹書房の雑誌ではハガキで応募となっていますが、町田道場に聞いたら「神山枠」をいくつか用意してくださるとのこと。
雀鬼・桜井章一に一目会いたい、雀鬼会のルールを感じてみたい、その試合を見てみたいという方、ボクまでメールいただけたら、牌の音にお願いして優先入場にしていただきます。
とはいえ、 会場の都合もありますから、何人になるかはわかりません。早めにメールいただければ、順番にお願いしますね。あっと言う間に一杯になってしまうかもしれません。
とにかく史上初めてのことですから。

11月22日、午前8時30から18時頃まで。新宿近辺の雀荘。
参加費1000円(昼食代)です。

皆さん、じゃんじゃんご応募くださいませね〜。当日はボクも会場にいってまひす。バザール賞も出しますよ〜。

 

■2009,10,26

今週は、札幌で辻井伸行君のコンサートがあります。
それに続けて、北海道新聞の地田さんと友人の多田さんが企画してくれた
いつ子さんの講演会もあるので、2泊3日で札幌へ。
もう寒いかなぁ。でも美味しいものが期待できますね。
伸行君の演奏も、アスペン以来久しぶりっすね。楽しみ楽しみ。

先週は友人と一緒に門前仲町へ。
いや〜、深川公園前のおでんの屋台がよかったな。
地元の人たちで沸き返っていました。
いいぞ門仲。またいきますね〜。

昨日は西すがも創造舎で維新派。
久しぶりに松本雄吉ワールドにひたってきました。
屋台村も出てますよ。
ご近所の皆さん、舞台のチケは買えなくても、屋台村にはぜしに。
楽しいっすよ〜。

あとは原稿原稿っと。またまたテンパってしまいました。とほほ。
がんばります〜。

 

■2009,10,20

先週末、紅葉の中をバスで走って、南アルプス仙丈ヶ岳に登ってきました。
写真は「だいあり」で見てやってください。

その裏で楽しいことが一つ。

実は出発前に突然「18日から20日まで東京にいるので会えませんか」という英語のメールが飛び込んできました。
今月上旬、長崎取材の折りにたまたま丸山町のバーで隣り合わせたオランダ人、ロイ君からでした。
一カ月の日本の旅を楽しんで、20日、つまり今日成田から帰国の途につくというところだったのです。

ところが18日はボクが南アルプスで不在だったので、家人に任せたら「一緒に楽しく食事したけど、ローカルの店で飲みたいということだったから、明星に放り込んで帰って来ちゃった」だって。え〜〜〜、明星の啓子さんは英語喋れないし、どうなったのかな〜と心配しながら、19日に再びロイと会って明星に行ってみたんです。

そしたらもう、二日連続二度目の登場で、ロイは常連扱いでしたよ。なはは。
聞けば初日は塚ちゃんしかいなくて、最初はボディランゲージでなんとかしていたんだけど、思い立って英語が得意な村ちゃんに電話して、ベッドに入ろうとする彼を強引に呼び出したんだそうです。え〜、明日仕事なのに〜といいながらも村ちゃんは店に来てくれて、そこから延々深夜1時まで飲んだのだとか。
凄いぞ明星! べりさんきゅです、友よ!

いや〜持つべきものは友と明星ですねぇ。
今頃ヨーロッパでも話題のバーになってますよ。

啓子さんにもべりべりさんきゅでした。
今度は皆でヨーロッパいきまひょね〜

 

■2009,10,16

いや〜思ったよりも快調ですよ、ベルジュ君。
BAZを出発して戸田橋からサイクリングロードを約30分。
行き帰りを含めてちょうど1時間の快適トレーニング・タイムを確保しました。

今週末は大学時代の仲間たちと南アルプスへ。
北沢峠に一泊して、甲斐駒ヶ岳か仙丈ヶ岳に行こうと思っています。
現地の友人からのメールでは相当寒いらしいんですが、つーことは紅葉が楽しめるかな。
いい写真が撮れたら『だいあり』でご紹介しますね。

19日アエラに、辻井伸行君のことを書いた拙稿が出ます。
同じ号に拙書『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』の書評が載るかもしれません。

そしたら山口さんの「軸」と3本の記事が載ることになりますね。
そうなったらアエラ・ジャックだな。なはは。どーなりますか。

なーんて思っていたら、もう今年もあと2カ月半ですね。
清志郎さん企画も頑張らないとね。
う〜ん、またまた土俵際に押し込められてしまいました。とほほ。

明日はPTAの親子ソフトボール大会。
6年生チームと闘います。これが楽しいんだな。
そして夕方はパパさんバレー 。アキレス腱は大丈夫かな。とほほ。

 

■2009,10,10

ありゃ、ずいぶんご無沙汰になっちゃいました。
すんません、塚ちゃん。なはは。
昨夜明星で指摘されちゃいました。「最近書いてないね」なんて。
読んでくださって、ほんとにありがとうございます。

この間、何をやっていたんでしょうか。

えーと、アエラの肖像で辻井伸りんのことを書いて(19日発売号です)、
新潮45の連載を書いて、
八戸に行って絶品のサバをいただいて、(八戸フィルムコミッションの佐藤ちゃんには大変にお世話になりましたぁ。べりべりさんきゅね〜)

トロワグロで美味しいランチをいただいて、
両国国技館での麻雀最強戦を取材して(桜井会長のトークショーもありました)

最近大久保に開いた「クラブNG」で昔リクルートにいた編集者たちと旧交を温めて、
そして「だいあり」で書いた長崎に行ってきたのでした。

あ〜〜〜、疲れた。

そしてもう一つ、実は最近の人生の中では相当高いレベルの新ジャンルとの出会いがあったっすよ。なはは。
これは明日にでも「だいあり」で紹介しますね。

楽しみな人生の後半戦になりそうです。なーんてね。

 

■2009,09,26

昨日は終日、頼まれた原稿のゲラ読み合わせのはずだったんですが、
気がついたら秋の豊穣な光を宿した逗子の海岸線に立っていました。

振り返れば、板橋から恵比寿のオフィスまで乗った電車が新宿湘南ラインの「逗子行」だったのがいけなかったんだな。なはは。
こんな天気のいい日になんで恵比寿のオフィスに終日籠もっていないといけないのかなんて思っちゃって、担当者を誘って思わず逗子行に飛び乗っちゃったというわけ。

しかもつい2日前、いつも持っているキーホルダーに一つだけ謎の鍵があることを発見して、
こりゃなんじゃらほいと考えていたんです。
そしたら、何年か前、フランス留学に出かける友人の逗子のマンションの鍵を預かったままだったことを思い出し、逗子の森戸海岸の美しい光とおいしいお魚、それと日本一のロケーションにあるデニーズを思い出していたんですね。ちょうど。

そんなこんなで友人宅に勝手にあがりこんで仕事ははかどったし、お昼は波打ち際のテラスで美味しくいただいたし、終わってからは魚佐に陣取って、素晴らしいお刺身でお酒をいただいてきました。

魚佐の刺身定食のご飯抜きはすごいっす。
めじまぐろ、かんぱち、だるまいか、鯛、ヒラメ、たちうお、かんだい、これだけのネタがてんこ盛りになっています。定食で2000円だから、刺身だけで1500円程度かな?
それと、ミックスフライが美味しいんですよね。サンマのフライがいけてました。

やっぱ自然の中がいいわね。雀鬼も、エレマンの佐藤先生も、米子山荘のみなさんも、みーんな自然の中で生き生きとしています。東京はほんと、コンクリばっかで息が詰まりますね。といいながら、明星でホッピーはいけてるんですが。たはは。

というわけで、秋の海を堪能してきました。
ベシとアラレちゃん、べりさんきゅね。不法侵入で通報しないでね〜。

さぁ、今日からアエラ・辻井伸行君だ。
どんな文章がでてきました。楽しみですね〜。

 

■2009,09,15

行ってきました。新潟越後妻有大地で開催されていた芸術祭。
12、13日は開催最終日だったのですが、2日間で10近くの現代美術を見て回れて、
その上、去年一緒に「居酒屋10番勝負」を展開してくれたボーカリストのトキコにも再会してきました。
彼女は、鉢という部落の廃校を使ってたくさんの作品が展示されている田島征三美術館のキューレターになっているんです。
そしたらいきなり「コウヤマさん、すいません」だって。
ピンと来て、「トキコ、結婚だろ」と言ったらそうですだって。とほほ。何もボクに謝らなくてもいいのに。そして再度「すいません」というから「おめでたか?」と言ったら、またまた「そうです」だって。
なーんもすいませんじゃないけれど、はや。お相手は大道芸人とのこと。
一緒に鉢に住み込んで、二人で出稼ぎ等をしながら生活していくのだそうです。

いや〜、いいじゃないですか。芸術祭で結ばれたカップルが地域に溶け込んでいく。
プロデューサーの北川フラムさんが描いたヴィジョンは、二世代三世代に渡って受け継がれていくわけですね。おめでとうトキコ。11月28日の結婚式、ぜひ伺いますね。

拙書『人生で大切なことは〜』、もうお読みいただけましたか。
ぜし最寄りの書店でご注文いただけたら嬉しいです。

雀鬼会のHPにも反響が続々と寄せられているようです。

http://www.jankiryu.com/painooto/

見てみて下さい。

今週から約一週間でセントラル社の八木さんと、民主党のマニュフェストで中小企業がどう変わるかをまとめないといけません。約200枚。ちとしんどいけど、歴史のバラダイム転換になるかもしれないんだから、しっかりと書いておきたいと思います。

同時にアエラ、現代の肖像で辻井伸行君のレポートも。今日もレコード会社のプロテューサーに会い、この前は恩師の川上先生に会い、少しずつすすんでいます。

そうそう一つ朗報が。10月27日の彼の札幌キタラ・コンサートに合わせて、28日、いつこさんの講演会とお祝い会が開かれることになりました。
札幌の多田さんと地田さんの尽力と、アスコムの理解のお蔭です。
ありがとうございます。
札幌のみなさんとお目にかかれるのを楽しみにしています。

キタラの音は最高ですからね。のぶりんのコンサートも楽しみですね。
どうぞよろしくおねがいいたしまーす。

 

■2009,09,08

3日から7日まで、志摩〜安曇野〜鳥海山とツアーしてきました。
その様子は「だいあり」でご覧くださいませ。徐々にアップしていきますね。

留守中、たくさんのメールをいただいたのですが、その中に拙書『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』の嬉しい感想メールが何通もありました。

あんまり嬉しいので、匿名でご紹介させていただきますね。

まだ未読のみなさん、ぜひ同じ感動を味わってみてくださいまし〜。なんて、ははは宣伝部長になってるな。お許しを〜。

「神山典士さん あなたの最新作『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』(竹書房)を風の盆に持参したのですが、やはり読む時間はとれず、結局は今日1日かけて読んだですが、すこぶる面白かったです。麻雀ですら<道>にしてしまう群れが現れる日本人のメンタリティの物語として興味深かったし、あなたも書いてるように今どき珍しい「部族の絆」が雀荘ならぬ麻雀道場をベースに形成されてきたとのレポートとして出色です。おそらくかつての炭住(炭鉱住宅)での谷川雁もかかる酋長的存在だったのでしょうね。また一方的に美化して報告するのでなく 、その道場に集う若者たちを丹念に取材するなかから「なぜこんなにもひ弱な若者が多いのだろう」と訝しがり、その疑問からさらに内在的にアプローチしていく姿勢が光っています。
これは八月上旬世田谷の三軒茶屋で行われた「いいんだよ、そのままで」ワークショップでダウン症の子どもたちの驚異的絵画表現力に目を瞠り、寄り添っていく取材姿勢にも通じていて、本当にごまかしのないいい仕事をしているなあと改めて感服するほかありません。
そのうえで雀鬼:桜井氏の問題点としては1)酒をのまないことがいいことだと思っているふしがあること。2)酋長的存在なのだからやむをえないけどある種(構成メンバーにとってはそれがむしろ心地いいのだろうけど)独裁的組織になってしまっていること。これは谷川雁の病でもあったといえますが。3)彼の饒舌には聞くべきことばも多いが、陳腐で押しつけがましい説教やわけ知り顔のもの言いも少なくなく、これでよく道場に集う若者たちがついてくるものだなと奇妙に思われる面もあること。……
しかし、これは麻雀をまったくやらず、かつ麻雀不敗伝説をもつ彼という存在に触れていないから言える批判であって、おそらく直に会って親しんでいけば、こんなレベルの批判など吹っ飛んでしまうのでしょうけどね。しかし、僕としては、まあ会わなくていいかな、この種人物としては谷川雁だけで十分かなとも改めて思い直している次第でもあります。
それにしても、あなたも麻雀経験はゼロとのこと。そのハンディ?を背負いながらのこの雀鬼と麻雀世界への密着取材ぶりとその精華に、乾杯!!です。 ラストシーンで、亡くなった(元)仲間の死を悼んで「(最古参のメンバーと)何度も何度も麻雀を打ってあげた」とあるのには、こちらもつい涙がおさえ切れなかったと告白しておきます。
雀鬼とは情けの鬼、情鬼でもあるのですね」

「失礼ながら暇つぶし程度にと電車で読んでたのですが冒頭から涙が出て困った困った。 麻雀ゴトキで泣きたくないぞ!みたいな(笑) スゴイ人だなぁ雀鬼。あついなあ。 そしてこんなにも深く迫れる貴方もまた凄いライターだなあ。 何度も読み返すことになるだろう、な本でした」

次に雀鬼会のみなさんからのメールを。

「昨日道場にて購入…初めて知る話も少なくなく、あっという間にラストの須田君のくだりまで。明日からまた今期の打数カウントが始まるという時に、改めて刺激になります。有難うございましたっ 」

「引っ越し中で、返事遅れましたが、 献本いただきました。 ありがとうございます。 昨日は別荘期間中借りていた車を実家(葛飾)に 返しにいったので、さっそく両親にも置いてきました。 自分の所を読んでにやにやしています。 雀鬼会をやめた人間のこととかも いままだあまり触れられていないことなので 興味深く、これまでの本とは異なり神山さんらいしと 思いました」

一緒に仕事をしている編集者からもメールをいただきました。
べりべりさんきゅです。

「会長とのプロジェクト、ついに1冊にまとめられたのですね。 おめでとうございます! アマゾンで注文して早速 読ませていただきました。 いままでどの本にも書かれていなかった会長の素顔や まごころを改めて活字で読んだ気がします。 会長と同じ時間や空間を共有され、濃密な関係の上に 完成した作品なのだと感じました。おめでとうございます。 お疲れ様でした」

「こんにちは! ごぶさたしています。 『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』、 おもしろかったです! 道場の中だけでなく、海やすべての自然をふくめて 会長といっしょにいるところがすべて“道場”になるんだなーと、 思ったりしました。考えさせられる本でした。ありがとうございました。 アエラの書評欄でも近く取り上げさせていただく予定です」

お、アエラが書いてくれるそうです。楽しみですね。
よろしくおねがいいたしまーす。

 

■2009,09,02

昨日は久しぶりに雀鬼会町田道場へ。
PHPThe21誌のインタビューで、桜井会長に会ってました。
「お前の本、道場でも好評だよ。読みやすいじゃないか」と、お褒めの言葉を
いただきました。「でも、地方の子のことはつくってんじゃねぇのか〜」なんて、も。
なはは、そんなことはないです。のんふぃくしょんですから。

でも、拙書の最初の読者は雀鬼会のみなさんだと思っていましたから、
嬉しい限り。ありがとうございます。

明日からは志摩でエレマンのみなさんに会って、
その後安曇野へ。旧友たちとまた新しい企画の仕込みをやってきます。

志摩は晴れていたらシーカヤックができるんだけど。この天気じゃちと難しいかな。
健一郎君やゆきえちゃんに会えるな。楽しみ楽しみ。

日曜日からは鳥取の米子山荘のみなさんと鳥海山へ。
これまた100名山の一つ。これを制覇できれば、今夏大山に続いて二つ目ということになりますな。
天気だといいのだけれど。
みなさんはマイクロで米子からくるんだから、すげ。すごすぎ。
3年連続でお世話になります。

10月下旬に札幌で辻井いつこさんの講演会を企画しているのですが、現地の地田先輩にはずいぶんお骨折りかけてしまいそうで。
なんとかうまくいくといいのですが。

秋の北海道。美味なんだけどな〜。なはは。

 

■2009,08,30

桜井会長が、雀鬼会のHPに拙書のことを書いてくださっています。

http://www.jankiryu.com/painooto/

ありがとうございます。会長には何度も何度もインタビューを快く引き受けていただき
感謝しています。
雀鬼会のみなさんにも、いろいろな場面でご協力をいただきました。
ありがとうございました。

今日は雀鬼会合宿の最終日。
「これから最後の海に行ってきます」と、さっきノックさんがメールをくれました。
昨日は小さいながらサメもゲットしたそうです。

今年は別荘番長花岡さんの活躍はどんなんだったのでしょうか。

さぁ、秋は全国大会(今年もあるのかな?)ですね。

雀鬼会のみなさん、今後ともよろしくお願いいたしマース。

 

■2009,08,27

じゃじゃじゃじゃ〜〜ん!

ついにできてきました。
新刊『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ〜桜井章一の超教育実践』
神山典士著、竹書房、定価1300円+税

いや〜、うれし〜〜〜
桜井会長と出会ってから足掛け3年、ずいぶんいろいろな所にも取材したり、会長にも何度も何度もインタビューをお願いして、やっと書き上げることができました。
会長、雀鬼会のみなさん、本当にありがとうございました。

なにせボク、麻雀ぜんぜんできませんからね。足手まとい以外の何ものでもありませんでしたよね。とほほ。

でもいい本になりました。ぜしアマゾンでもご近所の書店でも、ご注文下さいまし。

人間の可能性を感じられる、勇気の書になっているはずです。よろしくおねがいしまーす。

先週は金曜日から韓国・ソウルへ。
楽しみにしていた詩人の金芝河氏は病気療養ということで会えませんでしたが、
氏が敬愛しているという圓仏教の修道院で勉強会ができたし、
折しも訃報が伝えられた金大中氏の国民葬で、追悼することもできました。
非武装中立地帯(DMZ)にも列車で奥深く入れて、98年『北朝鮮にスマッシュ』を書いた時とはずいべん様変わりした様子も見て取れました。

一昨日は軽井沢で辻井伸行君のコンサート。
美智子さんもいらしていて、熱心に聴かれていました。
高原はもう木々の先端は色づき始めています。
もう秋ですねぇ。

なんかまだ夏が恋しいな。みなさんは如何ですか?

 

■2009,08,20

なんか変な夏ですね〜。今週前半は真夏日が戻ってきたかなんて一瞬期待しましたが、
なんか本格的な陽差しをあんまり拝めずに夏が終わってしまいそうですね。
ま、今年は前半のコロラド・アスペンや鳥取、伊豆で夏を堪能してきたからいいけれど。

みなさんの夏は如何ですか〜?

さーて、先週今週もまたまた書いてますよ〜。とほほなくらい。
連日25枚〜30枚書いて、その上雑誌の原稿も書いて、昨夜新潮45の連載第三回分もなんとか終わりました。山口さんが別件撮影取材で一カ月半も不在になるんだって。その前倒し原稿です。
ふ〜、

今年の夏は前半が雑誌大会、中盤が今日で一段落、
明日からは韓国勉強会合宿に行ってきます。
詩人の金芝河氏に会えるかもしれないんだって。38度線も再訪してきますね。
焼肉も楽しみだね。
ソウルはマルセ太郎さんと一緒に行って以来かな。何年ぶりだろう。

戻ったらすぐに伸行君の軽井沢音楽祭取材。
そしてそろそろアエラを書かないといけないかな。どんな文章が出てきますか、楽しみ楽しみ。

そうそう、この旅の最中に、拙書『人生の大切なことはすべて雀鬼に学んだ』ができてくるはずです。発売は27日予定。みなさん、よろしくおねがいしますね〜。すぐに本屋さんに予約してね〜。なはは。

 

■2009,08,12

清志郎の打ち上げを無事終えて、昨日の深夜で新潮45の原稿もなんとか校了。
お疲れさまでした〜。

ということで昨日深夜また明星で飲んでいたら、またまた店主の啓子ちゃんともりあがってしまいました。
9月11日から13日というスケジュールで、新潟越後妻有で行われている「大地の芸術祭」にいこうじゃあーりませんか、と。http://www.echigo-tsumari.jp/2009/summery/passport.html

十日町は小千谷縮の産地でもありますから、着物を見つける楽しみもありますしね。
今年の芸術祭には、去年まで「居酒屋10番勝負ライブ」をやってくれていたトキコが田島征三美術館のキューレターになって現地で頑張っています。あいつにも会いたいしね。
武蔵野大学の水谷研究室も、作品を出展しています。学生たちも詰めているはずだな。
真っ黒に日焼けした学生たちにも会えるでしょう。

みなさん、如何ですか。ワンボックスを借りていくから、限定8名かな。
宿は武蔵野の学生と同じ廃校とか、小出郷の庭山先生のゲストハウスとか。
里山を見ながら現代美術を探り当て、ひととき自然と感性の世界に浸りましょうよ。

というわけで、参加者大募集です。
電話03-5248-0811ファックス5248-0810かmhd03414@nifty.comまで。

みなさん、ふるってどーぞー。

 

■2009,08,06

おっと、「だいあり」のほうはけっこう頻繁に更新していたのですが、この「ほわっつ・にゅ」が放置プレイになってしまいましたね。すんません。

行ってきました、アスペン。なんて、もう随分昔の話だな。この話題はだいありでお楽しみください。

26日に帰国して、翌日は山口さんと鳥取・大山町へ。
なまこ壁の取材をしてきました。
そのままボクは延泊して、荒井先生と合流。
翌日、大山、登りましたよ。
1700メートルほどの山ですが、山陰一の山ですからね。
森林限界の8合目からは猛風が吹いて、初めて身体が飛ばされそうな体験をしました。
それに先生もボクも極度の二日酔い。とほほ。登山口のあたりは、坂道と闘うよりも酒臭さとの闘いでしたよ。とほほのほ。

んで戻ってすぐにフライデー「清志郎」連載の最終回執筆。

2日日曜日夜は、護国寺のイタリアンにクラブSのメンバーが集まって、
ピアニストの辻井君のお祝い会。美味しかったな。バリックかな。

んでもって、3、4日は伊豆へ。
今年も合宿を張っている桜井会長の誕生祝いを持ってでかけてきました。
ちと天候不順ですが、今頃はもう皆潜っているでしょうね。

昨日5日は三軒茶屋でアトリエ・エレマン・プレザンの展覧会のオープニング。
「いいんだよ、そのままで」(アスコム)の出版記念でもあります。
いい本になりましたよ。ぜし手にしてみてください。
ダウン症の作家たちの作品展は、今週一杯やっています。
ぜしお出掛けください。ボクは土曜日に顔を出します。

そしてそして、今日は5時〜、フライデー忌野清志郎連載打ち上げ大会です。
取材でお世話になったミュージシャンや屋根裏の関係者、編集者、記者、テープ起こし、友人知人等々、賑やかなことになりそうです。
もちろん場所は板橋「明星」です。きのうDVDも試してみて、絵も音も出ることがわかりました。
なはは、当たり前か。

プレゼント大会のラインナップがすんごいですよ。
清志郎さんがデザインしたあれでしょう。あの音源でしょう。あの写真でしょう。DVDでしょう。それから世界でたった一枚の秘蔵音源でしょう。なはは、お楽しみに〜。

こちらも参加自由です。たぶん最後は立ち飲みだけど。
よろしくどーーーーーーーーーーぞ。

 

■2009,07,18

原稿も仕事もぎゅうぎゅうに詰まっているのに、こんな時に限って突発的な取材が入ってくるんですよね。
21日から、コロラド州アスペンに行くことになりました。
辻井伸行君のコンサート取材です。アスペン音楽祭に出演するそうです。
調べたら、国際的なスキーリゾートだから、夏場はオフとはいえけっこうホテルも高いなこりゃ。大変だ。
ま、久しぶりの伸行君の生音を聴けるんだから、ね。
でもこれからは、いちいち欧米まで追いかけないと聴けないんだろうな。
コンテスト前は都電に乗って荒川のホールで聴けたのに。とほほですねぇ。

というわけで、『あのシャウトが聴こえる』も今週中に二回分書きためないと。
アエラの『軸』も一カ月先まで一応書き終えました。
あとは「新潮45」だな。いやはや。

んで、帰国してすぐに鳥取へ。山口さんとなまこ壁取材です。
大山の近くに行くということで、すかさず荒井先生に連絡を取って、29日には大山登山もすることにしました。忙しかろうが何だろうが、飲むべきものは飲む、登るべきものは登る。なんてね。

そうそう、昨日板橋串カツ『河内屋』完全復活。心配しましたよ。10日間も休んじゃうんだから。
なんでもオヤジさんが、突然左目が見えなくなってうろたえたそうです。
ま、過労でしょう。お昼はしばらく休んでくださいよとお伝えしました。
そしたらお母さんが「私がタコヤキやろうかな」だって。こりゃ大賛成。ぜしお願いします。伝説の大塚駅前屋台のタコヤキ。たべたーい。

 

■2009,07,17

いや〜〜、ついに夏が来ましたね。
最近はずーっと浴衣です。
ネクタイしなきゃならない人には申し訳ないッすが、この国にはこの湿度を耐えるためにこんな素敵な伝統衣装があるんだから、着るべきですよね。
クールビズなんて小泉さんが言い出した時、ポロシャツなんてぬるいもん着ないでいっそ浴衣を着てくれたらサラリーマンもみーんなこれでいけたのにね。
何が改革だ。ぬるすぎ。返す返すもじゃんねんだ。

んでパナマ帽も被って、昨日は浅草ロック座へ。
久しぶりにママを顔を見に行ってきました。
そしたら元気元気。今度の誕生日で84よ、なんていいながら、
今も毎月一度は沖縄へ行き、最近小屋を開いたマカオにいき、カジノで遊んでいるのだそうです。周囲のスタッフの方がくたびれてたな。なはは。
ロック座ママ健在。素晴らしい。

フライデー『清志郎』の連載が、第9回まで続くことになりました。
今日から7回『ラプソディ』を書いて、8回は『タイマーズ』、そして最後は『完全復活武道館』か『屋根裏同窓会』となる予定です。

そこでお知らせ。

予定通り行けば、最終回掲載号は8月6日(合併号で木曜日)発行となります。
この日、板橋大衆酒場明星で大打ち上げ大会を企画しました。
DVDかけめくりで、ノリノリ、飲み飲み、お楽しみ抽選会ありです。

編集者、記者、カメラマン、テープ起こし隊、お世話になった方等々、参加自由です。
ただし狭い店だから、座れるのは20人くらい。あとは立ち飲みかな。
5時の開店からぶっとばそうぜ〜。なはは。
でも 9時までです。犬の散歩があるからね。とほほ。

参加ご希望の方は、ボクにメールくださいまし。
一等賞はすげーよ。清志郎さん縁の賞品です。お楽しみにね。
よろしくどーぞ〜。

 

■2009,07,10

8月5日〜9日にかけて、世田谷キャロットタワー4階生活工房において、「無垢なる芸術家」と呼ばれ美術界でも大きな注目を集めるダウン症児の芸術活動の展示会及びワークショップ『いいんだよ、そのままで』(参加自由)が行われることになりました。

5日(11時〜)には、ダウン症児の芸術活動を約20年間実践してきた画家・佐藤肇氏(アトリエ・エレマン・プレザン主宰)と、盲目のピアニスト辻井伸行氏を育てた母・いつ子さんとの対談もあります。
これを僕が司会します、よろしく〜。

エレマンプレザンは、志摩と東京で活動しています。その作品は、スイスにあるアール・ブリュット・コレクションのキューレターにも大絶賛を受け「精神障害者のアートとは違う、アール・イマキュレ(無垢なる芸術)だ」との評価を得ています。 彼らの作品に囲まれて「まるで絵画の森林浴のようだ」と言ったキューレターがいました。拝金主義に墮してしまった現代美術の対極にある、人間存在の根本から生まれ来る作品たちです。
その素晴さに、ぜひ「出会ってしまって」ください。一つの事件になるはずです。

無垢なる芸術家たちの作品は現在、聖路加病院小児科、東大図書館、榊原記念病院、IBM本社等に常設展示されています。

5日には、佐藤先生の活動実践を綴った『いいんだよ、そのままで』(アスコム)も出版されます。ダウン症児親子が芸術と出会い、いかに開花したか。才能は創るものではなく、引き出すものだという佐藤先生ご夫妻の実践にもご注目ください。

5日のシンポジウムは席が少ないそうです。参加ご希望の方は、早めに神山までお願いいたします。 会場でお目にかかれたら嬉しいです。

よろしくどーぞ。

 

 

■2009,07,01

「お客さん、この前来たときにデジカメ忘れてませんでしたか?」

昨日、一カ月以上ぶりに暖簾を潜った居酒屋で、若い店員さんからそう声をかけられました。
一瞬驚いたのですが、そうそうそうそうそう、いつだったかこの店で飲み始めて何件かはしごしているうちに、デジカメを紛失してしまっていたのです。
まさか飲み初めのこの店に忘れたとは思わずに、他の店で探してもらったりしていたのですが。

いや〜、うれぴーーー。
五反田の、山本モナ街にある「かね将」って知ってます?
いやいや、店員さんが親切なだけじゃなくて、牛すじのトマト煮込み、つくね、ガツ刺し等々、美味い安い超満員親父度120%。
午後4時頃から開いてるらしいんですが、いつも超満員です。
素晴らしい店だ。

赤羽の米山、板橋の河内屋、そしてここ、さらに明星。その辺が最近のグランドスラムだな。なはは。なにせ夜が短いコウヤマなので。

さぁ、カメラが戻ってきたから、ダイアリの写真も復活しますよ〜。お楽しみに〜。

 

■2009,06,29

昨日は早朝から浜松へ。
雀鬼・桜井さんがここで行われている「ヒクソン・グレイシー柔術大会」に駆けつけるということで、僕もヒクソン×雀鬼のツーショットを見て挨拶してこようと思って出かけたのでした。

いや〜、びっくりした。
浜松アリーナという会場には、早朝から何百人もの柔術家が集まっていて、8面のマットで一斉に試合が始まります。
僕が見た午前中は白帯の闘いだったので、内容としてはまだまだでしたが、日本人、ブラジル人、二世、三世、多種多様な参加者がいて、内容のぎゅっと濃い大会でした。

それにしても、日本でブラジル人の名前を冠した柔術大会が開かれて、そこに日本中から多人種の選手が集まってくる−−−。なんて壮観、かつ奇跡的なことじゃないですか。

振り返れば95年、アマゾンのベレンで開かれた「第一回コンデ・コマ杯柔道大会」を取材したのが、この世界との付き合いの始まりでした。
それから約15年、黒船襲来と言われたヒクソンの来日があり、総合格闘技ブームがあり、ロシアや東欧への広まりがあり、そしてこの大会があります。

僕にとっては、その連鎖の中に、雀鬼・桜井さんとの出会いも含まれます。
こうしてみると、奇妙でダイナミックなご縁を感じないわけにはいきません。
8月に上梓予定の拙書『大切なことは全て雀鬼に学んだ』の中に、コンデ・コマからヒクソンへ、そして雀鬼・桜井章一への太い絆も書いています。
ぜひ手にしてみてください。

■2009,06,24

 

一昨日フライデーの小柳津君が突然「ちょっとお願いがあるんですが」なんて言ってきてくれました。
もうフライデーには清志郎でこちらこそたくさんたくさんお世話になっているので、いまさら何だろうと思ったら「拓郎さんを書いてくれませんか」だって。

「えっ? そりゃ嬉しいけど、ボクもう何年も彼にはあってないよ」と言ったのですが、「編集長が今回のファイナル・コンサートの記事をぜひ載せたいからって」とのこと。

あわてて事務所のファイルをひっくり返したら、出てきた出てきた。87年に、ボクがフリーランスになって 初めてサンデー毎日に書いた「直筆原稿」まで出てきちゃいました。
それ以降、92年にアエラで書いて94年にはペントハウスで書いて、それ以外にもフォーライフの横田君に頼まれたパンフレット原稿なんかもあって、 随分何回もお世話になっていることを再認識しちゃいました。

原稿のさわりを、だいありに載せておきますね。まだ発売前だから、ほんのちょびっとね。なはは。清志郎と拓郎。二人に贈った拙文が載るなんて、金曜日が楽しみだな〜。

小柳津君、いい機会をべりさんきゅね〜。

■2009,06,14

 

いや〜、呆れるほどつづいていますね〜、伸りんフィーバー。
なんか目につくメディアのほとんどに出ている感じだなぁ。
本人は北上でのコンサートを終えて今週は名古屋公演のようですが、お母さんからは「嵐の中でぜんぜんおちつきません」とメールがきました。そうでしょうねぇ。すごすぎ。

以前札幌のキタラでコンサートがあった時に、道新にいる地田先輩が辻井親子とボクに夕食を奢ってくれたことがあったのですが、彼からも「今更ながら嬉しいよ」なんてメールをいただきました。 なはは、その節は御馳走さまでしたン、地田さん。

おっとフィーバーは伸りんだけではありませんでした。
浅草ロック座も燃えてますねぇ。うふふ、炎上だな。
こちらは週刊誌にママが取り上げられて、「怪女」なんて書かれていました。
どんな感じかなと思って、ひさえ姉さんに電話したら「私は大衆演劇の方についているので、いま旭川よ」なんて返事。これから札幌に向かって羽田についたらすぐに前橋、その後鹿児島、そしてやっと浅草に戻れるのだそうです。たはは、多角経営だから大変ですね。

さーて、僕の方は先週金曜日から『忌野清志郎』の連載が始まりました。
読んでいただいた方、ご感想はいかがだったでしょうか。
始まっちゃった以上、終わるまで書き切らないといけません。当たり前ですが。あはは。
どこまで遠くにいけますか。
自分でも楽しみです。

先週は、雀鬼・桜井さんのことを書いた作品の打ち合わせもありました。
タイトルは『人生の大切なことは全て雀鬼に学んだ』になりそうかな。
どうでしょうね。このタイトル。ボクはまずまず気に入っていますが。

出版は、会長の誕生日の8月4日が有力です。
夏休みは出版点数が減るから、いいんじゃないでしょうか。
力強い作品になっていますから。暑さにまけない熱血な作品です。

こちらもお楽しみに。よろしくおねがいいたしまーす。

 

■2009,06,11

 

昨日は午後から全日空ホテル。
伸りんにあってきました。もうこんな機会でないとなかなか会えないからねぇ。
いや〜、テレビで見られましたか?なかなか立派な質疑応答だったでしょ。
当初心配していたんですよ。この日は疲れてお母さんも会場に来ていないっていうし。
ボクのイメージの中には小学校5年生や中学生だった頃の伸りんがのこっているので。
でももう二十歳の若者なんだから、「お嫁さんが欲しい」「親から自立したい」というのは当たり前ですよね。自信は人を成長させますね。なによりなにより。
その意味でもおめでとう、伸りん、ですね。

今週金曜日発売のフライデー、忌野清志郎さんの追悼文の一回目ができましたよん。
いろんな人に会って資料も読み込んでBAZでもRCをかけっぱなしにして、もう頭の中清志郎でこんがらがっています。とほほ。

さわりだけね。

 少年は、高校に登校すると空に一番近い場所に登り、一人でタバコを一服するのが無上の喜びだった。新設されたばかりのその高校は、4階建てのA棟から2階建てのC棟まで、漢数字の「三」の形で校舎が3棟並んでいる。最も高いA棟の屋上の西の端。一団高くなった場所が少年の定位置だった。 後に少年は、ここで過ごした体験を「至福のもの」としてこう歌っている。
「寝ころんでたのさ屋上で、たばこのけむり、とても青くて」〜

これはオリジナルで、誌面では行数の関係等で多少変わっていますが。
ぜひみてやってください。お楽しみにね〜。

 

■2009,06,05

事務所で執筆していたら、牌の音から電話をいただきました。
「会長が電話をかけてほしいそうです」
いや〜、ダイヤルをぷっしゅするのもどきどきですね。
ちょうど今頃、拙書のゲラをみていただいているはずなので。
ちとご無沙汰してしまった会長のお声。
この間、木曽の温泉に行かれたりしていたはずです。
いろいろお話しをいただきましたが、「OKですよ」と一言。
まだこれからいろいろ修正は必要ですが、その一言で、この3年間のいろいろなシーンが思い出されてきました。会長、ありがとうございます。
これで夏ごろには、皆さんに拙書を見ていただけると思います。
楽しみだな〜。

今週は清志郎さんの第一回目の執筆にはいります。
BAZに流れているのは、ずーっと清志郎、ずーっとRC。
全身音楽漬けになりながら、さーて、どんな文章が出てきますか。
こちらは6月中旬からの「フライデー」ですね。

といいつつ、アエラの連載も続いているし。
「旅」も「新潮45」もあるし。
う〜ん、頑張れコウヤマ!! って感じですね。

 

■2009,05,29

昨日は新宿のタワーレコードでRCサクセションのレコードを大量大人買い。
今、フライデー誌で、忌野清志郎の追悼企画の取材にかかっています。
そういうときは、まずシャワーのように「音」を浴びないといけないねってことで、CD何枚も買い込みました。
そしたらその中の『RHAPSODY』に反応しちゃって。
確か大学2年の時、後輩の下宿でこのレコードを聞きまくっていたんですよね。
んでもって、松本市民会館のコンサートにも出かけて、パイプ椅子なぎ倒して大暴れしたことも蘇ってきました。
う〜ん、懐かしい。卒業時に結成したバンドでも『雨上がりの夜空に』と『よォ−こそ』をやったのかな。なはは、そんな青春もあったんですね。ボクはドラムでしたかね。すげー下手っぴだったけど。

ま、亡くなった清志郎さんを通して、70年代の音楽が持っていたパワーを語りたいと思っています。

その一方で、昨日は鳥取大山地方に残る「なまこ壁」の専門家にあいにいったら、県庁職員や鳥取民芸協会の理事の方にも会えて、鳥取取材が現実的になってきました。
う〜ん、これまたご縁ですねぇ。
板橋の串カツ河内屋でも鳥取県庁の人と仲よくなったし、 米子には恩師もいるし。
こりゃ取材が楽しみだな〜。

 

■2009,05,22

今週は、京都−泉南取材で幕を開けました。
いやいや、その前の先週日曜日から、刺激的な取材が続いています。

まずは先週日曜日夜、全国の森の再生を手がける職人・速水さんと、海から地球環境を蘇生させようとしている海の旅人・内田さんの出会いから、はじまりはじまり〜
これまた山口さんの「引き合わせる力」の産物なんだけど、二人のオーラがみごとにシンクロしあって、 海と森の新しい潮流が生まれそうです。
さっそく内田さんの著書『祝星「ホクレア号」がやってきた』を読了。ヤポネシアと呼ばれる日本人は本来海洋民族なんすよね。
昨年一昨年、雀鬼と行ったパラオの海が思い出されます。
志摩でもシーカヤックやったしねぇ。なんて、そんなスケールの話じゃないんですが。たはは

月曜日からは京都に飛んで、室町に270年続く超老舗帯問屋「誉田屋源兵衛」さんへ。
ここでは「桃山」の時代を彷彿させる素晴らしい帯の数々を見せていただきました。
帯だけじゃなくて、源兵衛さんは、生き方としても桃山の「凄味」を現世に体現しようとしていらっゃいます。かっちょいいんだ、これが。
そこにプロレスラー、じゃなくて、知の格闘家吉田真一郎さんが合流して、すげーのなんの。

しかも夕食は祇園の「おいと」はんですよ。おでんですよ。稚鮎ですよ。なはは。満足満足。

火曜日は、泉南の大正紡績にて、今度は世界一の糸を見せていただきました。
これまたワールドワイドで圧巻。こういう技術があるんですねぇ。日本には。いやはや凄い。

いや〜、東京に戻ってくると気が抜けちゃいますね。

 

■2009,05,12

ふ〜〜〜〜
書き進めてきた『雀鬼と青春』(仮題)。
やっと「まえがき」と「あとがき」が書き終わりました。
まだ編集者から何がしかの注文があるかもしれませんが、
ひとまず脱稿です。
足掛け3年間、桜井会長と出会えたことの感動をエネルギーとして、
ずいぶんいろいろなシーンを見させていただきました。
ボク、麻雀牌って握ったことないでしょ。
そんな男の拙いインタビューや取材に応えて下さった会長、そして雀鬼会の皆さん
本当にありがとうございました。
でも会長も皆さんも、一言も言わないんですよね「麻雀やれよ」って。
むしろ「麻雀なんてやらないならやらないほうがいい」って言うし。
その辺の矜恃の持ち方もまたかっこよかったな。

「まえがき」の冒頭を「だいあり」に貼り付けておきました。見てやってください。

さてさて、ここから編集作業となります。
どんな本となりますか。
初夏には皆さんにみていただけるはずです。
楽しみにしていてくださいませ。

ひとまず、「あざーす」、ですね。

 

■2009,05,05

GWも後半に入りましたね。
都内は車が少なくて、快適快適。
高速道路の渋滞のニュースばかりですが、面白かったのは、東京大学の渋滞学の先生がニュースで「車間距離を40メートルとれば渋滞は起きない」だって。とほほですよね。
車運転したことあんのかな。そんなん「車に乗らなければ渋滞に会うことはない」と言ってるのと一緒っすよね。
ま、ボクは渋滞知らずですが。ベンツのチャリンコでBAZに通っています。

このGWの収穫は、拙稿「雀鬼と青春」(仮題)が書き終わったことでしょうか。
最終章5章「別れ」の章が一応書き終わって、あとは桜井会長に最後のインタビューをするだけとなりました。
夏前には皆さんにもみていただけるかしらん。
ここからのツメが大切になります。

ところでタイトル件、「雀鬼と青春」と「麻雀青春記」ではどちらがいいと思いますか?
サブタイトルに「〜雀鬼・桜井章一の超教育実践」といれようと思っているのですが。
如何でしょうか。ご意見ご感想をお待ちしてますね。
よろしくどーぞ〜。

 

■2009,04,25

あらら、ちと油断してたらもう一週間がたってしまいました。
今日は一転、肌寒いくらいですね。
ここんとこ、ちといやなことばかりが続いて、ふさぎ込んでおります。とほほだな。
今週のハイライトは歯医者さんかな。
治療してあった奥歯がかけちゃって、10年ぶりくらいに歯医者さんにいったんです。
歯なんかが悪くなると、歳だなと思っちゃいますよね。
その上、最初に行った歯医者さんでは「二本抜きましょう」なんていわれてええっ!!と驚いていたんです。インプラントなんて技術があるそうなんですが、痛そうだしね。
でもそんな悩みを明星で話していたら、偶然常連の歯科技工士・亜中、冠中兄弟が現れて「抜くことないよ、絶対」とアドバイスを受けました。で、医者を変えたら3回で見事に直してくれたというわけです。
ま、被せただけなので、本質的には危ないんだけど。
でもよかった。持つべきものは明星と友人ですね。なはは。

そんなこんなの一週間。

明日発売のアエラから山口さんとの連載始まります。最後の方のページかな。どこかで立ち読みでもしてやってくださ〜い。よろしくどーぞ。

 

■2009,04,19

気持ちのいい天気の日曜日ですね。
この季節はこの国で最も気持ちいいですね。
花見の季節は煩くていやだけど、最近は今頃の夕方が一番いいな。
原稿執筆を終えて、黄昏時からホッピーを飲むのが至福です。なはは。おやじくさ。

今日もBAZで執筆です。
ご縁あって取材させていただいたダウン症児を持つ松野明美さんの原稿が、ほぼ仕上がりました。

アエラ×燕子花連載も、第二回目。江戸屋さんという、まさに江戸時代の将軍家お抱え刷毛師の店の歯ブラシを書きました。これって天然馬毛なのに380円。使い心地最高です。

そして「雀鬼と青春」再開。あと少しなのに、いろいろな締め切りが重なって、なかなか手がつきませんでした。でも連休前には何とかなりそうです。

セオリーで取材した板橋串カツ「河内屋」さんのテープ起しをしていたら、串カツが食べたくなっちゃった、とほほ。今日は休みだもんな。我慢我慢。

5月は山口さんと地方取材が始まりそう。京都、倉敷に行ってきます。それ以外にも長野、大阪もあるかな。いずれにしても、仕事がボクをひっぱってくれています。ま、いけるところまでいってみようじゃありませんか。

 

■2009,04,13

今日は誕生日というのに、朝からマロンに起こされて、6時にはもう散歩です。とほほ。
ま、マロンが家に来てから、前みたいに深酒ができなくなって、たいていは11時には寝るようにしています。だって朝6時前にはクンクン鳴きだすんだもんね。
ま、その分健康的な生活が送れるようになったというわけです。前向きに考えましょう。

んで戻ってテレビをつけたら、「48歳9カ月、史上最年長のマスターズチャンピオンが誕生か」なんて声がきこえてくるじゃありませんか。なになに、ボクのこと? なんて思わず身を乗り出してしまいました。

ケリー・ペリーなんて知らなかったけれど、頑張ってますね。
でも、それ以上に、48、49歳というのは、いまだかつて誰もメジャーで勝ってない年齢なんですね。 そういうことになってしまったのかと、思わず唸ってしまいました。

ちと気になるのは、10年後の自分のイメージが見えないことかな。んじゃ二十歳の時は30歳が見えていたのかと問われたら心もとないものもありますが、この10年で、どこまで遠くどこまで高くどこまで深く進めるのかな、と。

ペリーは16番のバーディーで勝利をつかみかけたのですが、17、18と連続ボギーでプレーオフで沈みました。最後の2ホールは、アマチュアゴルフでしたねぇ。残念。

もう一度この舞台に戻ってこれるのか。
その辺、じぇんじぇん人ごとじゃないんだけれど。うーむ。

 

■2009,04,10

昨日は終日有明の東京ビックサイトへ。
糸の神様と言われる、大正紡績の近藤健一さんに会いに行ってきました。
そしたらその神様は、山口さんのことを「女神様」と呼んでいるし、その周囲にも、紡績業界では小さな神様と呼ぶしかないような職人さんたちが一杯。
今治から来た空気よりも軽いタオル生地屋さんとか、長野の奇跡の織物師とか、古代染めの職人さんとか。なんか、高天ヶ原の神様の集まりに顔出したような気分でした。

糸も「紡ぐ」といいますが、ボクも文章のことをずーっと「紡ぐ」ものだと思ってきました。
どこが共通しているのかを考えています。
その答えは、このレポートを書く「新潮45」で明らかにしていきましょう。

日本の伝統産業である製糸業界、ファッションの世界が、ぐっと近づいてきた日となりました。

 

■2009,04,08

4月もあっと言う間に一週間すぎてしまいました。

花は散り際。人気がなくなった今頃の気配が好きだなぁ。
石神井川沿いもいい感じになっています。
なーんていいながら、今年は取材で板橋の串カツ河内屋の花見宴会に参加させていただきました。
花の下で青いビニール敷いてビールを飲んだのなんて、何年かぶりだな。なはは。
ママがつくった美味しい料理と、二次会のカラオケのマスターのド派手パフォーマンスが楽しいこと! 彼らは翌日も2日連続でやったんだって。すげー。

アエラ×燕子花連載の執筆が始まりました。
1回目は、徳島に伝わる「遊山箱」。
アーティスティックな写真にあっせて、硬質な文章を心がけています。
発行は4月27日かな。そこから1年間の連載です。
どうぞよろしくお願いいたします。

 

■2009,03、30

先週末、28、29と沼津アルプスに登ってきました。
アルプスなんていっても、標高400メートルたらずなんですが、
5つくらいのピークが連なってアップダウンがけっこうあって、それなりに楽しめる山でした。
東に駿河湾、北には富士山、が見えるはずだったのですが、曇天で残念。

中学時代の恩師の還暦祝いということで、地元入間市の旧友たち約10名が集ったのでした。
皆元気そうでなにより。恩師も米子から夜行でやってきてくれて、当時の懐かしい話で花が咲きました。

さぁ3月もあとわずか。
蕾が膨らんでから寒い日が続いてますが、今週は花も見頃になるでしょう。

お花見って、なんか他力で好きじゃないのですが。
せめて夜桜でも一人で楽しみますか。

 

■2009,03,25

燕子花×アエラプロジェクトがいよいよ始動です。
昨日は12時から中目黒で打ち合わせを開始。
編集者やカメラマン、アートディレクターを含めて打ち合わせが終わったのは3時30分になろうとする頃でした。

そしてさっそく今日から撮影です。
燕子花別館を舞台に、午前中の柔らかい光の中で職人技たちが新しい表情で切り取られていきます。 いやいや、そのいとおしいことといったら。
デジタルでおさえた写真をそのままパソコンに取り込んで、それがモニター上にページデザインとして浮かび上がった時には思わず皆で拍手をしてしまいました。ぱちぱちぱち。
カメラマンの外山さん、デザイナーの福島さん、編集の浜田さん、もちろん山口さんと燕子花のスタッフたち、みーんなの方向性が見えた瞬間でしたね。
あとはいい文章が出てくるだけです。ふふふ、心地よいプレッシャーだな。

昨日は打ち合わせのあと、そのまま燕子花のスタッフとタクシーに乗り込んで、原宿東郷神社へ。ケイちゃんの新しいレストラン『I(アイ)』のおひろめ記者会見でした。
ま、ボクらは早めに行って、こそっと現場を見させてもらったわけですが。
オープンは5月末。「江戸野菜」を中心とした東京ローカルの料理が楽しめるそうです。
これまた楽しみです。

ま、なにかにつけて「はじまり」の春。みーんないい動きになりますように。

 

■2009,03、21

先週金曜日19日、都電に揺られて荒川まで。
ピアニスト辻井伸行君のコンサートがサンパール荒川というホールで行われたのです。
久しぶりに伸リンの演奏を聴きました。
今回は「シューマン ピアノ5重奏曲変ホ長調」と、
「ベートーベン ピアノソナタ 29番 ハンマークラビア」
素人が聴いても、とてもとても難しい曲でした。
でも、彼の師匠の川上先生がつねに言っていた「音の粒々」の精度にますます磨きがかかって、 素晴らしい素晴らしい。

アンコールにはなんと3回も応えてくれて、ショパンのエチュードから「別れの曲」と「革命」
そして自作の「川のせせらぎ」も演奏してくれました。

客席も大喜び。演奏家としても、だんだん風格が出てきましたね。小学校5年生の頃から聴いてきたから、本当に嬉しい成長ぶりです。

18日には下北沢で雀鬼会・桜井会長のインタビュー。「勝負論」がテーマ。

http://www.jankiryu.com/painooto/

なんと、証拠写真が残ってしまいました。大和書房の編集者上岡さんと一緒です。
雀鬼会の皆さん、お目目汚しですみません。でもこれで、上岡さんは会長企画を考えないといけませんね。なはは。

「雀鬼と青春」(仮題)も、脱稿まであと少し。最後まで走りきる覚悟です。

 

■2009,03,18

埼京線板橋駅前に「河内屋」という串カツがあるんす。
ほんと、5、6人入れば一杯の小さな店なんすが、これがなかなか美味い!
串カツは、「ソース二度漬け禁止」の関西風。ひと串80円から150円程度。
それだけじゃなくて、関西風土手焼とか、鳥のレバ刺しとか鉄板焼きとか、メニューは常に変化しながら充実しています。

しかもランチが380円でサラダ付きの牛すじ丼とか親子丼とかもあります。
経営しているAさん夫妻は、南河内で自己破産してきた人で、ほんと逞しいんだな。決して力んではいないけれど。

今度セオリー誌の「小さなサービス特集」で、この店のことを書くことになっちゃいましたん。なはは。
昨日挨拶に行って色々聞いていてきたんですが、サービス内容も面白いしご夫妻の生きざまもなかなか味わい深い。
さてさて、どんな取材文章になりますか。
4月4日の花見パーティーにもいきますよん。何でもミカワケンイチとか来るらしいですよ。うふふ。

よろしくお願いしますねん。

 

■2009,03、15

昨日の食事会は大盛況でしたん。お集まりの皆様、ありがとうございました〜。
詳細は「だいあり」をご覧ください。おバカな写真も載ってます。お許しを〜。

アエラに書いた拙文「現代の肖像・山口智子」が、「プロ力〜仕事の肖像」という単行本に収録されました。 朝日新聞出版発行。 3月23 日発売だそうです。
YouTubeのスティーブ・チェン、勝間和代、南場智子、等々16人の人物ルポですね。
真っ黒な表紙でなかなかかっちょいい。
書店で見かけたら、立ち読みでもしてみてください。

さぁ、3月もあと半分だ。
「雀鬼と青春」も最後まで頑張らないといけません。
その他二本あるし。4月にはまた新しいプロジェクトも始まるし。
「春宵一刻値千金」−−−そんな春にしたいですねぇ。

 

■2009,03,14

先週ゲラの読み合わせでカンヅメになっていた真鶴ではもう早咲きの桜が綻んでいましたが、今日はまたまた寒いですねぇ。

アエラ「古田新太」の拙稿掲載日が決まりました。
23日月曜日発行号となります。
同時に、4月中旬号から同誌で、山口智子さんの燕子花企画の連載も決まりました。
1年間ハードなことになると思うけれど、残すべき言葉達をしっかりと刻んで行きたいと思います。読者の皆さん、よろしくお願いしますね〜。

今日は下記の食事会当日です。これから東京駅に向かいます。
生憎の日になってしまったけど、約40名の皆さんから参加表明をいただきました。
べりさんきゅです。どんな会になりますか。楽しみ楽しみ。

昨日はPTAの新旧役員の引き継ぎ式。なーんてただ皆で飲んだだけですが、これで3年間続いたPTA活動も一つの区切りを迎えました。
皆さん、お疲れさまでした〜。いろいろありがとうございました。
PTA活動自体にはじぇーんじぇん納得していませんが、自分の非力さと、今の世間の常識との乖離具合がよくわかる貴重な機会でした。
ボクは普段一人で仕事を創って一人でこなしてしまっているから、やはり協調性という点では不合格なんでしょうね。 編集者やスタッフはいるけれど、基本的には一人作業だもんな。
でも子供たちとのふれあいは貴重だし可愛いから、来年度も「現場」には出たいと思っています。
ソフトボールとか相撲とかね。
子供に教わることは多く貴重ですね。

 

■2009,03、08

昨日は地元入間市に戻って、ヴァイオリンの礒絵里子ちゃんのコンサート。
前に地域創造の取材でお世話になった美人ヴァイオリニストです。
たまたま 地元に来てくれるとのことで、両親や友人を誘って大勢ででかけました。
いやよかったよかった。細身なんだけど、ジプシー系の曲に迫力があるんです。
終演後、お母様も一緒に仲間たちと鳩屋で打ち上げ。
彼女のコンサートに130回以上通っている人や京都の田辺からきたファンもご一緒に。
いやいや、すんごいですね。ハードなおっかけだ。

昔ロック座の取材をしていた時、舞台の袖から踊り子さんにテープを投げる追っかけの人に取材したことがありました。皆理工系の秀才だったな。130回の人も、航空力学の専門家といっていました。なはは、彼ら理系の頭脳を刺激する何かがアートにはあるということですね。

アエラ「古田新太」再開。
ちと事情があって執筆を中断していましたが、先週末テレビ関係者に取材できて、最後のまとめに入りました。さてさて、どんな風に読み取っていただけますか。
楽しみです。順調なら、3月23日発行のはずです。

先週、黒いポーチ袋にいれていたデジカメとICレコーダーが行方不明になってしまいました。
とほほ。いつもバックに入れていたのに、気付いたらないんです。
どこかでお心当たりのある方、酔っぱらっている神山から預かったとかひったくったという方、あるいは拾った方(名前が付いてないのよね。とほほ、青のデジカメと茶色のレコーダーです)
ぜひご一報下さい。よろしくおねがいしまーす。

そうそう、下記の食事会件、お蔭様で満員御礼となりました。
いつもお騒がせしてすんません。ありがとうございます。
楽しい会になるはずです。
参加の皆さん、お楽しみにね〜。

 

■2009,02,27

『早春のフランス・プロヴァンス、ラングドック、アルザスの味覚を味わう食事会』

〜別名、東京駅地下「パテ屋」シェフ伊藤洋平君、ソムリエ須藤佳子さん、植木君、小林さん「お疲れさま〜」の会

三寒四温とか。だんだんと春めいて来ました。ご無沙汰の方も、いつもお世話さまですの方も、同報メールで失礼いたします。

早春の食事会へのお誘いです。

表題通り、伊藤シェフと須藤ソムリエが両輪となって頑張ってきた東京駅地下「パテ屋」が、業態変更のため惜しまれながら閉店することになりました。お二人はともにフランス時代、『K's passion=現在のKeisuke Matsushima』のスタッフとして、ミシュラン一つ星獲得の原動力になった優秀な料理人です。

今回の食事会の料理は、伊藤シェフが修行を重ね愛してやまない地域の郷土料理。ワインも、須藤ソムリエが料理とのマリアージュを吟味し抜いた赤と白が用意されます。 この価格でこの味このワインは今回が最初で最後。40名様限定、早い者勝ちの特別企画。
花見や就職入学卒業出産祝い何でも兼ねちゃって、ふるってご参加くださいませ。ご返信をお待ちしております。よろしくおねがいいたしまーす。

期日、3月14日土曜日、17時〜20時 場所、千代田区丸の内1-9-2グランドトウキョウサウスタワーB1、「パテ屋」 03-5223−8537
会費、飲み放題6000円(料理は中央に大皿で盛られ、自由席方式です)
問い合わせ、(事務局)有限会社クレマ、小坂麻生 0422−29−7007
makic@rf6.so-net.ne.jp
企画、神山典士http://the-bazaar.net Mhd03414@nifty.com

とうわけで、ご都合よろしかったらぜひに。よろしくどーぞ。

今月は中盤であまりの原稿量に泣きが入りましたが、もう月末なんですねぇ。
とほほ、はや。
でもなんとか頑張って、予定していた2本も最後のゲラになっています。ふ〜
編集の皆さんにも頑張っていただきました。べりさんきゅです。

昨日は新潮社「旅」編集部へ、燕子花智子さんと。
こちらのやりたいことと雑誌の方針を摺り合わせたのですが、なんとか夏号頃から連載のはこびになりそう−−−かな。なはは。ま、ご縁のものですからね。
テーマは「日本」と「結び合い」かな。

その後町田へ。今週書いていた「雀鬼と自然」全80枚がなんとか仕上がって、桜井会長にみていただきました。こちらもあと少し。頑張っていい本にしたいと思っています。
いや、じぇったいいい本になります。

ということで、先に取材していた竹書房チームと合流して、なぜかカラオケへ。
桜井会長は小林旭ファンなんすよね。「惜別の唄」、初めて聴かせていただきました。
かっちょいい〜。
藤村ですよ、「遠き別れにたえかねて」ですよ、雀鬼の歌声ですよ、まんま「昭和」ですねぇ。

んで今朝、BAZのCDラックを探したら、なんとあるんですねぇ、アキラ兄さんが。なんでだろ?なはは、ボクも「昭和」ってことですねぇ。「純子」「北へ」「熱き心に」なんて、嫌いじゃないんだな。

昔「紅白」の舞台裏を取材したときに、ながーい廊下の向こうから、映画「ジョーズ」のサメの登場シーンみたいな逆三角形を描きながら圧の高い一団がやってきたのを思い出します。思わず避けたのですが、先頭で風を切っていたのがアキラ兄さんでした。
雀鬼会も同じ圧がありますからね。似てるかな。

 

■2009,02,19

今朝ね、とーっても嬉しいことがありました。
たまたまマンションのエレベータに乗り合わせた出勤前の男性が、ボクに声をかけてくれたんです。
「今度落語会やるんですよね」なんて。
そうそう、今週土曜日、住んでいる豊島区のマンション「シスナブ」の集会室で、三遊亭亜郎さんの独演会をやるんです。ミュージカル落語ですよん。
動員が不安だったのですが、仲間が全戸にチラシをまいてくれたりポスターもつくってくれたので、見てくれてる方がいたんですねぇ。うれし〜。

この会、 どなたでも参加ご自由ですので、ご興味とお時間ある方はぜし足をお運びください。
埼京線板橋下車歩5分、都営三田線新板橋下車歩8分、東武東上線下板橋下車歩5分です。

今回は、「CCC」と名付けたシスナブ有志コミュニティクラブの主催です。
活動テーマは「安全、安心、ふれあい、喜び」を地域で共有する、かな。

ま、そんなノーガキよりも、朝のエレベータ内の一言の会話が嬉しいですね。
昨日はやはりシスナブの方からBAZに電話をいただきました。
「予約が必要ですか?」
「いえいえ、 そんなんなーも必要ありませんから、ぜひお友達も誘ってお出掛けください」
一人でも多くの方の笑顔が広がるといいですね。

メールで友人知人にもお知らせしたら、なんとなんと川崎や江東区、国立の方からも友人がきてくれそうです。それから愛する「大衆居酒屋明星」も、啓子さんが店を休みにして参加してくれるから、常連たちもきっと顔を見せてくれることでしょう。なはは。みなさん、べりべりさんきゅね。
終演後和室で一品持ち寄りの打ち上げも用意しています。そちらだけでもいいっすからね〜。

何か企画すると必ず摩擦が起こって本当に嫌な思いもするのですが、その分、何がしか暖かな贈り物もいただけますね。それを糧に、朝の一言の輪が地域に広がっていくことを信じています。
フランスから起こった「隣人祭り」なんて動きもありますよね。
これはシスナブ&池袋本町地区の隣人祭りだな。

皆さん、よろしくどーぞ。
問い合わせはBAZ電話03-5248-0811ファックス5248-0810。

 

■2009,02,17

山形から戻りましたぁ。
いや〜、すごいぞ川西町の遅筆堂文庫。
今更ながらですが、井上ひさし先生の蔵書20万冊がここに移されて、見事に地域の財産になっています。
今から約20年前、地域の(かつての)若者たちが一念発起して、故郷の大先輩である井上先生の講演会を企画したのだそうです。
そこから話がどんどん膨れ上がって、今では700人収容の演劇専用ホールと、遅筆堂と町立図書館の二館をもっているというわけ。
井上先生は彼らのことを「ドンキホーテ」と書いていましたが、ほんと、夢を実現するというのは、何ものも恐れない「ヨソ者ワカ者バカ者」の存在ぬきにはできませんね。
同時にこの月日の中で多くの人間が人生を大きく狂わしているわけですが、なはは。
それもまたよし。素晴らしい街でした。

んでもって、今日一本、書き続けてきたものが終わりそうです。
そしたら明日明後日でもう一本区切りをつけて、(その後まだまだ微調整は続きますが)、来週あたりから新しい世界を迎えるかな。
あ〜〜〜しんど。久しぶりにアップアップ状態を経験しました。
いい文章が出てくるといいのですが。
クライアントの皆様、ちとお待ちください。

なんか今日の東京は春一番みたいな風が吹いてますね。
河津桜のニュースなんかも聞えているし。
経済は冷え込んでいますが、せめてこの国に生まれた幸せを自然の中にみつけましょうよ。

イタリアでは人の気も知らないアホが飲んだくれてましたね。
「恥」の概念を知らない日本人が増えすぎましたよね。政治家がねぇ。とほほです。

そうそう、この前「だいあり」でも紹介した、「トロワグロ・イン・加賀」の記事が週刊朝日に出ています。巻頭グラビア6ページ、すご!
書店とかコンビニ店頭で見てやってください。

 

■2009,02,11

ひぇ〜〜

あまりにバタバタでこの「熱血」すらもようかけない状況になってます。
今日は熊本から戻ってまたまた原稿執筆。とほほ。
昨日まで二日間、熊本でロングインタビューをこなしてきました。

今週末は山形だぁ〜寒いだろうなぁ。

ちと落ち着くまで、すんません、何を書いていいのやら。

とりあえず神山生きてます。とほほですが。よろしくどーぞ。

 

■2009,02,01

今度はパリからメールをいただきました。
カメラマンの沼口さんです。

「神山様

ますますお忙しそうですね。 熱血HPを見る人は そろそろオレが踏むぞと思っている事と思います。 そうなると1日2回くらいアクセスしちゃうので 数字が並ぶまでに後1日半といったところでしょうか?」


ボクも気づいていなかったんですが、熱血HPの「12345番」が近づいているんですね。
この番号を踏んだ方、メールください。
何かプレゼントさせていただきますね。

今朝は8時30から・フランスロアンヌにある3つ星レストラン・トロワグロのシェフ、ミッシェル・トロワグロのインタビュー。
「ボクは日本とフランスの架け橋となる一族の人間だから」という言葉が出てきました。
彼のお父さんが2つ星時代の67年に日本に半年来てくれて、銀座『マキシム・ド・パリ』の料理長を務めてくれたことは、日本のフレンチには大きな事件だったんです。
ミッシェルは9歳の時に帰国した父親から遠い異国の話を聞いて、それで食の異文化性に目覚めたとか。
今、新宿ハイアットリージェンシーの彼のレストランに『キュイジーヌ「S」』と「S」がついているのは、世界中の沢山の食文化を融合しているという意味。
ここにも一つテーマが眠っていましたね。

さあ、明日からは彼と加賀百万石の食べ歩きツアーに出てきます。
たのしみだ〜〜〜。なはは。写真付きで報告しますね。

 

■2009,01,31

ニースからメールが届きました。
もちろんシェフ・ケイちゃんです。
つい先日まで、彼は札幌のフレンチ・レストランに招かれて、フェアをやていたんです。
そこで経験したことを、こんなふうに書いてくれました。

「今回の北海道はかなり勉強になりました。
北の味覚は 南とは違う甘さが食べてには必要だということがわかりました。
おすしにしても魚にしてもそうですが・・・甘みが少し高いようです。
同じように野菜も、凍らないために野菜自身の糖度が高いようですね・・・
越冬キャベツなども食べましたが 北の食文化を勉強しました。
後はジンギスカン!!面白いですね〜〜〜
満州から来ていたようですね・・・
僕の作った子羊のフィレ肉のジンギスカンは最高でしたよ〜
自画自賛です! いつか作りますね(笑)」

お〜、ケイちゃんのジンギスカン、食べたい〜。
でもさすがシェフ。味覚で地域性を把握するんですね。なーるほど。
ボクはやっぱり方言とか祭りの仕組みとか、そっちに興味は行きがちだけど。

実はケイちゃんの店やHPを手がけているフランス人デザイナーさんと智子さんがどこかで出会って、今彼のデザインした装飾品が燕子花に展示されています。
そんなこともあって、次回ケイちゃんが来日の折りには一緒に中目黒へと思っているところ。
今春原宿にオープンする彼の新店『I(アイ)』とも、コラボレーションしていきたいと思っています。

まだニースの『Keisuke Matsushima』を知らない人は、このブログをみてくださいね〜。

http://blog.goo.ne.jp/keisukematsushima/

よろしくどーぞ。

■2009,01,28

 

燕子花プロジェクト(智子プロジェクト改め)、動きだしました。
この前は友人で観光庁課長のMさん宅にスタッフが集まって長時間のミーティング。
日本という国を、全国の観光資源を活性化することで蘇生させようとするMさんの仕事と、職人技を通して日本を元気にさせたいとする燕子花の活動がリンクしたら面白い、素敵だなという思いから、この出会いの場をセットしたのでした。
この日は、Mさんの奥様の手料理とMさん秘蔵の美味しいワインも手伝って、お見合いは大成功の様子。
こんなふうに、出版界だけでなく霞が関や異業種の人ともリンクを「結び」ながら、この輪を広げて行けたらと思っています。

とはいえ、それぞれがなにがしかのスピードでそれぞれの方向目指して進んでいる「飛行物体」なのですから、その軌道をとタイミングを合わせてランデブーさせるのはなかなか大変。
今度はアトリエ・エレマン・プレザンとの出会いを画策しているのですが、それぞれがアーティストであり活動の歴史もあるわけですから、とてもデリケート。
焦ってもいけないし怯んでも駄目。
微妙なのですよ。とほほ。

いつも一人で気軽に動いているボクには新しい挑戦だから、ま、焦らず楽しみながら進めようと思っています。

といいつつ、今夜は二度目の虎ノ門脇坂。
「レーサー&デザイナー福澤幸雄」取材で大変お世話になった元モデルのMさんと一緒に。
これまた新企画誕生の夜になるかもしれません。
楽しみ楽しみ。

 

■2009,01,21

昨日は古田新太の『リチャード三世』
大阪でも観たんだけど、再度確認したいことがあって無理を言ってお願いしました。
作品全体はだいぶわかりやすくなっていたな。特に古田と久世さんの対決シーンが見物。
演出のいのうえさんも解説まで書いちゃって、わかりやすさに関しては苦心の跡が見られます。

古田は3時間半の芝居にほぼ出ずっぱり。膨大な台詞を覚えるために、稽古中は呑み屋でも台本を開いていたとか。
腹筋が痛のを通り越して背筋痛です、だって。なはは。

アエラの拙稿は2月中旬発行のようなので、最後に公演後を古田の言葉を入れることに。
我欲のために肉親すら葬りながら人生の階段を上り詰めるリチャードと、大阪の演劇界の寵愛を一心に受けて役者として成長し続ける古田。
その姿を重ねた文章になりました。

ぜし見てくださいね〜。

拙宅にトイプードルの「マロン」がやってきて、最近はもうめろめろっす。とほほ。

 

■2009,01,17

新橋虎ノ門界隈の皆さん、いやいやそんな限定するこたないか。
すげー気に入ったフレンチに出会いました。
「サラ・マンジュ・ディサシ・ワキサカ」って、店名は無理して和風フランセなので言いにくいんだけど、メニュー構成や味、ワインのセレクト、価格帯、カウンターの座り心地、料理が出てくるタイミング等々、どれもボクの理想にぴったんこ。
いや〜美味しかった。

http://salle-a-manger.de-blog.jp/oyaji/

リヨンの田舎料理がスペシャリテと聞いていたので、ケイちゃんのサジェッションで「カエル、川マス、豚」をオーダー。さらにタラと白子、エゾシカの内臓、そして「貧乏人のフォワグラのパテ」。
泣かせるでしょう。このネーミング。ボクにぴったし。なはは。

これは鳥の白レバーを裏ごししてマドラ酒に漬けて作ったもののはずなんだけど、昔お元気だった頃の帝国ホテル村上料理長が語ってくれたレシピそのものなんす。
その昔、生のフォアグラが入らなかった頃はあの帝国でもこれで代用してたんだって。
充分なんすよ。これで。やたら生フォアを使って安っぽい高級感を演出しちゃうよりも、900円のこれをワインでいただいた方がよっぽど嬉しい。

しかもワインはシャトー・ヌフのセカンドラインがあって、これまた安くて美味しかったな。
シャトー・ヌフ・ド・パフにしちゃうと、どうしたって1万円前後になっちゃうしね。
だったらこれ二本飲んだ方がいいっすよ。なはは。
ホッピー好きのボクには絶賛のワインでした。

脇坂さんはカウンター正面のストーブ前に仁王立ち。黙々と2、3のフライパンを操って、絶妙のタイミングで料理を出してくれました。

なんかニースにある「メランダ」という店を思い出したな。この店は、ネグレスコホテルで二つ星をもっていたシェフが「友人を気楽に呼べないような高級店は飽きた」といって自分で出したビストロなんす。昼も夜もプリフィックスのメニューで確か30ユーロだったかな。
20席がいついっても満席で、しかも確実に二回転するから食事の時間は1時間。早く出すためにソーセージやクールジェットの天ぷらみたいなものが中心ですが、美味しい美味しい。
そういう店が日本にもあるといいなと思っていただけに、脇坂さん、感謝感謝です。

脇坂さんはビジネス街にあって、ランチなし。夜のみの営業。
そこが残念ですが、でも それだけ仕込みに手を入れて時間をかけているということですよね。う〜ん。いけてます。
今年は、彼のメニューを全て食べちゃおうかな。
ブータン・ノワールもブッフ・ブルギニオンもあったし。

そんなことも思いながら、いつのまにか二丁目で潰れていたボクでした。なはは。駄目ジャン!

 

■2009,01,16

2009年もいろいろな企画が動き始めました。
どれもやりたかったもの、ぜひ手がけたいもの、長年追い求めてきたもの、それぞれに思い入れの深い企画ばかりです。

2月の頭には、来日する3☆シェフ・ピエール・トロワグロ氏と共に加賀100万石金沢へ。
美食三昧ツアーです。なはは。素晴らしい。
トロワグロは親子二代、家族ぐるみで3☆を約40年維持しているのですが、先代は67年にオープンした銀座『マキシム・ド・パリ』の初代料理長。大の日本通で、和の食材もいろいろフレンチに取り入れています。その二代目が真冬の金沢でどんな食材と出会うか。
こりゃ 面白い企画になりますね。

同じく2月には熊本取材と山形取材も。どちらも夜のお酒も食べ物も美味しいっすからね。
これまた楽しみです。

さらにさらに、今月24日には、なんと『ロミオとジュリエット』に出演!!
キャプレット王役です。詳細は秘密なんだけど、なはは、いきなり客席から現れますよ〜。
どこの客席かは秘密なんす。今から台詞覚えが大変だ〜。

智子さん企画も始動! 18日に集中的に打ち合わせしてきます。
今年は確実に動けそうです。楽しみ楽しみ。

そして今月末には講談社セオリー誌「贅沢な人生、福澤幸雄」が出版されます。
全16ページの超大作。一生懸命取材して多くの方にお世話になったので、いい感じの文章になりました。 ぜし立ち読みでもなんでもしてみてください。かっちょいいっすよ。

その他、単行本企画もいくつか動きだしました。
構成、執筆最中の企画が二本。
そしてもう一本、『雀鬼の非教育実践』も頭の中ではとっくに文章ができあがっている企画なので、春までには脱稿しないとね。まかせてください。

お、忘れてた。春にはテキサスに飛んで、WWEの取材をしないかという企画もあります。
まだ未定だけど。
世界最大のエンタテインメント会社ですからね。
そりゃ面白いはずですよ。古田君なんか垂涎だろうな。なはは。

こうしてみるとつまり、書くことでしか前に進めない。書くことでしか世の中と繋がっていけない、そんなシンプルかつ不自由な人生なんですねぇ。なはは。
でも書き続けられることは幸せなことです。

日々ひたひたと、進んでいきたいと思っています。

 

■2009,01,13

昨日は快晴の湯河原カンツリークラブで「新春バザール・カップ」
遠路はるばる11名もの友人たちが集まってくれました。
朝方には風花のような雪が舞って一瞬焦りましたが、プレーが始まると快晴に。
初島や大島はもちろんのこと、利島とかその先の新島の影とかも眺められました。
いつもながらこのコースの景観は絶景。
ボクは大海原と鶴の首の形の半島から大自然のエネルギーをいただいています。

んでもって、優勝はイタリアンレストラン・カプリチョーザ代表の本多恵子さん。ぱちぱちぱち。
おめでとうございます。ドラコンとの二冠王でしたね。すげ〜。
ボクは50、53の103で3位。
なはは、レベルが知れちゃいますね。
A新聞のS太郎さんなんて60、75の135っすよ。なはは。がんばれ〜タロウさん。

戻って今日はアエラの古田新太執筆。
なんとか初稿ができました。
さてさてこれからどうなりますか。
楽しみでもあり心配でもあり。
いつもこの段階が一番不安です。

もうじき『リチャード三世』の東京公演が始まるから、もう一度見せてもらおうかな。
年末の大阪公演とどう変わっているか。
その辺もテーマになるかと思っています。

 

■2009,01,09

昨日は恵比寿で3月公演「ムサシ」の記者会見。
蜷川幸雄、井上ひさし、藤原竜也、小栗旬、白石加代子等々
ひさしぶりに興奮を覚えた記者会見。演劇っていいなぁと心から思える時となりました。
途中何度か出席者から「演劇なんだから何でもあり」という言葉が出てきたんですが、
まさに演劇的言語、演劇的文脈の中でこそ感じられる感動ってありますよね。
竜也君のインタビューは7年ぶりだったんだけど、当時よりも身長で6センチ余り伸びていて、
すげーりっぱな青年でした。
彼こそ、日本の教育制度を超越して、まさに演劇に育てられた子ってことなんですよ。
この辺、詳細ははぶきますが。
3月の公演も楽しみ。どんな文章が出てくるのかも楽しみ楽しみ。
2月中旬の朝日新聞のweb「ドラク」の巻頭インタビューです。

 

■2009,01,04

新年、明けましておめでとうございまーす。

皆様にはどんなお正月をお迎えでしょうか。
昨日はセントラル総研の新年明治神宮祈願と新年会に出席させていただきました。
神宮は、例年に比しても晴れ着がすくなーい。というよりも「どこにもいなーい」状態でした。
街も、なんか正月らしくないですよね。
これって、不況のせいももちろんあるけれど、例えばコンビニがこれだけ日常化して、夜と昼の差がなくなる、弁当が母の手作りからすっかり商品化する、郵便局と銀行とコンビニの区別がつかなくなる等々、あらゆるものの「便利」を追求しすぎてモノゴトの輪郭がぼやけてしまった当然の帰結ともいえますよね。つまり20世紀から続く物質文明のなれの果てということなのでしょう。
そろそろ次の価値観を探さないといけないのではないか。
ボクはそのキーワードは「文化の復権」だと思っています。
セ社の新年会の中では「個の復権、確立」も語られていました。
「文化」も「個」も、本当にそれと向き合おうとすると面倒くさいものです。時間はかかるし、時に周囲とは違うポジションに立たないといけないし、対立することもあるでしょう。
でも、そこから逃げてはいけない。絶対に。
「文化」や「個」があるかないかでは、生き甲斐がずいぶん違ってきます。
自分の中に「便利」以外の軸をしっかりと持つこと。
しかもその軸は、外に探すのではなくて、自分の中から生み出さないといけない。
そんなことを思っています。

今年の賀状は、昨年末があまりにばたばただったので、例年よりも少なく目上の方のみに限らせていただきました。
たくさんいただいた賀状にはもちろん返事を書かせていただきます。しばしお待ちを。
ただし、よほどの事情がない限り、ボクは「メールでの賀状は認めず」の立場を取らせていただきます。これまた「便利」へのささやかな抵抗です。ご理解下さいませ。

09年のBAZAAR、神山典士は牛歩を開始しました。
智子プロジェクトも本格始動できそうです。
『雀鬼の非教育論』をスタートとして、「教育」「10代」というニューフロンティアを目指します。
アトリエ・エレマン・プレザンとも連帯して、全国各地にキャラバンを展開。ダウン症のアーティストの素晴らしい芸術活動を広めていきたいとも思います。
セントラル社と共に書き綴ってきた「再生」というテーマも、今年が正念場です。

はたしてまだ見ぬどんな地平線が現れるか、どんな風景と遭遇できるか。
自分でも楽しみです。
どうぞよろしくお願いいたします。

 

■2008,12,30

今日で08年の書き納めになりそうです。
今年も1年間おつきあいくださいまして、べりべりさんきゅでした。
夏の北アルプス、冬のパラオ等、はからずも自然感溢れるブログになりました。
これも荒井先生や桜井会長等、ご縁をいただいた方々の導きの賜物です。
ありがとうございました。
今年の年賀状には「自然・美」と書いたのですが、そんな年になりました。
愛してやまない真鶴の自然とあわせて、これからの半生の一つのテーマに「自然」を据えていきたいと思っています。

09年は、なんとか明るい話題を書き続けたいですね〜。
「教育」というテーマにも新たにチャレンジです。
『雀鬼の非教育実践』
春までには上梓したいと思っています。

そして年末にご縁をいただいたレーサー・福沢幸雄のルポも、
気にいった文章となりました。新年には『セオリー』誌上でみていただけるはずです。

アエラの古田新太が年越しとなりました。
27日、大阪で見てきましたよ。『リチャード三世』
シェイクスピアの膨大で難解なセリフにあえぐ古田の姿も、演劇ファンは必見ですぜ。なはは。
安田成美や久世星佳、銀粉蝶等女優陣がいいんだな。
1月の東京公演の終了あたりには、拙稿も見ていただきたいと思っています。

昨日は故郷・入間市で高齢の、いや恒例の同級生の忘年会。
20歳の頃からもう30年近く、毎年この季節にやっています。
最近では「生きていることを確認し合う会」みたいになっちゃったな。なはは。
でも新婚が二組誕生したりして、めでたい嬉しい会でした。
意外にも野口夫妻がこのブログを見てくれていることもわかり、なはは、嬉しい限り。

ま、どんな時代になっても、陽気に元気にいきましょうや。
ここまできたら、許される限り使命を全うするしかないんだから、ね。

皆様にはよいお年をお迎えくださいませ〜。
09年もよろしくどーぞ。

■2008,12,24

めりーめりーくりすます!!

皆さんどんなクリスマスをお迎えでしょうか。
なんて、普通はまだ仕事で忙しいですよね。
23日が休みになってから、なんか年末のこの辺りはリズムが狂っちゃうんですよね。

ボクは昨日も今日もひたすら原稿です。
「幻のレーサー&デザイナー、福沢幸雄の光と影」
さてさて、どんな文章が出てきますか。
あまりに膨大に資料とインタビューが集まったので、整理にちと時間がかかっています。

これをなんとかふんばって、今週中に日本実業「経営者会報」にももう一本原稿を書いて、
週末は大阪で古田新太の「リチード三世」ですよ。楽しみだ〜。

新年12日成人の日に、ゴルフの打ち初めをしませんかと何人かにお誘いメール打ったら、
思いがけずたくさんの方から参加のお返事をいただきました。
そこで、なんとなんと、この日のゴルフは
『09バザール・カップ・冬の陣』に昇格です。なはは。
たぶん3組になると思いますが、皆さん腕を振るってください。
優勝者には、毎年秋に行われることになった『川原カップ』と同じ優勝キャップを進呈します。
秋の大会まで、このキャップを被る権利を保有するということですね。
マスターズのグリーンジャケットみたいでかっちょいいでしょう。なはは。
会場は湯河原カントリー。ということは、もちろん試合後に絶品「富士食堂」付きです。
ここだけの参加もありですから、ご希望の方は、メールくださいましね。
まってまーす。

さぁ、そんなことを楽しみに、なんとか原稿がんばろ〜。

 

■2008,12,20

昨日から、アイスホッケー西武のリーグ撤退、チーム解散報道でスポーツ界は大揺れですね。
アイスホッケーといえば、ボクは少年時代からホッケー少年だったし、西武(元コクド)には友人の坂井さんや岩崎さんもいたし(というか、いまも彼らは日本代表チームのスタッフですが)、プリンスホテルや元コクド、西武ライオンズにも友人が多いので、周囲の者のショックよりも、彼ら身内の方たちの断腸の思いが伝わってくるようです。

にしても、西武という企業はオーナー企業から地域に生きる企業へと脱皮している最中だったはずなのだから、なぜチーム運営も「徐々に」地域に移行するというような対処が取れなかったのか。もともとアイスホッケーは元オーナー堤義明氏の個人オモチャだったという事実はあるにしても、そこに純粋な若者たちの熱情があり、ファンの無垢な応援があり、子供たちの憧れや夢が宿っていたのだから、トカゲの尻尾きりみたいな現経営陣の「決断」という名の「放棄」は許せませんね。

ホテルや鉄道というサービス業は輸出も移動もできないのだから、地域のファンにそっぽを向かれたらおしまいですよ。「5億円という運営費が捻出できなかった」なんていってますが、そうではなくて「スポーツを文化にする戦略」を見誤ったのでしょう。西武線沿線にスポーツという名の文化がなくなったら、はたして人は住みたいという魅力を感じるでしょうか。子供たちは故郷を愛するという感情を抱くでしょうか。

このことのつけは、10年20年後、今の子供たち世代が成人して次の世代を生むころに本当の影響が出てくるはずです。今の大人たち世代の怠慢は、あとあと響きますよ。

いろいろグーグッていたら(この言葉使いあってますか?なはは)、今年アイスホッケー界には東北に新チームが誕生して、来期のアジアリーグに参戦表明していますね。パチパチパチ、これなんか当然地域密着のチームです。
バレーボールのVリーグにも「岡山」なんて登録名の地域チームがあるし、 バスケットのプロも地域に生きていますよね。
西武の選手たちにもぜひそういう地域のチームに移籍していただいて、道は険しいでしょうが愛するホッケーを通して地域貢献を目指してほしいと思います。

地域の活性化、再生なくして日本の復活はないですよ。ほんと。そしてそれは、経済の原理では絶対にできないことなんです。
たまたま資料で田中角栄が記した「日本列島改造論」を取り寄せたのですが、あの時代にして「地域の活性化」は叫ばれていたのです。そしてそのためには「産業振興、一村一工場」みたいなことが書かれています。それは間違いだと、約40年かかって分かったのだから、もう一つ違う社会のモチベーションを見つけないといけない。
それがボクにとっても09年の大きな課題になりそうです。

なんてことを書きつつ激励メールを打ったら、日本代表GMの坂井さんから返信をいただきました。
「ありがとうございます。何があるかわからない時代ですね。なんとかアイスホッケーが無くならないように頑張ります」
1チーム存続の問題ではなく、一つのスポーツがなくなるかどうかの瀬戸際ということですね。なんとか踏ん張ってほしいものです。

 

■2008,12,19

一昨日から風邪を引いてしまいまして、珍しく事務所を「早退」。
とはいってもだーれもいるわけじゃなし、タイムカードがあるわけじゃなし、こういうときは寂しいですな。とほほ。
2日間長時間布団に入って汗をぐっちょりかいたら、今日は爽やかな目覚めでした。
でも油断大敵。しめきりラッシュだから、自覚しないといけませんね。
みなさんはいかがですか。気をつけてくださいね〜。

こんな時こそ明るい話題シリーズ。

「M:そのとおり!日本には百回以上出張しましたが、不況不況と言われていた時機 でも、他の国に較べたら不況が聞いたら気ぃ悪する思うぐらいでした。今でも、服装 も乱れてないし盛り場には人が溢れてるし、子供が塾に通ってエキストラの勉強して る状況、他の国の好況の時よりも景気のいいのが日本です。ただ、いつも感じるのは 日本人が疲れてることです。ソウルや上海の様に活気に満ちた都会が日本には見られ なくなったと感じます。元気出そうよ日本! 」

「T:アメリカより日本の方が大分ましだと思うね。だが、 日反はマスコミが「悲観的なことばかり書く趣味を持ってる」 か ら、腹が立つ。またそれを喜んで読む、自虐的な人も多いん だ な。  米紙に、この不景気時代にも成長産業がある、という記事 が あった。曰く、教育産業、ヘルスケア産業、薬品産業、 会計事務所だ。勉学意欲を持つ失業者が学校の門をたたいて い るし、会計の方は企業が経費削減のため、経理部門の強化を 図 っているらしい。健康ケア部門は看護婦が足らなくて、引っ 張 りだこらしい。  日本のマスコミももっと「明るい話題」を探して提供して 欲 しいものだ。サンアントニオの先週末は、ショッピング・モールはどこ も かしこも、超満員で、これでも不景気か、と言う加熱ぶりだ っ た。レストランも満員だったから、不況はサンアントニオは 避 > けて通ったようだ。 」

これら二つの発言は「わたしたちの40年」というブログの新春バーチャル座談会からです。
40年前に移民船に乗ってブラジルに渡った人たちが中心で運営されています。
自ら人生を大胆に開拓してきた人たちは、逞しいですね。

ボクもこれから街に出て、明るい話題を探すようにしますね〜。

 

■2008,12,14

今週も走り回りましたぁ。たはは。
今、雑誌の企画で69年に不慮の事故死をした伝説のレーサー福沢幸雄さんの取材をしています。その関連で、多くの関係者に会って当時の話を聞いて。
彼が愛してやまなかった飯倉のキャンティでは、彼の大好物のオーソブッコをいただきました。太い骨がでーんとあって、柔らかい肉が美味しいのなんの。
添えられていた極太のほうれん草を練り込んだパスタも印象的でした。
あと、オニオングラタンかな。彼がキャンティで最後に食事したメニューなのだそうです。

さてさて、どんな作品になりますか。
ちょうど生まれが桜井会長と同じ年なんですよ。
まさに、「光と影」という感じですね。

そうそう、今朝の読売の朝刊をご覧になりましたか?
ずーっと取材してきたダウン症児たちのアート活動を展開している「アトリエ・エレマン・プレザン」が大きく紹介されてますね。テル君が真剣な表情で絵を描いている写真もありました。
いいぞ〜。すごいぞ〜。
来年春には彼らの活動を描いた「いいんだよ、そのままで」も出版される予定です。
そしたら佐藤肇さん敬子さんご夫妻やよし子さんご夫妻達と彼らの作品をもって全国キャラバンしたいねという話しがあります。
さっそく札幌コンカリーニョの斎藤ちづさんに電話したら、「いいんでないの」だって。なはは。
そんなことができたら面白いな。

皆さんの街でもそんな企画が成立しそうなら、ご一報くださいませね〜。

さぁ原稿だ原稿だ。がんばれ〜。

 

■2008,12,07

パラオからもどりました〜。
もう背中の皮がむけ始めて、背中が痛い〜。

今年はすごいですよ。サメと遊ぶのは当たり前。
なんと、桜井会長は、3日間のシュノーケリングで海亀を二匹捕まえちゃったんです。
大海原を泳ぎながら素手でですよ。そんなことありですかぁ???

イルカがクルーザーと一緒に泳いでくれたり、マンタがジャンプしてくれたり、サメなんか何匹も寄ってきて、一緒に泳いじゃいました。
去年と比べても、進化する雀鬼会の旅でした。
会長はじめ参加の皆さん、お世話になりました。

さぁ、これで取材は万全。書きますよ〜。
『雀鬼と自然』いい文章が出てくるはずです。

そして10日には地元入間市でトキコの居酒屋10番勝負。今年銀座から始めて、これで6弾くらいになるかな。トキコにとっても地元だから、いい会になるはずです。
会場は東町「鳩や」です。お時間ある方は、ぜひおいでくださいまし〜。

 

2008,12,01

いよいよ師走ですねぇ〜。
なーんていいながら、「今日からパラオです」なんていったら怒られそうですね〜。
なはは。立派な取材なんです。桜井会長と雀鬼会の皆さんと一緒なんだから。
今回の拙書のテーマの一つに「自然と雀鬼」というのがあって、
去年に続いてパラオで会長と鮫にあってきます。

今年はJALの直行便だから、4時間で着いちゃうんだって。楽勝〜。

さぁ〜て、どんな旅になりますか。
帰国は7日朝です。その日の午後にはBAZに入りますので、仕事関係の方は、それまで
お待ちくださいませ〜。パラオはあんまりネット状況がよくないんすよね。すみましぇーん。

そして師走だ〜。
いろいろやることはあるけれど、ま、一つ一つやっていきましょう。

皆さんも風邪には気をつけていいクリスマスを迎えてくださいね〜。

 

■2008,11、24

今日は世間的にはお休みなんですねぇ。知らなかった。なはは。
なんか一日得した気分ですね。

昨日は雀鬼会第13回全国大会。
西新宿の雀荘に全国から150名余りの雀鬼流メンバーが集まりました。
いやはや壮観。
雀荘のおばちゃんが「すごいね〜。体育会系だねぇ。感動しちゃう速さだねぇ〜」
とため息を付きながら、「機械のトラブルでーす」なんて声があがるとスリッパのまま会場を走り回って修理にあたってくれました。おばちゃん、べりさんきゅね。

この日は某国営放送のキャスターも卓に付いたり、
だーれも知り合いはいないのに、桜井会長に会いたい一心で名古屋から見学にかけつけた謎の美女もいたりして、 盛り上がりましたね〜。ね、「おはよう世界」の高橋さん。なはは、お疲れさまでした〜

優勝は、予選シードで本戦から登場して全7戦勝ちっぱなしで底力を発揮した山田マネージャー。惜しくも二位に「修正の左手」の持ち主歌田さん。3位には紅一点、りえちゃんが入りました。
さすが山田マネ。貫祿の優勝おめでとうございます。
それにしても 惜しいぞ歌田さんりえちゃん。また来年がんばってね〜。

本戦一回戦では、王者の風格充分でやはりシードで臨んだ金村さんが一度もあがれずに敗退するという番狂わせも。
いや〜。勝負の厳しさを思い知らされました。

凄いぞ雀鬼会。
これでもう3年連続で見させていただいているのでしょうか。
以前取材でお世話になった沖縄や利尻の同好会のメンバーとも再会できて、何よりの一日でした。

あのあと皆何時まで呑んだのかな〜。もしかしたら今頃もまだ呑んでるのかもしれませんね。なはは。
お疲れさまでした〜。

 

■2008,11,19

11月になって、故郷入間を何度も往復しています。
先週末には、旧友ベンちゃんのお父様が亡くなって、そのお通夜に。
10代の頃、ボクらはお父さんが建ててくれたベンの勉強部屋(プレハブの三角屋根の可愛い部屋でした)に毎日のように集まって、わいわいがやがやしていたんです。
そこから生徒会活動も生まれたし、高校になって皆がちりぢりになってからは「広場に集まれ」ってミニコミをつくって、最盛期には100名以上が集っていたんじゃないでしょうか。
広場Tシャツなんてーのもつくったな。まだ実家にあるかな。
ボクらの黄金の10代を支えてくれたおじさんでした。ご冥福をお祈りいたします。

んで昨日は、入間市新人職員サロン研修会ですよ。
行ってみたら、10数名集まってくれて、「故郷入間市の鉱脈探し〜フランスの国家戦略、山口智子の使命感」みたいな話をしてきました。
なんだかな〜でげすな。これだけじゃわかんないよね。とほほ。

今年入間市は新人を大量採用したらしく、新卒の子も転職組もいて、年齢差は10歳くらいあるそうです。中にはこれまで3、4年間アルバイト生活でしたという若者もいました。
ま、何かのご縁でここで出会ったんだから、思いっきし暴れてほしいですよ。
来年あたりにあったらじぇーんじぇんつまんない奴になっていないようにね〜。なはは。頑張れ〜。

二次会は入間の焼き鳥の名店「鳩屋」へ。
ここは昭和初期建立の板塀の平屋なんだけど、しぶーいいー味出してます。市役所からも近いのに、だーれも知らないっていうんだから驚き。先輩は連れて行かないのかな。
今は裏メニューになっているけれど、ここのレバ刺しは絶品。一把に一個しかとれないボンジリも美味しいっす。
この奥座敷で10名くらいで呑んでたんだけど、たまたま居酒屋10番勝負を続けているトキコの話になって、ぜしここで呼びたいと盛り上がりました。トキコも入間市の出身だし、面白いコラボになるでしょう。
年末で慌ただしいけれど、できたら12月中旬に10番勝負第6弾(くらいかな?)を地元入間市でやりたいと思います。

 

■2008,11,16

昨日は下北沢本多劇場へ。
役者の池田成志君の取材だったんだけど、彼が大人計画の舞台に出ているので、
それを観てからインタビューということに。
いや〜、成志も46歳なのに、のっけから「我慢汁君」だもんね。純白エナメルの上下着て。
んでもって途中じゃナンパ師やったり女子高生やったり天狗やったりもう大変。
最後は禿げ頭の高齢者アイドルまでやっていましたん。なはは。
あまりのきつさにカーテンコールなし。いきなり緞帳で客電。それまた潔し。

その後しみじみ話しましたが、劇団にも大手事務所にも属さずに約四半世紀役者として食って来れたこと、そしてこれからもそうやっていけることは相当な奇跡ですよね。自分でもそう言ってました。
初めてサンデー毎日で書かせてもらったのはボクが27か28の時、彼はまだ早稲田大学内の教室かテントで稽古していたからね。
こうやってごくごくたまーにですが会って話を聞かせてもらって書けるというのは、お互いに嬉しいことです。
成志がんばれ〜。いい舞台をね〜。

そして今日は新潟に行ってノイズム。金森穣君でげすよ。
今回はアメリカだか南米だかヨーロッパだかでやった作品の凱旋公演。
東京じゃやんないらしいから、寒空の中新潟に行って観てきます。
そうやってでも観たいというアーティストなんですよ、彼は。ほんと。
もう何度打ちのめされただろう。新潟まで行くのは正直とほほだけど、でも素晴らしい。

来週18日は故郷・入間市にいって市役所の若手職員たちに話す機会もあるんだけど、
なんでもかんでも東京という状況は文化から崩れ始めていますよね。
経済はまだまだ東京だけど。
でもノイズムみたいに、地方が切り札を持つと、面白い状況になりますよね。
なはは、ホントウの意味で地方の時代になるといいな。

 

■2008,11、12

昨日も忙しい日でした。
午前中から一本書いて、40枚、けっこう好きなタッチの文章ができました。

んでPHPでの打ち合わせを経て渋谷で取材。
その後、東京駅近くで友人の紹介で絶品フレンチ・ビストロへ。
これは「だいあり」で見てやってください。

そして夜は浅草へ。
年に一度、「1111」のピン揃いの日、大勢の人たちが浅草にやってきます。
今年はたけしさんもガダルカナルさんも来ていたな。
この日はロック座ママの誕生日。
最近はすっかりご無沙汰でしたが、久しぶりにあってもいや〜元気元気。
肌なんかつやつや。齢80を超えた方とは思えません。
写真は「だいあり」でね。なはは。

夜10時なのに、トンカツ屋の宴会場に150人はいたかな。出入りを考えると、その倍くらいの人が集まって、セイダイな誕生日会が行われました。

むかーし一緒にアマゾンにまで行ったレイカ姉さん(踊り子さんです)や、娘さんのまさえさん、そのまたむすめさんの文恵さん、一緒にアマゾンもハワイもラスベガスも行った市毛さん等々、懐かしい人とも再会できました。

いや〜ママ、さすがあだむすふぁみりーのボスです。不滅ですね。おめでとうございまーす。ますますお元気に〜。

 

■2008,11,10

先週はあちこちの人からメールをいただいたり言葉をかけていただいたりしました。
その多くは「出たんだって」
ったく、幽霊じゃないんだから、そういう言い方はないでしょ。
しかもそう言う人に限って、何か哀しいものを見てしまったような、気の毒な人を見るような、そんな表情で言うんですからとほほです。

もうありません。もう打ち止めです。
「だいあり」にも書きましたが、日頃人様に取材をお願いして凌いでいる以上、人からの取材依頼をむげに断るのは卑怯だなと思って、それで「ボクで本当にいいの?」と確認した上で取材を受けたのですから。
ま、それも今のマスコミは一週間単位で動いていますから、今週からは新しい人と新しい話題が「エジキ」になるはずです。とほほ、書いていて悲しい現実ですが。

でもそんな騒動の陰で本人は、昨日はPTA親子ソフホドール大会に出かけたり、銀座のぞみで仲間とわいわいやったり、都立大の「鳥はる」という謎のふかーい店で感動したり、高校時代の萩原監督の北京五輪出場記念の宴会をやったり。ごくごく普通の生活でした。原稿もしっかりと書けたし取材もしたしね。

12月には、桜井会長とパラオの旅も予定されています。
会長の体調がちと心配ですが、それまでにもうちょっと原稿を進めておかないとね。

ま、コウヤマノリオ元気です。カネはないけどテーマはあります。なはは、ということで。
よろしくどーぞ。

 

■2008,11,05

いやはや、昨日は怒濤のような日でした。
午前中は入間市に出かけて、母校豊中で講演会。
『黄金の10代の記憶を生きる』
中学3年生150名+保護者数名を前にして、一生懸命話してきました。
自分の14歳の作文、歌手の絢香のこと、F1の佐藤琢磨君のこと。
保護者席には旧友夫妻も来てくれて、君たちの時代の友情は半世紀たとうとも不滅の黄金の記憶なんだと語ってきました。

それはそれでなんとかうまくいったと思って、旧友ベンちゃん夫妻と食事して上機嫌で事務所に戻ったら、なんと留守番電話の嵐。聞いているうちにじゃんじゃん電話がかかってきて、なんとそこから5時間、テレビ4、5局(番組かな)と雑誌一社の取材を受けるはめに。
とほほ。ボクも日頃は聞く側ですが、聞かれる側になるのは怖いっすね。なにをどう使われるかわからんからね〜。

テーマはもちろん小室さんですよ。逮捕なんてねぇ。
94年に出会って『深層の美意識』という本を上梓したのは96年。そこからさらに数年お付き合いが続き、娘が生まれた時にはプレゼントをいただいたりしましたねぇ。
彼はもちろん天才の狂気を生きていましたが、ご家庭はいい家庭なんですよね。お母さんが素敵だし。

事件の詳細は全くわかりませんが、俗に言う贅沢な生活とか放蕩とか豪遊とか、そんなん彼の本質じゃないですよ、じぇーんじぇん。

そういうことを必死に喋ったのですが、喋りながらもたぶんここはカットだろうなぁと思っていたりして、寂しいものがあります。テレビってそういうものですよね。
そうそう、むかーしバザールエクスプレスに「あぁテレビよテレビ」って一本書いたことがあったな。なはは、このHP内に載ってますから、みてやってください。

その後友人と会うために新宿に出て、焼き鳥「鳥はな」へ。
花園神社近くの名店です。
いつものようにまたまた信吾さんに怒られながら美味しい焼き鳥をいただきました。矛盾した店なんすよ。とほほ。

あー疲れた。ほんと、てんこもりの一日でした。
豊中の皆さん、ベン夫妻には感謝感謝です。またどこかで会いましょうね〜。

 

■2008,11,03

「神山典士様 ありがとうございました。 もっとお酒を飲ませて引きとめればよかった。と 、もっとお話を聞きたい思いでいっぱいですが また、お願いする時はよろしくお願いします」

尾張瀬戸の船橋先生から、嬉しいメールをいただきました。
行ってきましたよ。「黄金の10代を生きる」というテーマの講演会。
お母さんたち約20名に2時間、その後約15名の子供たち相手にまたまた1時間半。
思いの丈を話してきました。
その様子は「だいあり」で見てください。

先生のメールはこう続きます。

「 あのあと大学生と山崎さんと話をしていて 大学生の2人が「なんだかがんばろう!って気持ちが湧いてきました」 と言っていました。 それはお母様方も同じで御自分の10代のころを振り返り もう一度、何かをみつけていこう!と若返ってみえました。 子供達が目を輝かせて神山さんのお話を聴いているのが とても印象的でした」

嬉しい感想ですね。
誰もが一人に一つづつ、10代の時に宝物がその胸に宿るのだと思います。
その宝物に気づくのが早いか遅いか、あるいはついに見落としてしまうのか。
それはまた人それぞれなのでしょうが、人生とは、その宝物探しであり、宝の先にコツンと鶴橋がぶつかったら、今度はそれを繰り返し繰り返し掘り進めることなのでしょうね。

ボクの体験、佐藤琢磨君のこと、絢香のこと、いろいろな事例を交えて話してきました。
今10代を生きている子供たちに「黄金の〜」なんていっても通じないはずですが、
何かを感じてくれたら嬉しいですね。
まもなく感想文も送られてくることと思います。
どんな言葉を書いてくれているか。
楽しみと共に不安もありますが、待ちたいと思います。

船橋パーティーの皆さん、本当にありがとう。

「私も 神山さんの本を読み、お話を聴いていて、またむくむくと自分の中の何かが 起き出して動き出したくなりました。 さあ!私もがんばります! 本当にありがとうございました」

今回の講演会の企画を立ててくださった船橋先生、べりべりさんきゅです〜。

 

■2008,10,31

またまたあっと言う間に一週間が過ぎようとしていますね。
はやッ!
明日は名古屋で講演会。「黄金の10代の夢を職業にする幸せ」
前のりで入って準備万端。
どんな出会いが待っていますか。楽しみ楽しみ。

29日には、懐かしの母校中学校を訪ねてきました。
来週4日、やはり同じようなテーマで「職業観」の講演をするんす。
中学3年生相手だから、言葉が通じるかな?なはは。心配はそこだけです。
でも、このテーマはもっともっとふかーく掘っていきたいと思っています。
本も一冊書きたいな。何かいいきっかけがあったら、どーんといきたいですね。

この季節、「御苑前せお」さん、西麻布の「えん」の遠藤さん、そしてパーク「梢」の大江さんの料理がいいっすね。 やっぱ秋は和食だな。エンゲル係数をこれ以上上げるわけにはいかないけれど。とほほ。
おっと、ボクのテリトリーは「北部グランドスラム」でした。自覚しないとね。なはは。

 

■2008,10,26

昨日は午前中、PTAの親子ソフトボールの親子試合。
小学校6年生の男の子たちとムキになったお父さんたちが激突。なはは。楽しい一時を過ごしました。「指名代打、工事のおじちゃん」だって。たはは。
校舎の改築に来ていた作業服の人がとても出たそうな顔で見ていたので、思わず声をかけてしまいました。三振でしたね。でも、打席に立ってくれてべりさんきゅでした。

その夜、参加した皆さんで呑んだんすよ。板橋駅前の「マツヤ」→「明星」というコースで。
自宅マンションの元ミュージシャン、元オートバイレーサー、一昨年のPTA役員、そしてソフトの監督、コーチ、この日の参加者といったメンバーで。極めて雑多な集まりだったのですが、こういうの楽しいですよね。なーんのしがらみもないし、なんの仕事なんて関係ないし、ひたすら馬鹿話に盛り上がって。
皆さん、ありがとうございました〜。

その合間に取材してきた「アルティメット」というスポーツにも大感動。
知ってました? このスポーツ。
なんと審判がいないんです。ゴルフと一緒だ。全て自己申告。
試合が佳境になっても、ぶつかりあった選手二人が話し合ってジャッヂを決めるんです。
しかも、チームの人数に差がある。つまり21人のチームと14人のチームがそのまんま闘っちゃうんです!!!そんなんありかい?って思うでしょ。
それがアリなんだな。

その辺の面白さを書こうと思います。
ま、読者の意表をつく角度からだけどね。なはは。

今夜は赤羽で久しぶりの「トキコ居酒屋10番勝負」
これまた楽しみ楽しみ。駅前の居酒屋(串焼き?)「佐藤」という店です。
お近くの方、ぜひぜひいらしてみてくださいませ。

 

■2008,10,22

この前、赤羽の「米山」で呑んでいたら、わざわざ板橋駅前に宿を取って呑みに来ていた若者(?)三人と相席になって意気投合。この日三人は、十条の斎藤酒場で口開けして米山に来たというから、 「北部のグランドスラムって知ってる?」と得意気に聞いてやった。
「えっ、そりゃなんですか?」とのってくる。相当な呑兵衛だな。なはは。
「米山と斎藤酒場に行ったなら、赤羽の「いこい」と板橋の「明星」にもいかなくちゃ。
その4つを制覇したらグランドスラムだ」
なーんて、勝手に即興ですよ。なはは。
でも楽しかったな。

昨日は智子さんと桜新町の佐々木先生のお茶室へ。
なんとボクは原稿に夢中になって時間を読み違えて、駅で編集者を20分、さざえさん美術館で智子さんを15分待たせるはめに。
何があっても 女優を待たせちゃいかんでしょ。とほほ。お許しを。
でも先生のおもてなしの心が痛いほど感じられて、そりゃそりゃ素敵な一夜でした。
先生、ありがとうございました。
ほんと、先生の醸しだす空間は心の奥座敷です。
先生に出会えたことで、今ボクもかろうじて「職人」とか「和」のテーマを書くことが出来ていると思います。
趣味、センスというものは、あそこまで崇高に高められるものなのか。
そのことを実感しています。

今日はこれからCXで古田新太君のインタビュー。夜23時からだって。とほほ。
芸能人は大変だね。ボクなんか、すっかり呑んで寝てる時間ですよ。
ま、楽しみ楽しみなんすがね。

 

■2008,10,15

昨日は久しぶりに緊張して小田急線で町田へ。
伝説の雀鬼・桜井会長へのインタビューでした。
でも、その前の段階でもう勝負あり! なんす。
「会長はいつも8時頃お見えです」というスタッフの声に、「んじゃ7時過ぎに伺います」と応えて7時30に扉を開けたところ−−−、もう会長の姿があるんですよ。
つまりボクは「間に合っていない」。
本来会長よりも先に着いて呼吸を整えていたかったのに、先陣を切られてしまいました。
この辺からインタビューの間が微妙に変化します。相手を自分の間合いに引きずり込む「技量」の差が、ここにも現れるのです。

でも久しぶりにインタビュアーとして間近に接して、しびれたな。あの言葉の数々。
「昨日生まれて一カ月の孫を初めてお風呂に入れたんだ。その時ずーっと語りかけてたんだよ、孫に。こんな怖いところに出しちゃってごめんなって。男と男の会話だよ。生後一カ月だって聞えてるんだよ、絶対に。オレの遺伝子が伝わるように語ったんだから」
「人は人を愛情で育てようとするからうまくいかないんだ。愛なんて、その裏にはエゴもあるし過剰な愛はかえって邪魔だし、愛で人を傷つけることもある。所詮愛なんて人間や宗教があとから都合よくつくりだした概念だろ。そうじゃないんだ。本能で育てればいいんだ。植物や動物に愛なんてあるか。本能だけだろ。だけどあいつらは生命をかけて子供を守る。子孫を守ろうとする。何で人間だけ愛なんて言葉が必要なんだ」

いい本になりますよ。ボクが一番しびれる本になりますよ。なんて、それじゃプロとしていけないんですが、なはは。
ま、楽しみにしていてください。

深夜明星でかるーく呑んでいたら、次々とメールが。
「セントラルの八木さんが報道ステーション出てたよ」だって。
出演することは驚かないけれど、経済がそれほど疲弊しているってことには暗澹たる思いになりますね。
いやーな年末になりそうだな。
皆、せめて気持ちだけはしっかりもって生きましょうね。とほほだけど。

 

■2008,10,11

昨日は智子さんと密会。なーんて、普通の食事会。友人の鑑定団・勝見さんも来てくれて、楽しい一時を過ごしました。
でもその中で、いくつか近い将来やっていきたいプロジェクトの話しもして、彼女の思いも聞きました。
「神山さんがあんな文章書くから、怖い女と思われて仕事がこなくなっちゃった。責任とってよ」だって。とほほ。
これには返す言葉に困ったけど、でも今のメディア界、まっとうに仕事をしようとすると確かに孤高の存在にならざるをえないという現状もあるのかな。
責任なんて取れない変わりに、彼女といい仕事をいくつか残したいと思います。

夜は劇団☆新感線のこぐれ修さんと久しぶりの再会。
最近はジャニーズやエクザイルの舞台に出ていて、それ以外はボイストレーナーとしての評価が鰻登り。50人位の生徒を持っているそうです。
「えっ! 1コマ2000円で個人レッスンやってるの」
驚いたのはボクの方でした。他では1万円を越える授業料を採っているところもあるというのに、彼はにしぇんえんで個人れっすんだんて。たはは。
「だって演劇やってる奴なんて貧乏なんだから、これを越えちゃいけないっすよ」
だって。 すげーぞ。
あまりに凄すぎるので、板橋で河内屋の串カツと明星に連れて行って啓子ちゃんワールドに引き込んだら、喜ぶ喜ぶ。「今度からサンシャイン劇場での打ち上げはここだな」だって。なはは。
明星にジャニーズがきたら見物だな。

ま、 またまた楽しみが増えましたん。

■2008,10,08

昨日は三田のエスコフィエ協会本部へ。

ここは03年頃、ワイルというテーマと出会った時に何回もお邪魔して取材のお世話になりました。懐かしい〜。
今回は66年開店の銀座「マキシム・ド・パリ」の初代日本人シェフだった浅野会長へのインタビュー。パトロンだった盛田昭夫さんのことなどを細かく伺いましたん。

当時「本物のパリがここにある」と言われたレストラン。やっぱ凄いですよ。
大卒の初任給が2万円だった時代に2億8000万円かけてビルが建てられて、それと同じ(!)資金を使って厨房や内装やカトラリーが揃えられたのだとか。
座席数約90(パーティールーム含む)なのにスタッフは約100人。
厨房とサービスと楽団(!)合わせて15名のフランス人スタッフがやってきたのだそうです。
いやはや恐るべしソニー、何を考えていたんだろう盛田さん。
そこんとこが今回のテーマです。

にしても帰り際、事務局長の伊藤さんが「本が出きるまでに何年かかりますか?」だって。
とほほ。「テーマがあれば酒も女もいらない」なーんて豪語していますが、「テーマができると貧乏になる」という真理もまたあるんですよね。とほほのほ。
さてさてどーなりますか。またまたながいーい旅になりそうです。

 

■2008,10,07

昨日は吉祥寺ハモニカ横丁へ。
目指していたカウンター型式の居酒屋(名前知らず、とほほ)がやってなくて、すわ閉店かと思ったら「今日は工事で休みです」だって。とほほ。
ぼーぜんとしながら狭い路地をうろうろしうていたら、何故か吸いよせられるように「美舟」へ。
ここは確か二階が座敷で、そこにはいったことあったんだけど、一階のカウンターが空いていてそこに陣取りました。
以来約4時間。いや呑んだ呑んだ。途中酔っぱらっちゃったおじさんがボクらに話しかけたそうだったんだけど、ママが「無視して!」と目で言うので堪えましたよ。なはは。
一人で寂しかったんだろうな。誰かと話したかったんだろうな。10年後のボクの姿だろうな。なーんてね。
にしてもいい店だったなぁ。最高。また一つ常連、じゃなくて常店ができてじついました。

この夜のテーマは、ダウン症の弟・康平君の作品を武蔵野大学の洞内君が持ってきてくれて、近い内八戸に取材に行こうという企み。
この絵がいいんだ。できたら志摩のエサマンプレザンに康平君を連れて行ってあげたいな。

さてさて、康平プロジェクト。どうなりますか。

そういえばもう一つ、「智子プロジェクト」もあるんだった。
こちらも頑張らなくちゃ。どうなりますか。

緒形拳さん、亡くなっちゃいましたね。残念至極。ご冥福をお祈りいたします。
以前『生きること、演じること』という役者列伝の本を書いた時、直筆のお手紙をいただきました。
「本、とても面白く読みました」
あの独特の筆跡でですよ。
こうなると家宝だな。
ボクの中でのオガケン・ベスト1は『ゴドーを待ちながら』松本・旧制松高講堂バージョン。
至福の演劇体験をいただきました。合掌。

本日『我、教育に非ず、伝承なり』
書き出せました。楽しみだ。誰よりも自分が。なはは。

 

■2008,10,02

「今日、会長に企画の話しをしました。 もう待ったなしです。 すみやかに行動してください。 よろしくね」
飯田橋を根城にする某組長、いやいや、組長風情の編集局長からメールがきました。
むふふ、またまた新しい旅が始まりますな。
今回はちと手ごわいですが、でも頑張りましょう。

明日は大阪へ。古田新太君の少年時代の記憶を辿りに行ってきます。

秋深しですねぇ〜。収穫の秋にしたいな〜。

 

■2008,09,26

昨日はちょっとしたご縁があって、新宿ハイアット・リージェンシー東京内にある
「キュイジーヌSミッシェル・トロワグロ」へ。
トロワグロといえば、いつもお世話になっている京橋シェ・イノの井上シェフの故郷店。
ソースの魔術師といわれたトロワグロ兄弟が3つ星を獲得してから40年間3つ星を守り通しているグラン・メゾンですよ。東京版でも2つ星かな。
でも3代目のミッシェルは、両親だけでなくアラン・シャペルや太陽の料理ロジェ・ヴェルジェ、ローザンヌのジラルデ等の名人巨匠の下で研鑽を積んだ人。
酸味を上手に使ってすごーく軽いテイストの料理を出してくれました。
ところがところが。このまま最後まで行くのかなと思ったら、小鳩のロティで出されたオマール海老を使ったソースが絶品。
皿の上だけでなく、小さなソースパンに「お代わり」まで出していただいて、たっぷりといただいてきました。うーん、やっぱりフレンチはソースだよね。なーんてね。;なはは。
最近では珍しい体験となりました。

ときに、最近ボクの周辺は時ならぬ「熱愛ブーム」
一昨日も昨夜もそんなことを呟く友人と酒を共にしました。とほほというかなはは、というか。
ま、誰もが心にふかーい闇を抱えているということでしょうか。
いや〜、それにしても恐るべしは「熱愛」ですな。

 

■2008,09,25

先週からずーっと(断続的ですが)地域創造「札幌、子供のための劇場・やまびこ座20周年」と「鳥取鹿野、鳥の演劇祭」の二本の原稿を書いてます。
世界的に見ても珍しい子供専用の演劇・人形劇のための劇場と、人口4500人の小さな城下町で開かれた演劇祭。でもそれらには本当に「オリジナル」があって、まさに「ユニーク」。
何かを生産することで地域が活力を得てきた時代から、何かを創造する拠点となることで存在感を出していく時代へ。そんな流れを感じます。
あと少しで脱稿だ。編集の坪池さん、もちっと待ってね。ふ〜。

10月になったらまたまた小学校のPTAのソフトボールの練習が始まります。
子供たちにまた会えるな。初夏の相撲大会の時からまた成長した姿が楽しみっす。

 

■2008,09,20

昨夜は銀座のレストランでピアニスト・辻井伸行君の二十歳の誕生日会。
伸行君のガールフレンド連合が集まって、指圧の浪越さんのリードで楽しい会となりました。
「最近コンサートに来てくれないじゃん」なーん伸くんにいわれてしまいましたが、それもね、ちと思うところあるんですよ。
伸行君とは小学校5年生からのおつきあい。
初リサイタル、初オーケストラとの共演、佐渡裕さんとの出会い、パリ・デビュー、そしてショパンコンクール挑戦と、いろいろなシーンを目撃してきました。
それはあくまで取材という行為ではあったのですが、どこかで彼を応援するというスタンスがあったことも間違いないんです。
大きなハンディを乗り越え、音楽には素人のご両親と三人四脚で歩んできたのですから、近くにいるボクらだってそりゃ応援したくもなります。
そして、毎回その思いを越える演奏をしてくれたのが伸君でしたから、応援のし甲斐もあったのです。

でもここからは伸君も二十歳。ボクも一歩立ち位置を変えて、ここからは大人と大人として対等の視線で彼を見ていかなければ。そのために、今度取材者として出会う時が新鮮であるように、少し時間と距離をとろうかと思っていたのでした。

今度会う時は音楽家として、一人の大人として、手応え充分な取材対象者と書かれ甲斐のある作家として出会いたいから、お互いに切磋琢磨していないとね。
秋には佐渡さん指揮でドイツフィルと共演したアルバムも出ます。同時に、再生したアスコムから『のぶカンタービレ』という本も出版されます。
ぜひ両方を味わっていただきたいと思います。

先週末から鳥取取材、鳥取市鹿野の小さな素朴な演劇祭を見て、米子に飛んで大山を味わって、その後京都に立ち寄って帰って来ました。
山陰は素朴でいーわ。家々の屋根瓦が立派なんですよ。あれが普通よ、なんて地元の人にはかるーく言われちゃいましたが、東京の建坪30坪なんてーのを見慣れていると、ほんと、立派に見えます。
境港から美保関へ。神話の国を楽しんできました。

 

■2008,09,11

標高3000メートルの天上界から下界に戻って2日目となりました。
なーんて、わずか3日間歩いてきただけですが、なはは。
でも今日で筋肉痛とはお別れ。代わりに今朝洗面台で鏡を覗いたら、
もう顔の皮がむけ始めてんの。とほほ。強烈な紫外線だったのですね。きたね〜。

下山した日、飛騨から呑みたい一心で車を飛ばして板橋駅前の明星に向かったのですが、なんとその日に限って赤提灯がついていなかったんですよ。
なんかいやーな予感がしたんですが、ケイコちゃんのご主人が入院されたとか。
大事ではないようなのでよかったのですが、お互い気をつけないといけませんね。
あの店の灯が消えると、常連たちが板橋の他の店に分散して、それはそれでまた危険なことになりますからね。なはは。

今夜は関西の鬼才・鈴江俊郎さんのお芝居。
仙川までいかないといけませんが、楽しみ楽しみ。

 

■2008,09,05

いや〜迫ってきました。北アルプス、新穂高〜三俣蓮華岳〜水晶岳〜笠が岳〜新穂高、
3日間の縦走です。
うーん、大丈夫か神山、持つのか足腰、行けるのか膝靱帯。
去年は燕〜中房温泉の下りで足が動かなくなっちゃいましたからね。
今年は多少トレーニングしているとはいうものの、いや〜、皆さんにご迷惑かけないようにしないとね。とほほ。サポーター買いました、って、そういうことじゃないだろう、神山。

というわけで、6日午後東京を出て、9日深夜に戻る予定です。
無事戻れるかな〜。戻れたら褒めてやってくださいね〜。

2日、小学館ノンフィクション大賞の授賞式パーティーにちと顔出して来ました。
ボクが『ライオンの夢』で優秀賞をいただいたのはもう13年も前のことになるんですね。
毎年招待状をいただいていましたが予定があわず、あれ以来初参加。
あの頃のことを束の間思い出しました。
スピーチで作家の関川さんが言ってました。
「本を書いて生活を立てられる人は極めて稀、そんなあやふやな希望を世に広めてどーする」、というようなことを。
確かにそういう現実の中で、10年ワンテーマでなんとか生きてこれたことに感謝しつつ、これからも生きていこうとすることに大いなる不安と震えを感じないわけにはいきません。

でも不安があるから人は自覚的になるわけですよ。リスクテイクなき自由なんてないんだし。
やってやろうじゃないのって心境ですな。

そう、北アルプスもやってやろうじゃないの。 かかってきんしゃい。

■2008,08,31

夏休み最後の日となりましたね。
なんて、小中学生みたいに一カ月休んだわけではありませんが、
なんとなく8月31日には、あの10代のころのおもーい気分を思い出しますね。
天候も8月下旬になったら一気に秋の気配だし。
雀鬼会の夏合宿で海に潜れることを期待して行ったのに、結局雨で海に入らずに帰って来てしまいました。残念残念。
そんな悪天候でも会長や海番長の花岡さんたちは80センチもあるスズキを突いたりしていたそうですから、言い訳なんですけどね。とほほ。
あの日は帰路もどしゃぶりで、大渋滞に巻き込まれて大変でした。電車で帰った竹書房の宇佐美局長も途中立ち往生で大変だったとか。
でもボクらはそのお蔭で小田原でレンタを降りて列車に乗り換えることになり、その合間にまたまた素敵な店をみつけちゃったんですよ。小田原駅前の「田」というんですけどね。
魚もいいし、富士湧水豚というブランド物の豚肉も美味しかったな。

昨日は相模湾の本家本元、真鶴駅前の「富士食堂」に行ってきました。
いや〜、ここはほんと、単なる駅前食堂の風情なんですが、6時を過ぎると地元の常連で大賑わい。昨日は太刀魚の刺身、カマスの塩焼き、小アジのフライ、かつおの刺身、さんまの刺身、それと、アジのナメローもあったな。とにかく何を頼んでも絶品。あ、しめは漁師風茶漬けね。これうま。もちろん安いっす。
すっかり仲よくなった地元漁師&ライター(って言ってたな)&主夫(??)の竹ちゃんと話し込んでしまいました。すげー二の腕なの。あんな太い二の腕のライターは都会には絶対にいないな。なはは。

ここんとこでは恵比寿のビストロ・モリのエスカルゴと瓜のほうれん草風味が美味しかったな。
この前「セオリー」に書いて以降、いろいろな人に紹介してるんですが、作家の山口正介さんも書いてくれたみたいだし。いいぞモリ君。また二丁目行こうね。むふふ。

 

■2008,08,22

あちゃ〜。今年の夏はあちこち出張続きで、
気がつくと10日以上も更新していませんでした。
ごめんなさいごめんなさい。さぼっていたわけじゃなくて、パソコンの前に
座れなかったんです。おゆるしを〜。

というわけでこの10日間をダイジェスト。

10日は午後の飛行機で札幌に飛んで、シティ・ジャズ取材。翌日はやまびこ座の追加取材。

13日は区の胃ガン検診。なんたってもう50歳手前ですから、受けられるものは受けておかないとね。とほほですが。バリウム呑んでレントゲン撮って、結果はまだまだ。おーこわ。

この間お芝居は紀伊国屋でMOP。あと2本で劇団解散なのだそうです。惜しいな。
三上市朗君が好きなんだけど、ストーリーとかテイスト自体はちとマンネリねぇ。そこは残念。
マキノさんの作品では、むかーし観た『東京原子核クラブ』の衝撃が忘れられませんね。

もう一本は大阪に飛んで劇団☆新感線の『五右衛門ロック』
こちらも相変わらずっちゃー相変わらずなんだけど、松雪泰子はきゃわいいし北大路欣也はかっちょいいし、圧巻の3時間40分でした。
終演後古田君が出てきてくれたんだけど、全身震えが止まらないのね。
厚生年金会館3階まで総立ちのファンにしかと対峙するってーのは、そういうことなんですね。
小劇場ファンの一人としては、カーテンコールで北大路欣也を従えて大トリで古田君が登場するシーンには涙が出ました、ほんと。
その昔、団十郎を見ると風邪が直ると言われていたそうですが、元気と勇気をいただきましたよ。いいものを見せてもらいました。

17日からは志摩のアトリエ・エレマン・プレザンへ。
ここではダウン症児のお母さんたち「エレマン・シスターズ」が毎回とーっても美味しい海の幸をテーブル一杯に用意してくれます。ホントすげー料理ですよ。
すでに脱稿している『いいんだよ、そのままで』の出版が頓挫しているので、次の企画も考えないといけません。佐藤先生とあれこれ話してきました。

そして昨日は肺ガン検査。ま、そういう年頃ということで。

んで明日からは伊豆へ行って雀鬼会の合宿に参加。今年は外道じゃなくてまともな魚が突けるでしょうか。乞ご期待です。

ちなみに今日、母校の豊岡中学校の高山校長先生から電話をいただいて、11月に中3生たちを対象にお話しをすることになりました。テーマは進路のことかな。
こちらも楽しみ楽しみ。
この夏いただいたとーっても嬉しい宝物のこともあって、10代というテーマがボクの中で大きくなっています。そのことは、「だいあり」に書きますね。

さぁ〜、夏もあと10日間。今日は涼しくなっちゃったけれど、もうひと燃えしましょうぜぃ。

 

■2008,08,10

たった今北信越・黒姫山から戻りましたぁ。
標高2054メートル。高原に聳えるなだらかな山ですが、登ってみるとしんどいしんどい。
特に下りは急坂でヘトヘトでした。
今回はラボ・パーティーの10代の少年少女たち約30名と一緒の山行で、
彼らの元気を目の当たりにしてきました。いや〜すごいね。10代は。
足が痛いアブに刺されたなんて泣き言言っていた少年が、「あと500メートル、ラボランドでは皆がアーチを作って待ってくれているよ〜」なんて励ますと、とたんに駆けだしたりするんだからね。なはは。
でも自分で飛べるからいいんです。自分で飛べなくなると、書類を改竄したりお金をちょろましかたり、ろくなことしなくなるからね。
学ぶべきは10代の瑞々しさですよ、ほんと。

今回はロッヂでもたくさんの子供たちと交流できて、ボクにとっての10代の聖地の一つ、ラボランドを堪能することができました。
子供たちにとっては、少しはしゃぎすぎのおじさんだったかな。たはは。お許しを〜

さあ、これから3時の飛行機で札幌へ。
今夜のジャズフェスの取材と、この前のやまびこ座の再取材をしてきます。

北京ではオリンピック、甲子園では高校野球、黒姫では10代の聖典、伊豆では雀鬼会の合宿、そして48歳は取材に飛び歩く−−−
ま、それぞれの夏が過ぎていきますね。

皆さんの夏は如何ですか?

 

■2008,08,02

いや〜、蒸し暑いですねぇ。
ちょっと動いたり何か食べたりすると、とたんに汗が吹き出してきますね〜。

帰国後一週間もあわただしく過ぎていきました。
29日には日帰りとんぼ返りで札幌へ。創立20周年のやまびこ座という、子供専用の公共ホールで人形劇を見てきました。
このホールを中心に、札幌にはいくつものママさん人形劇団が出来ているそうです。ヨーロッパで活躍するプロの人形劇士も生まれているし。ホールでは、そういうママさんたちを「アーティスト」と呼んで大切にしています。
知らないところで20年間もこんな素敵な取り組みがあったんだと驚きの思いでした。

ここにはまた8月の中旬に再取材に入ります。

某日には久しぶりに銀座へ。セントラル社の八木社長に美味しいお寿司とお酒を御馳走になりました。いや〜、やっぱり銀座は華やかですねぇ。
昔聞いた話ですが、某作家さん(かつてはノンフィクションの書き手で、途中からフィクションの方に移られた方ですが)は「呑む」と言ったら銀座しか行かないのだとか。ま、地方は別なんでしょうが、銀座の「華」と「テンション」が自分のスタンダードなんでしょうね。
物凄く静謐な文体の方だから、むべなるかなと思ったものです。
ボクは時には銀座もいいけれど、やっぱり板橋もいいし新宿二丁目もいいよねなんて思ってしまうほうだから、こんな雑文書きになってしまうのでしょうか。とほほだなぁ。
ま、それがボクのスタイルだからしょうがないんだけど。

それからトピックスはパルコ劇場で見た「SISTERS」、主演の松たかこも素晴らしかったし、何より長塚圭史の本が絶品。これには岸田賞をあげないといけませんね。

松さんて、前に見た串田和美さんの作品では透明な妖精そのものだったし、今回は狂気の人だし、本当に天才にかかるとどんな色にでも染まることの出来る人なんですねぇ。
鈴木杏とのからみのシーンなんて、まんま「奇跡の人」ですよ。サリバン先生とヘレン・ケラーの格闘シーンそのもので、この二人のコンビであの芝居も見てみたいなと思わせました。
時折こういう作品に出会ってしまうから、演劇から足を洗えないんですよねぇ。

今年の後半は古田新太君の取材が入っているから、久しぶりに演劇漬けの日々になるかな。

うーん、凄いぞ長塚。やめられないぞ演劇!

 

■2008,07,27

まるで北海道のような爽やかな気候のアメリカはニューヨーク州シラキュースから戻りましたぁ。
今回は、マンハッタンでヤンキース戦観戦、地下鉄1番の終点のヴァン・コートランド・パークのゴルフ場で1ラウンド、シラキュースでもパブリック・コースで現地のシニアのおじさんたちとワイワイ1ラウンド、そしてグレイハウンドに乗ってバッファローに行ってエリー湖の夕焼けを見るという、至極贅沢な旅でしたん。

とはいえ、食べたくなるようなものはなーんもなかったな。とほほ。量さえあれば質は問わないというお国柄ですからね。期待する方が無理か。マンハッタンは別ですけどね。
その点は美味しいもの満載の母国に戻ったのは嬉しいんだけれど、この暑さと湿度にはまいりますね。とほほ。
ま、これからが本番なんだから、覚悟しないとね。

アメリカも、マンハッタンは暑かったっす。40度近かったんじゃないかな。
その辺のレポートは、「だいあり」に書きますね。
しばしお待ちを。

出発前に書いた拙文が↓に載ってます。見てやってください。

■2008,07,17

http://www.elle.co.jp/generic/professional/(offset)/12

出発前に書き終えないといけない原稿があと一本。
今日NECソフトの原稿が書き終えれば無事出発できます。

昨日の昼は知人に誘われて霞町すえとみへ。
いやいやすんばらしいお料理でした。
ウニ豆腐に始まって、八寸、ぐじのお造り、鱧のお碗、鮎の塩焼き、そして土鍋で炊き込んだご飯に焼いた金目鯛の混ぜご飯。
板さんはまだ若い方でしたが、偶然ピアニストの辻井伸行君のファンということもわかり、納得納得。またいきたい店の一つになりました。

昨日恩師からファックスがあり、夏山計画に誘われました。
去年調子こいて燕山荘に連れて行ってもらったのですが、下山途中のオーバーワークがたたり、下界についた瞬間に立てなくなっちゃったにがーい経験があるんですよね。とほほ。
今年は平湯から入って三俣山荘まで、約7時間の長丁場があるとか。
大丈夫かなぁ。とほほ。「飲み屋の階段はおしなべて歩いて上るように」との「指令」が書かれていましたが、なはは、んなことで大丈夫なのでしょうか。
予定通りならば、9月上旬、3泊の山行になります。

というわけで、今年の夏はニューヨーク、シラキュース、黒姫山、志摩のアトリエ・エレマンプレザン合宿、伊豆の雀鬼会合宿、そして最後の北アルプスというラインナップかな。
はたしてどーなりますか。
皆さんはどんな夏のご予定でしょうか。楽しみましょうね〜。

 

■2008,07,15,

まじ暑いっすね。来ましたね、夏が。ま、今年は泳いで凌ごうかな。

NYへの出発が3日後に迫ってきました。
シラキュースという小さな街を訪ねる予定です。
その前に週末はヤンキースタジアムでアスレチックス戦観戦かな。チケあるかな。ま、外野席でもいいやね。松井もいないみたいだしね。
本土上陸はかれこれ10年ぶりですねぇ。9・11前から行ってないからね。
今回はグレイハウンドか列車の旅が楽しみだな。夜はジャズかな。
18日に出て26日に戻ります。その間メールは見られると思うけれど、電話は不通です。とほほ。留守電に入れてくださいましね。

新刊上梓の反動がボディ・ブローみたいに効き始めています。必ず来るんですよね、これが。
これを避けるために細々とした仕事をあれこれ入れていたんだけど、やっぱり避けられなかったな。とほほ。
ま、書き手の孤独はしっかりと自分で引き受けないといけませんよね。

今夜は久しぶりに「劇小劇場」。いい芝居に当たるといいのですが。

 

■2008,07,11

昨日は愛する真鶴へ。黄昏時になって、駅前の「富士食堂」の暖簾をちと早めに出してもらって地の魚をいただきました。
いや〜、これが絶品。若者二人とおかあさんと三人でやっている小さな店なんですが、毎晩地元の呑んべいたちでギャンギャン言っています。
魚が美味い!!昨日はイナダ、なんとかいうイカ、カツオ、そして小アジのフライなんかをいただきました。
同行した役者の青山もすっかり気に入って、今度は真鶴で皆を集めてコンペ&宴会だなんて盛り上がっていたな。なはは。ほんと、我が愛する真鶴になりつつあります。

明日は小学校の相撲大会。その後バレーボール、ミュンヘンメダリストの西本選手と親睦会。
いろいろありますな。

『情熱のシェフ』、ニースで東京で、いろいろな人から熱い感想をいただいています。
書いてよかった。書いておいてよかった。
そんな感慨にとらわれる一瞬が確かにあります。

でもその分、なかなか次の仕事に手がつかないというのも正直なところ。
やっぱり人間には作用が大きければ大きいほどに、抗いきれない反作用というものもあるんですね。こればっかりは時が解決してくれるのを待たないといけません。

 

■2008,07,06

先週は毀誉褒貶というか起伏の激しい一週間でした。

2日水曜日は三茶で「ノイズム」公演。ご存じ新潟のダンスチーム、若き芸術監督・金森穣君率いる今最も緊張感の高いステージをみせてくれるスペシャリストたちです。
今回は『人形の家』。なんでシアタートラムという小さな空間を使うのかなと疑問に思っていたら、舞台芸術の原点である場末の見せ物小屋をそこに出現させて、生身の人間を人形に仕立てて猥雑でエロティックで妖艶でそれでいて無垢なステージを完璧に再現してくれました。
みゆきの『狼になりたい』が流れた時は鳥肌たったな。なはは。金森君にとっては、バッハの無伴奏も中島みゆきも等価なんですね。快感!

翌3日は横浜みなとみらいホールでヴァイオリンの礒絵里子ちゃんとヴェネツィア室内楽の共演。こちらはヴィバルディ「四季」を堪能してきました。
イタリア野郎どもが 新婚のえりちゃんを狙って大変だったそうです。なはは。むべなるかな。

4日は渋谷老舗イタリアン「カプリチョーザ」の30周年記念パーティー。
「にんにくとトマトスパゲティ」の大盛りを皆で堪能堪能。「高校時代が懐かしい〜」「大学時代に下北でよーく食べた」なて微妙に時代を張り合っていましたが、ま、この辺まで来ると、皆同じようなもんです。なはは。
これだけ味が引き継がれ、その思い出がお客さんたちの中に確かに息づいているということは、今は亡き本多征昭シェフの力の証左ですね。70年代にこの味を提供していたのだから、素晴らしいの一言。合掌です。

そして昨日は野暮用があって逗子へ。
ここには森戸海岸に友人のマンションがあります。
その友人がこのマンションを空けていた時、ボクはここを執筆場として『初代総料理長サリー・ワイル』を必死に書いたのでした。
その時朝食に使っていたのが波打ち際のデニーズ。ここ最高っすよ。180度海が一望のすげーロケーションが朝食400円、ビール500円で自由になるんですから。なはは。
久しぶりに行ってきました。

と、楽しく充実した時間が続いているのに、その裏では友人をなくしたり、へんな攻撃にさらされたり。とほほ。ま、その度にアドレナリン全快で元気100倍のコウヤマなんすが。
無駄なエネルギー使いたくないね〜。ほんと。困ったもんです。

 

■2008,07,01,

と、安心していたら、まだまだ「異常な日々」は続いていますねぇ。
とほほ。ほんと、休まらない人生なんだなぁ。ボクのばやい。

今日は一人の友人をなくしてしまいました。
とても残念ですが、ま、仕方ない。
馴れ合うために生きているわけじゃないし、言葉に殉じて生きている者としては、
許せないものは許せない。言葉は人の命を奪うことがあります。その覚悟のない輩が、
安全なところからしたり顔でものを言うのは許せない。少なくともボクの人生において、
そんなぬるーいルールはありえない。
少しだけ可哀相なのは、今日は彼の誕生日のはず。訣別の辞がお祝いの言葉になってしまいましたね。ま、そういうこともあろうかと。

さらばです。せめていい人生を。

ボクには新しい取材が始まりました。昨日一本、気に入った文章が書けました。
新しい出会いの気配が漂っています。
そういうことの繰り返しでしかボクの人生は改まっていかないようです。

精進しないといけませんね。

 

■2008,06,26

ようやく友里ショックの異常波が去って、平常営業に戻りつつある「熱血」です。とほほ。
この3日間、ヒット数が1400、700、300なんて感じで、尋常じゃありませんでした。
ブログ炎上! なんてことになりはしないか心配で心配で。たはは。
でも皆さん、冷製に対応していただいて、その上いろんな方から心配もしていただいて、感謝しております。
ケイちゃんからまで「熱血が頭に血が登ったらおしまいですよ」なーんてアドヴァイスいただいちゃいました。とほほ。面目無い。

にしても友里さん、この世界のいろーんな人を敵に廻してますねぇ。そのこと自体は別に悪いことじゃないけれど、無駄な闘いが多すぎだな。
今回のことでいろいろな人と話したのですが、詳細を聞けば聞くほど呆れちゃいますね。覆面の言い訳は「レストランで贔屓にされないように」という大義名分のようですが、実は袋叩きにされないためでしょう。友里さんほど「接待」でお金使っていれば、覆面なし、実名で予約入れて「書かせていただきます」と言っても店内では安心ですよ。店外ではわかりませんけどね。なはは。

むかーし、この世界に入るきっかけとなったすごーく好きなノンフィクションの書き手がいたのですが(もちろん今もご健筆を振るわれているのですが)、ある日その人がペンネームだと知った瞬間、その熱があっさりと冷めちゃったことがありました。
ボクらは人様のことを実名で、しかもかなりあけすけにきわきわに書かせていただいているのだから、やっぱペンネームは卑怯でしょ。自分だけ安全なところから人のことをあれこれ書いたり批評するってのは、どーも好きになれませんね。
辛口結構、地を這う取材も結構、逆にそれは当然ですよ。でもその前提には、互いにリスクを平等に背負うというルールがあるはず。そうでなければ批評は成立しませんね。
他者を批評することはそのまま自分自身の批評にも繋がるわけで、その主体がぼけちゃったら、せっかくの批評も死に体ですよね。

その意味で、残念なんですよ。批評なき日本の料理文化が。

ま、気を取り直して、次のステージに向かいましょう。
今週末は雀鬼会。高槻支部の決勝戦取材があります。
桜井会長との南の島取材は秋に延期になっちゃいましたが、その前に一本、書き上げたいなぁ。雀鬼会の皆さん、山田マネージャー、よろしくおねがいしまーす。

 

■2008,06,23

おぅおぅおぅ、すげー。昨日のこのブログの訪問者数1000人突破。アクセス数に至っては1800超ですよ。とほほ。楽しみにしていた10万番目の読者プレゼントも、あっと言う間に風の彼方に消えてしまいました。ほんと、申し訳ありません。
それもこれも、友里征耶という人のブログの読者数の凄さですねぇ。というか、ネット界の「不幸の手紙」の負の威力と言ってもいいのかもしれません。

「熱血」の読者の中にはなんのことだかわからない方も多いと思うので、かのブログのアドレスを表記しますね。

http://www.tomosato.net/blog/

ボクは文章書きだから、自分の作品に対して本を買ってくれた方があれこれ批評してくれるのは大歓迎なんですよ。でも、ブログの表紙が赤いとか、よくこんな全身写真を使えるもんだとかいきなり言われてもねぇ。とほほ。

そんな戯れ言じゃなくて、ちゃんとボクの作品を読んで批評してくださいよ。友里さん。二日間に渡ってボクのこと書いていただきましたが、精一杯理解に務めても、書評に類すると思われる表記は以下の部分しかないんだもん。

「 早速この本(サリー・ワイル)を購入しちょっと目を通してみましたが、彼のサイトでの発言も含めての感想を言わしていただくと、「レストラン食べ歩きの経験や知識は一般人並かそれ以下ではないか」と思うに等しい方。「日本フード・ジャーナリスト会議」の主宰者と同じく、グルメが「商売」になると嗅ぎつけてこの世界に乱入してきたと思われます」

拙書『ワイル』に、現代のレストランの食べ歩きを書いた部分なんて皆無だし、全300ページ、もともと700枚書いた原稿を出版社の意向で500枚に縮めたせいでボーンレスハム状態になったあの本は、「ちょっと目を通して」何かをご理解いただけるような代物じゃないはずです。
なぜ歴史ノンフィクションを強引に「レストランの食べ歩き」という自分のフィールドに持って来ようとするのか、その辺からすでに的外れですよねぇ。友里さん。
もしかすると、読まないで書いちゃったのかな。だとすると、レストランにもいかないで書いちゃっているのかな、なーんて妄想が膨らんじゃうでしょ。それはあなたにとってもマイナスですねぇ。
それに、書評とか人物評の書き方も、さらに言葉が持っている力の怖さも知らない人のようですねぇ。文章修業もせずにいきなりブログで書き始めちゃったのかな。なはは。ご希望ならその辺教えてさしあげますから、一度メールでもくださいませ。
ま、ボクが出るまでもなく、女性ライター軍団『アダムス・ファミリー』にでもお願いしようかな。

あ、書評かなと見紛う部分はもう一つあったか。

「そんな若き料理人に寄生して、こんな「ヨイショ本」を出してしまっていいのだろうか」

さてさて、拙書『情熱のシェフ』が誰かに「寄生」する「ヨイショ本」であるのかどうか、これは読んでくださった方のご意見を待ちましょうか。友里さんもぜひ拙書をちゃーんとお読みいただいてから、自分の言葉で批評を書いてくださいませね。 読者の皆さん、ぜひご意見ご感想をお待ちいたしまーす。よろしくどーぞ。

そもそも「寄生」って、「他人に頼って生活すること」でしょ。書けば書くほど貧乏になっている今日このごろ、こんなステレオタイプの誤解もまた、むしろ嬉しく感じられますよね。たはは。

 

今朝は、先週いろいろ終わってほっと一段落という気持ちで事務所に来たんだけど、何やら怪しい気配が。いやーな予感がしながらブログをチェックしたら、ヒット数が異常に上がっているんです。こう言うときはホント、嫌なことが起きているもんなんですよ。

案の定、tomosatoなんていうブログからの訪問者が異常に増えています。
やれやれ。見てみたら、これだもん。ったく、低レベルだなぁ。

「トップページでは男性版「関谷江里子」さんではないかと見紛う強烈な「赤」が目立ちます。かなり自己陶酔と自己顕示欲の強い方のようで、プロファイルにある「大河プロフィール」は頭が下がるというか滑稽というか。まったく知らないライターだったのですが、ある程度メジャーであるならここまで「しつこい」プロファイルを書く必要はないでしょう。書けば書くほど自分にのめり込んでしまうナルちゃんであるとも推測します。しかし私が彼の体型だったら、全身写真をサイトに貼り付けることはしませんが、このKY、自己陶酔、自信過剰、自己顕示欲の強さにはただただ驚くばかりであります」

この人、自称・覆面料理評論家なんでしょ。なんで下手くそで一面的な、思い込みだけの人物批評までしちゃうんでしょうねぇ。このノリで料理も評していると思われちゃうじゃないねぇ。とほほだねぇ。
言葉って、言霊だから、悪意を込めると大変なことになりますよん。人を危めることもありえるんだから、お気をつけ遊ばせ。
ま、今回驚いたのはこちらでしたけど、ボクのブログを読んでくださって、どうもありがとうさんでした。

ここでもまた、日本の料理文化にはまっとうな批評評論が育っていないことが証明されてしまいましたね。うーん、困ったものだ。

18日のギリークラブの参加者の皆さん、20日の食べ食べ会の参加者の皆さんからたくさんのメールをいただいています。どうもありがとうございます。またどこかでお目にかかれますことを。よろしくお願いいたしまーす。

 

■2008,06,19

今週は「ケイスケ・マツシマ・スペシャル・ウイーク」
彼の来日に会わせて17日早朝に成田へ。ここで落ち合って、車で東京FMのスタジオへ。

その後、18日夜は元サントリー宣伝部の渡辺さんが主宰するギリークラブの食事会。
19日昼は文成小学校の5、6年生を対象に特別授業。「夢を持ち続けるということ」
子どもたちが目を輝かせながら話を聞いていました。

そして明日20日は 夕方から神田学士会館で食事会。予定を遥かに越えて140名も集まりそうです。楽しみだな〜。

21日は再び料理王国スタジオで記者会見と料理教室。
いや〜、ケイちゃんには大活躍してもらっています。

夜遊びは控えてね〜。たはは。

 

■2008,06,14

今週はまたまたいろいろ。
11日には、久しぶりに緊張して編集者の前でプレゼンしてました。
むかーし。大学生の末期だったかフリーランスになる直前だったか、どうしても会いたくてマガジンハウスの当時ターザンの編集者だった小黒一三さんに会いに行ったことがあるんです。
なんの企画をもっていったんだったかなぁ。もうすっかり忘れちゃっていますが、とにかくこの人と仕事をしたくて、というよりも文章を読んでほしくて、というよりもとにかく会いたくて、どんな言葉が返ってくるのか試したくて、震えながらアポイントをとった記憶があります。
その小黒さんがいまはソトコトのオーナー編集長であることは知っていたのですが、ある日あるところで友人のTBSプロデューサー熊谷君と一緒にいるのを目撃して、彼に仲立ちしてもらってふたたび会いに行ったというわけですよ。なはは。長かったっすね。

二つ企画を持って行ったんですが、一つはろくに見もしないで「よしやろ。やってやるよ」
二つ目は結構長いボクのプレゼンを黙って聞いていて、最後に一言「駄目、やんない。こんな他の出版社もやりそうなことはうちはやんない、以上」
なはは、小黒節健在。この切れ味は妖刀と呼んでいい凄味がありましたね。

あれから20年生きてきた小黒さん。ボクもまた20年生きてきて、嬉しい一瞬の交錯でした。

昨日は昼は「ピエール・ガニエール」「Tokyo」と題されたランチコースをいただきました。
前に行ってがっかりした記憶があったのでまーったく期待していなかったのですが、たはは、これはいけてました。イナダのお刺身、帆立貝のグリルにうみぶどう添え。美味しかったな。和の食材の扱いに慣れたということですね。意外にやるじゃんガニちゃん。なはは。

夜はキャラメルボックス『水平線の歩き方』。1時間シアター。涙涙涙。これまた、なははだな。

 

■2008,06,06

昨日は四谷でフー○・ジャーナリスト会議に初参加。
知り合いのライターの紹介でお知らせをもらったんだけど、正直がっかり。
「ミシュラン・アゲイン」というタイトルで、ミシュランの総責任者のジャン=リュック・ナレ氏が出席して、それを囲んでのトークセッション。
ところが何故か質問者は最初に決まって「ボクは自腹でヨーロッパの3つ星を全部食べてきましたが−−−」とか「ボクは自腹で20年間食べ続けていますが−−−」なんてはじめちゃうんだもん。どこの世界に「自腹で野球を見ている」ことをいばる野球評論家とかスポーツ・ジャーナリストがいるかっつーの。
そんなの、批評の前の自分の姿勢の問題なんだから、わざわざ言う必要はないでしょ。お金払わなかったら筆先が鈍るなんて考えているんだったら、評論なんてやらなきゃいいし。
しかもそれに続く質問が「たとえばエノテーカピンキオーリはイタリア本国の店は3つ星なのに なんで日本の店は星なしなのか?」とか「料理の鉄人の店が厳しい評価だったのは何故か?」だって。
何をか言わん。
本国の暖簾だけ持ってくれば事足りるなんていうこと事態がおかしいでしょう。二つ目の質問にはナレ氏「シェフはテレビスタジオよりも調理場にいるべきでしょ」なんてかるーく答えていたし。
ミシュラン出たばっかりならまだしも、この時期になってまだこの程度の質問かよってね。
これはジャーナリズムの世界の言葉ではなくて、熱狂的ファンの言葉だよね。

あ〜、やっぱり日本には、料理を批評する文化が育ってないんだよね。ミシュラン出たら新聞の週末に「料理批評欄」ができるかと思ったけれど、今のところそれもないしね。
ぜひ書きたいな〜。週末の料理批評。それが出ることで料理人が奮い立つような、そんな批評を書きたいですねぇ。ま、それがボクの仕事なのかどうかはまだわからないけれど。

そこで閃いた企画「星の秘密〜3つ星シェフのヴィジョン」
書きたいな〜。

 

2008,05,26

志摩から戻りました。
今回もシーカヤックやったり、波切漁港で大海原と対面したり、エレマン・シスターズ(ふふふ、ダウン症児のお母さんたちです) がつくってくれた美味しい海の幸に舌鼓を打ったり、楽しく美味しく充実した一時を過ごしてきました。
「だいあり」に写真アップしますね。見てやってください。

と、いい気分で帰ってきたのに、家に帰り着いたら「マンションの集会室の利用規約を改正する」なんて問題が起こっていました。今まで集会室で落語会をやったりジャズ・コンサートをやったりしてきたのに、居住者以外の利用は制限するなんてことを理事会が話し合っているらしいんです。なんだかな〜。大人たちのやることは。

ボクは500戸もある超大型マンションに住んでいるんですが、その周辺地域の人たちとの交流を一つのテーマとして生きています。PTA活動もその一つなんだけど、それを閉ざそうとする人たちがいるんですね。マンションなんて地域の中でしか生きていけないものなのにね。

とほほ、またまた話し合いだよ。ま、問題がこれ以上こじれないように祈るばかりです。

 

■2008,05,22

6月20日、ニースのケイちゃんが帰国(来日?)してくれて、神田学士会館で食事会が開かれるんです。そこの酒井シェフと話したら会場は100人まで大丈夫というから、大勢の皆さんにお知らせしたら、なんと60名を越える方たちから参加希望のメールをいただきました。
どひゃ〜すげ〜。

ありがとうございまーす。

中には、大学時代にお世話になったアルバイト先の社長が5名も連れてきてくれるとか、江戸しぐさの先生が来てくださるとか、取材でお世話になった方が来てくださるとか、安曇野からもかけつけてくれるとか、もう今から楽しい一夜になること間違いありませんね。

さっそくケイちゃんにも報告して、張り切って料理してもらいますね。

今回のコンセプトは「食べて美味しい、読んで面白くて泣ける」です。
ご参加の皆さん、食べるだけでなく、「読む」がポイントですからね。そこんとこ、よろしくおねがいしますよ〜。うふふ。よろしくどーぞ。

 

2008,05,20

四川省の地震のニュースは痛々しいですねぇ。
でもボクなんて無力感に苛まれるだけなんだけど、ケイちゃんは偉いなぁ。
ブログで具体的なアクションプランを書いてます。
料理人て、本当に社会といろいろなかかわりができるんだよな。
いやいや、ボクらジャーナリストこそ現場にいかないとな。
明星で飲んでるばやいじゃないか。とほほ。

拙稿「Y口T子」、いかがでしたか。
お楽しみいただけましたでしょうか。

ケイちゃんのブログアドレスは↓です。よろしくね〜。

■2008,05,17

http://blog.goo.ne.jp/keisukematsushima/

昨夜はホテル・オークラで成田空港30周年パーティー。
平山君とつくった小冊子「軌跡」もできあがっていて、嬉しい一時でした。
ちょうど総料理長の根岸さんも出てきてくださって、記念に一冊渡してきました。

その後は銀座「のぞみ」から二丁目の「シルクハット」へ。もうへろへろ。とほほ。
そもそも昨日は昼に著者近影の撮影で京橋シェ・イノに行って、そこで井上さんにワインを日本も御馳走になっていたのです。たはは。飲みっぱなしということでしたん。許せ友よ。

でもこのところいくつかこれまでの仕事の成果が形になってきて嬉しい限り。
『情熱のシェフ〜南仏・松嶋啓介の挑戦』もいい感じで仕上がっています。
今最後のゲラチェック。泣けますよ〜。なはは。

アエラのY口さんのも月曜日に出ますね。これまたY口さんの新しい展開を記すことができました。Y口さんの骨太の生き方、筋を通したスタイルもご堪能下さい。

そんなこんなで久しぶりにゆっくりできる週末になったので、今日は所沢にいる友・野口の墓参りに行ってきました。毎年4月の土曜日に昔の仲間に声かけて出かけていたのですが、年々参加者が減ってきて去年はたった二人になっちゃったのですよ。んで、ま、もう20年以上続けてきたから野口も怒らないだろうと、今年は誰にも声かけませんでした。

いつもは白い花が咲いている季節だったのですが、今年はもう初夏の装い。黄色い花を買って墓に供えてきました。線香もなし。コップ酒もなし。ただ、花のみもいいでしょう。
高台にある墓から街を眺められるのですが、 この20年で寺の周囲には高層マンションが何本も建ってしまって、なんか違う街みたいです。

今年は「娘がバレーボールを始めたよ」なんて報告している自分がいました。野口とはバレーボールを通した仲間だったから、自然とそんな言葉が出たんでしょう。つくづく「継承」ということを感じます。逝く友がいて新しく「始める」次世代がいる。それも嬉しい報告でした。

今月末にはもう一人、これは去年突然逝ってしまった仲間の供養もしないといけません。
なんだかそんな特別な日が増えてきちゃったな。
ま、しかたない。これも「継承」の一つですからね。

■2008,05,15

 

まさに薫風駘蕩、美しい5月の光ですねぇ。
アエラのY口T子さんの原稿も一段落したし(今日下版です)、ニースのケイちゃんの物語も今ゲラになっていて、確認中です。これがいとおしくてねぇ。このまま自分一人のものにしちゃいたいくらいなんすがねぇ。なはは。いやいや、一人でも多くの人に読んでほしいのですが、物語の中でケイちゃんやまちこさん、お母さん、仲間の若き料理人たちがほんとうにいきいきと動いてくれています。生きてるって感じかな。なーんて、手前味噌ですが。

ま、本てこの時期が一番いいんですよね。出ちゃえば売れてるかどーか心配だし、書店に一冊もなかったらこれまた悩みの種だし、たくさんあってもなんだしね。とほほ。

今日あたり、成田空港30年誌も届くはずなんですがね。こちらは明日オークラでパーティーです。これまた楽しみだな。拙稿を、小泉さんや福田さんも見てくれるのかな。なんか感想貰えたら嬉しいですね。なはは。

最近赤羽のモツ焼Yにいかれてましてね。うふふ。なんせ6時から並ばないと入れないんですよ。だから名前を書くわけにもいかず。ふふふ、許せ友よ。
今日も旧友と一緒に行ってきますね。
テラス席がもらえたら最高だな〜。

 

■2008,05, 11

95000のキリ番を踏んだ方からメールをいただきました。
当たり前のことなんだけど、全く会ったこともない方からいただいたので、嬉しいやら驚くやら。
こんなメールが添えられていました。

「神山様 こんばんは。 はじめまして。
いつも楽しく「だいあり」拝見させていただいております。アエラの山口智子さんも楽しみです。
この度、95000番を踏んじゃったのですが、色々なぺージを見ていたら、いつの間にか 94997番から95000番になっちゃいました。何か反則な気分で、、、一応メールしてみました。
これからも、度々拝見させていただきます。宜しくお願いいたします。
直接のご縁ではありませんが、アエラを通して神山さんの文章を拝見させていただいております。「わが道を行くロスジェネの旗手」のダウン症の方達の活動には驚きました。私も仕事柄ダウン症の子と接することがあるので、興味深かったです。仕事は歯科衛生士をしております」

てなことでした。ほんと、ありがとうございます。
このブログって、だいたい一日に50人くらいの人が見てくれています。
じぇん〜んじぇん多い数字ではありませんが、変に多くの人にみていただけるよりも、こういうちゃんと注目してくださる方にみていただけた方が嬉しいですよね。
キーワードでへんにひっかかっちゃったら大変なことになりますからね。

というわけで、このHKさんには、もうすぐできあがってくる『成田空港30周年記念誌』、非売品をお送りしたいと思います。
楽しみにお待ちくださいませね〜。

そうそう拙稿のアエラ掲載は19日発売号になりました〜。

 

■2008,05,08

お、このページ「95000番」が間近ですね。
このキリ番を踏んだ方に粗品を進呈しますね。
メールをくださいませ。mhd03414@nifty.com

昨日と今日、アエラ「現代の肖像」のY口T子さんの執筆にかかっています。
結構長期間の取材になって、ご本人ともいろいろ取材の範囲を越えるやりとりもあったりして、思い入れるある文章になりそうです。
ま、ご本人は過去に拘泥しない方なので「その文章が出る頃はどこにいるのかわかりません。読むかも読まないかもわかりません」とのことなのですが。なはは、 世界の果てででも読んでいただけたら嬉しいですね。
予定では発行は19日か20日のはずです。

あと少し。がんばろ〜。

 

■2008,05, 05

ゴールデン・ウイーク後半ですねぇ。
皆さんは如何お過ごしですか。
ボクは先週末から松本へ行って、今日明日は事務所で書いて、明日午後からまた地方です。
あんまり休みの感覚はないな。ま、いいんですが。

松本、行ってきましたよ。
今回はGW直前の金曜日とあって、参加は25名くらいでしたが、それでもまずまずの内容だったんじゃないかな。
帰京後、学生からメールをいただきました。
「だいあり」を見てください。確かに伝わったなという感じです。

さ、アエラだアエラ、智子さんだ智子さん。
いい書き出しになりそうです。明日には形が見えてくるかな。

 

■2008,05,02

なんかあっと言う間に5月ですね。仕事なんかしているばやいじゃないような天気が続いていましたね。今日はちと違うけれど。

昨日はセオリー誌「グラナダ社長下山某」さんのインタビュー記事を脱稿。
ここんとこいくつか仕事がはかどって、気分よく飲んでます。なはは。

今日はこれから松本だぁ。信州大学の学生たちに会いに行ってきます。
この前あれだけ盛り上がって、「来週のために作文を書いて送ってね」と言っておいたのに、じぇろ。じぇーんじぇん反応なし。とほほ。ったくなぁ。
ま、ボクだって別に教授じゃないやつの言葉なんて聞かなかったかな。
さーて、今日は何を喋りましょうか。タイトルは『株式会社を遠く離れて』
ふふふ、楽しみだな。

あとはアエラのY口T子さんの文章だけです。なんか書くのが惜しいという感じ。
もう頭の中では文章が発酵しているんですよね。なはは。酢えちゃったかな。

そして雀鬼だぁ〜。

■2008,04,26

ついに脱稿しました〜、ニースのシェフ・ケイちゃんの物語。
そのタイトルも途中で成長して、今の仮タイトルは『ミシュランを越えて〜ニースの情熱シェフKeisuke Matsushima物語』となっています。ぱちぱちぱち。
いやはや、4月の頭に書き始めたんだけど、いくつかの仕事が平行していて、本格的にこれに集中できたのは8日辺りからだったでしょうか。それまでしこしこと設計図作りに没頭していたので、そこからはけっこう一気にホームストレッチを駆け抜けられました。
全360枚かな。まずまずのボリュームの本になりそうです。

彼の人生はまだ30年間だけど、その間、フランス修行、恋愛、日本での挫折、フランス料理の源流を訪ねる旅、結婚、出店、出産、ミシュランの星獲得と波瀾万丈だし、何よりボクには「ワイルから80年間、料理への情熱の伝承」という大きなテーマが背後にありました。
 360枚の最後の最後の部分、こんな感じです。

               ※

 そのワイルを始点とする長く太いベクトルの先端に、今、ケイたちの世代がいる。ワイルからケイたちへと続くその歴史の中で、日本には、大空に枝を広げ瑞々しい青葉を蓄えたフランス料理界という名の一本の大樹が育った。 太陽の光を一杯に浴びるその葉の一枚一枚には、料理界に夢を抱き、それぞれの事情を抱えながらもチャレンジを繰り返し、時には異文化の中でもがきながら必死に生き抜いてきた若者たちの姿が刻まれている。

 どの葉も不揃いだ。それぞれの夢の形は違うのだから。 けれどその葉脈にはしっかりと養分が通い、やがてそれは新しい実となり次代の命となる。そうやって多くの料理人たちがその「情熱」を手渡しで「継承」してきた歴史があるからこそ、ケイたちの今もある。

 料理は時間芸術だ。どんなに手間ヒマかけて贅沢な食材を使った料理でも、ただ思い出だけを残して一瞬にして跡形もなく消えていく。着飾った客たちであれほど賑わったレストランのフロアも、いずれその「賑わいの記憶」も「美食の思い出」も霧消する運命にある。美術のように、作家の命が費えても作品が残る空間芸術とは違う儚い世界だ。

 けれどその分だけ潔い。そして同時代を生きとし生ける者全てを力強く励まし、喜ばせる力を持っている。80年前も、今も、そしてこれからも。その「美しさ」と「力強さ」は普遍だ。

  全ての料理人たちへ。全ての料理を愛する人たちへ。 その樹下に集う人々の熱き思いを紡ぐ幸せを、今、私は感じている。

               ※

ふふふ、どうですか。料理研究家の内坂先生からは「ずいぶんメールやブログの文体は違うじゃん」なんて言われちゃいました。あーったりまえでしょうが。こちらはお金いただくんですから。むふふ。ケイちゃんの大活躍を、ぜし楽しんでいただけたらと思います。

発行は5月末か6月頭かな。大急ぎで編集の小柳津君が頑張ってくれています。
ありがと〜。よろしくね〜。

 

■2008,04,21

『ニースのサムライ・シェフ』(仮)、連日書きまくって、ついにケイちゃんのお店の開店にまでこぎ着けました。 ぱちぱちぱち。
ふ〜って、ボクがため息ついている場合じゃないんですが、なはは、ほんと、異文化の中で自分の店を出すなんて、並大抵のことじゃないですね。
いくつもの幸運や助力があったわけですが、それらを引き寄せたケイちゃんの自力はすんごい。
そしてそれを支えたまち子さんの「揺れない気持ち」もすんごい。

こうして全体像ができてくると、今回の著書の、また違った視点からの「意味」も見えてきます。

つまりボクにとっては「異文化3部作」のある意味で完結編ということになります。
明治後期から大正、昭和を生きてアマゾンで大往生した前田光世=コンデ・コマを描いた『ライオンの夢』(96年、小学館)
昭和初期に来日して戦前戦後の日本のフランス料理界をリードしたスイス人料理人を描いた『初代総料理長サリー・ワイル』(05年、講談社) 
そして団塊ジュニアとして生まれ、フランスで出店してミシュランの星を獲得するという平成の美食の新潮流を形成した若者たちを描いた今回の作品。(まだタイトルは編集部と熟慮中)
ね、見事に時代も繋がったでしょう。

テーマこそ「格闘技・移民」「料理」と異なるし、主人公の国籍もそれぞれだけれど、「異文化」「ひとりぼっちのアウェー戦」という意味では一本のラインで結ばれています。

もう一つの視点では「美食3部作」の第二作目という見方もできます。
こちらの視点でいくと、このあともう一冊、チャンスを伺わないといけません。
読者にとっても神山という書き手が料理界に大きな鉱脈を感じているのだと納得していただくためには、やはり3作品は必要でしょうね。後一冊、たぶんテーマは「パトロン」になると思うのですが、ちと思案中です。むふふ。また2、3年かかる旅になりますが。

さ〜て、明日は母校信州大学での講義です。
テーマは「職業論」。これまた楽しみです。どんなことになりますか。どんな出会いが待っていますか。今日頑張って書いて、明日はすっきりした気持ちで「あずさ」に乗りたいな。
ま、またご報告しますね。

 

■2008,04,17

『ニースのサムライ・シェフ』、まだ仮タイトルですが、執筆が佳境です。
主人公のケイちゃんは東京での修行を経てフランスに飛びたち、主に地方を周りながら大自然の中で「フランス料理の源流を訪ねる旅」を展開しています。
こんな感じです。

「今月からフランスはジビエの季節に入りました。ジビエとは、雷鳥、雉、ヤマウズラ、ツグミ、青首鴨、森鳩、野うさぎ、猪、鹿などがあります。ここラングドック地方は狩猟が行われる地方としてフランスでも有名な場所です。今週日曜日、朝6時半に起きて友だち3人で狩に出かけました。友だちの家で鉄砲、小型の犬と大型の犬を用意し、カフェを飲んでいざ出陣! はじめてみる散弾銃、そして狩猟用の犬たち。これから行われることにドキドキしながら車に乗り込みました」

 ブドウ畑に到着した一行は、後ろのトランクに乗っていた犬を開放。犬は一目散に森に突入していく。

「準備運動もなしかよ! と思いながら犬たちを追いかけて4、5分、犬の状態が急変したら、ご主人のMrセリル(シェフ・パティシエ)が「静かにしろ!」とボクらに合図。その瞬間、ワンワンワン、アタンシーオン、バーン! 何が起こったのかわからないうちに、雉が地面に落ちようとしていました」

  セリルはすかさず地面に落ちた雉の肺をつかんで息の根を止める。初めての狩猟はケイにとっても驚きの連続だった。 そしてセリルの家に戻ると、母親がすでに雉やヤマウズラを料理して待っていてくれた。ケイは続ける。

「雉のロースト・ブドウ添え、ヤマウズラのロースト、森のキノコのフリカッセ、イモのフライ等々、フランス版おふくろの味っていうのでしょうか。高級料理ではなくフランスの家庭の味。ぜんぜん手をかけていないシンプルな味なんだけど、これが、うまい。こうやって友だちの家で食事をするときに、フランスにいるのだな〜といつも思います。そして料理は土地に根付いているんだな、とも。ボクがフランスに追い求めてきた地方料理は、こういった家庭の中に残っていることに、何か喜びを覚えます。『フランス料理の源流を訪ねて』酒井シェフ監修の本に憧れてフランスに飛び込んだボク。こういったフランスの文化に触れられることは、ボクにとって貴重な宝物です」

ちと長かったかな。なはは。お許しを。
いづれにしてもここんとこずーっと一日20枚から30枚書いてます。
ちょうどいま、ビザの取得のしんどいところ。ここを乗り切れば、光が見えますね。
がんばれケイちゃん。なはは。実際頑張るのはボクなんすが。

う〜ん。しんどいところだ。がんばろ〜。

 

■2008,04,12

昨日は白金八芳園でニースのサムライシェフ(仮)松嶋啓介さんの料理会でした。
残念ながら大方の桜は散っていましたが、黄色い桜があったな。
そして料理が絶品。
タマネギの冷たいスープに始まって最後の桜島牛のローストまで、満足満足でしたん。
甘鯛の火かげんも皮はかりかりで身はベリーレアで絶妙、レモンを使ったメースもよく合っていた。松嶋さんありがとう。自信をもって今回の本を書き上げることができます。

気がついたら、明日は誕生日だぁ。とほほ。ということは、今日は47歳最後の日ですか。
ま、今日も明日も執筆だからあんまり変化はありませんが、書きたい文章を書きながら一つ歳をとれるというのは、そう悪いことじゃないですよね。
感謝感謝です。

さーて、どんな1年になりますか。
楽しみですな。

そうそう、母校の信州大学人文学部での「職業論」の授業が22日に迫ってきました。(もう一度は5月2日です)
なーにを話そうかなと考えたのですが、
タイトルは「黄金の10代の宝物を職業にする喜び」
とすることに。ふふふ、内容わかりますか?
これは、この前小学校の卒業式で話したこととも繋がるのですが、ま、楽しいことになりそうです。東京からも一人、松本でも一人、友人が遊びに来てくれることに。
あとは学生が何人きてくれるかだな。なはは。参加者0だったら目も当てられないな。

 

■2008,04,10

来ました来ました。
荒川マラソン事務局から結果が来ましたよん。
「5キロ23分06秒、完走906人中190位」−−−−つまり1キロ平均4分37秒ですね。
うーん、これはどう評価していいかわかりませんねぇ。
上位入賞者の年齢もわからないし、平均タイムもわからないしねぇ。
ま、仮にこのままのペースでフルマラソンを走ったとすると、3時間12分前後。
こんなタイムがでたら凄いですが、これは事実上無理ですね。とほほ。
このタイムを成人女子部に平行移動すると30位代、高校女子では2位!高校男子では50位。
って、これもあんまり意味がある比較ではありませんよね。
おぼろげに高校時代を思い出すと、確か1キロ3分代で走っていたような。
ま、練習していないんだからしょうがないか。
最近もぼちぼち、散りきった桜を踏みしめながら走っています。
来年も出ようかな。今回一緒に出場したモツ焼きカミヤ(板橋本町)のおやじさんは、来年はフルマラソンだと張り切っていますよ。なはは。

「ニースのサムライシェフ」−−−順調に進んでいます。
今ケイはレジス・マルコンでの修行を終えて、少し少年時代にフラッシュバックした所。
いい感じですぜ。早く見てほしいんだけど、ちとお待ちくださいませ。

 

■2008,04、07

いや〜、花は散り際ですねぇ。
いつものジョギングコース・石神井川は、上空のピンクのトンネルは寂しくなりましたが、その分歩道や川面がうっすらとピンクに染まって、そりゃそりゃ綺麗です。
今朝は屋台のおじさんたちが片づけをしていましたから、ここ1、2日は静かに行く春を名残むことができそうです。

「成田空港30年史」一応脱稿しました。
まだ空港会社のチェックやデザイン的な修正があると思いますが、ひとまずよかったよかった。空港会社のHさんと国土交通省のMさんという、二人の友人とのかかわりのある仕事ができて、ボクとしても嬉しいです。
振り返ればサンデー毎日で4回のルポを書いたのは2001年でしたから、足掛け7年ということにもなります。3人で 何年か前パリで遊んだ成果がここに出せたかな?なはは。
ま、この冊子は限定品なんですが、役目が終わりましたらここでも触りは紹介しますね。

なんとかあと3仕事、4月中にふんばって、5月は楽になりたいな〜。がんばろ〜。

 

■2008,04,02

もう一昨日になってしまいましたが、桜が満開となった中目黒の一角で、とても濃密な時間を過ごしてきました。
ボクの目の前で終始微笑みながら、でもものづくりに対する揺るぎない決意を語ってくれたのは、Y口T子さんでした。ああ、わずらわしい。今日は「山口智子」と表記させていただきましょう。
「私はそんな評価は知らなかった。私の耳には届いていない」
彼女は確かにそう言いました。「ロンバケ等が放映されている時、視聴率の女王という評価を得ていましたよね」−−−その質問に対する答えです。
彼女の言動を拾っていくと、女優生活8年間を振り返ってそれらの作品を認める発言が全くないんですよね。いや作品自体は認めても、女優山口がよくやったという言葉がない。常にあるのは反省だけなんです。
それが何故なのか。何に由来しているのか。約2時間のインタビューで、それがすこーし見えてきました。だからといって、彼女のことが理解できたなんていいませんが。
「過去の作品はオンエアで見たことはありません。放送される頃には次のやるべき仕事の支度が始まっているから」といい、さらに「今回のレポートも見ないかもしれないな」とも。
ふふふ、いいでしょういいでしょう。 いつか見ていただいた時に、そこにしっかりと山口智子の一瞬が刻まれているような、そんな文章が出てくるはずです。

同じ時代に同じ国に、こういう感性が生きている。そのことを確認できた、いい時間でした。

 

■2008,03,28

なーんか今年はあっけなく桜が咲いてしまいましたねぇ。
ボク、そもそも花見ってあんまり好きじゃないんですよね。
なんか「他力」でしょう。花の力にすがってお酒飲んで騒いでる感じで。
昨今の無能な芸能人だけが楽しそうに騒いでいるバラエティみたい。なーにが楽しいんだろうって、逆に観察しちゃいますよね。なはは。

でも今日、日頃ジョギングに使っている石神井川沿いに花見にいこうとしたら、今頃になって雨ですねぇ。とほほ。慣れないことしなけりゃよかったのかな。

「ニースのサムライ・シェフ」(もちろん仮題ですが)
なかなかいい感じになってきましたよん。
もう少しでここでもご紹介できるかな。ふふふ。楽しみ楽しみ。

明日は雀鬼会の20周年パーティーです。
今度は会長はどんな挨拶をされるのでしょうか。
これまた楽しみ楽しみ。

さぁもう一仕事、がんばろ〜。

 

■2008,03,26

昨日は小学校の卒業式。
最後にPTA会長の挨拶というやっかいな仕事があるのでちと緊張していたのですが、
前もって佐藤琢磨さんに色紙をいただいていたので、それを小道具にして無事乗り切れました〜。 琢磨さん、べりべりさんきゅでした。
色紙の言葉は「No attack No chance」
ニースの松嶋さんの店のリーブル・ドールに書かれていたのと同じ言葉です。
子どもたちの胸にどう響いたでしょうか。大人たちの胸の方に響いたかな。たはは。

にしても、原稿がたまりに溜まってしまって、ちとあへあへいっています。
松嶋さんの本も早く脱稿したいのだけれど、なんだか桜に追い抜かれてしまいました。とほほ。

このあと成田空港30年誌はあるわ、アエラでY口T子の肖像もあるわ。そしてそのまえに書き終えないといけないものも抱えています。ふー。
やまない雨はないやまない雨はない。

おまじないのように唱える日々です。

 

■2008,03,21

いや〜ここ10日間ほど、成田に通いつめました。
のべで10数名にインタビューしたのかな。
まだ成田が工事現場のバラックだらけだったころから食堂で料理を作っていたおばちゃん(いや、当時はお姉さんか、失礼失礼なはは)、森中社長さん、開港当時はまだ生まれていなかった新入社員、第一ターミナルの案内カウンターで頑張っているサービスマン、地上95メートルの管制塔の管制官、気象予報官、 初めて空港に行ってその巨大さに驚いた女子学生、成田をアカデミズムの対象として研究されている教授、そして空港周辺部で有機無農薬農法を実践している若き農夫たち、等々。
本当にいろいろな人が空港とかかわって生きていますね。
「成田空港ほど職員が熱くて真摯で、そして土着性が強い空港は世界的に見ても例がありません」 。明治大学商学部で交通システムの研究をされている教授は、そんな言葉を語ってくれました。
さてさて、どんな文章がでてきますか。
楽しみ楽しみですね。この文章は30周年パーティーの時に配られます。
一般売りはないはずですが、このブログでそっと−−−−−ですね。むふふ。お楽しみに〜。

その途中、19日の夜は成田からとんぼ返りで町田の雀鬼会道場へ。
朝日の佐藤記者を連れて行ったら、なんと会長インタビューを深夜二時まで続けたのだとか。
とほほ。ボクはまたまた成田へ戻るために10時30にはお暇したのですが、すんごいな、会長と佐藤記者。いやはや。お疲れさまでした〜。

そして今日はこれから安曇野に向かって、トキコの「居酒屋10番勝負、第二弾」です。重野君や山崎君、そして旧友たちとの再会です。こちらも楽しみ楽しみ〜。

 

■2008,03,15

雀鬼会のホームページに「熱血ライター神山め!」と書かれてしまいました。とほほ。
昨日は「世界を駆けめぐるノンフィクションライター神山さんが」だったのに。
会長、しゅみましぇーん、露出狂にさせてしまって。お許しくださ〜い。ふふふ。

でもね、改めて思いますね。実は昨日PTA総会があって、2年間務めた「会長」職の最終日だったんです。あとは卒業式の挨拶を残すのみとなりました。なはは。
そしたらそのあとの飲み会で、なんだか自然と笑みがこぼれちゃうんですよ。
肩の力も抜けたし。
やっぱ人様に「会長」 なんて呼ばれるのは、それだけでどこかにプレッシャーがかかってくるんですね。

んで「会長」といえば、なんといっても雀鬼会の桜井会長じゃないですか。伝説の雀鬼・桜井章一は、20年間ずーっと「会長」という呼び名を背負い続けているんです。
しかも彼の場合、ものすごい覚悟と自負と使命感でその姿勢を貫いています。
役割としての会長ではなく存在としての会長なんだから、どこぞの企業の順番で巡ってきた「あがり」の会長とは意味が全く違いますよ。
雀鬼会って、そういえば役職名称が多いんです。「統括部長」「審判部長」「道場長」「四天王」「相談役」「選手部長」「温泉部長」--- って、あ、これはちがうか。なはは。
当初は何でかなと疑問に思っていたのですが、ここに理由があったんですね。つまり、役職の名前を背負うことで、自らの使命感を奮い立たせる。覚悟を自覚する。
日本は「恥の文化」といわれますが、名に恥じない行動をするという、言動の律し方の方法論だったのですね。

いやはや、19日に町田で真の「会長」にお目にかかってきます。
そういう存在を持てた幸せを噛みしめながら。

 

■2008,03,10

今日はちといつもと趣向が違う集まりがあるんです。
いつもボクって、何かやるときはたいてい言い出しっぺでしょ。なはは。
だいたい自分のペースで物事を運んでしまう悪い癖があって、桜井会長からも「お前はほんとにマイペースだ」と怒られたりしてるんです、とほほ。

ところが今日は、前にアエラの編集だった朝日の佐藤さんが、「ボクが仕切ります」と言ってくださって、なんと、『神山典士20周年祝い』を内輪でしみじみとやってくださるのだとか。
いや〜、巨大過ぎる出版パーティーを企画しちゃって皆さんにご迷惑をかけたことなら一度となくあるんですが、こんな嬉しい企画はかつてありませんでした。
佐藤さんとは一度しか仕事していません。でもそれが「雀鬼・桜井章一」で、これはボクの中でも人生後半のスタートの鐘が鳴った時でもあったのです。今から思えば。
思い出しますね。下北沢の雀鬼会道場を初めて訪ねた時のこと。ボクは直接道場に入らずに、しばらく物陰に隠れて「怪しい奴が出入りしていないか」なーんて監視していたんですよ。なはは。怖かったしね。
そんな思い出があるだけに、彼からの嬉しい申し出でした。

んで、出席いただけるという5人に何かお礼をしないといけないじゃないですか。貴重なお時間を割いていただくんですから。
で、BAZを物色しましたよ。テーマは「お金ではもはや買えないもの」
なはは、たいていのボクの本は絶版だから、ま、それに該当するっていえばそうなんですが、最近はネットで買えますからね。中古が。
ネットでも買えないもの。経済の価値を超えたもの。
そんなテーマで家捜しです。
そしたら 見つかりましたよ。まさに珠玉のものたちが。

ま、ここに書くわけにもいかないので、しばしお待ちを。
後日、だいありに写真付きで紹介しますね。

さーて、夜が来るまでもう一仕事二仕事。がんばりまーす。

おっと、そういえば昨日の読売の朝刊1面のコラムに、でてましたよね。
雀鬼・桜井章一さん。
ご本人もHPで照れていましたが、すごいぞ桜井章一。20周年の節目をちゃーんとご自分で祝っちゃうなんて、そうそうできることじゃありませんね。
ボクもなんだか自分のことのように嬉しいです。
今月29日が雀鬼会、20周年パーティーです。その前には娘さんの結婚式もあるしね。

会長、よろしくおねがいしまーす。

 

■2008,03,07

昨日ポストに「東京・荒川市民マラソンエントリー事務局」から封筒が届きました。
エントリーしたんですよね。3月16日の荒川マラソン、とはいえ5キロの部。なはは。
BAZの近くのモツ鍋が美味しい「カミヤ」のマスターが出るって言うから、つい勢いでね。たは。

日頃から、前夜お酒を飲まなかった朝は2・5キロくらい走ってるんです。ま、月に3、4回かな。
板橋の加賀のあたりの石神井川沿いは、これからは桜がとても綺麗なジョギングコースです。
でもレースとなるとけっこう本気になっちゃうかもしれないし、前に人がいると追い抜きたい性分だから、ちと気をつけないとね。
というわけで、来週は酒を控えて準備したいと思います。


皆さん、あんまり誘わないでね。でも忘れないでね。とほほ。

 

■2008,03,04

1日、行ってきましたよ。キャラメルボックス。上川隆也たっぷりショーでしたね。
いやほんと、すんごいいい役者になったな。
けっして透明感という感じではないんだけど、演技に余裕があるし幅があるし。
以前池田成志君にも感じた自由度を感じますね。
サンシャイン劇場は超満員。マチネに行ったのですが、ソワレの当日券ももう並んでいました。
4月7日まで。ぜしに。

先週末からセオリー『芦屋特集』にかかっていて、今日午前中に脱稿しました。
六麓荘、芦屋の歴史、大大阪の歴史、山芦屋、そして奥池。
なかなか読み応えのあるレポートになったはずです。本が出るまで、ちとお待ちください。

今週は「フォーミュラ琢磨」の発売ですね。こちらもぜしに。

いろいろ激動の春です。軸がぶれないようにしっかりしないとね。

 

■2008,03,01

なんだか街に芽吹きの気配が漂いはじめましたね。

このブログ、また「9万番」が近づきましたん。
前回8並びは成田出身のダンサー、相原朋枝さんが見事に踏んでくれました。
ありがとうございました。

さあーて、今回も素敵なプレゼントを用意して待ってますね。
開けてみたら「90000」だったという方、ぜひご一報くださいませませ。

昨日は「歌わせたい男たち」、今日はキャラメルボックス、久しぶりに観劇の日々です。

 

■2008,02,29

あっと言う間に2月も終わりですね。とほほ、はや。
約一カ月かけて(他の取材執筆もたくさんあったので)やっと松嶋啓介企画の基本設計図ができました。
こんな感じです。門外不出ですが、たはは、さわりだけね。

プロローグ、TheWorld
・ ニース−バルセロナ間超豪華客船の旅〜世界が認めた啓介の味と腕
・ 牛肉ミルフィーユワサビ添え〜味覚を翻訳する、ワサビを欧米人に食べさせたい
・日本の料理人、日本の食文化をフランスで開花させたい〜新世代料理人の夢
・ ワイルの弟子(第一世代)から半世紀〜フランス料理修行の新潮流
・ 人と違うことをやらなければ価値がない〜コロンブスの教え
・ ミシュラン東京の登場〜オーナーシェフがいない、レストラツールが未熟、過去の栄光にすがっていては輝かない
・ フランス料理の新潮流〜素材重視、料理の地域性〜フランス料理の基礎はどこに生まれたか、個性あふれる料理と店舗経営のスタイル、
・ 「世界」と名付けられた船はバルセロナを目指す〜そこにはコロンブスの像が〜啓介の夢の具現化

ふふふ、わかりますか?

ま、ここからは書くだけ。「やまない雨はない」と呟くだけの日々となります。
どんな文章がでてきますか。楽しみ楽しみ。

 

■2008,02,25

昨日は青山スパイラルホールで武道家・日野晃さんのドラム・ソロ・コンサート。
実に1時間、一人で叩きっぱなしですよ。すげ〜。
なんで武道家がドラムなのかとかなんで1時間なのかとかはここでは割愛しますが(なはは、それじゃ意味ねーかな)ま、とにかくこの人、過剰な人なんですよね。

和歌山県熊野古道にある道場を訪ねたことがあるのですが、すんげーでかい八角形のログハウスなんです。これも全部自分でつくっちゃったとか。奥さんがすごくいい人で美人なんですが、彼女も武道の弟子で、かつては「水は低きに流れる」なんて叫びながら、傍目にはケンカ暴力としか映らないような実践稽古をしていたのだとか。
武道家としては、現在最も前衛的理論家であり実践者といっていいと思います。

ま、その人のドラム・ソロを1時間。巌流島の決闘を目撃しているような雰囲気でしたよ。

でもね、その直後にピアノとウッドベースが入ってきて、今度は一転して実に上質なフリージャズ・トリオの演奏が始まったんです。これが絶品。
ピアノの田中武久さんは1時間の演奏なんて何事もなかったかのように豊穣なジャズの世界を紡ぎだしてくれました。

まさに静と動。共に静謐な体験でした。

そして夜は、神楽坂の「ジョルジュ・サンド」でクラブSのメンバーと焼きカレー。作家吉村葉子さんがやっている店です。美味しかった〜。ご主人の宇田川悟さんには拙書の書評等でもお世話になっています。また行ってみようっと。

 

■2008,02,21

ここ数日、ちとまとまった時間が取れて、ずーっとニースの松嶋さんの取材ノートの整理をしています。
設計図を作るときにはこの作業が不可欠で、これをやりながら取材当時の思いや匂い、食感を思い出しています。もうすぐにでも書き出したいんだけど、全部の資料にあたるまではそうもいきません。うーん、我慢のしどころだ。
「故郷」「使命」「誇り」「情熱」「味覚の組み立て」「人と人の組み立て」「素材」「和と仏の対比」「NoAttackNoChance」−−−そんなキーワードが萌え出てきています。
うーん、どんな文章になりますか。
ここからが産みの苦しみですね。

昨日はPTAの地区懇談会。またまたお酒ですよ。とほほ。
このあと常任会と総会を一回やって、P連の会合に一回出れば終わりかな。
卒業式と感謝の集いに挨拶もあるのかな。
ま、ここまでくるとやるだけのことはやったという感じですね。
日頃の取材活動では会えない人たちと会えたし、日本の大人社会の状況も垣間見られたし、僕自身の弱点も見えましたね。ふふふ、貴重な2年間でした。

アエラの拙稿を志摩の佐藤先生が喜んでくださっています。
よしこさん、可愛く撮れていましたね。
東君は今ドイツで個展の打ち合わせ中。
皆活躍しています。
いい感じでこれからコラボしていけたらいいですね。よろしくお願いいたします。

 

■2008,02,18

芦屋取材から戻りました。
いや〜、奥の深い街ですねぇ。
六麓荘という超高級豪邸街が有名ですが、それ以外にも時代と個人の嗜好に合わせて、いろいろなライフスタイルを表現できる街があるのだと実感しました。
どこに住んでどんな暮らしをするかというのは、ある意味で究極の自己表現ですね。
個性、知性、好奇心、人間性が全てそこに現れてしまいますからね。
奥池という、芦屋からでも車で15〜20分かかる奥座敷があるのですが、そこに住むということは、あらゆる便利からは遠のきますが、超豪華な空間を独り占めすることはできるんです。大阪湾を眼下に望む窓外には、一軒の家もなし。将来的にも絶対に建たない立地とか。こんなライフスタイルは、そうそうできることじゃありませんね。
とても素敵でしたん。

2月もあと半分。設計図設計図と呟きながら生きていくことにします。なはは。

お、そうそう。今日のアエラに拙文が出ています。
「ロスジェネ世代の旗手たち」
別にロスジェネというのは僕が作った言葉ではありませんが、ま、最近の出会いの中では出色の爽やかな若者3人が描けたから、けっこう気に入った文章になっています。
写真もかっこいい。よしこちゃん、美人でしょう。むふふ。

こちらもよろしくどーぞ。

 

 

お、このブログ、もうじき8並びですね。
突然ですが、8並びを踏まれた方には、粗品をプレゼントしましょう。
BAZまでご一報くださいませ。
よろしくお願いいたしまーす。

それからそれから、信州大学人文学部での僕の講座「現代職業論」の日程が決まりました。

4月22日午後と5月2日午後です。

ご希望の方はぜひご一緒に。季子も連れて行って、歌ってもらおうかなとも思っています。

よろしくどーぞ。

 

■2008,02,14

「宇佐美は酒に酔い、俺は自然がつくりだす美に酔う」

う〜ん、詩人がいるなぁ。
みなさん、ぜひこのサイトを覗いてみてください。

http://www.jankiryu.com/painooto/

「鬼」と呼ばれる詩人が、日々、素朴ながらも珠玉の言葉を紡いでいます。

そうかと思えば、こんな荒々しい言葉も届きます。

「私から、お願いがあります。 幼少時代や学生時代故郷の取材は、やめていただけませんか? どうして、そこまで過去の取材にこだわるのですか? 全く理解出来ません。 私にとって、学生時代や故郷のことは百億光年遥か昔のことです」

文章は凶器だと僕は思っています。
時には生命のやりとりになることもあります。
事実、僕が書いたことで、その後作家としての有り様を180度変えてしまった人が過去にいました。そんなことは自慢でもなんでもないのですが、今から思えばあの文章の前後でずいぶん様変わりしてしまったな、という実感だけが残っています。
で、あるからこそ、今回は礼を尽くして取材に当たろうと思っていたのですが、どうやらこの人は、自分は表現者だといいながら、作家の創造の翼を予めもいでしまおうという魂胆のようです。
とほほですね。

過去のない未来なんてないでしょう。脱亜入欧などといいながら過去を100億光年昔のものにしようとした国がどこぞにありましたよね。愚かしいことです。

さ〜て、どうしますか。腕がなりますね。

 

■2008,02,12

昨日は夕方から帝国ホテルでフードライター内田マキちゃんの結婚披露パーティー。
彼女とはワイルのパーティーの時に出会ったのですが、そのブログがすんごいっす。

http://chidamaki.livedoor.biz/

きしゃしゃな体なのに、ものすごいペースと情熱で食べまくってますねぇ。
ところが新郎に聞いたら「結婚してからは外食は少なくなって、家で食べてますね」だって。
とほほ。のろけられてしまいましたん。
ま、そういうことなのでしょう。お幸せに〜。

その後原宿に戻って、松嶋さんが紹介されていたビストロ「Pre Verre」へ。
去年11月にできたお店なのだそうですが、小山さんというシェフが頑張っていました。
何でもパリの人気ビストロのコンセプトをそのまま持ってきたそうで、サンジェルマンの学生街の店そのままで、テーブルなんか学食みたいなんだもん。なはは。でも東京の店は原宿の有名ブランドが入っているビルの4階で、すぐ上は「うかい鳥山」の店ですからねぇ。たぶん客単価は5倍くらい違うだろうな。僕には好感が持てましたが、ビルのコンセプトとはギャップがありましたね。むふふ。

料理は美味しい。昨日はホタルイカ(だったか)とイカスミパスタを頼んだら、パスタがキャビアみたいな形状ででてきてびっくり。ギャルソンも「キャビアです」なんてしらーっと言うから、騙されてしまいましたん。て、そんな値段じゃないんですが。

皆さんもぜしに。

■2008,02,11

旭川から戻りました。
いや〜、かの地の冷気を知ると、東京で寒い〜なんて言っているのがちゃんちゃらおかしくなりますね。
快晴なのに零下7度。深夜早朝は零下20度30度はザラなのだそうです(その頃はホテルのベッドにいたので知りませんでしたが)。
そのくらいになると、音も光も凍りつくというか、街全体が透明になっていくようで、なにかすがすがしささえ感じますね。たはは。

取材は旭川の隣町、人口わずか7000人の鷹栖町の市民文化活動の取り組みでした。
ここは以前小学校が廃校になるときに取材に入ったことがあって、学校がなくなると集落の中心がなくなると言って、住民たちは悲嘆に暮れていたのですが、どうしてどうして、学校がなくなっても公民館が健在で、楽しい文化祭を開いていました。
いいな人間て。田舎って。故郷って。素直にそう思える街でした。

にしても、一面シャンペンスノー(そういう言葉があるそうです)の銀世界、遠くに大雪山系が望めて、そりゃそりゃ美しい。北海道の大景観も堪能してきました。いやはや。

そして戻ればまたまた原稿だ〜。あ〜あ、あの景観は幻だったのでしょうか。とほほ。

先週行って大成功だった「銀座・のぞみ」での細谷季子の居酒屋10番勝負。
ぜしその模様を見てやってください。「だいあり」に載せました。

 

■2008,02,08

立春大吉とはいえ、寒い日が続きますねぇ。とほほ。
BAZにはふるーいエアコンしか暖房器具がなかったんですが、我慢できなくなってパネルヒーターと首振りのカーボンヒーターを取り出してきちゃいました。とほほ。頭寒足熱がいいんだけど、やっぱこたえるわ。歳だな。

訂正です。拙稿が載ったアエラは18日月曜日発売だそうです。すんません。しばしお待ちを。

明日は旭川に取材なんだけど、羽田からの飛行機が満員でもしかすると名古屋に新幹線で行って、そこから旭川に飛ばないといけないかもしれないとか。いやはや大変だ。
そのあとの週は芦屋に取材だし。なんか振り回され続けです。
でも、日本を観るのは面白くてね。美味しい料理もお酒もあるしね。むふふ。

さぁ、今日はPTAの会議に少し顔を出して、その後銀座だ〜。
細谷季子の居酒屋10番勝負。どうなりますか。

 

■2008,02,04

今朝は道路がカチンカチンで、滑って危なかったですね。
皆さんは大丈夫だったでしょうか。
昨日は娘と外に飛び出して雪ダルマをつくっちゃいましたん。たはは。

昨日、アエラに掲載される『30代の肖像〜ロスジェネ世代の旗手たち』を脱稿しました。
シェフの松嶋啓介さん、花職人の東信さん、ダウン症の芸術活動を展開する佐藤よし子さん。
すがすがしい活躍を続ける若者たちのルポです。
来週月曜日発行のアエラに掲載されるはずです。
機会があったら見てやってくださいね。若いっていいなと素直に思っていただけるはずですよ。

そして今日からは地域創造の「丹波篠山」と「長崎ブリックホール」を書いて、アエラ現代の肖像「Y口T子さん」のことも書かないといけないみたい。なんか取材が難しい人なんですがね。とほほ。うーん、なかなか松嶋さんの単行本の設計図に手がつけられないよ〜。とほほのほ。

8日金曜日、銀座のバー「のぞみ」で、細谷季子の居酒屋ライブやろうと思います。
全国10番勝負のスタートですな。やっぱ銀座でしょ、というわけで。

まだマスターと相談していないのですが、20時頃からかな。
7丁目、ヤナセのショールームの一本コリドー街寄りの「のぞみ街道」沿いにある小さな店です。
ご希望の方、BAZまでご一報くださいませ。

楽しみ楽しみ。むふふ。

 

■2008,02,02

昨日は午後から駒場アゴラ劇場で北九州の劇団・飛ぶ劇場の『あーさんと動物の物語』
いや〜、これが傑作。すんごいぞ作・演出の泊君!
演劇というのはほんとうに不器用なメディアで、生身の人間がなんとかふんばって時空を越えてくれないとなかなか感動というのは生まれないんだけど、セットがくるくる回転するたびに客席の僕らも彼岸と此岸を縦横に往復していました。
その感覚が快感だったな。ありがとう泊君。
彼にはこの前長崎取材でお世話になって、これから書かないといけないんだけど、筆に勢いがつきましたん。
皆さん、ぜし駒場に足を運んでください。3日までやっています。絶対いいっすよ。

あ〜。それにしてももう二月だぁ。たはは。松嶋啓介物語を書かなくちゃ。まだ設計図に手がついていましぇ〜ん。たすけて〜。

31日は辻井伸行サントリーホール・コンサート、大成功。ぱちぱちぱち。
『のぶカンタービレ!』も出版となりました。これまたぱちぱちぱち。こちらもいいっすよ。
読者もまた、 ショパン・コンクールの臨場感とスリルを味わっていただけるはずです。
もろもろ、よろしくどーぞ。

 

■2008,01,25

今日はちとしんどかったので、一日中住所録の整理をしていました。
もーずーっとアナログの住所録を使っていて、しかもそれが10年くらい前につくったものだから、年賀状出したりするのもとほほ状態だったんです。僕の賀状って、住所が手書きだったでしょ。たはは。それはそれで気持ちを込めた、その分字が模様になっている、ま、僕らしいと思っていただければ幸いという感じの賀状だったのですが、大切な方が漏れていたりするからねぇ。
今年こそ正月中にいつかやろうと思って、やっと手を着けられたというわけです。
あーしんど。今日だけで約400人だぁ。

いただいた賀状を見ていたら、何人か懐かしい方のが出てきて、思わず電話しちゃったりしました。以前銀座のマンガ社時代にお世話になったSさん、お元気そうで何より。
また何か面白い仕事したいですね。

 

■2008,01,22

先週は新年会を一人早めに切り上げて(珍し!)翌日の早朝便で長崎へ。
ブリックホールという市営ホールでのリーディング劇を二つ取材。大阪の太陽族の岩崎君と北九州の飛ぶ教室の泊君の二人がそれぞれ素敵な掌編を見せてくれました。

夜はロアジスの坂本シェフのところで舌鼓。マダラの白子のブール・ブラン・ソース。これが絶品。普通長崎なんかにいって魚を食べようとなるとついつい刺身ってことになっちゃうんだけど、概念が変わりましたね。やっぱいーわ。坂本さんの料理は。ぜし機会があったら行ってみてください。丸山町の路地を入った隠れ家です。095-820-0252

日曜日に戻って、その足で今度は長野へ。諏訪湖のほとりの宿に泊まって、翌朝早くから鎌田實先生のインタビュー。往路、中央線が信号の故障で30分くらい遅れたんだけど、先生の著書「がんばらない」「あきらめない」「なげださない」を読んでいたら泣けて泣けてね。このままずーっと列車が来なくてもいいと思っちゃった。ほんと。
こういう本が売れるのはとても素敵ですね。大抵のベストセラーには嫉妬の悪態をついている僕ですが。たはは。改心しました。先生ありがとう。

 

■2008,01,16

今日突然思いついたのですが、明日17日夜、新宿二丁目で新年会なんていかがですか?
もともとこの夜はライター学校の皆さんと新年会が組まれていて、僕は午後にPTAの行事を二つこなしてから参加する予定だったのです。
でも、同じやるなら、大勢で盛り上がったほうが面白いですよね。むふふ。
二丁目「喝」です。3352−6020
中通りから一本入ったところにあるクーロン城みたいな建物の3階、携帯の電波もはいりましぇーん。たはは。
でもケンちゃんという気持ちのいいママがやっていて、手料理も美味しいんです。
普通だったら10名も入れば一杯ですが、ま、押し込めば20名くらいいけるでしょう。
お時間ある方、ぜひご参加ください。知らない人でもいいっすよ。コウヤマに聞いてきたと言っていただければ、特別価格でお招きしますね。むふふ。

よろしくどーぞ。

 

■2008,01,11

昨日はちと嬉しいことがありました。
実は正月8日になって、頼みのザウルスが使えないことに気付いたんです。NTTがPHSのサービスを一方的に終了しちゃったんですね。ま、前々から通知はうけていたのですが。
んでそうなると、僕は携帯はないわ電話帳ももってないわ街中の公衆電話もどんどん少なくなってるわ、もう一人無人島状態。ま、自分から誰かにアクセスしたいときは何とかするんですが、相手が僕を探している時はもうお手上げなんです。とほほ、すんません。

んで、昨日になってやっと時間ができて、板橋のDOCOMOショップに行ったわけです。そしてFOMAとやらに変えてもらったんですね。でもね、こういう時っていやーな予感がしますよね。パソコンのOS変えたときみたいな。だって、マシンの中は完全ブラックボックスで、何がどうなっているのかさわぱりわからないですからね。案の定、もらったカードをザウルスに差し込んでもうんともすんともいわないんです。

あれ、これでいいはずなんですがね。なんて担当してくれた若いおにいさんも困ってるし。
ところがここからだったのですよ。その子の活躍は。
あちこち電話しまくって、DOCOMOの相談室だけじゃなくてシャープの相談室の電話番号までネットで探して、とにかく繋がるまで調べてくれました。

いや〜、うれしいうれしい。思わず繋がった時は握手しちゃいましたよ。

DOCOMO板橋支店の確か桑原君だったかな。どうもありがとうありがとう。久しぶりに震えたサービスでした。こういうの嬉しいよね。マニュアルからどんどん逸脱して。でもサービスの本質に根ざしていく。

というわけで、昨日からまたモバイル復活しています。皆さん、よろしくどーぞ。

 

■2008,01,09

新春そうそう辻井君企画本の入稿を済ませて、昨日はフラワーアーティストの東さんの畑に農作業取材に行ってきました。
そして昼に東京に戻って、京橋のシェ・イノで超豪華な新年会。
井上ボスも登場してくださって、今年はぜひ一緒に飲もうだって。たはは、こりゃ楽しみだな。

そした午後、成田マフィアから電話。
ちょっと緊急で会えないか、とのこと。
こりゃ例の企画に暗雲がたちこめたなと直感して、夜の新宿で落ち合いました。
そしたらなんか言いにくそうだから「あの企画が会社からダメ出しくらったんでしょ」と振ったら、やっと苦笑しつつ「そうなんですよ、まじゴメン」だって。
たはは。二人で本気になって考えた案をそのまま会社に出しちゃったら駄目でしょ。策を練らないとね。むふふ、ま、いいじゃないですか。会社が警戒するほど素敵な企画だったということで。
また考えましょう。次の策を。脳味噌に汗かかなくちゃね。
ここからの粘りがマフィアのマフィアたるゆえんですよ。

今日は長渕×佐藤琢磨の構成作業。
セオリー・小柳津君と打ち合わせてアエラに打ち合わせででかけて、その後入間市へ。
ちと旧友たちと壮大な遊びの計画を話し合って来ようと思っています。

 

■2008,01,01

新春、あけましておめでとうございます。

穏やかなお正月になりましたね。
どんな大晦日と元旦だったでしょうか。

僕は今日も事務所に出て、辻井企画の最終仕上げをやっています。
1月29日がサントリーホールでのリサイタルだから、その日までに本ができていないといけないのですよ。とほほ。僕の原稿が押しちゃったのが原因なので、関係者の皆さんには深謝深謝。皆正月返上で頑張ってくれています。ありがたいことです。
いい本になるはずです。皆さん、お楽しみにね。

年末30日は、恒例入間市大忘年会。幼稚園から中学まで一緒だった仲間が年に一度集まって旧交を温めます。
今年は、シスナブや明星でも歌ってくれた細谷季子君もつれていきました。だって彼女、僕らの小中学校の後輩だったということがわかったから。しかも住んでいるのが入間市なので、ご近所さんだったのです。「忘年会って何年くらいやっているんですか?」と聞かれて「25年くらいかな」とかるーく答えたら、ドヒャー、だって。そりゃ驚くよね。彼女25歳なんだもんな。たはは。

またまた彼女の唄で盛り上がりました。どうもありがとう。

さて新年、またまた新企画が目白押しです。
セントラルの八木さんによると、今年の僕の運勢は「収穫の年」なのだとか。
去年から取材している『雀鬼・桜井章一外伝』、ニースの一つ星(2月には2つ星になれるかな?)『ケイスケ・マツシマ、星を巡る旅』、5月には成田空港30年史、そしてセントラル社の定点取材からも2冊ほど書けそうです。いや3冊かな。

ま、なににしても元気でないとこれだけの仕事はこなせませんね。
楽しい酒を飲みながら、今年もよろしくお願いいたします。

 

■2007,12,28

慌ただしい年の瀬ですね〜。毎年こういうことになるんだからちゃんと準備しておけばいいのに、ほんと、間に合ってないっす。桜井会長、ほんとにすんません。教えを具現化できないやつです。

でもそういう中でも、また一つ、来年春を目指してのプロジェクトが動きだしました。
「成田空港開港30周年プロジェクト」
もちろん僕はその記念誌のパンフレットの取材執筆にあたります。

成田はねぇ、僕にとって思い出深い地なんです。いやいや過去形じゃなくて、現在も僕の取材地の一つであることはかわりません。まだ書き切っていないんだ、あの大地で生きた人々の肖像を。
以前サンデー毎日で連載した「闘争の記憶」というルポがあるんですが、その時出会った成田マフィアの一人平山君がこの仕事を手がけることになって、久しぶりにタッグを組めることになりました。三沢・秋山組というよりは小橋・高山組ののりかな。たはは。どっか障害者だからね。お互いに。

新年、またあの大地に通うことになりそうです。
楽しみ楽しみ。ご希望があったら一緒に行きませんか。人間の業の奥深さが堪能できますよ。むふふ。

 

■2007,12,22-2

「今週のAERAで神山典士さんが書かれていました。歌手の絢香についてのドキュメントのようなもの。心の部分まで踏み込んで書かれていて、さすがジャーナリストです」

「遅ればせながら、やっと今週のアエラ読みました。 現代の肖像、おもしろかったです。 今までの現代の肖像の中で一番ぐっときました。 特に最後の方の文章の流れが好きです。 正直言って、絢香は実際に歌っているところも見たけれど どうも好きになれず、 同世代の30代女性も、絢香を好きという人とか「三日月」など歌う人もいなかったし、 「なんかがんばってる感じが痛々しい」とか 「上から目線のような雰囲気がして親しみづらい」 といった意見が、私の周りからは多かったのです。 今年歌われた歌ランキング1位が「三日月」なんて納得いかないとか。。 でも、今回の神山さんの文章を読んで、 少し絢香という人がわかった気がしたし、 次見るとき、歌を聞くときは違った目線で彼女のことを見られそうです。 とり急ぎ感想まで」

アエラに書いた絢香の拙稿への感想を何件かもらいました。どうもありがとう。
絢香も二十歳の誕生日をコンサートで祝えて、嬉しかったと思います。
頑張って戦っている人にだけいい「戦後」はあるのですよね。

つーことで。また辻井君の原稿に戻ります。とほほ。

 

■2007,12,22

18から続いた関西ツアーから戻りました。

18日夜は大坂城ホールでの絢香コンサート。アリーナ中央に360度型のステージができていて、そりゃすんごいコンサートでした。今回のツアーはここと武道館しかやらないんだって。それも凄いね。
この日は絢香の二十歳の誕生日だったので、アンコールでサプライズ演出があったりして、彼女にとっても忘れられない誕生日になったことでしょう。
僕のアエラも間に合ってよかったよかった。終演後少し話したんですが、よろこんでいてくれました。今回とスタッフの皆さんにとてもお世話になりました。ありがとうございました〜。

その後志摩へ行ってアトリエ・エレマン・プレザンの佐藤先生に取材してその後皆さんとお食事会。うるめいわしの刺身なんて、関東じゃ食べられないっすよね。まーったりしていて、初めての食感でした。美味しかった。お料理してくださったお母さん方、ありがとうございました。
敦子ちゃんからは恒例、2008年のカレンダーをいただきました。ありがとうございます。

そして年末に向かって、最後の原稿が今日からスタート。辻井君企画があと150枚残っています。頑張らないと。とぅりゃ〜、だな。とほほ。

 

■2007,12,16

たった今、箱根の温泉旅館で行われた雀鬼会の忘年会から帰って来ました。
約50名、東京、名古屋、高槻の精鋭が並ぶ姿は壮観でしたよ。
その宴会で、「会長評価大会」がありました。
雀鬼会は、試合後に自分自身でどんな麻雀が打てたのか、自己評価して会長評価と比べます。A、B、Cと、その中間のA’とかがあるんです。
「会長、今年の会長ご自身の評価をお願いします」
宴もたけなわになった頃、誰かがそう言いました。普段そんなことありえないのですが。
そしたら桜井会長はスッとたちあがって「B’でお願いします」といいつつ身体を83度傾けたんです。その姿の綺麗だったこと。あんなに綺麗なお辞儀はみたことないというほどに。
そういえば、この前雀鬼会のHPに「男が惚れる男」と書かれていましたが、我が身を振り返ると「男に惚れる男」ですからね。とほほ。綺麗なお辞儀の一つも難しいわけです。会長に教えていただかないといけません。

おっと、それで会場評価は「限りなくCに近いB’」だって。たはは。盛り上がりましたよん。

んなこんなで温泉あり、バーから眺める綺麗なもみじあり(箱根の温泉場はまだこれから赤に変化するそうです)生き鮑のバターソテーあり、油坊主の西京焼きあり、深夜早朝までの酒宴あり。僕はとてももたないので隣の部屋で寝ていましたが。たはは。久しぶりにざ・宴会をやってきました。

さぁ原稿だ。セオリー書かないとね。

明日のアエラ、見てくださいね〜。

 

■2007,12,14

今週は11、12と九州ツアー。松嶋さんとフラワーアーティストの東さんのご家族と会ってきました。アエラの「地に足がついた30代の肖像」というような企画なんだけど、やっぱ「家族力」というものを感じますね。シェフ、フラワーアーティスト、ダウン症児との芸術活動家という3人を描くのですが、いづれも家族としっかりと繋がっているもんね。

松嶋さんのお母さんなんて、言葉もできないのに孫が生まれるときはニースに一カ月半滞在して、電気屋のおやじとはしっかりと日仏語で喧嘩もして、それでも帰国前には挨拶して涙を流してきたという、すげーお母さんでした。今は近所の教会で英語を勉強しているのだとか。「息子に負けないように、自分の世界を広げていきたい」とメールをいただきました。

東さんのお父さんはシェフ。ちょうど僕がサリー・ワイルで描いた戦後世代の料理人で、若いころはベルギーからヨーロッパ修行に旅立ったのだそうです。これまた豪快なお父さんなんだ。
でも親なら誰も子どもを思う気持ちは同じですよね。息子が銀座で店を出した時は隣のビルの屋上から2時間もじーっと店を見ていたのだそうです。お客さんが入るのか、心配だったのでしょうね。

来週はもう一人、佐藤よしこさんのご両親に会いに志摩へ行ってきます。ここもまたすげー家族力。「3代続く夢のリレー」のファミリーですからね。いい取材になるはずです。

12日は帰京したらすぐに長渕剛×佐藤琢磨対談。
いや〜、これが面白かった。剛さんも琢磨君も互いにすげー尊敬し合っていて、全然違う世界なんだけど共通している要素が多くて。スタッフワークなんて、コンサートもレースも全く変わらないし、フィジカル面もメンタル面も、両者ともに鍛え続けないとやっていけない世界ですからね。
剛さんてば、「琢磨、この前俺のハーレー載せてやって環八を疾走したんだから、今度はF1マシンの後ろに俺を載せて300キロの世界を味あわせてよ」だって。たはは、マシンにリアシートってあったかな?

といいつつ、セオリーは3本も書かないと行けないし、辻井伸行君企画はまだ前半だし。とほほ。編集者の皆さんすんません。もちっとお待ちをね。

あ、来週は月曜日17日発売のアエラ「現代の肖像」に、歌手の絢香を書いた記事が載ります。編集のチカちゃんにお世話になって、いい感じの作品になっているはずです。機会があったら立ち読みでもしてくださいね。

そして翌18日は絢香の二十歳の誕生日。大坂城ホールでコンサートがあります。そこにも駆けつけて、お祝いしてこようと思っています。むふふ。楽しみだ。

 

 

■2007,12,10

この年の瀬に、小学校1年生から4年生までお世話になった恩師からお便りをいただいちゃいました。いや〜、いつもにまして右往左往する日々ですが、その文字を見た瞬間、なんかポッカリと時の落とし穴に嵌まっちゃったような、タイムスリップしたような、不思議な気分を味わっています。

「あれはたしか神山さんが小学校低学年のとき、ハアハア息を弾ませながらランドセルを背に教室に飛び込んできました。「何か忘れ物をしたの?」「学級文庫の本を二冊借りていくの忘れたの」。4年生の夏休みには40日間の中40冊の本を読みましたね」

だって。たはは。んなことあったのでしょうか。まるで昨日の記憶のような描写ですね。まいったな。ま、この程度は本読んでなかったら務まりませんよね。この仕事は。

もう先生も齢80近くになられているはず。それでも僕がお送りした20周年記念カレンダーと俯瞰図を見て喜んでくださっているようです。ありがたいことです。

先生いつまでもお元気で。新年になったらご挨拶に伺いますね。

 

■2007,12,09

たった今、長渕剛さんの代々木体育館コンサートから戻りました。
いや〜、すんごい。アリーナのど真ん中に格闘技のリングみたいなステージをつくって、360度見渡せる中で歌いあげるんです。会場の雰囲気もまるで格闘技みたい。本人の身体も格闘技してますからね。たはは。

今回は、スペインでのマシンテストから飛んできた佐藤琢磨さんとの対談の仕事です。今日は琢磨さんも久しぶりに長渕さんのコンサートを聴いて、12日に対談があります。
僕はその司会と原稿まとめをやることに。長渕さんとはもうかれこれ10年近く折に触れてあってきたし、琢磨さんとは、ニースの松嶋さんを通じてご縁があったし。
なにか不思議な繋がりを感じて、初対面という感じは全くしませんでした。

今週は11日に松嶋さんとフラワーデザイナーの東さんのご両親に会いに博多へ。もどったらすぐに対談司会して、あとはひたすら原稿原稿ですね。

そうそう、絢香の原稿が、17日売りのアエラに掲載されることになりました。
翌日18日が彼女の誕生日。そして大坂城ホール・コンサートです。これにもでかけていって、彼女の二十歳をお祝いしたいと思います。
今回はワーナーの四角さん、川上さん、そして研音の橋本さん、斎藤さんにとてもお世話になりました。ただひたすら感謝感謝です。
普通アーティストサイドからこれだけ献身的な応援をいただけるのは難しいことなんですが。その分いい原稿にしないといけないと思って、頑張ってみました。
ぜひ読んでやってくださいませね。

 

■2007,12,08

すんません。5日朝に帰っていました。その日の午後からまたまた猛烈な執筆の日々が始まってしまって、気がついたら「ほわっつ・にゅ」の書き込みを忘れていましたね。ごめんなさい。

今回の旅のことは、「だいあり」にぽつぽつ書いてます。衝撃の写真もありますよん。ふふふ。お楽しみください。

昨日は料理評論家の山本益博さんインタビュー。「美味しい料理を食べのではなく、美味しく料理を食べることが大切」とのお言葉。さすがです。

今日は佐渡裕さんと再会。「人は傷ついて成長するもの。先生とは生徒を傷つける役目」。こちらもまた、含蓄の深い言葉でした。今年亡くなられた河合隼雄先生の言葉だそうですが。

というわけで、18日から予定していた今年4度目のニース取材はさすがにキャンセルせざるをえなくなりました。国内の仕事がとても廻らなくて。とほほ。ま、仕方ないっす。松嶋さんのレストランオープン5周年記念と30歳の誕生日パーティーはとても残念だけど失礼させていただいて、いい作品を紡ぐことに専念しましょう。

その代わり、18日の絢香の大坂城コンサートにいけるかな。むふふ。その前日にはアエラに出ているはずなんですが−−−−−。

 

■2007,11,26

さぁ〜て。いろんなことが宙ぶらりんのままなんですが、明日からまたまたニース取材に行ってきますね。今回は、時価8億円の部屋がある世界で一雙の超豪華客船に乗る旅です。ま、僕の泊まる部屋はたぶん一番小さい部屋なんだろうけれど、それでも1億円はくだらないとのこと。なんだかな〜ですが、楽しんできたいと思います。

仕事等で連絡をとりたい方、恐縮ですが向こうでも携帯はもちません。メールも毎日見られる環境ではないと思います。とほほ。事務所の留守電に入れていただくのが一番確実かな。
よろしくお願いいたします。

バザールで制作のお手伝いした講談社刊『やめさせない採用、かまってほしい若者たち』が、昨日重版となりました。ぱちぱちぱち。このまま突っ走ってほしいものですね。

僕も年末まで、日本とフランスでいくつかの仕事をこなしながら、あくなき疾走を続けないといけないようです。とほほ。頑張りましょう。

 

■2007,11,25

先週もいろいろありました。
ざっというと月曜日にミシュランの発表会があって、あまりに意外な選定に仰天。
火曜日からはアエラ現代の肖像「絢香」を書きはじめて、(これは断続的に今日、25日まで続いています、とほほ)、
水曜日はセ社八木さんと神楽坂の文士宿「和可菜」へ。
木曜日は30日から乗船する豪華クルーズの打ち合わせで新橋へ。時価8億円の部屋がある世界で一雙だけの客船に乗るっす。たはは。
金曜日は午前中PTAのワンパク祭に出て、夕方はサンシャインで開かれた「島から日本を見るシンポジウムへ」。全国の離島の人たちと若者たちが集まったとても興味深い会議でした。
そして昨日は白河清澄の現代美術館へ。アトリエ・エレマン・プレザンと中沢新一さんが参加する「ダウン症の感性に学ぶ」というシンポジウム。ここには佐藤家二世代全員が集合して、世界を救う佐藤家という感じのイヴェントになっていた---ってことはないですね。ま、肇さんがいい味出していました。ダウン症のアート活動のことが正確に、より広く、皆さんに伝わっていくといいと思います。そのためにも早く2年間かけて編んできた本が出るといいんですが。
なかなか難しい問題があるようです。とほほ。

そして今日は、豊島区PTAパパさんバレーボール大会。
僕も参加して、見事文成は優勝しましたよん。といっても、助っ人の若者たちの力が大きいですが。でも勝つことは嬉しい。明日は筋肉痛かな。とほほ。

さあ渡仏まであと2日。今回もタキシードがないから着物で行こうと思っています。そして松嶋家へのお土産はどら焼がいいのだとか。ふふふ、フランス生活の意外な盲点ですよね。

 

■2007,11,20

先週金曜日、大阪に飛んで絢香の母校を訪ねてきました。
いやいや、いい学校でした。音楽のK先生もとてもいい先生で、彼女の貴重な話を聞かせてくださり、秘蔵影像も見せてくれました。
大震災から始まって数々の悲惨な事件が連続した関西地区にあって、何故同じ人間がこんなむごいことをするのかと純粋に悩んでいた10代の少女と、同じく生命を粗末にする子どもたちを前に「音楽を通して生命の大切さを教えたい」と念じていた教師が出会い、そこから彼女の音楽人生はスタートします。高校時代の彼女の影像を見ながら、何度も涙がこみあげてきました。

その取材を終えて、とにかく早くこの心の震えを文字に刻みたくて、いくつかの仕事をパスして今構成にかかっています。順調にいけば彼女の誕生日にアエラが発行されるはず。彼女の二十歳を祝福する文章になるはずです。

さぁ、どんな文章が出てきますか。楽しみ楽しみ。

 

■2007,11.13

いや〜、忙しい忙しい。先週末はPTA行事にとんぼ返り取材が重なって、てんやわんや(古い!)でした。
まず土曜日は午前中11時から教育セミナー。大野副校長先生が「国際社会で生きる子どもたちのために」というテーマでお話し下さいました。PTAで企画したセミナーの2年目。ポスターつくってチラシを蒔いただけなんですが、約25名集まってくれました。これってPTAの企画としては動員がいいほうなんですよ。とほほ。地域の保育園や幼稚園にもポスティングしたので、未就学児の保護者も来てくださいました。よかったよかった。

お昼に新幹線に飛び乗って上田へ。ここでは地域映画祭が行われています。さらに、フィルムコミッションという、ロケを誘致する活動も盛んで、大正時代から小津安次郎さんなんかもここに来て撮っていたそうです。自然が豊なのと温泉地で大勢のスタッフが泊まれる旅館があること、そして降雨量がとても少ないという利点もあるそうです。
でも僕らは泊まらずにその夜帰京。とほほ、美味しい魚だけ食べてきました。

翌朝は5時起きで6時から学習院大のグラウンドでP連合主催親子ソフトボール大会。去年も雨にたたられて全身真っ黒になってグラウンド整備したんですが、今年も前夜まで雨雨雨。とほほ。それが朝になってやんじゃって、各校会長と学習院大ソフト部の部員が総出でグラウンド整備にあたりました。いやはや大変。でも子どもたちは楽しみにしているし予備日がないんですよ。おかげでなんとか試合ができました。

整備を終えて開会式を見届けて羽田へ。10時40分の飛行機に飛び乗って目的地は金沢。Y口T子さんが出演するNHKセミナーの取材です。金沢21世紀美術館。いいとこでしたよ。以前越後妻有で見た天井にぽっかりと穴を明けただけの「タレルの部屋」がありました。この部屋に来ると皆ただぽんやりと上空を眺めているんです。ふふふ、それがまた快感。芸術はあな不思議。

その夜は、金沢在住のロックンローラー・ゲンちゃんと合流。バンド仲間と一緒に盛り上がりましたぜ。てへへ。彼らの取材をしたのはもう10年以上前だな。彼は故郷に帰って実家の保育園の園長先生になったけれど、今でも心は繋がっています。もちろんロッカーだしね。この日も新曲を録音したといっていました。金沢の加賀レンコン、イモ、甘エビ、貝、イカ、白魚、最高でしたん。ゲンちゃん、さんきゅね。

 

■2007,11、05

先週末にもいろいろありました。
まずはアエラ「30代の肖像」野取材で元麻布のふるーい洋館へ。
ここはフラワーアーティストの東信さんがアトリエとして活用しているのでした。
「僕、今年になって携帯を捨てたんです。あれを持っていると人間が雑になるから」
なーんて、嬉しいことを言ってくれるじゃないですか。
アーティストというよりも、自分の中では「花職人」なんだって。それでいてニューヨークやパリ、そして今度はドイツで個展を開くほどの実力なんです。もっともそれ以前は日本では認められなかったのだそうですが。ま、そういう社会ですな。日本は。
またまた面白いお付き合いになりそうです。

木曜日は永沢光雄さんの一周忌。二丁目のバー、永沢で。
その夜は武蔵野大学の水谷先生や学生たちとあって、冬の子どもたちとのワークショップ等々を話し合いました。こちらも面白いことになりそうです。
金曜日はロイヤルパークホテルでフランス人シェフ4人の饗宴、ガラディナー。豪勢でしたが、やはりそこはオールスター戦。細かな戦術よりも華々しさを競う会になってしまいました。ま、言ってみれば大雑把ですか。とほほ。

そして土曜日は雀鬼会第12回全国大会。こちらのレポートは「だいあり」でご堪能下さい。

さぁ今秋はシェフ、パトリック・アンリルーのインタビューとかリクルート、ガーディアン・ガーデンを卒業すふる西沢女史のパーティーとかホテル・オークラでの晩餐会とか(とほほなんですが)またまたいろいろです。週末はPTAのソフトボール大会の準備をしてから山口智子さんを追って金沢へ。旧知のミュージシャン、ゲンちゃんと会ってきますね。

 

■2007,10,30

昨日は電通試写室でYさんちの智子さんが出演するドキュメンタリー『ロダンと花子 人間 花の中の花』を観てきました。これはすでに放送された『ゴッホと広重』『北斎とドガ』に続く3部作の最終回とか。東洋と西洋を結ぶ「美」を巡るドキュメンタリー群が一応完結したことになりますね。
智子さんは今回出演だけじゃなく、構成、ブロデュースという肩書もついいてました。
今回も智子さん、やってますよ〜。ロダンの圧倒的な作品の前で、ひるまずにしかと対峙する智子さんの背中の凛々しい線。勝るとも劣らずという感じです。
自らを賭けられるテーマを前にした時の「伝える職人」は、何ものも怖くなくなるんですね。
その意気やよし。11月2日BS日テレ放送だそうです。ぜし、観てやってください。

 

■2007,10,29

昨日は、原宿精進懐石GでYさんちの智子さんと会食(なんか伏せ字ばかりですんません。訳あってね、とほほ)。
全国を飛び回って職人の手業を採集している智子さんなら絶対に気に入ってくれると思っていたのですが、案の定どんぴしゃ。もうすぐ店を閉めると聞くと「お皿やお盆を私が預かりましょうか」だって。ほんと、散逸してしまうのはもったいない思い入れのふかーい名品揃いですからね。そうしてもらったほうがいいかもね。
その席に、2000年ころからの智子さんの相棒の映像作家ギャリー・バッサンも同席。
異文化の視点でみていた日本と智子さんの感性がぴったりマッチして、いくつかの珠玉の作品を創ることができたという話をしていただきました。
彼らの作品「Letters」の成り立ちも聞けたし、貴重な取材だったな。
もっとも智子さんは僕に取材を受けている自覚があるのかな?たはは。
ま、いい文章がでてくるはずです。

20周年記念の「TheCompleteWorksOfNekketu」も完成間近。10年カレンダーがつきますからね。楽しみ楽しみ。

 

■2007,10,24

事務所内に、およそこの世のものとは思えないふかぁーい静謐なピアノの音が流れています。
ショパンの「子守歌」
今日発売になった辻井伸行君のデビューアルバム「debut」の最初の曲です。
一曲目はもっとエネルギッシュなものをとか超絶技法を聴かせたらとか、様々な意見があったそうですが、彼は自らこの曲を選んだのだそうです。
技術が作品を生むのではなく、心の震えが作品の形を借りて表出してくるのだ。
そのことを、19歳になったばかりの若きピアニストは僕らに教えてくれます。
もちろん彼の恩師の川上先生がずーっと言い続けてきた「音のつぶつぶ」も、実に繊細にクリアに刻まれています。中村紘子や横山幸雄が手放さない調律師も、今回伸君の音に惚れ込んで録音に参加してくれたのだとか。崇高な一枚に仕上がっています。エイベックスからです。

その数日前、僕らの前で「閉店宣言」をする料理人がいました。
原宿に15年間、こちらも奇跡の料理を僕らにつくりつづけてくれたGという店の店主、棚橋さんです。 詳しいことは僕からは書けませんが、「人生に句読点を打ちたい」というただそれだけの理由で、彼は店を閉めて次の生き方を探すのだそうです。

そして僕はフリーランス20周年を迎えて、明日もまた同じようにコンクリートの町での右往左往を繰り返す。

それぞれですねぇ。でも、それぞれの人生を、僕らはそれぞれにしっかりと生ききらないとね。
盟友・棚橋さんの前途に幸あれ。そして、もう戻れない逃げ道のないワインディングロードを歩む伸行君にも幸あれ。
そんな思い出深い秋になりました。

 

■2007,10,18

15日、 新潟で山口智子さんにあってきました。そうそう、「女優の」と紹介していいのかな。
彼女ここ数年、日本中の職人技に夢中になっていて、この日も亀田縞の取材で新潟を訪ねているとのこと。追いかけていったのです。
今度アエラで書くことになりそうなんだけど、調べたら、とにかくすごいっすよ。そのモノづくりにかける執念が。
何年か前に『Lettres』という旅のドキュメンタリー番組を企画していた時は、ハワイを調べ尽くして「反省文、ハワイ」という本も書いてるし、今回の職人技でも、京都の染色師と糸のブレンド職人を彼女が引き合わせちゃったりもしているし。とにかく、どの仕事の軌跡を見ても「恐るべき素人」という感じです。もはや生業としてやっている感じはないもんね。
拙書『図説・日本の職人』をさしあげたら喜んでくれてはいましたが、さてさて、どんなふうに読んでくれたかな。きっと一晩で読み上げちゃってるのでしょうね。他にも膨大な資料をあさっていましたからね。とほほ。

その他、アエラでは「団塊ジュニア・ロストジェネレーションのもう一つの軌跡」とでもいうようなテーマで一本書くことになりました。年末にかけて、こりゃ大変だぁ〜。
11月末にはまたまたニース取材になりそうです。これまた大変。しゅざいすればするほど赤字だもんねぇ。とほほ。

 

■2007,10,10

じじじじゃーん、ついにこのブログの8万番目のヴューアーが登場しました。
安曇野で出会った佐原俊彦君でーす。
今は東京で建設現場の現場監督で頑張っています。こんなメールをいただきました。

「いつも大変お世話になっております。 偶然当たりました80000件目のカウントが。 お気に入りに登録していて数日前からカウント数を気にか掛けていましたが今日開いたらぴったりの数字・・・ 証拠を添付します」

あー、嬉しいなぁ。古くからの友人が当ててくれて。彼は安曇野で重野君たちと一緒に、商工会青年部でミスコンテストを運営していたんです。 田んぼの畦道を揃いの濃紺のブレザーにエンブレつけて、中には半ズボンの人もいたりして、さっそうと歩く姿が忘れられません。ふっふっふっ、おめでとうございます。商品は神山典士『熱血ライター』フリーランス20周年記念品です。何が来るかはお楽しみにね〜。

先週は赤穂でヴァイオリニスト樫本大進さん主催の国際音楽祭を取材して、京都へ。
ここで20周年の記念品をいくつか買ってきました。染め師吉岡さんのところで袱紗、有り次では末広がりの卸金。そして唐長さんでは綺麗なぽちぶくろ。
まだ少し紅葉には早かったですが、京都を楽しんできましたよん。

皆さんの秋はいかがですか。食欲の秋、芸術の秋、充実した日々になりますよーに。

 

■2007,09,30

なんかいきなり秋の雨が降り始めましたね。
今日は会長を務める小学校の運動会の予定だったのですが、残念。順延となってしまいました。開催は火曜日になったので、参加できない保護者も多いと思って、PTAブログ
(http://blog.goo.ne.jp/bunsei_pta)で運動会写真大会を企画することにしました。

さて、こちらの熱血ブログも、改めてみると80000番目が近づいていますね。
今週には到達しちゃうんじゃないかな。
キリ番をふまれた方、プレゼントをさしあげますね。名乗り出てくださいね。
今回は、今マル秘制作中の「神山典士フリーランス生活20周年記念グッズ」を一式さしあげます。
お楽しみに〜。

この秋は出版ラッシュです。
まず今月15日頃から『図説・日本の職人』(河出書房)が書店に並びます。地味な本ですが、ぜひ見てやってください。
11月上旬には、講談社セオリーから『「やめさせない!」採用』が出る予定です。
そして同月下旬までにはアスコムから『いいんだよ、そのままで〜アトリエ・エレマン・プレザンのダウン症児たち』が上梓されます。
どれも僕が手塩にかけた作品です。ぜひ手にしてみてくださいね。

皆様にも実りの秋に、そして充実の冬になりますように。

 

■2007,09,27

昨日朝、フランスから戻りました。
パリはもう初冬のように寒くてコートにマフラーが当たり前だったし、ニースに下ると、気温27度、半袖に短パンという真夏ルックでした。両方の町で着物を着たんだけど、ま、ニースのほうが快適だったな。
今回の旅はすごいっすよ。詳細は「だいあり」でね。写真も豊富です。何回かに分けてお伝えしますね。

帰国してすぐにプレジデント・ファミリーのルポ一本を加筆修正しました。編集のK君が真摯な仕事をしてくれて、気持ちよくパソコンに向かうことができました。フランスでも携帯ないしホテルのファックスも未熟で、心配をかけてしまいました。一緒にいたパークの料理長の大江さんの携帯にK君から電話がかかってきたりして、たはは、周囲にもご迷惑をかけてしまいました。おゆるしを〜。

今日はダイムの連載終了打ち上げを兼ねて、お世話になったISプレスの鵜沢君のご苦労さん会をやるはずだったのですが、本人がIS退職とかで、ばたばたのようです。いい仕事と出会えるといいね。ほんと、彼も携帯のない僕のためにあちこち連絡をとりまくってくれたのでした。ヨーロッパとかパラオとかハワイとか出張も多かったしね。長い間、べりーべりーさんきゅでした。

とはいっても、なにがあっても携帯なんてもつもんかと思っている、というか、なーんも考えていない神山でしたん。とほほ、見捨てないでね。

 

■2007,09,17

またまた今日は何故か暑いですねぇ。空は秋の高さですが。
先週は19歳の歌姫、絢香のインタビュー。
夏前から何本かステージをみせてもらったり、カラオケでは『三日月』をレパートリーにしていたりしていたんですが、さてさて、どんなテーマでインタビューを切り出そうか。いろいろ考えた末に、こんなテーマになりました。
「90年代後半、大震災から池田小児童殺傷事件まで、数々の事件を体験してきた10代の感性にはどんな思いが蓄積しているのか」
87年、守口生まれの彼女は、10代の頃に本当にいろいろな事件に遭遇しています。もちろん彼女一人がそうであるわけではなく、この時代の関西生まれの子には等しくその試練があったわけですが、類まれな感受性を持っていたはずの彼女にはどんな思いが蓄積されているのか。
1回目のインタビューからは、手応えあり。もっともっと深めることが必要ですが、いい作品になりそうです。

明日から26日午前まで、パリ−ニース−リヨン郊外の田舎のオーベルジュを廻ってきます。
もちろんニースの松嶋啓介さん取材がメインテーマですが、その他にもいくつか狙いを持って行ってきますね。

と、いいつつ、もう一本、プレジデント・ファミリーの原稿が終わらないといけないのですが。とほほ。

留守中、ご用の方は留守番電話へお願いします。メールは見られるかどうか、定かではありません。たはは。でもなるべく見るようにします。どこかで。すんません、よろしくどーぞ。

 

■2007,09,12

NHKの藤木さんから、番組紹介のメールをいただきました。
残念なことに、テレビコラムを書いていたダイム誌ではその連載がちょうど終わってしまったところでした。
他に紹介を書く媒体が今のところないので、ここに紹介しますね。
ふかあいテイストの番組になっているはずです。
ぜひご注目くださいませ。

「神山様、その節は、お世話になりました。 また、番組のお知らせをさせてください。

●9月16日(日)21:00〜 NHKスペシャル 「にっぽん 家族の肖像 第3集 千住暮らし 黄昏れて光の中」

「人生の黄昏時、親や連れ合いに老いや死が迫った時、最後の日々をどう過ごすのか」を見つめようと、東京・千住で、1年間、老夫婦と老母と息子親子の2組の家族を追った番組です。 担当した木寺ディレクターの言葉。 「日常だけで番組を作ろうとチャレンジ。出来事らしい出来事もなく、ただただ”日常”しかなく、本当に番組になるのか、ノイローゼになりそうな日々でした」 との事ですが、本当に”日常”しかありませんが、最後まで、豊かな気分で、笑いながらご覧いただけると存じます。 是非、”日常”をロケしてた番組をご覧いただきたく、よろしくお願いいたします。

●9月17日(月)22:00〜 NHKスペシャル 「にっぽん 家族の肖像 第4集 明日(あした)への いのち〜12年目の震災遺児〜」

阪神淡路大震災から12年。震災で親を奪われたこどもたちが、成人し、結婚し、新たな家庭を築きます。震災遺児同士の夫婦、そして、震災遺児の夫と障害を持つ妻の夫婦と、2組を取材しています。 担当した中島ディレクターの言葉。 「心に傷を負った若者たちに迫ることは、本当にしんどく、取材を拒絶をされる事が多々あり、途中で<番組は放送できない>と、絶望を何回も味わいました。しかし、震災が起きた時、大阪局の1年生。あの瓦礫の中から、新たな家族・いのちが生まれていくことに本当に感動し、夢中の日々でした」 ドキュメンタリーで難しい、若者=青春を描いたこの番組も、是非ご覧いただければと存じます。 よろしくお願いいたします。 また、10月14日、15日にNスペで、「(仮)ライスショック」を予定しております。 食糧問題を、日本のコメを通して追った番組で、スタッフは、私以下、昨年の「ワーキングプア」の者が中核となっております。 何卒よろしくお願いいたします。                          敬具       

        スペシャル番組センター                            藤木達弘」    

先週末から、出張で真鶴、そして北海道は士別市朝日町へと廻ってきました。
真鶴では、ミカン小屋視察。いや〜、南向きの急斜面のミカン畑の中に、なんともよさげなミカン小屋を改造したゲストハウスが建っているんです。あのへんは市街化調整区域で新築物件は建てられないらしいのですが、ミカン小屋を改造したものならいいのだとか。
日本一魚の種類が豊富な相模灘、中川一政美術館のある真鶴半島、アップダウンの激しい戦略性にとんだ湯河原カントリー、そしてなによりも、地中海沿岸にも匹敵する溢れるような陽光と、言うことないですね、真鶴。敬愛する伊丹監督の別荘もこのへんにあったんですよね。なんか深入りしそうな予感です。

士別では、もう長袖がないとぶるぶるという感じ。この街にあるサンライズホールでは、朝日中学校の学園祭の準備が佳境でした。この学校、この時期になるとサンライズ登校というのがあるそうです。聞けば全校生徒がホールに一日中籠もって、学園祭の準備をするんだとか。全校わずか30名の学校ですが、すっかりホールをホームグラウンドにしていて、今年はヒップホップの練習に励んでいました。いいなぁ、うらやましい環境だなぁ。
またまた朝日町に惚れ込んでしまいました。

 

■2007,09,08

台風一過、気持ちのいい青空が広がりました。
皆さんの周辺では被害はありませんでしたでしょうか。
被害にあわれた皆さんには、深く深くお見舞い申し上げます。
なんかテレビニュースを見ていたら『岸辺のアルバム』を思い出してしまいました。
たはは、そういう世代ですね。

昨日は恵比寿シャトーレストランで、ロブション直伝のレシピをいただく食事会。料理研究家の内坂先生の主催ということで、クラブSのいつものメンバーで参加してきました。
そこになんとなんと、以前ニースの「K’sパッション」で働いていたというフランス帰りの小坂さんが参加されていて、その出会いにびっくり。こりゃ18日からの取材に力強い援軍が加わった思いです。
お料理も全て珠玉の作品でしたが、シャンパンのかわりにいただいたドラン社のシャンベリー・ベルムースというお酒が絶品でしたね。ハーブ等の香りが強くてほんのりあまーいのですが、なんと珍しく氷のキューブを入れます。醸造酒なんだそうですが、16度と強いので、こうして溶けゆく氷と共にいただくのが美味しいんですね。シャンパンみたいにスパークリングじゃないからお腹にもたまらないし、こりゃいいものを味あわせていただきました。

今日はこれから真鶴にいってみかん小屋の視察(もちろん地魚のお寿司もいただくのですが、むふふ、台風の被害は大丈夫だったのでしょうか)、そして月曜日は絢香のインタビューを済ませてから北海道に飛んで、士別町で演劇ワークショップの様子を取材してきます。
その中で、河出書房『日本の職人』と講談社トライアンフ企画『辞めさせない!採用、かまってほしい若者たち』 の最終ゲラが出ています。あとアトリエ・エレマン・プレザンの『いいんだよ、そのままで』もゲラが出るんだよな。たはは。我ながらすんごいスケジュールですね。

 

■2007,09,04

いや〜、なんかもう空の感じは秋の運動会って感じですね。あの夏はどこにいったんだ〜。
って叫んでも始まらないか。たはは。
「だいあり」に僕の今年の夏の大収穫を掲載しました。みてやってください。

先週の日曜日は、川越高校OB会第一回初雁カップが、那須国際CCで行われました。
なーんて、勝手に名前つけて仲間4人で廻ってきたんですが、たはは、半袖じゃ寒いくらいでしたよん。
優勝は税理士の荒木章君。ぱちぱちぱち。スコアは書くほどのものでなし。ということは、あとの僕とか磯田君とか石原君とかは言うまでもなし。とほほ。
でも、医者の石原君のドライバーは270ヤードくらい飛んでたな。こりゃお見事でした。
高校時代の仲間なんてめったに会わないのですが、シンガポール赴任中に書店で僕のMBAの本を見つけてくれて連絡をくれた磯田君(ハゲタカファンド、じゃなくて、バイアウト・ファンド・マネージャー、ふふふ)とは不思議に縁があって、ここんとこいろいろお世話になっています。ま、その一つに、共通の友人の相場君の訃報があったりしたのは残念なのですが。昔日の紅顔の美少年たちも(??)今やすっかり立派になっちゃって、写真ももらったのですが、ま、掲載は自粛しておきますね。ふふふ、許せ友よ。

昨日はピアニストの辻井君親子にインタビューしたあとに大塚の「こなから」へ。いや〜、こりゃ絶品居酒屋でした。
前々から名前と噂だけは聞いていて、行きたくて行きたくて、大塚でタクシーに乗るたびに運転手さんに「こなからって知りませんか」と聞いていたんですが、だーれも教えてくれなかったんすよね。秘密にされてたのかな。
大塚って、なべ屋とかバー・サムとか、いい店が一杯ありますね。
またいきましょう。ぜひに。

 

■2007,08,30

いや〜、なんか低気圧がやってきたとかで、夏も完全に終わってしまいましたね。
雀鬼会の夏合宿も、会長が帰京されて、クロージングの準備でしょうね。
なんか楽しかった夏だけに、もの悲しさが募りますね。やれやれ。
世界陸上は織田がやたらはしゃいでるだけだし。観客席はガラガラだし。大阪って、まだまだ万博シンドロームから脱することができてないですね。とほほですね。

それとは別に、秋に向けて、またまた一つプロジェクトが動きだしました。
『神山典士フリーランス生活20周年企画』
どうです。ゴージャスでしょう。ははは。別に一般的には「だから何?」ってことなんですけどね。
確かフリーになったのが27歳の誕生日を迎える前の正月だったんですよね。
ところが不思議なことに、会社を辞める前後のことを全く覚えていないんです。僕がインタビュアーで僕のことを書くとしたら、絶対に「その日の光景を覚えていますか?」なんて質問するんですけどね。
なんでだろうなぁ。不安がなかったわけはないし、その先どうしようか考えていたはずなんだけど。なんかもう、やりたいことに満ち満ちていて、前しかみていなかたのかな。

とにかくその日から20年。こんな形でこの歳になるとは思っていませんでしたが、ま、なんとかライターで生きていけているんだから、幸せなことです。
というわけで、ちょうど秋に出版になる拙書『図説・日本の職人』を「20周年記念出版」と位置づけて、お世話になった皆さんに挨拶状と粗品と共に贈りたいと思っています。

粗品といっても、これまたゴージャス。登場いただいた職人さんたちにお願いして、あんまり大きなものは駄目ですが、手頃なものを記念につくっていただこうと思っています。印伝とか唐紙のぽち袋とか竹製の扇子とか卸金とか雪平鍋とか16本骨の傘とかね。

さらにさらに。挨拶状もせっかくなら凝りたいでしょ。この前志摩で佐藤先生がいきなり「本の設計図をいただけませんか」なんて言ってくださって、はたと閃きました。そうか、毎回つくる設計図をデザイン化して便箋の下に薄く敷くか。その上に拙書を並べて、おまけに僕の仕事のポートフォリオも入れようか、なんてね。
よく「神山は何を書いているのか、専門は何か」なんて聞かれるんですが、そのたびに答えに困っちゃってるんですよ。専門なんてないし、書きたいものを書いているだけだし。だけど、こうやって20年間の仕事を振り返ると、当然ながらそこには一本の足跡が刻まれています。それを明示すれば、僕が書きたいもの、書かなければいけないもの、書くべきものがわかっていただけるはずなんです。それもまた楽しみです。

一度京都に行って、職人技を買ってきますね。関係者の皆さん、どうぞお楽しみに〜。

 

■2007,08,29

6日ぶりにBAZのパソコンの前に戻りました。
先週金曜日に伊豆に向かい、雀鬼会の合宿に参加してから志摩のアトリエ・エレマン・プレザンへ出かけて最後のゲラ確認。いやはや、楽しい旅でした。
伊豆ではね、桜井会長や皆さんと一緒に海に潜ったのですよ。と、ここまでは前回と一緒だったのですが、今回は銛もお借りして、漁に挑戦!なーんて、岩場の近くをうろうろしていただけなのですが、途中で会長が真っ赤なフィンを貸してくださって、それをつけたらとたんに大物をゲット!!なーんてね、ふふふ、10センチ程度のふぐだったんですが、ま、初物はなんでも嬉しいもんですよ。ね、花岡さん。銛がささった瞬間の手応え。びびびびっと来ますね。やったー。
会長には「いまどきふぐなんて突くやつぁいねーよ」と笑われてしまいましたが、ま、この成果を来年に繋げたいと思います。ありがとうございました。

そして志摩では、シーカヤックにも挑戦。今回はフランスから帰国した文香ちゃんという心強い相棒を得て、対岸まで行ってきました。写真は「だいあり」でね。

そして気がつけば、何やら秋風がたっていますね。アー、夏も終わりかな。
今年は桜井会長や荒井先生、皆さんのお蔭で、本当に少年時代に戻ったような時をすごせました。自然の中に身を置くことは、本当に大切ですね。ありがとうございました。

 

 

2007@08@21

先週末、トライアンフの『人材定着の方程式』(仮題)の執筆合宿で、神楽坂の和可菜へ。
最初は湘南の海辺のホテルでやろうとか高原もいいねなんて言っていたのですが、結局お盆で混むから都内で、となったわけです。でも、よかったっすよ。神楽坂のふるーい文士旅館。
関係者4人で集まったのですが、掘ごたつの部屋で作業して、寝る部屋は一人一部屋、朝食付き1万500円だって。たはは。
もちろん夜は神楽坂に繰り出して、居酒屋で腹ごしらえしたあとフレンチのトゥーエルにいって深夜のシャンパンとワイン、さらに今彩にもはしごして、もいち度白ワインに野菜の素焼き。楽しい一夜でしたん。

今日は久しぶりに鶴橋康夫監督にあってきました。
テレ朝で黒沢明の『天国と地獄』のリメイクをやっています。9月8日土曜日21時放送です。
いや〜、監督は元気元気。黒沢さんが1年かけてドラマの舞台となる豪邸も3、4軒建てて撮った作品を、小樽ロケ10日間、スタジオ作業一カ月でやっちゃおうというのですから。
でも負けてないっすよ。作品をぜーんぶ繙いて、その企み、その構造、その文体を手玉にとって、その上で新しい生命を吹き込んで再び編み上げるという、そんな作業の真っ最中でした。
生涯自分の組を解散しないで維持し仕事をし続けられる、希有なテレビディレクターとなりましたね。 完成を楽しみにしています。

 

■2007,08,17

昨日は夕方から、ピアニストの辻井伸行君の取材。
その前に彼がプールに入りたいというので、僕が介護役を引き受けて、約1時間半都内某ホテルのプールでひたすら「歩きました」。なぜって、盲目の伸行君があんまり勢いよく泳ぐので、つねにその傍らで「左が壁だよ」「あと5メートルで向こう側の壁だよ」と注意していないといけないんです。のぶくんは1時間半、きっちり片道1分のペースで泳ぎ続けていました。すげー。つまり片道90本ということだな。
この体力、根気、やる気、集中力、反復性が一日8時間の集中したピアノレッスンに繋がっているのでしょうね。 近い将来世界のコンサート・ピアニストになる存在だから、僕も緊張してしまいましたよん。たはは。

夜はアスコム高橋編集長が目白の寿司屋「はやし」に誘ってくれました。若い板前さんで、お盆だから新鮮なネタはなかったのですが、あさりやはまぐりの軍艦巻き、しんこ、蛸、さんま等々、美味しかったな。この人、ヨーロッパの××からスカウトう受けているんだとか。行ってほしい気もするし、この店がなくなってしまうのは惜しい気もするし。
初めての店でしたが、なかなかでしたよん。

 

■2007,08,16

いや〜、笑っちゃうほどの猛暑ですねぇ。
昨日まで富士河口湖町に取材で行っていたのですが、向こうでも36度とかありましたからね。
都心は線路も曲がっちゃうほどの熱波ですね。人の心も曲がるわね、これじゃ。とほほ。

でも、富士河口湖町は凄かったですよ。
佐渡裕さんが監修者になった音楽祭は前にも取材して知っていたのですが、それだけじゃなくて、小佐野町長になって20年、観光客は1・5倍くらいになるは、湖や湖畔の景観は綺麗になるは、人口は近隣の町村からの流入で増えていくは、団塊世代の移住も増えるは、と、いろいろな意味で「熱い街」になっていました。
今回は財団法人「地域創造」という年に二回出る媒体の取材でした。この雑誌ではここ10数年間に延べ22号書き続けてきて扱った自治体は約50。代わる代わるいろいろなテーマで書いてきたのですが、初めてですね、首長がすんなりと主人公になるのは。他でも一応インタビューなんかしてみたりもしましたが、たいていの首長は現場のこと知らないし、自分で決断していないし、将来像なんてしっかりと語れる人はいなかったですもん。ところが小佐野さんは凄かった。誰よりも町の細部を知っていたし、現場を歩いているし、しっかりと決断してきているし。
今年選挙があって、5選への立候補はないと本人は言っていますが、周囲がそれを許さない情勢なのだそうです。

それにしてもすんごいですよ。ギリシアの野外劇場みたいなステラシアターの客席に座って、撮影のためにホリゾント(劇場の舞台後ろの書き割り)を 開けてもらったんですが、正面にどどどーんと富士山。しっかりとシンメトリーの美しい姿が望めるんです。こんな劇場、世界にないな。
今、ホールの野沢君に写真を送ってもらってますから、届いたら「だいあり」でご紹介しますね。
このホールで森山良子さんとかさだまさしさんとか玉置浩二さんとかのコンサートがあります。もちろんクラシックも。一泊で音楽も自然も人も楽しめる、そんないい街ですよん。

 

■2007,08,12

岡山から戻りました。市民ジャズフェスティバルの取材だったんだけど、さすが岡山は凄いは。
後楽園の芝生の上にステージをつくって、ライトアップされた岡山城を借景に、5000人が集まる無料コンサートですよ。しかもこの日は浴衣デーで、着付けのサービスまであるんだから。
さらに市内の元日銀ビルを改修してつくった多目的ホールでもコンサートが行われているし、繁華街のど真ん中、中銀本店前のフリースペースでも、レベルの高いコンサートが行われていました。なんでも市が経費の3分の1を負担してくれているんだって。でも、そういう金額じゃなくて、これまでの市民パワーの蓄積が宝ですね。
ちょっと前に自分たちでジャズ・コンをやっただけに、その苦労が忍ばれます。

いや〜、真夏にいくつものプロジェクトが進行しています。
まずアトリエ・エレマン・プレザンの本は最終ゲラがでました。月末にまた志摩に行って、最後の確認をしてこようと思っています。
河出書房の職人本「図説・日本の職人」も最終ゲラとなりました。あと少し あと少し。
「人材定着」をテーマにしたトライアンフ企画の執筆が佳境です。これも8月で決着がつくな。
それらをやりながら、ピアニスト辻井伸行君企画も始まるし、セントラル社の広報強化期間も始まるし、雀鬼・桜井章一企画も秋には執筆に入らないといけないし、9月にはまたまたニース取材が待っているし。そうそう、アエラの絢香ちゃんの取材執筆も本格化しないといけないし、ハワイの樹も単行本にしちゃえなんて考えてるし。8月にはプレジデントファミリー取材もあったな。
たはは、こりゃますます大変だ。
ま、全ての企画はご縁ですから、やるときはやらないとね。チャンスは逃すな。

 

 

■2007,08,10

いや〜、暑い日が続きますね。
ついこの前までの「真夏の陽差しが待ち遠しい」なんてー発言は削除ですね。とほほ。
今日はこれから神田で一本打ち合わせをしてから、地域創造の仕事で岡山へ。
なんと編集部から送られてきたチケットは、新幹線グリーン車ですよ。
いままでこんなことなかったのに、きっと混んでいて座席がとれなかったんですね。ふふふ、しめしめ。真夏の出張も、こういうのは楽しいな。

昨日は「プレジデント・ファミリー」編集のKさんが事務所に来てくれて、一本取材が決まりました。ちょうど小学校のPTAなんかもやっているし、周囲では中学受験の話題もかしましいので、この取材はピッタリだな。また新しい世界が開けそうです。どんてことになりますか。楽しみ楽しみ。

皆さん、暑さに負けないように、くれぐれもご自愛くださいませね。

 

■2007,08,06

できました〜。ついに、今秋河出書房から上梓となる『図説、日本の職人』の原稿修正が終了しました。30本あった連載原稿の全てを掲載にあわせて短くしないといけなくて、それに2、3日かかりきりだったんです。久しぶりに昔の拙稿を読めて、それはそれで面白い経験でした。
本当は『熱血職人列伝』にしたかったんだけど、河出じゃねぇ。たはは。ま、おとなしくしておきましまょう。今秋が楽しみです。

アエラも出ましたね。写真もいいでしょう。アエラのエース、外山さんが撮ってくれました。
またいきたいなぁ。ハワイ。単行本にしちゃおうかな。むふふ。

今日はこれから御苑の「妹尾」さんとこで鱧です。ちと夏やせ気味だから、栄養つけてきますね。

 

■2007,08,05

昨日のワンナイト・ジャズ・コンサートはお蔭様で大成功でしたぁ。
104人の入場者があって、出張明星もほぼ完売。
「千の風になって」の時は、会場内からはすすり泣きも聞こえてきたそうです。
詳細は「だいあり」で。お手伝いいただいた皆さん、会場に足を運んでくださった皆さん、バンドメンバーの皆さん、ありがとうございました。

今日は午前中は事務所で原稿修正して、午後は辻井伸行君のピアノ・コンサート。

そして明日はアエラ「日立の樹」の発売のはずです。面白いっすよ。ぜひ観てやってくださいね。

あ〜、今年の夏は思い出深く進んでいくなぁ。

 

■2007,08,04

今日は綺麗に晴れましたね〜。
さぁ皆さん、今日は板橋のジャズフェスですよ〜。来てくださいね〜。18時からですよ〜。花火より楽しいですよ〜。ふふふ、一週間続いてきた児童絵画展も今日が最終日。武蔵野大学の学生たちもしっかりと頑張ってくれました。ありがと〜。

といいつつ、早朝からBAZで原稿と格闘しています。
今秋に河出書房から出版予定の『図説・日本の職人』。
雑誌掲載時の原稿を2割がた短くしないといけなくて、昔書いた原稿に手を入れているわけです。これを6日までにやらないと、秋の出版が来春になっちゃうなんて脅かされて、とほほ、連日この作業にかかりきり。その上ジャズとか伊豆合宿とか北アルプスとかもあったりするので、ほんと、自分で自分の首を締めている状態ですね。とほほのほ。
でも、そんな夏がいいっすよね。昔から汗をだらだらかくこの季節が大好きでしたから。

昨夜は講談社小柳津君と見田さんと一緒に「セオリー誌」の打ち上げ。青山の「成沢」に連れて行ってもらいました。ほろほろ鳥とイベリコ豚の絶妙な火加減。こりゃ絶品でしたね。ほろほろ鳥は、僕の中では史上最高だったな。

さぁ、今夜は打ち上げで美味しい酒が飲めますかな。楽しみ楽しみ。

 

■2007,07、31

たったいま北アルプス・燕岳から戻りました〜。
雀鬼会のホームページの管理人である花岡さんに「とほほ」フレーズをぱくられてしまった僕ですが(つっても僕も村上春樹をパクってるんですが、たはは)、今回は「とほほ」なんてもんじゃありませんでしたぜ。
なんつったって2700mの世界に真新しいザック、真新しい登山靴、真新しい登山用下着、真新しい靴下で挑んだわけですから。山をなめてんのか!! と山の神様のお怒りでとんだハプニングが〜。
ま、この続きは「だいあり」でお楽しみください。

でもって、そのハプニングのお蔭で昨日は白馬の宿でアエラから「ハワイの樹」のゲラを受け取って、一人で55行オーバーを直していました。
いや〜、樹は元気かな?ハワイのあまーい風とムスタングの快調なエンジン音を思い出しながら原稿を修正して、削って削って削って。とほほ。でも、密度のこゆ〜い6ページになりそうですよ。来週月曜日発売です。

今日はこれから児童絵画展の展示入れ換え作業です。学生たちが4日間頑張ってくれて、ずいぶんたくさんの入場者があったようです。保育園の子どもたちも大勢立ち寄ってくれて、会場で描いている絵巻物も36mの布がもう一杯。なが〜い作品ができました。

そして4日はジャズコンサートですよ〜。14時から本町商店街でアニメソング大会、18時からはシスナブ池袋本町(池袋本町4−47−12、JR埼京線「板橋」、東武東上線「下板橋」下車歩5分)の集会室が会場です。みなさん、ぜひきてくださいね〜。

あ〜、なんやかや忙しい、いやいや多用で多用で。早く梅雨があけないかな〜。

 

■2007,07、25

昨夜は武蔵野大の市川ケイスケが家に来てくれて、4日のジャズフェスの打ち合わせ。他の学生たちも絵画展の会場となる本町ホールに入ってくれて、展示の準備を夜遅くまでやってくれました。
いよいよ今週末から『夏休み児童絵画展』が始まります。ぜひ観に来てね〜。
今回は、PTA+地元商店街+大学研究室+地域住民有志という、4つの団体が集まったイヴェントになりました。テーマは「地域住民が地域を変える」「学校が地域のセンターとなる」
停滞する地域の商店街に子どもたちの作品や学生たちのパワーが集結して、なかなか面白い取り組みになりそうです。
ここにきて学生たちがすごくよくやってくれています。
今朝もポスターをマンションに全戸配布したんですが、いいポスターもできました。
皆さん、ぜし8月4日はシスナブ集会室にお集まりください。素敵なジャズと冷えたビール(出張明星!!)、そして学生たちのパワーを味わってくださいね。

といいつつ、今日はアエラ「日立の樹」の締め切り。合併号に載せるためには今日あたりに一応原稿ができてないと駄目なんだそうです。「合併号なので、面白い企画でいきたいのでぜひに」と言っていただいて、今脳味噌に汗をかきながら頑張っています。

そして週末は、北アルプスだ〜。
中学校時代の恩師が鳥取から登りにくるので、僕らは安曇野で落ち合って、一緒に登ってきます。燕岳、そして白馬かな。ま、高齢者登山なんだろうけれど、北アルプスは久しぶり(つーか学生時代以来、25年ぶり!!)なので、慎重に慎重に。新しくした靴を昨日今日と履いて慣らしているところです。

あ〜楽しみ。どんな自然と出会えますかな。

 

■2007,07、22

昨日は『借りたカネはやっぱり返すな』出版記念、「真夏のバザール・カップ、ゴルフ・コンペ」でしたん。
初めて企画してみたんだけど、4組16人もの皆さんに集まっていただいて、楽しく過ごすことができました。お天気もなんとかもったしね。
赤羽ゴルフクラブ。埼京線の浮き間船渡から歩いて5、6分、近くていいっすよ。

二次会は板橋明星。約半世紀はあろうかという明星の歴史で初めての貸し切り、初めてのおまかせ料理。啓子ちゃんがはりきって美味しいマグロや冷えたビールグラス等々を用意してくれて、そりゃ盛り上がりました。約20名は集まったので、僕は途中からカウンターの中に入って「ママ」ですよ。たはは。なんか二丁目の気分だったな。

先週で、去年からてがけてきたダウン症のアーティストが集うアトリエ・エレマン・プレザンを描いた作品がなんとか脱稿しました。ゲラも修正して、あとは編集の人にいい本に仕上げていただくだけです。秋にはみていただけるかな。絵も素晴らしいし、佐藤先生ご夫妻の生きざまも素晴らしい。ぜひ手にとってみてください。

今週は28日から夏休み児童絵画展がはじまります。武蔵野大学水谷ゼミとの共催だからどんいなことになりますか。楽しみ楽しみ。いよいよ夏本番ですね〜。

 

■2007,07、18

昨夜は池袋芸術劇場へ。
読売日響交響楽団の定期演奏会。なんと、辻井伸行君がソリストとして呼ばれて出演したんですよ。すげ〜。
ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第二番」
素人目にもオーケストラとあわせるのが大変な難解な曲だったのですが、のぶりんは見事に弾ききったのでした。
その瞬間 超満員の客席からものすごい拍手が沸き起こって、何回も何回も挨拶にあらわれ、ついにはまだ3曲目が残っているというのに「アンコール」。あとで聞いたら、彼の手を引いて舞台に登場した指揮者(パオロ・カリニャーニさん)が小声で「アンコール弾いてよ」と言ったのだとか。(もちろんイタリア語でですが、たはは)指揮者も聴きたかったんですね。これまたすげ〜ことです。

のぶりんのことは小学校5年生の時からずーっと取材していて、演奏会もほぼ全て聴かせてもらっていますが、やはり10代の才能の伸びは凄いですね。 一昨年ショパンコンクールに行ったときよりも一段と「音のつぶつぶ」が磨かれてきています。150人編成のフルオケに負けない音なんだからね。いやはや。恐るべき10代ですね。

 

■2007,07,14

昨日は珍しいコンサートにいっちゃいました。
コントラバスのリサイタル。ケルン交響楽団の首席コントラバス奏者、河原泰則さんのコンサートが浜離宮ホールであったのですよ。
河原さんとの出会いというのがまたまた面白くて、ある日目白にある寿司屋「いけ勘」さんのカウンターで隣り合ったのです。その時河原さんと一緒にいらしたのが音楽評論家の中野雄先生で、最初そんなことを知らなかった僕は「佐渡さんがどーの」「松本のサイトウキネンフェスがどーの」と吹きまくっていたんですね。たはは。あとから冷汗冷汗。
にしても昨日のコンサートは素敵でした。ピアノを従えたコントラバスの独奏ですよ。柔らかくて優しくてそれでいてセクシーで。特に二曲目、ギヨルギュー・テボールという人の「序奏と主題と変奏」という曲が素敵でした。ハンガリー人らしいので、ジプシー音楽のようなブルージーな響きがあるんだな。映画音楽に最適って感じでしたね。

で、それを終えて急いで青山一丁目エミーズへ。
ここは普段は高級料理教室なんですが、金曜日の夜だけレストランに様変わりするという、面白い店です。
この前ハワイでお世話になった宇野さんの奥様、井上絵美さんが主宰されています。彼女は著書も何冊もお持ちだし、その世界では有名な方ですよね。
昨日は白魚の天ぷら、ローストビーフ、サンジャックのガーリック焼き、そして九州の赤米のおにぎりにフュメのスープをかけたお茶漬けが美味しかったっす。本当は1万円のコースがあって、そちらはもっともっと品数も並ぶそうです。ぜひお試しを。3475-1790、青山一丁目ビルの二階です。

河原さん、宇野さん、井上さん、素敵な夜をありがとうございました〜。

 

■2007,07、13

3日間の大阪、九州ツアーから戻りました。
いや〜、中身の濃いツアーとなりました。

まずは大阪でFM802の絢香の番組の担当PとDにインタビュー。
802というと、関西唯一のミュージック・ステーションで有名ですよね。
前にも取材したことがあったんだけど、来年で20周年なんだって。
ちょうど絢香さんたちが生まれた頃できたわけで、そこから音楽づけの子どもたちが育ってきて、彼女みたいな才能も出てきたんだろうな。そう考えると感慨深いですね。

その日午後は九州に渡って、この前ローマ豪華クルージングツアーであった仲間や文部科学省の友人等々と馬刺し、馬のヒモ(これが絶品、横隔膜だそうです)等々で大盛り上がり。
その後ノアールという行きつけの店でこれまたビンビン。とほほ、疲れた。

2日目はニースからやってきた松嶋君が栄養学校で行う授業の取材。親戚の寿司屋さん取材。そして夜は中州で松嶋さんと親戚の崇之さんと痛飲。とほほ、二十代と飲むと大変なことになるわね。いやはや。朝4時でしたん。

そして最後の3日目は松嶋さんのお父さんに取材。
いろいろ新しい発見があった取材ツアーとなりました。

 

■2007,07、06

ハワイから戻って、またまた激動の日々です。
昨日は池袋のホテル・メトロポリタンのティールームが仕事場になりました。
まずは講談社小柳津君と『セオリー』誌に書く松嶋さんの記事の打ち合わせ。ニースの明るい陽光がページ一杯に展開されそうです。9ページいただいたのかな。この号の最大企画になるそうです。
続いて武蔵野大学水谷ゼミの先生と学生たち6名がやってきて、同じテーブルで夏休み児童絵画展とワンナイト・ジャズの打ち合わせ。水谷ゼミの3年生前期授業のテーマを池袋本町企画にしていただいたので、学生たちのパワーを借りて「商店街活性、子どもたち大喜び、大人たちも大満足企画」が進行しはじめました。
絵画展は池袋本町商店街にできた本町ホールを会場に、7月28日から8月4日まで展開されます。途中では会場内で作品をつくる インスタレーションも行われる予定。楽しい企画になりそうです。
絵画展最終日の8月4日には、まず午後にホール前で板橋在住のジャズマン山田壮晃さんのプレイがあり、その後子どもたちと商店街をパレード、そして夕方からはシスナブ集会室&中庭を使った「ワンナイト・ジャズ・コンサート」。これも初めての試みなので不安だったのですが、学生たちが全面的に協力してくれることになったので、なんとかできそうです。
まだまだ騒音の問題とか経費の問題とかあるのですが、ま、んなんとかクリアできるでしょう。

皆さん、8月4日18時〜、豊島区池袋本町4-47-12、シスナブにお集まりください。
ワンコイン500円で、納涼ジャズ演奏をご堪能いただけます。
もちろん会場には「出張明星」。啓子さんが冷たいビールとホッピー、枝豆や煮物、そして明星のシンボル大きな赤い提灯をもって出店してくれます。こちらも楽しみですね。打ち上げもありますよん。いろいろ人出が足りないので、助っ人大募集です。

そして昨日の最後はセントラルの川原さんと石坪さんが来てくださって、メルマガとホームページ展開の打ち合わせ。お約束の二次会三次会四次会---。帰り着いたらやっぱり明星でした。たはは。

ま、そういうわけで、夏のコウヤマもいろいろあります。よろしくどーぞ。

 

■2007,06、27

いや〜忙しい忙しい、んじゃなくて、多用で多用で。
先週はアトリエ・エレマン・プレザンの取材で志摩へ。戻ってきたら明治大学グリークラブOB会駿河台倶楽部の公演があって、雀鬼会選抜戦の観戦があって、セントラル社のコンペがあって(第二位、準優勝!!)月心居棚橋さんの誕生会があって、週があけたらNECソフト社長インタビュー、日立宣伝部長インタビュー、朝日Do楽荒木大輔執筆、wowow取材、トライアンフ取材、月心居棚橋さんの原稿の推敲(京橋シェ・イノでやっちゃいましたん、むふ)西麻布アルモニにてPHPThe21の山岡編集長や中村君との会食、等々 なーんかアポイントが目白押し。いやはや。
BAZの椅子が温まらない状態です。

最も心に残ったのは、荒木さんの言葉。「大輔という名を背負ってプレーする責任と自覚」かな。すんごく清々しい人でした。

これで明日からはもうハワイなんだって。とほほ。なにがなんだか。
せめて心を亡くさないようにしないとね。

3日に戻ります。よろしくどーぞ。

■2007,06、17

今日は父の日。PTAのパパさんボレーボール大会が開かれています。
僕は途中でちと中抜けしてBAZで原稿執筆。
第一試合、けっこういい試合だったのに、まさかの逆転負けを喫してしまいましたん。とほほ。
ここんとこ、半年くらい練習にでられなかったのに、結構動けたんだけど、セッターがケガで出場できなかったからね。あぁしんど。

一本書き上がったので、これからまた体育館へ。試合はまだ続いているはずです。

昨日は雀鬼会選抜リーグ戦。トップの多田さん、二着の金村さん、強豪安田さんの直接対決だったらしいのですが、残念ながら多用で観戦できませんでした。あ〜残念。なんて、麻雀のルールも知らないのにね。たはは。多田さんがダントツで一人勝ち状況なのだそうです。今期は多田さん復活の期になるのでしょうか。

にしても、桜井会長の体調が心配です。パラオでも、最後は海に出ても一本も潜らなかったくらいですから。病院で検査検査の毎日のようですね。お大事になさってください。

 

■2007,06、15

全身脱皮して一皮剥けたコーヤマです。ふふふ、色黒だとけっこうカラーシャツとか映えるんだよね。

いや〜、それにしても忙しい忙しい。いやいや、江戸しぐさでいうと、忙しいは心を亡くすからいけないんだ。ここは「多用で多用で」だな。 ま、友人知人と飲むこともその一つなんですがね。たはは。

ニースの松嶋君の料理を10日にいただいて(この記事は近い内だいありに書きますね、写真も添えて)、その後、彼と一緒にフランスの三つ星オーベルジュ「レジス・マルコンの店」で修行した二人の先輩シェフに会いました。(修行当時は二つ星でした)
一人は西麻布の「アルモニ」のシェフ、高島さん、もう一人は春日の「エマーブル」のオーナーシェフ奈良さん。お二人とも若々しく、かつとても躍動感溢れる料理を創ってくれました。
「少しでもお安く提供できるように、週に4回は築地に出かけます。バイクで。同じ店に毎日顔を出して、安く卸してもらうんです。この前場内で偶然松嶋さんにも会いましたよ。びっくりしましたけれど」
奈良さんがいいます。彼は松嶋君の5歳年上。マルコンさんの店で修行中は彼が先輩で、松嶋君はまだまだコミの下、見習い扱いだったはずです。でも今、奈良さんはしっかりと敬語を使っています。
「今じゃ月とすっぽんですから」・・・苦笑しながらそう語ってくれました。でもね、いやいや、そんなことは全然ないんです。茗荷谷の春日通り沿いでこんなに美味しい料理を昼1500円、夜3990円で食べられるのは嬉しい限り。ファンにとっては、遥かに遠い一つ星よりも地元の愛すべき店ですよ。
星は確かに一つの道しるべではありますが、料理人の全てを照らすものではないはずです。そして、今ある星は永遠ではないし、 いつその評価が逆転するとも限りません。松嶋君もそのへんは承知の上で、フランスへ帰る飛行機の中からこんなメールをくれました。
「二人とも僕より素晴らしい料理人です」と。

でもなぜ松嶋君は星を得られたのか。そこんとこが、今度『セオリー』誌に書くテーマになりそうですね。お楽しみにね。

そうそう、もう一つ。マルコンさんの店があるのは、リヨンから電車で1時間、さらに山道をタクシーで1時間登った人口数百人の山頂の村なのだそうです。で、マルコンさんはその山に住む住人たちのつくる食材を愛して使い続けているのだとか。だから村全体が、一つの産業であり、その頂点に立つ社長がマルコンさんなのだそうです。
つまりそれは、日本にある城下町とか門前町と同じ、「食前町」と言ってもいいんじゃないかな。
どうでしょう。国交省の水嶋さん。こんなところにも、日本の地域振興のヒントがありますよね。

 

■2007,06、10

ひぇ〜背中がいて〜。
昨日早朝にパラオから戻って、一晩寝て今朝起きてみたら、左肩を中心にもう皮が剥け始めていました。しかも、両肩 、背中が水膨れ状態で、痛い痛い。とほほ。
にしても、すごかったですよ。パラオ。だいありに写真を載せました。
今まで南の島といえば、サイパンとハワイ程度しか知らなかったのですが、パラオではゴミ一つ見なかったし、エメラルド・グリーンというのかサマルカンド・ブルーというのか、とにかく青のグラディーションが素晴らしくて、しばし見とれてしまいました。
会長なんて途中で「なんでこんなに綺麗なんだよぉ」なんて怒りだすし、しばらくしたら「ったく綺麗しぎるじゃんかよ」なんて今度は泣きだすし。たはは。それほど素晴らしい自然を満喫してきました。

昨日は成田から自宅へ、そして文成小学校に直行して、子どもたちの相撲の稽古へ。
お土産にチョコレートを買ってきたので、皆喜んでくれました。

そして今日は、学校で「江戸しぐさ」の越川先生の講演会。
その後夜には、日本橋マンダリンホテルでニースの松嶋君の食事フェアが行われます。
こちらも楽しみ楽しみ。お茶の佐々木先生もお誘いしたので、それも楽しみです。

 

■2007,06、04

明日から雀鬼・桜井会長とパラオ。どきどき。
昨日は、その会長が出席される51年ぶりの小学校の同窓会の「従軍記者」として参加。
その模様は「だいあり」でどーぞ。

それと、なんとこのホームページの7万番を踏んだ方からメールと証拠写真をいただきました。
それも「だいあり」です。

常夏の島に行くというのに、実は心は北アルプスへ。
今年の夏、こんな計画が進んでいるのです。

「遅くなりました。もうしばらくしたら、詳しい日程を送ります。
7月28日、米子発。29日朝5時、中房温泉登山口着。燕山荘11時30分着。コマクサ観察。燕岳、東沢乗越、北燕岳、燕山荘泊。
30日。燕山荘から八方池散策。八方、白樺荘泊。31日、8時、八方発米子18時着。
概要です。山小屋は混むと思いますが飲んで寝てしまいましょう。よろしければ、こちらで予約しておきます。今のところ我々は20人くらいのパーティーになりそうです。高年ばかりですが、なかなか頑張っています」

去年の9月、拓郎さんのコンサートに一緒に行った中学時代の恩師からです。
米子から北アルプスに来られるというので、一緒に連れて行っていただくことにしました。
でも今日明星で山好きな人に聞いたら「燕から八方はすんごいしんどいよ、途中に難所もあるし」とのこと。そこにスニーカーで行こうと思っていたんだから、無謀ですね。ちと靴とか雨具とか準備しないといけないのかな。なんかそのことで頭が一杯になってじついましたん。とほほ。

あ、その前に明日から常夏の島です。ゴルフ場もないっていうから、本当に桜井会長とサメ漁にでないといけないのかな。できるかしらん。たはは。

 

■2007,06、02

お、カウンターをみると69000番台に突入ですね。
7万番を踏んだ方、拙書をプレゼントいたしますので、ぜひご一報くださいましましね。

一昨日は、事務所の整理を手伝ってくれた武蔵野大学の学生二人と慶応を卒業する男の子とあとは編集者や記者たちとわいわい飲みました。
若者たちは皆4年生なので就職活動で疲弊していて、 「新聞社に入りたかったのですが今回は無理なので秋の再チャレンジでがんばります」、なのだとか。
僕らの時代は、4年生になってからおっとり刀で会社をいくつか廻ったような記憶がありますが、最近はすんげー変わったんですよね。

今、トライアンフという採用コンサルタント会社の樋口社長のインタビューを続けているのですが、約10年間続いた採用氷河期を経て学生も企業もずいぶん意識が変わったのだとか。隙あらば転職しようとする若者たちをいかに定着させるかが企業成長の要諦になっているのだそうです。

ま、たまには若いやつらと飲むのもいいもんです。
若者たちにとってもおじさんの愚痴は参考になるみたいだしね。ふふふ。

 

■2007,05,30

たった10日間ですがヨーロッパ取材で不在にしていたせいでたまった原稿をなんとか仕上げて、あわなければならなかった人にも会い続けて、ちと酒が過ぎてしまってあっぷあっぷです。
この前は新宿二丁目の『永澤』へ。
ここは、この前癌で亡くなった作家・永澤光雄さんの奥さんが開いた店なんです。
前々から「店を始めた」というのは聞いていたのですが、チャンスがなくて、訪ねるのは始めてのことでした。
にしてもさぁ、前から酒好きで話好きで愛らしい人という印象だったのですが、つまみは何もないしあるのはほんとにビールと焼酎とバーボンだけだし、ははは、シンプルといえばシンプルな店でした。ま、彼女の話は面白いんだけどね。飲みっぷりもいいし。
すっかり痛飲して、翌日全く使い物にならない情けないボクでした。

新宿2-15-8、03-3358-0078

俗に言う「二丁目」の、最も危険地帯の一角にあります。扉一枚間違うと向こうは香港ですぜ。あの辺で女性の店というのは逆に新鮮だけど。むふふ。酒はありますがつまみは持ち込んだほうがいいというよーな店です。たはは。よろしくどーぞ。

 

■2007,05,25

日立のコマーシャルに使われている大きな木をご覧になったことありますか?
たいていの人は「あぁ、〜この木なんの木気になる木〜、のあれでしょ」とわかりますよね。
調べてみたらあのコマーシャルは73年から放送されているんだそうです。すげー長寿ですよね。んで、今回縁があって、あの木をアエラの現代の肖像というコーナーで書かせていただくことになりました。「えっ?肖像で木を???」って思いますよね〜。
ちと歌舞いたデスクがいて、こいつが大学の同級生なものだから、こんなきわきわの話が廻ってきたみたいです。でも、面白いでしょ。木にインタビューなんてね。ふふふ。
これまであんまりにも多ジャンルのテーマで書いてきたから「で、神山さんの専門はなんなんですか?」なんて聞かれことが多かったのですが、そのたびに「ま、人間ならなんでもね。さすがに犬や猫は難しいですが」なーんて嘯いていたのですが、木ですからねぇ。これが書けたら、樹木ライターとかにされちゃうのかな。たはは。
どなたか、あの木にまつわる話しやエピソードを知りませんか?日立の企業内には、何かあの木にまつわる行事とかあるんでしょうか。皆さん、たすけて〜。よろしくどーぞ。

昨夜は久しぶりに夜の恵比寿に繰り出しました。自分じゃめったに行かない街ですが、パリに留学する友人のサヨナラ・パーティーがあったのですよ。モツ鍋の「もつ義」だったかな、美味しかったですよ。
パリに向かうのは、女47歳独身!美濃部恭子。小学校からの同級生ですが、この歳になって初めての海外生活、一言も喋れないままにホームステイから始めるのだそうです。無口になるだろうなぁ。ふふふ。
でもその意気やよし。昨夜はその後二丁目に繰り出して、拓郎大会でド派手に送り出してやりました。もちろんパリの友人たちにはメールを撃ちまくって、こんな奴が行きますが何かあったらよろしくよろしくと伝えまくりました。ほんと、こっちが心配だ。ま、9月頃には渡仏して、励ましてこようと思います。皆さんご一緒に如何ですか?

 

■2007,05,24

昨日朝、成田8時半着でローマから戻りました。
荷物を家に降ろしてその足で事務所に入ったのですが、なんかいろいろ仕事が山積みで、どこからどう手を着けていいかわからない状態でした。とほほ。各方面の皆さんにご迷惑をおかけしています。お許しくださいましね。

膨大に来ていたメールをチェックしたり迷惑メールを削除したりしていたら、「ざんねんです」というメールがありました。もう何年間も音沙汰のなかった高校時代の友人からだったので胸騒ぎがしたのですが、同級生の訃報でした。しかもヨーロッパでは開けないアドレスだったので、すでに通夜も葬儀も終わってしまっていました。
亡くなった彼とは高校時代の友人なのですが、大学時代には信州にも遊びにきてくれたし、何より、僕が中学時代の仲間と地元の街でつくっていた「広場に集まれ」という同人誌というかミニコミ誌によく投稿してくれていたのですよね。
そのメールを見ながら当時彼が使っていたペンネームが思い出せなくて、悶々としてしまいました。今日になって「広場」のメンバー何人かに連絡を入れてみたのですが、僕を除けば皆社会人になってからは彼とは交流がなかったようで、誰もそのペンネームを思い出せないんですよね。それが悔しくてねぇ。えーとえーとと電話口で皆絶句しているんです。
でも電話を切ってから、その中の一人からメールが飛び込んできました。
「思い出した! 劣等生の星だ」
あぁ、そのメールを見た瞬間、今度は彼の思い出がリアルに甦ってしまって、しばし身動きできませんでした。確かに高校時代は、成績悪かったんですよね。あいつは。ふふふ、バンドばっかりやっていたから。僕も人のこと言えないけれど。
でも彼は浪人したらみるみる成績が上昇して、確か早稲田の政経に入ったはずです。そして卒業後は日立に入って半導体の営業をやって、ロスや香港で大活躍をしていました。僕も香港で一緒に飲んだことがあります。歌がうまくてね。そうそう、香港の事務所でアルバイトしていた彼の友人が何人か来日した時には、当時板橋にあった僕の事務所にざこ寝していったこともあったな。室内に洗濯物がたくさん干されていたっけ。
社会人としてはエリートだったはずなんですが、そういう、劣等生というか、誰に対しても温かい目線をずーっと持ったやつでした。身体も大きいし、病気なんて聞いたことなかったんだけど。
リンパ腫だとのこと。出張中の東京のホテルで突然死していたのが見つかったそうです。

あぁ、合掌。相場均という、素敵な友人を、僕は亡くしてしまいました。

 

■2007,05,12

いや〜、今日は原稿を書いた書いた。書きまくりましたよん。とほほのほ 。
まずダイムのテレビコラムの連載を書いて、朝日のウェッブDo楽のインタビューを書いて、最後に料理王国用の「フレンチの100年史、ホテルの時代」を書きました。
そういえば、ダイムも「食の世界遺産」という番組だったし、朝日のインタビューもレストランひらまつの平松宏之さんだったから、なんか食づいてますね。
これで明日からの取材もニース一つ星、ケイスケ・マツシマなんだから、すっかりフードライターだな。たはは。ま、偶然なんですが。

明日は13時30分の飛行機でローマへ。明後日から客船で地中海クルーズの取材をして、16日にニースへ。ここではビルフランシュ・シュール・メールのホテル・ウェルカムに泊まります。この湾が凄いんだ。反対側にはロスチャイルド家の別荘がある素敵な入江です。豪華クルーザーがうじゃうじゃ。写真撮ってきますね。
その後ローザンヌのアール・ブリュット・コレクションを見て、ベルンのワイルのお墓参りをして帰ってくるという、超特急ですがなかなか中身のこゆ〜い取材になりそうです。

ご用の方、何かありましたらBAZの留守番電話が一番確実です。メールはネットカフェがみつからないと見られません。すんません。ご不便かけますが、よろしくどーぞ。
んじゃ、いってきま〜す。

 

■2007,05,09

旅立ち前のくそ忙しい最中、ふと思い立って事務所の模様替えを試みました。
武蔵野大学の鏑木と土田が都合つけてくれたのと、前々から執筆机が狭くなったので、隣の部屋の大机を使おうと思っていたのとが重なって、7日にお引っ越しとなったわけです。
僕は途中で取材が入ったので二人に任せて事務所をあとにしたのですが、帰ってみると綺麗に移動が完了しているじゃないですか。こりゃすんごいとかるーく祝杯をあげたのですが、その夜になって何人かの編集者からメールが入ってきました。
「事務所のファックスが通じません」
ありゃりゃ、メールが元通り使えることまでは確認したのですが、ファックスはうかつだった。
しかも翌朝慌ててかけつけてみても、ISDNだパソコンだ無線ランだのコードが何本も入り組んでいて、とても僕には修復不可能なんす。とほほ。鏑木にメールしても「すんませんすんません」というだけだし。ま、あの子たちにもわかんないよね、この複合技は。とほほのほ。
ところがこういう時に、いったいどの業者に連絡したらいいのかがわからないというのがもどかしいですねぇ。昔だったら電話の類はNTTでよかったのでしょうが、今は途中のモバイルを持ってきた業者とか回線業者とか複雑ですからね。まいったなー。

というわけで、9日11時30現在、バザールのファックスは不通です。えろすんません。お許しください。携帯もない、ファックスもだめ、こんなことしていたらそのうち業界から干されますね。いやはや。危機一髪だ。お許しを。なんとか旅立ち前には修復したいものです。

 

■2007,05,04

絶好の行楽日和ですねぇ。皆さん如何お過ごしでしょうか。
僕はせこせこ事務所でパソコンに向かい合っています。とほほ。
とはいえ、この連休は、けっこう普段ご無沙汰しちゃっている人と会ったりして、楽しんでいます。
28日夜は町田に行って、雀鬼会選抜リーグ第二戦を観戦してきました。
今期は、初戦から前期初優勝した金村さんが飛び出して、あっというまに200ポイントアップ。それを追うのが去年の準優勝、あと少しで大逆転優勝だった多田さんです。長らく体調不良で臥せっていた安田さんの姿もあって、皆さんに久しぶりにあえて嬉しいひとときでした。ありがとうございました。

29日はセントラル総研のコンペ。いつもの大宮の河川敷へ。ゴルフというよりも、ビール前の準備運動みたいなもんですが、なんつっても楽しいメンバーなんですよね。近藤弁護士ともお会いできて有意義な一日でした。

30日は三里塚へ。このツアーはダイアリでお楽しみください。
昨日はかつて鈴鹿の8時間耐久レースで3位になった盟友、加藤信吾の家に遊びに行ってきました。 今は宅急便の運転手をしているんですが、事故った身体も元気になって赤ちゃんも生まれて、とても穏やかな生活をしていることがわかりました。何よりです。

明日はシアタートップスで、これまた大学時代からの盟友・青山が主宰する道学先生の公演をみてきます。 つーことは、連休中、まともに原稿打てるのは2、3日しかないということじゃないっすか。とほほ。13日からローマ、コートダジュュュュュール、ローザンヌ・ツアーなので、その前に一杯書かないといけませんな。とほほ。がんばりま〜す。

 

■2007,04,26

昨夜は酒を一滴も飲まなかったから(別に偉かねーけど、とほほ、単なる前々夜の飲み過ぎ)今朝は5時 ころに目覚めてしまって、恒例の早朝ジョギング。早寝したせいもあるけれど、こういうとこ、歳だよねぇ。かわいいね。ふふふ。そしたら読売の朝刊コラムに「お天道様」に関する表記があるのに気付いた。
小沢昭一さんが四谷界隈を歩いていたら、先代の林家正蔵師匠がお稲荷さんに向かって落語を語っていたとか。師匠は、「お天道様に聞いていただいているんです」と言ったそうだ。
そのコラムを読んで、雀鬼・桜井会長のこんな一言が浮かんできた。
「皆、心に一人の少年を生かしていたらいいんだ」。
僕はその言葉がとても気に入って、つとめて一人の少年に訊ねることにしている。
この 行動を起こしたいんだけど、君はどう思う?
ある人からこんな誘いを受けたんだけど、君ならどうする?
この仕事、したほうがいいかなぁ?
あの人にこんなことを言おうと思うんだけど、君はどう思う? 等々。
すると少年は答えてくれる。
それは恥ずかしいことだよ。それはやってみるべきだよ。それは勇気が必要だね。もっと素直になればいいんだよ、等々。

振り返れば、今「お天道様」や桜井会長が言う「心の少年」がいなくなってるんだよな。野球界の裏金問題、政治家の腐敗、天下り、談合、教育界の単位不足問題、タウンミーティング問題、産業界の不正製造問題、、、みーんな本人は自覚してやっていたことじゃないか。本当はいけないことだとわかっていても、目の前の現金や既得権や社内の地位に目が眩んだだけだろう。他もやっているからと自分に言い聞かせて、自浄能力がなかっただけだろう。心にお天道様や少年がいれば、けっしてそんなことはやらなかった、いや、やれなかったはずなのに。
皆、その時々の三叉路で心の中の少年に聞けばよかったんだ。 それは恥ずかしくないのか。それをやって自分に誇りがもてるのか。何より、少年にしっかりとそのことを語れるのか。

そのことが問われているのは、僕たち日本の大人たちだ。少年犯罪も家庭内犯罪も、全て僕たち大人の心のありかたがひ弱になっているから起きているんだろう。心に少年がいなくなっちゃっているから、いいように流されている結果だろう。

ちょうどライターのMさんからメールがきていた。「同じ小学生の子どもを持つ親として、親世代の変容をテーマに取材しています。PTAでの体験を話していただけませんか」と。
うんうん、いいテーマだ。一度会っただけだけれど、Mさんの真っ直ぐな視線は確かな取材力を感じさせる瞳だった。たぶん彼女も同じような危機感を潜在的に持っていて、そんなテーマを掲げたんだろう。そういう一人一人の、一つ一つのアクションを通して、僕たちが気付かなければ。そして変わっていかなければ。今、この国、日本を背負っているのは、誰でもない。僕たちなのだから。

 

■2007,04,25

昨日は新宿紀伊国屋で劇団扉座『ドリル魂』
ビル建設現場を舞台にしたミュージカル。演出の横内君は「音楽劇」と謙遜しているけれど、いやいや立派なショーになっていましたよ。特に女優陣がよかったな。見事なエアリアル(空中演技)を 見せてくれた桧山宏子ちゃん。彼女はシルク・ド・ソレイユの合格者なんだそうです。すげ〜、あの劇団に日本人合格者がいたんだ。いやはや、どの世界でも若者たちは世界進出していますね。それとクラシック・バレエの鮮やかな舞をみせてくれた小牧祥子ちゃん。可憐なステップでした。でもそんときの衣装が作業服だもんな。もんぺずぼんだし。横内君もそこんとこ考えてくれたらよかったのに。ふふふ、ま、物語が建築現場なんだからしょうがないか。

その後、友人たちと御苑前の「せお」へ。ここは以前「大城戸矢部」という店だったんだけど、そこの花板の妹尾さんが店を買い取って、新婚の奥さんと二人ではじめたんです。蕎麦懐石。
しばらくご無沙汰だったんですが、いやいや、すんごくいい店になっていました。妹尾さんの優しい人柄が滲み出て、カウンターは毎晩満席のようです。昨日はあいなめの吸い物、うにと山芋のスープ仕立て、桜鱒、そして〆張り鶴が美味しかったな。ぜひ一度訪ねてみてください。3353-2558 っす。神山の紹介といえば、何か出るかな。いや警戒されるだけか。とほほ。

 

■2007,04,21

昨日は赤坂プリンスでニースの一つ星シェフ、松嶋啓介君のインタビュー。
「君」なんていっちゃいけないかな。たはは。でも28歳、渡仏4年で一つ星獲得の若者なんで、ついそんな呼び方になってしまいます。
でも、何故そんな早稲の成功をつかめたのかというと、その歩みにしっかりとした歴史と成功の秘密がありました。そこを描いていけたら面白いな。20代でフランス修行している若者なんて一杯いるわけで、その中から飛び抜けるためには、やっぱりそれなりの工夫と努力があったわけですね。ちょっと安心したというのも正直なところかな。単なる「天才」なんて書いててもつまんないもんね。
ポールボキューズに向かって「そろそろ引退したら」とか言っちゃったんだって。平松シェフはお客さんと思われているけれど、僕はカマラード(仲間)だから、そう言ってもいいんだって。ふふふ、そういう青さといかう若々しさがいいね。
5月の取材が楽しみになってきました。

 

■2007,04,19

ここ数日、月心居のパーティーとかフランス政府観光局主催のレセプションとかビジネスランチとか、美味しいものをいただく機会が連発しています。う〜ん、エンゲル係数が上昇の一途で破綻しちゃうよ〜。やばいな。とほほ。

5月中旬に地中海クルーズ取材の機会をいただきました。
ローマからジェノバまでなんですが、その船の就航パーティーにはソフィア・ローレンもくるんだそうです。生ソフィーだな。なんかすんごいオーラがあるらしいですよ。楽しみ楽しみ。
その後ニースにいって期待の一つ星、ケイスケ・マツシマ君のインタビューをして、ローザンヌのアールブリュットへ。そしてできたらベルンの友人、エルハルト・ガルさんの家に寄ってこようかと思っています。あ、あと、ワイルさんの墓参りもできるかな。

その前に山のような原稿を書き切らないとね。
『借りたカネは返すな!』の07年版はもう最終ゲラになっています。5月には上梓できそうです。
ここ数年の日本の金融界の大激変がしっかりと書かれた一作になっているはず。
楽しみにお待ちください。

 

■2007,04,11

池袋のサンシャイン劇場でキャラメルボックスを観てきました。
いや〜、すんごい素敵な作品でしたよ。『まつさをな』
幕末の小藩を舞台にした時代劇。今回は、素敵な主演女優がまた一人誕生した舞台として記憶されるべきでしょうね。温井摩耶さん、りりしかったなぁ。町場の女性のきっぷのよさがよーく感じられる演技でした。
それにしてもこの劇団はますます役者の層が厚くなっていますね。ついこのまえ新宿で『サボテンの花』という作品を観たのですが、あの劇を上演しながら稽古場ではこの作品が作られていたということですね。すんげ〜。
女優陣としては坂口理恵さんがいるし岡内美喜子さんもいる。今回は出ていない岡田さつきさんもいるんだよな。その他にも若手がたくさんいるし、ほんと、22年間でよくぞこんな素敵な劇団に育ったという感じですね。
その作風や演じ方が独特だから、いわゆる演劇界の純文学には見られていないけれど、充分に評価されていい活動内容ですよね。今回は物語もよかった。泣けましたよ。
サンシャインはちと遠いですが、ぜひ足を運んでみてください。

 

■2007,04,09

アイスホッケー女子世界選手権を闘っている総監督の坂井さんからこんなメールをいただきました。

<ありがとうございます。最初のステップをクリアーしました。次の目標に向け準備を進めます。ご期待下さい。これから、男子の世界選手権です。23日に帰国します。オフの間に、ぜひ一献。もう少し、働いてきます>

昨日の試合で日本チームは強豪チェコを大破して、全勝で来年は世界選手権Aグループ入りを決めました。見事見事。アイスホッケー界は、企業スポーツとして歩んできてしまったために、この不況でどこのチームも苦境に喘いでいます。ことに女子は後発だったために、選手は経済的にも大変な環境にあるようです。でもこうやって着実に強化していって、カーリングのように花開いたら素敵ですよね。僕もバンクーバー五輪まで取材させてもらおうかな。
おめでとうございました。

 

■2007,04,07

5、6日と日光で女子アイスホッケーの世界選手権を観戦してきました。
元全日本チームキャプテンで友人でもある坂井さんが総監督で、八戸大学アイスホッケー部の部長の佐藤先生が監督をつとめています。
僕が観たのは対ノルウェー戦だったのですが、見事に3対0の完封勝利でした。
日本チームは小柄ですが、スピードはあるしディフェンスも完璧で、1ピリオドなんて相手のシュート数は0。すんごい。これで日本は3戦全勝で、今日と明日、フランスとチェコ戦に勝てば優勝で来年は世界選手権の一部にあがることになります。二人の宿願でもありますから、ぜひ勝ってほしいものです。

翌6日は早朝のスペーシアに飛び乗って帰京。そのまま小学校で入学式。挨拶があるんですよ。これが外せないので、日光見物もできませんでした。とほほ。
そして入学式のあとは今度は上越新幹線に飛び乗って、新潟へ。
ここではすでに雀鬼会の桜井会長と古武道家の甲野善紀先生、陽明学者の林田明大先生が先着されていて、 中国の古武道、韓氏意拳のワークショップに参加されていました。僕も後からこれに参加取材したわけです。

「我思う、ゆえに我あり、ではなく、我思わぬところに我ありです」
日本の代表を務める光岡先生はそう解説してくれました。つまり、日頃意識に縛られている我々の行動を一度解放して、身体の細胞を自由にのびやかに動かすということなんですね。
なんて書いていてもなんのことかわからないですよね。とほほ。
でも、間違いなく一流の武道家であることが伝わってきました。

そして今日は夕方から所沢で「野口の日」。もうあいつが死んでから四半世紀たつのですが、ま、一年の区切りですから行ってこようと思っています。もう高校・大学時代の仲間たちは散り散りで、多忙でもあるので今年はだーれも来ないかもしれませんね。たはは。それもまたよし。誰もがどこかで自分流の弔いをしていればいいのですから。そんな近況も野口に報告してきましょう。

 

■2007,04,04

ここ半月くらい真山仁さんの「ハゲタカ」にどっぷりひたっています。
車内で読み、酔っぱらって帰ったリビングで読み、インタビューの待ち時間で読み、レストランのオーダーがでてくるまでのちょっとした間にも繙く。なんだかページを閉じるのが惜しいような感覚さえあります。ハゲタカを演じる鷲津政彦、かっちょいいんだな。
日光ミカドホテルの令嬢、松平貴子も美人そうでなかなかです。
すごい小説だな。内容の濃さとリズム、そして世界的な視野。これを凌駕するものが書けるかな。う〜ん。

そのハゲタカに刺激されたわけじゃないんですが、明日から日光にでかけて女子アイスホッケー世界選手権を観てきます。コクドの坂井さんが総監督に、八戸大学の佐藤先生が監督になっているんてす。がんばれ〜にっぽん。

 

■2007,03,27

お〜い、僕の名刺入れ〜、どこにいっちゃったんだ〜。
紺色の印伝のかちむし(トンボ)模様の気に入ったやつだったのに〜。
土曜日の午前、三田線のシートの上に忘れていこう出てこないんです。んなことあるかな〜。
悲しいよ〜。ちょうど自分の名刺が切れていて、人様の名刺しかはいっていないのが痛いな〜。
どなたか見つけられたらご一報くださいましね。とほほのほ。

今日から本格的にアトリエ・エレマン・プレザンの原稿執筆を再開しました。
約二カ月、別の仕事にかかってしまって中断していたのですが、改めて書きあがっているプロローグから3章までを読み直してみると、いい原稿になっています。「ダウン症の子どもたちの豊穣なる感性」「自然のめぐみ」そして佐藤ご夫妻の芸術とのスタンス。全てがとても美しい。あと130枚程度かな。書き上がるのが自分でもとても楽しみです。
早くしないと4月になっちゃいますからね。こちらもとほほです。

 

■2007,03,26

先週末は芸術三昧。
24日紀尾井ホールの辻井伸行君のピアノコンサートは圧巻でした。
ショパンコンクールに行ったのはもう1年半前のこと。あの時批評家賞をとった演奏も素晴らしかったのですが、この日はベートーベンに始まって、ショパンからラベルやリストまで、本当に鮮やかに軽々と弾きこなしていました。いったいどこまでいくんだ、伸君は。いつかコンサートの後、作曲家の三枝さんがやってきて「伸君、きょうの演奏は素晴らしかったけれど、まだ薄雲一枚かかっていたな。もっと抜けるような青空をみせてよ」と言っていたことがありました。
この日の演奏は間違いなく僕ら素人にはピーカンの青空でしたが、まだまだ僕らが知らない青空もあるんでしょうねぇ。人間の可能性を見せてほしいものです。

といいつつ、そんな余韻にひたっていたら、翌朝地下鉄の中に印伝の名刺入れを忘れてきてしまいました。しかも座席の上に。んなこと普段はありえないんだけど。酔っていたかな。とほほ。
しかも中に自分の名刺が切れていて、他人のものしか入っていないんです。あとはパスネットとかスイカとか。とほほ。どなたか「名刺入れおとしませんでしたか?」なんて電話が来たら、それは僕ですので、どこの警察署にあるか聞いておいて下さいましね。
あ〜、いいこと半分、悲しいこと半分、やっぱりシーソーの真ん中に立たないといけないわけですね。人生は。とほほ。

 

■2007,03,24

今週は、なんといっても卒業式を二本こなしてきました。
いや〜、中学校の卒業式は、女の子なんて号泣しちゃうんですねぇ。こちらまでもらい泣き状態ですよ。たはは。
いい時を3年間過ごせたのかな。それとも、「こんな学校から解放されて嬉しい」ということなのかな。いやいや、そうじゃなさそうでした。皆の涙が輝いていました。池袋中学の話です。

そして昨日は文成小学校の卒業式。6年生とは一年間のつきあいでしたが、ソフトボール、相撲、合唱、プール等々、いろいろな活動を通して仲よくなっていたので、感激もひとしおでしたよん。佐藤はるなちゃん、今野君、守屋君、松下君、丸野さん、川端さん、大高君、須山君、河上君、みーんなそれぞれの夢に向かって、ひたむきな歩を続けてほしいと思います。
卒業おめでとう。一年間どうもありがとう。
この日挨拶で使った「ドキュメント・誕生」の文章を、「だいあり」に添付しておきますね。

今日はこれから楠君の人形劇と辻井君のピアノのコンサート。そして明日は、ロブションの昼食会です。むふふ、いろいろあるな。

 

■2007,03,19

先週はなんだか慌ただしくすぎていってしまいました。
大阪から戻って確定申告をして、PTA総会なんていうのもあったな。
その後アスコムから出版される『借りたカネは返すな!勝利宣言』のゲラチェックを皆でやって、木曜日にはキャラメルボックス『サボテンの花』を見てきました。
そして講談社セオリー誌企画の「ニューリッチ特集」の取材で、豪華クルーザーツアーを企画している中川さんにあって、「5月にはクルーザー取材に行きましょう」なんて盛り上がったのでした。ふふふ、どうなりますか。

さらに「ダイアリ」に書きましたが金曜日には桜井会長にご挨拶。アエラのお礼をしてきました。

週末はアエラの打ち上げ。シェ・イノで美味しい料理とワインをいただきました。
そして日曜日はスキー。越後湯沢に雪が降ったときいて、いてもたってもいられずに(ふふふ、大げさやねぇ)日帰りでいってきました。ちと吹雪かげんでしたが、楽しかったですよ。

さ、今日はもう春の気配ですね。苦手な花見が続くんだろうな、これが。他力で飲むな!といつも叫んでいるのですが。

 

■2007,03,13

3泊の大阪取材から戻りました。
最初は現代美術「大大阪カレイドスコープ」の取材。プロデューサーの北川フラムさんに新潟以来久しぶりにお会いして、楽しかった。いいイヴェントになっていますよ。お近くの方は府立現代美術センターにぜひお出掛けください。

その後芦屋にでかけて、友人の達谷さんのレストランへ。震災でマンションが潰れて大変だったということは聞いていたのですが、なんと奥池という超高級住宅街に6000坪の店をリニューアル・オープンしていました。一晩に二組しかとらないんだって。すげー。庭には12人くらい入れそうなジャグジーもありました。とほほ。フレンチとジャグジー。至極だな。

月曜日はセントラル社の創立10周年パーティー。これまた大盛況で、ほんと、もりあがりました。八木さんもかつて大阪で過ごしたサラリーマン時代を思い出して、感無量のようでした。おめでとうございます。

にしても、大阪はすんごい。月曜日深夜、TOTOちゃんにつれてってもらったお好み焼きも絶品でした。あのふんわり感はすごにお好み焼きを越えているな。
その前にいったじゃんじゃん横丁もよかったし、極安カラオケもあったな。たはは。

すっかり大阪ファンになった週末でした。

そうそう、アエラ「現代の肖像、雀鬼・桜井章一」でてます。かっこいいっす。みてやってください。

 

■2007,03,08

昨日は新宿シアター・アプルで鴻上尚史さんのお芝居『僕たちの好きだった革命』。鴻上さんの、というよりも中村雅俊主演の作品、という認識のファンが多かったかな。ここんとこバタバタしていて芝居からも遠ざかっていたので、久しぶりに劇場の空気を吸ってきました。
それにしても、物語冒頭がいきなり全共闘の戦闘シーンで、しかも主人公が「山崎ィ」だから、こりゃつかさんの芝居を観にきちゃったかなという感じでした。
ストーリーはストレートなんだけど、何を勘違いしたか途中でネタばらしとか観客いじりとかがあって、時間も2時間半になっちゃうし途中で15分の休憩なんてあるし、その点はちと興ざめでしたね。
でもね、闘う人生を貫く中村さんがよくてね。勘違いなんだけど、そういう生き方が「熱血」してるんですよ。なんか他人事とは思えなかったな。たはは。

四国の赤岡の原稿が完成しました。
「こじゃんと大事にせにゃいかん、こじゃんと大事にしちゅうもん」=「とーっても大事にしてるもん」と町の人々が語る絵金の作品を思い出しながらの20枚。好きな感じに仕上がりました。
原稿を書いていると幸せなんだけど、なんで世間はいろいろ僕に煩わしいことを言ってくるのかな。たはは。なんか雑音が多いこの頃でもあります。僕の心のどこかがぶれているからかな。とほほですね。

 

■2007,03,07

あちゃ〜、雀鬼会のホームページで、僕の取材姿が暴露されています。とほほ。みたくね〜。
でも、ノートの傍らにビールの入ったコップがありますが、僕は取材の時は飲みませんからね。これは会長宅の新年会での一こまなんす。美味しいお寿司とすき焼きをいただきながらも、つい貧乏根性がでてテイクノートしちゃったというわけです。とほほ。ほんと、取材しないと一行もかけないんだから。会長みたいに、生きてるだけですらすらとあんな名文がでてくる人がうらまやしいです。今度弟子入りさせてもらおうかな。ふふふ。
ホームページは「だいあり」から飛べますよ。

昨日はセントラルの10周年パーティー。大盛況でほんと、すごかったです。中小企業庁の課長さんとかファンケルの会長さんも来て挨拶してくれていました。いや〜、大変なことだな。
僕は毎日新聞の論説委員・北村さんと国土交通省の水嶋さん、そして経済産業省の朝比奈さん、三井物産の平尾さんたちとワインがぶ飲み。神楽坂のラリアンスでは勝山さんが美味しいブルゴーニュをだしてくれました。そして最後は悪のりしてヴォーヌ・ロマネうんまんいぇんをいただいてしまいました。誰がオーダーしたんだろ???ふふふ。美味しかった。いいワインって、翌日も吐息が微かに香るんですよね。周囲は酒臭いだけでしょうが。とほほ。お許しを。

 

■2007,03,05

昨日は大阪日帰り取材でしたが、府立美術センター主催ののカレイドスコープという面白い企画をみさせていただきました。すこし大阪が身近になったな。お世話になった皆さん、ありがとうございます。ダイアリに書きました。見てやってください。

そして今日は四国・高知の絵金の原稿に取りかかりました。いやはや、あの取材は面白かったから、インタビューも資料も膨大で、やっぱり一日では構成までいくのがやっとでした。とほほ、編集者の人にはもちっと待ってもらわないと。すんません。明日また頑張ります。

今日献本をいただいた桜井会長の新刊本『シーソーの「真ん中」に立つ方法』にも「常人は二割もできればOKだ」 とあるんですが、本当ですねぇ。確かな手応えがあることがあったり、なんでこんなことが伝わらないんだろう、伝えられないんだろうとい虚しいことがあったり。両方共にまさに僕の人生だから、いいことと残念なことの真ん中にバランスよく立つことが大切なんでしょうね。それが一番難しい。でも、いろいろな人に励まされて、なんとかやっていけそうです。下の長文にも、ずいぶん励ましのメールをいただきました。どうもありがとう。こだわらず、しこらず、されどしなやかに頑張っていこうと思います。

 

■2007,03,03

最近で一番虚しかったというか、寂しかったことを書きますね。ここは僕のブログですから、小学校のPTAのブログには残念ながらこれは書けないのですが、ここは僕のブログですから、許してくださいね。

今年一年間PTA会長をつとめました。僕なんて柄じゃないしこんな変人でいいのかと思ったんですが、ま、やり手がいないわけですよ。会長なんて。でも娘がお世話になっているし、僕の生活のテーマは「仕事、家庭、そして地域活動」というふうに前々から定めていたから、その一環としてお役にたてるならと思って始めたんです。もちろんやる以上はしっかりやろうと思いました。んで、次々とアイディアを振り絞ってやりましたよ。いろいろな活動を。
年度当初にたてた目標は3つ。「職場からも参加できるPTA」「子どもたちに本物体験を」「自ら学ぶPTA」。職場からも〜はブログとホームページ活動を展開しました。このサイトからもリンクされています。見てやってください。1年間書き続けたら、自分でもすげーブログになったと思います。本物体験は、たとえば相撲大会では元佐渡が嶽部屋の琴剣さんを呼んできて子どもたちと稽古してもらったり、足立区立新田高校の相撲部の学生に稽古してもらったり。落語家・三遊亭京楽さんにもきてもらったし、地元の末広太鼓のワークショップなんつーのもやりました。自ら学ぶというのは一番貧弱だったんだけど、PTA文庫をつくったし、校長先生を講師に教育セミナーもやりました。「参加者なんているわけないじゃん」なんて言われていたけれど、どうしてどうして、当日は教室一杯30名を越える参加者がいて大成功でした。来年度入学の児童のお母さんもきてくれたし、隣の小学校に入学する予定の子のお母さんも来てくれました。「もっと早くやってくれたら文成に入れたかった」なんていってくれて、そりゃ嬉しかったな。

ところがね。ひとつ絶対におかしいことがあるんです。それはね、小学校内の活動はみんな自腹で気持ちよくやっているのに、豊島区PTA連合の活動、ことに交流会と名のつく飲食が伴う活動への参加費が会長分は会費から出るというんです。豊島区内全部の学校で。
PTAってボランティアでしょ。ボランティアって、「政治と経済から自由な自発的な地域貢献活動」 だと思うんですよ。僕の定義では。ところが「他校とのおつきあいは会長の仕事、そこには会費から負担」という「慣例」が長年続いているんです。規約じゃないですよ、慣例です。全学校で。
僕は会長になってくださいと頼まれたときに「会長になるとお酒が只で飲めます」なんていわれて、何のことかわからなかったんです。酒くらい自分の金で飲みますよと言ったし。まさかこんなこととは知らなかったから。
しかもそういう会合が、年間P連だけで6、7回あるんです。そこに6000円の会費ということは、うちの小学校だけで4万円程度の会費が費やされるということです。これは子ども10人分以上の年会費ですよ。「忘年会」なんつーのまであるんだから。うちの学校だけじゃなくて、豊島区全ての小学校のPTA会長はみーんな会費で参加しているわけです。こんなのおかしいでしょ。おかしくない???おかしいと思う僕がおかしい???
さらに、池袋地区の小学校PTAの交流会というのもあって、こちらには会長だけでなく役員も何人か参加するのですが、こちらも会費5000円の半額補助だというんです。参加者全員に。慣例で。えー、PTA会費から年間でいったいいくらこういうお金が使われてるの? って感じです。

でね、僕は4月の最初のP連交流会の時に、前の会長も出席していて「立て替えますから」と言われたんです。でも、その人が奢ってくれるのかと思ったら会費から出すというので「返します」と言ったんです。そしたら「そんなことしたら次の会長が困るから」なんていう、得意なPTA的理由を言われて一度だけはだしてもらったんです。でもそんなのおかしいと思うから、次からは自分で出したんです。年間でそういう交流会が10回以上あって、毎回6000円程度の会費なんだから、そんなに出せないでしょ。ほんと、困りましたよ。仕事でそういう会にでられないとホッとするもんね。

だけどね、僕は「そうやって飲んでいる人が悪いというんじゃない」んです。そりゃ誰もが忙しい中会長とか役員なんかやってくれるのは大変だから、せめて参加費は会費からという理由もありますよね。だから言いたいのは、「そういう金のかかる会じゃなく、手作りのシンプルな会にしましょうよ」ということなんです。単純な提案でしょ。飲食店でやるんじゃなくて、公民館とかでやればいいんだから。惣菜でも買ってきてね。

第一、うちの小学校の児童数って減少の一途なんですよ。どこでもそうだと思いますが。最盛期600名を越えた児童数が平成15年には340名くらいになり、今は家庭数で240台だから、児童数でも260程度でしょう。つーことは会費収入も減っていて、前は児童全員にノートプレゼントしていたのを1年生だけにしようとか学年学級費は削ろうとか、いろいろやりくりしているんです。ところが、この大人の交際費だけは削れないというんです。P連とか地区とか、文成だけでは決められないことだからって。そんなんありかなぁ。PTAって子どものためにやるんじゃないの?大人のお付き合いの場なんでしょうか?

でね、んじゃできるところからシンプル化しようと思って、来年度年間3回ある地区交流会は文成の担当だというから、いままで参加費5000円で飲食店でやっていた会を地区の公共施設を使って地元の商店街から惣菜等を買い出してやりませんかと言ったんです。そうすればどう考えたって会費は1000円以下ですよ。どうしてもお酒が必要だったら缶ビールかってくりゃいいんだから。提案する以上は町内会の人にも確かめて、やれると聞いたんです。そしたら、ここからですよ。とても残念なのは。
「そんな手間がかかることはやりたくない。誰が準備や後片付けをやるのか」
「そんなコロッケ程度でおもてなしになるのか」
「そんな時間を使うのならお金を出して買いたい」
そういう意見が圧倒的なんです。ありゃりゃ、ほんまかいなっつー感じです。1年間一緒にあれこれ活動してきた人たちからこういう声がでたから、余計に寂しかったな。悲しかったな。眠れなかったですよ。あの夜は。
誰も女性陣にだけ準備させるなんていってないし、あったかいコロッケは美味しいし、時間だって池袋に電車ででるよりはるかにかからないはずなんです。みんなで準備してゴミは持ち帰ればいいんだし。何か大変なことがあるのかな?僕は男だからわからないのかな?昔から女心がわからない男って言われてたしな、とほほほほほほほ。
年に3回、紙皿と紙コップ使ってみんなで惣菜買ってきてわいわいやるのは楽しいですよねぇ。それに、その施設には民謡や踊りなんかをやってる老人サークルがたくさんあるんです。そういう人に舞台で演じてもらって、地域内で子どもたちをよろしくお願いしますと言えば、ご老人たちだってよろこぶでしょ。地域内に孫ができたっていって。実際、マンションの落語会のあとの打ち上げとかはそうやって大盛況だし、京楽さんにもとても喜んでもらえたんだから。
で、そうやれば、会費の負担がぐーっと楽になるんですよ。その分を、子どもたちのためにつかえるじゃないですか。そう思いません?そう考えるのは何か変ですか???

「ひと手間かける」だけでいいんです。そんなに難しいことじゃない。そうやっていけば、みんなでいい学校づくりに参加できるじゃないですか。

P連だってそうでしょ。「会長会長」なんて呼び合う会で一人6000円。全部で23校あってそれが年間6、7回行われるから年間100万円程度そういう会のために使われているんです。そもそもP連って年間240万円しか活動費がないのに、そのなかの100万円を飲んじゃってる。4割だ。すげーな。

豊島区は財政事情が悪くて、P連への助成金も年々減額されていて、前は100万円近くあったらしいのですが今は40万円程度。それが今年は一桁回答だったらしいんです。さすがにそれじゃ何もできないということで復活折衝が行われています。なのに、飲食を伴う交流会だけは前のまんま。変えられないというんです。そこには教育長や教育委員会の幹部、そして校長先生も来ています。みーんな税金と会費で飲んでる。んなことありでしょうか。教育長だってPTAの活動に来るときはボランティアのはずですよね。なんで税金で飲んでいいんだろ。おかしいでしょ。こんなことが明るみになったら、大変だと思うんだけどな。

P連だって、そんなに飲みたいのならどこかの集会室借りてやったってできるでしょ。自腹負担だったら年間そんなに何回も交流会やるのかな。自分の金じゃないからやってるんじゃないのかな。シンプルに、身の丈でできるんじゃないのかな。ひと手間 かけさえすれば。

あ〜、情けない。こんなことすら決められない大人たちなんです。自浄能力がないんだな。拝金主義とミエのかたまりだよな。本質につきささることが怖いんだろうな。

といいつつ、こんなことばかり言ってるから僕はP連でも役員間でも変わり者ですよ。嫌われてるかな。「また文成だよ」と言われてますから。でも、ここだけは変わりたくないな。僕はお金よりも大切なものをたくさんもっているしそういうことがあることを知っているし、そういう人をたくさん知っている。まず自分自身に恥ずかしいことをしたくないし、そういう人たちの前で恥ずかしいこともしたくない。文化とは恥の方向性だから、これを死守しないと僕は自分自身の文化すら守れないことになってしまいます。

あ〜思わず長くなってしまいました。すんません。お許しを。許しちゃくれないかな。とほほのほ。怒りまくりの寂しき神山でした。

ご意見あったらmhd03414@nifty.comにくださいね。よろしくどーぞ。

 

■2007,03、02

やっとアエラ原稿がゲラになってきました。最初は表紙が桜井さんと超かわゆいお孫さんのツーショット写真だったのですが、さすがにお孫さんの顔写真がアップではまずいと思ったのか、二回目のゲラでは桜井さんのしぶーい顔になっていました。原稿もほぼばっちり。アエラの場合、袋小路に入ると何回も何回も書き直しがあるのですが、今回はそれもなくて、ゲラも一回で文字量ピッタリでしたん。ふふふ、書くべくして書いた原稿という証拠ですね。

んで、雀鬼会の期末のレポートにも拙文を載せていただけることになりました。いろいろ考えていたのですが、でてきましたよ。アイディアが。
タイトルは『継承する「無敗伝説」〜コンデ・コマ、ヒクソン・グレイシー、そして雀鬼・桜井章一』

振り返れば95年でしたか。ただそこにいけば何かあるはずという思いだけでわけもわからず闇雲にアマゾン行きの飛行機に乗り込み、コンデさんが眠るベレンに向かったのでした。そこから5回のアマゾン取材で拙書『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』が生まれてきて、その直後にロサンゼルスのヒクソンの家に行って道場と自宅取材を行い、ナンバーに一本書きました。その後リオ郊外のエリオ・グレイシーの取材も行い、それらは拙書『日本人はどこにいる』にまとめたのです。
でも今振り返れば、それらは全て桜井章一という人にあうための作業だったのかもしれません。逆に言えば桜井会長に出会えたことで、いままでの行為に輪郭がついたというか、それらの行為がしっかりと一本の線で結ばれたということが言えると思います。
いや、僕にとっては、この15年間生きてきた意味が像を結んだといってもいいのかな。
その意味でも、今回の桜井会長との出逢いは感謝感謝ですね。

これはしっかりと書き切って単行本にしないとね。またまた忙しくなりますね。

 

■2007,02、23

アエラ現代の肖像「雀鬼・桜井章一」の拙稿は、3月12日発売号に掲載されることになりそうです。今日ゲラが届いたのですが、かっちょいー写真も載っていました。楽しみにしてくださいましね。ま、誰よりも楽しみなのは僕なのですが。

今日はこれからスキーにいってきます。いやー楽しみ楽しみ。去年だったか取材で行った北海道富良野ですこーし滑ったんですが、泊まり掛けでいくなんて何十年ぶりざんしょ。滑れるかなとほほ。北海道の雪は腰を少し振るとスキーが勝手に曲がってくれたんですが、長野の雪はそんなに甘くはないでしょうね。ま、その勇士を写真にでも撮ってきましょうかね。

 

■2007,02、22

最近なんかむかつきませんか。個人情報保護って言葉に。ったく、最近の日本の大人は何を考えているんでしょうねぇ。いや、何も考えていないのかな。
先日不覚にも深酒して落とし物をしまして、それがなぜか滝野川警察署に届いているということがわかったんです。欣喜雀躍してとりにいったんですよ。で、せめて拾ってくださった方にお礼をしたいじゃないですか。そんな金目のものじゃなかったから、ま、礼状とかね。そしたら「この書類に受領サインを書いてください」と出された書類の「拾得者」の欄が墨で塗りつぶされて見えないようになっいてるんです。「権利棄権」という欄に丸がついていたので 「お礼をいただくようなものでもありません」という意味もあるんでしょうが、なんか虚しかったですねぇ。一つのコミュニケーションの機会が奪われてしまったみたいで。
もちろん拾ってくださったことにはとても感謝していて、それをわざわざ交番に届けてくださったのだから、その方にどうこうではないんですが、一事が万事、こういう「個人情報過保護 」になってしまってますよね。今の日本は。
PTAだって名簿をつくるのにいちいち意見する人もいるし、メルアド・リストをつくるときにも「個人情報保護の観点から」なんて必ず言う人がいますからね。そういう人は本当にあの法律の条文を読んでるんでしょうかねぇ。リストを作ること自体はなーんにも悪いことじゃなくて、そのリストを目的以外のことに使った人、団体が罰せられるという法律なんですよね。本来。しかも5000名以上のリストをもっている団体に適用されるものであるはずなんだけど、そのへんがゴチャマゼですね。
昔は何の抵抗もなく電話帳に名前と住所を載せていたのに、何がかわったというのか。とほほ。名前とか住所、メルアド等々を公にするリスクくらい引き受けないと、地域社会なんて潤滑に廻っていきませんよね。あ〜あ。

 

■2007,02、19

この前ここに「書くべきテーマさえあったらカネも酒も女もいらぬ」と書いたら、何人かの友人たちからメールやら電話やらをいただきました。それはそれで嬉しいんだけど、「お前相変わらず大嘘つきやね」とか「その言葉、忘れんようにメモしとくからね」とか、なんか素直にとってくれていないようなんだなぁ、みんな。なんでだろう。とほほ。
ノンフィクションというジャンルは、僕にとっては取材のスタイルとか文章の方法とかではなくて、生き方そのものとすら思っているのに。むふふ。どーよこれって。

と、いいつつ、原宿の精進料理「月心居」の15周年記念本の仕上げに入っています。
友人でもある料理家、棚橋さんの40数年の人生をまとめるものでもあるんだけど。
若いライター志望の子たちも手伝ってくれていて、いい本になりそうです。

 

■2007,02、16

ここんとこ、雀鬼流の桜井会長の文章や、セントラル社10周年の文章、そしてこの前の高知赤岡の取材と、真芯に響く仕事が続いて、けっこう気持ちいい日々が続いています。
勢い余って、つー表現があたっているかどうかわかりませんが、今朝は早朝6時30に目覚めちゃって、ジョギングなんぞしちゃいましたよん。この冬初めてだな。だって寒いと嫌だもんね。暖かくなってきたということでしょう。啓蟄かな。とほほ。
でも こうやって改めて振り返ってみると、僕らみたいな文章書きにはカネも酒も女もいらんのですよね。ただ書きべきテーマがあればいい。挑戦しがいのある対象さえあれば、日々楽しく生きられるということです。もちろん文章を書くのはしんどいけれど。それもまた楽し。なんて単純。でもシンプルでいいでしょ。ふふふ。

といいつつ、雀鬼会のHPを見ると、桜井会長の右手骨折のニュースが痛々しい。何があったんでしょうか。よくわかりませんが、お大事になさってください。明日明後日と群馬の温泉のはずだから、養生してきてください。

 

■2007,02、11

今日はこれから高知です。
なんかもう桜が咲いているとか。いいんだか悪いんだか。とほほですねぇ。
久しぶりに大学時代の旧友とも会えそうなので、楽しみ楽しみ。
南国の写真を撮ってきますね。

 

■2007,02、10

ありゃ、ちょいと気付かない間に、このページのアクセス数が「60000」回を突破してしまいました。前もって「60000」番を踏んだ方にはプレゼントさしあげます、と書こうと思っていたのですが、間に合いませんでした。すんません。
今からでもいいので、60000 番を踏んだことをご記憶の方がいらしたら、何かさしあげますのでメールいただけたら幸いです。
このページをつくったのが04年の10月だったのですが、お蔭様でなんとか生き長らえています。
僕は本当に書くことが好きなんだな。細かい文字でぎっしりと書いちゃうから、皆さんには読みにくいかもしれませんが、ま、末永くお付き合いくださいませ。

そうそう、今度04年から05年大晦日までのこのページを製本しようと思っています。サーバーにはいつまで残っているかわかりませんからね。ご希望の方がいらしたら(あんまり現実的ではありませんが、とほほ)ご一報ください。実費3000円でお分けしますよ。

ま、いずれにしても、今後とも『熱血』をよろしくお願いいたします。「立春大吉」

 

■2007,02,03

ここ数日、ちと不思議なこと、というか嬉しいことが続いています。
昨日も書きましたが、去年から糞詰まり状態だった職人本の企画が河出で決まったこと。こりゃ嬉しい。それから、僕の文章を読んでくれた古い友人から嬉しいメールがきたこと。これも嬉しかった。
それだけでなく、実は昨日、とても不思議なことがあったんです。
夕方、 PTAの会議があって学校に行ったんですが、そのPTA会室であるものを目にしました。
「あれっ、この帽子、なんでここにあるの?」
思わず叫んでしまいました。そこにあったのは、数日前泥酔して神田近辺の居酒屋で忘れてきたと思われていた(とほほ)お気に入りのイッセイさんのニットキャップだったのです。
何故この帽子がこの部屋にあるのか。あの夜酔っぱらってなにかの理由でこの部屋に入ったのか。いやいや、学校には警備員さんがいるはずですから、それもありえません。道で拾った人が会長のだと気付いてここにもってきてくれたのか。いやいや、それも現実離れした空想です。およそ日頃の僕の行動範囲からははみ出した場所でみつかったのが、なんとも不思議でした。(この辺の 事情に詳しいかたがいらしたら、教えてください。お礼します、ふふ)
唯一思い当たるとしたら、今回雀鬼の取材で出会った何人かの方の言葉です。
「桜井会長が打っていた席に変わって座った者にはなぜか天運と地運が流れ込む、大当たりする」−−−つまり、桜井会長の持つ「流れ」が次の人にも乗り移るらしいのです。僕も今回、桜井会長のそばで長い時間を過ごしたので、そういう「流れ」をいただけたのでしょうか。
むふふ、こりゃ雀鬼会の人でないとわからない感覚かな。

ま、とにかく気に入っていた帽子が戻ってきてとても嬉しい。散歩に行った公園で綱をふりほどいて走り去ってしまったペットの犬が、ある日突然家の玄関に戻ってきていたという感じです。帽子には意志はないはずなのですが、いとおしさが募ります。

ま、そんな奇跡にも勇気づけられて、今日も元気に執筆に当たりたいと思います。

 

■2007,02、02

わ〜い、河出書房の初鹿野君から電話があって、職人企画が企画会議を通ったとのこと。
これで約5年間書き続けてきた全国職人列伝が出版できることになりました。
これは思い入れのある企画なんですよね。ほんとにすがすがしい人たちと出会えて、毎回納得のいく文章が書けたなという思いがあります。
ただ、河出が持っているシリーズの中の一冊として出るようだから、内容的に連載全部が盛り込めるのか、写真の扱いはどうなるのかといった細部をつめないといけないのですが。

もう一つ。昨夜の桜井会長との電話の中で、「雀鬼流の青春」をテーマにした本を共著の形で出そうかという流れになりました。こちらはアエラがでてからのことになりますが、素材は充分、物語も満載ですから、気合いれていきたいと思います。

さらにさらに、今週書く「セントラル社10年史」も、膨らませれば「小説・事業再生」として成立するコンテンツ満載です。こちらも書かないといけませんね。
去年おとなしくしていたんだから、今年はやるべき年ですね。むふふ。

 

■2007,02,01

予定通り、1月31日にアエラ「現代の肖像・雀鬼、桜井章一」の初稿が書きあがりました。
とはいえ、掲載分は18枚程度なんだけど、その倍以上の38枚も書いちゃったので、ま、これから修正が必要なんですが。とにかく今回の取材で受け取ったものを全て、思いの丈として書き込んでみたというわけです。
あ〜すっきり。ラスト近く、深夜の「牌の音」で桜井会長が叫ぶ「ともこの馬鹿やろ〜」の言葉が泣けるんですよ、ふふふ。自分で言ってりゃ世話ないけれど。
設計図をつくるために取材ノートやインタビュー起しを整理してみると、ずいぶんたくさん取材したものです。せっかくお話いただいたのに、今回の原稿からはこぼれてしまった人がたくさんいて、申し訳ない思いです。ま、如何に捨てるかが作品の質なのですが。お許しください。その代わり、思いの他活躍してくれている人もいます。そういう方にも、「お許しください」。
今回漏れてしまった方には、 また違う形で活躍していただくことにしましょう。

昨夜、桜井会長からも電話をいただきました。
もう少し、あとしばらく、桜井会長と雀鬼会の皆さんとの関係が続きそうです。
またまた楽しい日々になるな。

 

■2007,01,26

今朝、僕がPTAを務めている(ホントっすよ、とほほ) 小学校の正副校長先生とお話しする機会がありました。その中で「私人と公人の区別」という言葉がでてきました。うーん、そういえば、そういう言葉あったなぁと唸ってしまいました。僕、ここんとこ記憶にある限りでは生活の中でそういう区別を考えたことなかったなぁと苦笑した次第。 たはは。そういう分別がありますよね、確かに、大人としては。僕のばやい、神山ならどう考えるかという、単純な一本道だったなぁ。そこんとこ、これからどう考えようかなぁ。とほほですねぇ。皆さんどう思いますか?
強いて言えば、文章の中でプロとして書く文章と私的に出す手紙とかで公私の区別があるかなぁと考えてみたんですが、いや〜、それもないですよね。誰かに出す手紙だって、たとえば100年後に全く別の人に見られても意味のある文章を書いておきたいと思うし、雑誌や単行本に書く文章だって全く同じ意識だし。ま、ほとんど取り越し苦労ですが。
にしても、 公人私人かぁ。まいったなぁ。とほほ。

 

■2007,01,25

3月に設立10周年パーティーを開く事業再生のプロフェッショナル集団、セントラル総合研究所の「10年史」の取材をしています。ここ3、4年、定点観測をさせていただいたいる会社なのですが、僕が知っている限りでも赤羽の50坪の事務所で10名程度だった組織が、いまじゃ神田鍛冶町のビルの2フロア(400坪くらいかな、フットサルなら簡単にできるもんな)を使って60人からの集団になりました。ひぇ〜。設立当初は13坪の事務所だったそうです。
けれどその頃から二枚看板でやってきた八木社長や森田専務にインタビューすると、別に事業再生に特化するつもりもなくて、時代の要請で現場で場数を踏みながら勉強してきただけなのだとか。「事件屋」とか陰口を言われながらも、未整備だった日本の倒産法制や不平等だった債権者と債務者の関係を見ていると、やらざるをえなかったのだそうです。
そういう使命感を持つと人間は強いですね。
この10年史を手がかりに、「小説・事業再生」って書いちゃおうかな。ふふふ、それくらい手応えがある素材なんです。

なーんいいながら、その前に書くこともたくさんあるな。これも時代の要請かな。いやはや、違うか。たはは。 ま、全ての真理や本質を現場に教えてもらっているところは、僕の遅々とした歩みもセントラルの歩みと変わらないのですが。 使命かを持ってすべての原稿に取り組みたいと思っています。

 

■2007,01,22

いや〜、雀鬼会のホームページ、盛り上がってますねぇ。誕生19年を前にして、Y派の謀叛が明るみにでているようです。むふふ。会長危うし。こういうタイミングでアエラで原稿を書けるのは嬉しいことです。はたして僕の原稿は主流派に吉と出るか、結果的に謀叛派の片棒をかついでしまうのか。なんてね、たはは。
いずれにしても、今日か明日から本格的な構成に入って、今月中には最初の原稿を読んでみたいものです。どんな文章がでてきますか。自分でも楽しみだな。取材しすぎだしな。とほほ。
そして今週末には今期の選抜の決勝戦。またまた熱い闘いが見られるはずです。

昨日は代々木のアトリエ・エレマン・プレザンへ。去年インタビューさせていただいた石川英太君のお母さんにあって、その原稿の確認。英太君は昨日誕生日で29歳になりました。おめでとうございまーす。昨日もアトリエで精力的に絵を描いていましたね。何よりです。
春にはいい本ができあがりますよ。もうちょっと、がんばろー。

 

■2007,01,20

昨日まで3日間、志摩市大王町にあるアトリエ・エレマン・プレザンにいってきました。
いや〜、何度訪ねてもいいところだな。
泊めていただいたゲストハウス二階の大きな窓からは英虞湾が望めるんです。しかもヨーロッパみたいな北向きの窓だから、直射日光は入らないし景色は南からの光を浴びて綺麗だし、間接光が優しいし。なんでもかんでも南向き信仰の強い都会とは大違いですね。
そこで佐藤先生ご夫妻と原稿のすり合わせ。いい感じに仕上がってきました。
そして夕食は、ダウン症の子供のお母さんたちが腕に寄りをかけて、というよりも、志摩の海の幸山の幸をふんだんに使って、凄い御馳走を用意してくれました。
まず牡蠣。生牡蠣、焼き牡蠣、オーブンで焼いたバター焼きの牡蠣等々、とにかくテーブル一杯に牡蠣なんす。さらに体調70〜80センチはあろうかという生きのいいシマ鯵が飛んできて、美味しいお刺身もいただきました。
そのうえ、近くのホテルには温泉があって、これまた入り放題なんす。あー極楽だ。仕事もはかどるよね。
帰路、近鉄特急が名古屋に近づくとなんだかいや〜な感じがしてきました。案の定、新幹線が満席で通路に立っていたら、そこででっかい声で携帯電話するやつがいたんです。どーでもいいことをあーでもないこーでもないって人の耳元で話すんですよ。そんなんただ「間に合ってない」だけじゃないですか。準備不足なだけなのにねぇ。また都会でこういう人たちと一緒に息をしていかないといけないのかと思うと、暗澹たる思いになりますね。
ま、しょうがないか。がんばろう。

 

 

■2007.01,14

この前久しぶりに、こんなことをいう人と出会ってしまいました。
「君はまだ携帯電話をもっていないのか。早くもったほうがいいよ」だって。
たはは、早くも何も、いまさらもったにしても何が「早い」のか。
だいたい携帯が登場してまもない話ならともかく、もう10年以上たっていてそれでも持たないという態度を採っているということは、それはもうひとつの生き方ということになるはずです。
それなのに自分が持っているんだから君ももったほうがいいという、つまり自分の生き方を平気で人に押しつける、子供じみた言葉に久々にショックを受けましたねぇ。
のみならず、携帯電話って確かに便利だけれど、その便利と引き換えに僕らの社会はどれだけのものを亡くしていったか。どれだけ殺伐としてきたか。そういう社会現象とともに自分の携帯のことを考えられないという、実に貧しき発想の持ち主でもあるなと、それもまたショックでした。
便利って怖いですよね。それに甘えて準備しなくなります。待ち合わせの時間や場所も適当になるし、会えたという感激も薄くなる。僕なんか、すでに今年一件、すれ違って会えなかった人がいましたからね。とほほ。えらそうに言ってもはじまんないけれど。
それに携帯って、自分の人生に他人が土足で割ってはいってくるようで怖いっすよね。僕は本当に嫌だもん。歩道を歩きながらあれこれ考えを巡らせているあのほのぼのと幸せな時間を突然のベルで邪魔されるのは。 そういえば以前友人の青山が主催している芝居の客席で、突然携帯のベルが鳴って周囲がびっくりしたことがありました。ところがその時なんとその人、電話にでちゃったんですよね。不機嫌そうに。「はい、いま芝居中」だって。あぁぁ。不機嫌なのはこっちだよ。そういう時も、他人の人生の邪魔でしょ。携帯って。
それでも持っていたいのかなぁ。携帯電話。いやいや持っているという人は何人も知っているんですが、積極的に他者に勧める人というのは久しぶりにあいましたね。そういえばずーっと前に同じことを言った人がいました。その人も税理士。今回の人も税理士。やっぱり、そういう種族の方たちなのでしょうか。
なんて別に税理士批判じゃないんですけれどね。

今年は携帯持たないNPOでも始めるかな。ははは、んな問題じゃないか。


■2007,01,11

昨夜はバザールの新年会。今年は風邪気味ということもあって、こじんまりと板橋で開きました。
ニューヨークからスポーツジャーナリストの瀬戸口さん、現代美術アーティストのヨウさん、昨年暮れにWao!という雑誌を創刊した金森さんと橋本さん、それに編集者の小柳津君、梅村さん、
岩瀬君、ライターの長谷川君、さらにマンションの仲間の木田さんといった、多彩なんだか烏合なんだかわからない、ま、それはそれで面白い夜になりました。
もんじゃから明星へ。そこでTBS−Vの天野君ご一行様と合流して、ギター合戦。啓子ちゃんは何を血迷ったか歌集なんか買っちゃって、「今年は歌うわよ」なんて宣言していました。とほほ。
最後はさくら亭のおでんでお開き。ずいぶん大人しい宴会になったものです。

ダウン症の人たちのためのアトリエ、エレマン・プレザンの原稿にやっと本腰を入れられる状態になりました。なかなかいい感じになってます。頭の中ではほぼ完璧な原稿が仕上がっているんですが、それを絞り出すまでが大変なんですよね。とほほ。早く全部出し切りたいな。

 

■2007.01,08

いやはや、昨日のお茶の初釜でやっと新年の行事が一通り終わったという感じですね。
けっこういろいろあって疲れました。たはは。
6日の新年会も豪華でしたけれど(詳細はダイアリでね)昨日の初釜もすんごかったですよ。
何しろ今やハリウッドスターといってもいいW辺謙さんとM果歩さんご夫妻がお正客でツーショットなんすから。先生も舞い上がっちゃって、掛け軸やお道具の説明よりもずーっと映画「硫黄島」の話をされていましたから。とほほ。
その後社中の仲間と桜新町の店で乾杯して、最後に何人かでカラオケ。着物姿の奇麗どころが何人もいて「細雪」状態ですよ。むふふ。日本のお正月を堪能させていただきましたん。

さ、これから仕事仕事。書き切らないといけない原稿が山積みです。とほほ。

 

■2007,01,04

にしてもバランスの悪い奴がいますねぇ。
賀状の返事を平気でメールで打ってくるんですねぇ。
文化とは恥の方向性と思っていますが、恥ずかしくないのでしょうか。
少なくとも僕の文化の中ではそれは恥ずかしい行為だな。化粧をするのは恥ずかしくなくとも、電車の中で化粧したらそりゃ恥ずかしいでしょう。メールという文明を使いこなしているんじゃなくて、使われてしまっていますよね。虚礼廃止なら別にメールなんかくれなくてもいいし、会う機会があるならその時に挨拶すればいいはず。僕はメール大好きで電話よりも重宝しているけれど、会う、直筆の手紙を出す、ファックスする、電話する、メールするといったメディアの違いは自分なりに認識しつつ使いこなしているつもりです。年頭の挨拶をメールで済ませようという感覚がわかりません。僕にとってはすでに異文化の人だな。ま、それはそれで大切なのかもね。

昨日は明治神宮で初詣とその後新年会。思ったよりも参拝客が少なくてあれっと思ったのですが、元旦と二日に多かったのだとか。細かいことが気になっちゃいますよね。

と、いいつつ、もう今年二本目の原稿にとりかかっています。5日昼締め切りだって。とほほだな。

 

■2007.01,02

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

昨日元旦は、初仕事をとても美味しく始めさせていただきました。
詳細は「だいあり」で。桜井会長写真付きですが、お許しを。

さ〜て、ことしはどんな一年になるのでしょうか。
とりあえず僕にできることは目の前の原稿を片づけて、とにかく遮二無二前に進むことしかないのですが。
昨年の反省は、週に二回と決めていた休肝日が約4割しかとれなかったこと。途中入院騒ぎまで起こしたのにこれじゃいけませんね。今年は予め飲まない日を決めてダイリアにつけちゃおうと思っています。酒は愛してやまないけれど、だからって溺れちゃいけませんからね。とほほ。

あと、新刊本企画を数冊、いま仕込んでいます。06年は佐渡裕さんとコラボレートした一冊だけだったから、今年は上梓ラッシュになるかな。なればいいな。読んでいただきたい文章が山のように眠っていますからね。むふふ。

 

■2006.12,31

2006年もいよいよ残すところあと7時間程度になりました。
みなさんはどんな大晦日をお過ごしですか。
僕は実家から午後に戻って、いままでどうしてもやる気のでなかった事務所の掃除を少しだけやりました。山のように溜まっていたゴミを処理して、その分だけ気持ちも整理できたような気がします。
それもこれも、28日に出会ったイエローハット相談役の鍵山さんの影響かな。たはは。今年は後半に桜井会長の取材を始めたことで、いろいろ新しい気づきの連続です。仕事として出会った人にいろいろ教えていただいているんですから、ありがたいことです。つくづく。

と、これを書いている最中に、成田から電話がかかってきました。
「なんとしてでも二冊めの本を出したい」という、叫びのような内容の電話でした。
年末、いろいろな思いを抱いて眠れない夜を過ごしている人がいるんですねぇ。
ま、そうはいっても今年の活動は今日でチャラだから、また明日から新しい気持ちで闘うしかありませんね。

今年もいろいろありがとうございました。
さ〜て、2007年にはどんなドラマが待っているか。
楽しみにしたいと思います。

よいお年をお迎えくださいませ。

 

■2006.12,29

27日、雀鬼会高槻支部にお邪魔してきました。
ここでも若者たちがまっすぐに麻雀に向かっていました。
支部長の山田マネージャーと痛飲。いやはや、カラオケの趣味が似ているのに驚いてしまいましたん。たはは。
昨日はイエローハットの鍵山相談役インタビュー。青葉台の西郷山公園を望む素敵なオフィスで、桜井会長とのご縁をお話いただきました。鍵山さんは毎朝6時30には出社して、社内ではなく社外をくまなく清掃されているそうです。いや〜すんごい。すてきなお話をうかがいました。

雀鬼会の取材をしていてなんでこんなに気持ちいいのか、しばし考えてしまいました。
そしたら、こんなことに思い至ったのです。
つまり、僕が信じるノンフィクションという手法と雀鬼流は相似形なんですね。
雀鬼流は、いかに勝負から逃げないでまっすぐに打ち続けるかを考えます。ノンフィクションも、とにかく対象に対して愚直な突進を繰り返します。一人にインタビューするよりも二人、二人よりも三人、電話よりも現場に足を運ぶことが最初の闘いです。 つまりそれは、 配牌を大切にすることでもあるでしょう。どんな配牌であってもそこから逃げないでまっすぐに進む。
同時にそれは、捨牌を大切にすることでもあります。膨大なインタビューと資料を確保したら、こんどはいかに捨てるかです。大切な大切なインタビュー資料を捨てる。その捨牌が大切なものであればあるほど、手元に残るのはもっともっと素敵な資料ということになります。
つまり、河が綺麗になっていたら、それだけ大きな手ができつつあることでもあるんです。

さて今度の取材からは、どんな文章が出てくるでしょうか。もう少し取材を続けて、来年最初の楽しみにしたいと思います。
あ、アトリエ・エレマンプレザンの作品もいま同時進行でできつつあるんだ。こちらもすごく素敵な文章になってきています。自分でいうのもなんですが。たはは。

そんなこんなで賀状を書くのが遅くなっているのですが、今年はなんという文字を添えようかな。
去年は「放下著」、「こだわらない」という意味の禅語を使わせていただいたのですが、はたしてそれができたのかどうか。とほほ。心にしこっているものが一つあることは確かなんですよねん。とほほのほ。

今年は、桜井会長とのご縁ができたから「間に合う」という言葉が一番胸に響いているのですが、それは桜井会長の言葉ですもんねぇ。「日常」という言葉にしようかな。「日、常に○○」という意味に取れば、毎日が新鮮に生きられそうですよね。
ま、もちっと考えましょう。

あ、そうそう、バザールの新年会をやろうかと思っています。
今年出会ったヤクルト古田監督の懐刀のFプロジェクトリーダー相原さんが声をかけてくださいました。同じく12月に出会った芸大出身のアーティスト・ヤンさんもきてくれそうだし。異色のメンバーで板橋明星に繰り出すというのも面白いですよね。
1月10日か11日なんていかがでしょうか。
ご希望の方、ご一報くださいませ。

バザールは年内31日まで、新年は元旦から始動いたします。とほほ。

 

■2006.12,23

昨日は某新聞の映画の企画記事の打ち合わせ。東銀座の試写室でアパルトヘイトの英雄を描いた映画を見て、その後打ち合わせが始まりました。新聞社の営業と代理店の営業と映画会社の担当と編集担当、そしてなぜか僕。僕は取材対象者が決まってから打ち合わせに参加すればいいはずなのに、なぜか出てと言われたわけです。
にしても、広告関係の仕事って、なんでいつもこう不快なんでしょうねぇ。この作品を観た著名人に僕がインタビューするという企画らしいのですが、映画会社は「新聞社の人脈で誰か適任はいませんか」という態度だし、新聞社は「試写にいらした方の中から」と思っているし、代理店は調子いいことしかいわないし。とにかく記事が掲載されれば代理店はそれで儲けになるんですからね。誰も自分の問題にしていないんですよ。
そんな会議をいくらやったって、 雀鬼流にいえば、全く「間に合ってない」。なんの準備もしていないんだから、机上であれこれいったって意味ないでしょ。肝心の「この映画に本当に感動した人」「この映画が本当に好きで好きでたまらない人」なんて視点はまるでなくて、単なる人埋めパズルですよ、ったく。
新聞や雑誌の映画の広告で有名人がコメントだしたりしていますが、あんなの今日日の読者はつくりものだってとっくに見切ってるじゃないですか。だったらその作品を観て本当に心を震わした人が、有名だろうが無名だろうがその震えを語ってくれたほうがよっぽど説得力がありますよね。
考えてみれば、広告ってお金がからみますよね。お金の流れで人を区別しようとする輩が多すぎるんです。発注者は「うちはお金を払うんだから」という態度がみえみえで、一緒にいいものをつくろうという原点をすっとばしちゃってるんですよね。ああいやだ。
僕らのノンフィクションの取材は一切お金がからまないから、その点ピュアですよ。嫌なら嫌でいいし、途中でやめたっていいんだから。でも、取材者と対象者が最後まで一緒に走りきったら、そこにはかけがえのない何かが必ず残るんです。作品以外にも。その「何か」を求めて、僕は毎日取材を繰り返しているといってもいいな。
そういう純粋な広告ってーのをやってみたいな。ま、なんだかんだいっても、取材対象がきまったらその人と一期一会の出会いの中でいいものを残そうという本能は働くもんなんだけれど。

ったく、いやはやです。

 


■2006.12,18

いや〜、戻ってみると東京はあったけ〜、って厭味かな?
いやいや、ハワイから戻ったんじゃないんだから、別に媚びる必要はないっすよね。
利尻は寒かったっす。つーか、島に渡っちゃえばそんなこともないんだけど、連絡船のフェリーが稚内の岸壁を離れた時は、このまま島流しか〜なんて、ちとセンチメンタルな気分になっちゃいました。たはは。
利尻って、魚屋がないんですよね。あんなもんは自分でとってくるか近所でもらうもんなんですって。ウニだカニだ鮑だなんて騒いでるのも観光客だけで、冬場はそんなやつはいないからだーれも食べないんですよ。ウニなんて夏場の食べ物だといって、どこにもないし。レストランに入るとトンカツとか鳥のから揚げとかしかなくて、刺身なんてものは外にでてまで食べたくないということらしいです。とほほ。でもウニの一夜漬けはおいしかったけれど。
ここでも雀鬼会の菅原君の家にお世話になりました。ありがとうございました。
彼の部屋にはパチスロの機械が7台もあって、なにすんのと聞いたら「東京までの旅費を稼ぐための道具です」だって。たはは。夏場にウニの密猟やったりパチスロで稼いだりして下北沢に通うのだそうです。
で、もっと驚いたのは、その卓に旭川のちょっと北側にある名寄という町から通ってくる若者がいたことです。北海道の本島からみたら、利尻なんて行く所じゃないですよ。東京モンだったら、ま、興味本位で行ってみるかとは思っても。脇君というナイスガイなんすが、まっすぐ北に向かって愛車をとばして3時間、そこからフェリーで1時間半かけて一泊で通ってくるんです。
あな恐ろしや雀鬼の力なり。

ここでもまたいろいろな物語をいただきました。なんとなーく熱い物語が書けそうな気がしてきました。まだまだツメの取材が必要だけれど。桜井章一という人物を通して、いろいろな屈折率の高い青春が描けそうです。
雀鬼流は麻雀じゃないんだな、若者たちにとっては。それぞれ背負ったものに対する「闘争」なんだと定義しないと、なかなかこの情熱は理解しがたいっす。

昨夜は羽田から鴬谷に直行して、シャンソン歌手若林ケンちゃんやスタッフたちと忘年会。超絶焼き肉の「鴬谷園」へ。美味しかったけれど、食べ過ぎぃ〜。プロデューサーの堀越君、ありがとう。今年はセゾン劇場コンサート等、素晴らしかったね。また来年もケンちゃんをよろしくね〜。

 

■2006.12,14

長崎-沖縄−熊本ツアーからひとまず戻りました。
明日また利尻に向かいます。
沖縄では、雀鬼流同好会の松田君をはじめとして島袋君、森田君、中村さんの4名が迎えてくれました。
いろいろな話をきいたのですが、一番思ったのは、当初の僕の思惑が一部あたっていて一部浅はかだったことがわかったことかな。当初僕は「雀鬼流に集う若者たちの孤独」を、「普通の麻雀では飽き足らなくなったものの孤独」ととらえようとしていました。つまり、雀鬼流の仲間たちで打っている時はいいけれど、地方の若者たちは地元に戻ったら仲間がいなくて、また友人たちとは麻雀観も違ってしまっていて孤独だろうなぁと思っていたのです。
それははずれではないのだけれど、それ以上に彼らは、生きていく中での根の深い閉塞感や絶望感、あるいは愛情への飢えのようなものを持っていることを感じました。
その生い立ちや親との関係をきいていると、本当にこの国はどうなってしまったのか、なぜこんなにもひ弱で互いへの思いの足りない人間関係になってしまったのか。暗澹たる思いにとらわれます。 そういう中で彼らは必死にもがいているんですよね。ま、僕もだけれど。
そして彼らにとっての「もがき」の形が「雀鬼流」であるということなのかな。
本の中で出会っただけでも、彼らに桜井章一という存在がなければ、その何人かはとっくに崖の下に落ちていたかもしれません。 あるいはマングローブのジャングルの中で水死体でみつかっていたかな。そんな 危うさをもった若者たちでした。
ま、普段はそんな深刻なことは話さずに明るく雀鬼流を楽しんでいるんだろうけれど。

取材はレンタカーを使ったので、飛行機を待つ時間にひめゆりの塔にいってきました。そしたらそこでも大発見。僕はうかつにも知らなかったのですが、あのひめゆり部隊の悲劇は、アメリカ軍に追い詰められたことではなくて、沖縄戦末期、洞窟の中で上官から「解散」といわれたことが最大の原因だったのですね。つまり日本軍は女子高校生たちを集めるだけ集めて看護兵として使っておきながら、上陸したアメリカ軍に追い詰められてもはや打つ手無しとなったときに「解散」と言うことしかできなかったんです。空からは大量の焼夷弾が落ち、陸上では無数の火炎放射器がジャングルを丸裸にしている戦場に子供たちを投げ出したのは、つまり大人たちの身勝手さ以外の何物でもなかったというわけです。
最近でもいるじゃないですか。「いじめはない」なんて報告をだしておきながら、各地でいじめの実態が浮き彫りになるとこんどは急に「いじめた生徒は学校に来させない」なんてことを平気で言い出す大人が。 そんなの大人の都合でしかないじゃないですか。いじめる生徒がいるなら、その家に泊まり込んででも説得して揺すぶってやるのが大人の役割だろうに。
「解散」なんていっちゃだめですよ。いや、僕もけっしていうまい。
子供は「解散」できないんだから。
不幸にも「解散」なんていわれた子供たちがすがるように雀鬼流に集まっている。
そんな気もしました。ま、町田や下北沢の道場に集まっている若者たちは、そこから「一歩」踏み出したエネルギーを持っているのですが。
いつの時代も、生まれ落ちた人間が自分が主人公となる物語をみつけるのは大変なものです。
がんばれがんばれ。そう繰り返しながら、南の海を眺めてきました。

  

■2006.12,11

さぁ今日から九州沖縄そして利尻の旅が始まりますよ〜ん。
ふふふ、年間3分の1近くは旅(というか、ま、短い取材旅行の連続ですが)をしているわけですが、こんな旅はちと経験にないですね。
どんな出会いがありますか。楽しみ楽しみ。
特に利尻は稚内までは行けても、そこからフェリーがでなかったら辿り着けないらしいですからね。「運次第です」だって。とほほ。ま、それもまた「流れの中」で判断しないといけないんでしょう。

昨日は友人たちと大勢で赤坂の「Wakiya」という中華料理へ。四川とか上海がベースの創作料理で美味しかったのですが、ちと辛い料理があってきつかったな。大腸を患って以来、あんまりこゆい味の料理は身体が受け付けなくなっているみたいですね。気をつけないとね。とほほ。

あ、忘れてた。その前に銀座セゾン劇場(古いか?)で金森穣とノイズムの公演を観たんだ。これがすごかった。2年前の作品「black ice」の再演なんだけど、研ぎ澄まされた肉体と演出、構成、そして美術。客席が息もできない ほど緊張して、まさに「固唾をのむ」とはこのことでしたね。相変わらずすごいぞ金森穣。世界の一流が毎日毎日8時間稽古を続けていくと、こういうレベルになるんですね。雀鬼流と一緒だな。

というわけで、んじゃ、いってきま〜す。
あ、僕への連絡は留守電が一番確実です。メールも読めるとは思いますが、ちと不安。関係者の皆さん、よろしくどーぞ。

 

■2006.12,08

昨日は池袋の東京芸術劇場で東京音大付属高等学校のチャリティーコンサート。
3年生のピアニスト、辻井伸行君が出演するということで行ってきました。
彼が出場したショパンコンクールの取材をしたのは、去年のちょうど今頃だったでしょうか。
ワルシャワはひたすら寒かったけれど、途中で遊んだチェコのプラハは綺麗な紅葉でしたからね。彼は見事に批評家賞に輝き、ショパン協会がCDをつくってくれたのでした。
あれから1年。のぶくんは今回もショパンのピアノコンチェルトを見事に弾きこなしてくれました。
共演したのが同級生たちのオケだったこともあり、彼にも思い出深い演奏会になったようです。今度の春には卒業で、上野にある音楽大学に行くのかな。
いやはや、末恐ろしい才能だ。
ひさしくカラオケ大会をやっていないから、今度どこかで演歌対決をしないといけませんね。

 

■2006.12,06

いや〜〜疲れた。インタビューのあと、心身ともにぐったりしてしまったのは久しぶりのことでした。昨夜、新宿歌舞伎町を雀鬼会の桜井会長と約5時間、二人でそぞろ歩きを繰り返し喫茶店で話し込み、最後はその昔この町の最深部で小さな店を構えていたという美味しい餃子屋に連れて行っていただきました。ありがとうございました。
「昔のことなんてはなしたかねぇや」
桜井会長は何度かそう言って苦笑されていました。むべなるかな。僕らマスコミは勝手に「伝説の」なんて名付けていますが、徹底的に「今」を生きている人ですから、 そのお気持ちもわかっているつもりです。でも、このインタビューでは一度は昔のことにも触れないと読者が納得しません。そうお願いすると「そりゃそうだよな」と、ここでも渋〜い笑顔をみせてくださいました。
ふたたび、ありがとうございます。
あの時代、いまはジャングルのように背の高いビルが林立している歌舞伎町には、木造の二階建てが地を這い肩を寄せ合って並んでいたのだそうです。そしてどのビルの二階も雀荘で、そこにはサラリーマンが近づけないようなやさぐれた男たちが巣くっていました。
その中にあって、若き日の桜井会長は、先輩たちに愛されたんですね。いづれも刃の上を素足で渡り歩いているようなギリギリの淵を生きている男たちだったはずですが、 どこかで琴線が触れ合ったのでしょう。
酔客が行き交う街を歩きながら、桜井会長はふと立ち止まって歌舞伎町の獣道の存在を教えてくれました。「このビルとビルの間の暗闇は縦横に街を網羅しているんだ。逃げるやつはこの道をつかうし、あいたくないやつがやってきたら店の裏口からでてこの道を使って行けばいい。この街には表と裏があるんだ」
その裏の社会を生きることを宿命とした男たちにとって、若さと麻雀の腕と気骨を備えた若き日の桜井会長は、もはや自分では取り返すことができない希望だったのかなとも思います。
金銭に執着しなかったこと。
権力や暴力に与しなかったこと。
徹底的に一匹狼だったこと。
なにより、麻雀に溺れなかったこと。
そして、 雑多ではあったけれど、男たちの欲望がまっすぐだったあの時代に生きたこと。
後に雀鬼と呼ばれる桜井章一という男が20年間この街で生きられたのは、そういういくつもの要素の集積だと感じました。
インタビュー中、桜井会長の視線は素早く周囲に送られます。意識を四方に飛ばして異変があったら即座にキャッチする。 勝負師の触覚はさすがに鋭敏です。
そしていまは、この六感を総動員して、雀鬼流に集まる若者たち姿を凝視しています。
「人間の根っこをみるんだよ、木なんかみてたってわかりしねぇから」
そうも仰っていました。
そこからの若者論が素敵だったのだけれど、それはアエラに書かないといけないから、ここではやめておきましょう。ふふふ、 お許しを。

さぁ来週は沖縄、利尻の旅が待っています。
雀鬼流の流儀がかの地でどう息づいているか。それをみさせていただきたいと思っています。
帰って来たらまたご報告しますね。

 

■2006.12,02

30日の夕方、牌の音町田店に初めて行ってきました。
町田駅から歩3、4分。雑居ビルの二階にある、外見だけみればなんの変哲もない雀荘なんですが、麻雀好きの人にとっては、一つの聖地といってもいい場所なんだそうです。
この前ここに書いた「一週間で100打(半荘)を越える勢いでうっている若者」もいましたよ。仲間たちと楽しそうに、それでいて一定の緊張感をもってうっていました。
そこに思いがけず桜井会長(この会長という冠は、実は前にやっていた下北沢草野球リーグの会長からきているのだそうです)もきて下さって、インタビューもできました。
もちろん桜井さんは、麻雀界では「伝説の雀鬼」と言われている人なんですが、僕には昔のエピソードよりも、今目の前で桜井さんが発するその言葉の美しさが魅力なんですね。人間がもっている強さや弱さ、儚さや憂いといったものを、実に鋭くいいあてる「言葉」をもっているんです。
この日はいろいろお話いただいたのですが、その中である若者の「孤独感」の話になりました。
東大在学時代に雀鬼流に入り、またたくまに選抜大会で優勝した経験をもっている人です。その時代、毎日の生活になんの希望もなくて、雀鬼流にすがるように生きていたという話を前に聞いていました。当時の彼のことを桜井さんはこんなふうに語りました。
「あいつは当時「私」しかもっていなかったんだ。孤独というよりも、自分しか照らしていなかった。あいつの性格は一見明るいけれど、それじゃ本当の明るさじゃない。だから、確かにポイントではトップだったけれど、今だったら優勝とは呼ばないね。ただの1位だよ。自分しか照らせないやつは孤独だよ。家庭をもっても子供をつくっても、それじゃ本当の絆にはならないだろ。 公が意識できて、初めて雀鬼流だよ」
自分しか照らせない孤独。周囲を照らせる公を背負った人間。麻雀。
う〜ん、深いでしょ。 そんな言葉を聞ける喜びを感じながら、この師走と正月、じたばたともがきながらできるだけのことをしてみたいと思っています。

今日はホテル・オークラで原宿精進懐石「月心居」の心棒だった若松恵ちゃんの結婚式。店主の棚橋さんは涙涙でしょうねぇ。ふふふ。オークラのフレンチと月心居の精進のコラボレート料理が楽しめるので、僕らは大喜びですが。どんな料理かな。また写真つきで報告しましょう。

 

■2006.11,28

ここに、この前インタビューしたボクサーのカシアス内藤さんの記事が載っています。

http://doraku.asahi.com/

素敵な人だったな。
彼に「大和武士は最近どうしてますか?」と尋ねたら、「奴は調子のいいときはおれんとこにくるよ。今は子供が7人もいて、皆俺のことをパパパパっていうんだよ。まいっちゃうよ」と笑っていました。
その大和からもファックスをもらいました。12月11日、上野の一角座で新作の試写会をやるのだそうです。僕は生憎地方出張で行けないのですが、ご都合つく方、いってやってください。
僕に言って下されば、手配します。

今朝は、12月9日に住んでいるマンションで開く落語会のポスターを、全500戸あまりにポスティングしてきました。
うちのマンションはけっこう大きくて、集会室なんかもしっかりしているので、有志で企画して年に二回のペースで落語会をやっているんです。今回は三遊亭京楽さんと立川吉幸さんがきてくれます。住民は只、PTAも共催にしたから児童も只。地域の方には500円いただきますが、ま、皆さんで交流できれば何よりです。ここに武蔵野大学の学生たちもきてくれるはずです。終演後は持ち寄りのパーティーもやります。ご近所の方いらしたら、ぜひどーぞ。16時開演です。

ここ一週間程度は、雀鬼流に集う若者たちにインタビューを重ねています。
もちろん僕のターゲットは桜井章一という、稀代の雀鬼なんですが、彼がここ10数年で築いてきた雀鬼流に集う若者たちの背筋の伸び方が美しくてねぇ。 なんでそんなに力強い視線をもているのか、そのへんのところを聞きながら、少しずつ桜井さんに近づければと思っています。
ま、いずれにしても桜井さんにはしっかりとお話を伺わないといけないのですが。
中に一人こんな若者がいました。高校時代から「楽願望」にとりつかれてしまって、何をやるにも無気力になって、20代のころは家でごろごろしていたり、アルバイトとパチンコばかしていたのだそうです。気づいてみるとひどい猫背になって、身体をまっすぐに伸ばすとすぐに疲れてしまうようになったのだとか。
ところが30歳を転機に、本の中で桜井章一と出会うわけです。麻雀なんて本当に弱かったそうなんですが、それでも「ここでやらなかったら何もできなくなる」と奮起して、岐阜から町田にでてきて雀鬼流の門を叩きます。今は一週間で100打(ハンチャン100回)を越す勢いで麻雀をうちながら、何かに向かって歩き出しています。はたしてその道がどこに続いているのか。それはわからないけれど、背筋がしっかりと伸びたことだけは確かなんです。「背も何センチか伸びました」とも言っていました。

多くの若者たちが、何かを求めて桜井さんのところにきているんですね。その求心力はなんなんだろう。またひとつ、テーマが深まりました。

と、いいつつ、昨日初めて「麻雀入門」という本を買って読んだ僕でした。とほほ。

 

■2006.11,23

21日は渋谷コクーンで「タンゴ、冬の終わりに」。
蜷川さんらしいあざとい舞台にはなっていたけれど、脚本の柱であるはずの「党派性」がすっぽりと抜け落ちているから、なんとも難解な戯曲になってしまっていましたねぇ。党派性なんていっても、今じゃ誰もわかんないもんね。
でも蜷川さんはあえてその舞台をやりたかったんだろうな。秋山菜津子はとてもいいんだけど、常磐貴子がなぁ。声の質が舞台向きじゃないんだよね。残念。

終演後、南口の「旬作」へ。ここは我が明星の二号店(ふふふ、啓子ちゃんのご主人がやっています)の隠れ家的なカウンター割烹なんだけど、最近いいお客さんがついたのか、ますます美味しくなりましたねぇ。この日は鱈の白子の天ぷら、大間のマグロ、そしてかき鍋に松茸も。途中やってきた飲み屋のママと原田さんと一緒になって盛り上がって、ついに二丁目のラヴちゃんの店まで繰り出す羽目になっちゃいましたん。とほほ。しんど。

昨日のお昼は京橋のシェ・イノにて井上シェフにご挨拶。新年会をここでやらせていただくのです。20名くらい集まって、しかも格安でなんていう調子のいいお願いをしてきました。
僕はやまうずらをいただきました。柔らかくて美味でしたよん。

 

■2006.11,20

明日、池袋本町にこの前講義した武蔵野大学の水谷先生と学生たちがきてくれることになりました。まだゼミのテーマになるかどうかはわからないけれど、散歩しながら周囲をみたいという希望のようです。
さっそく地元の重鎮のおじさんたちに連絡して、時間があったらお相手していただけるようにお願いしました。僕は外様ですから、やっぱり地元の人にいろいろ話を聞いたほうがいいもんね。さて、どんな展開になりますか。この街で展開されているいろいろな地域運動を学生の視点で取材してもらって、最終的には地域のホームページなんかをつくれると面白いのですが。

先週末は滋賀県へ。雄琴にある美術大学でスイスのアールブリュットの館長のシンポジウムを聞き、夜は草津泊。近江牛をいただきました。
翌日は近江八幡にあるNO−MAというギャラリーを観て、午後からは栗東市のホールで行われた障害者の演劇公演へ。これはだいありに書きました。すんごくよかったですよ。

さて、今日からまた新しい原稿に向かわないと。年内なんとしてでも脱稿したい作品がもう一つ待っているんす。これはいい作品になるはずなんだけどな。たはは。狸の皮算用かな。

 

■2006.11,17

昨日は仕事で名古屋。一仕事終わって簡単に打ち上げてホテルに戻ろうとたんだけど、もうちょっと何か食べたいな飲みたいなと思ってブラブラ歩いていたら、なんとオカマさんがやっているお好み焼きやに飛び込んでしまいました。やっぱご縁があるんですね。むふ。美味しかった。話も。でも、名古屋の錦のあたりってさっぱり土地勘がないから、もういけないだろうな。かなぴい。

つい買っちゃいましたよ。着物。もちろん古着ですが、銀座のいきつけの店に茶色の紬のアンサンブルがでていたんです。サイズもぴったり。これまたご縁だなと思ってね。
これで正月にも楽しみができました。
そういえば夏に取材にいった十日町でも飲み屋でいい反物屋を紹介してもらって、小千谷縮みの反物を買っちゃったんですよ。これは東京の着物屋で買ったら何十万円なんだろうけれど、ほんとに安かったンす。ま、仕立て代はかかりますが。

なんて着物付いている僕でした。とほほ。

 

■2006.11,09

人との出会いは、本当に偶然に支配されていますね。それに、日頃は自力で生きるなんて粋がっていますが、実は人の紹介や編集者が「書いてみませんか」と誘ってくれた人とこそ、深いご縁ができたりするものです。
「えっ、ほんとうに来てくださるんですか?」
昨日受話器の向こうで声を弾ませてくれたのは、北海道利尻島の菅原さんでした。彼とは雀鬼会全国大会の会場であったんです。よく「 北は北海道南は九州」なんていいますが、雀鬼会の大会は「北は利尻から、南は沖縄本島から」と、えらく具体的なんすよね。ふふふ。
文章に書くにも、「札幌から」なんて書くよりも「利尻では」と書いたほうが迫力あるでしょう。こりゃうかがわない手はありませんよね。
調べてみると、一カ月前の予約なら、エア代も安くすむんです。「でもその時期になるとフェリーがでるかどうか。ま、運次第です」だって。とほほ。稚内まで行って岸壁から荒れる海越しに利尻を望む僕がいるかもしれません。
そしてそのあとは、沖縄本島と関西高槻かな。楽しい旅になりそうです。

そして昨夜。珍しく早帰りで家族で布団に入ってから、編集の渡辺君から電話がありました。
「いま板橋の事務所近くまできています。カシアスさんの資料ポストにいれておきますね」。
そう、あのカシアス内藤さんにインタビューで会うことになりました。彼に関する著作を読むと、引退後、「一瞬の夏」を読んだ大和武士が教えを請いにやってきて、そこからジム経営 という夢を見るようになったのだとか。
その大和と一緒に、僕は「エンドマークからはじまる」という本をつくったことがあるし、なにより僕がこの道に進もうと思ったころに読んだのも、確か「一瞬の夏」だったはずです。
「いつか、いつか」というフレーズを、末期癌に犯されながらも60歳を目前にしたカシアスさんが呟いている。その姿を見てこようと思っています。

そうそう昨夜は川口リリアホールでヴァイオリニスト礒絵里子ちゃんのコンサートにも行ったのでした。バッハとヴィバルディの室内楽だったんですが、なんと妙齢の女性アーティストが14人も美しいドレス姿で登場。野郎アーティストも二人いましたが、(ふふふ、失礼失礼)なんとも艶やかなコンサートでした。礒ちゃんは相変わらずの美貌ときれのいい演奏でしたよん。
あんまり売れてきちゃうと、うちのマンションで演奏してよなんて頼めなくなっちゃいますねん。とほほ。

 

■2006.11,08

昨夜は銀座「のぞみ」へ。 「勝負あり」の共著者井上さんがワーナーのプロデューサー、四角君を紹介してくれました。アヤカという旬な子を担当しているということで、CDをいただきました。
発売一週間程度で50万枚も売れているらしいんですが、不覚にも名前も存在も知らずに失礼なことをしてしまいました。鶴ケ丘八幡宮でアウトドアコンサートを開いたとか。ドライブ感のあるボーカルなんだな、これが。でもまだ10代なんだって。どひゃー。しぇ〜なんて死語かな。たはは。
面白かったのが、四角君が自分から「拓郎さんの最初の奥さんは僕の親戚なんです」なんていいだして、またまたしぇ〜。 ほんとっすか。あのおけいさん。 綾ちゃんというお嬢さんがいるでしょなんて昔話で盛り上がってしまいました。
今日は、いただいたアルバムを聴きながら書くことにしよっと。
そうそう、お礼に拙書「小室哲哉深層の美意識」を送ろうと思ってちと読み出したら、面白くて数十ページ読んじゃいました。たはは。やきがまわったかな。

 

2006,11,05

 

いや〜行ってきましたよ。雀鬼会、全国大会。
東京駅八重洲地下にある広〜い 雀荘で、26卓使って一斉にうち始めるんです。
予選をシードされた選抜チーム、本部チームを含めると、約140名の若者がいたでしょうか。
それが、半荘を最短11分というスピードで打ち合うんです。
僕は麻雀を全くやらないし知らないので最初は手の動きが速いな、という程度にしかわからなかったのですが、隣で打っている「勉強卓」というのと本戦卓とを比べると、そのスピードの持つ意味におのずと気づきました。
とにかく迷いがない。そして考えていない。感じたまま打っている。
牌を山からもってきて手牌に並べるときも、その中から牌を切るときも、鳴くときも計算するときも、卓に座った4人が一人も迷いなくゲームは進んでいきます。そして一人の親が勝ち続けるような状況になるとあとの3人が協力して勝ちにいくのだそうです。4人の呼吸をあわせること。勝とうとするよりも、いいゲームをしようとすること。
もちろん誰もが勝ちに行ってはいるのですが、勝負という価値の上に「美しさ」とか「人間らしさ」とか、そんうふうにしか表現できないような何かが漂っているのです。
さらに、雀鬼流には卓に二人の審判がつきます。手順を間違えたり誤つもをやったり、わざと鳴かなかったりすると「ペナルティ」が課されます。これまた僕にはまだいま一つわかっていないのですが、いづれにしても普通の麻雀のルールの上にもう一つルールがある。それは不自由なことなのだけれど、「それを突き詰めていくと自由になるんですよ」と、ある幹部の人が言っていました。その笑顔には納得でした。

午前11時から始まった対局は全て終了したのが午後7時過ぎ。そこから全員で片づけをやって牌を洗ったりして二次会の宴会が始まったのは8時前だったでしょうか。
終始爆笑に包まれたその宴会は途中清水K太郎さんの弾き語りなどを交えて延々と続き、終了したのは11時30でした。どんなに飲んでも、若者たちの目は濁らないんだな。キラキラ輝いて、そりゃ美しいんです。宴会がなかなか終了しなかったのは、皆、別れが辛かったんですよね。
よく 北は北海道、南は九州といいますが、雀鬼会の北は「利尻島」から来た6人だし、南は沖縄から来た二人なんだもん。それぞれ地元に帰れば、いや東京在住者だって、世間でこんな厳しい流儀で打つ人はごく少数でしょうから、変わり者の孤独を味わっているはずです。
出会ってしまったのが麻雀で、惚れてしまったのが桜井章一だったという天国と地獄。
そんな貴重な光景を見させていただきました。

ちょっとこの集団の存在に、心が傾き始めています。フレンチの次は麻雀かな。そりゃやばいなぁ。

 

■2006.10,31

おっと、忘れていました。
明日1日は三鷹にある武蔵野大学に行って、人間関係学部環境学科で講義をやるんでした。
16時20分から、約90分間でしょうか。友人の水谷先生が声をかけてくださったものです。
一応テーマは「自分をデザインする、地域をデザインする〜鉱脈探しの途上にて」というものを考えています。たはは、あとはなーんも考えていないんですが。
ま、どんな出会いがありますか。楽しみ楽しみ。

ご近所でお時間ある方、顔を出してみてください。誰でも入れるはずですよ。

いや〜、ひさびさに、取材現場で背筋に汗が流れました。
僕は麻雀をやらないのだけれど、 あんなにも張りつめた緊張感は、雀荘で はなくまさに道場。たとえて言うなら、一流のアスリートがスパーリングする格闘技の道場、上昇中の劇団の本番直前の稽古、甲子園レベルの高校野球の合宿、といったものを思わせます。そこでの師と弟子の対峙の仕方は、高校時代のバレーボール部の先生との関係を思い出しました。
雀鬼、桜井章一さんて、ご存じですか。僕は前にヒクソン・グレーシーを取材していた時に、何故か二人が肝胆相照らす仲だと聞いたことがありました。その人とご縁があり、下北沢道場にお邪魔して、そこで行われているおそらく世界でもっとも密度の濃い麻雀である「雀鬼流麻雀」というものを見せてもらったのでした。
約2時間取材したのですが、自分でメモしたノートの内容が、まるで良質のラグビーかアイスホッケーの試合を観戦取材しているような書き方になっているんです。「何時何分、誰がどう動く」「その1分半後、桜井がこう語る」という調子で、秒刻みで物事が動いていきます。「考えるな、感じて動け Don't think Feel go ahead」という、桜井さんの 教えに忠実に、2卓8人の選手が キレよく動きます。
それはヒクソンの道場のスパーリングを観ているような印象でもありました。
二人が瞬時に感情を通わせた理由も、少しわかったような気がします。

さて、数カ月後、どんな言葉がでてきますか。
しばし麻雀という世界に入り込むことになりそうです。

 

■2006.10,28

最近、JR板橋駅近くの串カツ「河内屋」が気に入っています。線路脇の7人も入ればもう一杯の小さな店なんですが、コテコテの本格関西風串カツ(関東では串揚げですね)が安くてうまい。しかもホッピーもあるし。ひと串80円から150円くらいかな。2〜3000円も食べて飲めば満足満足という感じです。インターネットなんかだとけっこう書かれていたりするんだけど、板橋の住民にはあまり知られていないみたいで、比較的空いているのもうれしいっすね。原稿を長時間書いた後には、ここと明星はかかせませんわ。

そして今日28日はオークラで「エスコフィエの晩餐会」。日本エスコフィエ協会が企画した「世界同一メニュー晩餐会」です。昔、明治の終わりに当時全盛を誇っていたエスコフィエがロンドンのサボイ・ホテルから世界にメニューを発進して、全世界のレストランで同時に行われた晩餐会を再現したものです。南仏にあるエスコフィエ博物館に残る資料には、その時代に横浜にあったグランドホテル(ニューグランドではありませんよ)でもこの晩餐会が開かれたとの記録が残っています。 でも、当時の新聞や雑誌をみても、その記述がないんですよ。唯一証言として取れたのは、在りし日の帝国ホテル村上総料理長の言葉でした。「親父にきいたことがあります。昔グランドホテルでエスコフィエの料理をつくった、と」。彼が語った「親父」とは、先々代の料理長、石渡文次郎さんのことでした。
つまり、料理人の記憶の中に残っていたわけです。

というわけで、今夜行ってきますね。また写真で報告しましょう。串カツもフレンチも、おいしいもんはやめられませんな。たはは。

 

■2006.10,24

昨夜、観ましたか?「今日までそして明日から、吉田拓郎35000人の同窓会」(NHK)
そのタイトルはあまりにどーよと思ったり、内容的にも、ま、コンサートの風景を流さないといけないから仕方ないのかなとも思いますが、ちと平板でしたねぇ。
だいたいNHKのスタッフが、拓郎さんにきちんとインタビューしてもっと心の深い部分を聞き出そうという気概にかけていたような気がしますね。スタッフは、「拓郎さんはテレビ嫌いだから難しいんです。資料庫の過去のVTRの中にもカメラ目線のインタビューテープなんてひとつも残っていないんですから」なんて言ってましたが。本当はテレビ大好きおじさんなのにね。照れてるだけでしょ。
とはいえ、久しぶりにテレビの前で1時間半も過ごしてしまいました。テレビコラム書いてるのにね。うふふ。

 

■2006.10,18

一昨日の夜は、新宿。ここ4、5年連載していたグリーンパルというカード情報誌の「職人列伝」の打ち上げ。全30回でカード誌自体がなくなることになって、連載も終了したのでした。
カメラマンの杉全さん、編集者の野上さん、滝川君としゃぶしゃぶ。
その後二丁目のラブちゃんのところにながれて、さらにもう一軒、文壇バーみたいな店にも行ったんですね。杉全さんの紹介で。
なんとまぁお上品な店で、僕なんかが二丁目ノリで飲んじゃいけないような店でした。

それにしても、この取材は楽しかったな。ずーっと取材中のエピソードで盛り上がりました。
出会ってしばし熱中して、いずれ分かれていく。あとに残る余韻を一瞬楽しめるのが、僕らの仕事のひとつの醍醐味なのかな。どんな仕事でもそうなんだろうけれど。

あとはこの連載を単行本にする仕事が残っているだけです。

 

■2006.10,13

昨日のお昼は豪勢でしたよ。
麻布十番の焼き肉や「大田原牛超」って知ってますか。
神楽坂ラリアンスの支配人勝山さんに教えてもらって行ったのですが、なんとステーキメニューに20万円という値段の一皿があるんです。なんでもBMS12という、年間に何キロもでないような霜降りの部位を使うそうです。
僕はパリからF1取材で一時帰国されていたカメラマンの沼口さんと行ったのですが、もちろんスランチステーキで我慢しました。それでも6000円ですよ。恐るべし牛超。たはは。

実はこのレストランの支配人の佐藤さんが、今年ミシュランの一つ星をとったニースの松島シェフの先輩で、彼のことを伺うために訪ねたのでした。
いやいや、十分に美味しかったですよ。6000円のランチステーキでも。
にしてもにじゅうまんぃぇんとはね。はーー。
カーヴにもロマネコンティやラ・ターシュ、シャトー・ムートン、シャトー・ラフィットなどがずらり。相当なもんです。いやはやですね。

 

■2006.10、09

3連休はいかがお過ごしでしたか。
僕は実家である埼玉県入間市に帰って来ました。
池袋から電車で40分ほどなんですが、冬場に帰ると気温が1、2度は確実に低いし、この季節には駅を降りるだけで木々の香りが漂ってくるのが感じられます。
市内に県立公園と稲荷山公園という二つの大きな公園があって、そのフェンスの向こうには米軍キャンプ時代のハウスがまだそのまま残っているという、ま、そういう街です。
特に稲荷山公園は、高校時代によく仲間で集まって「広場に集まれ」なんてグループをつくっていたんですよね。 この前つま恋に行ったのは、その時のメンバーが中心だったな。
この公園には適当なアップダウンがあるすごくいいジョギングコースもあって、よく走ったりもしていました。
ま、今は自分ではジョギングのつもりでも「ウォーキングですか?」なんて声かけられちゃいますからね。とほほ。
今回は落ち葉を踏みしめながらちょっとだけテニスの壁うちを。
スポーツの秋ですからね。やっぱり汗かくのがいいですね。

と、いいつつ板橋に戻ってまた原稿です。とほほ。

朝日新聞に載る藤沢周平の広告記事の鼎談文章なんですが、いろいろ潜るべき旗門が多くて、ちとめんどい。ま、がんばりましょう。

 

■2006.10,04

昨夜はル・テアトル銀座で若林ケンちゃんのコンサート。いや〜、すんごいよかったっすよ。
前もってここでも紹介すればよかったな。もっとも当日券も完売で超満員でしたが。
ケンちゃんも気持ちよさそうに歌っていました。
特筆されるのは、影で支えているプロデューサーの堀越君だな。昨日も終演後、劇場の扉の前で何度も何度も「ありがとうございましたぁ」と声を張り上げていました。そんなことするプロデューサーはいませんよ。ほんとに。 ケンちゃんの歌声にほれて自らプロデュースを引き受けて、テレビやラジオに出演させてCDも出してコンサートも何本も企画して。
もちろんここまでの仕事はお金にはなっていないはずですからね。
来春、同劇場での追加コンサートも決まったようですから、彼の苦労が報われる日も近いかもしれません。ケンちゃんのファンクラブ会報をつくることになったら一緒にフランス取材しようねと約束しているのですが(,むふふ)、その日も近いかな。

 

■2006.10,02

いやはや、もう10月ですねぇ。年賀状はがきの注文受け付けなんて始まってるし、なんかあっと言う間に今年も終わってしまいそうです。たはは。こんなことを言い出すと、歳だなってことになっちゃいますね。とほほ。

年末までに、あと2冊分の原稿をまとめないといけないことになっていて、それだけじゃなくて、新しい企画も考えないといけなくて、ちと焦っております。今年前半はPTAで慣れないことばっかりだったんで、時間を取られちゃいましたね。ま、それはそれでいい体験だったと思うのですが、書き手としては、この体験をしっかりと刈り取らないと意味ないっすよね。

昨日は栃木県大泉町の市民ミュージカル取材。在日ブラジリアンが人口の14%を占める町です。その「共生」がテーマだったので、興味深く取材しました。残念ながらフェジョアーダとかシュラスコは食べられなかったけれど、町の受け入れ態勢にちと感動。
ブラジル・ポルトアレグレ生活40年の和田さんにもこのことは伝えたいな。原稿ができたらブラジルにも送りましょう。
ああ、そういえばもう5、6年はあの南米の雄大な雲を眺めていないな。何とか理由をつくって、まあたの雲を見に行きたいものです。

 

■2006.09、25

行ってきました〜。日曜日の午前中に戻ってきましたよ、つま恋から。
戻ってみたら、新聞各紙の1面には載るは、テレビニュースでもばんばん流れるは、けっこう大変なことだったみたいですねぇ。拓郎&かぐや姫コンサート。
現地にいると、なんか皆ぬるーい感じで、コンサートというよりも巨大なビアガーデンだったり昼寝サロンだったりっつー感じでしたが。たはは。詳細は「だいあり」で書きますね。

 

■2006.09、21

昨夜は武蔵野大学の水谷先生と新宿で痛飲。
彼とはもう何年も前、茨城県美野里の市民会館建設の取材で出会ったんすね。
あの時彼はある設計事務所の設計士で、それで街づくりにも関わっていたのでした。
んで、時が流れて彼は関西で自分の事務所を開いて、2年前(だったかな?)から武蔵野大学の先生になったのでした。
そして今年「秋に学生に何か話してくれませんか」と相談を受けたのです。「環境デザイン論」という講義なのだそうです。たはは、そんな話僕にはできませんが「ま、何でもありっす」ということなので、面白いからやらせていただくことにしました。何を話そうかな。地域をデザインすること。そして自分自身の人生をデザインすること。そんなことになるかな。ま、今だったら断然越後妻有・大地の芸術祭の話になっちゃうよね。
講義があるのは、11月1日だそうです。うーん、楽しみだ。

 

■2006.09、18

ついに一週間後に迫ってきましたね。
って書いても、何が「ついに」なのか何が「一週間後」なのかわかりませんよね。たはは。
「吉田拓郎とかぐや姫、つま恋コンサート」ですよ。オールナイトと書けないのが非常に寂しいですが。むふふ。
特に僕の地元の入間市では大盛り上がりで、コンサートのチケ発売の時から12枚も買い占めてくれる奴がいたり、中学校当時の恩師を鳥取から呼んで一緒にもりあがろうと計画してくれる奴がいたり。それぞれ仕事を調整して、車二台に分乗、浜松一泊で駆けつけることになりそうです。鳥取からきてくれる先生というのが、中学校時代の僕らの心の恩師で、今でもこの時代の奴らと仲いいのは、たぶんこの先生の影響が大きいんですよね。
当時、体育館のステージとかで一緒にギター弾きながら拓郎とか陽水とかよーく歌ったもんですよ。ま、どこにでもあった青春の一コマでしょうが。
さてさて、どんなことになりますか。
僕は翌日24日、小学校の運動会なので、朝1の新幹線で戻って参加しないといけないのですが。テレビとかでもやるみたいだし、僕もそのコラムをダイムに書かないといけません。だから取材でもあるのかな。とほほ。
いずれにしても、体調を整えないとね。このコンサート、いかれる方いますか?現地であえたらいいですね。

 

■2006.09,16

昨日、とんぼが帰りで兵庫県立芸術文化センターの取材に行ってきました。
ここは、指揮者、佐渡裕ですよ、なんたって。
佐渡さんとは不思議に縁があって、地域創造誌での取材はもう岩国、河口湖、そしてここと3度目だし、その間アエラでフランス取材もしているし。今年の秋には、ポプラ社から、彼とスポーツトレーナーの対談を僕が構成した本も出ることになっています。
んで、その佐渡さんがすんごく頑張っているんですよ。昨日は県下全公立中学校の1年生を集めた「わくわくコンサート」の本番が行われていました。全20回にわけて行われるコンサートです。それだけではなくて、地元商店街のおっちゃんと組んで街角コンサートをやったり、大イルミネーション大会をやったり、地元の活性化にも大いに貢献しているのです。
「常任指揮者としてではなくて、芸術監督として呼ばれたんだから、そういう活動も覚悟していましたよ」と佐渡さんはいいます。その言葉に刺激されて、県から出向している職員も自ら出向を延ばして、地元との「運命共同体」関係を築くのに必死です。
その甲斐あって、今では芸文で開くコンサート等のチケットは4割りが市内、7割りが阪急沿線で売れていくのだそうです。ファンクラブは6万人、定期演奏会の会員は1700人。キャパ2000なんだから、一般売りは数百枚しかないという計算ですね。すんげ〜。
ずーっと前から「文化を経済化するシステム」というのが僕の興味の一つだったんですが、夏の終わりに取材した越後妻有もここも、その果敢な実践例となっています。

帰路、その芸文を応援している地元商店街の会長がやっている居酒屋に立ち寄ってみました。西宮北口駅から3、5分の「えるえる」という店です。ここもよかったな。おっちゃんの柔らかな人当たりもいいし、流れているジャズもいいし、おつまみもおいしいし。あと少しでまたまた帰京不能になるところでしたん。とほほ。ご近所の方、ぜし行ってみてください。

 

■2006.09、12

50000番のキリ番を踏んだ方が判明しました。
明星仲間の米山さんでした。米山さん、おめでとうございます。
自分じゃ照れちゃって名乗りあげないんだからなもー。
さて、どんなプレゼントにしましょうか。ちと考えますね。

先週土曜日は、日頃BAZAARの仕事を手伝ってくれているOLの結婚式でした。
イヤー、今どき珍しいっつーか、京王プラザで演出満載のノリノリ結婚式でしたね。
新郎がTBSのスポーツ局の人というのは聞いていたんですが、なんとそのお父様が東京オリンピックの聖火リレーの最終走者の坂井さんだったんです。
そして新郎は来年開かれる大阪世界陸上のチースプロデューサーとか。だから陸上界から河野洋平名誉総裁がくるし、会長副会長もくるし、瀬古利彦さんなんて二番テーブルだもんな。いやばはや。でも、変に照れるよりも「やる気まんまん」の結婚式はいいもんですね。

 

2006.09,08

いやいやいやいや、10日間以上のご無沙汰になってしまいました。
この間「HPの更新がないけどどうした?」「なにか体調でも悪いのか?」
と何人かの方からご心配をいただきました。ありがとうございました。
調子が悪かったのは僕ではなくてパソコンのほうでした。思うようにマウスが動かなくなっちゃって、画面の右から左にスクロールするたびに、あまりのもどかしさに顔の方が引きつっちゃうありさまで、とてもHPを更新しようというきにならなかったのでした。
お許しください。

で、なじみのパソコンショップに連絡してパソコンを買い換えようということになったのですが、「ウインドウズ98ですと言ったら絶句されてしまいました。今どき何使ってんですかだって。とほほ。
今どきDVDも使えないワードもエクセルも使えないパソコンなんてだめですとしかられて、
ついに僕もウインドウズXPユーザーとなったわけです。なんて、偉くもなんともないんですが。

ところがパソコンって、新しくなったらなったで、またいちから使い勝手を習得しないといけないし、

今も思うようにならないキーボードに悪戦苦闘しております。とほほのほ。
だいたい僕は「親指シフト」なんて使っているからいかんのですよね。知ってますか、親指シフト。富士通のワープロ・オアシスのユーザーでないと、この苦しみはわからんでしょう。
ビデオのペータしかり、JRのE電しかり、OSのアップルしかり、とにかく、良品ほど駆逐されていくという典型です。ほんと、使いやすいんだけど、標準競争で破れてしまったキーボードなんす。
またもや、とほほだな。

ま、あたらしいパソコン君とまたまたながーいつきあいになりそうです。
そしたら、パソコンショップのやつが「普通は最長でも5年で新機種に切り換えますよ」というから、「んじゃ、5年後にね」と言ったら、すかさず「来年新しいウインドウズでますよ」だって。
ありゃりゃ、またまた1年で恐竜化の波に飲み込まれてしまうのでしょうか。

■2006.08,28

 

8月も最後の週になったとたんに、なんか秋風っぽくなっちゃいましたね。
夏の後ろ姿はいつも儚げですね。
最近、パソコンの調子がわるくて、マウスのカーソルが上手く動かなくて、往生しています。
新しいのがくるまで我慢だな。とほほ。

そうそう、気がつけば、「50000」のキリ番が迫っていますね。
最近はキリ番プレゼントをやっていませんでしたが、5万人目の方には何か差し上げないわけにはいきませんね。
当選者の方、ぜひご一報くださいませ。

文成小PTAブログの「夏休みブログ大賞」の応募も明日までです。
ふるってご投稿くださいませ。

 

2006.08,25

この前、パークハイアット梢の料理長大江さんから電話をもらって、怒られちゃいました。
「25日に浴衣の会をやるっていったじゃん。準備してください」だって。とほほ。
そういえばそういう約束をしていたのでした。
すっかり忘れていて、あわてて四方手配したのですがなかなかいい店が見つからず。
大江さんの希望は船で浅草に入ってどんちゃんということでした。といっても、屋形船の料理ってちと興ざめですもんねぇ。
というわけであれこれ考えていたら、以前PHPのA編集長に向島の料亭につれてってもらったことがあったことを思い出しました。当時、綾小路の企画か何かでばんばん売れていて、太っ腹だっですよね。ありゃ楽しかったなと思い出して、ネットで探して電話してみたら、けっこうリーズナブルなんすよ、これが。むふふ。
ということで、今日は夕方に日ノ出桟橋に集合して船で隅田川を遡上して浅草へ。そこから車で向島に向かって、料亭で芸者衆も呼んでどんちゃんすることになりました。ま、たぶん、控えめなどんちゃんですが。 とほほ。参加は40代の独身女性陣とか。またダイアリでご報告しますね。

2006.08,23

 

志摩から戻りました。
いや〜、束の間素敵な時を過ごさせてもらいました。
空はあくまで広く、雲はあくまで凛々しく、風はあくまで爽やかで、何もかもが素朴に、ありのままの姿でそこにある「夏」でした。
そこでダウン症の子たち4人が一日合宿を展開したわけです。
詳細は「だいあり」にて。よろしくどーぞ。

8月もラストスパートですね。9月になったらもう年末に向けてのスタートというかんじだし。
今年何を考えどう生きてきたのか。
これからいろいろ書き綴っていかなければいけません。

 

2006.08,20

ここにきて、暑い夏になってきましたね。
けっこう快適にサマータイムを楽しんでいたのですが、哀しい話題も一つ。
僕らで管理運営している文成小学校PTAの掲示板に、卑猥画像とかの書き込みが
連日続いてしまっているんです。とほほ。
ったく、小学校の掲示板だと分かっていて書き込むなんて、どういう神経の人なんでしょうねぇ。
いや、機会式なのかな?
ま、とにかく放っておくわけにはいかなくて、皆で連日「削除削除」の繰り返しです。
かえって連帯感が強まって、その意味ではこの経験を肥やしにしているのではありますが。
やめてくださいね〜。こんなことではくじけませんからね〜。
って、相手がわからんから虚しいなぁ。

そうそう、同ブログの「夏休み写真日記大賞」は、終盤戦にさしかかっています。
まだ応募可能ですから、皆さんもチャレンジしてみてください。
9月には豪華賞品がまってますよ〜。
http://blog.goo.ne.jp/bunsei_pta/

今日からは、再び志摩のアトリエ・エレマン・プレザンです。
ゆきえちゃんやケンイチロウ君に会えるのが楽しみ楽しみ。
皆どんな絵を描いているかな。
また写真で報告しますね。

 

■2006.08,16

今朝の読売に興味深い記事がでていましたね。
気がつかれましたか?
「選手時代に封印した感情解放、カール・ルイス氏、俳優でも輝き」という
スポーツイラストレイテッドからの翻訳記事でした。
あのカール・ルイスが役者修業をしているんですね。しかも、去年参加したワークショップでは、他の参加者から罵声を浴び続けたとか。競技生活の中で感情を抑える習慣をつけてしまったので、役者としての感情解放ができなかったのだそうです。
ところがそのワークショップを通して何かが変わり、彼は今映画にちょい役ででまくっているそうです。
と、いうストーリーよりも、僕の興味を引いたのは次の内容でした。
「アトランタ五輪での400mリレーメンバー落ちというのは競技生活で最悪の出来事だった。引退後、 映画の試写会に顔を出しクラブで遊んだ。陸上の埋め合わせはパーティーだった。03年4月には酒を飲んで深夜にスポーツカーを運転し、高速道路で事故を起こした」
その時、彼は思ったそうです。「もう一度人生を組み立て直さなければ」と。
文章の最後はこんなルイスの言葉で締めくくられています。
「1997年から2003年までの、あの人。あれは僕じゃないさ」
ふ〜む。それほどまでの孤独が、あのスーパースターにもあったのですね。
人間は面白いなぁ。ルイスかぁ。なんだか会いたくなりましたね。

 

■2006.08,10

「おい、そんなことしたら、俺が俺じゃなくなるだろ」----。
久しぶりに圧の高い言葉を聞きました。劇作家のTさんの言葉です。
事の成り行きはこうでした。
歌舞伎町でシャンソンを歌い続けているWさんという歌手がいます。かつてTさんの舞台で「何故か上海」を歌って岸田今日子を抱きしめるという素敵なシーンを演じていた役者さんでもあります。そのWさんが、井上陽水の歌をカバーしてCDを出したいと言い出しました。一計を案じたプロデューサーがその条件に、「自分で陽水さんに頼んでくること」をだして、Wさんは今度陽水さんのコンサートの楽屋に行くことになったのだそうです。
ところが、陽水さんは、かつてWさんの店に一度来た事があっただけ。それもTさんが連れてきたのだそうです。「もしあの時の事を忘れていたら、Wの願いは空回りする---」と案じたプロデューサーは、Tさんに頼みました。「再度陽水さんにWのことを紹介してくれませんか」と。
このプロデューサーは、ここ数年Tさんに可愛がられいました。自分は酒が飲めないのに、深夜泥酔したTさんに拉致されて、「俺の秘密の部屋にいこ」と東十条のカラオケボックスに付き合わされたりしていたのです。
ま、あれだけつきあったんだから、そんくらいやってくれんだろ。電話一本ですむんだし。
プロデューサーはそうタカをくくっていたのだそうですが、返ってきた言葉は---
「俺が俺じゃなくなる---」
んじゃ、なにになるのさと突っ込みたいところですが、ま、そこはTさんの美学。黙って頷くしかありません。とほほのほ、ですねったく。
にしても、あぁーうざったい。TとかWとか。モー皆わかりきっている人たちなのに。たはは。

というわけで、還暦を過ぎたシャンソン歌手の新しい地平が開けるかもしれません。10月には銀座セゾン劇場でのショーも待っています。皆さん、お楽しみにね。

 

2006.08,08

土曜日から、札幌-帯広と廻ってきました。
東京が真夏になった後だったから涼しければいいなと思っていたのですが、
なんのなんの、北海道も内地に負けない猛暑でした。とほほ。
その夏さの中、札幌では、ついに民間の力で町のど真ん中にキャパ250の劇場をつくってしまったNPOコンカリーニョの斎藤(い)ちづさんにあったり、帯広では4年後の冬季五輪を目指して始動した女子アイスホッケーチームを取材したり、いづもれ「暑い人たち」と出会う旅になりました。
ま、結局僕はそういう人たちが好きなんだろうな。
真夏にどくどくと汗を流しまくっているような生き方が好きなんですよね。
今日からしばらくは東京です。原稿も書かなくちゃね。

「だいあり」に写真載せます。見て下さいね。

 

■2006.08,02

なんだかはっきりしない夏ですね。
もっと強烈な日差しがほしいな。
と、いいつつ、今朝体重計に乗ってちとびっくりしてしまいました。
実は今年5月に大腸ケイシツ炎で入院した時に、6日間絶食点滴治療を受けて、体重が6キロほど落ちたんです。ま、とうぜんですわな。
んで、退院してからもリバウンドがこないように気をつけて、結構マイナス5キロをキープしていたんです。
具体的には、お昼にラーメンを食べない、もちろん深夜のラーメンも食べないという、いたってシンプル、ダイエットというよりは人間として当たり前のことなんですが、これだけで結構きくんです。んでもってし退院以降ずーっと体重70キロ台をキープしていて、時には76・9なんて数字にも出会えたりして、ほくそえんでいたんです。むふふ。
ところが今朝は、昨夜涼しくて寝汗をかかなかったからか、78キロ、ジャーン。こりゃいかんということで、さっそくジャージに着替えて、2キロほど走ってきました。
そしたら効果てきめんで、77・4キロ。このぶんでいったら、75も近いかな。
最近「痩せたね」なって言われると「ジャックナイフとお呼び」と答える僕です。とほほ。
ま、一つの芸風としてお許し下さい。

 

■2006.07,28

昨日何人かの方にメールで暑中お見舞いを出したら、思いがけない方からご返事をいただきました。八戸大学アイスホッケー部監督の佐藤先生でした。
以前コクドの選手が合宿をしている時に取材に入り、そこで紹介された先生です。
さらに驚いたことには「今は全日本女子チームの監督をしてんいます」だって。しかも、彼を紹介してくれた元コクドの坂井選手が強化部長をやっているのだそうです。
どひゃ〜。これで僕の周囲で、アマチュアスポーツ界のトップに君臨する人が、バレーボールの強化部長に就任した高校時代のバレー部監督萩原先生と3人になりました。
ちょうど5、6日と札幌取材があるから、その帰りに合宿地帯広に寄って、激励してこようかな。次の冬季五輪まで、追いかけてもいいな。
真夏のスケートリンクは気持ちいいっすよ〜。また報告しますね。

 

■2006.07,26

いよいよ真夏日になりましたね。続けばいいんですが。
あのうっとおしい天気はかないませんね。
日曜月曜と、越後妻有で始まった『大地の芸術祭』にいってきました。
さっそく「だいあり」に書きました。見てやって下さい。すんばらしいのひと言です。

今週はこのあと、新井満インタビュー、佐渡裕インタビュー、原稿一本、その後静岡、札幌出張と続きます。夏は東京にいるよりも地方の方がいいっすよね。

 

■2006,07,21

京都、西宮の旅から戻りました。
「だいあり」にも載せましたが、坂本の「麦の家」の山崎ご夫妻との出会いは貴重なものとなりました。染め師の吉岡幸雄さんのたたずまいも素敵だったな。この「職人列伝」は吉岡さんで最後なんですが、いい原稿が出てくることと思います。
そして、兵庫芸術文化センターの、佐渡裕指揮「マダム・バタフライ」。
午後の公演なのに2000席の客席は全てドレスコードのお客様で埋まって、そりゃ贅沢な大人の空間でした。(僕だけ半ズボン、とほほ)
でも、オールジャパン・プロダクツなので、蝶々夫人も明治期の長崎のセットも、全く違和感がないんです。異文化プロダクツだと、必ずどっかに勘違いがあって、それで物語の世界に浸れるんですが、今回はそれがないために、日本人が西洋人に愚弄される物語がまんまみえちゃって、ちと不快な印象ももちました。とほほですね。

京都では、初日の夜はとんかつ「山本」さんの裏メニュー。伊勢のあわび、鱧のフライを楽しみました。2日目は吉岡さんお勧めの祇園の「らく山」へ。こちらは若いご夫婦がやっている割烹で、やはり鱧三昧。最後にぐじをいただきました。これまた絶品。
初日の夜、一人で寄ったバー「スローボート」もよかったな。いい雰囲気の店でした。
また京都に行く楽しみが増えた思いです。

 

■2006.07,17

今日はこれから京都、そして西宮へと出発です。
京都では、まず比叡山坂本の月心寺にいって、アンジュさんと原宿月心居の棚橋さんの対談をサポート。翌日は日本一の染め師、吉岡さんの取材。そして最後は兵庫県立芸術文化センターで佐渡裕さん指揮の「マダム・バタフライ」を観て帰ってくるという、なんともコンテンツ満載、贅沢なコースですね。たはは。
今月は九州に始まって、札幌、山梨、新潟、静岡と旅がちな月でした。日本をいろいろな角度から観られて面白いっすよね。
それにしても東京は蒸し暑い。なんかパソコンの調子もよくないし、人間の調子もすぐれるはずがありませんねぇ。とほほですね。

 

■2006.07,10

一週間の御無沙汰になってしまいました。
この間、カリスマ写真家にあったり、障害者と健常者が一緒に演劇をつくっている
劇団きらきらの田中さんにあったり、グレイトジャーニーの探検家、関野吉晴さんにあったり、
それなりにいろいろ取材はしていました。
でも、一番の感動は、文成小学校の相撲大会優勝かな。たはは。
地域の5校対抗戦で、見事3勝1分けで優勝したのでした。
琴剣さんや足立区新田高校の相撲部の皆さんにきていただいて練習したんですから、練習の質も量も違いますよ。圧勝でした。うれしかったなぁ。
それは、http://blog.goo.ne.jp/bunsei_pta/でみてください。

今週は山梨に行って、20年前からログハウスをつくっている千田さんにあってこようと思っています。「自分で家をつくる人々」つーのを書きたいんですけどね。ま、これからです。

皆さんの梅雨は如何ですか?あとしばらく、うっとおしい日が続きますね。ご自愛下さい。

 

■2006.07,03

いや〜、東京の湿度と気温は地獄ですね。
札幌から戻ったら、いやになっちゃいましたよ。とほほ。
それにしても、札幌でのサロン・コンサートは素晴らしかった。
ホストの多田さんの尽力で50人もの聴衆が集まり、ボランティアの皆さんの
心のこもった歓迎ぶりで、ベルチさんもとても喜んでくれました。
会場となった多田さんのマンションは、中島公園に面した14階で、西には羊蹄山とか小樽の方角に落ちる夕日も眺められて、まさに絶景でした。
その窓を全開にして、ベランダにまであふれたお客さんを前に、ベルチさんのショパンが流れたわけです。
う〜ん、実に贅沢な一日でした。

その報告は「だいあり」に写真付きで書きますね。
今日はこれからサントリーホールでJRこと五嶋龍君のコンサートにいかないといけないので、
ちと失礼します。

それにしても、このごろ、地域交流活動ばっかしだな。たはは。

 

■2006.06,30

さぁて、遅れていた締め切りも今朝脱稿したので、今日はこれから札幌に行ってきます。
と、今日になって考えたのですが、一緒に行くピアニストのベルチさんは、札幌だけじゃなく
もっともっと多くの日本の音楽ファンと交流を望んでいるのですよ。
で、確か滞在は7月末までなんだけど、こりゃ文成の子供たちとか、近隣の人たちとの交流もありですよね。池袋本町のあたりに、ピアノがあって適当な広さがあるご家庭ってないでしょうか?
やっぱり学校かなぁ。でも、体育館というのはちょっとね。世界的なピアニストに失礼っすよね。
どなたか、いいお知恵はありませんかねぇ?

土曜日の夕方に多田さんのリビングでコンサートやって、日曜日の朝イチでとんぼ返りして
そのまま文成でやる末広太鼓のワークショップにかけつけますね。
なんと70人以上が参加申し込みしてくれたらしいです。全校児童280ですからね。
担当のお母さんたちも頑張ってくださっています。
どんなことになりますか。楽しみ楽しみ。

 

■2006.06,26

なんかいやーな雲ゆきになってきましたね。
これから数日間、こんな天気が続くのでしょうか。
とはいえ今週は、この梅雨空を見越して、札幌行きを決めていたのでした。
実は春先だったか、スイス大使館から連絡が来て、横浜フェリスに音楽を教えに来ているスイス人ピアニスト、ヴェルナー・ベルチ氏が日本の音楽ファンと交流したがっている。どこかでサロンコンサートを開けないだろうかと頼まれたんです。
うーん、しばし考えて、閃いたのが札幌の多田さんでした。
彼とは去年、伸行君のショパンコンクールに同行したんです。僕は10日間で帰ってきてしまいましたが、多田さんは一カ月も滞在して、伸行君の活躍を最後まで見届けてきてくださったのです。帰国後、「ピアノかっちゃったよ」と連絡がありました。伸行君の札幌での練習場にしてほしいとの思いからとのこと。すんごいですよね。
そのピアノを使って彼のマンションでサロン・コンサート。
いいでしょう。さっき多田さんから連絡があって、道新の先輩がその記事をだしてくれたので、あっと言う間にフルハウスになりそうだとのこと。
こりゃ、楽しくなりそうですね。
おっと、もちろんその前の晩はエビ、カニの舞い踊りですよね。
うーん、いいぞぉ、サッポロ。

あ、その前に締め切りがあったな。とほほ。

 

■2006.06,22

明後日24日土曜日、17時開場で、落語家・三遊亭京楽師匠の独演会を開きます。
会場は、池袋本町4丁目にあるシスナブの集会室。
つまり我が家のあるマンションで、近隣の有志の人たちと企画したわけです。
なんせ500戸もあるマンションなんで色々な考え方の人がいるのですが、
周辺の方や文成小の保護者の方にもお声がけして、なんとか成功させたいと
思っています。
大人500円、子供は無料。シスナブの居住者も無料です。
お時間とご興味のある方は、ぜひに足をお運び下さい。
埼京線板橋下車5分、東武東上線下板橋からでも5分です。

 

■2006.06,19

今日は朝から、いや正確には昨日サッカーを観ている頃から身体中が痛いっす。
太股とか二の腕の辺りとか。
実は昨日は、池袋地区のパパさんバレーボール大会だったんです。
僕も今年から誘って頂いてチームに入れて頂きました。
そしたらいきなり大会で、しかも3試合して見事に優勝しちゃったんです。
高校時代以来何十年ぶりのバレーだから、当初はもたもたしっぱなしだったんですが、
練習を3回、そして試合を経ていくうちに、だいぶ昔の勘が戻ってきたみたいです。
ま、9人制の後衛をうろちょろしているだけなんですが。
それにしても、あー、楽しかった。やっぱり汗をかきながらのチームプレーは楽しいですね。
チームメートの皆さんともやっとお近づきになれた気がします。
ありがとうございました。
詳報はhttp://blog.goo.ne.jp/bunsei_pta/をご参照下さい。

サッカーはドローですか。柳沢の決定的なミスが痛いですね。
結局フォワードの得点能力が日本の課題なんだな。綺麗に得点しようという気持ちが強すぎて、我武者羅に突破するやつがいませんでしたね。
そういえば、今年書いているPTAのブログに対しても「そんなに活発にやったら来年PTAを引き継ぐ人のことも考えて下さい」なんて書き込みをいただいたんですが、そんなこと言ってるうちはこの国は駄目なんでしょうねぇ。とほほですね。

 

■2006.06,13

おっと、「だいあり」が復活してほっと一息ついていたら、あっと言う間に一週間以上も不在にしてしまいました。すみません。この間、なんやかんやありまして、あたふたと生きていました。

5日はパリの日仏文化センターの服部さんと一緒に原宿月心居へ。京都の町屋に興味をもっているところだったとかで、その和空間をとても喜んでくれました。
6日は毎日新聞赤司さんのホームパーティーへ。ピアノとチェロのデュエットを楽しんだ後で、美味しいお食事をいただきました。すんごい人出。70人くらいいたかな?
7日は花園神社裏の超絶品焼鳥「鳥はな」へ。ここはすんごいよ。ほんと。皮とか絶品。
9日はまたまたPTA会長会で一揉め。「学校交換便」なんつー古いシステムをメールとかファックス連絡に変えて貰えませんかと提案したら、またまた紛糾してしまいましたん。とほほ。すっかりそういう役割になっちゃったな。でも、そういう足元から変えて行かないと、PTAって誰もついてこなくなっちゃうよね。そもそも「存続の危機」なんだという自覚が足りなすぎるんだよね。
10日は甲斐駒ヶ岳の麓でログハウスを作り続けて20年になる千田さんと久しぶりに歓談。
20年前、僕がフリーになって最初の取材がこの人だったんです。彼の取組みがあまりに素敵なので、今度一本書きたいと思っています。
11日はセントラル社ゴルフ大会。大宮の河川敷へ。爆笑大会になるのは前々からわかっていましたが、「チップインダブルボギー」はすんごい。おかしすぎ。ふふふ、ね、Kさん。

ま、また新たな一週間が始まりますね。よろしくどーぞ。

 

■2006.06,05

やった〜。
やっと閲覧不能だった「だいあり」が復旧しました。
さっそく文章と写真をアップしましたので、みてやってください。

そしてもうひとつ、かなぴいお知らせ。
皆さんに書き込んで頂いていたbbsですが、あんまりにもいかがわしい画像書き込みが多いので、閉鎖することにしました。お許しを。
この前なんか、PTA連合の会議にわざわざいかがわしい画像が残った状態のbbsのページをコピーしてきて、僕じゃなくうちの他のメンバーに「こんなのあるんですよ」なんて言いつける人もいたんですよ。とほほ。んなのPTAのページじゃないんだし、僕が管理しているんだから僕に直接言うのが筋じゃないですかねぇ。ったく、困った大人たちです。

ま、ブログが戻って何より。またよろしくお願いいたしま〜す。

 

■2006.06,03

長い間「だいあり」が閲覧不能状態ですみません。
誰よりも僕が一番(小さな)胸を痛めているのですが(とほほ)、なんか振込口座を変える作業の中でこんなことになってしまったらしいんです。ココログニフティでも、いま一生懸命復旧に向けて作業をしてくれているとのこと。いましばらく、お待ち下さい。
なんか僕も、書き込むところがなくなって呆然としてしまって、かわりにここに
http://blog.goo.ne.jp/bunsei_pta/
書いてます。よろしかったらこちらもご覧下さい。

本当は志摩観光ホテルの絶品鮑ステーキとか伊勢海老スープとかの写真があるんですが、うーん、くやぴい。

 

■2006.05,29

ただいま〜。
行ってきましたよ、三重県志摩市大王町のアトリエ・エレマン・プレザン。
いや〜、いいところでした。そしてすんごいアトリエでした。
さっそく写真付きでだいありでレポートしようと思ったら、ココログが不調でまだアップできていません。すんごい写真も撮ってきたから、ぜひ見て下さいね。
ダウンの芸術家たちの活躍もすごかったけれど、お母さんたちが用意してくださった絶品の海の幸山の幸もまたすんごかった。あぁ、帰りたくなかったよ〜。
25、26、27と取材して、その夜は憧れの志摩観光ホテルへ。
ここのラ・メールもまた、極上のレストランでしたねぇ。
伊勢海老のクリームスープ、鮑のステーキ。そしてとびきり新鮮な野菜や魚たち。
噂に違わぬお料理でした。途中で写真を撮るのを忘れてしまうほど。とほほ。
ま、ブログの復調をお待ち下さい〜。

 

■2006.05,25

今日はこれから、三重県英虞湾にいってきます。
ダウン症の子たちが芸術活動を展開しているアトリエ、エレマン・プレザンという施設の取材です。いやいや、取材というよりも、その絵があまりにも素晴らしいので、とにかく早くアトリエが観たい、作品が観たい一心というほうが正確かな。
アウトサイダー・アートという言葉もあるそうです。彼らの純粋無垢な精神が、絵だけでなく日常生活の様々な細部に表現として現れているのだそうです。
佐藤さんご夫妻、そして娘さんがダウン症の子と向かいあって、溶け合って、運営されている施設です。帰ったらまたご報告しますね。

そして僕にとって英虞湾を訪ねるということは、もう一つ意味があります。
そう、あの伝説の「志摩観光ホテル」のフレンチ『ラ・メール』を訪ねることでもあるのです。
つかこうへいさんの「現代文学が無視出来ない10人」というインタビュー集があるのですが、その中に登場するシェフ、高橋忠之さんが磨き上げた、英虞湾特産の料理と出会えるか。一重に僕の財力にかかっているのですが、ふふふ、伊勢海老のクリームスープ、鮑のステーキ、そして伊勢海老のカレーはなんと単品で1万3000円とか。たはー。どうしよう。
実は拙書「ワイル」が出たあと、高橋さんからお手紙をいただきました。感激でした。彼はもう引退されているらしいのですが、宮崎さんというシェフが料理長をされていて、この方にも拙書をお送りしたのでした。ご挨拶しないといけませんね。で、挨拶しておいて、「サンドイッチひとつ」なんてオーダーはできないじゃないですか。とほほ、これも一つの危機だな。ま、いってきます。

 

 

■2006.05,18

ここ数日、というか春から、取材と執筆の上にPTA活動が加わったんで(あ、あと入院もか、とほほ)なんか大忙しです。この前の土曜日なんか13時から会議を二つうち打ち合わせ一つ、18時からパパさんバレーボールに参加して、その後またまた会議一つ。21時過ぎまでだもんな。とほほ、ま、その後また呑みにも行ったんだけど。
でも、何でこんなに一生懸命にやっているのかというと、やっぱやる以上はしっかりやりたいということと、自分が納得出来ないものに盲目的に時間を割きたくない、安易に前例に加担したくないという思いですよね。
例えばPTAの広報活動って、何で年に二回も広報誌を発行しなきゃいけないんだろう。慣れない人がやるのも大変だし、読む側のニーズを考えているんだろうか。ホームページ展開とか、他の媒体を考えるタイミングなんじゃないかな、とか。豊島区のPTA連合会っていう組織があるんだけど、約400万円弱の予算の4分の1以上を呑み台宴会代に使うってどういう神経なんだろう。会長同志の親睦ははかれても、会員の親睦にはなってないよな、とか。いまだに「学校交換便」とかいって、いちいち書類や連絡を学校経由でやりとりしているって、いかがなもんだろう、とか。
ぼくからみると、なんかふしぎ〜な世界なんす。でも、そんなことをいちいち言っていると、彼らから見ると僕は「理解不能」に見えるらしく 、すっかり「キワモノ」扱いになっていますが。
ま、しょうがないっすよね。今日も午後にP連総会があるので、朝5時起きして原稿書きました。ついでに他校の会長宅にファックスいれたら、専用機じゃなかったのでご家族を起こしちゃったみたいで、とんだ失礼をしてしまいました。ほんと、ごめんなさい。住む世界が違うと、そういう齟齬がおきちゃいますね。僕も注意しないとね。

 

 

■2006.05,12

千葉県の茂原にいってきました。外房線の各駅停車に揺られていくと、千葉駅を過ぎてから明らかに光もまし、気温も2、3度高くなります。海に近づく感じで、いつもなら気持ちも高ぶる旅になったはずです。
ところが今日は、哀しい列車の旅でした。
僕が初めて事務所を板橋に持った時に出会い、その後もずーっとBAZAARの封筒や名刺のデザインをしてくれていたデザイナーの山口尉司君の葬儀に向かう道程だったからです。
享年39歳。あまりに若すぎる彼の旅立ちでした。
「白血病と診断されちゃいました」とメールをもらったのは1年前くらいだったでしょうか。
メールで頑張れよと送る程度しかできなかったのですが、年末に「頑張って治療しています」という写真付きのメールをもらったりもしました。回復することを信じていたのですが、若かった分だけ病気の進行も早かったのだそうです。
思えば12、3年前、彼が九州の柳川にある「御花」という老舗旅館で結婚式をあげた時、まだ正式に婚姻届を出していなかった僕ら夫婦で仲人をしたのでした。凄い風格の旅館だったし、いい季節でもあったから、僕らにとっても大切な思い出になっています。
今日もご両親にご挨拶した折りに、思わずあの時の光景が思い出されて、3人で言葉になりませんでした。哀しいです。
せめて僕にできることは、BAZAARは山口君のデザインをかえずにこれからも活動を続けて行くと誓うことくらいです。その他にもあいつは様々な媒体のデザインをしたはずです。そういう一つ一つの仕事の中に彼の魂が宿っていると信じていきたいと思います。
まだ小学生の二人の息子さんもいます。残された佳代子ちゃん、がんばれ。
何か力になれることがあったら、言って下さいね。
深く深く、合掌。安らかにお眠り下さい。

 

■2006.05,05

今ごろ、パリの空には何百という鯉のぼりがはためいているんでしょうねぇ。
2年前に取材した、パリの日仏文化センター主催の「世界子供の日、鯉のぼりデー」が今年も行われているはずです。服部さんというご婦人が企画されて、ユネスコの公認にもなっているから、そのうち「5月5日は世界の子供の日」になるかもしれません。
あぁ、またいきたいなぁ。パリ。パヒ。何か取材を,つくらないといけませんね。

そうそう、今年秋、混声合唱団を組織したいと思っています。
毎年文成小学校のPTA活動として、ママさんと子供たちのコーラスが行われているのですが、今年はぜひ僕ら男性も参加して、混成合唱団にしたいなって。
でも、公募してもたぶんPTAのお父さんだけでは人数が集まらないだろうから、地域の方や友人知人も誘いたいと思っています。
皆さん、いかがですか?コーラスって、前に佐渡裕さんが『一万人の第九』の練習をしているところを取材したのですが、楽しそうですよ。息がピタッとあったら、すごく快感なんでしょうね。

 

■2006.05、02

ゴールデンウイークとやらが始まりましたね。みなさんは如何お過ごしですか。
僕は入院で80キロを割った体重を維持するために、毎朝走ってますよ。
ま、周囲から見たら「早足」ていどかもしんないけど。とほほ。
それに、体重が落ちたとはいえ、6日間の絶食時で76キロ台後半になっただけだから、そりゃ
普通に3食食べたらすぐにもどっちゃいますよね。
今朝の計量で79・0。一食食べると400グラムくらい上がるし、酒の飲むとまた食べちゃうし、なんかボクサーの気分です。

杉並区和田中校長、藤原和博さんの『公立校の逆襲〜いい学校つくろう』読了。
地域と学校の関係とか、PTA活動と学力の相関とか、示唆に富んだ内容でした。
PTAの皆にも勧めようっと。

 

■2006.04,28

はたして退院日和なんて言葉があるのかないのか知りませんが、今日はいい天気でしたねぇ。
10日ぶりに娑婆に出るにはうってつけのいい朝でした。
やった〜。退院することができました。
この間、お見舞いに来てくださった方、ご心配、ご迷惑をかけてしまった方、本当にすみませんでした。ありがとうございました。
昨夜、担当医が大腸のレントゲン写真を見ながら解説してくれたのですが、大腸の始まりの部分にできた複数のケイシツという小さなポケットに老廃物が溜まって、それが化膿して炎症を起こしたのだそうです。
「それは飲み過ぎが原因ですか、酒がいけなかったんじゃないですか?」と僕は執拗に執拗に聞きました。でも彼の答えは「いえ、酒が直接の原因ではありません。生活習慣病ではないですから」とのこと。くー、この言葉を皆にも聴かせたかったな。つまり、酒じゃないんです。はっはっは。
とはいっても、ま、胃や腸を休ませないといけないので、これからはあんまり無理はできませんね。どういうルールにしようかと思っているのですが、「週3日休肝日」「一晩一軒はしごなし」
この程度が精一杯でしょうか。とほほ。これでも本人には相当厳しいのですが。
ま、意識をなくして帰還ということはなくしたいですね。学習能力があんだからね。

ということで、入院日記を書き始めたのですが、どーも僕のパソコンから「だいあり」が見られなくなっちゃいました。そちらのパソコンからは見られますか?ザウルスから見ると、ちゃんと書けているのですが、如何でしょうか。

いよいよGWですね。行って下さい、遊んできて下さい、みーんて出払って下さい。僕がしっかり東京を留守番していますから。はっはっはっはー。

 

■2006.04,26

 

「怒りのエネルギー」なんて書いていたら、怒りが腹に出ちゃって、19日から入院間はめになっちゃいましたん。とほほ。18日の夜に右下腹部が急激に痛くなって、翌朝病院に行ったら「腹膜炎か」となって緊急入院でした。「この状態でよく歩けますね」なんて医者や看護婦に心配されちゃって、「そんなにひどいんですか、切りますか?」と聞いたら「一度切っただけで済めばいいですが---」なんて暗い顔をされる始末。いやはや。
結局、「大腸けいしつ炎」という病気でした。
6日間絶食して抗生物質を点滴で打って、 3日目くらいには元気になって、昨日は外出許可を貰ってPTAで30分も演説してきたのですが。
ま、もうしばらく安静にしていようと思っています。

というわけで、退院は29日の予定。そしたら、溜め込んだ「入院日記」を書きますからね〜。

 

 

■2006.04,17

 

 

 

 

いやー、人間って、「怒り」は大切なエネルギーですねぇ。
今日たまたまセントラル総研の八木社長と久しぶりにゆっくり話す機会があって「怒りの反射神経」って話題になったんだけど、怒るべき時怒らないとぬるーい人間になっちゃいますよねぇ。
土曜日15日、行ってきたんですよ。
「豊島区PTA連合会会長会、研修会」
僕は子どもたちとあいまみえる時間がほしいからPTA 役員を引き受けたわけで、大人となんか親睦してもしょうがないからいやーな感じがしていたのですが、やっちゃいましたよ。途中で、しかもかなり早い段階で。僕、きれちゃいましたん。とほほ。
「いったい皆さんはどんな問題意識でこの場に集まっているのでしょうか。僕にはさっぱりわからない。その問題意識が共有出来ないのなら、文成小学校は、まだP連に参加を表明してませんから」なんて、いっちゃったっすよ。とほほ。
もうそこからは、キワモノ扱いですよ。10時から17時までの会議と、その後2時間の懇親会の間中。とほほ。辛かった。
でもね、面白いのは、昼に弁当食ったり午後に分科会やったり、その後の懇親会でビール飲んだりしていると、そっとよってきてくれる人がいるんですよ。
「僕も去年は同じことを考えてましたよ」とか「僕も子どもたちと一緒にいたくてしかたないんですよ」なんて言いながら。気をつかってくれているんだろうし、慰みだろうけれど、どこか本音でもあるんでしょうね。
だいたいPTAって、任意団体でしょ。いま文成小にも一人「加入したくない」というお母さんがいるんだけど、そういう問題に対して、頭ごなしに「そんなわがままは〜」なんて言いたくないじゃないですか。「そうそう、そこからスタートして、一緒に歩ける部分を歩いて行きましょうよ」というのが本来のスタンスのはずなんですよ。
孤独を恐れず。連帯を拒まず。
僕らは一人で生れて一人で死んでいくという覚悟があるからこそ、束の間、意志が通い合った時の感動があるのだから。
なんてな。言葉が通じる人たちならいいのですが。
でも、久しぶりに憤慨したら、少し元気になった神山でした。八木さんに習って、怒りの反射神経を鍛えないとな。たはは。

 

■2006.04,12

昨日は新宿シアター・アプルでキャラメルボックス『あした あなた あいたい』。
ハーフタイムシアターで1時間の作品。
主演の大内厚雄君や、主演じゃなかったけど大好きな岡内美喜子さんたちの舞台を堪能。
成井さんの好きなタイムスリップもので、僕は本当はこの手のものは苦手なんだけど、
さすがにいい作品に仕上がっていました。
去年取材していた時に新人オーディションに受かった阿部祐介君の初舞台。意外に老け役だったけど(ははは)、おめでとうおめでとう。いい役者になって下さい。

その後花園神社そばの「鳥はな」へ。ところがまたまた満員で入れない。もう三度目だ。とほほ。
すっげー渋い店なんだけど、一度なんとかもぐり込みたいものです。あの辺には「三日月」もあるし、実はすんごいレベルの高い一帯なんだな。

そうそう、今日で45歳とお別れでーす。いろいろあった1年でした。お世話になった皆様、ありがとうございました。
去年の今ごろはマウイだったのに、今年はPTAだもんね。渋いね。とほほ。

 

■2006.04,09

昨日は午後からグローブ座で「コンドルズ・勝利への脱出」
不覚にも今回初観劇(つーか観ダンス)なんだけど、もうすっかり人気に火がついちゃって、
ロビーも客席もわーきゃーの大騒ぎ。
12人の男ばっかりのガクランダンスなんだけど、コンテンポラリーとはいっても人形劇はあるわ
台詞はあるわ、顔の表情あるわ、肉体と笑いとジャンプ、そして近藤良平君の眉間の二本のたて皺と石淵君の額の血管が印象的でしたね。
ダンスの本質としてはぬるーいんだけどね。
去年だったか、良平君が振り付けた新潟ノイズム公演も見たんだけど、今回はど真ん中ストレート。いろいろな鉱脈をもっている人ですね。
もちろん公演には納得したので、3・25の渋谷コンサートのチケもゲット。
こちらも期待大。どなたかいきませんか?

夜は友人たちと原宿の「ピエール・ガニエール」へ。
う〜ん、場違いなほどゴージャス。ちょうど調理場が覗ける最高の場所に10人がけの
テーブルをセットして頂いて、ガニエールちゃんが銀髪を振り乱して厨房に立つ姿を眺めながらお食事をいただきました。
まずフィンガーケーキ5品。お料理だけで6品。チーズ3種。デザート5皿。こういうチマチマ感が最近の流行りのようですね。
グリーンピースとイカ炭のスープ仕立ては美味しかったな。そのあと、鰹、ホウボウ、マナガツオ、貝とフォアグラのムース仕立てと魚介類が続いて、最後のお肉は牛テール。
こう並ばれちゃうと、いったい何を食べたんだっけと印象が薄まっちゃいますね。
特に最後の一皿はもちっとインパクトが欲しいよって感じ。テーマがね。
チーズなんて、こちらが選べなくてモッツァレラなんかが盛られてくるんだもの。どーせ日本人はこんなもんでしょって感じでした。とほほ。
でも、ソムリエの亀山君が頑張ってくれて、となりに座ったメインゲストのオークラの総料理長・根岸さんのオーダーにもてきぱきと答えて、絶妙なワインを出してくれました。
そうそう、圧巻だったのは、1650とラベルに書かれたミネラルウォーター。なんでも太陽王のルイ14世が好んでいたという奴らしく(名前失念、とほほ)、ガス入りなんだけど、珍しく美味しくいただけました。値段は「ミネラルウォーター界のロールスロイス」らしいっす。聞くのが怖くて聞かなかったけど。
もちろん、御会計も超ゴージャス。明日から吉野屋だぁ。
20時に入店したこともあるけれど、店を出たのが12時過ぎ。いやはや、原宿にあってすっかりパリジャン気分の一日でした。

 

■2006.04,07

 

 

 

昨日は文成小学校の入学式、今日は池袋中学校の入学式。
花の季節はPTAは大忙しです。
しかも昨日は、子どもたちに挨拶しないといけないというけっこう大役がありました。
1年生に何を話そうか考えていたら、 一昨日になって
「保護者も心に小さなランドセルを背負って」なんつーフレーズを思いついちゃった
ものだから、マスコットのランドセルを探して、馬喰横山まで行っちゃいました。
大阪ミナミのバー「TOTO」の常連のまっさんがランドセル・メーカーの専務だったことを思い出して、電話で聞いたんです。そしたら東京の取引先にあるっていうから、頼んだというわけ。
マスコットのランドセルって、6年間使い切ったものを記念に造り替えるか新品のおまけのどちらかで、あんまり売ってないんですね。
ま、みつかってほっとしました。それで挨拶もできたし、めでたしめでたし。まっさん、それからお家からマスコットをもってきてくださった池田さん、ありがとうございました。

文成小学校のブログも快調にスタートしています。
「だいあり」のリンクからぜひ覗いてみて下さい。

さ、今日から仕事の原稿がん張らなくちゃ。

 

■2006.04,02

昨日は毎年恒例の「野口の日」。
もう22年以上まえのことになりますが、川越高校のバレー部の後輩でもあり、信州大学でも後輩だった野口善治が急逝しました。ちょうど春の桜吹雪の舞う日の事故で、以来当時の仲間たちが集まって、お墓参りのあと痛飲することになっています。
ま、年によって参加者はまちまちだし、これだけ歳くってくると年々参加者は減っていくのですが、今年はついに僕と小山と二人だけの墓参りとなりました。会社が変わってメールが届かなくなっちゃった人、仕事が忙しい人、長年音信不通の人、ま、それぞれですが、幸いなことに酒の席にはバレー部にも信州大学にも縁も縁もない同級生が二人来てくれて、4人で楽しい酒になりました。
もう22年以上も前の事なんだから、そろそろこの集まりも終わりにしてもいいんですよね。でも、なんか春になると胸騒ぎがしてきてね。心の中の野口はずーっと22歳のままだから、あの無邪気な笑顔を思うとまたいつものメンバーで酒が飲みたくなるんですよね。とほほ、困ったことだ。

文成小学校PTAのブログがスタートしました。まだ使い勝手がわからずにちと苦戦していますが、必ずや立派なブログに成長させてみせますぜ。
皆さん、ご注目下さい。「だいあり」の中にリンクを貼っておきました。

今日は絶好の花見の日ですが、雨は大丈夫でしょうか。
シェ・イノの若き料理長、古賀さんを誘って、谷中の「鳥よし」へうかがう予定です。雨が落ちなければ、そのまま谷中墓地の夜桜が楽しめそうだな。

 

 

■2006.03,30

もうすぐ史上初の個人資本からスタートした保険会社になろうとしているペット保険のアニコムの若き社長、小森昭伸さんとあってきました。一つ印象的だったのは、彼が会社のホームページに毎日書いている日記についてでした。
文字通り激務の中でいつ、誰に向けて書いているのかと質問したら、「正直に言えば娘に書いています」と言うのです。彼の子どもは小2と5歳の女の子。彼女たちが毎日自分でパソコンをたちあげて、パパの日記を読んでいるのだとか。もちろんその内容はビジネスのことで、けっして子ども向けではありません。 でも、彼はこう言うのです。
「これまで創業者は子どもに会社を継承しようとしたじゃないですか。もちろん僕にもそういうエゴがないわけじゃないけれど、それをやってうまくいった例は少ないですよね。だから僕は、起業して会社を成長させる過程で僕が得た思考や探索の経緯こそを彼女たちに継承してほしいと思ったんです。 どうやって会社を大きくして、どんなことを感じていたのか。それが彼女たちの将来の何かの財産になれば嬉しいですよね」
ブログの広まりは、こういう知的財産、無形の財産を世の中に定着させたことかもしれませんね。家庭内でもブログを書くと意外なコミュニケーションが生れるという記事もありました。今までは言葉にしなかったコミュニケーションが多すぎたのかもしれませんね。

文成小学校PTAでも、ブログ日記を始めようと準備しています。
今まではそのブログは親同志のコミュニケーションツールと考えていましたが、こうしてみると、実は子どもたちにも毎日見て貰うことで、親子の新しいコミュニケーションに繋がるかもしれません。 子どもがみてくれていると知ったら、親も書き込んでくれるんじゃないかな。
うーん、楽しくなってきましたよん。

 

 

■2006.03、27

じゃじゃじゃじゃーん。先週土曜日から、小学校のPTA活動が始まりましたぁ。
選ぶ時には「会長なんて会合で酒飲んでればいいのよ」なんて行ってたくせに、始まってみたら「何月何日までに10枚の書類を書いて印刷して綴じて配って」なんて言われるんですから面食らいますわな。ま、想定内ではありますが、とほほです。
特に、会議や打ち合わせはメールやウェッブを使ってなんぼでも省略化できるんですが、印刷と配布は誰かが学校に行ってやらないといけませんからねぇ。コンビニにおけるロジスティックスの課題みたいなもんですね。ま、がんばりましょう。

でも、感動的なのは「私、パソコンなんてあんまりつかったことないんです」なんて言っていたお母さんが、翌日にきちんと議事録をウェッブの掲示板にアップしてくれることです。「きゃ〜、できちゃった」なんて言ってるんですから可愛いっすよ。せっかく1年間汗して活動するんですから、まだ見ぬ自分との出会いでもあるような、そんなPTA活動にしたいですよね。

昨日はお茶会、今日は言語学の鈴木孝夫先生宅へ。

花もちらほら。明日の天気はどーでしょうか。

 

 

■2006.03,23

WBC優勝に沸いた日本列島でしたね。いやぁよかったよかった。
でも、キューバの選手のコメントには痺れましたね。
「野球の勝負は年俸で決まるのではない。心の強さで決まる」
思えば、人口で10分の1、国民所得を比べても10倍以上の開きがあるキューバがあれだけのチームを作ってくるのですから、勝ったとはいえ学ぶべき点も多いと思います。
思い出します。96年だったか。キューバを訪ねて、野球も観に行きました。おんぼろのグラウンドで照明設備も満足にないような環境でしたが、選手はヒットで1塁に立つと必ず盗塁を試みます。そうしないと観衆が大ブーイングで黙っていないのです。それでいて、センターフライがあがるとけっこう複雑なピックオフプレーもあったりして、野球の醍醐味を楽しめる空間でした。

「だいあり」に、89歳と18歳の二人の友人に登場いただきました。そちらもよろしくどーぞ。

 

■2006.03,20

昨日は久しぶりに野球中継を一試合まるごとみちゃいましたよ。
いやぁ、何年ぶりのことだろう。テレビで観る野球って冗長でとても耐えられないんだけど、昨日の日本×韓国戦は、独特の緊張感がありましたね。やっぱり「国」がかかると真剣だぁね。
にしても、9番川崎から1番青木、2番西岡、3番イチローと続く打線はシャープですね。内野にゴロが転がってもスリリングだし、甘い球が来たらライトオーバーも可能だし。180センチ以上のアスリート系の選手が圧倒的になってきて、もう松中なんてどんくさい感じだもんね。
しかもそのほとんどがパ・リーグの選手。セ・リーグなんてフィールドに二人しか出てないんだから、時代は変わりましたな。特に読売は、上原が活躍したからいいようなものの、自分たちで主宰しといて野手なんて誰もいないんだから寂しいっすよね。これからは、リーグ戦もパ・リーグ中心で放送してくれないかな。

土曜日曜と二日連続でプールで泳いじゃいました。うーん、気持ちいい。ま、板橋のプールはじじばばばっかりなんですが、結構泳げます。池袋のプールはビルの11階にあって、こちらは夕焼けがすんごく綺麗。いいっすよ。

 

■2006.03、17

ついに始まりました。小学校のPTA活動。
この前14日に会合があって、原案通りに次期役員が承認されちゃいました。
ま、ほとんどが予定調和の世界なんすが。とほほ。
でも、その夜先生も含めて飲んだら、結構いけるっすよね。みなさん。ふふふ、意味もなく3次会にまでなだれ込んでしまいましたん。
その活動については「だいあり」でも触れますね。よろしくどーぞ。

梅田望夫の『ウェブ進化論』読了。高木新二郎先生の『事業再生』に苦戦中。その次は、島泰三の『安田行動1968-1969』が待ってます。

そうそう、友人の次男、高校卒業したばかりの秀平からメールがきました。「高校は無事卒業したのですが、やることがないので何か手伝わせて下さい」だって。ふふふ、飛んで火にいるなんたらじゃないっすか。「やることがない」なんて贅沢な。地球のため、日本のためにやるべきことを一杯提示してやりましょう。彼の活動が始まったら、それもブログで報告しますね。

 

 

■2006.03,12

やっと今日やりましたよ、確定申告。いやはや、領収書集めてみると、ほとんど呑み代だな。とほほ。生きてることが経費の神山でしたん。いやはや。

昨夜は子どもを通わせている英語教室ラボパーティーの「お父さん会」。なんてだいそれたものではありませんが、「たまにはお父さんたちも集まってみませんか」なんて声をかけてみました。そしたら、画家の三浦さんがきてくださって、あとはお母さんたち二人と先生と、5人でこじんまり大量のビールをのんじゃいましたん。ははは、面白かった。
ちょうどパーティーが15周年を迎えるところなので、お父さん会でホームページをつくろうという話になりました。僕が段取りをして、三浦さんが表紙の絵を描いてくださることに。こりゃすんごいものができるかな。
今年はPTAとかこういう集まりとか、結構地域とリンクする活動が増えるかもしれません。それまたそれでいいなと思ってます。仕事、家庭、地域。その3つの軸がちゃんと立てば面白いですよね。

 

■2006.03、11

ありゃりゃ、京橋シェ・イノの料理長・古賀さんからファックスいただいちゃいましたん。ふふふ、
うれぴー。
古賀さんは僕と同年代、いやちょっと若いかな。シェ・イノの井上シェフがヨーロッパから帰国直後に博多の「花の木」というレストランで料理長をしていたのですが、その時アルバイトで入って、そのままずーっと20年間も井上さんの片腕として働いている方です。
つまり、フランスのトロワグロ兄弟の味を井上さんが継いで、それを古賀さんが継承しているという、なが〜い系譜の中の最先端を行くシェフということになります。
いつか一度飲みに行きましょうと話しているのですが、レストランが忙しくてなかなか実現しません。井上さんがしょっちゅうゴルフにいけるのも、店で赤ワインごくごく牛乳みたいに飲めるのも(ははは、んなことないか)ぜ〜んぶ古賀さんたちスタッフが支えているんすよね。「んなこといったって、育てたのは俺だ」と井上さんに怒られそうですが。ごもっとも。
ま、いつかいつかをいつか実現しましょう、ね、古賀さん。

昨日は言語学者(とよぶと本人は嫌がっていましたが)鈴木孝夫先生をお招きしての読書会。
独特の鈴木ワールドが炸裂していました。って、なーんにも言ってないのと一緒だな。とほほ。
ちとあの世界は書きようがないんだな、これが。

 

■2006.03,09

昨夜は久しぶりに二丁目(これをニチョっていうやつがいたけど、そんなん言うの?)の『喝』へ。
もう10年来の友人になるレコード会社(という言い方もないよね、もうレコード売ってないのにね)A社のイシダ君が来てくれました。
面白かったのは、彼が店に来るなりなんかコードを取り出して、店のケンちゃんに「これをアンプにつなげばいいんですよ」なんていいだしたんです。なんでもiPodみたいな器具をっもいてる人が店に来たら、そこに繋げて好きな音楽を聞かせればいいんだって。
やってみましょうか、なんていって、彼はバッグから煙草ケース3分の1くらいのシルバーのスティックをとりだしました。「ここに2,000曲くらいはいってますよ」「え〜っ、ほんとに」なんて浦島太郎みたいなお約束の会話があったあと、鳴り出しましたよ。前川清。「いいわよね〜」なんてここは3人でハモったのです。ここまでは。でも、そのあとです。
「この小さい棒の中で何かまわってるんだぁ」とケンちゃんがいいました。すかさずイシダ君が
「いえ、何も廻っていませんよ」
「えっ、レコードもCDもMDも皆廻ってるじゃん。何で廻らないで音が出るの」
って言ったのは、残念ながら恥ずかしながら僕でした。たはは。
「廻す必要がないからモーターも大きな電力もいらなくて、こんなに小さくなったんですよ」
イシダくんのいいところは、どんなに音痴の奴がきても、もの凄く冷静に暖かくいろいろなことを教えてくれることです。クールビューティーだっちゃん。さんきゅね。
みなさん、もう廻らなくても音楽が聴けるんですよ、なんて、知ってるよねみんな、とほほ。

 

■2006.03,06

昨日、日曜日でしたがやっと仕事にひと区切りが着いて、事務所からの帰りがけに何気なくユニクロに寄りました。そしたらもう(当たり前ですが)店内は春一杯の商品が溢れていて、そうだな、気分直しにとオフホワイトのジーンズとピンクのシャツを買ったのでした。たはは。
なんてことないけれど、だんだん「水ぬるむ〜」って感じになってきて、悪くないですよね。
これが花の時期になると、他力で浮かれる(つまり花見に興じる)奴らが街にあふれて嫌なんだけど、ま、ここから花の時期までは許せます。つーか、冬の寒さが身に沁みる年齢になったということでしょうか。とほほ。

朝パソコンに火を入れたら、大学時代の友人ネモトからメールとレポートがきていました。
「親育ちと子離れ、そして地域での子育て〜怜の入院から退院まで」。
詳細はだいありに書きました。このPDFをはりつけてもいいよんと本人から承認をもらったのですが、それができない技術力不足。パソコン音痴。とほほ、どうしたらいいのか、誰かおしえて。

 

■2006.03、04

昨日は雛祭りでしたね。昔家でおやじがせっせとひな人形を飾ってくれていたことを思い出します。もちろん妹の為だったのですが。僕の為には五月の節句になると、軒下にしまってある長い竹竿をひっぱりだして、鯉のぼりを飾ってくれました。最近は、田舎にいかないとそんな風習は見られませんよね。住宅環境によるのかな。うちのひな人形もガラスケースに入った二体の人形でしかないし。
なんかこういうところからも、日本的なる風景が失われていくわけですね。人ごとじゃなくちと反省しなきゃね。

あと少しで山のような原稿から解放されそうです。とほほ。史上初めて、個人資本で保険会社になろうとしているどうぶつ健保のアニコムのレポートを書いてます。小森さんという、30代の若い社長なんだけど、すごーく頭のいい人で、言葉ももっているし、彼の言葉をまとめていると、僕にとってもなかなかいい脳のトレーニングになっています。
それと、指揮者・佐渡裕のロングインタビューの整理構成という仕事もあって、こちらはなかなか手がつけられなくて編集者に本気で怒られちゃいました、とほほ。あと少し、もうちょっと待って頂けば、いい原稿が出てくるはずです。こちらは「人を動かす」というテーマの単行本になります。

10日の読書会(行くんですよ、今回も、ふふふ)言語学者の鈴木孝夫氏の『日本人は何故日本を愛せないのか』(新潮選書)が課題図書です。ご本人も出席されるそうなので、いま読んでいるのですが、「日本を愛していない」という凄く曖昧な仮定から出発している本なので、ちと違和感ありますよねぇ。僕は愛してるしな。当日は何か言わないといけないでしょうから、困ったなぁ。

 

■2006.02、27

いやぁ、2月は書いてます。今日やっと地域創造誌に出す「延岡市民音楽劇」のレポート16枚が書き上がりました。これは去年12月24日取材したものかな。『スカバン!』という、バンドの物語でした。延岡にある総合文化ホールは、官民一体となった文化活動のいい拠点になっています。館の職員だけでなく、地元新聞記者、市職員、そして市民の皆さん等、いいメンバーが揃っていました。
2月は朝来市と七尾市の合併も書いたし、3本だな。
あとは、ペット健保の「アニコム」の原稿が今180枚まできています。あと少し。ふー。
今日はあとダイムのTV連載も書かないとな。がんばれがんばれ。

観てきましたよ。キャラメルボックス。「賢治島探検記」
新宿シアター・モリエールはギュウギュウ詰め超満員でした。
ここ数本はタイムスリップものが続いたのですが、今回は宮沢賢治へのオマージュ。よかったな。リリカルで。坂口さんが完全にお客さんを手玉にとって、畑中君や筒井君、三浦君といった比較的若手のメンバーがいい味出していました。個人的には多田君という、透明感のある役者が好きなんだけど。
次回春公演では、いよいよ小多田、小林、阿部という去年のオーディション組が初登場です。これまた楽しみ楽しみ。

 

 

■2006.02、24

昨日久しぶりに演劇集団キャラメルボックスの製作の中村さん連絡をとりました。
今キャラメルって、とってもすんごい公演をしてるんですよね。知ってました?
だって、池袋のサンシャイン劇場や新宿のシアター・アプルを一カ月満員にして、年間動員15万人を誇る劇団が、キャパ180人の新宿シアター・モリエールで公演してるんです。
若い劇団が「大舞台に果敢に挑戦」というのはよくありますが、一回公演での動員3、4万人を誇る劇団が「小劇場に挑戦!!」なんて聞いたことない。ふふふ、そのへんが劇作家・成井豊さんらしいところです。彼はこう書いています。
「シアターモリエールの舞台に初めてたったのは19年前。客席数180。それまでは100席前後の劇場でやっていたので、あまりの広さに不安になった。客席は全部埋まるだろうか。一番後ろの席まで声が届くだろうか」
あの日から15年たって、創立21年目のスタートを、彼らはこの劇場で飾る事にしたというわけです。
文章はこう続きます。
「僕も忘れていない。開演の30分前から劇場の前に立ち、新宿駅の方を見ながら『お客さん来ないかな』とドキドキしていたあの頃を。(略)再スタート。無我夢中だったあの頃を懐かしむのでなく、もう一度、イチから芝居づくりに立ち向かおう。芝居ができることの喜び。お客さんに見てもらえることの喜びを、もう一度胸に刻み込もう」
大切なことですよね。 トリノの荒川さんも素晴らしかったけれど、キャラメルもまた素晴らしい。
昨日送られてきたその次の公演のパンフには、嬉しい事に去年彼らを取材していた時に入団した3人の新人たちの名前もありました。その中の小林さんはかつて「レストラン・アラスカ」でアルバイトしていて、ワイルの取材に行ったら支配人が「小林君には頑張って欲しい」と言っていたんです。その偶然にも驚きましたが、彼女も4月には念願の初舞台を踏みます。がんばれ〜。

そういえば、僕も今年でフリーになって20年目。無我夢中だったけれど、いろいろ中身の濃い、味わい深い年月ではありました。僕のモリエールはどこなんだろうな。しばし、考えてみたいと思っています。

 

■2006.02、22

「神山が書いた『アウトロー』の中の大竹しのぶと、今度彼女が書いた『私一人』と、内容がほとんど同じ箇所があるよ」---友人がそんなメールをくれました。ま、さもありなんとは思っていたのですが、とほほという感じです。
僕が彼女を取材したのは、確か93年頃。さんまと離婚した彼女が、役所広司さんと舞台「恋人たちの短い夜」で共演する。その稽古・本番の約2カ月間、稽古場と劇場に通いつめたのです。
あの作品は、周辺取材もたくさんしましたが、文章は本人の一人称で書いたから、その部分が二冊で似ていたとしても、そりゃしかたないんすよね。全く一緒の表記が何行も続くというのは書き手としてはちと受け入れ難いものではありますが、大竹さんにしたら「私が喋ったんだから同じでもしょうがないでしょ」と言うんでしょうねぇ。
ま、それよりも友人がアマゾンで『アウトロー』を注文してくれたのが嬉しいですよね。まだ買えるんだね。大竹さんのファンの方はぜひ読んでみて下さい。リリカルな文章に仕上がっていますから。自分でもすごく思い入れのある作品です。

 

■2006.02、18

昨夜は遅くに原稿を終えて、久しぶりに明星へ。
ちょうど入れ代わりにTBS-Vのディレクターの天野ちゃんが帰ったところでした。
彼は3月6日放送のキャノンスペシャルを去年からずーっとつくっていて、最近やっとカンパケがあがって呑みまくっているようです。啓子さんのところにポスターと記者に配った資料をもってきていました。
天野ちゃんとは、浅草ロック座のママのドキュメンタリーをつくったとき(テレビ東京放映だったかな)以来のつきあいなのですが、飲み出すと止まらないので、あうのも危険会わないのも寂しいという、なんとも思春期の田舎のカップルみないな関係です。たはは、この表現は当たってるかな?
でもそれ以降、彼はずーっと明星の常連になっていて、ここ数年は僕よりずーっと頻繁に通っています。 彼が去ったあとの明星に入ると、なんか嵐が通りすぎたような独特の静けさがあって、皆が「今天野ちゃんが帰ったよ」と放心状態で話してくれます。いったいなにがあったのかはわかりませんが、彼の毒気にあたって、しばしぼーぜんとしているみたい。ははは、それもまた楽し。
ま、何はともあれ、6日のTBSを見てやって下さい。

 

■2006.02、16

ここんとこずーっとBAZに籠もって原稿書いてます。昨日も桶職人の原稿を約10枚とダイムの連載、今日は地域創造で兵庫県新朝来市のことを約20枚。ふーふーいいながらやってます。

お陰でオリンピックがあんまり見られないんだよな。残念。なんか成績はいまいちだけれど、こんなにウインタースポーツ人口が少ない日本で、そりゃ当たり前ですよね。その中でカーリングとか面白そうですね。この前あったアップルシードの鬼塚君が映画「シムソンズ」のプロデューサーなんですよね。映画の方はどうなんでしょうか。

入間市の友人の小沢君が、「九月の拓郎さんのコンサートに皆で行ってもりあがろうぜ」と声をかけてくれました。六〇歳のおっさんのコンサートだから心配してたんですが、他の友人からも「チケット買えますか」なんて質問も来ているし、けっこう盛り上がるかもね。でも、「朝までやるぜ、朝までうたうぜ」の徹夜コンサートじゃないんですよね。ふふふ、午後一時から九時までだって。んな時間に追い出されたら、帰りが逆に大変だよね。ははは、ま、健康上の理由からしょうがないか。
その前に雑誌でインタビューできたらいいけどな。

 

■2006.02、13

金、土、日と3日間、兵庫県の和田山にいってきました。
京都から特急でも約2時間。僕のザウルスでは電波も届かないから、メールも約3日間見られませんでした。とほほ。連絡取れなかった方、失礼しました。お許しを。
詳細と写真は「だいあり」でお楽しみ下さい。

2月はなんか原稿が詰まっちゃいました。地域創造3本、職人1本、ダイムの連載もあるし。それにアニコムの単行本を一冊。その上に、企画した単行本のゲラが3冊あがってきて、その確認もあるっす。ありゃりゃ、大変だ。 頑張ろう。

大竹しのぶさんの自叙伝が評判になっているようですねぇ。「ガン」が発見された時、僕も彼女の密着取材に入っていたんです。その時の様子は拙書「アウトロー」に詳しいのですが。
できたらそちらも見て欲しいなぁ。図書館に行って頂ければ、蔵書があると思いますよ。

 

■2006.02、08

いたたたたたた。なんか朝起きたら、右膝の内側がいたいんす。とはいえ、前夜の事をなーんにも覚えていなくて、とほほ、何が何だか自分でもわからなかったんす。んで、ま、歩けない事もないから事務所に出て、何があったのかそーっと前夜のメンバーにメールしてみました。
「昨日はさんきゅね。楽しかったね」なんて、当たり障りのないこと書いてみたんです。もしケンカとか事故とかあったら、「何いってんの?大丈夫だったすか?」なんて返ってくるでしょう。
そうしたら皆から「楽しかったっすね」なんてメールが返ってきて、とりあえず全員でいたときにはなーんにもなかったことが伺えました。「タクシー降りたら雪でびっくりしました」なんて書いてくる奴もいて、ははーん、昨日はそうだ、雪だったな、なんて思い出して、そういえばマンションのエントランスあたりで足滑らしたような---なんて思い出す始末。とほほのほ。ったく、焼きが回ったものです。
で、今日行ってきましたよ。整形外科に。レントゲン撮ってもらったんですが「骨に異常はないですね。靱帯もひどく痛めていたら出血があるはずですが、それもないし」ってことで、ま、軽傷という感じの診断でした。ほっ。
まだ歩くとちと痛いのですが、1、2週間足をひねったりしなければ大丈夫とのこと。こんなときに松葉杖なんてなったら目も当てられませんからね。一安心でした。
それにしても、なんか最近、酒の周りも早いし、歳を意識しないといけないんでしょうねぇ。これで今シーズンのスキーもスケートもお預け。趣味のジョギングも、しばらくできませんね。あぁ。したすら働けってことでしょうか。

 

■2006.02、04

昨日は夕方から、仕事を終えた友人の八木コウジさんが事務所に見えました。
彼は同じマンションに住む去年の管理組合の理事なんですが、70年代に6年間くらいロンドンで暮らして、向こうでミュージシャンとして活躍していたという、ま、元ヒッピーなんすね。陽気なおじさんです。
で、一本のテープを聴かせてもらったのですよ。それは、彼の先輩に当たる寺田稔さんがボーカルをつとめるグループの作品でした。レゲエあり、アダルトコンテンポラリー(でいいのかな?)あり、かなり上質な楽曲でした。八木さんが寺田さんに頼んで、倉庫の奥から探し出してもらったものだそうです。
「この楽曲に日の目を当てることはできないかな」と相談をもちかけられました。
寺田さんという方は、60年代に世界を席巻した「ヘアー」というミュージカルで主役をはった人で、日本よりも世界で有名な方だそうです。僕も以前一回あった事が在りました。それは宮沢りえが主演するという「コヨーテ」という舞台の取材でした。
当時檄痩せとか言われて表舞台から遠ざかっていたりえちゃんが再登場するというので、たしかヴューズかサンデー毎日かで書いたんです。その時に寺田さんにもインタビューをしていました。
ところがその時、りえちゃんがドタキャンしちゃったんですね。寺田さんにとっては、久しぶりに日本の舞台に立つ企画だったので、彼女の心変わりは大きな痛手だったようです。
で、八木さんはそんなことを解説してくれながら、寺田さんの「ヘアー」のことからロンドンでの活動、そして日本での再登場等を取材して書かないかと言い出しました。うーん、面白いかもしれないけれど、またまた大変なことだなぁというのが実感です。 でも、こういう出会いが大切なんすよね。
楽曲のこととノンフィクションと。うまく連動すればいいのですが。誰かお知恵をお貸しくださいませ。

 

■2006.02、03

ついにPTA活動(らしきもの)がなし崩し的に始まってしまいましたん。
なーんて、僕から現役役員のお母さんたちを誘ったのですが、近くの「にしすがも創造舎」に「芸術家と子どもたち」というNPOをやっている堤さんと「アートネットワーク・ジャパン」の蓮池さんを訪ねました。ここは廃校あとを芸術系のNPOが共同で使っている公共施設で、前にもダンスパフォーマンスをみにきたことがあります。堤さんたちは、ここの体育館を使ったりアーティストを学校等にアウトリーチしたりしています。
ぜひ我が小学校へも、といいたいところですが、PTAには授業時間を割く力はないので、まずは学校の先生を説得しないといけません。だし、PTA活動というのは、恒例になっている行事等が山盛りで、新しい活動を起こすのはとてもリキがいるようです。でも、近くにこんな人たちがいるのだから、一緒に楽しまない手はないですよね。学校が無理なら、住んでいるマンションの中でもアウトリーチできるねなんて話しながら帰ってきました。
そして最後はもんじゃやき「紙風船」へ。ここも板橋では超人気の店なんす。お母さんたちと子どもたちが10数名集まって、わいわいもりあがってきました。やっぱ、女性パワーはすごいわ。皆さんの力も借りて、なんとかやっていけるでしょうか。

 

■2006.02、02

昨日は北海道から多田さん(ほら、ピアニストの伸行君の応援でワルシャワに一カ月滞在された応援団長です、覚えてました?ふふふ)が所用で上京されて、伸行君のお母さんとワルシャワ同窓会となりました。
青山のキラー通りから一歩入ったカフェ「Jcook」に行ったんですが、知ってました?この店、ワイルの孫弟子にあたるシェフがご夫婦でやっている店なんです。本当に路地裏にあって、よーく探さないとわからないような立地なんですが、朝8時から夜10時まで、地元の人に愛されてる店です。シェフの中尾さんはキャッスルというレストランで荒田勇作さんに師事した方です。荒田さんがワイルの弟子なんですよね。とはいえ、荒田さんは昭和初期にあって5人もの外国人シェフに指導を受けたという、当時では最先端の国際派シェフだった人です。
と、まあ能書きはいいですが、料理も本当にリーズナブルで素朴だけれど美味しいです。ドゥミグラスソースが絶品。うなぎのピラフなんつーのもあって、こりゃランチには大人気でしょうね。
デザートも全て手作り。お近くに行く機会があったら、ぜひ寄ってみて下さい。キラー通りの月星の会社の隣を入ったところです。3402-0657、神宮前3-36-26です。
ワイルの味の片鱗に触れることができますよ。よろしくね。

 

■2006.01,31

積雪5メートルの越後十日町から「雪掘りボランティア急募!!」のチラシが届きました。
カメラマンの木暮さんがかの村に移住されたのは前にも書きましたっけ?
秋には茅狩りボランティアも募集していましたね。あの時は数十人の方が参加されたようです。
で、今度は雪かき。「筋金入りの苦労あげます」と書かれています。こりゃホリエモン向きかな?ははは。2月18、19の一泊コースと、1月24日〜2月23日までの好きな日3日間滞在コースとがあるみたいです。ご希望の方は090-7711-4469の木暮さんの携帯まで連絡して下さい。僕もいけるか?うーん、悩むな。18、19はお茶の行事がなぁ---なんて書いたら「日和見」なんて懐かしい言葉が出てくるかな?とほほ。

■2006.01,26

 

 

 

厳冬の能登にいってきました。
とはいっても、一昔前だったら小松か富山空港からローカル電車でちんたら2時間かかったのですが、今は羽田から能登空港まで1時間ですから早い早い。空港に降りたら同行の編集者がすかさず抽選をあててカニをゲット。なんだか申し訳ない様な旅の始まりでした。むふふ。
取材の目的は、中島町にある能登演劇堂でした。人口7000の町がつくった本格的な演劇ホール。無名塾の仲代達矢さんが監修者になって、そりゃそりゃいいホールです。
ところが完成から10数年たって、町が合併騒動に巻き込まれたんです。隣接する和倉温泉を抱える人口6倍の七尾市等との「対等合併」。さぁホールはどうなるのか。続きと写真は「だいあり」に載せますね。

今夜はかんき出版の境社長に誘われたワインの集い。松浦さん(だったか?)という女性ソムリエ&ビジネスプロデューサー(??)が主宰する会なのだそうです。はたしてどうなりますか。飲み過ぎない様にしないとね。とほほ

 

■2006.01,22

20日の金曜日、やってきましたよ、バザール・ロック座新年会。予想以上に大勢の人に来て頂いて、久しぶりに楽しく酒を飲む事ができました。参加者の皆さん、ありがとうございました。詳細は「だいあり」で。
翌21日は大雪の中神戸へ。のぞみが小田原に止まって、「雪かきします」だって。いったいなにをしたんでしょう。そこからは確かに全速になったけど。神戸では、動物保険のアニコムを立ち上げた小森社長のご家族に会ってきました。ご両親と獣医の弟さん。いい家族だったなぁ。家族力というのも、経営者には大切ですね。
そして日曜日午前中、ついにきました。「PTAの会長さんにぜひ」---。今年の会長さん林さんとご対め〜ん。ふふふ、たまにいろいろな活動であってはいたのですが、具体的にお話しを伺うと、なんか楽しそうでもあり大変そうでもあり。
「アーティストを学校に呼んできて、子どもたちと一緒にパフォーマンスしたりなんかしてもいいんでしょうかねぇ」なんて聞いたら、「えっええまぁ、常任委員会で認められたら」なんて感じでした。
ま、 林さんはずいぶんフランクな型破りな会長さんだったのですが、周囲にいいスタッフもいらっしゃったのだろうな。そういう力がなかったら、一人じゃ無理ですよね。ま、じっくり考えようと思います。
春からは「熱血PTA」ページになってるかもね。むふふ。

 

■2006.01,18

昨日はちとわけありで夕方早い時間から飲み始め、横浜→駒沢→板橋へながれながらシャンパン、ビール、ウイスキー、ワイン、バーボンと飲み続けてしまいました。とほほ。またしても翌朝つかいものにならず。ったく、学習能力のない奴です。

最近ちと面白い人間に会ってパワーをもらっています。
一人は「作家エージェンシー会社」を運営する鬼塚忠氏。3年間でベストセラーを何冊も出して、映画化も何本もものにしています。今年はハリウッドでも映画化するのかな。
今日はNHKの新番組『プロフェッショナル仕事の流儀』のチーフプロデューサー、有吉伸人さんにも会いました。「このままじゃNHKは潰れます。上司管理職はそれでもいいかもしれないけれど、僕らスタッフは困ります。だって住宅ローンを抱えているんですから」だって。分かりやすい。火曜日21時15分、面白いっすよ。

 

 

■2006.01,15

いやはや、13日はまいりました。お昼はシリコン・スタジオの関本会長と新年昼食会。これは「だいあり」に写真を載せますね。ここでソムリエの伊東さんが選んでくれたブルゴーニュの赤1級をしこたま飲んで、結構ほろ酔いでその後打ち合わせを一件。次の礒ちゃんのヴァイオリン・コンサートまで時間があったので、カザルスホールの開場と同時に入って客席でシエスタ。気持ちよかった〜。
もちろん、演奏の時はパキッと起きて、聞き惚れましたよ。礒ちゃんの演奏はもう何度も聴いているのですが、考えてみればこれまではアウトリーチだったり読響とのコンチェルトで大ホールだったりしたので、 カザルスの音響はよかったなぁ。ピアノの伴奏で聴く『ツィゴイネルワイゼン』は枯れた音とブルージーな響きが圧巻でした。
で、問題はそのあとだったんす。21時に演奏が終わって、礒ちゃんの紹介で集まっていたパークの料理長大江さんや国交省の水嶋夫妻、そして辻井夫妻も加わって青山の『壱伝』で新年会。
なにせ時間が遅かったから、そこから飲み始めたら延々と会は続いて、途中11時過ぎに角川映画の北尾さんが合流してもう止まらない止まらない。気づいたら新宿二丁目を出るのが午前3時過ぎでしたん。とほほ。お開きの頃は単なる飲み過ぎ集団と化していました。次の日つかいものになんないでやんの。ったくね。こまった大人たちです。

 

■2006,01,13

迷走していたBAZAAR新年会が決まりましたぁ。
一月二〇日一九時スタート、浅草ロック座隣の『お食事処』です。
ご都合つく方、ふるってご参加下さい。会費は三〇〇〇円程度です。
ママが許してくれたら、ロック座お綺麗な踊り子さんの姿が拝めますよ。むふふ。いつだったか、一時間以上劇場から出て来なかった女の子もいました。出てきたら「すげー、きれぃすぎ」なんて興奮してやんの。たはは。

昨夜は編集者の金森さんと痛飲。とほほ、最後荻窪まで連れて行かれちゃって辛かったな。もう何も覚えていないんだから、どこいっても無駄なのにぃ。
極秘会談だったんだけど、金森さん人の話全くきいてねーんだもんな。ったく。
で、今日はお昼にシリコングラフィックスの関本会長と新年会。京橋シェ・イノですよん。むふふ、こりゃすんごいことになりそうだ。
夜は夜でヴァイオリンの礒絵里子ちゃんのコンサートと、その後パークの大江さんの店での新年会。
あぁ、酒が怖い。週末は走らないとまずいな。とほほ。
でも、仕事もやってるんすよ。もう年末から3冊入稿しちゃったもんね。あと1月中に一冊、2月に一冊。そこまでやったら、春休みにしちゃおうかな。
明星の仲間の坂本さんがお嬢さんの結婚式でオーストラリアの砂漠の真ん中でワルツを踊らないといけないっつーから、応援に行こうかと思ってるんす。むふふ。

 

■2006.01,09

この間、お茶の初釜があったり初詣をしたり、そのへんのことは「だいあり」に書きました。
そちらをご覧下さい。
日本海側は記録的な大雪の様ですね。大変でしょうねぇ。むかーし、松本の大学時代に皆で民宿のスキーにいって、すんごい大雪で二階から出入りした事を思い出します。遊びの雪ならまだしも、生活の雪ってホントたいへんですよね。お見舞い申し上げます。

 

■2006,01,01

あけましておめでとうございまーす。
本年も『熱血』ページをよろしくおねがいいたします。

今年は昨年末から風邪を引いてあんまり本調子じゃないんで、新年の誓いとか今年の抱負とかを考える気分じゃありませんでした。とほほ。仕事も5日しめきりなんつーのを抱えちゃってるし、いま一つ年が変わるっていう気分じゃないっす。ま、正月にひと仕事終えたらまた気分新たに一人正月でもやりましょうか。

昨夜はなんつっても「吉田×小川」戦。足首をへし折るほどのアンクルホールドだったとは思いませんでしたが、超一流の柔道家がなんでもありで闘ったらああいう結果になるんでしょうね。
最後の腕ひしぎはちとあっけなかった印象ですが、マイクパフォーマンスでは「小川」でしたね。どんな結果になっても、散り際が問題だったから、ま、よかったよかった。これで小川は迷うことなくエンタメ路線を行けるでしょう。
にしても、今日の新聞に載ってた新日本のドーム興行はまずいよね。いまさら「長州組対藤波組」なんだもん。めもあてられないな。

皆さんの新年は如何ですか。bbsに書き込みいただけたら嬉しいです。
よろしくどーぞ。

 

■2005.12,31

いやー、ついに大晦日になってしまいましたね。というよりも「吉田×小川戦」になってしまいましたという人も多いかな。ふふふ。今年も当「熱血」ホームページをご愛読頂き、ありがとうございました。
この前セントラル社の女性事務員のMさんが笑いながら「熱血をぜーんぶ読んじゃいました」なんていうのです。聞いたら、ホァッツニュのコーナーをどんどん下にスクロールしていったらやめられなくなっちゃって、ついに2003年10月の書き出しのところまでいっちゃったのだとか。トホホ、お疲れさまでございました。僕より僕の殊に詳しくなっちゃいましたねん。
ま、 今年は新刊を出したりそのプロモーションがあったり、激動の年でした。
来年はどういうことになりますか。ひたひたと歩んで行きたいと思っています。
06年の年頭の言葉は「放下著」。なにものにも執着せずに、目の前の事象に素直に反応して行きたいと思っています。
皆様にはよいお年をお迎え下さい。

 

■2005.12,28

年の瀬でばたばたしていたというと言い訳になってしまいますが、気がつけば10日も書き込みを忘れてしまいました。この間、ワイルのご縁で料理研究家の内坂先生にオテル・ド・ミクニで豪華なお昼を御馳走になったり新国立劇場で金森穣君率いるノイズムの絶品ダンスを観たり、延岡に出掛けて行って市民演劇の取材をしたり、ま、あたふたと生きていました。そうそう、昨日は水戸に行って、中学時代の恩師、というか正確には教育実習に行った時の指導教官だった秦先生に京料理を御馳走になりましたん。これが絶品。スッポンあり鯛の炊き合わせあり京野菜あり和牛刺身あり、なんで勝田の田舎でこんな料理屋が成立するのか不思議なくらい。茨城出身大阪京都東京は柳橋で修業した40歳の若き華板が腕を振るってくれました。

今日はこれからダイアリーの転記。記憶していないといけない誰かの誕生日や命日等を2006年のだいありに書き写します。それから去年決めていた「禁酒日」「スポーツ日」の実行回数も数えて、やりたいと思っていた仕事がいくつできたかも確認して。ま、新年を迎えるためのささやかな儀式みたいなものです。んな計画たてたってどーせ途中で忘れちゃうんだからなんて言われそうですが、だいありに貼っておくと結構みるもんなんす。ちなみに2005の言葉は「どこまで遠く、どこまで深く」。2006は「放下著」にしようと思っています。意味は、全ての執着から自由になること。


この言葉を教えてくださったのは、大学の先輩で、折にふれてお世話になっていた長谷川さんの奥様、箏演奏家の藤井千恵さんでした。年末のある日、分厚い小包が長谷川さんの名前で送られてきました。「趣味の古民家の写真集でも出されたかな」と思って開けたら、それはなんと「美しく生きる」とタイトルされた千恵さんの追悼本でした。絶句したママ一瞬動きが止まってしまったのですが、今年1月、千恵さんは52歳の若さで胃ガンで永眠されたのだそうです。そこにいらっしゃるだけで爽やかな風が吹き抜けるような方だったのに。知らなかったとはいえ、失礼なことをしてしまいました。心からご冥福をお祈りいたします。

 

 

■2005.12,17

おやおや、有隣堂のホームページに拙文と拙顔(とほほ)を載せて頂きました。恐縮です。ぜしご覧下さい。http://www.yurindo.co.jp/yurin/yurin4.html

前に『だいあり』のページに「出版社のT島の編集者について」あれこれ書いたら、その編集者氏から直接お手紙をいただいちゃいました。「先日ブログを拝見させていただきました」なんて書き出しに、どっひゃー。書いておいておまぬけですが「読まれるとは、、、」だって。とほほ。
最近拙HPの舌禍事件(?)がいくつかあってめげていたのですが、これまた大変失礼しました。
書く方としては、自分でつくったホームページだし見てくれているのも、ま、多少なりとも僕に興味がある人なんだろうというエクスキューズがあって、「ここで書かなきゃどこで書くの」という極私的偏見たっぷりの文章を書いているわけですが、書かれたほうはたまんないよね。実名でないとしてもなんか知らないところで陰口いわれてるみたいだもんね。
「同時期発売の単行本、ムックを他に二冊抱えていまして」という事情を、その手紙で知りました。ま、そういうことだろうとは思っていたのですが、 とほほ。大変失礼しました。
あぁ、どうすりゃいいんでしょうねぇ。ま、T島のY崎君にはお手紙と、お詫びの拙書を送らせて頂きましょう。いつか一度あって、忌憚ないところを話さないといけないね。

一昨日宇都宮のラボの国井先生のところにいって、一緒に那須の温泉へ。国井家とはご主人とも親しくさせて頂いているので、3人で楽しいひと時を過ごしてきました。お二人は都立高校時代の同級生カップル。今はもう還暦を過ぎていらして、お子さん二人のこと、事業のこと、ラボのこと、自分たちの生き方のこと等々、いろいろ複雑にからみあった「事情」の中でどうすっきりと生き方の筋を通すかについて、あれこれ語り合いました。なんて、ご主人が幻の焼酎「野うさぎの走り」をもってきてくださって、もったいなくてとても呑めなくて、日本酒をがぶがぶいただいていたのですが。
「浴衣に着替えるとすっかりおじさんねぇ」なんて先生に言われてしまって、とほほ。んだんだ。りっぱなつゅーねんだ。

さぁ、ここからは忘年会ラッシュになりますよぉ。今年はちと秋からブルーだったので、恒例バザールのロック座忘年会は計画しませんでしたが、19日はブレイク中の(??)『一福』の寒ブリだぁ。でも、人間ドックの結果がなぁ。今年は控えめにいきましょう。

 

■2005.12,14

昨夜、珍しく家で夕食をとっていたら電話があって、突然「来年の小学校のPTA会長になってくれませんか」だって。えっえーっえっえっえーって感じで、ボーゼンとしてしまった。とほほ。
何でも、PTAとして参加したソフトボール大会の時の様子が子ども好きそうでよかったとか。そりゃ出ましたよ、役割だったし、楽しかったですよ、スポーツ好きだし。でも、だからといって、なんたら会長なんて、ほんと僕でいいと思ってるんすかねぇ。「今夜は奇跡的に家にいたような状態で」と答えたら、「あら、それはよかった」なんてかるーく言われてしまいました。とほほ。
でも、地域活動とかやらなければとは思ってたし、今までにない人種(失礼)の方々とお目にかかるチャンスではあるだろうなぁ。「何かあったら書いちゃいますけど、いいですか」と言ったら、皆さんなんとおっしゃるかなぁ。むふふ。

今年、この日記を始めてけっこう書いてきましたが、反省は「自分のことばっかし」ということ。ま、お許しいただきたいときは思うけれど、 もちっと世間のことも書かないとね。で、今度から、「だいあり」の中に「批評天国」というコーナーをいれて、じゃんじゃん批評を書こうと思います。読んだ本、味わったコンサートや映画、頂いた料理、出会った人(これは難しいか)等々、何でも批評しちゃいますからね。覚悟あそばせ。ふふふ、よろしくどーぞ。

 

■2005.12,10

昨日テレビで『桜の花の咲く頃』って観られましたか?僕は地方出張中でビジネスホテルでたまたま付けたテレビでみたのだけれど、たぶん全国ネットだったんじゃないかなぁ。北海道別海高校の学生たちの1年間を追ったドキュメンタリーでした。いやよかったなぁ。もう最初の定時制女子バレー部キャプテンのお父さんが事故で亡くなってしまう辺りから、いやその前のごく普通の高校生活を描いたシーンから、もう涙腺うるうるきちゃったもんなぁ。なんでもない学校の風景だけれど、なぜか皆前向きで素朴なんだよなぁ。両親の仕事は必ず酪農か漁業だし。でも、それって作り物ということではないんです。僕は大学1年の夏、別海で酪農のアルバイト実習をやったことがあるからわかるんですが、本当にあそこは人よりも牛の数の方がはるかに多い。商業以外は酪農農家しかないんだもんな。で、いいところなんだ。特に僕は夏行ったから、その夕日のダイナミックさや早朝の冷気の気持ちよさ、流れる雲のリズムや表情をよーく覚えています。

テレビといえば今年一年、小学館のダイム誌でテレビコラムを書いてきたんだけど、残念ながらこんな素敵な番組にはあたらなかったなぁ。なんたらクイズとかスペシャルドラマなんていうのを約25本書いてきたんだけど、本当に涙できるものにはあえなかったしなぁ。むしろテレビ局という大樹の影であほまるだしの広報担当者ばっかりみてきたようなきがするし。いやいや、誰がというわけではありませんが。
でも、たまにテレビはこういう奇跡を起こすからあなどれませんね。
制作がフジテレビだったのがさらに驚き。地方局の制作だとばかり思っていたから。なんであんな奇跡が可能になったんだろう。

ダイムの連載、ちとおもうところあってどうしようか迷っていたんですが、ああいうのを観てしまうと、やめられないなぁ。どうしよう---。

 

■2005.12,05

行ってきましたよ。サザンのコンサート・イン・東京ドーム。いやはや、客席はすっかりジジババですな。むふふ、自分もそうなんですが。ああいうの観たら、若いバンド連中はどう思うんだろうね。ステージ上の桑田だって、歌唄わずに普段着だったらすっかりオヤジだしね。なのに会場はウェーブが何度も何度もおしよせるくらい熱狂しているわけで、年齢じゃないんだよね。
昔のフォークやロックの第一世代の奴らは、とりあえず旧保守勢力をぶっこわしていればよかったんだけど、今のロック・バンドはこわしようにも壊せないオヤジたちが上に多過ぎるからなぁ。だからラップとかに行っちゃうのかな。ま、個人的には「すきますいっち」に頑張って頂きたい。と、コンサート後の牛タンやで言ったら、サザンふぁんにしらっとした目で見られてしまいましたが。
ファンサービス満点のコンサートではありました。

安曇野も行ってきましたよ。50人程度集まって頂いて、中には新市の市長さんもいらしていただいて、なかなか盛り上がりました。本当は地域づくりのことを話したかったんですが、何せ安曇野市自体が旧穂高町と豊科町の冷戦の真っ盛りなのでうかつなことはいえなくて、異文化の中で人材を鍛えるということに終始してしまいました。
新しい市ができたとはいっても、本当に人心が融和するにはそりゃ時間がかかりますよね。旧穂高町町長だった市長さんも、そのところを思って、豊科町の商工会が開いた会にきてくれたんだと思います。頑張ってほしいものです。

 

■2005.12,02

さぁ、今日は安曇野に行って、講演会です。もう10数年の付き合いになる重野君が拙書の出版を記念して、安曇野市誕生にひっかけて企画してくれたものです。その話をきいた当初は、「OKOK、仲間うちの会でしょ」 なんて気軽に引き受けていたんですが、極最近になって「市長も来ます」なんてことになっちゃって、ちと面食らっています。テーマも僕が決めたんですが、途中で忘れちゃって「ありゃ、何話すんだっけ?」なんて重野に聞いたら怒られちゃいました。しっかり頼みますよ!!って。そりゃそうだよね。とほほ。
んで、テーマは『異文化の視点が人と地域を鍛える〜新市安曇野を世界標準で見直すために』です。えへん、すごいねこりゃ。さて、何を話そうかな。

そうそう、重野君には昨日初めての子どもが産まれましたぁ、ぱちぱちぱち。おめでとうございますぅ。女の子だそうです。これで彼も多少は家庭というものに縛り付けられないといけなくなるのでしょうねぇ。ま、それもまた貴重な時間ですよね。なんてな。むふふ。いいパパになってほしいものです。

 

■2005.11,28

ダイアリの方はそれなりに更新しているのですが、こちらの「ほわっつにゅ」の方の更新がちとおろそかになっていました。すんません。去年の今ごろはワイルの執筆で気が張り詰めた毎日だったのですが、今年はマウイのヒロ企画がちととらぶってペンディング、ピアニストのぶゆきくんレポートも機が熟さずに宙ぶらりん、その他いくつかの企画も思った様にすすまずに、なんだかぼんやりした晩秋になっています。書き手を殺すにゅ刃物はいらぬ、テーマをなくしゃいいってな感じですな、とほほ。
その代わりでもありませんが、結構おいしいものを食べまくっています。詳細はダイアリで。

 

■2005.11、20

昨日は久しぶりに早稲田大学に出掛けてきました。サンパウロ在住の映像作家・岡村淳さんの作品の上映会とトークショーが目当てでした。高田馬場で岡村さんとおちあって、初対面の挨拶をして蕎麦食って、、、、すぐに共通の友人が何人もいることもわかって、打ち解けることができました。
岡村さんは、NHKが放送した5夜連続ドラマ「ハルとナツ」に対して、自分の作品の盗作なのではないかと言う異議申し立てをされています。そのことがネット等で話題になって、その作品『60年目の東京物語』の上映会が各地で開催されているというわけです。
冒頭主催者から「このタイトルは小津さんの---」「そうパクリです」というやりとりが面白かったな。ふふふ。でも、ホント素敵な作品でした。NHKはこの作品を観たことは認めていながら「なんら参考にしていない」と言い張っているそうですが、こんないい作品を参考にしないのは逆にバカです。とほほ。
ドラマには「参考文献、資料」は表示しない習慣なのでしょうが、橋田さんは3カ月かけて資料を読み込んだと言っているのだから、どこかでそれらに対する謝辞があっても然るべきですよね。それは当然「盗作」とは違う問題ですが。
岡村さんは今日は石川、明日は奈良と東奔西走の日々とか。何よりです。

夜は、ちとわけありの会があって、西新宿の「一福」へ。ここは一軒家というよりは、居間で食わせる和食なんす。看板には河豚とありますが、昨夜は特別に鴨を料理して頂きました。片面炙った刺身とつくね鍋。絶品。70才の親父と奥さんの二人だけ、客もせいぜい10人までですが、こりゃいけますぜ。
場所は-----、難しい絶対迷うとだけ書いておきましょう。鹿も熊もいけるらしいですよ。むふふ。

 

■2005.11,18

ハーイ身体の力をぬいて〜、喉の力もぬいて〜。つばが出たら飲み込まないで外にたらしてくださいね〜。なんて言われながら、胃カメラ飲んできましたよ。とほほ。朝から。早朝8時30からの人間ドックでありました。
別に何か身体に変調を感じていたわけじゃないんですが、去年から根詰めていた仕事も一段落したし、45才にもなったし、決して健全な食生活を送っているわけでもないし、ま、ちと時間ができたからドックでも、という軽いノリでした。
視力が思ったより悪くて0・3と0・4、血圧が高くて160の100。毎年受ける区の健康診断の時は、数日間飲まないで当日朝にジョギングして準備万端血圧を計るんですが、今日は一日酒を抜いただけだったので、こんな数値になってしまいました。って、正直に先生に話したら「そんななんちゃって検診じゃだめでしょ」なんて怒られちゃった。トホホ。その通りですがねぇ。
胃カメラの結果は、食道の下があれているとのこと。胸焼けがするでしょと言われました。その他は、脂肪肝なし、前立腺も正常、内臓系は問題ないようです。
ただ、血圧がこれじゃね。血圧計を買って毎朝計ることになりそうです。とほほ。
でも、「あまりにも健全な熱血ライター」って成立するかなぁ???うーむ。

 

■2005.11,15

ありゃりゃ、あっと言う間に10日間もこのページに書き込みなしになってしまいました。とほほ、かくも長き不在、でしたね。失礼しました。
この間、10日には大阪に行き、新装オープンした梅田ジュンク堂に挨拶してきました。拙書『ワイル』を600冊も陳列してくださるということで、ホントかいなと思っていたんですが、行ってみたら想像を越えてすんばらしい光景でした。詳細は「だいあり」で確認してくださいまし。いやはや、ワイルさんもこんなに厚遇してもらって、喜んでいるはずです。
梅田の駅前、ヒルトンプラザ・イースト、1階はエルメス、2階はバカラ、そして5階にワイルが入るという、高級ブティックビルです。むふふ、よろしくどーぞ。

んで、11日に東京にとんぼ返りして、お茶の佐々木社中のお仲間でもある女優の南果歩さんが出演している『メアリー・スチュワート』を観劇。その後浅草に出てロック座ママ、斎藤智恵子さんの誕生会へ。たけしさんも来てましたよ。ちゃんと。2時まで痛飲。とほほ。

その後土曜日は伸行君のコンサートあり、某省高級官僚の水嶋さんのチでのホームパーティーあり、そしてまたまた13日には大阪へ。14日トンボがりえというスケジュールでしたん。とほほ、事務所に落ち着く隙がありやせんな。

あっと言う間に11月も半ばですね。今年もあとわずかだな。

 

■2005.11,05

一昨日から、ポプラ社に頼まれた指揮者・佐渡裕氏の著書『感じて動く』(仮題)の構成を始めました。
今年の春、確かハワイ取材の直前に「佐渡さんとスポーツカウンセラー(医師?)の対談の司会をしてもらえませんか」という話を いただいたのですが、スケジュールがあわずに断ってしまったのです。そしたら巡り巡ってその対談データが僕の所にやって来て、その構成をお引き受けすることになりました。
佐渡さんとは、もう何年前でしょうか、彼が山口県の子どもたちとサマーワークショップを開くときに『地域創造』誌の取材で出会いました。その後『アエラ・現代の肖像』に書かせてもらうためにフランス取材も行い、その後はパリを訪ねた折りに食事を共にするような関係となりました。
あ、決定的だったのは、アエラ取材の最中、辻井伸行君のテープを彼に手渡したことでした。「これ友人のピアニストの演奏なんですが、聴いてもらえませんか」そういって差し出したテープを佐渡さんが何気なくお風呂の中で聴いてくれて、慌てて跳び出して「この子にすぐに連絡を取ってくれ!」となったのです。それほど感動したのだと言います。
その後ほどなくしてのぶくんはパリに渡り、佐渡さんとコンセール・ラムルーとの定期演奏会に臨むことになります。この時も同行取材して、僕はサル・ガボーのホールでの歴史的(?)瞬間に立ち合ったのでした。
そういう数々のご縁を考えれば、この仕事、途中参加という不満は残りますが、やらない手はありませんよね。編集者も「もし神山さんに断られたらこの原稿はお蔵入りです」と言っているのです。なんとかしたいと思うじゃないですか。ふふふ。
ま、たぶん来春には皆さんの目にも触れることになると思います。ポプラ社です。何か最近ベストセラー出したんですよね。あやかりたいあやかりたい。ふふふ。佐渡さん、ちと待っててね。

 

■2005.10,30

昨夜は神楽坂のマダムSさんのご招待で、銀座に新装なった「SHIZUO TOKYO」へ、のぶくんご一家と一緒に行ってきました。オーナーシェフの井上さんは日本の食材を積極的に取り入れている方で、青森産とフランス産のフォアグラを食べ比べさせてくれたり、マツタケのリゾットを出してくれたり、いろいろ楽しませてくださいました。
席上、のぶくんがやけに元気で「絶対にショパンコンクールのリベンヂをしてやるぞ」とますますピアノに情熱を傾けている様子が よくわかりました。「僕はいままで挫折を知らなかったから、いい体験でしたよ」なんて言ったりもして。そういえば、小学校5年生で出会った頃と比べれば、当たり前ですが声変わりもしたし、身長も伸びたし、ポーランドからの帰国後は発言もより一層大人びてきました。
「もう君はアーティストなんだから、音楽に関しては君の直感を最大限大切にしていいんだよ」と僕は言ったのですが、のぶくんは「よーし、人を感動させるぞ」なんて言葉も吐いていました。
帰路、お父さんと肩を並べて歩く後ろ姿は、むしろのぶくんがお父さんをリードしているようにも見えて、頼もしい限りです。どんなピアニストに成長してくれるか、楽しみ楽しみです。

 

■2005.10,28

いやー、大変なことになりました。拙書『ワイル』の大阪プロモーション。いろいろ考えたら、やっぱり関西方面ってなかなか知り合いが少なくて、自分で10日11日と乗り込んで「売り子」「買い子」もすることにしました。だけでなく、辻料理研究所所長の山内先生とか、辻学園の田中先生とかレストランアラスカ会長の望月さんとかにもお願いして、生徒さんやお客さんにも宣伝して頂こうと思っています。600冊仕入れちゃうらしいですからねぇ、せめて500冊は売れないとねぇ。とほほ。
関西方面在住の皆さん、11日オープンのジュンク堂梅田店、ヒルトンイースト5階にぜしぜし馳せ参じていただけたら幸いです。関西在住のお知り合いにもぜし声をかけて下さい。
よろしくお願いいたします。

そういえば、今日は拓郎さんの国際ホォーラムだぁ。入れるかな。楽しみ楽しみ。

 

■2005.10,27

一昨日は取材で新潟小出郷文化会館へ。アルフレッド・パールというピアニストの演奏会に行ってきました。ここ数カ月ずーっとショパンばっかり聴いていたんで、ベートーベンとかシューベルトとかリストとか、ドイツ系の骨太の曲が新鮮でした。ふふふ、なんてクラシックファンみたいなこといってますが、この前の日曜日は博多で長渕も聴いてきたんだけどね。でも、よかったなパールさん。川上先生がよくおっしゃる「音のつぶつぶ」が極限まで磨き込まれていて、極上のキャビアみたい(っつー表現しかできないのかなぁ、とほほ)でした。
小出郷文化会館は、秋に連続クラシックコンサートを実施しています。会場は満員だしスタッフはボランティアの市民だし、ほんと、素晴らしい空間です。バザールで席を4つ確保しているので、現地に行ける方にプレゼントしますよ。よろしくどーぞ。

昨日は何年かぶりに変質者、否、編集者のクロサキ君がBAZにきてくれました。アスキーが来年一般紙を出すのだそうです。ご縁があったら、何か書かせて下さいましね。なんていいながら、明星で痛飲。とほほ。

そうそう、忘れてました。25日文化放送で浜美枝さんと対談してきました。えーと、番組は13日放送の「いつかあなたと」10時30分から11時の放送だそうです。
内容は、ま、ワイルのことなんですが、67年に「007」に出演したことのある浜さんは、拙書の中の異文化交流史というテーマに敏感に反応してくださいました。
「永世中立国であるスイスには、小学生たちに『一つの言語を覚えると一つの戦争がなくなる』と教育します」といったら、すごく関心を示してくださって。嬉しかったな。拙書の大きなテーマがそこでしたから。日曜日の朝、お時間あったら聴いてみて下さい。

もう一つ重大ニュースが。関西にお住まいの皆さん。11日に梅田ジュンク堂という大きな書店がヒルトン五階にオープンするのをご存じですか?そこで拙書『初代総料理長サリー・ワイル』がディスプレイされて大きなポスターも貼り出されて600冊も売り出されるのだそうです。ぜしにぜしに、梅田に馳せ参じていただけたら。当日は僕もその店に行って、何冊も何冊も買いますから。とほほ。売れ残ったら可哀相だもんね。関西の皆さん、よろしくどーぞ(必死)。

 

■2005.10,21

ここ3日間、ずーっと北海道美唄にあるアルテピアッツァ(野外彫刻公園)のことを考えていました。原稿を書かないといけなくて。

その彫刻公園は、イタリア・ピエトラサンテにアトリエを持つ世界的彫刻家・安田侃さんが15年かけてつくっている一つの「作品」なんです。市立だから美唄市の行政マンがそれを支えているわけですが、僕らは彼らの姿と歩みを取材しようということで美唄にでかけていきました。
で、夏以降ワイルだショパンだとなかなか忙しくて手がつけられなかったんですが、やっと昨日書き上がったら、なかなかいいんですよ、これが。手前味噌ですが。
あー、気持ちいい。書き上がった今は爽快な気分です。安田さんにもぜひ読んでほしいな。イタリアまでいって来ようかな。ふふふ。

 

■2005.10,18

報道カメラマン、というか、前は戦場カメラマンだった木暮茂夫さんから面白いお便りをいただきました。
「茅刈りボランティア募集〜背丈以上の茅をザクザクと刈るのは快感だ」
木暮さんは3年前に何を思ったか新潟県十日町市浦田村に移住されて、そこの茅葺き古民家に住んでいらっしゃいます。その近隣の方達が、茅葺きの家が減っていくのを心配されて、こういう運動をしているのだそうです。
11月5、6日一泊二日4食付で6,000円コース。2泊以上でしっかり作業の食費宿泊費無料コース。2つがあるそうです。そそられますよね。でも、筋肉痛もすんごいだろうな。とほほ。
みなさん、如何ですか。

ポーランド再訪がなくなって、東京でばしばしパソコンを打っている神山です。むふふ。

そうそう、「特命交渉人・用地屋」を書いた成田の前田さんが、20日の20時、日本テレビのニュースに生出演されるそうです。ぜし見てやって下さい。

 

■2005.10,16

行ってきました。奈良の天河神社。しかも、近畿で最高峰の弥山にも゙登って、奥の院にも参拝してきました。いやー、それにしても別世界でした。金曜日18時過ぎの新幹線で京都へ、そこから近鉄で約1時間半。吉野のとば口の駅で降りて、そこから宿まで車で1時間。山また山のそのまた山奥という感じです。その夜は民宿で一泊、翌朝天河神社でお払いして頂いてから登山が始まりました。
天河神社は、芸能の神様でもあり、ユーミンも信仰しているとか。能の発祥の地とも言われているそうです。標高1900メートル余りの山頂の宿で、参加者のミーティングが始まったのが15日夜7時。ちょうどポーランドでのぶくんが二次予選の演奏を始めた時間だったので、ネギさんを含めて全員でお祈りをしていただきました。このエネルギーがのぶくんに伝わったのか、帰京してからメールをみたら、川上先生から興奮した文面で「奇跡が起きました」との報告がありました。

今16日夜11時30です。そろそろポーランドから結果発表がありそうです。はたして----。
にしても、足が痛い。東京駅の下り階段は死にそうでした。こんな筋肉痛で、ポーランドにいけるのでしょうか。とほほ。

 

■2005.10,13

またまた驚くべき出来事がありました。
志摩観光ホテルの伝説の料理長、高橋忠之シェフからご著書が3冊も送られてきたのです。高橋さんと言えば、敬愛するつかこうへいさんの対談集『現代文学が無視出来ない10人』の中に収録されている一人です。むかーしこの本を読んで、いたく感動した記憶があります。志摩観光ホテルは戦後最初にできた本格リゾートホテルで、高橋シェフのつくる伊勢海老のスープ、伊勢海老のビスクは、まだいただいたことがないのですが、僕の憧れの料理でもあります。
ご縁をつくってくださったのは、大阪に住む元近鉄球団社長の今村翁。以前近鉄優勝の本「奮い立て」を書いたときに取材で知り合って、それ以降なにかにつけてアドバイスいただいていた方です。
その今村さんが拙書『初代総料理長サリー・ワイル』を高橋さんに送ってくださったことで、ご縁ができました。本当にありがたいことです。

さぁ、ワルシャワののぶくんの活躍で、17日から再渡欧になるかもしれません。その前に連載二本単発二本の執筆を終えておかなければ。セントラル社の皆と行く奈良天河神社ツアーもあります。大変なことになってきました。 とほほ。

 

 

■2005.10,12

昨日文化放送のディレクター首藤さんから電話をいただきました。
「ワイルの本がよかったので、今度浜三枝さんがパーソナリティをつとめる番組で対談してくれませんか」だって。驚きました。だって、浜さんのご主人の金子先生には、もう何年かずーっと応援していただいているんですから。「金子先生のご紹介ですか」と聞いたら「違います」だって。これまた偶然ですねぇ。
とはいえ、ポーランドののぶくん次第では17日から再渡欧なので(とほほ)、収録は10月後半か11月、放送は11月中旬の日曜日になりそうです。決まったらまたここで報告しますね。

そして今朝早く、ポーランドからぶくんの結果がきましたぁぁぁぁぁ。
詳細は「だいあり」で見て下さいね。

 

■2005.10,10

いやはや、驚いた驚いた。ポーランド滞在中の川上先生が、ご自身のホームページに「熱血」を紹介してくださったら、その日からアクセス数が普段の5、6倍、なんて書いているうちにまたまたヒット数が跳ねて、今日なんて8倍以上の勢いです。大勢のピアノファン、ショパンファンがワルシャワの様子に関心をもっている証拠ですね。すんません、素人臭い文章で。とほほ。
ま、どこよりも早く、どこよりも熱いワルシャワ報告が載る「だいあり」をお楽しみ下さい。

昨日は横浜三渓園に隣接する「隣花苑」へ。ヴァイオリスト・礒絵里子ちゃんのコンサートに行ってきました。お母さまと燐花苑の奥様、西郷槙子さんが主催された、それはそれは素敵なコンサートとその後の食事会でした。偶然隣にパリ帰りの建築家、岡田大海サンが座られて、しばしパリ談義も楽しむことができました。超美形、ジャニーズばりばりの29歳の俊英です。レンゾ・ピアノ氏にも師事していたとか。これから出てくる人ですよん。ご注目下さい。

 

■2005.10,06

昨日久しぶりにTheBazaarExpressを出して、その中に「ショパンコンクール出場の伸行君の応援よろしく」と書きました。 それだけじゃなく、「ポーランドの金髪の美女、アレクサンドラにも注目。これじゃ、エイジアン・コンプレックスの塊だな」と書いたら、すかさず、「それはエイジアン・コンプレックスじゃなくて、立派なオヤジ魂です。シャラポワに熱狂するような(爆笑)」というありがたくもするどーいご指摘をいただきました。しかもオーストラリアから。くそー。どーせおやじ道まっしぐらの神山ですよーだ。ぐれてやる。

ポーランドの川上先生からのぶくんの様子を伝えるメールをいただいています。転載許可もいただきましたので、「だいあり」で紹介しますね。よろしくどーぞ。

 

■2005.10,04

今朝8時30の便で真冬の様相のワルシャワから戻りました。機内の日本の新聞には「またまた真夏日」なんて記事もありましたが、こっちも結構寒いですね。ワルシャワに比べたらそんなんでもないけれど。向こうはもう紅葉が綺麗でしたよ。
ショパン・コンクール取材、ピアノの極致を堪能してきました。
その他、伸行君のコンクール裏側レポート、アウシュビッツ&ビルケナウ取材、プラハ・レポート等、テンコモリで写真も撮ってきましたから、明日から順次「だいあり」にアップしますね。

トランジットのアムステルダム、スキッポール空港でネットをみたら、友人の磯田君から「おめでとう、日経新聞にも貴著が紹介されていたね」とメールが入っていました。もしやと思って売店を見たら、日経日曜版があるじゃないですか。嬉しくて涙が出ました。
これで文春とクロワッサン、そして神奈川新聞等、けっこう書評紹介をしていただきました。
旅の間、拙書に関する嬉しいメールもいくつもいただきました。ありがとうございました。

あんまり嬉しかったんで、スキッポール空港でみつけた「Weil」というブランドの腕時計をついつい買ってしまいました。とほほ。これでまた、カード返済のために働かないといけません。ま、いいか。そういう人生なんすから。

 

■2005.09,22

いやぁ、いつものとおり、旅立ち前はバタバタのスケジュールになってしまいました。今日は朝から医者に行って健康診断再検査の結果を受け取って(やったー、一週間禁酒の甲斐あって、絶好調のデータがでました、しめしめ)、書店に行ってピアノ関係の本と「地球の歩き方」のポーランド版を買って、午後二時からは「クロワッサン」の田中さんのインタビューを受けて、たまっていた郵便物を出して、その間に原稿をシコシコ書き続けています。
あと10数枚書いて、ダイムの連載を一本書けば、はれて旅立つことができます。なんて、明日も早朝5時には起きないとスカイライナーに乗り遅れちゃうんだけど。
ま、準備不足は否めませんが、初めての東欧、のぶくんの活躍や如何に。楽しみ楽しみ。

ま、あまり必要はないと思いますが、緊急連絡の場合を考えて、ワルシャワのホテルのファックスを書いておきますね。何かありましたらチャレンジしてみてください。電話番号を書いてもポーランド語なんてできる人いないよね。とほほ。よろしくどーぞ。

マリオットホテル、48-22-830-0041です。

 

 

 

■2005.09,21

安曇野の重野君からこんなメールがきました。10月1日に新市「安曇野市」が誕生します。そのイヴェントのお願いです。

「安曇野市誕生の10月1日の全国全世界の様子を「携帯写メール」などで(可能であれば動画で)安曇野に送って下さい。

toyosyou@azumino-biz.net

編集したものは100日イヴェントで紹介する予定です。
各地のどんな風景、様子でもかまいません。「安曇野市誕生、おめでとう」などの簡単なメッセージを何カ所か入れて頂き、ペンネーム応募でも構いません。
特に北海道九州大募集です。海外から一通でも来たら感動モノです!
平成の第合併が全国で盛んですが、安曇野独自の企画を成功させるために、ご協力をぜひにお願いいたします。
特に遠方からご協力いただいた方には、編集長神山の『安曇野普請』を送らせていただきます。

長野県安曇野市豊科4289、重野秀治」

というわけです。重野君とは、もう一〇年以上前から「ミス安曇野コンテスト」の縁で知り合いました。僕に審査員を頼んで来たんです。むふふ。高校卒業の時には山口組系の暴力団からスカウトに来たというほどのヤンチャだった彼も、今では立派な町起こし仕掛け人です。ミスを連れて橋本首相にあったり、今はミスコンに代えて映画祭を実施していたり。
実は昨年から彼らと、安曇野の将来を展望しようというテーマで、小冊子をつくりました。それをプレゼントしてくれるみたいです。

ぜひにぜひによろしくお願いいたします。
僕は23日からポーランドに行ってしまって、1日はまだ彼の地です。なんとかデジカメでメールできたらいいなと思っています。ブラジル、オーストラリア等々の皆さん、よろしくどーぞ。

 

■2005.09,18

「だいあり」のページに折々に書き綴ってきた「サリー・ワイルを偲ぶ晩餐会」の記事もついに今日が最終回となりました。「準備シーン」「入場シーン」「お客様たち」「お料理特集」と来て、最後は大プレゼント大会の様子が文章と写真で記録されています。お楽しみ下さい。なんつってもプレゼントの中身がすんごいからね。むふふ。

一週間の禁酒が木曜日にとけて、金曜日土曜日と呑みまくってしまいました。意味ねー。とほほ。
昨日は新宿シアタートップスの青山勝の芝居「No2」へ。塩野谷さん、中西さんというベテラン男優三人の芝居でしたが、いまいちかな。ちと重かったかな。青山も表情硬いし。ま、公演はまだまだ続きます。チケもあるみたいだから、一度覗いてみて下さい。よろしくどーぞ。

今日は講談社の編集者、独身帝王だった吉田ジンさんの結婚式。河田町のスペイン料理、小笠原邸で開かれます。楽しみ楽しみ。ジンさん、おめでとう!!

 

■2005.09,14

気がつけば、このページの「3万人目」が近づいています。去年の10月に立ち上げて約1年、本当にたくさんの方に立ち寄って頂いて感謝しております。
でも、他の方のページを見ると、もっとテーマがクッキリしていますよね。「食べ歩き」とか「本の感想」とか「旅」とか「映画」とか。そういう視点でこの「熱血」を眺めると、熱いばっかりでテーマはいろいろですもんね。とほほ、あんたの体温は夏場は嫌だけど冬場にはぬくいわぁと言った人もいましたねぇ。ま、良くも悪くも(悪くも悪くも)それが僕の性なんでしょうねぇ。演劇、フレンチ、現代アート、スポーツ、職人、ビジネス、事業再生、いろいろですもんねぇ。どういう方がリピーターで見てくださっているのでしょうか。 テーマではなく、神山典士という生き物に興味を持ってくださっているとしか言いようがないですよねぇ。その意味でも感謝しています。

3万人目を踏んだ方、ぜしご一報を。今度は特大プレゼントを用意しておきますね。

晩餐会の翌々日から禁酒週間に入りました。とほほ。途中明星のカウンターに座ったりもしたんですが、ウーロン茶でぜんぜん大丈夫でした。でも、ウイスキーやビールには反応しなくても、ホッピーに心傾いてしまう自分を発見しました。そういう体質になってしまったんですねぇ。そんな男に誰がした。あー、でもそれも今日で終了だぁ。ところが今日は芝居を見て、久しぶりにエイベックスの石田君と二丁目の「喝」にいく約束っす。あのカウンターでウーロン茶をすする神山って、ちと見物だなぁ。我ながら。とほほ。

 

■2005.09,11

晩餐会に出席してくれたライターのエンゲル内田さんのブログ仲間が長崎に居て、その人がワイルの孫弟子にしてこの前の長崎取材で大変お世話になったロアジス坂本のお客様で、去年秋に僕が初めて飛び込みでロアジスを訪ねた後で、坂本さんがこの人に「この前やたらオヤジのことに詳しい人が突然やって来たよ」と話していたことを知りました。つまり、東京と長崎、そして全くご縁のなかった4人がやっと繋がったというわけです。いやはや、何のことやらわからなかったかったかしらん。失礼失礼。本業ライターなのですが、とほほ。ま、そういうご縁があったということで。

写真整理やらプリントやら封筒準備やらで、まだバタバタしています。早く原稿を書かなければ。
23日のポーランド出発までに、単行本2本、雑誌の特集3本、連載2本とたまってしまいましたん。とほほ。帰国してからもすぐに書かないといけないものが一本あるし。ポーランドのことも早く皆さんに伝えたいしね。書かなければいけないものがたくさんあることは、幸せなことです。
とはいえ、編集者の皆さん、ちとお待ちをね。よろしくどーぞ。

 

■2005.09,09

晩餐会が終わって4日目。昨日カメラマンの中岡さんから写真があがってきて、あとはこれを出席の皆さんにお送りすれば残務整理も終わります。
お陰様でたくさんの皆さんから感謝のメールをいただきました。ありがたいことです。本当にありがとうございます。
ちと長くなりますが、その一部を紹介しますね。著作権をお持ちの方、お許しを。ふふふ。

ステキな、そして楽しい晩餐会ありがとうございました。すごくステキな本ですね、さっそく読ませていただいています。二次会も盛り上がっていることでしょうね。エス・ワイルさんの券までいただいてしまってすみません。ラッキー!ラブちゃんも最高!/ 神山さま 神山さん、本当に素敵でした! 本当に素晴らしかったです。 神山さんとの出会いに心より感謝です* 最新刊のご出版、本当におめでとうございます* 微力ながら、出来る限りのPRさせていただきます! 奥様の美しさに感激♪ /すばらしい会になって良かったですね。大成功ですよ! 私のシャワーのみのお部屋は旧館ですごく品格ある感じで素敵でした。この下で先ほどの会が行われていたと思うとひときわ感慨深いです ★★/ 二次会に行けなくてゴメンね。 凄く良かったよ。料理も、企画も、かな。 有名人には余り興味無いけど。ワイルに関係した、いや影響を受けたおじいさん(失礼)がどんなにエネルギッシュに生きたか。料理に燃えたか、ほんのチョッだけわかった気がするよ。 勿論神山も熱いけど、名も無く静かな熱い男感じました。(スイスでも、無名でしょ、あっ、弟子の人も) 忙しそうに飛び回っているのが、ホント良い。 オレはオレの出来る事を、明日から全力でまた頑張る! じゃあね。 神山典士先生 昨日はすばらしいお席へお招きあずかり、誠にありがとうございました。 たいへん素敵なパーティに楽しいひとときを過ごさせていただきました。 ご高書が沢山売れますようお祈り申し上げます。/ 昨日は大成功でしたね。塩谷さんから素晴らしかったとのお電話を いただきました。/おつかれさまです。 無事、イベント終了ご苦労さまでした。 そして、改めて出版おめでとうございます! 昨日は、神山さんの美声が聞けて楽しかったです。 もしやあれから、朝まで飲まれたのですか? 今日から、じっくり本を味わわせていただきます! サインもありがとうございました。 /神山さま こんにちは。 お世話になります、 昨晩は、貴重なパーティーに参加することができ、 誠にありがとうございました。 ワイルさんにゆかりのあるホテルニューグランドで 当時の料理を再現するなんて、本当に素敵な企画ですね!! 帰りの電車の中までずっと興奮が続いておりました。 大変なプレゼントまでいただき…。 こんな若造がいただいていいものかと、恐れ多い気持ちで いっぱいです…。場をわきまえない発言で大変失礼いたしました。 座席表の神山さんからいただいた、わたくしへのコメントに 「秋に一本」と書いてあったのが気になったのですが、 この秋は、いつくらいまでが秋なのかな、と…。 4日の日曜、銀座コア内のブックファーストで 『初代総料理長サリー・ワイル』が平積みされてました! 実用書の料理コーナーに置いてあったため、 探し出すに少し時間がかかりましたが…、とても上品な装丁で、 思わず手に取り、その場で読み入ってしまいました。 「S・ワイル」での偶然に大変驚き、 じっくり読みたいと思い、その場で即、購入してしまいました。 あまりお力になれないかもしれませんが、多くの方に広めて いけるようにしたいと思います。 この度は誠におめでとうございました。/ 神山さん、 本日、本が届きました。有難うございました。 また、昨日の晩餐会に出席された通訳の赤坂さんから、 すばらしい晩餐会でしたとのお便りを頂きました。 まずは御礼まで。 /神山さん 昨夜は素敵なパーティにご招待いただき、 ありがとうございました! お陰でとても楽しいひと時を過ごさせていただくことができました。 (荒川さんはかなり出来上がっていたようですが(笑)) 鶏好き、魚以外のシーフードと辛いものが苦手なうちの小串も 大満足、完食でご満悦でした。 席も神山さんのご配慮が伺える配列で、さすが!と感動。 合い向かいの西出さん、小串の隣の「特命部長」北尾さんと 名刺交換させていただきました。後でお礼のご挨拶しておきます。 改めて、出版おめでとうございます! 著作は昨日の味を思い出しながら熟読させていただきます。 / すばらしい晩餐会でした。お声かけてくれてありがとうございました。 この勢いでベストセラーになるよう!祈ってます! 取り急ぎ御礼まで/ 神山様 昨日はすっかり楽しませていただきました。 どうもありがとうございました。 こんなに素敵な出版パーティは空前、かつ、きっと絶後でしょう。 西川ともども大感動で、写メールをたくさん撮ってしまいました。 引き続きどうぞよろしくお願いします。 取り急ぎ、御礼まで。/ 前文 失礼致します。 5日は楽しい、そして有意義なひとときを有り難うございました。 仕事柄参考になることもいっぱいありましたし。 何より力作の新刊と、リッツとエコスフェエのタッグもさもありなんという 素敵な会の進行と、神山さんや事務局の方々の日頃のご尽力あっての 広く深い人脈と………感服致しました。 100年後、2005年9月5日横浜ニューグランドの サリーワイルをしのぶ会の招待状やレジメを誰かかまた探し出して……… なんてことにも? ワタクシ「台風で大阪に帰られへんにようになったら 7日にずらしてもらった出張をどないしょう」と クライアントのリゾートホテルの社長の顔を目蓋によぎらせつつも ええい、と新幹線に乗って横浜まで出掛けた甲斐がありました。 クジの類いには金輪際当たったことがないのに しっかりオミヤゲまで戴いてしまいましたし。 深謝と同時に今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。 皆様、お疲れが出ませんよう御自愛くださいませ。 /お疲れさまです。 本当に素晴らしいイベントでしたね。 本はまだ半分くらいしか読めていませんが、これもとても面白く拝読しています。 /楽しい晩餐会で皆喜んでおりました。有り難うございました。 /神山先生 甲田さん、藤谷君からパーティ、大成功だったと聞きました。おめでとうござい ます。料理がとてもおいしかったと両名が絶賛してました。 著書を近々拝読させていただくつもりです。 / 神山さま お世話になっております。 月曜日は本当に素敵な夜を過ごさせていただきました。 お料理も普通のフランス料理はヘビーすぎて途中でダウンするのですが、 味がしつこくなく食べ終わった後ももたれなかったので、 ワイルは日本人の食の傾向をよく研究していたのかな、と思いました。 どこか懐かしい味わいもして、 それがまた会場の雰囲気とマッチしていて 「料理を楽しむとはこういうことだなあ」としみじみ実感しました。 お隣にいらした中村シェフも 「最初は帰ってやろうかと思ったけれど、来てよかったなあ」と しきりに呟いていらっしゃいました。 舞台監督としては至らない点が多々あり、 ご迷惑をおかけしました。 次の晩餐会の時にはきっともっとお役に立てるのではないかと思います(笑)。 /神山様、 先日のサリー・ワイルを偲ぶ晩餐会、とても楽しく過ごさせていただきました。 練りに練られた構成に脱帽です。 さすが神山さん! お食事も美味しかったです。 昭和3年にあのようなものを食べていた人たちがいた、 というのも本当に驚き。 そしてご本も帰ってから読んだら止められなくなり、 夜通し読ませていただきました!! 日本での歴史の始まりに、いい指導者が来てくれて、 習いたいと思う人たちの熱い思いが、現在の隆盛につながっているという点は、 フランス料理もクラシック音楽も同じだなあと感じました。 その先達のお陰で、今の私達があるんですね! お疲れになったことでしょう。 近々私のブログにも書きますね。 また飲みましょうね! では奥様にもよろしくお伝え下さい。 /神山様 先日はお疲れさまでした。 ご挨拶が遅くなって、申し訳ありません。 色々とありがとうございました。 神山さんはあの後、楽しい夜を過ごされましたか? 晩餐会はとてもあたたかい雰囲気で とても素敵な会でした。 今回のプロジェクトに参加させていただけたことを しみじみと嬉しく感じることができました。 ありがとうございます。 それに、自分が制作したものを、 みんなが手にとっているところを見るのは なかなか幸せなものですね。 PAPA DAVIDEもとても素敵なお店でした! お料理もとーっても美味しかったです! お腹いっぱいで食べられなかったことが残念でした。 今度は空腹の時に行ってみたいと思います。 そして、ニューグランドのお部屋を用意していただき 本当にありがとうございました。 お陰様で、晩餐会の準備も、終わってからも ゆっくり休むことができました。 付いていた朝食券で中谷と一緒に『たん熊』で朝食を いただきました。とても美味しかったです。 朝から幸せでした〜。 本当に色々とありがとうございました!/ 神山典士様 一昨日は、素敵な!素敵な晩餐会!本当に有難うございました。 ご本にメールアドレスが記されていましたので、思わずお礼を申し上げたいと一筆啓 上いたします。 前日まで絵里の演奏会で名古屋に居まして、少々疲労気味だったのですが、 ニューグランドの旧館の趣ある階段をあがりロビーに立った瞬間から、 素晴らしい一夕がこれから始まるという興奮を覚えました。 よく練られた完璧なオーガナイズの晩餐会、神山様のお人柄がしのばれる多彩なゲス ト、 落ち着いた照明の中のレセプションホールの佇まいは 神山ご夫妻のよくお似合いになる着物姿とともに、永遠に私の脳裏に強く印象付けら れました。 私、実は大学生時代から料理にとても興味を持ち、まずは和食をそしてフランス料理 を 習いまして、主婦のたしなみ程度ですが、数十年フランス料理を作ってきました。 そんな私にとっては、日本のフランス料理の救世主であった「初代総料理長サリー・ ワイル」 の物語は、興味津々で帰宅後一気に読ませて頂きました。 フットワークの軽い方であることは、絵里からも聞いておりましたが、さすがにノン フィクションライター の面目躍如。興味ある題材を追いかけるご様子が、最初から最後まで読者を興奮させ ずにはいられません。 綺羅星のごとく現れるフランス料理界の名シェフ達の系譜に心躍るひとときでした。 今日は、ゆっくりと昭和初期から今を旅しながら再読してみようと思っております。 あの日は原さんにもお目にかかれまして久々にお話ができました。10月9日に、娘 が原三渓さんの ひ孫である女将(私の友人です)がやっているお料理屋さんでディナーコンサートを いたします。 丁度ポーランドにいらっしゃっている頃(辻井君にも是非頑張って欲しいですね!素 敵なお母様も) と思いますので残念ですが、いつかそのお店「隣花苑」にもいらして下さい。 室町時代の代官の家を三渓が移築した田舎家でして、女将もなかなか素敵ですから。 楽しい時間を本当に有難うございました!また、先日は美味しいフレンチを絵里も ご一緒させ頂き楽しいお仲間に入れて下さったこと、心より感謝しております。 いつか私の手料理も召し上がって下さいね! 神山様の益々のご活躍をお祈りしております。美しい奥様にも宜しくお伝え下さいま せ。 取り急ぎ御礼まで。/

 

 

■2005.09,07

いやぁ、不思議なこともあるものです。カレンダーでは今日は7日なんですが、僕の意識の中ではまだ6日なんですよ。昨日一日さすがに疲れてずーっと臥せっていたので、現実と意識が一日ずれちゃいました。とほほ。
5 日晩餐会は、そりゃもう大盛況でした。ご出席いただいた皆様、本当にありがとうございました。ニューグランドのシェフがトック・ブランシュ(コック帽)をかぶって勢ぞろいでお客様をお迎えして下さって、90歳のレストランエスコフィエ・オーナー平田さんのご挨拶、エスコフィエ協会会長の劔持さんはじめワイルゆかりのシェフの方々のご挨拶、服部校長のご挨拶、そして大プレゼント大会と、沸きに沸きましたね。 ワイルも喜んでいたはずです。涙雨で台風になってしまいましたが、帰路大丈夫だったでしょうか。
僕は二次会後、カラオケ、そして一人で関内のバーへと流れて行きました。いい夜でした。
「だいあり」に少しずつ写真を載せますね。会場内撮影は中岡邦夫さんにお願いしました。こちらも必見ですぜ。

 

■2005.09,04

さあ、いよいよ明日が「ワイルを偲ぶ晩餐会」本番となりました。昨日土曜日は午後からディレクター、舞台監督、司会者、カメラマンそしてボクがニューグランドに集まって入念なリハーサルと打ち合わせ。その後ワイルがつくったドリアとコロッケ、チキン料理等でビールビール、ふふふ。
準備はそれだけじゃありません。編集のペンダコでは、今も(日曜日夜8時)当日の座席表つくりに汗流してくれています。150名をいれるとなると、大変なんだな。これが。
記念の昭和3年の扇子メニューのレプリカも140本届いたし(10本足りないっす、とほほ)本も150冊届くし(これだけで約30万円だぁ)、パンフレットも作ったし、もう大変です。
でも、150名もきてくださるんだから、とにかく皆さんに楽しんで頂いてワイルのことをふかーく胸に刻んで帰って頂きたいと思っています。皆さん、よろしくどーぞ。
ちなみに22時頃から二次会は横浜のイタリアン「パパ・ダビット」でやっています。飛び入り参加大歓迎。地下鉄「元町中華街駅真上」です。こちらもよろしくね。

 

 

■2005.09,03

昼間は暑いけど、朝夕はすっかり涼しくなりましたね。
いろいろな方から発刊のお祝いをいただきました。どうもありがとうございます。
でも、本って、出たら出たで今度は「新刊コーナーになかった」とか「注文したら2週間かかるっていわれた」とか 、いろいろご迷惑をおかけしてしまいます。ホント、書店の流通ってめんどくさいんですよ。誰が悪いのでもないんだろうけれど。
拙書『初代総料理長サリー・ワイル』は、初版5000部なので現状では首都圏の大型書店しかはいっていないと思います。しかも、書店によっては「料理本コーナー」に回されているかもしれません。講談社では特に横浜中心に配本したとのことなので、地方の方はぜひ書店にご注文いただくか、アマゾン等のネットで注文いただくのが早いと思います。
やがて増刷してもらえれば、もっと手に取りやすくなるはずなのですが。ホントすみません。よろしくお願いいたします。

『キャラメル・ばらーど』の方は、やはり大型書店の演劇コーナーにいっていただいた方が手っとり早いと思います。あるいはキャラメルボックスの劇場にいっていただくのが最良かな。『スケッチブック・ボイジャー』も面白いし。一石二鳥だな。ははは、よろしくどーぞ。

 

■2005.08,31

いよいよ8月も終わりですね。急に秋風がたってきて、なんだかあの強烈な日差しが懐かしいですね。

ついにできましたん。『初代総料理長サリー・ワイル』。昨日見本があがってきました。とても綺麗なデザインにしていただいて、感謝感謝。一昨日講談社の小沢さんから電話が来て「すんごくいい本になりました」と興奮ぎみに語ってらっしゃいました。コック服姿のニューグランドの若手の中に一人スーツ姿のワイルが座った写真が表紙です。料理写真は早川哲さんが撮ってくれました。本文のデザインもなかなか凝っていて、ちとやりすぎじゃないの?っつーくらいです。本当にありがとうございました。天上のワイルさんも喜んで下さっていることでしょう。何よりです。

昨日は読売新聞生活文化部の室記者にあって本のことを話して、その後シェ・イノでご挨拶&ランチ。編集の西川君がつきあってくれました。コート・ドュ・ローヌを開けてくれて、美味しかったな。西川君は初めて舌びらめのソース・アンベールを食べて、目玉が落ちそうな感動を味わっていました。むふふ。彼にはあの料理はもったいなかったな。たはは。午後はセントラル総研で八木さんにご挨拶&献本して桜新町のお茶の佐々木先生のところへ。ここでも献本&ご挨拶させていただいたら、先生がとても喜んでくださって、庭につくった新しい待合をみせてくれたりお軸を見せてくださったり。何でも1600年代のものだとか。ホント、佐々木先生の所は伺うたびに(最近御無沙汰なんすが)驚かされます。すんごいホスピタリティ。お茶の真髄です。 その後代々木に戻って、服部料理学校の服部校長へご挨拶&献本。服部校長も5日の晩餐会に来てくださるとのことで、感謝感謝です。

首都圏は明日1日から書店に並びます。地方になると1、2日遅れるそうですが、書店で見かけたらぜし立ち読みしてみてください。そしてお気に召したらぜしご購入を。むふふ、取材費と情熱をかけてますから絶対に損はさせませんよ。よしくどーぞ。

 

■2005.08,23

いやー、14日が最後だから10日ぶりの書き込みになってしまいました。こんなに長き不在は初めてだな。すみませんでした。15日から3日間長崎へ。ピアニスト辻井伸行君の特別レッスンを取材してきました。戻って19日からは北海道へ。まず美唄で彫刻家安田侃の作品が置かれたアルテピアッツァ美唄を訪ね、その後札幌に戻って廃校を利用した「あけぼの開明舎」へ。どちらも素敵な取組みでした。
詳細は「だいあり」でね。

今日はキャラメルボックスの芝居を観にサンシャインへ行ってきます。その前にNHKで「ハルとナツ」というドラマの試写にも行かなきゃ。大変だ。ふーふー。

『ワイルを偲ぶ晩餐会』への多数のお申し込みありがとうございました。お蔭様で130名定員で考えていたのが140名にもなりそうです。料理評論家の服部先生からも駆け込みでお申し込みいただきました。エスコフィエ協会会長劔持様、京都オークラ総料理長大庭様、パークハイアット梢料理長大江様、月心居の棚橋様等、料理界のそうそうたるメンバーが来てくださいます。楽しみ楽しみ。
当日は、大プレゼント大会も開きます。ホテルニューグランド賞は宿泊券、洋菓子エスワイル賞は誕生日ケーキ券、そして今、銀座レストラン「エスコフィエ」様からは、開店五五周年記念豪華ディナー2名様ワイン付き券をいただきました。ありがとうございます。こちらもお楽しみに。

明日からまた松本です。ここでは小沢征爾と串田和美さんに会えそうです。中学生向けのオペラを共同製作しているんですね。夏は地方がいいっすねぇ。汗をだらだら流しながら皆頑張っています。東京はムシ暑いものね。とほほ。

 

■2005.08,14

お盆で都内は極端に車が減って快適ですねぇ。なんて、今日も午前中からBAZに籠もってパソコン叩いてるんすが。今日2本、月刊現代の「フレンチの伝承」と、ダイムのテレビコラム書いたら、明日から長崎で伸行君のレッスン取材にはいります。長崎の応援団長、草野さんが精霊流しにも招待してくださるそうで、「纏いをもって」なんて言われちゃいました。どういう意味なのかちとわからないのですが、何か舟を出すのだそうです。楽しみ楽しみ。

昨夜は明星へ。こんなお盆の最中にやってくるのはいつもの「酒もっとウィッ」の坂本さん、小作さん、こぱんださん、米山さん、大久保みっちゃん、そして僕。とほほ。彼らはこの前の週末、クソ暑いのに高島平の公園に出掛けてバーベキューをやったのだそうです。平均年齢55歳の集団っすからねぇ。ご近所の皆様、ご迷惑をおかけしましたん。たはは。
坂本さんのお嬢さんが来春オーストラリアで結婚式をあげるので、僕らもそれについていこうかという話で盛り上がりました。なんでもお婿さんは砂金がでる土地を持っているそうで、早くも長者話で全開です。ふふふ、これまた楽しい旅になりそうですな。

 

■2005.08,11

昨日一昨日と、喜多方に行ってきました。子ども対象の文化活動をしている団体のお祭り『21世紀シアター』の取材でした。喜多方プラザ(市民ホール)はもとより、街中のそこかしこに残るふるーい蔵の中でコンサートやスタンダップコメディ等が行われていて、そりゃ楽しいイヴェントでした。
もちろんもう一つのお楽しみは喜多方ラーメン。夜、飲み屋のママが「朝のラーメンが一番美味しいのよ、ゆで汁が汚れてないから」なんていうものだから、ほんとかいと思いながら朝8時に目指すまこと食堂に行ったんですが、なんと驚くなかれ、もう行列してるんす。店内に入ったら、12畳くらいの和室の続き部屋にぎっしりお客さんが詰まってます。壁にはご先祖様の写真なんかが飾られている「生活空間」でいただくラーメン。なんかほのぼのしちゃいますね。やっぱ水が美味しいから、そりゃ澄んだ味でした。

『初代総料理長サリー・ワイル』関連の取材で、この前は広尾の「ひらまつ」へ。今日は京橋の「シェ・イノ」へ。フレンチ続きでふーふーいってます。むふふ、贅沢だ。9月1日発売の月刊現代にもこのテーマで一本書きます。よろしくどーぞ。

 

■2005.08,05

あんまり暑いので、もう3、4日間ずーっと浴衣です。この前は博多からのフライトでも浴衣姿でいたら、客室乗務員の人が「涼しげですねぇ」なんて声かけてくれて、むふふ、ちと得した気分ね。博多で買ったもの、池袋のキンカ堂の大安売りもの、前に買ってあったもの、そして濃紺の絣と、このラインナップで夏を乗り切ろうと思っています。

昨日横浜ホテルニューグランドに出掛け、高橋総料理長と打ち合わせしてきました。9月5日の『ワイルを偲ぶ晩餐会』のメニューは、昭和3年にワイルが手がけたエスコフィエのメニューを現代風にアレンジしたものと決定しました。ボールルームもかっちょよくて、こりゃ楽しい一夜になりそうです。
ご希望の方、www.salyweil.comまでどーぞ。

 

■2005.08,03

1日2日と九州阿蘇のラボパパママの皆さんに誘われて、でかけてきました。いやー、阿蘇はいいっすねぇ。風が新鮮だし、風景もちと関東ではお目にかかれない雄大さだし。でもって、宴会がすごいんだ。皆50キロ60キロの先から車で飛ばしてきて「今夜は飲むぞー」みたいな気合十分。天草の鯛、阿蘇の地鳥、野菜、贅沢にさしのはいった馬刺し、そして焼酎、酒等々。山口出身の方がつくってくださった変わり蕎麦も美味でした。阿蘇にもいつでもいける別荘ができた気分です。あそこで一本書くっつーのもいいよね。

と、帰ってきたらびっくり。このページのクリック数が先週の日曜日959もあるっす!!その翌日も月曜日なのに538だし。いったいどなたが見てくださっているのでしょう。なんだか気恥ずかしい気分です。ありがとうございまーす。

ワイルの晩餐会にもたくさんの方からお申し込みをいただいております。マックス120名の会場なのですが、お蔭様でフルハウスになりそうです。ご希望の方、早めにご一報くださいませ。

www.salyweil.com

 

■2005.07,31

夏っすねぇ。暑いけど、これくらいのほうがいいっすよねぇ。幸いにしてワイシャツにタイなんてしなくてもいいから、思いっきりミネラルウォーターがぶ飲みして汗だらだら流しながらパソコンに向かっています。入道雲にもう少し頑張ってほしいけれど、冷夏なんてさえないもんね。

『ワイルを偲ぶ晩餐会』(9月5日、横浜ホテルニューグランド)のお申し込み受付けが始まりました。週末にTheBazaarExpressPRSpecialを送ったにもかかわらず、もう30名余りの方からご返事をいただきました。ありがとうございます。当日は楽しい一夜にしましょう。昭和2年からあるクラシックなパーティールームを舞台に、イタリアマフィアのお誕生会みたいに純白のクロスをかけた一直線のテーブルを用意して、そこに120名がズラリと並ぶ荘厳な会になるはずです。まだ余裕があります。お早めにお申し込み下さいまし。

詳細はwww.salyweil.comへ。
または『熱血』の「だいあり」からサリー・ワイルのページに飛んで下さい。
よろしくどーぞ。

 

■2005.07,27

昨日は久しぶりに新宿二丁目に。『ぺいとんぷれいす』から『しるくはっと』へとはしご。いやはや、飲んだ飲んだ。それなのに今朝は著者近影を撮ってもらうためにカメラマンの大河内君に事務所にきてもらっていたので、まいりました。なんかむくんでたかな。ま、いつものことだから大河内君もそういうもんだと思ってくれたかとも思うけれど。 とほほ。写真があがってきたらアップしますね。

ワイルの晩餐会(九月五日一九時、横浜ホテルニューグランドにて)の募集を始めます。
詳しくはwww.salyweil.comへ。
メールでお申し込み下さった方の中から、1番11番21番31番の方を各1名ご招待しちゃいましょう。ただし、もう一人(以上)ゲストをお連れ頂くという条件で。如何でしょう。振るってご応募くださいませ。

 

 

■2005.07,22

『キャラメルばらーど』と『初代総料理長サリー・ワイル』の2冊の著者校閲が重なってしまいました。フーフー言いながら、可愛いわが子の最後のブラッシュアップを行っています。もうすぐ日の目を見ますからね。ちとお待ち下さい。
この前キャラメルの事務所で製作総指揮の加藤さんとの原稿に対する意見交換を済ませてきました。OKとなった部分から、また「だいあり」でダイジェストを掲載しますね。ご覧くださいませ。

 

■2005.07,21

昨日今日と、甲府に「甲州印伝」の取材に行ってきました。職人の姿を描くノンフィクションを連載してるんです。JAカードのPR誌「グリーン・パル」に。チャンスがあったら見てやって下さい。
安曇野の重野君から「24000番踏んだけど、最近更新してねーじゃん」と怒られてしまいました。すんません。またガシガシ書きますね。

サリー・ワイルのホームページができましたぁ。

www.salyweil.com

です。よろしくご贔屓に。九月五日の晩餐会の申し込みも始まりました。すでに何組かの予約をいただいています。限定80名なので、お早めにどーぞ。

 

■2005.07,17

6日間もこの日記を更新していないと、なんだか久しぶりというか罪悪感に苛まれるというか、ほんと、ごめんなさい。締め切りやその他でこのファイルを開けませんでした。許せ友よ。


13日は、まだ締め切れていなかったのに、前々からの約束で札幌へ。いいっすね、この時期の北海道は。羽田よりも暑かったけれどカラリとしていて、爽快でした。ホテルで『初代総料理長サリー・ワイル』のゲラをしこしこみて、夕方からは友人知人と逢って。それはそれは楽しかったです。
大学時代の先輩のTさんともしこたま飲んで、もーなにがなんだか。いつもすんませんTさん。

14日は午前の便で帰京してまたまたパソコン。夕方からはこれまた前々から予定が入っていた田原総一郎さんのパーティーへ。自選集の出版なのだそうです。これは、アスコムの高橋さんという、僕の担当でもある編集者の仕事です。新興出版社としては冒険だと思うんだけど、立派な本になっていました。田原さんも本当に感謝していたな。よかったね、高橋さん。
でも、パーティーに集まった顔ぶれはどーよ。なんかそこかしこに政治家ばっかり。田中康夫とか辻本きよみなんかもきていました。それはそれで田原さんの人柄なんだろうけれど、今度「サンプロに出演させてよ」コールにも見えちゃいますよね。
それにしても政治かぁ。まだ書いてない分野の一つなんですよね。なんか自分の問題になって来ないんだよなぁ。とほほ。

14日はその後銀座に出て、『匿名交渉人、用地屋』、ようするに成田空港の用地買収の秘話を書いた前田さんと祝杯。久しぶりに『勝負あり』の井上さんとも痛飲。
15日午前、やっとエピローグまで全370枚を脱稿してその足で幻冬舎へ。なんか来年新雑誌を出すそうで、編集者が会いたいと言ってきてくれました。まだ海のものとも山のものともという感じだったけれど、久しぶりに見城さんの牙城に足を踏み入れるというのはちとスリリング。ふふふ、その昔、一騒動あったものですから。もう忘れているだろうとは思いながら、ああいう粘着気質の人は忘れないんだよなぁ。きっとしぶとく。だから打ち合わせの前にそんなことは知らないだろう編集者に「そういうこともありましたからね」と伝えておきました。

16日、つまり昨日は新潟で『金森穣とノイズム』。企画についてはいろいろありますが、とにかくすんごい。穣君,40分間踊りっぱなし。ほんとぶっ倒れる寸前、失神する一歩手前までやってくれました。パチパチパチ。カーテンコールで腕があがんないんだもんね。あんな無謀な振り付けをした黒田なんたらさんに感謝しなければ。でも、どーなんでしょ。振り付けのセンスとしては、ね。

そして今は日曜日の午後3時半。これから町屋の絶品焼き肉『正泰宴』にいってきまーす。あぁ楽しみ楽しみ。

 

 

■2005.07,11

皆さんおはようございます。今日は締め切りの日です。午後2時30分です。でもまだ最終章をこれから書き出す所です。とほほ。締め切れず。ら行5段活用をしなければならなくありました。締め切る時、締め切れば。あぁ虚しい一人遊びだ。
昨夜は編集者二人が事務所にやって来て、明るく「寿司でも食べに行きましょう」とさそってくれました。本当は目白の「いけ勘」に行きたかったんだけど、定休日だったので、板橋の蛇の目寿司へ。内藤君と田中君は締め切りには一切触れずに「原稿面白いっすよ」と励ましてくれました。嬉しいなぁ。こういう気配り。でもその後明星とわがままをハシゴしちゃって、今朝ちと寝坊しちゃいましたが。
ま、やまない雨はない。頑張りましょう。

 

■2005.07,09

うわー、締め切りまであと3日となったのに、まだ4章だぁ。とほほ。でも今日は早朝から事務所に入って、4、5、6章とエピローグの構成をやりましたん。その後4章執筆30枚。なんとか明日にはこれと5章をやっつけて、締め切りまでにメドをたてたいところです。がんばりましょう。

地元入間市の竹馬の友、吉沢誠十の親父がなくなりました。吉沢建設の二代目社長としてを社業隆盛にされた、血気盛んな方でした。20代の頃、よく飲みにつれていってもらったものです。最後にあったのは、3、4年前、入間市ロータリークラブの講演会に招かれた時だったかな。癌だったそうです。あとは立派な社長になった誠十がしっかりと継いでくれることでしょう。おじさん、安らかに。合掌。

 

■2005.07,08

キャラメルの執筆が続いています。3章がおわって、いよいよ劇団創立から動員3万人にいたるまで、佳境の4章です。ただ、キャラメル製作の人から「まだ成井と加藤が原稿を読んでないので、ホームページアップはちとお待ちを」と注文が来てしまいました。そりゃそうだわな。本人より先にファンに読んでいただくのもまずいかなと思って、掲載はとち中断です。お許しを。GOになったら、また各章のダイジェストをご紹介しますね。

昨日は七夕でしたね。僕は終日執筆でしたが、浴衣を着てみました。足元が涼しい。究極のくーるびずってね。なんで小泉さんは着物にしないんだろね。

 

■2005.07,06

いやはや、忙しい一日だ。朝9時45分千歳船橋駅待ち合わせで、「ウルトラマン・マックス」を製作している円谷プロへ。キャメラマン歴35年の大岡取締役にインタビュー。特撮技術の継承というテーマでお話しを伺って来ました。土曜日朝7時30からの放送、見てますか?2日の第一回は、視聴率5・3%。まずまずなのだそうです。30代40代の視聴率が高かったとか。やっぱり「初代」の経験者が最初のお客さんですね。

事務所に戻ってその原稿をダイムに書いて、15時からはキャラメルボックスの新人稽古最終日。扉を開けたらいきなり黒いレオタード姿の渡辺アンリ君が「クラウン」の真っ最中でした。この稽古、女優はレオタード、男優は短パン一枚で舞台に一人で立って、3分間なんでもいいから周囲で見ている観客(この場合は仲間の俳優ですね)を笑わせるというもの。テンションをあげて、とにかく動いて喋って笑いを誘わなければなりません。でも、これが難しいんだな。成井さんからは「君はそれで笑いがとれると思ってるの?思ってないならなんで変えないの?変えないというのは、君自身がしっかり傷ついていないからじゃないの?こんなにつまらなくて変わらなくて傷つかないなら役者なんてやめてフリーターにでもなったら」と、厳しい言葉が矢継ぎ早に出されます。うーん、「感情解放」という名前がついた稽古なんですが、みているほうがいたたまれなくなるシーンでした。

その後電通の、今は部長になったN君の結婚パーティーを代々木のライブハウスに訪ねて、神田に行ってセントラル社のメディア会議。やっとBAZに戻ったのが立った今20時15分でした。さぁ、これからキャラメルの三章を書かなくちゃ。がんばろー。脳味噌に一汗かいた後の美味しいお酒がまってるから。むふふ。今夜も明星かなぁ。とほほ。

 

 

■2005.07,04

執筆の為に早朝の地下鉄に乗り込んだら、多くの学生たちと隣り合わせになりました。通学の時間帯に紛れ込んじゃったんですね。そしたら全員教科書やノートを広げて、仲間同志で口々にいいあっているんです。「戦争放棄、交戦権の否認、武器の不保持」なんて。期末試験の季節なんですね。もう何年もそんな経験をしていないからすっかり忘れてしまっていたけれど。「教育こそ最大にして最高の効率を誇る相続だ」という野口悠紀雄先生の言葉を思い出しました。一夜漬けなんだろうけれど、日本の国の根幹となるものごとを、子どもたちが口にしている風景は微笑ましく感じられます。

長渕剛さんの事務所からファンクラブ誌が送られて来ました。その中に、スコット・アルガードの姿が。前に彼が福島で国際交流の仕事をしていたときに、新宿のカラオケで長渕を歌いまくったことがありました。大ファンなんですよね。長渕の。少年の頃国際交流で北海道のある家にホームステイした時に、長渕に出会ったのだとか。その後カナダの大学で長渕をテーマに卒論を書いて、日本にやってきたのでした。去年だったか、長渕の事務所で働くことになりましたとメールをもらって喜んだのですが、元気に活躍している様子。何よりです。秋のツアーでは、どこかでスコットに会えるかな。また一緒に歌いたいな「青春朝焼け物語」、ふふふ、傍目には煩いだけですけど。

 

■2005.07,02

昨日は執筆後、夜10時頃に明星に到着。頭を冷やす為にホッピー6杯。ふふふ、多過ぎかな。ちょうど赤羽に引っ越した「酒もっと、ウィッ」さんがきていて、久しぶりにあれこれよもやま話。明星は、ただただ古くてママの啓子ちゃんが明るい人気者というだけの店なんだけど、ある瞬間、あるメンバーが集まると極上のサロンになることがあります。いつもじゃないし、常連でないといけないというわけでもないのだけれど。人間と人間が引き合う何かの力が働いて、そこにいあわせた全員がとても気持ちよく酔えて話せる瞬間があるのです。
昨夜は、一人娘をオーストラリア人に奪われる「酒もっと」さんが饒舌になって、結婚式に赤絨毯の上でワルツを踊らないといけないとか、婿の家が砂金堀りで素人でも運がよければ40万円程度の金塊が掘れる事もあるのだとか、魅力的な話をたくさん伺いました。皆でオーストラリア行こう話になって、きっとこれは実現しちゃうな。これまでに明星からは中国寧夏回族自治区銀川への旅、パリへの旅、松本への旅等々が実施されているのです。いやはや、団塊の実行力は恐ろしい。そういえば本来海の男のはずの「酒もっと」さんも、今じゃすっかり山男だもんな。ニッカボッカ姿をかっこよく決めて、高尾山なんかに登っておりやす。むふふ。
何はともあれ、執筆期間は夜中に明星というパターンが続きます。お時間ある方、11時頃にきませんか?埼京線板橋駅前、八千代銀行の角を50メートル入ったところです。ぼんやりと灯る赤い提灯と煮染めた暖簾、そして深い味わいの呑んだくれたちが待ってますぜ。ふふふ。

 

■2005.07,01

さぁいよいよ『キャラメルボックス20年記念出版(タイトル未定)』の執筆が始まりましたぁ。なんて書くと「おいおい、11日締め切りなのに今ごろかい」という不安げな声が一部半蔵門の方から聞こえて来ますが、ま、大丈夫大丈夫。スケジュールはしっかり開けてあるし資料はびっちり整理してあるから、一日40枚いけまっせぇ。というわけで、今回は初めての試みとして、その日書いた原稿の一部を「だいあり」で掲載していく事にしましたぁ。ぱちぱちぱち。クリックしていただけたらできたてほやほやの原稿が読めちゃうということです。ぜし、お楽しみ下さいまし。よろしくどーぞ。

 

■2005.06,29

昨日はキャラメルボックス新人稽古初日。26日に全60ステージも数えた公演の大千秋楽を神戸でやって、翌日帰京、午後から道具の片づけ、そして28日には稽古開始。いやはや、入団1、2、3、4年の若手とはいえ、大変な激務です。もちろん稽古の先頭に立つ成井さんも。午後1時「よりによってなんでこんなに暑いの」と愚痴が出る中、5キロのランニング。柔軟、ストレッチ、ストップモーション、プレゼン、ディベート、そして発声、最後は北村想さんの戯曲の読み合わせ。6時までみっちり5時間の稽古でした。なんか大学のサークル合宿みたい。でも、年間3カ月公演を4回やる劇団にとって、こうして基礎トレをやるのはとても大切な時間だということがよくわかります。そして、世代的にも44歳の成井さんが20歳の若手を鍛えるのですから、キャラメルの歴史の伝承でもあります。
劇団である事を選び続けて来た彼らだからこその貴重な時間。いい取材になりました。

 

■2005.06,27

今日はサントリーホ・ールで伸行君とスロバキア・フィルのコンサート。あんまり暑そうなので、着物でいくことにしました。にしても、襟口が汗ですごいことになるだろうなぁ。水をガブガブ飲むので、汗っかきなんすよね。とほほ。今朝もジョギングの後で美味しい水をいただきました。
そうそう水と言えば、安曇野の重野君が今年も美味しい水を送ってくれました。これが最高なんす。羽田とか成田が売ってるんですが、安曇野の水。ぜひお試しを。

『きゃらめるばらーど』、構成しながら全体像が見えて来ました。とにかく役者の人数が多いので、どうやって全員を登場させようかと悩んでいたのですが、わりと無理なく多くの人に登場いただけそうです。きゃらめるの歴史でありながら小劇場史でもあり、成井豊の個人史でもあるという多重構造のものにしたいな。そろそろ書き出しますね。

 

■2005.06,23

今日から葉山合宿。いよんいよ『きゃらめる・ばらーど』の構成執筆が始まります。どんな文章が出てくるか、楽しみ楽しみ。今日は嫌な感じの雨だけど、明日は晴れるといいな。富士山が見えるかな。

最近、自宅マンション管理組合副理事長の八木さんがテープ起しをじゃんじゃんやってくれています。大助かり。「俺ってこういう仕事あってるかもしんないよ」なんていいながら、自慢の長髪をなびかせてテープに向かってくれているのでしょう。昔はバンドマンで元祖ヒッピーかな。長くロンドンで暮らしていた方です。そのうちご自分でも「何か書くよ」なんていいだすでしょうね。それまた楽しみ。
もう一人、もう10年以上前にバザールの第一号アルバイトとして活躍してくれた大山智子が7年間のニューヨーク生活に区切りをつけて最近日本にもどってきました。ワイルの晩餐会をプロデュースする仕事を頼んだら「一週間書店にアルバイトして敵情視察してきました」だって。たはは。女スパイだ。ニューヨークで二人の子どもを産んでそりゃ30歳の体形になったけれど(むふふ、失礼失礼)あいかわらずパワフルっす。帰国前から千葉のさきっちょに田んぼを借りて、今年は田植えなんかもやるそうです。こちらも強力バザールの助っ人です。英語ばりばりだし。皆さん、何か仕事がありましたらどんどん彼らにふってくださいましね。んじゃ、行って来ます。

 

■2005.06,19

都内某所に籠もって『借りた金05』の執筆と、『きゃらめるばらーど』の構成に当たっています。ちと「ふぉわっつ・にゅ」も「だいあり」も御無沙汰になってしまいました。申し訳ないっす。

昨日はちょうど1年前にバイクで事故って脊椎の5番目の骨をやられてしまった加藤信吾を連れて、母校信州大学医学部出身の整形外科医、谷川浩隆先生の診断を受けに、安曇野総合病院まで行ってきました。ま、後輩ですから酒場では「よう、よろしくね」てなもんなんですが、そこは権威と威厳と威嚇が白衣を着た世界ですから、病院では「先生、よろしくおねがいします」と分厚い封筒をさし出さないわけには行きません。「なんですかこりゃ」と相手に言わせておいて「あっ、失礼しました、ついマスコミは卑屈で」とひっこめるタイミングが難しい。むふふ。ま、ビール一杯で忙しい中を診てくれるわけです。ありがたいありがたい。少なくとも玄関に掲げられた医師数では100名に及ぼうかという田舎の大病院の副院長に出世した谷川は、加藤の背中を触診しながら「うーん、都会の医療過疎もここまできましたか」などと独りごちながら、カモフラージュしつつも1年間に及ぶ都内の病院での誤診を淡々と説明してくれました。
なにせ脊椎ですから一生の問題です。加藤はそのまま入院して来週もう一度精密検査を受けて、手術するか否かをきめることになるでしょう。谷川がいてくれてよかった。ほんと、感謝深謝です。

 

■2005.06,12

今秋、ポーランドで開かれるショパンコンクールに出場する辻井伸行君の先生である、川上昌裕先生にお話しをうかがってきました。二人の関係はもう10年にもなります。先生にとってはウイーン留学から帰国してすぐに出会ったのが伸行君であり、 全盲というハンディを乗り越えてここまできたことに、運命的なものを感じているとのことでした。「当初、周囲が天才少年と彼を呼ぶ事に嫌悪感がありました。誰も将来の事なんかわからないんですから。でも、今となって考えると、皆さんは正しかったことになりますね」淡々とそう語る口調には、ありきたりの日常の中で自分の隣に「天才」が存在することの密かな興奮が感じられます。
出場規定の最年少である17歳でショパンコンクールに挑戦すること。それは我々素人が考える以上に、専門家の間では非常識なことなのだとも言いました。それでも先生が出場を決意したのは、「本番前になって伸行君が本域になったとき、どんな力が生まれてくるか、それを信じているから」とも。本番に異常に強い伸行君の力がどこまで伸びていくのか、 その行く末を誰よりも信じているのが川上先生なのだということがよーくわかりました。約一カ月間つづくコンテストの中で、伸行君がどれだけ伸びて熟していくのか。勝負はそこにかかっているようです。
さぁ、そうなると、9月のポーランド取材がますます楽しみになります。少し早入りして二人の本域のレッスンも垣間見ないといけません。わくわくしてきますね。

 

 

■2005.06,11

8日は新宿紀伊国屋、こまつ座『国語元年』。難しい事をわかりやすく、わかりやすいことを深く、深いことを面白く−−−だったかな。井上ひさしさんの得意な言葉の面目躍如の傑作戯曲。佐藤B作さんが熱演。友人の野々村のちゃんが出ていて、終演後、「一日2ステはしんどいです」とのメールをくれました。そうだろうなぁ。ベテラン、芸達者な役者ばっかりだったからよかったけれど。

今日は、曇りだけれど、この前買った正絹の夏洋の着物をおろしてみました。「買った」とはいっても古着だから別に構える必要もなくて、これから夏はできるだけこのスタイルでいこうかななんてね。へへへ。いいっすよ。着物。貝の口という帯結びがやっと一人でできるようになりました。

 

■2005.06,08

いやぁ組織とは難しいもんだ。最近つくづくそう思う出来事がいくつか重なりました。下のキャラメルボックスの「うぃうぃる騒音事件」も、製作総指揮の加藤さんが怒りまくっているのは公演時に上の劇場から漏れてくる騒音そのものというよりも、何の対処もせず責任の所在がはっきりしないコマ劇場という組織に対するもののようです。でも、外部の人間がいくら怒ったところで、組織というのは中央に行くにしたがって幾重にも緩衝帯ができていて、いつのまにか怒りが吸収されてしまったりするのですよね。ほんと、蟷螂の斧だ。怒る事自体がむなしい。でも怒らずにはいられない。そういう矛盾に、加藤さんははまってしまっています。こういう時は、拙書『組織に頼らず生きる』を繙いてみてください---なんていっても、しょーもないか。たはは。組織で生きてる人にそれをいってもわかってもらえないでしょうからねぇ。でも逆に、僕はフリーランスとして生きているんだから、あくまで個として組織の論理には耳を塞いでいきたいと思っています。「うちの事情もわかってください」とよく言われますが、もしわかってしまったら、その組織を揺さぶる事はできないもんね。組織を揺さぶって、そこから新たな活力を芽生えさせる事が外部の人間のある意味「務め」でもあるんだから。組織に必要な異分子として生きる。なんて、ちとええかっこしすぎか。というよりも、ほとんどの人が何を書いているのかわからないでしょうね。とほほ。すんません。プロとしてははずかちい。でも、そう思う今日この頃です。

 

■2005.06,07

演劇集団キャラメルボックスの創立20周年記念出版『キャラメル・バラード』の取材が佳境です。上川隆也君に続いて、先輩にあたる脚本家演出家の鈴木聡さんにもあってきました。それにしても早稲田の80年代世代はすんごい。キャラメルや鈴木さん率いるラッパ屋、第三舞台、遊機械、山の手事情社、横内謙介君率いる扉座(もとは善人会議)等々、今では演劇界の屋台骨をささえる劇団や人材が数多育っています。これにデーモン小暮やサンプラザ中野といった音楽系(色物系??)を加えると、相当な勢力ですな。でも、キャラメルやラッパ屋は当時第三舞台等があった劇研からは阻害されていて、片身の狭い思いをしていたとか。というよりも、ああいう演劇村には入るまいと思っていたようです。そういうところの出身者たちが20年たって同じ舞台に立ったりするのですから、月日の積み重ねには感慨深いものがあります。 さぁ、そろそろ書き出さなきゃ。面白いものになりそうです。

 

 

■2005.06,05

たいへんですたいへんです。皆さん聞いてください。新宿シアターアプルで行われている演劇集団キャラメルボックスの二本立て公演がとんでもない危機です。上のコマ劇場で行われているロック・ミュージカル「ウィ・ウィル・ロック・ユー」の大音響がまともに下にも伝わってきて、役者もお客さんも困惑しているというのです。稽古段階から製作担当者が何度も何度も何度も劇場に抗議しているのに、いっこうに対処する態度を示さないのだとか。「ウィ・ウィル〜」はアミューズがからんでいるのですが、大里会長もやってきて「なんだこりゃ」と怒って帰っていったとか。とにかくこのままでは、キャラメル側は上の公演中止の仮処分申請をしちゃうそうです。いや〜、また業界と闘うのかキャラメル。毅然としているけれど、茨の道でもあるなぁ。

拙書『美味伝承』の担当編集が決まりました。文芸からこられた西川さんという人です。前は西村京太郎とか赤川次郎とか担当していたんだって。ありゃりゃ、初版が一桁違うな。とほほ。

9月5日、横浜ニューグランドにて『初代料理長サリー・ワイルを偲ぶ晩餐会』の開催が決まりましたぁ、ぱちぱちぱち。スイスで発見された昭和初期のメニューを再現していただこうと思います。会場はやはり昭和2年オープンのボールルーム。約80名定員ですので、ご希望の方はお早めにご一報下さい。よろしくどーぞ。

そうそう、この一週間、ちと気になることがありました。先週の日曜日午前8時代に、僕のブログページを一四〇回あまりクリックし続けた人がいるようなのです。しかも、ブログ日記のバックナンバーも全て見てくださったようで、ブログ内を縦横に回覧した足跡が記録されていました。いやはや、どなたなんだろうと思って一週間過ごしたんですが、どうしも該当する人は現れませんでした。新しく出会った編集者、講談社のNさんでも月刊文藝春秋のUさんでもなさそうです。とすると、誰か友人かなとも思いますが、いくらなんでもそんなに暇な人はいませんよね。午前8時だから地球の反対側の人かなとも思ったんですが、そんなメールもきませんでした。いやはや、僕より僕に詳しい人に出会ったらどうしよう。とほほ、もう一週間、そんな不安を抱えて暮すことになりそうです。誰か、教えてくださいましな。

 

■2005.05,28

飯田橋ホテルエドモント総料理長、中村勝宏さんからお便りをいただきました。こうあります。「サリー・ワイルを通した日本に於ける第一級の資料、西洋料理のノンフィクションがついに9月上梓とのこと。その日が一日千秋の思いで待たれます。心から感謝とお礼を申し上げます」。いやいや、お礼しなければいけないのは私の方です。今回はいろいろなシェフにお世話になって、その方たちの情熱も作品に乗り移ったような気がしています。皆、青春時代の修業体験を、玉手箱を開けるような気持ちで思い出してくださったのでしょう。中村さんは日本人シェフとして初めてミシュランの一つ星を獲得した方です。でも、その最初の修業先を紹介したのは、リッツにいた小西シェフで、小西シェフがリッツに入れたのはリッツで研修していた帝国ホテルの村上信夫シェフのお陰で、と、彼らの修業はある意味で幸運の連鎖でもありました。拙書はそんな時代の流れを描いた青春群像になっています。乞ご期待!!

 

■2005.05,27

マウイのプチ富豪、ヒロの関連取材で、日本の富豪、ビックベアさんにお目にかかって来ました。いやはや素敵な紳士でした。2001年からニューヨークのセントラルパークを見下ろすマンションに3カ月、マウイのカアナパリという最高リゾート地のゴルフ場に隣接した別荘に3カ月、残りの半年を日本で過ごすというほんまもんの大富豪です。もちろんその生涯は毀誉褒貶に満ちているんですが、「男のロマン、女の不満」「倹約10両儲け100両見切り1000両無欲万両」なんて、言葉も豊富にお持ちです。還暦を過ぎたとはいえ若々しくチャーミングな笑顔が印象的でした。「ニューヨークに遊びにおいで」なんて言ってくれちゃって、ホントにいっちゃおうかな。ダコタハウスの隣あたりのマンションらしいっす。あぁ。

 

■2005.05,24

ありゃりゃ、気がついたらもう20100番を越えていました。どなたが20000番を踏まれたのでしょうか。まだ僕の所にメールがきていません。もし「わたしよ」という方がいらしたら、そっとおしえてくださいませ。何かプレゼントいたしまーす。

写真家の稲越功一さんから嬉しいお便りをいただきました。「スイス人でこんな素敵な料理人がいたことを初めて知りました。取材の厚みと時間、大きな記念碑ですよね。秋の出版が楽しみですね」。拙書『美味伝承』のプレビューブックを見て頂いた感想です。その他、国土交通省の水嶋さん、ライターの浅野君、セントラル総研の皆さん等々、大勢の方から暖かい言葉をいただきました。ありがとうございます。好評につき、プレビューブック、増刷しましたぁ。たはは。ぱちぱちぱち。自腹です、もらろん、とほほ。ご希望の方、送りますのでご一報ください。

 

■2005.05,22

ほんとうはもう書き上がってないといけない原稿が何本かあるのに、スイスからお世話になった料理人ご夫妻が来日されてその歓迎会に走り回ったり(だいありご参照のこと)、住んでるマンションの自治会総会があったり、酒を飲まないといけなかったり(んなこた僕の勝手か、とほほ)、成田から、ブログに掲載した写真の注意警報が流れたり(むふふ)、何かと忙しい今日この頃です。でも、『美味伝承』のプレビューブックをみてくれたおふくろが「典士は何をあんなに忙しがっているのかわからなかったけれど、結構いい仕事してるのね」と言ってくれたとか。ま、身びいきとはいえ嬉しいものです。さぁ、今日から『借りた金05』の原稿執筆だ。『キャラメル・バラード』だ。『ハワイ、プチ富豪』だ。なーんて、気合の空回りかしらん。とほほ。

あ、忘れてた。いつのまにか20000番が近づいていますね。こりゃ記念碑もんですよ。この番号を踏んだ方、ぜしご一報ください。今回は奮発して、何かプレゼントいたしやす。よろしくどーぞ。

 

■2005.05,18

一昨日の事。お台場のホテルでCXのワールド女子バレーグランプリの記者発表がありました。そしたら壇上にいきなり川越高校時代のバレー部の恩師・萩原英雄先生が「バレーボール協会強化委員張」の名前で登場してきたっす。どひゃー、先生じゃないですかなんて独りごちちゃった。なんかメガネをオシャレな細いフレームに変えちゃって、スタイリストつけたそうです。あぁ、その昔さむーい体育館で軍手して僕らの頬を殴りたいだけ殴っていた人が。でも嬉しいっすね。こういう再会も。なんでも春の高校バレーの運営委員長をやっているときに、いろいろ策略をねって開会式閉会式を満員にしたらしいっす。そういう努力が協会やテレビ局に認められて、大抜擢されたとか。だって、ミュンヘンの金メダル組をさしおいて一介の高校教師がバレー界の頂点にたっちゃったんだから、ま、大変なことですよ。僕らの高校は全国大会で3回戦までが最高位でしたが、先生は頂点だぁ。いやはや、我等の誉れですな。

 

■2005.05,14

昨日は18時からキャラメルボックス通し稽古。今回はハーフタイムシアターといって、1時間ものの芝居を二本同時にかけるという企画です。でも、1時間ものといっても、結局一本の芝居をつくるわけだから、役者も制作陣も二倍の苦労を重ねることになります。観客も、一本4000円の芝居を二本見るわけだから、ま、大変といえば大変。二倍楽しめるといえば楽しめる。20周年ということで、僕は密着取材に入っているんですが、今回は『僕のポケットは星が一杯』の稽古初日にトラブルがありました。「成井さん、この脚本じゃストーリーが通りません。お客さんが判らないと思います」あがってきた台本を一読した役者から、そんな声があがったのです。そこから大混乱の巻き。続きは8月に上梓になる拙書『キャラメル・バラード〜かくも愛しき舞台戦士たちの物語』(仮題)でみてくださいましね。ふふふ。どうなりますか。

明日は草加でラボの講演です。『国際社会を生きる力〜10代という黄金の時間に』。13時からかな。こちらもご期待っすね。

 

■2005.05,12

某芸能事務所の落合君から電話。「神山さんのホームページたまーに見てますけど、あんまり更新してないじゃないですか」だって。「なにー、これ以上更新したら午前午後二回書くようになっちゃうじゃん」と言ったら「えーっ」だって。聞いたら、トップの赤いページは表紙だけだと思っていて、このほわっつ・にゅを読んでくれていなかったそうなんす。とほほ。パソコンによっては、モニターに赤ページだけ映って、下のこの欄がでないことがあるらしいっすね。気をつけてくださいまし。なんて、こんなこと書いても見てない人にはしょうがないか。とほほのほ。

スイス人シェフ、エルハルド・ガル夫妻の歓迎会の詳細が決まってきました。20日15時から横浜ニューグランドにて高橋総料理長との懇談。18時から夕食会。21日、14時からホテルオークラで日本エスコフィエ協会の幹部シェフと懇親会。25日、京都ホテルオークラで大庭総料理長との懇親会。20日18時の夕食会はニューグランドの招待だそうです。参加希望の方いらっしゃいませんか。ワイル縁の料理を楽しめそうですよ。むふふ。

 

■2005.05,10

連休最後から都内某所に籠もって、拙書『美味伝承』の最後の推敲をしています。書き上げてから約2カ月間放っておいたんですが、読み直してみると、我ながらぞくぞくする位面白いところもある反面、ちとアラが目立ったり、なんといっても「なげーなー」なんて自分で思っちゃったり。とほほ。説教臭いところや資料臭いところは思い切ってカットして、皆さんに見て頂けるときは読みやすいようにしておきたいと思っています。ふー、あと一歩だ。

その『美味伝承』の取材をベルンで手伝ってくださったスイス人シェフ、エルハルド・ガルさんが今月20日から来日されることが決まりました。奥様の会社の団体旅行なのですが、20日21日は横浜と都内で、25日は京都でご一緒してこようと思っています。日本の司厨士協会やエスコフィエ協会の方も来て頂けるそうなので、楽しみ楽しみ。日本をエンジョイしてもらいましょう。

 

■2005.05,07

昨夜は神楽坂のマダムSのご相伴に預かって、やはり神楽坂の「懐石小室」へ。都内の懐石では最も予約が取りにくい店というだけあって、そりゃもう小粋な空間でした。食材がまたすんごい。初めてカウンターに座ったのになぜか小室大将の表情がほころんでいると思いきや、出てきたのは「松茸」。「日本で一番早い松茸です」といいながら、キロ50万円の太いモノをみせてくれました。そのコストにかかわらず料理人は、なによりもいい食材に出会えたのが嬉しいんでしょうねぇ。五島列島から来るというこの松茸は、例年、都内の先輩格の料亭から入り、小室さんにくるのは3番目あたりなのだそうです。それが今年は、ゴールデンウイークのカレンダーのいたずらで、河岸が開いたのに他の料亭が休みで、小室さんが一番に競り落とせたのだとか。それを使って、おいしいお吸い物をつくってくれました。さらに甘鯛の白子、伊勢海老の子ども、美しい八寸、白身のお造り、竹の子とカシワの吸い物、あさりご飯、そして山形からのさくらんぼのデザートと、贅を尽くしたフルコースを満喫しましたん。また器がすんばらしい。日本酒をいただいたのはバカラの7、80年もののおちょことトックリ。扱いがこわくて酔えないよって感じです。
ただ、カウンターの正面に座っちゃった僕らがあんまりはしゃいじゃったので、ちと周囲のお客様には申し訳なかったかな。おまかせコースとその他のコースで料理の皿数が違うから、待ちぼうけを食う人もでてきちゃうんすよね。 カウンター割烹なのにそりゃないよって思う人もいるでしょうね。難しいところです。

ま、今日は松茸パワーでがばりまっす。

 

■2005.05,04

連休を利用して、というか、僕らに休みは関係ないっすが、千葉ツアーをしてきました。まず九十九里にいってカイトサーファー取材、いい写真が撮れましたので「だいあり」を見てやってください。続いて成田に取って返して、空港問題取材。平行滑走路の北側延長問題がかしましく語られている中、空港会社用地部の現役の友人と、国交省の友人と、三人でしこたま酒を飲んじゃった。「成田ってプロレスの文脈で語るとわかりやすいよね」「そうそう、暫定滑走路なんて、猪木のアリキックだよな」「なんでよ」「だって、ルールでがんじがらめにされてるから、他に奇策以外に手がないのよ」「んじゃ、シンポ円卓は?」「ありゃ第一次UWF対新日の抗争だね、できれーすだから」「その点、東峰十字路事件は総合格闘技のリアルファイトだったね」なんて、こうやってかいてもたぶん誰もわからないだろうなという会話が延々と続いたのでした。たはは。文意がわかった方、あるいはこうなんじゃないのと腑に落ちた方、ご連絡ください。ご理解頂けていたら、三者連名で記念品を進呈いたしやす。ふふふ。にしても、成田には「ゾンビ」がいるんです。もう30年以上前の話なのに、いまだに心の中に種火をもっている。今回、期せずしてそれが点火しちゃったみたい。ま、客観視して見れば面白いんですが。ホント、「成仏」できない人たちです。

 

■2005.04,30

連休で静かな東京ですね。快適快適。今日はこれから所沢に出掛けて、大学時代に死んでいった旧友のお墓参りにいってきます。高校時代はバレー部の後輩で、大学も一緒になって彼は演劇をやっていました。22歳の春に突然自分からトラックに突っ込むようにして死んでしまって、以降、毎年この季節になると高校大学の友人で集って墓参りと酒というコースを辿る事にしています。とはいえ、もう20年以上前の事になるし、今は皆忙しい年代だから、今年は何人集まることやら。いちおう僕はバレー部の部長だし、大学も同じキャンパスに進んだ関係で幹事なんですが、その仕事も極めていいかげんだしね。たはは。でも、僕が演劇を書くようになったのは、あいつが劇団山脈に入ったからということもあるのです。そういう意味では忘れたくない友人なんだな。野口善治。生きていればあいつも44か。でもあいつだけは、20代の無邪気なまま僕らの中に残っています。どちらにしても、いやはや、恐ろしいことです。

 

■2005.04,27

いやぁ、忙しい忙しい。出版界は連休進行というのがあって、出版社や印刷所が休む分前倒しで仕事がたてこんでくるっす。んなこといったって、僕らフリーは連休も変わらずに働くのにね。とほほ。ダイムのテレビコラムでCXドラマプロデューサーにあったりキャラメルの役者さんにあったり。その間に、セントラル社のマンスリーレポートも仕上げないと。いやはや。働いてます。

明日はピアニスト辻井伸行君のシークレットライブが都内某所で開かれます。なんて言っちゃったらシークレットじゃないか。たはは。ま、楽しみ楽しみ。いつの日かそう遠くない時期に「あの時たった一〇人の前で演奏してくれたんだなぁ」なんて感慨深く思うようになるやもしれません。そうなるといいなぁ。

 

■2005.04,23

昨日はキャラメルボックスで役者二人取材したあと、紀伊国屋サザンシアターへ。劇団扉座「語り継ぐ者たち」。清水の次郎長伝を語り継いできた講釈師の物語。脚本を書いたのは劇団MOPのマキノノゾミさんの書生を長くしていた(している)鈴木さんという、まぁ新人さんです。なかなか達者なストーリーだったけれど、芝居を観ていてちと身につまされるものがありました。書き手としては、清水の次郎長の物語がいかに生まれ、どう語り継がれてきたかという物語は誰も語っていないものだから斬新だという思いがあるはずです。けれど、観客にしてみたら「ええ〜っ、なぜ今次郎長なの?」という思いをなかなか拭えない矛盾がある。どうせ時代物をやるならせめて坂本龍馬にしてよというのが素直な気持ちなんだろうなと客席で思ってしまったのです。つまり、書き手は「一番手の栄光」に興奮するけれど、大衆は誰もが知っている人物、誰もが知っているストーリーのほうを好む。それって、僕のことじゃん!! コンデ・コマとかサリー・ワイルとか、本人は発掘していいきになっているけれど、実は大衆はそんな書き手の興奮には無関心なんですよね。だから、やっぱり長嶋茂雄とか田中角栄とかのほうがいいんだろうなぁ。手垢がついたものとわかっていても。ま、ノンフィクションの幟を掲げている以上、そういう矛盾を生きるのも覚悟のうちなんですけれど。

今日はこれから横浜でピアニスト辻井伸行君のコンサート。その後、ワイルの弟子だった前田シェフの息子さんが出されたイタリアン「パパ・ダビッド」へ。どちらも期待大です。

扉座件、ぜし足を運んでください。山田まりあちゃんとか、かわいいですよ。

 

■2005.04,21

昨日は浜町明治座で『あずみ』。劇団新感線のこぐれ修さんがでていて、誘ってくれました。いやいや16歳の黒木メイサがすんごい。つかさんが1年間仕込んだそうですが、沖縄出身、上京して化粧品のモデルをやったり『熱海殺人事件、平壤から来た女刑事』をやったり。今回の『あずみ』も、上戸彩がみにきたら、いつもの数倍はりきって演じたそうです。「んじゃいつもは手ぬいてんのかよ」ってこぐれさんが突っ込んだら「はい」だって。とほほ。それでも3時間圧巻でした。あと10日間程度続きます。チケもすこーし残っているようでした。ぜしに。

映像作家の鶴橋康夫さんからお便りをいただきました。「野沢(尚)の供養までしていただいて」とあります。ダイムのテレビコラムに5月22日放送『ぶるうかなりや』(wowow)のことを書いた文章へのお礼状でした。ありがたいことです。65歳の監督は、今、ぎっくり腰をこらえつつ、連日連夜編集作業に入っているはずです。いい作品になるにちがいありません。こちらもぜしに。

 

■2005.04,20

嬉しい事がありました。拙稿を前に、「(出版を)お願い出来ませんか」という僕の問いかけに「(やらせていただいて)いいのですか」と答えてくれる編集者がいました。以前ヴューズという雑誌で一緒に仕事をさせていただいていた小沢一郎さんです。その後単行本の部署に移った小沢さんは『五体不満足』や『戦争代理店』、そして沢木耕太郎さんの『一号線を北へ』等のノンフィクションを担当され、ベストセラー編集者になられています。いまは詳しい事は書けないのですが、言えるのは、今年の秋(たぶん9月初めごろ)、僕と小沢さんの共作を皆さんに読んで頂けるということです。何年ぶりかにこうして出会える。そして互いに居住まいを糺して「よろしくお願いします」と礼をきれる。そんな快感を一瞬味わうことができました。いい原稿をお渡ししなければ。連休中にまたひとつ、やり甲斐ができました。

新潟の小出郷からも嬉しい便りが届きました。頼んでおいた『響きの森、コンサートシリーズ2005』のチケトットが来たのです。このシリーズは、国内外の一流アーティストのコンサートを4回連続で聴けるというもの。今年は9月27日テノール佐野成宏、バリトン堀内康雄の『オペラティック・ナイト』、10月25日アルフレド・パール、ピアノ・リサイタル、11月6日カフェリー・ガイヤロル、チェロ・リサイタル、11月27日アンサンブル『BWV2001』バッハ『ヨハネ受難曲』です。バザールでは、各回4枚づつチケを押さえました。ご希望の方を無料でご招待します。その代わり、現地集合、宿泊、酒代は各自持ちね。ふふふ。小出にはいい温泉といい酒『緑川』があります。八海山も美味しいけれど、地元で飲む緑川は絶品です。ご希望の方、ふるってメール下さいまし。
ちなみに小出は上越新幹線「浦佐」から車で30分、在来線だったら小出下車です。車なら関越高速を小出でおりればいいのかな。東京から1時間半程度の筈です。現地には友人もいますので、宿等は心配ないと思います。庭山先生というお医者さんが持っているアトリエに泊まる事もできるかもしれません。楽しいですよ。

 

 

■2005.04,18

時差ボケがのこっていて、早朝に目が覚めちゃったのでジョギング。石神井川沿いの桜がまだ微かに残っていて、ちょっとした花見気分で走れましたん。さあさあ月曜日。マウイモードを切り換えないといけませんね。前にマウイに住んでいたカイトボーダーのモトブーに電話。インタビューを申し込みました。彼女は今、千葉の大網のあたりに住んで、貧乏カイトボーダーの彼氏と一緒に海を楽しんでいるそうです。アーリーリタイアとは言い兼ねるけれど、それはそれで一つの生き方だよなって感じかな。連休中にあってこようと思っています。

成田空港問題もかしましいですねぇ。平行滑走路を本来の南側に延長するか北側にするかでもめていますね。空港公団が民営化されたことで、株式上場の問題もからんだりしてますからね。複雑です。ま、もう30年近くもやっているんだから誰も関心ないっていうのが正直なところなんだろうけれど、関係者にはまだまだ熱い成田の地です。用地部で働く友人もいるし。これも連休中に行って来ようと思っています。

 

■2005.04,17

アロハー、マハロー、ロコモコー、モロキニーってなんだかよくわかりませんが、とりあえずマウイ一週間の取材旅行から戻ってきました。いやいや、日本に帰るとわかるけれど、やっぱりハワイの風はいいっすねぇ。甘い香りがするし、乾いてて気持ちいいし。中5日間で延べ9人、現地でリタイア生活する4人にもインタビューしてきました。皆それぞれ面白いですねぇ。ある人は10年前まで日本海側の某市で夫婦でパチンコ屋の住込み店員をしていたのだそうです。そこから夫婦で全国パチプロ行脚、パチンコ雑誌のライター、業界紙発行、そしてパチンコのCS局をもつまでになって、それを売却して巨万の富を得てきたとか。んな人生あるのかなと思うでしょう。でもあるんだな、これが。別の人はカイトサーファーの草分けで、20代でマウイに移住。30代で、やはり高校卒業後ずーっとホノルルで働いていた奥さんと知り合って、今は二人の子どもに恵まれ、いくつかのヴァケーション・レンタル用のコンドミニアムを持って生活しています。でも、束の間の旅人にはハワイは天国だけど、住むとなるといろいろ問題も悩みもあるんですねぇ。当たり前だけど。周囲は仕事を2つも3つも持ってかつかつ生活している人たちなんだから、お金があるように振る舞ったら何を言われるかわからないし。ビザの問題も大きいしね。何より、リタイアしてもやることがなかったらまた東京の生活が恋しくなってしまうものらしいっす。ま、そういう現実を踏まえながら、「アーリー・リタイアメントへの道」を記して行きたいなと思っております。
それにしても同行した編集者がすっかりマウイが気に入って「今度は家族で来たいですから新しい企画たてます」だって。 ふふふ、まだまだ縁がありそうだな。 マウイ珍道中の様子は、「だいあり」でお楽しみください。

 

■2005.04,09

なんとも花がいい感じですねぇ。一年に一日か二日ですね。ここまで爛漫なのは。朝ジョギングしていたら、石神井川の川べりでカメラを構える人が何人もいました。ここは長い枝が川面に両手をさしのべるように伸びていて、満開の時も美しいし、川面がピンクに染まる散り際も美しい。季節に何度も花が楽しめるコースでもあります。それに、何故か花見の酔っぱらいもいないし。ま、早朝だったからかな。
そんな花を横目に、今日からマウイに出掛けないといけないとは。とほほ。日本人の美学に反しますねぇ。

ブログもちとお休みになるとは思いますが、また帰ってきたら書きますよぉ。写真もたくさん撮ってきますよぉ。よろしくどーぞ。

 

■2005.04,06

いやぁ、焦りました焦りました。一昨日、ブログを開いたら「配信停止」になっていたんす。ええって驚いてニフティに確認したら「3月末で契約解除になっています」とのこと。ニフティのパソコン通信が終了になるので確かに契約変更はしたのですが、「解除」なんてしたおぼえないので、必死になって復活させてもらいました。その間、1度「停止」になったらブログのデータもなくなってしまうのかと不安になり、この半年間のブログライフがやけに貴重なものに思えて、もしあれが復活しないのだったら半年間生きていた意味がなくなったなと、「虚脱状態」でした。ほんと、感覚的には家族を喪失したような感覚だったな。もちろんスケールは違うだろうけれど、方向的には全く一緒。僕は肉親に対する本格的な喪失を体験していないので、ひどく狼狽してしまいました。とほほ。でも、何とか復活してくれてよかった。これまた猫語が喋れないナカタニ君のお陰でした。さんきゅさんきゅ。
というわけで、ブログライフ、前にも増して大切にしていきたいと思っています。といいつつ、9日から16日までマウイ取材なので、たぶんお休み状態になると思います。でもしっかり取材して写真も撮って、17日に集中アップしますね。よろしくどーぞ。

 

■2005.04,02

なかなか花が全開になりませんねぇ。僕のジョギングコースは加賀の石神井川沿いの花見コースでもあるんすが、張りめぐらされた提灯が哀しく早朝の風になびいていました。ま、街にはなはだしい酔っぱらいが増えるよりはこのぐらいのほうがいいんだけどね。

先日と今日と、ドキュメンタリージャパンのスタッフがBAZに来て、サリー・ワイルの資料をあれこれ漁って行かれました。なんでも4月17日放送BS日本「ホテル・ノスタルジア」という番組で流れるのだそうです。日本中のクラシック・ホテルを巡る新番組とか。なにはともあれワイルのことが紹介されるのは嬉しい事です。といいつつ、うちはBS日本が入らないんだよな。とほほ。地上波もお願いしますね。

『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』(ちくま文庫、小板橋次郎著)読了。この人のことは前から名前だけ知っていて、山根一真さんや猪瀬直樹さんたち(ちがったかな?)の先輩に当たる人だとは聞いていたんですが、驚いた事に僕の事務所があるあたりの出身だったのですね。そこが昭和初期には東京でも有数のスラムだったとは、うかつにも知りませんでした。単なる貧しい一帯と思っていたもので、とほほ。今は「本町」なんてもっともらしい名前になっちゃってるけれど、昔は「岩の坂」通称「イヤナ坂」と呼ばれる貧民窟だったそうです。読んでみると、大阪の猪飼野にも匹敵する猥雑さだな。ダーティーヒーローが跋扈してるんす、作品全体に。いいなぁ。しかも小板橋というのが本名だなんて、宿命を感じますね。僕も『明星な人々』という作品に挑戦してみるかな。むふふ。

 

■2005.03,30

@bazaarの「わーくす・ふぉあ・まがじん」に5作品アップロードしました。ナカタニ君ありがとう。ちなみにナカタニ君は猫語は喋れません。が、パソコンとお酒は得意です。ふふふ。「マダムS」なんて書いた自分でも懐かしいな。原宿「月心居」、千駄ヶ谷「ブルトン」そして高輪プリンス「トリアノン」の3人のシェフとマダムSとの交遊が書かれています。Sさんにはいまも折にふれて御馳走になっています。この文章は日頃の感謝を込めて書いたものです。みてやってくださいませ。

昨日は御殿山原美術館でスペイン現代美術の巨匠、アントニ・タピエス展のオープニング。始めていきましたよ。原美術館。昭和初期の渡辺仁の設計です。建物もすごかったけど、館長のヨージ・ヤマモトも凄かったな。むふふ。タピエスは齢81歳。今も「代表作はこれから生まれる」と言い続けながら創作に励んでいるそうです。その75歳の時の作品が「茶こしとカップ」。巨大なカンバスに茶こしとカップが埋め込まれているという、おいおいおいという愛らしい作品でした。タピエスは毎年6月から9月の間しか創作しないのだそうですが、その時期になると奥様が「今年は○号の作品を何枚、×号を何枚」と指定して、その通りに創作するのだとか。アーティストは大衆の支持なんかよりも、たった一人の絶対的な理解者がいればそれでいいのですね。納得納得。 5月末までです。建物も必見。半円形の元トイレとかもありました。そうそう、二階の奥の奈良美智の作品もよかったな。

 

■2005.03,28

うわぁ、またまたキリ番大会だぁ。今度は17000番を踏んだ方、メール下さい。何かプレゼントを考えましょう。この前はアマゾン・ベレンの堤さんに来日の折りの宿泊券をプレゼントしたら「同伴者もいたらいいなぁ」だって。あまえてんじゃねーよって。ふふふ、自力ですよ。自力。今日中に決まりそうだな。

「@the bazaar」の中の「わーくす・ふぉあ・まがじん」に5つの作品をアップロードしている途中です。ふふふ、自分でできないので、ナカタニ君にデータを渡して彼女にやってもらっているっす。99年のアエラに書いた「絶対監督・鶴橋康夫」、地域創造に書いた「諏訪御柱祭・もう一つの奇祭」、日本製紙のPR誌に書いた「マダムSのスペシャル・メニュー」、何に書いたから忘れたけれど(とほほ)「吉田拓郎の孤独」、フライデーに書いた「第一回アブダビコンバット・レポート」。どれもふるーいフロッピーに入っていました。いつ恐竜化して開けなくなるかわからないので、こういう文章は早くここに移植しないといけないなぁ。ま、おいおいやりますね。楽しんでください。ナカタニ君よろしくね。

 

■2005.03,26

昨日は劇団キャラメルボックスの取材で池袋サンシャイン劇場へ。一カ月40公演もゴールまであと僅か。上川君も本番前に殺陣のチェックなどをしていました。にしても、ロビーのグッズがすんごい。DVDやパンフなど、100数十アイテムのオリジナル商品があって、クレジットカード用のチェッカーもあるんだもん。一日100万円売り上げる事もあるとか。この手の手堅さは四季、宝塚、新感線、そしてキャラメルだな。
その後新宿に出て、東新宿駅上の焼き肉「幸楽」、そして二丁目のシルクハットという黄金コース。シルクは、中上健次さんの最後の女だった(と言ったら「俺は男だ」って怒ってたけど、心は女なんだからいいじゃない。たはは)安田さんとまさるちゃんがやってるバーっす。いいんだな。なんとも。札幌でライター講座をやっていた頃の生徒が今度ハワイへ留学するというので、その壮行会。痛飲。とほほ。

 

■2005.03,24

祝!!開通開通。何が開通したのかって、それはこの「ぷろふぃる」にあるkoyama@the−bazaar.netのメールが開けるようになったんです。つーことは、今までメルアド書いといて読めなかったのかいということになりますが、そうなんです。読めなかったんです。とほほ。全てそこにきたメールはこのページをつくってくれたナカタニ君経由で届けてもらっていました。それが今日、彼女が設定をやりなおしてくれて、なんとか自力で開けるようになりましたん。とほほ。これでブログやってんだから恐いよね。ま、直通になりましたので、皆様よろしくどーぞ。

昨夜は入間市アミーゴ町づくり講演会。長野県小布施の「株式会社あ・ら・小布施」の関悦子さんがきて素敵なお話しをしてくださいました。小布施って、不覚にも行ったことなかったんですが、市民が株式会社をつくって町づくりしていたり、竹下内閣時の「ふるさと創生資金一億円」を使って、市民に旅費をだしてヨーロッパ町づくり視察ツアーを10年間やったり、すごいところですねぇ。もともとは江戸時代のパトロンが葛飾北斎を呼んだ辺りから文化の香りがたちのぼってきたとか。今度行ってみようと思っています。大学時代に知り合った木下豊君が出版社をやっていたりもするんですよねぇ。楽しみ楽しみ。

 

 

■2005.03,21

大阪から戻りました。会場となった大阪市中央公会堂って、大正末年の建立で、すんごい威厳のあるふるうぅい建物でした。その建物の前に、栴檀の木橋っていう小さな橋がかかっているのですが、昭和初期、この橋の袂にワイルの弟子の飯田進三郎がシェフをつとめるレストラン「アラスカ」があったんですねぇ。今は朝日新聞の建物に移っていますが。講演前、しばしその橋の袂にたたずんで、ワイルの時代に思いを馳せてきました。

にしても、講演中、どーよって感じなんですが、グッスリ眠っている男の子が二、三人いたんですよねぇ。とほほ。なんとか言葉の力で起こしてあげようと思ったんですが、成功したのかどうか。ま、眠るなんていうのは講演に対する厳しい評価でしょうから、甘んじて受け入れないといけないのかしらん。やっぱ人の話を一時間聞くのは大変だろうと思うから、冒頭笑いを取ったんですが、大阪の笑いのレベルは高いから、あんなんじゃ物足りなかったんでしょうか。いやはや。大人には受けても、子どもは難しいっすねぇ。しみじみ。

といいつつ、ここ数日僕の生活は『海辺のカフカ』と共にあります。電車の中で『カフカ』、少々酒を飲んでも『カフカ』、新幹線の中はもちろん『カフカ』、講演の前も『カフカ』、カフカカフカカフカ。チェコ語でカラスカラスカラスって本当でしょうか。まだ少し下巻が残っているんですが、佐伯さんとカフカが結ばれて、いよいよ甲村図書館でナカタさんとカフカの遭遇になるあたりです。いや、なるのかどうかはまだ知りませんが。X染色体とY染色体が絡み合うように進む物語構成は春樹さんのおはこですが、次回僕もノンフィクションでそれに挑戦してみようと思っていたので、とても参考になります。このリズムだな、なんてね。いい作品といい日常。そうそう、どんな思考回路が結ばれたのかわかりませんが、カフカを読みながら閃いて、ホテル近くのHMVに飛び込んで、店にあったショパンのピアノCDを全部買ってきてしまいました。ユンディ・リ、アシュケナージ、フジコヘミング、ポリーニ(だったかな)。といっても、五、六枚しかなかったけれど。今日からは、ショパン漬けの生活が始まります。これは秋への伏線ね。むふふ。

 

■2005.03,18

おめでとうございま〜す。「熱血」のお客様1万人目はアマゾン河口の街ベレンから、日伯協会の名物ダジャレ事務局長堤剛太さんでした〜。パオー。遠くアマゾンからありがとうございます。今年の夏、再会出来たらと思っています。よろしくどーぞ〜。あ、そうそう、堤さんは5月か6月に来日の予定なのしたね。その時お目にかかれますよね。彼を囲んでサロン・ド・バザールでもやりましょうか。堤さんは『アマゾンのほほん熱風録』という著書もお持ちなのです。ご希望の方、メール下さい。楽しいアマゾン話がきけますよ。

にしても、急にぽかぽかになってしまいましたね。春は、やっぱいろいろなプロジェクトが動き出します。セントラル総研ではマンスリー・レポートの創刊号をつくり、キャラメルボックスの取材が再開、そして「成田闘争史」ももうじき完成してきます。ま、いろいろです。19日、大阪のラボ教育センターに呼ばれて、子どもたちの前でまた話してきます。「国際社会を生き抜く力〜10代という黄金の時間に」。大阪市中央公会堂で11時30分からです。お時間ある方、ぜし来てみてくださいまし。もちろんその前の日の夜はミナミの「TOTO」に突入だぁ〜。

 

■2005.03,17

なんかぼんやりした雨が降ってますね、東京は。こうしいう雨を繰り返して春になっていくっすよねぇ。なんか春って、花という他力で酒飲むやつが多くて、ちょっとどーよってねぇ。自力で飲まないと。むふふ、あんまり意味ないか。昨日は明星へ「遺影」をもっていきました。いえいえ、この前明星で撮った写真をもらったんですが、50代のおじさんたちが無邪気で天真爛漫なテカテカ笑顔を見せてくれているんすよ。これがたまらなくいい写真だったので、思わず額をつけてしまいました。タイトルは「遺影」。むふふ、明星に飾ってあるはずだから、ぜし見てやってください。撮影者は天野っちね。

 

■2005.03,14

ありゃ、気づいたらもう16500番が近づいています。ここのところ少し見て頂くペースがあがったかしらん。嬉しい限り。16500といえば、このページの1万人目の方にあたります。今度こそ、キリ番を踏んだ方、お知らせください。豪華プレゼントを差し上げますね。

昨日はしんしゅんしゃんそんしょー。行って頂いた方楽しんでいただけましたか。まずまずでしたね。またよろしくお願いいたします。

 

■2005.03,12

10日のホワッツニュ、「滅私奉公」じゃなくて「感謝と奉仕」だろとのご指摘を、遠くオーストラリアからいただきました。確かにその通り。すんません。間違えてました。滅私奉公ならまだ「己を捨てて公に尽くす」ことになりますが、感謝と奉仕では、「全てを堤商店に」という意味になってしまいますよねぇ。とほほのほですね。

セントラル総合研究所発行のメルマガ対談をやってきました。八木宏之社長と経済産業省若手官僚Aさん。事業再生と内閣改革について、日本型ターンアラウンダー養成について等、なかなか面白い内容になりました。詳細はhttp://www.sodan.info/でよろしくどーぞ。

明日13日、いよいよペイトンの若林ケンちゃんのしんしゅんしゃんそんしょーです。15時30鶯谷東京キネマ倶楽部。ディナーショーが19時30からあります。お時間ある方はぜしどーぞ。

 

■2005.03,10

連日ライブドア対フジテレビの株式合戦と並んで、西武堤商店の崩壊が報じられてますねぇ。僕は埼玉県の西武線沿線出身だし、おじきが西武ライオンズの経理担当だったから、報じられている内容にはいちいち頷いたりしています。この前アミーゴに行くときに駅の事務所を覗いたら、正面に掛かっていた堤康次郎の写真と「滅私奉公」の書がなくなっていました。西武タクシーの運転手に聞いたら自慢げに「一週間前に一斉に取り外しました」だって。ま、気持ちはわからなくはないけれど、それにかわるキャッチコピーとシンボリックアクアョンを見つけるまで、あの会社はかなりかかるだろうなぁ。だって、独裁を許していたというか、独裁に乗ってなんの決断もしてこなかった人たちだからね。プリンス、コクド、ライオンズには友人も少なくないので、頑張ってほしい気持ちで一杯です。

僕はといえば『成田闘争史』が脱稿まであと一歩。なかなか読みごたえのある内容になりましたん。

 

■2005.03,09

なんかぬるー〜い風が吹いてきましたね。個人的にはあんまり好きじゃないっす。ここから花見が終わるまでは、なんかだるいよね。とほほ。

昨夜は本多劇場加藤健一事務所公演『煙が目にしみる』。道学先生の青山勝が初めて外部出演するということで、馳せ参じてきました。文学座の坂口芳貞、TPTの松本きょうじ、扉座の有馬自由、この前紀伊国屋演劇賞を貰った加藤忍等、達者な役者さんがたくさんでています。もちろん青山も主演に近い役をどうどうと演じていました。ま、本自体はお涙ちょうだいのストーリーなんですが、その中でも一人で全てをさらっていくのが惚け老女役の加藤健一さんでした。ありゃばけもんだね。加藤さんと言えば、個人事務所でありながら立派な稽古場を持ち、養成所システムも完璧で、毎公演東京で半月、残りの壱カ月くらいを地方公演でスケジュールを埋めるという、演劇界の鏡と言われています。青山もこのあと壱カ月以上地方にでるのかな。大変でしょうが、いい舞台を続けてほしいと思います。東京公演は16日まで続きます。ぜひ足を運んでやってくださいまし。よろしくどーぞ。

 

■2005.03,08

たいした雪もなく、やたら寒いだけの松本に行ってきました、って、青森にいるんだか東京にいるんだかはっきりしろっていいたくなりますよね。たはは。ホント、ここんとこ忙しい。でもそこにインタビュイーがいるかぎり、取材対象があるかぎり、なんちゃってね。ほんとは、面白いもんがある限り、美味しい酒がある限り、かな。ま、いずれにしても、まつもと市民芸術館の演劇部門のボランティア・リダーをやっている西堀さんにインタビューし、その足で串田和美演出『コーカサスの白墨の輪』を見てきました。いやはや圧巻。その会場に。詳細は、だいありで確かめてください。泣けます。

 

■2005.03,07

雪深い津軽の地にいってきました。いやぁ、今年は新潟もそうでしたが、豪雪の年なんですね。東京ではあまり感じませんが。列車から外を見ていても、窓の上まで雪の壁ができていて、景色もきれぎれにしか見えませんでした。いやはやすんごい。でも、新幹線で八戸までいって、そこから特急に乗り換えて「野辺地」「浅虫温泉」なんていう駅名を聞いていると、このまま降りちゃいたいという旅愁にかられますよね。宮沢賢治の地から高村薫さんの晴子情歌へ、そして太宰、長部日出雄、鎌田彗、棟方志功らの生地へ。東北を列車でめぐると,、ちょっとした文学散歩ができますね。何枚か写真をだいありに載せました。ご覧ください。

そうそう、弘前で一つニュースが。2年前に開催されて17万人を動員した、市内に残る巨大な大正時代のレンガ倉庫を会場とする「奈良美智展」が今年4、5月に再び行われるのだそうです。この時期はちょうど弘前城の桜も満開で、普通だったら宿がとれません。ところがラボの相馬先生が「民家を改造した別荘があるからつかっていいわよ」と言ってくださいました。奈良さんの絵画と巨大なレンガ倉庫と満開の桜、そして酒と魚と友人たち。いうことありませんよ。4月16日からなのですが、2泊くらいでどなたか一緒に行きませんか?

 

■2005.03,04

え〜ん。せっかく書きかけの原稿を放り出して重いパソコンと資料をキャスターバックに詰めて羽田空港に行ったのに、「青森行きだけ欠航です」だって。他の全便は飛んでるのに。とほほのほ。機体未着のためなんて、んなんありかいじゃるじゃるじゃる。こういうとき、払い戻しカウンターのねえちゃんがのんびりいすに座ってあくびしながら仕事してるとむかつきますねぇ。なんて、歳のせいですな。たはは。彼女たちには悪意はないけれど、でも頭も下げずに「ありがとうございました」はないよね。「申し訳ありませんでした」でしょ。ったく。
というわけで、またまたBAZに戻って書きかけの地域創造「小出郷合併話」を書いてます。今頃青森で津軽の魚に舌鼓を打っていたら絶対締め切り守れなかったな。欠航してくれたことで、なんとかこれはクリアできそうです。これが神様の意志なんでしょう、ま、そういうこともあらーな。
でも、成田闘争原稿も最後のツメが延び延びになってますし、地域創造はもう一本「久留米」も書かないといけない。しかも8日締め切りです。7日に松本で串田さんの公演観るっつーのに。とほほ。新幹線の中で親指パソコンの威力が発揮出来ればいいのですが。大丈夫でしょうか。
ま、やまない雨はない。明けない夜はない。得意のフレーズがでてきましたぜ。むふふ。

 

■2005.03,03

昨夜は明星へ。前にだいありに写真添付しときましたが、板橋が誇る居酒屋です。ふふふ、サロンっていったほうがいいかな。時間にもよりますが、連日連夜、ここには40代50代60代80代の昔の少年たちが集まって、原っぱ遊びをくりかえしています。皆バラバラにやってきてるのに、誰かが何か言うとすぐに誰かが返して、それをママの啓子ちゃんがまぜっかえして笑いが断えません。昨日は暖簾を潜ろうとしたら、沖縄のウコンジュースを扱っている(明星では山田汁と呼ばれている)山田ちゃんが、向かいの駐車場でおしっこした手も洗わずに「今日はあいつが来てるぜ」と声をかけてきました。「えっ、あいつがいるの」一瞬躊躇しました。傍若無人を絵に描いたような山田ちゃんにまで「あいつ」と呼ばれてしまうのは、明星の客多しといえどもそうそう何人もいるもんじゃありません。最近の山田ちゃんの酒乱ライバルはTBS-Vの天野ちゃんなのです。二人は隣り合うと必ず空手合戦になるので、最近では啓子さんから山田ちゃんは西の横綱、天野ちゃんは東の横綱とカウンター越しにわけられています。ふふふ。この夜もこのあと大変でした。あんなこともこんなことも。ま、んなこと書いてる場合じゃないから、続きはまたあとで。そうそう、今夜あたり明星にきていただければ、続編をライブで観れまっせ。むふふ。JR板橋下車、地下道を左に出てロータリー向かいの八千代銀行を左折。50メートルの赤提灯です。初めての方はヘルメットが必要かな。たはは。

 

■2005.03,02

訳あって、昨日から箸を左手でもって食べる練習を始めました。できなくはないけど、けっこう難しい。美しく食べるって難しいですね。でも、格闘していると、なんか頭がすっきりする感じがします。いままでつかっていなかった脳を使っているからかな。なんか楽しいっす。

今週は週末に地方が続きます。4日からは青森弘前へ。ラボ教育センターの講演会に呼んで頂きました。講演会といっても、たぶん20〜50人程度の集まりだと思うんすが、新しい人と出会えるのはわくわくしますね。テーマは子どもたちの国際交流。弘前は、拙書「ライオンの夢」の主人公、前田光世=コンデ・コマさんの出身地だから、その話がたくさんできると思います。いとうれし。そして酒と魚ですね。むふふ。寒いだろうけれど、その分美味しいだろうなぁ。ま、風邪をひかないようにしなくちゃ。

 

■2005.02,28

二日ほどBAZを開けていました。九州は久留米へ。そうそう、松田聖子と藤井フミヤ、青木繁に坂本繁次郎の町です。それにしても、いやぁ、あんなに魅力的な町とは思わなかった。何がって、B級グルメと酒の町ですな、あそこは。新世界という、敗戦直後のどや街みたいな路地が残っていて、そこに超美味な餃子屋があったりします。街中には堂々と屋台が並んでいるし、焼き鳥も日本一なんだそうです。そしてラーメン。ちとトンコツの匂いはいかがなものかでしたが、ま、おいしいよね。最後はやはり戦後直後の建物が残る「松尾食堂」で絶品親子丼を頂いて返ってきました。博多から特急で30分。今度から中洲よりも久留米を選ぼうかな。いやいや、取材もバッチリしたんすよ。街づくりがテーマでしたが、市民主導でなかなかミリキテキでした。久留米出身の方がうらまやしい。どなたかいらっしゃいます?

日曜日夕方、博多から羽田へ。その足でテレ朝に向かってワールドカップアジア予選取材。こちらはとほほな結果でした。テレビのやつって、ほんと勘違いノーテンキのオンパレードだねぇ。今に始まったことじゃないけれど。
終わってからとんぼ返りで夜の三浦半島へ。ここでは秘密の男4人合宿が行われていて、深夜合流したのでした。でも、朝は気持ちよかったな。海がキラキラひかってて。小春日和だったしね。お昼のまぐろの白子のバターソテーと穴子のテンプラ、カサゴのあんかけが美味でしたん。仕事もばっちりはかどりましたぜ。

 

■2005.02,25

昨日はコンテンポラリーダンス金森穣。なんといっても金森穣。時代は金森穣だなぁ。なんて、コーフンしまくり大会でした。本人を含め12人のダンサーが(本人がやっぱダントツなんすが)素晴らしいのはもちろんの事、美術、照明、衣裳、そして構成も圧巻でした。特にうつろう照明がいいんだなぁ。一幕冒頭、各ダンサーが両腕で抱きしめている裸電球が天井にするすると登って行きます。それが2時間後のラストで、ストップモーションになった12人のダンサーの丸く広げた腕の中にまたスルスルと戻ってきたときは鳥肌が立ちました。こりゃ文学だ。凄過ぎる。27日まで天王洲のアートスフィア。立ち見ならチケもありそう。見ておかないと嫉妬しますぜ。

 

 

■2005.02,24

昨日はシアターコクーン、蜷川幸雄×清水邦夫の「将門」。堤真一主演だから当然(と思われては駄目だと思うんだけど)シスカンパニー勢が脇を固めて、とってつけた木村佳乃ちゃん、そして将門ならぬ反逆児、消えたはずなのにまたまた復活している高橋洋君らが活躍していました。天井から石礫は振るわ目つぶしライトはあるわパンソリかなにかのパンチ系の音楽はあるわ、ま、いつもの蜷川劇でした。中嶋朋子ちゃんはよかったな。救われた感じです。もちろん蜷川さんの存在は演劇界の宝だけど、こんなに煮たような演出を連発されるとちと飽きるな、と。病気の事も在るし、じゃ他に誰がやんのということもあるんだろうけれど。これだけのキャスティングをすれば、(スタッフを含めて)そりゃすんごい作品にはなりますね。なんて、あれ、今日は辛口だなぁ。何故だろう。今日はアートスフィアで金森穣君。こちらは旬の才能だから、期待しています。

そうそう、昨日嬉しいメールをいただきました。もう8年ほど前になりますが、僕にとっては初めての作品集ともある『アウトロー』という本を担当してくれたT君からでした。ずいぶん.久しぶり。3、4年ぶりかなぁ。彼自身、人工透析をやっているので、なかなか仕事では一緒になれないのです。T君は、丁寧に無沙汰を詫びた後で、こう続けてくれました。「突然メールを差し上げたのは、HPでワイルのメニュー集が発見されたということが書かれていたからです。ああ凄いな。正直唸りました」とのこと。彼には脱稿した作品を読んでもらったわけではないのですが、このHPやNEC「コンセンサス」のページで連載を読んでくれて、それでおおよその粗筋も理解してくれたようです。読みながら「ワイルとエスコフィエのつながりの部分だけは強引過ぎるのでは」と思っていてくれて、それが氷解したことを、自分の事のように喜んでくれていました。最後にはこうありました。「ぐるっと一回りしてしまった感が在る××の企画も、可能であればぜひもう一度ご相談させてください」。そんなこと言ってくれたら書き手冥利に尽きます。またまた新しい課題を背負っちゃったなと思わないでもありませんが、こういう編集者の存在には頭が下がります。彼とつきあえるなら、たとえ火の中水の中、酒の中。なんてね。むふふ。そうそう簡単なものではないんだけど。でも、いつかいつか、だな。

 

■2005.02,23

昨日一昨日と新潟小出郷に行ってきました。19年ぶりの大雪とかで、いやはや、道路の両側は3メートルくらいの積雪。いつ雪崩が起きてもおかしくない状況で、車はみいんなセンターライン付近を走っています。水害、地震、大雪と、いくつもの試練を経ながらも、雪国の人は「雪があるとおちつく」のだとか。むしろ雪が溶け始めてからがまた、いろいろなアラが目立ち始めて大変なのだそうです。そのレポートは「だいあり」でね。でも、猛烈な締め切りラッシュで、まだ書けてません。とほほ。原稿やってるからね、滝川君、前田さん、高橋さん。ちとお待ちを。

1500番の方ぁぁぁ。いませんかぁぁぁぁ。通りすがりの人だったのかしらん。それとも、正体を明かせないわけありの方なのかしらん。匿名でもいいですよ。一報下さい。

そうそう、小出郷文化会館が行う秋のスペシャル4大コンサートのチケを「バザール・クラシック」で4枚確保しました。9月27日佐野成宏のテノール、10月25日アルフレッド・パールのピアノ、11月6日オフェリー・ガイヤールのチェロ、11月27日バッハ「ヨハネ受難曲」。いづれも希望者の方と一緒に小出に出掛けて、コンサート後は温泉と銘酒「緑川」を楽しみたいと思います。小出、いやいや魚沼市の人たちもご紹介しますね。いいやつらが一杯いるんすよ。お世話になっている方々なのですが。

 

■2005.02,20

あやや、いつの間にか1500番をはるかに通り過ぎていました。どなただったでしょうか。キリ番を踏んだ方は。まだメールいただけてません。メールいただければ、3月12日の若林ケンしんしゅんしゃんそんしょーにカップルでご招待しちゃいます。どなたですかぁ??

 

■2005.02,19

スイス・ベルンからものすごい発見を知らせるメールがきました。送ってくれたのは、今回のスイス取材の手助けをしてくれたベルン司厨士協会名誉会員、エルハルド・ガルさんです。「1927年から1931年のホテルニューグランドの会食のメニュー集が偶然でてきました。大部分がフランス語で、間違いなくエスコフィエにならってつくられています」という内容でした。じじじゃ〜ん。つまり、僕が書いたスイス人シェフ、サリー・ワイルは、あの時代に「王の料理人にして料理人の王」と呼ばれたエスコフィエに憧れて、「日本の、あるいはアジアのエスコフィエになる」という希望に胸ふくらませて昭和2年に来日したことが、これで立証されたわけです。何故船旅で40日間もかかる極東の島国にやってきて、20年間も留まったのだろうというのが僕の最大の疑問だったのですが、それがエスコフィエに繋がる料理への情熱だったとすれば、納得が行きます。
いやはや、これも偶然見つかったというところがミソです。今回はホント、すんごい偶然の連鎖なんすね。
この冊子を手にするために、なんとしてでもスイスに行かなくちゃ。また2泊4日かな。とほほ。

 

■2005.02,18

歌舞伎町の最終兵器、若林ケンちゃんの「しんしゅんしゃんそんしょー」(さぁ、3回連続でご一緒に、ふふふ)が近づいてきました。昨年秋から急遽いろいろなプロジェクトが立ち上がって、CDは録るわ韓国豪華船で歌うわ、博多の大衆演劇の座長とコラボするわ、もう大変です。あと、客の入りも悪いみたいだし、とほほ。
んで、3月のコンサート、13日東京キネマ倶楽部 (JR鶯谷南口下車歩2分、渋い!)15時30開演と19時30開演ディナーショーの二部制で行われます。マチネは5000円、ソワレは15000円。チケは若干枚僕が確保しまして、あと10枚マチネだけ残っています。ご希望の方にはバザール・プレゼンツ4500円で。メール下さいまし。よろしくどーぞ。

 

■2005.02,17

ここ数日、成田闘争史の構成にかかっています。インタビュー内容や資料を読み込んでおおまかな構成案をたて、さらに素材を要素ごとに細かく分けてこれに入れ込んで行きます。この作業はやっかいなんだけど、集中していると、自然と文章が出てきます。そうなればしめたもの。「書く」というよりも「湧き出る」感じで文章が生まれてくるんです。そういえば、よく「書けないことってありますか」と聞かれるんですが「ない」っすね。僕のばやい。取材が足りないと沸いて来ないけれど、ひたすら歩き回れば必ず文章は沸いてきます。歩きながら小声で口ずさんだ文章を、事務所でキーボードに叩きつければいいだけだから。たはは、そりじゃ身も蓋もないか。ま、今は早く書き出したくて、腕が鳴る状態っつーんですかね。

そうそう、恒例「キリ番プレゼント」の季節ですね。ふふふ。15000番を踏んだ方、メールいただければ何かプレゼントします。1回目は酒井がおちゃんに拓郎の稀覯本ならぬ稀覯CD。2度めはブラジル・ポルトアレグレの和田さんに拙書新刊。そして3回目はどなたでしょうか。何にしょうかな。ま、考えますね。通常のペースなら明日か明後日だな。よろしくどーぞ。

 

■2005.02,15

昨日お台場に行ってきました。あんまり好きな場所じゃないけれど、フジテレビを訪ねる必要があったのでしょうがない。ダイムの連載用にF1プロデューサー氏へのインタビューでした。「今年のF1は勝負の年なんです」。W氏はいいます。勝負なのは琢磨の表彰台?ホンダの巻き返し?いやいや、それだけでなく、レースの放送があるかないかの瀬戸際だったのだそうです。「契約で揉めました。放映権料の高騰が原因です」。聞けばヨーロッパ勢が牛耳るFOMは、トヨタ参戦、琢磨健闘等を材料に、日本に高額な放映権料をふっかけてくるのだそうです。ところが日本では、セナにかわるヒーロー不在のままで、F1人気は下降線の一途。放送枠も深夜帯に定着してしまいました。もはやF1は風前の灯状態です。
これは放送だけの問題とは思えません。かつて16戦15勝なんて時代もあったホンダの総監督、桜井淑敏さんがいっていた「F1は文化だ」という言葉が、今こそ試されているのだと思います。例えばモナコ。あそこは毎年レースを開催する事で、世界中に地中海の海岸線の美しさ、集まる人々のゴージャスさ、リゾートとしての価値を同時中継しています。あるいはイギリス人は、「イギリス人は大量生産には向かないけれど、いいものをたった一つつくる事にかけては世界に冠たる力を持っている」と、F1を例に自慢すると聞きます。それに対して日本はどうか。トヨタ、ホンダという二強メーカーが参戦しても、現状では、日本を語る物語力に満ちているとは思えません。 日本全体が、一見無駄とも思えるF1の戦いに、ピュアになれる余裕がなくなってしまっているようです。
そうしている間に、 中国は上海グランプリを成功させました。インドからも、F1レーサーが誕生しつつあるとも聞きます。日本はこのまま衰退していいのか。それは、僕ら一人一人の課題でもあるのです。
では、僕らは何から再起を始めたらいいのか。一つのヒントがあります。 かつて桜井さんは、F1チームの意識改革のために、「今の自分の仕事をできるだけ普遍的に再定義するとどうなるか」と問いかけました。例えば、F1の物流を支えるスタッフの仕事を普遍的に再定義するとどうなるか。出てきた答えは「サービス業」。つまりF1での世界一へのチャレンジは、サービス業、つまり世界のホテル業界や航空業界との対比で語られるべきだったと気づくのです。
ならば僕らライターはどう定義されるべきか。日本はどう定義されるべきなのか。しばし考えてみようと思っています。

 

■2005.02,13

青山の「小似志」って知ってます?紀伊国屋(工事中だけど)がある交差点を骨董通りの方に入ってすぐの左のビルのB1。友人に拉致されて行ったんですが(ふふふ)、普通の肉じゃがとかコロッケとかある店なのに、入った瞬間に「あらやだぁ」なんて股間を握られていました。嫌なのはこっちだっつーの。ふふふ、二丁目とはまた違ったテイストの向こう岸の世界でした。もう還暦は過ぎてるママと、50代のパートナー、そしてまだ脂っこい30代の三人かしまし娘って感じぃ。もう変な待ち受け画像みせないでよねっ。ぷん。って、なんかおねえ言葉になっちゃったなぁ。とほほ。

久しぶりにのんびりした日曜日。電話も来ないから仕事もはかどりまっす。成田闘争史「ノンキャリア・ブルース」ってタイトルにしようかな。むふふ、なんか面白くなりそうっす。

 

■2005.02,11

昨日は久しぶりに入間市の文化創造アトリエ・アミーゴへ。4年前にできた官立民営(市民ディレクター制度)の文化施設です。僕はそこのアドバイザーを拝命しているので、今度市民講座みたいなものを開こうと相談に行きました。西武池袋線の仏子駅下車歩3分。入間川沿いにある昭和初期の紡績工場をそのまま生かしたシックな建物です。アトリエなのでホールとかはありませんが、広い空間に高い天井、例えばジャズやダンスなんかには最適です。仮設舞台も自由に組めるので、狂言やシェークスピア劇等もやりました。青年座の野々村のんちゃんたちが合宿稽古をやってくれたこともあったし。宿泊施設が充分ではないのですが、ま、雑魚寝なんかもできなくはありません。3月に、長野県小布施のまちづくりのリーダーを招いて、講座をやることになりました。
でも、市民運営ってやっぱり難しいです。時間的体力的にハードだし、合議制がうまくいかないと、独裁にもなりかねませんからね。情報の共有化ってことが、地域活動ではほんとに課題ですね。メール頼りってわけにもいきませんからね。アミーゴはまだ本格的なホームページがないんです。これじゃ、どんなにたくさんのイヴェントをやっても、館としての物語を市民に共有してもらうことが難しい。その辺が5年目の課題なのかな。
でも、3月23日夜、よろしかったらアミーゴへ。小布施の方々とも友達になれますよ。

 

■2005.02,07

今日はクラシック二題。昨日の池袋芸術劇場でのヴァイオリン、礒絵里子の演奏はすごかった。日本フィルを従えて、小林研一郎指揮で、大ホールを魅了する音色を聞かせてくれました。ラヴェル「ツィガーヌ」、マスネ「タイス瞑想曲」、サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」。3曲とも曲調が違うのですが、一曲目はブルゴーニュのしぶーいワインの味わい、二曲目はカリフォルニアの若くて生きのいいピノ・ノアール、そして3曲目はふかぁいエシェゾーのヴィエイユビーヌかイタリア・バルポリのアマロネという印象でした。なんて、知ってるワインを総動員してるんすが。たはは。
ま、彼女が兵庫和田山のご家庭の居間で弾いている姿等を取材していただけに、大ホールでの雄姿は圧巻でした。いい演奏家になっていくんだろうな。その句読点となる演奏会だったとしたら、そこに立ち合えてこんなに嬉しい事はありません。もっとも本人はあっけらかんとしていましたが。あの程度のことじゃ驚かないわよってか。カーテンコール4度もあったのにね。
もう一つクラシックはといえば、ピアニストの辻井伸行君。4月23日、横浜みなとみらい大ホールでアイメイトチャリティコンサート、6月26日と27日にはサントリーホールでスロヴァキアフィルとジョイントします。こちらは秋の大勝負に向けて、万全の仕上がりのようです。その意味でも楽しみ楽しみ。両コンサートともチケは頼めばあるみたいです。ご希望の方はご一報ください。

なんて、神山とクラシックって不安だなと思ってるでしょ。僕も思ってるし。とほほ。

 

■2005.02,06

bbsに、歌手の井上ゆみさんのマネージャー、中嶋さんが書き込んでくれました。ありがとうございます。なんか横道中心主義ですが、たはは、ま、彼らとの出会いがこの前だいありに書いた「マツケンサンバ隊募集」につながっています。今年7月末から8月にかけて、井上さんたちは南米ツアーを行います。日系人のためのボランティア公演です。そのツアーにアマゾンで合流して、現地の人たちと交流しながら一緒にステージでマツケンサンバを踊ろうという企画です。如何ですか。いいっすよ。アマゾンの雲。
何年か前アマゾン川をカヌーで下っていたら、船頭(地元の少年っす)が「雨が来る」って言うんです。真っ青な空なのに。ところが彼が指さした方角の空にポツンと黒い染みがあって、それが見る間に大きくなりながら近づいてくるんです。逃げろーって、全速で逃げながら彼が舵を切ると、雨と青空の端境を船がいきます。つまり、身体を左に傾けると右肩を雨が切っていく感じ。それでいて左は青空なんです。たはは、楽しかったな。
現地では、拙書「ライオンの夢」取材の時にお世話になった縄田さん一家がいます。おじいちゃんがたぶん春に勲章をもらうので、そのお祝いにもなります。一緒に如何ですか?

 

■2005.02,05

昨日はセントラル総研「敗者復活型基金誕生パーティー」。いやぁ、盛会でした。400人以上集まったかな。それにしても、日頃の激務は当然として、こういうイヴェントを社内実行委員会をつくって実施するというのは大切なことですね。いつもと違うワークをすることで、日頃見えない能力も見えてくるし、充実感も違いますよね。シンボリックアクションなんだな。
ま、これで事業再生も、産業再生機構という名の国の事業から、民間の事業に移ります。そのいい句読点になるイヴェントでした。

3、4日と京都。唐紙職人の第11代唐長さんにインタビュー。これまた素敵な人でした。「唐紙を家に使ってみてください。蛍光灯が嫌になってくるはずです。キララは適度な陰影でこそ映えるんです」とのこと。実際、烏丸3条にあるモデルルームには、唐紙が貼られた襖や壁、テーブルがあって、そりゃ優雅な空間でした。さっそく春っぽい和紙を買ってきました。前に買ってあったインドネシアの籠に入れて、その中で電灯をつけたらちょっとしたインテリアになりそうです。きっといい文章がでてくるはずです。

 

■2005.02,01

久しぶりに役者の青山勝と飲みました。いやいや飲んだ飲んだ。最初に日本酒の店なんかいっちゃったから、全速で第三コーナーをまわっちゃいました。青山とは大学時代からの友人なんすが、学生時代みたいに一升瓶二本開ける勢いだったな。とほほ。午前中まで息が臭いの。自分でもわかっちゃった。サイテー。
今年の年賀状に「今年も芝居三昧です」という文が添えられていて、それが本当に輝いていて、僕まで嬉しくなって、それで「飲むか」ということになったんす。今年は三月に加藤健一事務所公演「煙が目にしみる」に出るんです。自分の劇団道学先生も快調で、秋には北海道公演もあるということでした。なによりだ。

「美味伝承」500枚圧縮バージョンも完成しましたぁ。こちらも何よりだ。とにかく200枚近く縮めるんだから改行なんてほとんどできなくて、原稿用紙を遠目に見たらボーンレスハムみたいに文字文字文字文字だらけ。とほほですが、ま、しゃーない。皆さんに見ていただく時には元に戻して700枚パージョンにしたいと思っています。関東大震災から現代のフレンチまで。日本の西洋料理史はほぼ完璧にここに詰まっています。ご希望の方にはちょっとだけ送りますので、おっしゃってくださいましね。むふふ、面白いっすよ。

 

■2005.01,31

お久しぶりです。6日間の国内ツアーに出ていました。更新出来ずに失礼しましたん。まずは火曜日25日に成田へ。ここでは空港反対闘争を続けて、結局転居のためにン十億円もの保証料をもらった農家にインタビュー。すんごいですよ、建物だけで数億円なんだから。で、「移転農地に道がなかったから道を造らせて橋も造らせて農地の下にはスプリンクラーのパイプも通させた」だって。たはは。これだけでまたン十億円なのだそうです。ま、それにはそれだけの理由もあるのですが。逆に、支援学生として成田に住み込んだある人は、退屈な日常に敗れてかけ麻雀に没頭し、ン千万円の借金をこさえて苦しんでいるのだとも言います。2日間インタビューして26日夕方のエアで札幌へ。すんごい吹雪。翌朝バスで富良野へ。ここには何故か何回も別の媒体で取材させていただいた倉本ソウさんのまぶだちの仲世古さんという街のリーダーがいます。二人で「優しい時間」談義。あの主人公は誰がモデルかとか、何の事件がモチーフになったのかとか。さすが側近だけにいろいろなエピソードを知っていて、倉本ソウの人間性もあぶりだされてきます。本人がいないところでやってるんだから、楽しい楽しい。倉本さんは「北の国から」からずーっと親子、父子関係を描き続けています。今回は、親子でありながら別れ別れに暮す二人が主人公。実生活でついに父子という関係を得られなかった倉本さんには、求めて止まない関係なのです。そして富良野塾。あの2年間24時間共同生活は、疑似親子関係に他なりません。そこで起こる様々な事件が、あのドラマのモチーフになっているとしても不思議はないですよね。なんてことを、ダイム誌に書きます。そして土曜日朝、名古屋へ。こちらは武豊町という、初めて行く小さな町でしたが、新設された町民文化会館の運営を町民NPOが担い、そのこけら落としを町民劇団が演じるという、ほのぼのとしたケースでした。日曜日午後戻って、キャラメルボックスの新人オーディション。途中劇団員全員で行う選考会は入れなかったのですが、午後8時過ぎ、不合格者と合格者への電話連絡まで取材して帰ってきました。あーしんど。今朝はこれから「美味伝承」最後の削り取り作業を行います。あーこちらもしんど。700枚を500枚ですからね。改行なんてほとんどできないから、原稿用紙を見るとボーンレスハムみたいに40文字×40行がびっしり文字文字文字です。とほほ。でもこれで原稿が手離れしたら、ちと寂しくなるな。

 

■2005.01,25

昨夜は久しぶりにペイトンプレイス。けんちゃん、先週レコーディングだったとかいって、張り切っていました。できたばかりのテープを聞かせてもらったら、そりゃ音がいいの。アコーディオンは東京スカパラのなんたらさんで、スタジオで二人でコラボレーションしながらインプロで(って、自分で書いてておかしいな。とほほ。要するに、和気あいあいと出会い頭で、という意味かな?それもちと違うかな?)録ったらしいです。いいです。「ボンボワヤージュ」。ただデジタル音なんで、ちとクリア過ぎるきらいもあるかな。ま、CD完成を楽しみに待ちましょう。

今日はこれから成田へ。闘争世代、つまり団塊のおじさんたち数人にインタビューしてきます。面白いんだこれが。成果はまたご報告しますね。その後明日は札幌へ。1泊して富良野。女優の余貴美子さんに会いたかったんだけどすれ違いみたいなんで、地元の人たちに「優しい時間」にまつわるあれこれを聞いてきます。終わったらスキーしちゃうかな。ふふふ、20年ぶりくらいだな。滑れるかな。ま、ありゃ重力運動だからね。たはは。その後再度札幌へ戻って、昔ノンフィクション講座をやっていた頃の生徒たちと一献。あれからもう7、8年はたってるけど、皆なんとかやってるみたいです。書いてるかな。

あっ、ペイトンはお客さんが少ないんだそうです。ぜし行ってやってください。今ならけんちゃん、独り占めできますぜ。むふふ。「渋川のシャンソン記念館行ったことある」と話題をふれば、受ける受ける。内緒ね。

 

■2005.01,24

久しぶりに格闘家の矢野さんに会いました。といっても、彼は大手出版社の校閲部の人でもあります。ま、社会的にはそちらの認知の方がはるかに高いでしょうが。ふふふ、今回は拙稿をちと見ていただいたんす。
彼とは もう何年も前、アブダビコンバットという石油皇子様が開く大会をみにいくツアーで知り合ったのかな。同世代なんすが、今も格闘技やっているし、最近はギターはじめたとかで、今年はコンサートもやるらしいっす。さっそく「マツケンサンバ隊」への入隊を誘ってみたんですが「いや、それ以外にもぼくは結構わがままやってますから」なんてはにかんでいらっしゃいました。でも、今年の夏、中学二年の息子さんをカナダにホームステイに出すのだそうです。学校で二週間のツアーがあるそうなんですが、そんな団体旅行より、一人で旅立たせたいとか。「もう家では成田エクスプレスまでしか送らないと約束してるっす」なんて、微笑ましい。まだ行き先も決まっていないのに。ふふふ。でも、そういうもんでしょう。「イニシエーションが必要ですよね」と、意見があいました。何でも拙書「ひとりだちへの旅」(筑摩書房→ラボ教育センター)も買っていただいたとか。感謝感謝です。旅は一人に限りますよね。自分と正面から出会えるのは、一人の時だけだから。

ぼくは明日から成田−札幌−富良野−名古屋というツアーに出ます。もちろん独りぼっちですが,各地で友が待っていてくれる。というか、強引に待たせている。ははは。店も酒も用意させて。ごめんなさい。迷惑を振りまくような旅ですが、ま、これもひとりだちへの旅かな。違うか。とほほ。

 

■2005.01,23

昨日はいろんな感動がありました。あー忙しいというほどの感動の連続。いろいろ面倒くさいこともありますが、つくづくこの仕事の幸せを感じてしまいます。
先ず一つは名古屋で歌手・井上祐見さんと出会ってブラジル談義に花が咲いたこと。これはダイアリでお読みください。ふふふ、かどわかされますぜ。
東京に戻って青年座アトリエ公演。野々村のんちゃんが企画した「なめとこ山の熊の肝」観劇。いやはや、正直言って、なんでいまさら宮沢賢治の舞台をみなくちゃいけないのかと舐めてたんです。熊の胆をでなく、作品を。ま、のんちゃんが頑張ってるしチケも売れてないというから行こうかという程度の認識でした。許してのんちゃん。でも、凄い舞台でした。昨日は楽日の前日だったのですが、客席も満員だったし。きっと口コミでチケが売れたのだと思います。小さな共同体が何年かに一度やってくる飢饉を凌ぐためにあれこれ掟を決めて、結果的に動物たちを虐待するという物語なのですが、のんちゃんのなかにはきっと神戸大震災から10年という思いがあったのだと思います。兵庫出身でもあるし。でも、啓蒙臭い芝居ではなく、本当に豊かな物語を感じることができました。ありがとうのんちゃん。こういう感激ができるから、芝居はやめられません。僕の人生になくてはならないものなんです。
その後キャラメルボックスの稽古場へ。ここも初めて訊ねたのですが、以前演劇ブックゼミナールの講師をしていたときの生徒が何人か劇団員になっていて、その一人、今では主役級の役者になった藤岡君が案内役をつとめてくれました。 すんごい体育会組織なんすよね。でも経済もしっかり支えながら演劇を続けていく意志が満ち満ちています。20周年を迎える組織の迫力を感じました。彼女と話しながら、少しだけこれから書く物語の切り口が見えたかな。2月のサンシャイン公演「TRUTH」には、上川隆也も出ます。チケも完売のようでね。動員年間10万人以上なんすから、立派です。

 

■2005.01,22

昨日は名古屋へ。夕方から「人生と事業の再生塾」。なんだそりゃって感じでしょ。ふふふ、人生の再生ですからね。大きい。ま、事業再生の講座なんす。セントラル総合研究所の八木社長、ビックベン総合研究所の清水社長、そしてセ社社長室長とビ社東京支社長を兼務する(なんじゃ!!)川原さんと四人でカルテット万歳。いやいや、パネルディスカッションのようなものをこなしてきました。むふふ、変幻自在でしょ。僕って。
夜は地元のスポーツライターMさん(って表記でいいですか?増田さん。むふふ)と一献。彼は今、柔道家木村政彦の評伝を鋭意執筆中です。病気や仕事の事やいろいろ難問も抱えていますが、がんばってくださいまし。君にしか書けないのだから。天命ですよ。

今日はこれから青年座、野々村ちゃんの芝居へ。お時間ある方、代々木上原にぜし。その後中野のキャラメルボックスの稽古場に。こちらのルポも夏までには書かないと。可愛い主人公を立てようと思っています。むふふ。んなん書けるかな??

 

■2005.01,20

昨日一昨日と新年会続きでした。記憶亡くすほど飲んで、やっと時差ぼけが解消されました。とほほ。
一昨日は10年来の友人たちとアンコウ鍋。かつて某りゅうつうぐるーぷ会長の秘書をつとめて、去年までアメリカ、というか世界最大の小売り企業に研修に出ていたKさん。その兄弟グループのやはり会長秘書的な役割をつとめていたMさん。今や日本最大の流通グループとなりつつある某グループの持ち株会社の取締役Mさんと、豪華なラインナップが春日の小さな赤提灯の二階席に集まりました。あと、お茶の後輩たちと。いやはや、楽しかった。
昨日はセントラル総合研究所の賀詞交換会兼社員新年会。産業再生委員会委員長の高木新二郎先生が出席くださって、とても盛り上がりました。 その後日本橋から赤羽へ。いやはや、リーマンのおじさんたちは強いっす。まいりました。負けました。とほほ。

 

■2005.01,18

@thebazaarのページに、地域創造誌に書いた松本、広島、新潟のレポートと、いんぐりっしゅ・あーてぃくるを載せました。松本は、市民芸術会館誕生顛末記。広島新潟はコンテンポラリーダンス・ムーブメントです。いんぐりっしゅは狂言師和泉元弥くん(なんか忘れられたという感じですよね、とほほ)のことを書いたアエラのレポートを英訳したものです。
数年前、ニューヨーク市立図書館で日本のノンフィクションの文献をあさっていたときに、猪瀬とか沢木とか柳田とか検索しても全然でてこないんす。確か立花もなかったな。んで最後に、一応神山も確かめたんです。(むふふ、可愛いでしょう)でもやっぱりありませんでした。その時思ったんです。「だったら全員同格じゃん」って。あはは。で、自分の作品を英語圏に出すにはどうしたらいいかを考えて、まず翻訳することだよねと当たり前に気づいて、異文化が興味ありそうな作品を選んで帰国子女の子に粗約してもらって、その上で日本滞在経験のあるアメリカ人に本翻訳をしてもらったというわけです。結構お金もかかったんですよ。で、それを確か向こうのエージェントに送ったんじゃなかったかな。でもぜんぜん反響はなかったんですが、とほほ。ま、続けないといけないっすよね。一億を対象にするよりも六〇億の方が夢があるもんね。ふふふ、ま、なにはともあれ、みてやってください。

 

■2005.01,17

今年初めてのバザール・エクスプレスを出しまし